【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ Cheerful Festival!(4) ≫


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体育館に全校生徒が集まって閉会式が行われた。まだ生徒みんな一般公開の時の高揚感と興奮が残ってて、何処かうわついた感じで体育館の中はずっとざわついたままだった。先生方もみんなの気持ちが分かるからか、大目に見てくれてるみたい。
最初に校長先生の話があった。一般公開を大盛況で終えたこと、生徒みんな本当に楽しげで溌剌とした笑顔だったことに校長先生は触れて、そんな生徒の姿が見 られて嬉しかったし、校長先生も市高祭を心から楽しんだ、って言ってくれた。校長先生の話を聞いてものすごく嬉しくなったし、他のみんなも嬉しそうな顔を してた。
次にステージ部門、販売部門、展示・発表部門、それぞれの成績発表が行われた。そしたらなんと!我が3年3組は販売部門で堂々の一位になった。これにはク ラスのみんなもびっくりで、思わずみんなで、やったー!って大歓声を上げた。みんなを率先して来たクラス委員のコは嬉しさの余り泣き出してしまって、仲良 しのコに宥められていた。そんな光景もすごく微笑ましかった。最後の市高祭のとてもいい思い出のひとつになった。
最後に生徒指導の先生が、これで放課になって準備が出来次第、校庭で後夜祭が開始になることを伝えて閉会式は終了した。
春音、千帆、それから結香と落ち合って、四人で校庭に出た。校庭の中央にはファイヤーストームの櫓が作られていた。後夜祭は学年とかクラスとか関係なく、 好き好きでグループを作って楽しむ形式だった。ファイヤーストームの櫓から少し離れたところに低いステージが作られていて、スピーカーやアンプ、ドラム セットが用意されていた。例年、OBで構成されたバンドと、それに先生方のバンドの演奏があって、後夜祭を盛り上げてくれるのだ。あとフォークダンスが あったりもして。
「イエー!今年の市高祭も大成功だったぜー!生徒の諸君、先生方、本当にお疲れさまでしたあ!だけど!まだまだこの熱いハートは治まることを知らないぜ!そうだろー?みんなあ、用意はいいかー?後夜祭、燃えてくゼー!」
進行役の男子生徒の熱血調の第一声で後夜祭はスタートした。校庭に集まった生徒と先生達も「イエーイ!」って握りこぶしを上げて応える。
「よーしっ!みんなの熱いハートを注いでくれえ!ファイヤーストーム、点火ー!」
進行役の生徒が叫ぶのに合わせてファイヤーストームに火が点き、宵闇に炎が燃え立つ。わあっ!って歓声が上がる。
「まずはー!彼らの熱いライブでノってくれ!市高OBバンド、「OBserver」ダー!」
進行役の紹介が終わらないうちに、けたたましいドラムとベースの音が響き渡った。すぐにエレキギターの音が被さり、激しい演奏が始まる。
スタートからもうノリノリだった。あたし達も速いビートに合わせて手拍子を叩いた。
辺りを見回したら、ファイヤーストームの炎に照らされて笑顔でノりまくってる先生の姿もあった。先生と生徒が仲良く並んでステージを応援していたり。いつもは真面目に授業している先生が拳を突き上げてて、ちょっとびっくりした。
演奏が続く中、「萌奈美ちゃん、春音ちゃん」って声を掛けられた。
夏季ちゃんと美南海先生、他にも文芸部の部員が笑っていた。
「萌奈美ちゃん、春音ちゃん、お疲れぇ」
いつもののんびりした調子で夏季ちゃんが言った。
「夏季ちゃんもお疲れ様。みんなもお疲れ様」
あたしと春音も笑顔で応えた。
「どうだった?完売できた?」
ずっと結果が気になっていた。みんなで頑張ったんだし、完売できたらいいな、って思ってた。
「えっへっへ。どうだったと思うー?」
悪戯っぽい瞳の夏季ちゃんに聞かれた。
「もう。意地悪しないで教えてよ」
ちょっと頬を膨らませて抗議する。美南海先生も部員のみんなもくすくす笑っている。
