【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ Cheerful Festival!(3) ≫


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お昼になって結香と千帆がフリーになって、宮路先輩と誉田さんとも合流して、みんなでお昼ご飯を食べに学食に行った。本当は春音も誘いたかったんだけど、生憎クラスの販売担当の時間に当たってて、一緒に食べられなくてちょっと残念だった。
宮路先輩と誉田さんの二人に会うのも久しぶりで、みんなで懐かしくて話が盛り上がった。
「何かすっげー懐かしい気分になるよなー」
誉田さんがはしゃいだ声で言った。
「そうですね。俺もまだほんの一年前のことだけど、何かやけに懐かしく思えます」
しみじみとした様子で宮路先輩が相槌を打つ。
「そーいえば、宮路先輩の大学の学園祭はいつなんですか?」
結香の質問に宮路先輩は、ああ、って思い出したような顔になった。
「来月の2、3、4日の三連休なんだ。よかったらみんなで来てよ」
宮路先輩に誘われて、あたし達は「絶対行きますっ」って二つ返事で頷いた。今まで大学の学園祭って行ったことがなかったので楽しみだった。
宮路先輩は大学では放送研究会ってサークルに入ってて、学園祭ではミニFM局を開設して公開生放送もするのだそうだ。ちゃんと芸能人のゲストも呼ぶらし い。宮路先輩と千帆は去年、志望校の下見って名目で学園祭を見に行ってて、二人の話によると大学の学園祭っていうのは、本当にもうお祭りそのものって感じ らしくて、ものすごく面白いみたい。そう聞いて余計楽しみになった。
そうだ、って思いついた。東芸大の学園祭ってそういえばいつなんだろう?あたしも匠くんと、それから春音も誘って学園祭、見に行ってみよう。

1時からあたしは文芸部の受付をしなくちゃいけなくて、みんなと別れなければならなかった。匠くんがそれとなく帰るような素振りを見せたので、また2時半 には時間が空くから、そしたら一緒に体育館のステージの吹奏楽部の演奏を見に行こうよ、って言い募った。あたしがいなくなってしまうので匠くんはちょっと 居辛そうな様子ではあったけど、誉田さんと結香が、あたしが空き時間になるまで一緒に回ってるから安心してよ、って確約してくれた。二人にお願いして、匠 くんにも絶対待っててね、って言い置いて、ちょっぴり心を残しつつ物理講義室に向かった。後で文芸部の発表も見に行くね、ってみんなから言われた。
部誌の売れ行きは順調だった。販売用に200部用意して、午前中だけで100部近い販売があった。残りあと三時間半。これなら完売も夢じゃないかも、ってみんなでわくわくしながら思った。午後もメンバー交代した宣伝担当のコ達がPRを続けてくれてるし。よおし、頑張ろう。
相変わらず文芸部の展示を見てくれたお客さんの多くは、漫画同好会の展示を見に来たついでにって感じではあったけど、それでも中にはあたし達の展示発表の 前で足を止めて熱心に見入ってくれたり、見本誌を見て部誌に掲載されてる作品に興味を持って買ってくれるお客さんもいて、とっても励みになった。
受付をしていたら美南海先生が様子を見に来てくれた。これ差し入れ、って言って、買ってきたお菓子をくれた。受付をしていたみんなで、わあ!って歓声を上げて、ありがとうございます、ってお礼を言った。
「売れ行きいいみたいね」
部誌の在庫を見て美南海先生が聞いた。
「これなら完売できそうですよ」
一人のコが言って、先生も嬉しそうに笑って頷いた。
「そうなったらいいわね」
先生が喜んでくれてるのが分かって、あたし達も嬉しくなった。
「萌奈美ー。来たよー」って声が入口から聞こえて顔を向けた。
結香、千帆、匠くん、宮路先輩、誉田さんが連れ立って部屋に入って来た。匠くんが来てくれて胸が弾んだ。
「匠くんっ」
名前を呼んでパイプ椅子から立ち上がって、はっとした。一緒に受付をしていた部員のコと美南海先生の視線が集まっていた。顔が火照ってくる。
