【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ Cheers! ~ほろ酔い女子は今宵もそぞろ歩く (2) ≫

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スマホを確認したら、同期でも特に仲のいい白田(しろた)さんから個人宛のメッセージが届いていました。
『大丈夫?』
白田さんとはお互いに結構プライベートなことまで打ち明け合う仲で、飯高さんに大変お世話になった時のお礼に何を贈ったらいいか相談した相手であり、あたしが飯高さんを好きだったこと、飯高さんに告白して振られたことを知る人物でもあります。
飯高さんに振られた時は、白田さんに沢山慰められました。とても感謝しています。
そんな白田さんは、飯高さん婚約のニュースが社内を駆け巡る中、あたしがショックを受けて落ち込んでいないか心配してくれたのでした。
『やっぱりショック、かな?』
正直な気持ちを、短い言葉に載せて送信します。
『そうだよね。そんなの当たり前だよね。解りきったこと聞いてゴメン!』
返って来た白田さんのメッセージからは、彼女の慌ててる様子が目に見えるようです。
白田さんは焦りやすい性格で、結構些細なことですぐ余裕がなくなっていっぱいいっぱいになってしまったり、慌てふためいてしまったりするんですよね。今も自分が不用意なメッセージを送ってしまったと反省して、わたわたしてる彼女の姿が思い浮かびます。
『ううん、大丈夫。心配してくれてありがとう』
『今日終わったらどこか行く?付き合うよ』
心配してくれたことへのお礼を返すと、落ち込むあたしを慰めてくれようと思ったんでしょう、白田さんからはそんなお誘いが届きました。
これは願ってもないことです。すっかり今夜はダッフィー相手に胸の裡を語り尽くすつもりでいたあたしは、渡りに船とばかりに白田さんの心遣いに甘えさせてもらうことにしました。
『是非!お願いします!』
もちろんダッフィーだって、どんな悩みや愚痴も嫌な顔一つせず聞いてくれる、あたしにとって何年にも亘る大切な友達ですし、あのほわほわした柔らかな触り心地とほっこり和み系の愛くるしい姿に大変癒されるのですが、今夜は慰めの言葉の一つも欲しかったところ、白田さんの友情にすがることにしたのでした。