「完売、しましたよ。萌奈美先輩」
見かねたように二年のコが教えてくれた。夏季ちゃんが、あーあ、言っちゃったあ、って残念そうな顔をした。
「ホント!?やったあ!」
嬉しくて夏季ちゃんに飛びついた。夏季ちゃんは突然のことに一瞬びっくりしていたけど、すぐに抱き締めてくれた。
「えへへ。嬉しーねー」
にこにこ笑って夏季ちゃんが言う。あたしも、うん、って頷いた。それから夏季ちゃんから身体を離して、振り返って今度は春音に飛びついた。
「やったね、春音っ!」
わっ、今度はこっちか、とでも言いたげに、春音は呆れたような顔だったけれど、両腕はしっかりとあたしのことを受け止めてくれた。
本当に最高の市高祭だった。
「聖原さん、志嶋さん、本当にお疲れ様。二人ともみんなをまとめて、本当によくやってくれたわ」
美南海先生が夏季ちゃんと春音の二人を見つめて言った。夏季ちゃんは嬉しそうに、春音はクールに頷き返した。
「実のところ、聖原さんが部長になった当初は、大丈夫かしら、って危ぶむ気持ちがなくはなかったんだけど」
おどけた口振りで美南海先生は続けた。
「ちょっとお先生。それってどーゆー意味ですかあ?」
心外って面持ちで夏季ちゃんが抗議する。って言っても、その口調は相変わらずののんびりしたものではあったけど。
「あはは。ゴメン、ゴメン。でも、完璧に取り越し苦労だったわね。山根さんに負けず劣らず、しっかり部長してたものね。志嶋さんも副部長として聖原さんを補佐してくれて、二人で部員みんなを引っ張ってくれて、本当に名コンビだったわ」
笑顔の美南海先生がしみじみとした声で言った。
市高祭が終われば三年生は引退する。部員みんなの気持ちを代弁するかのように、美南海先生は春音と夏季ちゃんの二人に、感謝の思いを込めた言葉を伝えた。
ファイヤーストームの炎に照らされた春音の表情をちらりと伺ったら、少し照れるようにちょっとくすぐったそうに微笑を浮かべていた。
OBバンドの演奏が終わって、進行役の生徒は相変わらずのハイテンションで、続いて先生達によるバンドを紹介した。
「イエーイ!みんなー、もっともっとヒートアップしてくれよなー!演奏をお届けするのは先生達による市高名物バンド、「discodance」!!Let’s Come on!」
校庭にいるみんなから一際大きな歓声が上がる。あたし達も盛大な拍手を贈った。
今日のために先生達は密かに練習を重ねてたみたいで、演奏はとっても上手だった。ギター兼リードボーカルの葺玖嶋(ふくしま)先生に、女のコ達の黄色い声 援が飛ぶ。サッカー部顧問をしててスポーツマンで市高ティーチャーズ1のイケメン葺玖嶋先生は、女子生徒から絶大な人気があった。英語の先生だからなのか な?英語の歌を歌う姿もとてもサマになっていて、歌も上手くて確かにカッコよかった。これでまた女のコからの人気が高まること間違いなしって思えた。そう は言ったって、匠くんの方が断然カッコいいのは言うまでもないんだけどね。ん?何か異論でも?
あと、ちょっとびっくりだったのが織田島先生がベースを弾いてたことだった。えーっ、織田島先生、楽器演奏できたんだあ。思わず心の中で呟いてしまった。他の先生達もそうなんだけど、思いもよらない先生が実に上手に楽器を演奏してて、ただただびっくりだった。
そんなサプライズ感からか、後夜祭は最高潮の盛り上がりぶりだった。でも更なるサプライズが待っているなんて、誰も予想してなかったに違いない。
歌い終えた葺玖嶋先生が、後夜祭に参加しているみんなに話し始めた。
「えー、今年の市高祭も大成功の内に幕を閉じることができ、こうして後夜祭のステージに立たせてもらえて最高の気分です。どうかみんなも最高に楽しんでください」
葺玖嶋先生の語りかけに、わーっ、と歓声が応える。
にこやかに笑い返して葺玖嶋先生が言葉を継ぐ。
「ここでみんなを更に最高にしてくれるサプライズを届けたいと思います」
えっ?校庭にいるみんながそう思ったに違いない。更なるサプライズって?