千帆が苦笑を浮かべ、結香はさも面白そうにニヤついている。匠くんは困った顔をしていた。
まあ、いいや。気にしないことにした。
「見に来てくれてありがとう」
みんなにお礼を告げた。千帆は笑顔で頷き返してくれたけど、結香には今更わざとらしい、って感じで呆れた視線を向けられてしまった。匠くんはというと、周りの視線を気にしながら心持ち笑顔で小さく頷いてくれた。
「宮路君、久しぶりねー」
みんなと一緒に入って来た宮路先輩に、美南海先生は少し驚いたように声をかけた。流石は市高の有名人だった宮路先輩。美南海先生とも親しかったみたい。
「前河先生。どうもお久しぶりです」宮路先輩も笑顔で挨拶を返した。
「市高祭を懐かしみに来たの?」
そう言ってから美南海先生は思い出したように悪戯っぽく微笑んだ。
「あ、それとも文化祭デートかしら?」
こちらも美南海先生はご存知だったみたい。思ってもみない相手からの冷やかしに、宮路先輩は少し焦って顔を赤くした。千帆なんかもう真っ赤になって俯いちゃってるし。
「ご想像にお任せします」うろたえたのは一瞬だけで、宮路先輩はすぐにしれっと言い返した。やっぱりすごいなあ、宮路先輩って。思わず感心しちゃう。でも 聞いた誰もが、これは肯定に他ならないって受け取れる宮路先輩の返答に、千帆は更に恥ずかしがって小さくなってしまって、ちょっと可哀相な気がした。
美南海先生と宮路先輩が話し込んでいるのをチャンスって思って、匠くんに笑顔を向けた。
「よかったらゆっくり見て行ってね」
「うん、ありがとう」
匠くんはちょっと躊躇いがちの笑顔を返してくれた。もう。もっと普通に振舞って大丈夫なのになあ。ちょっと気にし過ぎだよ。
それから匠くんはそそくさと展示の前に移動してしまった。
「萌奈美ちゃん、チラシ見たけど面白そうだね」
匠くんを視線で追っていたら、一般来場者入口で配っているチラシを手にした誉田さんに話しかけられた。
「あ、あの、どうもありがとうございます」
「ちょっと見せてもらってもいい?」
「あ、はい。どうぞ、これ見本です」
誉田さんに聞かれて見本誌を手渡した。ぱらぱらと目を通しながら、ふうん、って誉田さんは声を漏らした。
「せっかくだから一冊買おうかな」
「あ、はいっ。ありがとうございます」知り合いの人に買ってもらうのは何だかちょっと気恥ずかしい感じもした。
「普段は小説なんてあんまり読まない癖に」
結香が冷やかすように口を挟んだ。
「うるせー。今見たら結構読みやすそうだったしさあ。それに萌奈美ちゃんのいるクラブの売り上げに貢献できたら嬉しいし」
誉田さんが言い返すと、結香も相槌を打った。
「まあね。それじゃあたしも一冊買っちゃおう」
二人の心遣いが嬉しかった。でも、ただ付き合いだけで買ってもらうんじゃちょっと不満だった。
「あの、どの作品も面白いから、是非読んでくださいね」そう伝えた。
「うん。もちろん」大きく誉田さんが頷いてくれて、ほっとした気持ちになった。
一緒に受付をしてくれてるコが結香と誉田さんに部誌を渡してお金をやり取りしているのを見ていたあたしは、さっきまで宮路先輩と話していた美南海先生が、いつの間にか匠くんの傍に立っているのに気付いて、どきっとなった。
先生は匠くんに向かって話しかけ頭を下げた。匠くんも戸惑うような表情で頭を下げ返している。美南海先生は一体何を話すつもりなんだろう?とても気になった。
「ごめん、ちょっとお願い」
他のコに頼んで席を立った。匠くんと美南海先生の元へと歩み寄る。
「あの、前河先生」
あたしの呼びかけに美南海先生が振り向く。
「あの、えっと・・・匠くんに何か?」
思わず聞いてしまった。
「え?ううん」
美南海先生は笑って答えた。
「今朝は何だかおざなりな挨拶しか出来なかったから、もう一度お礼を言いたくて」
「あ、そうだったんですか」
ほっとしながら答えた。なんだあ、って胸の中でぼやいていた。
「阿佐宮さんこそどうかした?」
美南海先生に問うように見つめられてどきっとした。
「あっ、いえっ、別に・・・ただ、ちょっと、どうしたのかなって思って・・・」