白田さんはお酒がものすごく弱いので、白田さんと二人だと食事が出来る店を選びます。
「あたしに構わず、好きなだけ飲んでいいからね」
そう白田さんは勧めてくれますが、飲めない白田さんを前にして一人お酒をあおるほど自分勝手にはなれません。
賑やかだったりあまり隣の席と近かったりしても話しにくいですし、落ち着いた中で気持ちを聞いてもらいたいと思ったので、白田さんの知っている半個室のあるカフェダイニングに足を運びました。
幸い満席ということもなく、あたし達はすぐに席に案内されました。明るめの店内はシンプルでいて暖かみのある北欧風テイストを基調に、落ち着いた雰囲気のテーブル席、アットホームな色使いが寛ぎを感じさせるソファー席、そして半個室が用意されています。
半個室の仕切りはカーテンなので音が漏れてしまいそうですが、席と席との間隔も広くカーテンが完全に視界を遮ってくれるので、失恋話なんていう込み入った内容でも気後れなく話すことが出来そうです。
「明るくて落ち着いた雰囲気のいいお店だね」
向かい合って座る白田さんにお店の印象を伝えます。
「うん。騒がしくなくていいでしょ?前に高遠君と来たんだ」
高遠君は白田さんの彼氏です。同い年の彼氏さんとは学生時代からのお付き合いで、只今三年目なんだそうです。以前に一度写真を見せてもらいましたが、笑顔のよく似合う優しそうな男性で、隣でちょっと気恥ずかしそうに笑う白田さんと、とってもお似合いに見えました。羨ましいことです。
「あっ!」
彼氏さんのことを口にした直後、白田さんはしまった、という表情を浮かべました。
「ごめん!仙道さん!」
猛烈な勢いで謝られました。
どうやら傷心のあたしを相手に彼氏の話をしてしまったことに、激しい自責の念に駆られているようです。
「ごめんね!本当にごめんなさい!」
わたわたと慌てまくっては謝罪を繰り返す白田さん。いえいえ、そんなにまで気にしてもらわなくても大丈夫です。むしろ、そのちょっと大きすぎる声の方が気になってしまいます。隣どころか店内に響き渡ってしまってるんじゃないでしょうか。ほら、店員さんが何事かと訝しげな視線を投げています。ちょっと周囲の反応が気になるので、どうか謝るのはおしまいにしてください。いや、ホントに。
流石に友達の恋愛に嫉妬するほど血迷ってはいないつもりです。
何とか宥めてやっと落ち着きを取り戻してくれた白田さんとメニューを開きます。
あたしはチキンとキノコのガレット、白田さんはアサリのレモンハーブリゾット、それにサラダとアペタイザーを二品程頼んでシェアすることにしました。飲み物は雰囲気だけでも楽しむつもりで、二人でノンアルコールカクテルをオーダーします。
少しして先に飲み物が運ばれて来ました。乾杯、は流石に今日はする気分ではありません。無理して乾杯したところで、白田さんも気まずいでしょうし。さばさばした笑顔で「失恋に乾杯」なんて言えればお洒落なんでしょうけど、自然な振る舞いでそんな言葉を口に出せる程、あたしの人生経験値は高くないのでした。
二人、どちらからともなくグラスに口をつけます。透明感のある赤みがかった液体を口に入れた途端、甘さと共にシュワッとした爽快感が広がります。その美味しさにちょっと幸せな気持ちになれました。
白田さんのオーダーした飲み物は少し薄いオレンジ色の液体の上に、白い滑らかな泡が浮かんでいます。一口飲んだ白田さんは唇に付いた泡をぺろりと舐めとりました。一瞬チラリと顔を出したピンクの可愛い舌は、直ぐ様引っ込んでしまいます。可愛い仕草だなあ。ここに彼氏さんがいたら、白田さんの可愛らしさに顔がニヤついてしまうことでしょう。
「今日はしばらく落ち着かなかったね」
「白田さんの方でもそうだったんだ」
白田さんのいる部署でも、やはり飯高さんの婚約情報が広まっていたようです。
「みんなからの矢のような問い合わせも凄かったし」
トークアプリに殺到した同期のみんなからのメッセージを思い出します。
何とも言えず二人で顔を見合わせ、アハハと苦笑が浮かびます。そんな笑いも尻切れトンボみたいに力なく途切れてしまいました。
「どう?少しは気持ち落ち着いた?」
おずおずと伺うような視線で、白田さんが尋ねます。
そうですね。正直、飯高さんに聞いてみたい気持ちではあるけれど、失恋自体はもう一ヶ月近く前に済ませているので、あの時ほど傷付いてるという訳でもありません。こうして普通に食事が出来るくらいには平常心を保っています。
「婚約の話を聞いた時は、大ショックだったけどね」
昼間は気持ちがザワザワとして、ゴウゴウと流れる濁流に飲み込まれてしまったかのように心が乱れて、どこか笹野さんを否定するような感情を抱いてしまいました。反省すること頻りです。
「だけど飯高さんもひどいよね。仙道さんの告白断った時には、付き合ってる人がいるなんて億尾にも出さなかったんでしょ?」
あたしの気持ちに寄り添ってくれているのか、白田さんは飯高さんに腹を立てています。白田さんは飯高さんと直接話したことこそないものの、社内での噂は耳にしていましたし、一時期あたしが飯高さんのことをそれはもうあれやこれやと色々話してもいたので、それほど面識のない人という感じでもないのだと思います。
「好きな人がいることは教えてくれたから」
「その時聞いた感じでは、両想いじゃなくて飯高さんの片想いっぽかったんでしょ?付き合ってる訳でもなくて。それから一か月も経たずして婚約なんてあり得なくない?何だか仙道さんに当て付けてでもいるみたい。仙道さんから聞いてる飯高さんの人となりからすれば、まさかそんなことないんだろうけど」
白田さんはプリプリとした様子で更に言葉を続けました。穏やかな性格で、同期内でも対立するのを嫌い調和を尊ぶ白田さんが、こんなに怒るのは珍しいことです。それだけあたしのことを思ってくれている証しなのでしょう。
飯高さんも何もあたしを傷付けるつもりなんてないんでしょうけど、それでももう少し時間を置いて、あたしが飯高さんのことを同じ部署の優しい先輩って普通に思えるくらいになるまで待っていてくれてもいいのに、なんて自分の都合でついつい考えたくなってしまいます。
「仙道さんが可哀想だよ」
ポツリと零れた白田さんの声は、あたしの気持ちを慮ってなのでしょう、沈んでいます。
「ありがと、白田さん」
感謝する気持ちでいっぱいになりながら、白田さんへとお礼を伝えます。白田さんが小さくフルフルと頭を振ります。
交わす言葉を探しながら、運ばれて来たサーモンとアボカドのタルタル、イワシの香草パン粉焼きの二品のアペタイザーをシェアしていただきます。
イワシもこういう風に洋風にすると、また全然違った趣きで美味しいですね。ローズマリーがいい風味です。
「相手の女性、仙道さん知ってた?」
白田さんに聞かれて、首を横に振って答えます。
「部署の先輩と一緒にどんな人か見に行っちゃった」
あまり誉められた真似ではないと思いながら、そう打ち明けました。
「どんな人だった?」
白田さんも笹野さんのことを全然知らないようです。
何て言うのがいいんだろう。言葉を探します。
「落ち着いた感じの、優しそうな人」
何だか当たり障りのない表現だなあって、自分で言いながら思ってしまいました。
「大人っぽいの?」
落ち着いた感じって聞いて、白田さんは大人っぽい女性が思い浮かんだようです。
大人っぽいっていうのではないかな。どちらかと言えば可愛らしい?
「うーん、可愛い感じの人、かな」
「ふーん」
あたしの説明に白田さんは相槌を打ちながらも、首を傾げています。どんな女性か上手くイメージできないみたいです。
「総務部の人なんだっけ?」
「うん。そう。笹野さんって人」
白田さんはサラダのアボカドを口に運んで、もきゅもきゅと幸せそうに味わっています。白田さんはアボカドが大好きで、今日もサーモンとアボカドのタルタルの他、サラダもアボカドが入っているのを選んでいました。多分本人は意識していないんじゃないかと思います。濃厚なクリームみたいな食感、コクのある味わい、料理が映える鮮やかな彩り、高い栄養価。白田さんのアボカドへの愛は留まるところを知りません。先日アボカド料理専門店があるのを知り、今度行こうね!と鼻息荒く誘われているところです。彼氏さんと行けば?と尋ねてみれば、彼氏さんはあまりアボカドが好きではない模様。そういうことならご一緒するのに吝かではありません。
「婚約って聞くと、手出し出来ないよね」
名残惜しそうに口の中のアボカドを飲み込んでから、白田さんはそんなことを言いました。
ええっ、何ですかその発言は。ちょっと不穏ですよっ。婚約は愚か好きな人がいるって時点で、あたしは早くも諦めてしまいました。