「スペシャルゲスト、Come on!」
葺玖嶋先生の呼びかけに校舎の方から校庭中央のステージに人影が駆け寄る。
誰?って感じで校庭にいるみんなの視線が集まる。その人影を見て呆然となった。
「生徒のみなさん、こんばんはー!麻耶でーす」
ステージに立ったのは麻耶さんだった。はあっ?どーゆーこと?
ステージに現れた人物が誰か分かって、校庭のみんなからはどよめきと歓声が入り混じって上がった。きゃーっ、って悲鳴のような女のコ達の歓声が沸く。
「知らない人はよもやいないと思うけど、蛇足ながら紹介します。ご存知、モデルの麻耶さん」
葺玖嶋先生の紹介を受けて、笑顔で麻耶さんは周りを囲む生徒達に手を振った。きゃーっ!再び女子生徒の黄色い声が上がる。
「知ってる人も多いと思うけど、麻耶さんは市高OBなんだよね?」
葺玖嶋先生に質問されて麻耶さんは「はい」って頷いた。
「実は麻耶さんは今日、市高祭の一般公開も見てくれてたんだ」
葺玖嶋先生の言葉に、周囲を囲む生徒達から、えー?って驚きの声が上がった。
「体育館のステージを見せてもらったり、教室の展示や模擬店を見て回らせてもらいました。とっても楽しかったし、何だかすっごく懐かしかったです」
麻耶さんのコメントを聞いて、生徒のみんなから歓声があがる。キャンプファイアーの炎に赤く照らされたみんなの顔を見回す。自分達が取り組んだ市高祭を麻耶さんが楽しんでくれたのを、誇らしく感じて笑顔を浮べている。
「気付かなかったけど、みんなの中で麻耶さんと話をしたり、やり取りしてた生徒もいるんじゃないかな」
葺玖嶋先生の指摘に喜ぶ声と残念がる声が入り混じる。
「せっかく麻耶さんが母校に顔を見せに来てくれたんだから、後夜祭のスペシャルサプライズゲストに出てくれたら、絶対みんな喜ぶだろうなって思ってお願いしたら、快く引き受けてくれたんだ。みんなも麻耶さんにお礼を言うように」
葺玖嶋先生が「麻耶さん、どうもありがとう」ってみんなを促すように告げた後に続いて、校庭にいた生徒みんなから「麻耶さん、ありがとう!」って声が上がった。
「どういたしまして」茶目っ気たっぷりの口調で、麻耶さんは返事を返した。
「あたしの方こそ、久しぶりの市高祭を心から楽しませてもらって、その上こうして後夜祭にまで飛び入り参加させてもらえて、本当にすごく嬉しいです」
麻耶さんの言葉にわーっと拍手が上がる。
「みんなに楽しんでもらえたらいいな。あと、みんなの思い出に残る後夜祭になれば嬉しいな」
麻耶さんがそう言って、周りからは「あたしも麻耶さんに会えてすっごく嬉しーですっ」「もう、最高の思い出だよっ」って返事が上がった。
麻耶さんは微笑んで頷いて、「さあ、行くよーっ!」って高らかに宣言した。
麻耶さんの声を合図に先生達の演奏がスタートした。麻耶さんは大塚愛ちゃんやAIKOや西野カナさんの歌を熱唱した。周りの女のコ達も麻耶さんに合わせて、知ってる曲を口ずさんでいた。
飛び入り参加って感じだったけど、実は麻耶さんと先生達、前もって打ち合わせとかしてたんじゃないのかな?でなきゃこんな風にリハーサルもなしのぶっつけ 本番で、演奏に合わせて歌ったりなんてできないだろうし、先生達だって練習もせずにいきなり演奏とか絶対無理だよね。そう考えてふと思い当たった。多分、 麻耶さんと織田島先生で密かに計画して準備してたんじゃないかな、って。
