【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ キンモクセイ(2) ≫


PREV / NEXT / TOP
 
夕食を終えて使った食器をシンクに運びながら「食器、あたしが洗いますから」って申し出た。
「全部萌奈美さんにさせちゃ悪いわ」ってお母さんが言うのを、「大丈夫ですから」って言い張った。
「そう?じゃあ、悪いけどお願いしていい?」お母さんはまだ少し気にしてる様子だったけど、「はいっ」って答えてお母さんを安心させるように大きく頷いてみせた。
「じゃ、お願いね」そう言い置いてキッチンを出て行くお母さんと入れ違いに、匠くんが入って来た。
「手伝うよ、萌奈美」シャツの袖を捲り上げながら匠くんがあたしの隣に立った。
「え、大丈夫だよ一人で」
マンションではいつも手伝ってくれてるけど、匠くんの実家でまで手伝ってもらってたら、もしかしてお母さんに匠くんをこき使ってるんじゃないかって思われたりしないかちょっと気になった。
「いいよ。いつもやってるんだし」
匠くんは当然のように言った。でもあたしとしてはお母さんの前では言って欲しくなかったのに、ってちょっと思ってしまった。
「あら、向こうでは匠がいつも後片付け手伝ってるの?」
案の定、キッチンを出て行こうとしてすれ違いに匠くんが入って来たので、気になって立ち止まっていたお母さんに、びっくりしたように聞かれてしまった。
「え、あ、はい・・・いつもあたしが洗った食器を匠くんが濯いでくれて、一緒に後片付けしてくれるんです」
仕方なく説明した。
「へえーっ」お母さんは大袈裟なまでに驚きの声を上げた。
「一人暮らししてた時は全部自分でやってたし、麻耶と暮らし出してからだって麻耶はほとんど家で食べなかったから、大抵一人で食べて後片付けしてたよ」
あんまり驚くお母さんに、匠くんは少し不満げに言い返した。
「呼んだ?」
その時、匠くんに名前を出されてリビングから麻耶さんが顔を覗かせた。
「別に誰も呼んでないわよ」
突然現れた麻耶さんに、にべもない感じでお母さんが言い返した。
「今、匠が向こうではいつも萌奈美さんと一緒に後片付けしてるって話を聞いてたの」
「ああ。うん、そうだよ。二人して並んで流しに立って、楽しそうに話したりしながらさー。ホント仲いいってゆーかねー」
すっかり見慣れた光景らしく、当たり前の顔でお母さんに説明する麻耶さんだった。とは言え、何もそんなあたしと匠くんの仲のよさを殊更強調するように言わなくてもいいと思うんだけど。お母さんの手前、恥ずかしくてあたしも匠くんも気まずさを覚えた。
「ふうん」お母さんは麻耶さんの話にまた意外そうな顔をしていた。
「まあ、確かに昔は中学くらいまでは家でも手伝いで食器洗いしてたものね」
思い出したようにお母さんが言った。そのことの方があたしには初耳だった。
「そうなの?」匠くんに聞いてみた。
「うん。まあ・・・」子どもの頃のことを持ち出されて、匠くんは少し気恥ずかしいみたいだった。
「まあ、じゃ、二人に任せることにするわ」
「そーそー。仲良しの二人の邪魔しちゃ悪いし」
納得した様子でお母さんがあたし達に告げると、冷やかすように麻耶さんが続けた。って言うか、あれは絶対冷やかしに決まってる。本当にいつも一言余計なんだから。

後片付けを済ませて匠くんとそろそろ帰ろうかって思っているところに、お母さんから声を掛けられた。
「今夜はあんた達も泊まってったら?」
既に麻耶さんは今日泊まっていくことを表明していた。
あたしは匠くんを見た。匠くんはどうしようか考えてるみたいだったので、あたしの方から言った。
「せっかくだし、そうしようよ」
あたしの発言が意外だったのか、ちょっとびっくりした感じではあったけど、萌奈美がいいんだったらって匠くんは同意してくれた。