◆◆◆

好きな人がいる。飯高さんからそう聞かされた後、あたしはすっかり諦めモードで白田さんに失恋を報告したのですが、意外にも白田さんは「頑張ってアタックしてみなよ」と励ましてくれたのでした。
好きな人がいるってだけならまだ分からないよ。振り向かせることだって出来るじゃない。仙道さんだったらきっと出来るよ。そう白田さんはあたしを勇気づけ、励ましてくれました。何とかあたしの初恋を実らせたいって思ってくれたのかも知れません。
残念ながら別の誰かを想っている飯高さんを振り向かせるだけの勇気もファイトもなかったあたしは、何も出来ずに、いえ何もしないまま、初恋を終わらせてしまいました。
本当は一度断られて、再度想いを届かせようと努力した揚げ句、想いが叶わず更に傷付き、またそれまでの努力が全部徒労に終わってしまうのが恐かっただけなのかも知れません。
傷付くことを恐れ、努力が無駄になることを恐れていては、恋の勝者にはなれないのでしょう。弱虫のあたしは遂にその勇気を奮い立たせることが出来ませんでした。
普段おっとりしている白田さんが頑張って後ろを押してくれようとしたのに、結局足を踏み出せないままだったあたしは、白田さんに申し訳ない気持ちで一杯でした。
落ち込むあたしに白田さんは、そんなこと気にしなくていいから、って慰めてくれた後、
「あたし達って、つくづく積極性に欠けてるね」
そう言って笑っていました。
何だか白田さんのその言葉は、あたしの気持ちに圧し掛かっていた重しをどけて、軽くしてくれたように感じられたものです。
白田さん自身は、どんなに憧れたり好きだって思える人が現れたとしても、とても自分から思いの丈を伝えたり出来ない、そう力説されました。
「昔からずっとそうだったんだ。そんなあたしが頑張れなんて励ましたりして、そもそもそんなこと言える立場じゃ全然ないのにね。無責任なこと言ってごめんね」
白田さんのその言葉に慌てて頭を振りました。
白田さんはあたしのことを思って励ましてくれたのですから。むしろそんなことを言うのは白田さんにとっては、自分自身に対してとても後ろめたいことだったんじゃないでしょうか。どの口が言うのか、そう感じられはしなかったでしょうか。その気持ちを飲み込んで、白田さんはあたしを励ましエールを送ってくれたんだと思います。白田さんの友情に感謝するばかりで、責める気持ちなんて欠片だって浮かんでは来ません。