しどろもどろって感じで答えた。
そんなあたしの様子を見て美南海先生はくすっと笑った。
「阿佐宮さんにも感謝しなくちゃね」
「え?」
「阿佐宮さんがいてくれたお陰で、あんなに素敵な表紙を描いてもらえたんだから」
多分他意はないと思うんだけど、美南海先生の言葉があたしには何だかやけに意味深長に聞こえて激しくうろたえてしまった。
「え、いえっ、あのっ、そんなこと・・・」
泳いだ視線が匠くんの視線とぶつかった。諦めきったかのような匠くんの眼差しだった。だってえ、仕方ないじゃない。心の中で言い訳をした。
ふふっ。笑い声が聞こえた。美南海先生が可笑しそうに口元を綻ばせていた。
展示発表に触れて美南海先生が匠くんに説明を始めて、それに関して匠くんと美南海先生がやり取りしているのにあたしも加わって、三人で少し話した。好きな作家とか作品にまで話題が及んだ。
「阿佐宮さんの考え方や書く作品が変わったのは、やっぱり佳原さんの影響なのかしら?」
「え?」
突然美南海先生に問いかけられてうろたえてしまった。
「・・・そうですか?」
思いもかけないって風を装った。
先生は頷いた。
「深化したっていうのかな。深く作品や考えを掘り下げることができるようになったと思う」
「あの、ありがとうございます」
先生から言われた言葉が少し気恥ずかしくて、でもとっても嬉しくて頭を下げた。先生は小さく首を横に振って言葉を続けた。
「それで今、佳原さんと話してて、何だかそんな印象を受けたのよね。考え方とか、批評の視座とか、ちょっと似てるのかなって」
匠くんと少し話してただけで、美南海先生はそんなことに気付いたんだろうか?それってちょっとすごいって思った。それともあたしが分かりやす過ぎるのかな?匠くんの影響を受けてるのがモロバレなのかも。でも、先生の言う通りだったので笑って頷き返した。
「その通りだと思います」
笑顔のまま匠くんを見たら、匠くんもちょっと照れながら、困ったような笑顔を浮かべていた。
「萌奈美」
結香に呼ばれて視線を巡らせた。
「あたし達、体育館のステージ観に行ってるね」
そうだった。もうすぐ吹奏楽部の演奏が始まる時間だ。香乃音が出るので受け持ちの時間が終わり次第、あたしも観に行くつもりだった。
「あたしも後で行くから」
結香にそう伝えて、「匠くんも先行ってて」って匠くんに告げた。
うん、って匠くんは答えて、「じゃあ後で」ってあたしに向かって言って、美南海先生にも「失礼します」って会釈した。あたしも「うん」って答えて匠くんに 手を振った。向こうに向き直る寸前、匠くんはちょっと戸惑うような顔で頷いた。そして匠くんは誉田さん達と部屋を出て行った。
みんなが出て行って、あたしは何事もなかったように受付の席に戻った。
「あれが今噂の佳原さんですかあ」
一緒に受付をしている二年のコが、やけにウキウキした声で言った。
今噂の?
「何それ?」
ちょっと尖った声で聞き返す。
「いえ、朝からもうみんなに広まってますよ。萌奈美先輩の彼氏の噂」
・・・そりゃあね。隠そうともしなかったし、別にいーんだけどさ。だけど匠くんがみんなから好奇の視線で見られるのは、ちょっと不愉快だった。ちょっと ムッとしながら、自分の振る舞いが軽率だったことを少し反省した。春音にも何度も注意されてるんだけどね。もう少し場所や状況に気を配って振舞いなさいっ て。でも、そう出来たら苦労はないのだ。
「だけど萌奈美先輩、どういうキッカケだったんですかあ?」
好奇心溢れる眼差しで見つめられた。
「ノーコメント」取り合うつもりのないことを態度で示した。
「えーっ、いいじゃないですかあ」
不満げな声で抗議された。
「あーんなラブラブなトコ見せつけた癖に、今更隠さなくたっていーじゃないですか」
ラブラブって、あのねーっ。先生のいるトコで大きな声でそんなこと言わないでよっ。
そう言いかけようとして、「萌奈美」って呼ぶ声が聞こえた。えっ?と思って声のした方へ視線を向けた。
声の主を知ってびっくりせずにはいられなかった。
「ママっ?」思わず大きな声を上げてしまった。