ともあれ、麻耶さんは歌も上手で、堂々とした歌いっぷりだった。本当に麻耶さんって何事にも臆すことがないっていうか度胸があるっていうか。いつもながらすごいなあって感心しちゃう。
三曲を歌い終えて麻耶さんは出番を終えたみたいで、「どーもありがとー!とっても楽しかったよ!」ってみんなに告げた。
「麻耶さん、最高ー!」って掛け声が上がった。
「えー、麻耶さんにはこの後も後夜祭で一緒に盛り上がってもらえればと思うんだけど、どうかな?」
葺玖嶋先生の問いかけに麻耶さんは頷いて「もっちろん。喜んで」って満面の笑顔で答えた。わあっ!周囲から歓声が上がった。
ほんの一瞬、麻耶さんが送った眼差しを見逃さなかった。微笑ましくて温かい気持ちになった。小さく後ろを振り返って、麻耶さんは織田島先生と視線を交わし た。いいでしょ?って問うように。そして織田島先生は仕方なさそうに、苦笑混じりで小さく肩を竦めてみせた。二人が視線で語り合っているのが、何かすごく いい感じだった。二人の仲の良さっていうか、二人が上手くいってるのが、その一瞬のやり取りで伝わって来る気がした。
後夜祭はそれから、事前応募していた生徒の有志グループによるバンド演奏やダンスで、更なる盛り上がりを見せた。
やがて後夜祭は最後のプログラムを迎えた。後夜祭の締め括りは毎年恒例の生徒、先生みんなによるフォークダンスだった。
「男子も女子も全員参加してくださーい!」
途中で進行役を交代していた女子生徒が、全員参加で大きな輪を作るよう呼びかける。その声に促されて校庭のあちこちで小さなグループになっていた生徒達が、ファイヤーストームを中心に輪を作り始める。内側に女子、外側に男子、二つの輪が次第に形作られていく。
「どうする?」
千帆が聞いた。
「やろうよ」
はしゃいだ声で結香が答える。
男子とフォークダンスなんてちょっと恥ずかしくもあったし、匠くん以外の男の子と手を繋いだりするのに少し躊躇いや抵抗はあったけれど、最後の市高祭が間もなく幕を閉じてしまうって気持ちが、あたしを衝き動かした。
「春音、やろうよ」
春音を誘って輪の方へ足を踏み出した。春音も誘われて仕方なくっていうようにあたしに続いた。
あたしと春音が参加することにしたので、千帆も安堵したように顔を綻ばせて歩き出した。先に輪に向かい始めていた結香が、嬉しそうに笑い返した。
「先生方も輪に加わってくださーい!」傍観してるつもりで列に加わらずにいた先生達を、進行役のコが注意した。腕組みしていた先生達は顔を見合わせて、仕方なさそうに苦笑を浮べながら輪に加わるべく歩き出す。
生徒、先生の別なく入り混じって、大きな輪が出来上がった。その一角から大きな歓声が上がって視線を向けた。麻耶さんも輪の中に加わっていた。しかも男子 側に立っている。麻耶さんと最初に手を繋ぐことになった女子生徒は、もう感激の余り舞い上がっている感じだった。その前後の生徒もきゃあきゃあ声を上げて いる。もしこれが男子が手を繋げることになったとしたら、こんな騒ぎじゃ済まないんだろうなって予想ができた。
あたし達四人は並んで輪に加わった。
男子は隣の女子の手を取ってくださーい!進行役のコが呼びかける。
こらこらーっ、照れてるんじゃないっ!だらしねえぞっ、男子生徒!女子も不平不満は多々あるとは思うが、ここは寛大な心をもって手を繋いでやってくれ給え!