因みに高遠君との交際も、彼の方からのアプローチだったそうです。尤も白田さんが感じていたところでは、アプローチと言うにはあまりに不器用かつ婉曲的だったらしいのですが。そのため当時はなかなか進展を見なかったそうですし、二人の周囲では、あれは果して付き合ってるのか?いや、あれはそういうんじゃないだろう、としばらくの間疑問を持たれていたらしかったです。眉尻を下げた白田さんの話に、思わず噴き出してしまいました。
高遠君がアプローチを開始した当初は、白田さんの方はそれほど高遠君に惹かれていた訳ではなかったそうです。優しくて穏やかな人柄に好感こそ感じたものの、あまり恋愛対象とは捉えていなかったんだとか。それでもアプローチが続くうちに、少しずつ好きな点が増えていって、距離が近づき理解を深めて、そして気持ちを通わせ合うようになったとのことです。今では自信を持って「大好き」って言える、白田さんの大切な人になっていることを、白田さんは教えてくれました。
白田さん高遠君二人ともに、元気に動き回るというよりは、のんびりほのぼのしている感じらしいので、あんまり人の多いガヤガヤ賑やかなところよりは、ゆったり落ち着けるところに足が向いてしまうそうです。そんな二人の定番デートは、一人暮らしの高遠君の部屋でのDVD鑑賞とのこと。
それでも件の夢と魔法の王国は、のんびりゆったりを愛する白田さんにして抗えない魅力を放っているそうで、年に一、二回二人して気合いを入れまくった上で出掛けるんだとか。
うん、うん、その気持ちは実によく分かります。あたしも短大時代に仲のよかった女友達数人と、シーズンイベントに合わせて年に四回くらいインパします。本当はランドとシー両方のシーズンイベントに足を運びたいところですが、そんなことをすれば最低八回、とんでもない出費となってしまうので、そこは泣く泣く諦めるより他ありません。それでも年四回も行けば馬鹿にならない出費ではありますが。ああ、あたしの元に突然足長おじさんが現れて、十回でも二十回でも思う存分連れて行ってくださらないものでしょうか。あ、両パークの年パスをプレゼントしてくれてもOKです。そんな願望を心密かに抱いているあたしです、はい。

白田さんが言いました。
「呉さんとか細木さんとか、とても真似できないね」
あの二人の真似なんて逆立ちしたって無理です。
呉さんと細木さん、二人ともあたし達の同期の女のコなのですが、これが所謂「肉食系女子」、聞くところでは例え交際相手がいる男性だろうと、遠慮することなくガンガン攻めまくるんだそうです。
くるんくるん睫毛、ぱっちり二重、うるうる瞳(カラコン装着)、ぷるんぷるんリップ、きらきらパール、メイクばっちり、ゆるふわフェミニンロングで女子力最強。合コンともなれば男性陣の視線独占との専らの噂。
そんな二人に依れば、素敵な男性に交際相手がいるのなんて至極当然、そんなことに遠慮してたらイイ男なんて軒並みSOLD OUTになってしまう、とのこと。それはそれで彼女達の言うことにも一理あるかもと思えたりします。
だからと言って、交際相手のいる男性にアタックして、恋人から男性を奪うなんてことが、このあたしに出来る筈もありませんが。別の女性に好意を寄せている男性を自分の方に振り向かせ、相手の女性と熾烈な戦いを繰り広げる、そんなガッツとファイトがあたしの何処にあるというんでしょう。とても無理です。許してください。想像しただけで疲れ果ててしまいます。

◆◆◆

あの時早々に逃げ出してしまったあたしが、今更手出しどうこうなんて想像することさえ及びもつきません。
今のあたしは、まだ治りきっていなかった傷口を、不意打ちのようにまた激しい衝撃が襲って、その強い痛みに我慢出来なくて、八つ当たり紛いの癇癪を起こしているだけ。
どうしようもない、自分の中に閉じ込めきれないやるせなさを、誰かに憤りを向けてただ誤魔化してしまいたいだけ。
自分でも分かっています。

「白田さん、そのリゾット美味しそう。一口頂戴」
「いーよ。はい、あーん」
白田さんは持っていたスプーンに一口分を掬ってあたしに差し出してくれます。
パクリと差し出されたスプーンに食い付きます。うん、アサリから出たダシがリゾットによく染みて、チーズのコクと共に濃厚な味わい。更にレモンハーブの爽やかな風味がすっきりとしてくれて重たさを後に残しません。
「うん、美味しい」
笑顔で伝えます。
「はい、お返し」
そう言って一口大に切ったガレットをフォークに載せ、白田さんに差し出します。
「ありがと」
白田さんも同じようにあたしの差し出したフォークに顔を寄せてパクリと食べました。
「あ、美味しー。ガレットって初めて食べたけど、端っこはカリカリで香ばしくて、中の方はもちっとしてて風味もよくて、違った味わいが楽しめるね」
そう言って白田さんが顔を綻ばせます。
二人で笑顔を交わし合い、和やかな幸せを感じます。
今夜白田さんと一緒にいられてよかった。そう思いました。
あっ、ダッフィーが力不足ということではないんですよ、決して。はい。

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