入口にママが立っていた。艶然と笑ってこちらに歩み寄って来る。
「ど、どうしたの?」
「どうしたの、じゃないわよ。娘達の頑張ってる姿を見に来たんじゃない」
驚かれて心外とでも言いたげな顔で、ママは答えた。そしてあたし達の傍に立っている美南海先生を見て頭を下げた。
「前河先生、萌奈美がいつもお世話になっております」
何処から出してるの?って思わず確かめたくなるような作った声で、ママは挨拶した。
「こんにちは。市高祭にお出でくださって、ありがとうございます」
先生も慌てて挨拶を返した。美南海先生はあたしのクラスの担任でもあるので、一学期の時の進路に関する三者面談で、ママと先生は会ったことがあった。
「聖玲奈達のトコは行ったの?」
あたしが聞くとママは頷いた。
「聖玲奈の教室は今見て来たところ。聖玲奈ったら生き生きしてやってたわよ」
そう聞いて聖玲奈のクラスはそう言えば何をしてるんだっけ、って考えて思い出した。そうだ。メイドカフェだ。確か聖玲奈はウエイトレス役だって聞いてたっ け。そりゃあ、あのコのことだから、そういうことだったら張り切ってやってるに違いないと思う。男子の注目を集めるの大好きだもんね。
「香乃音はこれからステージやるんでしょ?」
ママの言葉に、あっ、と思った。
「そうだ。もうすぐ吹奏楽部の演奏始まるよ!」
「あら、そうなの?じゃあ急がなきゃ。体育館ってどう行くんだっけ?」
あたしの慌てた様子を見てママが聞いた。もっともその声も態度も、全然急いだり慌ててるようには見えなかったけど。
えーっと。体育館までの行き方をどう説明しようか考えあぐねていたら、美南海先生が言った。
「阿佐宮さん。お母さんを体育館までご案内して差し上げて」
「えっ、でも・・・」
まだ受け持ち時間を終えてなかったので戸惑った。そんなあたしに、一緒に受付をしてくれていたコ達も言ってくれた。
「ここはあたし達だけで大丈夫ですよ。妹さんの演奏もうじきなんですよね?どうぞ行って来てください」
「だけど・・・」
「本当に大丈夫ですって」
まだ躊躇っているあたしを、彼女達は笑顔で送り出してくれた。ありがとう、ってお礼を言って、あたしはママと一緒に体育館に向かった。
体育館前は出入りする人達で混み合っていた。その混雑から少し離れた位置に匠くんが立っていた。
「匠くん」
呼びかけたら匠くんはあたしを見てぱっと笑顔になって、だけどその横にいるママに気付いて、ぎくっとしたような表情になった。
「匠さん、お久しぶり」
「あ、ど、どうも。お母さん。お久しぶりです」
何だか必要以上に緊張した感じで、話し方にも落ち着きがなかった。未だに匠くんはママのことが苦手みたい。娘ながらにそれも無理ないかなあ、って思ったりもした。
「どうしたの、こんなトコで。あたしのこと待っててくれたの?」
「うん、まあ・・・」
あたしの問いかけに匠くんはちょっとはにかむような笑顔で答えた。
「あらあら。相変わらず仲のよろしいことで」
呆れ口調でママに言われた。ちょっと恥ずかしくはあったけど、でもついつい顔がニヤけてしまった。
「じゃあ、早く入ろう」
そう言って匠くんの手を取って、体育館の入口に進んだ。ママはもう見慣れてしまったのか、何も言わずあたし達の後に続いた。
体育館に足を踏み入れたら、暗幕で薄暗い館内で前方のステージが、色とりどりのスポットライトで明るく照らし出されていた。一歩入った時からステージの両 サイドに設置されたスピーカーから大音響で音が鳴り響いていて、すぐにそれが聞き慣れたメロディーであることに気付いた。ミスチルの「fanfare」 だった。ちょっとびっくりしながら、ステージ上に視線を向けた。演奏してるのは同じクラスの橘君達のバンドだった。今年も有志で参加してたんだ。去年の市 高祭でもライブをやって、結構評判だったみたい。演奏を聴くのは初めてだったけど、それにあんまり演奏のレベルとか分かんないけど、上手だって思った。
「結構上手いね」