「じゃあ二階の客間に布団敷いとくわね」
あたし達が泊まっていくことにしたのを、心から喜んでくれている様子のお母さんがはりきった声で告げた。
「あ、自分でやりますから」
慌てて早くも回れ右をして二階に向かおうとしてるお母さんの背中に向かって伝えた。
「いいからいいから」
構わず行ってしまうお母さんを追いかけた。あたしが立ったので、匠くんも仕方なさそうに後からついてきてくれた。三人でぞろぞろと階段を上がって行ったら、二階の洗面所で歯を磨いていた麻耶さんにびっくりした顔で聞かれた。
「何事?」
「匠と萌奈美さんも泊まってくって言うから、布団を用意しようと思って」
そう説明するお母さんにあたしは繰り返した。
「あの、お母さん、だから、自分でやりますから」
「・・・匠くんのベッドでいーじゃん、別に」
歯ブラシを咥えた麻耶さんに呆れたような顔をされた。
「でも、あれシングルベッドよ?」
お母さんが聞き返したら、麻耶さんはチェシャ猫のようなにやにや笑いを浮かべた。
「狭い方が嫌でもぴったりひっついて寝られて、当人達には好都合なんじゃない?」
いつもながら麻耶さんはどうしてそういうことを言うんだろう?それもお母さんに向かって。顔を赤くしながら思った。見ると匠くんも赤い顔で麻耶さんを睨んでいる。
「まさかお母さん、ひとつ布団で寝るなんて駄目とか言わないでしょ?」
あたし達の気持ちなんて気にも懸けずに、麻耶さんはお母さんに続けざまに聞いた。
「そんな無粋なこと言わないわよ」
心外そうな顔でお母さんはそう答えたのだった。
赤い顔のままぽかんとしているあたしと匠くんに、お母さんは何を今更って感じで言った。
「いつも一緒に寝てるんでしょ?」
その通りだったので、あたしも匠くんも赤い顔を更に赤くしながら、何も言えずただ俯くしかなかった。

◆◆◆

少ししてから二階のリビングで匠くんとあたしはくつろいでいた。
匠くん家は何年か前に建て直す時に、二世帯で住めるように二階にもリビング、キッチン、バス、トイレを作っていた。
あたしはそれが少し気になっていて、当然お母さん達は長男である匠くんとの同居を考えてるんだろうから、匠くんに一度聞いてみたことがあった。
「お母さん達、匠くんと同居したいんじゃない?」
あたしの問いかけに、匠くんは全然予想もしてなかったことのように目を丸くした。
「いや・・・どうかな?違うんじゃない?」
丸っきり他人事っていった匠くんの返事だった。
「そうかな?だって、そのつもりで二階にもキッチンとかお風呂とか作ったんじゃない?」あたしが言い募ると、匠くんは首を傾げた。
「・・・建て直す時はそんなこと全然考えなかったなあ・・・」
もう、暢気なんだから・・・匠くんの様子に思わずそう心の中で漏らしてしまった。
もちろん匠くんは長男なんだし、いずれはお母さん達と同居することになるんだって、あたしは密かにそう考えてて、大袈裟なようだけど仕方ないことと覚悟を 決めていた。最初は匠くんと二人だけで、子どもが生まれたら何年間かは親子水入らずで暮らして、そうしたら同居するのかなって何となく予想を立てていた。 もちろん匠くんのお母さんとお父さんは好きだけど、でも同居ってなるとやっぱり気が重いっていうのが本音だった。
あたしが顔を曇らせているのに匠くんは気がついたようだった。
「萌奈美は余計な心配しなくいいから」そっと抱き寄せられた。
余計な心配なんかじゃないよ。思わず胸の中で言い返してた。
もしかしたらそんなあたしの心の中の声が、聞こえてしまったのかも知れない。
「ごめん。余計な心配なんて言って。余計な心配なんかじゃなかった。萌奈美には重大なことだよね。ごめん」
すぐに自分の失言を悔やむかのように匠くんは謝った。
本当にびっくりして匠くんを見上げた。
あたしを見つめている匠くんの眼差しとぶつかった。