なかなか手を繋ごうとしない生徒達を見かねたのか、葺玖嶋先生がマイクを通して注意した。それに促されて、あちらこちらで男子と女子が手を繋ぎ始める。あ たしの隣の男子も躊躇いがちに手を差し出してきた。全然面識のない男の子だった。でもその方がむしろよかったかも。知ってる男子とだったら、多分もっと恥 ずかしくなっちゃうから。あたしも躊躇いつつ手を差し出した。お互い恥ずかしがってて、指先だけで触れ合ってるようなおかしな繋ぎ方をした。
匠くんと踊れたら絶対楽しいのになって、胸の中で少し残念な気持ちで思っていた。
辺りを見回したら千帆もちょっと恥ずかしそうに、はにかんだような表情をしている。親しい男子の友達も沢山いる結香は、全然平気みたいで楽しそうに笑っている。あたしの後ろにいる春音は平然とした様子で、っていうか相手の男子の方がたじろいでいるように見えた。
間もなく音楽が鳴り始める。「オクラホマミキサー」だった。ぎこちない動きで輪が動き出す。男子と女子の列が反対方向にずれてパートナーが入れ代わっていく内に、段々と踊るのに慣れて来て、恥ずかしさや戸惑いも次第に薄れて楽しくなり始めた。
チェンジした相手を見て、あっ、て思った。杉崎君だった。ほんの少し気まずい気持ちになる。杉崎君もあたしを見て、ちょっと戸惑ったような表情を見せた。 でも杉崎君はすぐに笑顔になって、あたしに向かって手を差し出して来た。あたしが迷って杉崎君を見返したら、杉崎君の手があたしの手を握った。一瞬だけ動 揺したけど、躊躇いのない杉崎君の様子にほっとして、あたしも迷うのをやめた。チェンジする前、お互いにお辞儀する所では笑顔になれた。
続いて「コロブチカ」が流れた。これも男子とペアになって踊る曲だった。曲が流れていく中でパートナーが入れ代わって相手を見たら、なんと、織田島先生だった。
「何だ?」
一瞬たじろいだあたしの表情を見てとった織田島先生が眉を顰めた。
「いっ、いえっ、別にっ」
慌てて笑って誤魔化す。まさか織田島先生とフォークダンスを踊ることになるなんて思ってもいなくて、ちょっとどぎまぎしてしまった。
踊りながらちらりと様子を窺ったら、大して面白くもなさそうにでもおざなりって感じでもなく、一応真面目に踊っている先生を見て、ふとさっき麻耶さんと織田島先生が視線を交わしていた時の光景が思い出された。ちょっぴり微笑ましい気持ちになる。
「麻耶さんと踊れなくて残念ですね」
茶化すように小声で伝えた。織田島先生は一瞬気恥ずかしそうな表情を浮かべて、すぐに憮然とした顔になった。
「うるせー」
一言短く言い返された。でも突き放すような冷たい感じじゃなくて、少し拗ねたようなそんな感じだったので、可笑しくて思わず笑ってしまった。
「阿佐宮こそ、佳原と踊れなくてご愁傷様」
織田島先生に逆襲された。
「ほんと。先生の言うとおりです。匠くんと踊れたらすっごく楽しいのに」
しれっとした顔で先生に告げる。
「でも、その分、後でいーっぱい甘えるからいいです」
照れもしないで言い放つあたしに、先生は呆れ返った顔だった。
「おまえなあ・・・調子乗ってるとバラすぞ」
「そんなことしたら麻耶さんにどういう目に遭うか、先生分かってます?」
皮肉を言う織田島先生に余裕の態度で聞き返す。織田島先生は返答に詰まった。あたしの勝ちだった。やったね。
「コロブチカ」が終わって、近くの人達で輪を作るように進行役のコが呼びかけた。あたし達も近くにいた男女十数人で輪になった。あたしは両隣の千帆と春音と手を繋いだ。校庭に幾つもの小さな輪が出来上がる。
「そういえば、萌奈美、さっき織田島先生と何か楽しそうに話してなかった?」
不思議そうに千帆に聞かれた。えっ?そんな楽しそうにって訳でもなかったんだけど。麻耶さんと織田島先生の関係を千帆達は知らないので話すこともできなく て、あたしは別に、って誤魔化すしかなかった。ふうん?千帆は納得してなさそうな顔をしている。本当にそうなの?って言いたげな感じだった。