感心したように隣で匠くんも呟いた。そう言えば、匠くんは今ステージの上で歌ってる橘君のこと覚えてないかな?そう思ってちょっとドキッとした。去年、ま だ匠くんと付き合うようになる前、たまたま橘君と学校帰り一緒になって、それを匠くんに見られてヤキモチ焼かれちゃったことあったっけ。あの時は匠くんに 素っ気無い態度されて、もうたまらなく不安になって悲しくなって、大変だったなあ。その頃の気持ちが甦って来て、ちょっと懐かしくて甘い気持ちになった。 匠くんと繋いだままの手に、きゅっと力を込めて握って匠くんに寄り添った。匠くんはちょっとびっくりしてうろたえてたけど。
演奏が終わり大きな拍手が起こった。ボーカルの橘君がマイクに向かって口を開いた。
「どうもありがとう。えー、みんなとすっげー楽しい時間を過ごせて嬉しいです」
橘君の言葉にまた会場が沸いて一層拍手が激しくなった。「ありがとう」って橘君は手を上げて拍手に応えた。鳴り止まない拍手を制するように橘君はまたマイクに顔を寄せた。
「えー、次がラストの曲になるけど」
その途端、会場から「えーっ」っていう不満げな声が上がった。橘君は苦笑を浮かべて嬉しそうに言葉を続けた。
「最後まで楽しんでってください。曲はミスチル「しるし」」
ステージを照らすライトが絞られて、中央の橘君にスポットが当たる。演奏が始まる。
最後をバラードで締めくくるなんて、橘君達相当演奏に自信があるのかな?ちょっと呆れる気持ちだった。だって、ミスチルだよ?なかなか桜井さんの歌を上手 に歌える人なんて、いないって思うんだけど。テレビの物真似番組でも「似てる!」って思うことって殆どないし。青木隆治さん、だっけ?あの人くらいかな あ。歌上手だなあって思えて、それからあと割と似てるかなあって思うのって。でもところどころやっぱりちょっと違うなあって思えたりもして、それだけ桜井 さんの声とか歌い方って、個性的で独特だってことなんだよね。
橘君達の演奏は似てるかどうかってことじゃなさそうで(って、当たり前か)、高校の文化祭のステージとしては、まあそれなりに素敵だった。感動して、じーんってしてるコ達も結構いたみたいだし。あたし的にはどうしても評価点が厳しくなってしまうんだけど。
盛大な拍手の中、歌い終えた橘君が「どーもありがとう」って言って、ステージの前方に出て来たメンバーのみんなで繋いだ手をかざしてお辞儀をして(ミスチ ルのライブでよく見る、アンコールを終えたエンディング時に、メンバーがするあのお辞儀、ね)から、観客に向かって手を振りながら舞台の袖に姿を消した。 拍手の続く中、ステージを照らすライトが消えた。暗くなった舞台上では、ステージ係の生徒がマイクをセッティングし直したり、パイプ椅子が並べられたりし ている。舞台の袖から楽器を手にした吹奏楽部員がステージに入って来るのが分かった。いよいよ吹奏楽部の演奏が始まる。
さっきまでの橘君達の演奏の興奮も収まり、しんと静まった暗いままの会場に「ワン、ツー、ワン、ツー、スリー、フォー」ってカウントする声が響いた。
演奏がスタートしたのに合わせて、ステージが明るく照らし出された。軽快なリズムが瞬く間に会場を沸き立たせる。あっ、この曲聴いたことある。
「何て曲か知ってる?」
匠くんに小声で訊ねた。
「「A列車で行こう」って曲だよ」
頷いた匠くんがすぐに小声で教えてくれた。ふーん。そういう題名なんだ。確かジャズの曲だよね。
そんなことを思っていたら、会場から手拍子が起こった。匠くんと視線を合わせて笑顔になって、あたし達も手拍子に加わった。
ステージ上では香乃音も一生懸命演奏している。一年生はこの市高祭のステージで演奏デビューなんだって香乃音が話していた。夏休み中からそれこそ毎日夜の 7時過ぎるまで練習を重ねて来たらしい。ライトに照らされた香乃音は、他の吹奏楽部員と一緒にとっても輝いて見えた。そんな香乃音の姿が見られて嬉しかっ た。