「ごめん。萌奈美の気持ちも考えずに無神経なこと言って」
匠くんの瞳には後悔が滲んでいた。
気持ちを詰まらせながら頭(かぶり)を振った。
匠くんをこんな気持ちにさせていることに胸が痛んだ。ただの失言だったのに。匠くんがあたしのことを考えてくれていない筈がないのに。気持ちを伝える適切 な言葉が出てこなくて、思ってることをちゃんと言葉として伝えられなくて、結果的に思ってることとは全然違うことしか言えないことなんて、あたしにだって 幾らだってあるのに。思わず失言してしまうことくらい誰にだって、自分にだってあるのに。
すぐに匠くんに多くを求めてしまう。匠くんはあたしのことを分かってくれてる、あたしの気持ちに気付いてくれてる、匠くんはあたしのことを何だって分かっ てて、あたしは何も言わなくたって何も伝えなくたって大丈夫なんて、匠くんがまるで超能力でも持ってて全知全能ででもあるかのように、無意識のうちにそん な風に思い込んでる自分がいる。
どんなに分かり合えてるんだとしても、匠くんとあたしは別々の人間なのに。人は幾つになったって簡単に過ちを犯すし、愚かなことを繰り返しもするのに。そ れこそ自分が過ちを犯したなんて気付かないような些細な過ちを、そうと知らないまま幾つも犯しているかも知れないのに。そんなこと頭では分かり切ってるつ もりで、それなのにこんな些細なことで匠くんを責めてしまう自分がいる。
いつもあたしのことをものすごく気遣ってくれて、いつだってこんな風にあたしの気持ちを感じ取ってくれる匠くんに感謝すべきなのに。
「あたしの方こそごめんなさい」
匠くんのシャツに顔を埋めて消えそうな声で謝った。
温かい匠くんの手の平があたしの髪を優しく撫でる。
「萌奈美が謝ることなんて何もないよ」
優しい匠くんの声に小さく頭を振った。
「萌奈美の言うとおり、その内同居を切り出されるかも知れない。母親達の予定にはしっかり入ってて。その時、萌奈美を悲しませたり傷つけたりすることにな るかも知れない。萌奈美を悲しませたりしないって約束したのに。萌奈美を傷つけたりしないって決めたのに。そんな約束ひとつ決意ひとつ守れないかも知れな い。そうだったら、ごめん・・・」
沈んだ声で告げられる言葉にあたしは頭を振った。そんなことない。
「そんなことないから」強く匠くんにしがみついて、ぎゅっと匠くんのシャツに顔を押し付けた。
「匠くんと一緒だったら大丈夫なんだよ。どんなに不安に思ったって、どんなに悩んでたって、匠くんとだったら乗り越えていけるって、あたし思ってるもん」
そう。あたしは思ってる。ううん。思ってるなんて、そんな程度じゃない。あたしは知ってる。匠くんと一緒だって匠くんの傍にいたって、多分、きっと、絶 対?悲しむことも傷つくこともあるって。だけど。匠くんといれば、匠くんと二人なら、凍てついた河のような悲しみだって越えていけるから。火傷のような胸 の痛みだって癒せるってこと知ってるから。だから、大丈夫。そう知ってる。
きゅっ、と抱き締められた。匠くんの温もりに包まれる。この温もりの確かさが伝えてくれる。匠くんがあたしに注いでくれる愛を。匠くんとの絆を。
「いつか、何れ、萌奈美を悩ませる時が来るかも知れないけど」
匠くんの落ち着いた声が聞こえた。
「その時は僕も一緒に悩むから。だから、その事では今はまだ萌奈美は心を悩ませなくていいから」
匠くんのシャツに顔を埋めたまま小さく頷いた。

「映美ちゃん家行くけど、匠くん達も来る?」
パーカーにジーンズっていう随分ラフな格好をした麻耶さんが、自分が使っていた部屋から出て来てあたし達に聞いた。
麻耶さんに映美さんの名前を告げられて、午後映美さんと会った時のことを思い出していた。匠くんを「匠」って呼び捨てにしてた、その馴れ馴れしさにあたし は思わず反感を抱かずにはいられなかった。あたしの知らない匠くんとの思い出を彼女は持っていて、それが無性に嫌だった。