あたし達がそんなやり取りをしている内に、曲が鳴り始める。「マイムマイム」だった。マイムマイム、ってところでは、みんなで声を合わせて輪の中心に向 かって集まって、その後輪が戻ってヘイ!ヘイ!ヘイ!って掛け声をしながら手を叩いた。ワンフレーズ終える度、輪が崩れてみんなが駆け出して輪を作り変え た。あたし、春音、千帆、結香の四人も手を繋ぎ合ったまま、沢山の生徒が交錯している中を駆け回って、新しく出来る輪に参加した。途中、亜紀奈や祐季ちゃ ん、夏季ちゃん、結優奈、櫻とも一緒の輪になって、お互いにきゃあきゃあはしゃぎ合った。次々に変わっていく顔ぶれの輪で、マイムマイムを踊り続けた。
「いよいよフォークダンスも次の曲で最後です!みんな思いっきり踊って楽しんでください!」
えーっ!進行役のコの言葉に、みんなからは嘆くような声が漏れた。あたし達も思わず声を上げた。
「今作っている輪で列になって、前の人の肩に手を置いてください」
続いて進行役のコが指示を出した。この言葉で次にかかる曲がもう分かった。そして思ったとおり「ジェンカ」が流れ始めた。前、後ろ、前、前、前。ぴょん ぴょん飛び跳ねながら、列は色んな方向にばらばらに進んで行った。他の列と鉢合わせして先頭のコがお互いにハイタッチを交わしてすれ違ったり、他の列が最 後尾にくっ付いて長い列を作ったりして、ダンスは進んでいった。
曲が終わった。ずっと飛び跳ね続けてて、みんな肩で息をしていた。アンコール!アンコール!すぐに周囲から声が上がり始めた。あたし達も顔を見合わせると、手を叩いてアンコールを訴えた。
「分っかりましたー!」進行役のコの明るい声が答えた。「アンコールにお応えして、もう一度「マイムマイム」行きたいと思いまーす!」
わあっ!喜びの声と拍手が一斉に上がる。みんなでまた輪になって手を繋ぐ。
「結香っ、萌奈美っ、千帆っ、春音っ、一緒に踊ろっ!」
声と共に祐季ちゃんと亜紀奈が駆けて来た。結香と千帆が間を空けたところに二人が滑り込んだ。
メロディーが流れ出す。輪が回り始める。みんなで形作る幾つもの人の輪。ファイヤーストームの炎に赤く照らされてグラウンドに長い影を落としながら、あた し達はステップを踏む。マイムマイムマイムマイム!ヘイ!ヘイ!ヘイ!ヘイ!精一杯声を上げて手拍子を叩いた。曲が一巡して輪が崩れた。あたし達も六人で 一緒に駆け出す。新しい輪を作ってまた踊りだす。知ってるコ、知らないコ、同級生、下級生、或いは先生。色んなメンバーで輪を作って踊っては、また入れ代 わって輪を作り直す。ステップを踏みながら顔を横に向ける。気付いた千帆もあたしを見る。二人で楽しくて笑い合う。反対側にいる春音を見た。あたしを見つ める春音の瞳は、炎に照らされてきらきら輝いていた。あたしが笑ったら春音も口元に笑みを浮かべた。
とうとう曲が終わってしまった。何処からともなく拍手が上がる。踊り続けたあたし達は、はあはあと荒い息を吐いてうっすら汗をかいていた。
「ありがとうございましたー!みんな、楽しかったですかー?」
問いかけに、イエーイ!ってグラウンド中から生徒みんなの歓声が応えた。
「今年の市高祭はこれで終わりです。みんな、最後までありがとうございましたっ!」
進行役のコがお礼を言って、また拍手が上がった。拍手に送られて進行役のコはステージを降りた。マイクを引き継いだ生徒指導の伊東先生が、生徒みんなに注 意を伝えた。7時半には完全下校になるので、みんなぐずぐず残ってないで速やかに下校すること。帰りは暗いのでみんな気をつけて帰宅するように。そんな決 まりきったことを先生が告げる。市高祭が終わってしまって胸がいっぱいなのに、先生は余韻に浸らせてもくれないでちょっと興醒めだった。
先生達に追い立てられるように生徒は教室にバッグを取りに戻ると、渋々って感じで下校して行った。いつになく遅い時間に大勢の生徒が市高通りをぞろぞろと 下校する中を、あたし達も駅に向かって歩いた。結香が誉田さんに電話をかけた。匠くん達は駅の西口にあるサイゼリヤにいるとのことだった。今駅に向かって いるのを伝えて、駅の西口で待ち合わせることにした。改札のところで待ってようか、って誉田さんが聞いたけど、改札前だと帰りの市高生も大勢いて目に付き 過ぎるって思って、西口での待ち合わせにした。
駅を抜けて西口に渡ったら、階段を下りてすぐの所に匠くん達が待っていてくれた。
「お待たせっ」
誉田さんに結香が声を掛けた。
「遅くなってごめんね」
あたしも匠くんに謝った。
「いや、別に」