一曲目の演奏が終わり会場から拍手が贈られる中、すぐに二曲目の演奏が始まった。聴き始めてすぐに心が躍った。大好きなディズニーのアニメ『リトルマーメ イド』の「アンダー・ザ・シー」だった。会場からも馴染みのある曲にわっと拍手が上がった。「アンダー・ザ・・シー」から一転してスローなテンポに変わ る。「星に願いを」だ。管楽器のソロで叙情性豊かな音色が、ちょっとじーんって胸に迫った。そこから「いつか王子様が」「ウィニー・ザ・プー」「ジッパ・ ディー・ドゥー・ダー」『ピーターパン』の「You Can Fly」『アラジン』の「A Whole New World」ってメドレーしていって、ラ ストは「小さな世界」だった。最初は穏やかな感じの演奏から段々盛り上がって来て、最後はものすごく感動的だった。生の吹奏楽の演奏でディズニーの曲聴く のってほとんど初めての体験で、何だか胸が一杯になった。すごい、って思った。会場のお客さんも同じように感じているのか、割れんばかりの拍手だった。
拍手が止まない会場に、ダン、ダン、ダダンってバスドラムの音がビートを刻み出す。会場のお客さんがまた興奮に沸き立つ。拍手が手拍子に変わる。
うわあ。思わず鳥肌が立った。
この曲名はあたしでも知ってる。ものすごく有名な曲だし、映画『スウィングガールズ』でもテーマ曲になってるし。それと「ビッグバンドビート」のミッキーのドラム演奏は、何回見ても興奮せずにはいられない。
途中のドラムソロはとっても盛り上がった。ソロを終えたドラマーへ会場から拍手が沸いた。会場を一体感に包み込んで「sing,sing,sing」は終 わった。しばらく拍手が鳴り止まなかった。ステージの上で、深々と礼をして顔を上げた吹奏楽部の部員の中で、香乃音も頬を上気させて、嬉しそうに他の部員 のコと笑い合っている。よかったね。とっても素敵だったよ。胸の中で香乃音に言葉を贈った。
「吹奏楽部の演奏でした」
司会のアナウンスで、吹奏楽部員全員がもう一度深くお辞儀をした。また拍手の音が大きくなった。あたしと匠くんも惜しみない拍手を贈った。

体育館でのステージが終了して、会場のお客さんが一斉に外へと流れ出た。あたし達も人の波に押し出されるようにして体育館を出た。何とか千帆達と落ち合うことができた。
「じゃあ、あたしはこれで帰るわね」
そうママが言った。
時刻は4時半を過ぎて、一般公開は終わりを迎えた。
「あ、じゃあ、一緒に帰りましょうか?」
気を遣うように匠くんが申し出る。ママにもそんな匠くんの気持ちはバレバレだったみたいで、苦笑を浮かべてママが言った。
「いいわよ、気を遣わなくて。どうぞ皆さんとごゆっくり」
それからママはあたしを見た。
「じゃあね萌奈美」
「あ、うん・・・今日はありがとう、ママ」
ママを一人で帰らせることに少し後ろめたさのような思いを抱きながら、市高祭に来てくれたことへのお礼を言った。
笑顔で頷いたママは、他の皆に「それじゃ失礼します」って言って会釈した。千帆達も口々に挨拶を言いお辞儀を返した。
出口へと向かう人の波に、廊下を歩き出したママの後姿はすぐに見えなくなってしまった。
この後生徒は閉会式、クラスでショートホームルームをしてから後夜祭っていう流れだった。後夜祭は自由参加なので帰っちゃってもいいんだけど、生徒の参加 率は結構高くて、あたしもちょっと参加したい気持ちではあった。文芸部のみんなと市高祭を無事終えることのできた嬉しさを分かち合いたかったし、春音、千 帆、結香とも最後の市高祭で最後まで一緒にいたいって思った。
「そんじゃ、俺達も帰るかぁ」
誉田さんの言葉に少し名残惜しさを感じた。誉田さんや宮路先輩、結香、千帆。このメンバーで会ったのも本当に久しぶりで、もっと一緒にいたかった。
「宮路先輩、後夜祭に出てったらどうですか?」
誉田さんの「帰る」って言葉に頷いた宮路先輩を見て、ちょっとがっかりした様子の千帆に気付いて、結香が言った。後夜祭は基本、生徒だけの参加ってことに なってはいるんだけど、毎年OBが参加しても先生方は目を瞑ってくれている。この春卒業したばかりの市高の有名人だった宮路先輩なら何の問題もなかった。
「いや、でも遠慮しとくよ」
宮路先輩の返事を聞いて、千帆の肩が落胆するように沈んだ。
「みんなで顔合わせたのって久しぶりで、このままお別れしちゃうの、ちょっと残念な気持ちです」