胸を掻き乱す嫉妬を押し隠した。
「いや、辞めとく」
匠くんはそう答えた。
匠くんの返事にほっとした。あの人と会いたくないって、心の中ではっきりと思ってたから。
「そう?んじゃ、行って来るね」
麻耶さんは気にした風もなく階段を降りて行った。
「映美ちゃんトコ行って来るから」「夜遅いから気をつけてね」階下から麻耶さんとお母さんの会話が聞こえて来た。
すぐに玄関の扉が開閉する音、玄関の鍵を閉める音、門扉を開け閉めする音が遠く聞こえた。
微かな反省と後悔が胸を過ぎる。
「萌奈美?」
匠くんがあたしを呼んだ。顔を上げたら、匠くんにそっと抱き寄せられた。何だか匠くんはあたしの気持ちを分かっているように感じた。
「ごめんなさい」
自分でも意識しないで呟いていた。
「萌奈美は何も謝ることないよ」
匠くんの匂い。たまらなく愛しくなる。あたしだけの匠くんでいて欲しいって、どうしようもなく求めたくなる。切なくて気持ちが震える。何も怯えたりしなくていい筈なのに。
「僕は萌奈美だけ見てるから。萌奈美しか見てないから」
匠くんの言葉に胸が震えた。
「言葉なんて何も証したりできないけど、だけど、本当にそうだから」
重ねて告げられる匠くんの言葉に目を閉じていた。
言葉がうわべだけのものだって、例えそうであったとしたって、だけど言葉の持つ力をあたしは知ってる。言葉の強さを、あたしも匠くんも信じてる。
匠くんがあたしに語りかける言葉が、あたしをどんなにか強く支えてくれるか、あたしはちゃんと知ってる。匠くんの言葉はあたしにとっての確かな真実だっ て、あたしは知ってる。あたしの心に容易く絶え間なく忍び寄る不安を、匠くんの言葉が放つ真実の光は眩しく照らし出して、さあっと晴らしてくれる。

◆◆◆

お母さんに勧められて匠くんとあたしは順番にお風呂に入った。
麻耶さんが自分のドライヤーとか自由に使っていいからねって言ってくれたので、その言葉に甘えさせてもらった。パジャマ代わりに麻耶さんのスウェットを貸りた。麻耶さんの方が身長があるので袖を大分捲くらないといけなかった。
二階の洗面台でドライヤーを借りて濡れた髪を乾かし終えて、匠くんの部屋に行ったら思案顔の匠くんがいた。
「どうしたの?」
「いや、これで二人寝るのはキツいかなと思って」
匠くんがこの家にいた時使っていて、未だにそのまま置かれているシングルサイズのベッドを見ながら匠くんは言った。
「やっぱり隣の部屋に布団敷こうか?」
確かにあたしが見ても結構キツキツって印象だった。二人でぴったり身体を寄せ合ってじゃないと寝られない感じだし、寝返りでも打ったら壁側じゃない方に寝てる人は、間違いなくベッドから転がり落ちることになる。
「匠くんがそれがいいって言うんだったらどっちでもいいけど・・・」大して気にしてない感じで答えてから、すぐに続けた。
「でも、あたしは匠くんとひっついて寝られるの嬉しいけどな?」
言いながら甘えるように上目遣いで匠くんを見つめる。
匠くんは一瞬目を丸くして、それから不機嫌そうにそっぽを向いた。
匠くんの手がくしゃっとあたしの髪を掻き乱した。
「そーゆー可愛いこと言われると抑えが利かなくなるだろ」
そのまま匠くんにしては荒っぽくグイッて感じで抱き寄せられて、何だかちょっとドキドキした。
「そーなの?」って、でも声は澄ました感じを装ってた。
そういえば、最近麻耶さんが帰って来てることが多くてあんまりエッチしてないんだよね。あたしだってちょっと物足りなく感じてた。・・・なんて!あたしのエッチ!
抑えが利かなくなるのはあたしの方かも。そう思ってたら匠くんと目が合った。
身体の奥でびりびり痺れるような疼きを感じた。でも、一階にはお母さんとお父さんがいるし、バレちゃわないかな?