あたしもまだこのメンバーで一緒にいたくて、その気持ちを伝えた。
「そう?・・・でも、じゃあ、どうしようか?」
少し困った素振りで誉田さんが誰にともなく聞いた。
「・・・後夜祭が終わるまでファミレスででも待ってたら?」
匠くんがぽつりと告げた。
「じゃあ、そうしますか?」
すぐに誉田さんが応じて、「宮路君は平気?」って宮路先輩にも聞いた。
「はい。大丈夫です」宮路先輩が首を縦に振って答えた。
「後夜祭終わるの7時位になると思うけど、いい?」
結香が誉田さんに聞き返す。
「OK、OK」
屈託ない笑顔で誉田さんは頷き返した。
「明日は結香達も休みなんだろ?どうせだから打ち上げ兼ねてどっか食べに行こうぜ」
帰りは男は責任もって彼女を家まで送り届けること、って誉田さんが注意を告げた。あたし達ももちろん異論なんてなくて、千帆と結香は家に電話しとく、って伝えていた。
こっちは男同士の話してっからさ、全然ゆっくりして来て大丈夫だからさ。誉田さんがそう言ったので、男同士で一体どんな話するんだろう、ってちょっと気になった。彼女の悪口言ったり愚痴こぼしたりとか?まさかね。匠くんはそんなこと言ったりなんて絶対しないし。
春音と冨澤先生も誘ってみるってことになった。匠くん達三人は北浦和駅近くのファミレスかファストフードで話してるので、後夜祭が終わったら電話することにした。あたし達は何の気兼ねもなく、後夜祭を楽しめることになった。
「じゃあ、また後でね」って言って、笑顔で手を振り合って匠くん達と別れた。

一度千帆と教室に戻ったら、ほとんどのクラスメイトも教室に戻って来ていた。
「春音、お疲れ様」
最後の販売担当の受け持ちグループだった春音は、一般公開を終えて後片付けをしていて、あたし達も手伝った。きちんとした片付けは代休明けの火曜日に全校 一斉に行うことになっていて、簡単な片付けだけしておいた。アイスは完売だった。大盛況の結果にクラスメイトみんな浮かれた様子だった。もちろんあたしも 嬉しかった。
片付けをしながら春音に、後夜祭が終わったら誉田さん達とみんなで夕飯を食べに行く予定であることを伝え、春音の都合を聞いた。それと冨澤先生に都合を聞 いてくれるようにお願いした。春音の都合は大丈夫で、冨澤先生にもすぐにメールを送ってくれた。先生からの返信も程なく送られて来て、大丈夫とのことだっ た。
春音から文芸部の午後の様子を聞かれて、順調だったことを伝えた。最後までいなかったんだけど、部誌の売れ行きもいい感じだったし、大成功だったよ、って 言った。ほっとしたのか、春音は嬉しそうな笑顔を浮かべた。副部長としての責任感みたいなものを感じてたのかも知れない。あたしはもう一度、本当にお疲れ 様、って心を込めて春音に感謝の言葉を伝えた。春音は少し照れたように、ううん、って頭を振った。
アイスクリームショップの装いのままの教室で、クラスみんな高揚した気分で雑談していたら、美南海先生が入って来てショートホームルームが始まった。今日 はこれから体育館で閉会式を行って放課になり、その後自由参加で後夜祭となること、今日の完全下校が午後7時半であること、月曜は代休になり、火曜の午前 3限を使って市高祭の片付けを行った後、4限から平常授業になることが伝えられた。先生の話を聞いていて、最後の市高祭が終わってしまったっていう事実 が、急に強く胸に迫って来た。何だか切ないようなやるせないような気持ちがこみ上げる。
萌奈美、って名前を呼ばれて、はっとした。
「どうかした?」
春音と千帆があたしを見つめていた。クラスのみんなが移動を始めているのに気付いた。
「ううん」って首を横に振って、でも思い直して二人に打ち明けた。
「最後の市高祭が終わっちゃったんだなあ、って思って」
妙にしんみりした声になってしまった。
春音が淋しそうに笑い返した。
「そうだね」千帆の声も何だか淋しげに聞こえた。
こういう気持ちを分かち合える友達がいてくれることに感謝した。


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