どーしよー?って視線で匠くんに問いかけた。少し残念そうに仕方ないって感じで、匠くんはあたしに笑い返した。
「・・・コンドーム持ってないし」
それを聞いてがっかりした。駄目ってなると何だか余計に我慢できないような気がした。
あたしの顔を見た匠くんは少し苦笑を浮かべたけど、すぐにあたしを抱き締めた。自分だって同じ気持ちだよ、って言ってるみたいに。
抱き締められて匠くんの温もりを肌で感じ、匠くんの匂いを嗅いだら、気持ちがきゅんってした。たまらなく恋しくなって、我慢なんて出来ないって心が訴えてた。
「うー」匠くんに抱きつきながら犬みたいに唸った。匠くんの胸に顔を埋めたあたしの頭上で笑い声が聞こえた。
「全然、我慢できない気がする」匠くんに訴えた。
「絶対無理?」匠くんに聞かれたので、「もう絶対無理」って断固とした思いを込めて答えた。
そしたら匠くんがぎゅうって強く抱き締めて来た。あたしも匠くんに回した手に力を込めて、匠くんを抱き締め返した。
「じゃあさ、ちょっとコンビニ行って来る」匠くんは言った。
「コンビニ?」
聞き返したら匠くんは頷いた。ちょっと照れたような笑顔で。
「必需品を買いに行って来る」
その言葉であたしも分かって、あ!って思って、ちょっと恥ずかしくなったけど、うん、って頷いた。
「あたしも行く」即座に言った。
匠くんはちょっと神妙な顔つきであたしを見つめた。
「でもさ、二人でコンビニ行ってコンドーム買ってたら、何かもう“これからします”って店の人に宣言してるようなもんじゃない?」
匠くんに言われて滅茶苦茶恥ずかしくなったけど、でも夜のしんと鎮まった気配の中を、匠くんと二人並んで歩きたいなって感じてた。
「じゃあ、あたしコンビニの外で待ってる」
あたしがそう提案したら、匠くんは首を横に振った。
「それは駄目。夜遅いし、外で待ってたりしたら危ないから」
匠くんはこういうトコかなり心配性で、コンビニの前は明るいし心配ないのにって思ったんだけど、変なヤツが通りかかって絡まれないとも限らないからって匠くんは譲らなかった。
「だったらお店の中にいるから。それで匠くんがお金払ってる時は雑誌見てるよ」
それだって一緒にお店に入って来て一緒に出ていけば店員さんにはバレバレだろうけど、別に知り合いとかでもないし平然としてればいーんだもんね、って自分の中で決めつけた。
そういうことで、あたしと匠くんはもう一度外出する服装に着替えて一階に降りた。
一階の居間でまだ起きてテレビを観ていたお母さんが、あたしと匠くんに気がついて不思議そうな顔をした。
「あら。どうしたの?二人とも」
「ん、ちょっとコンビニ行って来る」
「こんな遅くに?」
「あ、うん。ちょっとコーラ飲みたくなって」
「そうなの?まあ、気をつけてね」
お母さんは大して疑問にも思わなかったみたいで、すぐにまたテレビに視線を戻した。見るとテレビでは時代劇を放送していた。お母さんは時代劇ファンで、ケーブルテレビの時代劇専門チャンネルを、毎日それこそ何時間でも観てるらしかった。
あたしと匠くんは心の中でほっとしながら家を出た。匠くんの持っている鍵で玄関の鍵を閉め、門扉をくぐった。
すぐに大通りに出て、数分歩いたところにローソンがあった。店内に入ったらレジには二十代位の若い男の店員さんが二人で並んで立っていた。
「いらっしゃいませー」
あたしと匠くんが店内に入ると、声を揃えて呼びかけられた。店内を見渡したら他にお客さんは、雑誌を見てる若い男の人とOL風の女性位だったので、お客さんの少なさにちょっと安心した。
まさかスキンだけ買って帰るのも、何かどんだけ我慢できないの?って感じがするので、あたし達は買い物カゴを持ってスナック菓子を幾つかとコカコーラ・ゼ ロと爽健美茶のペットボトルを入れた。それから匠くんはささっとコンドームの箱をカゴにさりげなく且つ素早く入れて、スタスタとレジに向かった。あたしは 匠くんと離れて、雑誌売り場で適当なファッション誌を手に取って眺め始めた。
「いらっしゃいませ」レジの店員さんの声が聞こえた。それから商品にバーコードリーダーを当てていくピッ、ピッていう電子音が聞こえて来た。
視線はファッション誌に落としながら、意識はしっかりレジへと向けていた。店員さんが合計金額を告げるのが聞こえ、それからお釣りの金額を伝える声が聞こえた。
「どーもありがとうございましたー」そう店員さんの告げる声が店内に響き、あたしはファッション誌をラックに戻して出入口へ向かった。レジから離れて出入口へと進んでくる匠くんと視線が合った。思わず二人でいたずらっぽい笑顔を浮かべた。
コンビニを出てあたしと匠くんは手を繋いでくすくす笑い合った。
まったく、エッチが我慢できなくて、夜遅くにコンビニにスキン買いに来るなんて何してんだろーね?麻耶さんや聖玲奈やママが知ったら、絶対呆れた顔された り、ホントどーしよーもないねえって馬鹿にされたりするんだろーなあって思ったりした。だけど匠くんと二人でこーゆーぐだぐだでダメダメな感じなのもいー かなーって気がする。
仲良く手を繋ぎながら、これでエッチができるってこの後に待ってる展開にわくわくして期待でいっぱいになって、心の深いところが熱を帯びて、熱い昂ぶりが湧き上がってくるのを、はっきり意識しながら夜道を歩いた。
匠くん家に戻ったら、一階ではまだお母さんがテレビを見続けてて、あたしと匠くんは「ただいま」って告げた。
「ああ、お帰り」
「僕達もう休むから」匠くんは普段の素っ気無い声でお母さんに伝えた。
「うん。お休み」テレビから視線を逸らさないまま、お母さんは返事を返した。
「お休みなさい」あたしもお母さんに挨拶した。
「萌奈美ちゃんもゆっくり休んでね」
お母さんにそう言われてちょっとぎくりとしていた。そんなこと絶対ないんだろうけど、何だかあたし達のことがしっかり見透かされてるみたいで。
「ありがとうございます」上ずりそうな声でそう返事して、あたし達はそそくさと二階に上がった。
二階に上がって大きく息を吐いた。
「あー、びっくりした。お母さんに何か見透かされてるみたいな感じだった」
「まあ、気のせいなんだろうけど」あたしの言葉に匠くんも苦笑混じりで頷いた。

「で、どっちで寝る?」匠くんに聞かれた。
匠くんが自室に使っていた部屋のシングルベッドか、隣の客間に布団を敷くか。
思ったんだけど、匠くんの部屋の下ってお母さんの部屋なんだよね。(匠くんのお父さんとお母さんは自室がそれぞれあって、寝るときもそれぞれ別々に寝るら しかった。あたしのパパとママは一緒のベッドで寝てるので、そういう点ひとつ取っても家庭によって事情は千差万別みたい。内心少しびっくりしつつあたしは 思った。)なので、真上でそんなことしてたら、物音とか下の部屋に響いちゃったりしないかなって思った。ねえ?それこそあんまり激し過ぎたりしたら・・・ ベッドだと余計に・・・それで、一方の客間の下は納戸に使われてるので、そういう点を踏まえると客間の方がいいかもって結論にあたしは至った。
そう説明したら、匠くんも「成程ね」って納得して頷いてくれた。
パジャマ代わりの部屋着に着替えて、あたし達は二階の客間に一応並べて二組布団を敷いた。布団を敷いてる内に段々ドキドキして来てしまった。何だか顔が火照ったみたいに熱かった。
枕を二つ並べて用意し終えて、布団の上で膝立ちで匠くんと顔を見合わせた。笑いながら匠くんがあたしの前髪を優しく掻き上げた。
「萌奈美、顔赤い」
指摘されて恥ずかしくなって、余計顔が赤くなったような気がした。
匠くんの顔が近づいて来る。ゆっくり、スローモーションみたいに。瞼を閉じた。胸がドキドキ高鳴って身体は燃えるように熱いのに、気持ちはまるで春の長閑な陽だまりにいるみたいに穏やかに落ち着いていて、その両方をあたしは感じ取っていた。
匠くんの唇が優しく触れる。反射的にぴくんって身体が震えた。その震えを包み込むように、匠くんの両手があたしの身体に回され抱き締められた。匠くんがあ たしをゆっくり横たえる。匠くんに促されて布団の上に仰向けに寝ながら、あたしは匠くんの唇の感触にだけ意識を集めた。少し冷たい唇をあたしは啄ばんだ。 舌を出して唇の形をなぞる。少し開いている唇から温かい舌が顔を出す。その舌を啄ばみ、ゆっくり自分の舌を絡めた。
匠くんの唇を夢中になって味わいながら、匠くんの手がスウェットの裾からそっと入り込んで上がって来るのを、意識の片隅で捉えていた。
優しく素肌をなぞって、匠くんの手の平はあたしの身体を上へと伝って来て、その触れられた部分からくすぐったいような痺れるような刺激が送られて来て、あたしの背筋をぞくぞくと震わせた。甘い感覚に息が乱れそうになるのを必死で堪えた。
だけど我慢なんて続かなくて、匠くんの手の平に胸をすっぽりと包まれ優しく捏ねられて、強い快感に襲われ身を捩った。思わず匠くんの舌に絡ませていた舌が 解(ほど)けて声が漏れそうになる。離れようとするあたしの舌は、匠くんの舌に捕まり強く舐られた。くぐもった喘ぎは匠くんの口に塞がれ、声にはならな かった。
匠くんの手があたしの胸を揉み、尖った乳首を摘んで擦り立てた。くぐもった声を漏らしながら身体を波打たせた。無意識に快感から逃れようと身を捩った。逃すまいとする匠くんの左腕が、あたしをしっかりと抑え込んでいた。
やっと匠くんの唇から解放され、大きく息を吸った。匠くんに唇を塞がれて十分に呼吸が出来なくて酸欠気味だった肺の中に、新鮮な酸素が流れ込んで来る。 ほっと安堵した次の瞬間、開いた口から大きな声が漏れそうになって、慌てて口を噤む。あたしの唇を離れた匠くんの唇が、胸の尖った先端に吸い付いていた。 片一方の胸を執拗に捏ねられ、もう一方の胸の硬く尖った中心を濡れた唇で啄ばまれ、舌先で転がされた。匠くんが触れた部分から絶え間なく送られてくる、不 規則で一定しない快感に呼吸が乱れる。けれど大きく息を吐こうとして口を開けようとすれば、匠くんが与えてくれる刺激に、自然と声が漏れそうになり唇を硬 く結んだ。階下にいるお母さん達に聞こえてしまわないか気掛かりで、なるべく物音や声が出ないように努めた。そう意識することが余計に感覚を昂ぶらせるの か、我慢しようとすればする程、匠くんの掌、指、唇、舌の動きを敏感に感じ取り、大きな刺激となって襲いかかる。噤んだ口から艶かしい声が放たれてしまい そうになり、快感に悶え身体をくねらせた。優しくてゆっくりとした刺激を味わう余裕は既になく、もっと直接的な強い快感が欲しくて、匠くんにしがみ付い た。
匠くんも一階を気にしてるのか、普段はもっとゆっくりとした流れなのに、今夜は早いテンポであたしの快感を煽っていく。舌と掌で両方の乳房を刺激しなが ら、もう片方の手があたしの下腹部に伸びて来る。するりとあたしの下着の中に潜り込み、既に熱くぬかるんでいる快感の中心部に匠くんの手が近づくのを感じ 取って、ぞくぞくと身体が震えた。
溢れ出る温かいぬめりで濡れた入口を、匠くんの指がなぞるような動きで優しくタッチする。それだけで大きく身悶え、熱い吐息が漏れてしまいそうになる。唇 を引き結んで快感をやり過ごそうとした。だけど、匠くんの指はあたしが平静を保とうとするのを許してくれなかった。溢れ出るぬめりを纏いつかせるように、 入口をゆるゆると撫でていた指が内部に侵入してくる。中を満たすぬめりで、容易く匠くんの指は付け根近くまで没した。静かに息を吐いて快感に耐えていたあ たしは、その刺激に大きく身体を仰け反らせていた。
く、はあっ。
唇から喘ぎ声が零れ落ちる。
匠くんの指が動いて内側の敏感な粘膜を擦り立てる。テンポを速めていく指の動きが与える甘美な刺激に抗えず、快楽に身体を委ねる自分に羞恥しながらも、匠 くんにもっと強い快感を要求するかのように、下腹部をぎゅっと押し付け匠くんの指を深くまで導き入れる。匠くんの指の動きに合わせて、その部分からは湿っ た音が聞こえている。こんな音を立てている自分に恥ずかしさを覚えながら、そう感じることが更なる興奮を呼び、あたし自身を煽り立てていく。
時に不規則に時にリズミカルに、ぬらつく内側の襞を擦り立てて刺激する匠くんの指の動きに翻弄されながら、あたしは螺旋のような快楽の渦に飲み込まれて いった。白濁しかかった意識の中で、すぐそこに絶頂の訪れを感じた。でも、このまま匠くんの指で快感の頂へと導かれてしまいたくなかった。
匠くんの下半身へと手を伸ばす。早く開放されたくて、パジャマ代わりのスウェットのズボンの前部分を押し上げて存在を主張している、匠くんのシンボルをスウェットの生地越しに握る。
一番繊細な粘膜で匠くんの欲望を感じたくて、上ずった声で懇願した。
「匠くんの、頂戴」
何を、って口に出すのは躊躇われて、その代わりに握った匠くんの強張りを強くしごき立てて、欲しいものが何か伝えた。ズボンの中で匠くんのが、求められたことを喜ぶかのように、びくんびくん、って大きく脈打った。
あたしの昂ぶる気持ちとシンクロするみたいに、匠くんも興奮と快感で荒い呼吸を吐いているのが分かった。
粗っぽい動きで強引にあたしの唇に自分の唇を押し付ける。薄く開いていた唇から口の中に侵入して来て、乱暴にあたしの舌を絡め取ると、ちぎられそうな強さで吸われた。
ん、ふっ。
くぐもった悲鳴が漏れる。性急で乱暴な動きに一瞬気持ちが怯んで、身体を強張らせた。
けれど匠くんは身体を離し、すぐにあたしは解放された。
荒っぽいキスは、すぐに戻ってくるからっていう、匠くんのメッセージだった。その振る舞いは、匠くんがあたしと同じくらい激しく欲情し昂ぶっているのを伝えてくれた。
あたしから離れて身体を起こした匠くんは、素早く着ているものを脱ぎ捨てて、買ってきたスキンを屹立している自分に被せた。
そして匠くんはあたしに圧し掛かって来た。匠くんの顔が近づいて来て、また唇が重なる。今度はあたしから舌を差し込んだ。匠くんの口腔に侵入した途端、待 ち構えていた匠くんの舌に絡みつかれ捕われた。負けじと匠くんの舌に自分の舌を絡め、夢中で愛しい人の舌を吸い唾液をすすった。
薄い膜を被せられた匠くんのものが、あたしの入口へと押し付けられるのを感じた。溢れ出るぬめりを絡ませるように、添えた手を動かして匠くんは、押し付け ている強張りの先端をぬるぬると上下させた。そのまま唇のような襞を割って入って来そうな感触に、ぞくぞくと悪寒のような震えが全身を襲った。
位置を確かめた匠くんの強張りが、ずるりとあたしの中へ侵入した。感じやすい粘膜をめりめりと引き裂いて入って来る異物感が、身体を引き裂くようなスピードで頭の天辺へと突き抜ける。
んっ!んんーっ!
全身を戦慄かせて、匠くんに塞がれた唇から声にならない悲鳴を放った。
匠くんと繋がった部分を支点に、あたしの身体は大きく弓なりに仰け反った。
それすら自分で分かっていなかった。匠くんの硬く勃起したものがあたしの最深部まで納まった瞬間、頭の中で幾つもの閃光が弾けていた。眩いストロボが目の前で焚かれて、視界が真っ白になった。
匠くんに挿入されただけであたしは達していた。


PREV / NEXT / TOP

inserted by FC2 system