みんながいる手前だからなのか、匠くんからは何だか素っ気無い感じの返事が返ってきた。素っ気ないなって匠くんの態度にちょっと淋しく思いはしたけど、そんなことをいちいち気にしてるのもつまらない気がして、何でもない風を装った。
「冨澤さんは?」
「後片付けがあるから少し遅れて来るそうです」
誉田さんの質問に春音が答えた。
「で、どうしようか?何処行く?」
誉田さんがみんなを見回して訊ねた。さて、何処に行こうか?みんながちょっと考えを巡らせる。
「大宮まで移動しない?」
結香が提案した。
「そうしますか?」
誉田さんの問いかけにあたし達は頷き返した。

大宮駅に着いてから、どんなお店に行こうかみんなで思案した。あたし達四人が制服姿だってことを考慮に入れて、如何にもお酒メインのお店に行くのはなしに 決まった。更に結香の「肉が食いたい」っていう主張によって、誉田さんと結香が何回か訪れたことのある、お肉料理が自慢のお店に行くことになった。大宮駅 の東口から10分足らず歩いた雑居ビルの地下にあるお店だった。最初結香がここだよ、って言って立ち止まったのが吉野家の前だったので、えっ、お肉って牛 丼のこと?って一瞬唖然としたんだけど、そのすぐ横にビルの入口があって、お店のプレートが掲げられていた。「MeatDining 喰心」。成る程、プ レートには店名と一緒に「肉料理」って書かれている。結香と誉田さんに先導されて、どんなお店なのか興味津々で階段を下りて行った。肉料理って聞いてス テーキハウスとか鉄板焼きとか、そういうお店かなって予想してたんだけど、お店に入ったらデートでも十分使えそうな、雰囲気のある内装だったのでちょっと 意外だった。へえー、素敵なお店だなあ、って思いつつきょろきょろとお店の中を見回した。誉田さんがお店の人に「この後遅れてもう一人来る予定で、全員で 八人なんですけど」って伝えた。幸い席に空きがあったみたいで、すぐに店内に案内された。案内された席は隣との間がカーテンで仕切られた半個室風だった。
「素敵なお店だね」
着席してから結香に伝えた。
「そうでしょ?お肉も抜群に美味しくて、お気に入りなんだ」
嬉しそうに結香は笑い返した。
「冨澤さん、何時に来るか分かんないから先頼んでよう」
メニューを回しながら誉田さんが言った。
匠くんと並んでメニューを覗き込む。肉料理って謳っているだけあって、メニューに載っているお肉を使った料理の数は半端じゃなかった。でもお肉一辺倒って訳でもなくて、旬の野菜を使ったお料理もしっかりあって、バランスがとれている感じだった。
うーん。どれも美味しそうで目移りしてしまう。例によって迷ってしまってなかなか決められなかった。そんなあたしの胸の内を容易に察している匠くんの口元が笑っている。
「何にする、萌奈美?」
迷って決められずにいるのが分かってる癖に、匠くんが聞いた。うー、意地悪だ。恨めしげに匠くんを睨みつける。
「決められないの分かってて言ってるでしょ?」
「そんなことないけど」って答えながら、しっかり目が笑ってるじゃないかっ。
「ステーキ食べる?」
匠くんに言われてちょっと慌てる。えっ、だって、ステーキって、安いのでも3500円もするよっ。黒毛和牛だと5500円!それでも黒毛和牛のステーキ だったら安い方なのかも知れないけど・・・。それにあたしとしてはどちらかって言うと、「シャモロックのステーキ」の方が気になっていた。「岩塩と柚子胡 椒添え」ってその後ろに書き添えられてて、何だかとっても魅せられてしまった。匠くんに打ち明けたら「じゃあそれを頼もう」って同意してくれた。
あたし達の向かいの席で、結香と誉田さんが仲良く顔を寄せ合ってメニューを覗き込んでは、賑やかにあれこれと選んでいる。
隣で黙々とメニューを見つめている春音に問いかける。
「春音は?何にする?」
ちらとあたしに視線を投げて「うん」って相槌を打って、春音はまたメニューに視線を戻す。どうやらあたしみたく何にしようか決められなくて迷ってるんじゃ なくて、あまり関心なさそうな感じだった。春音って嫌いな食べ物もない代わりに、大好きな食べ物っていうのもないみたい。って言うより、どうやら食に関す る興味が極端に薄いみたいだった。あたしからすると、何だかすっごく勿体ないって気がするんだけどなあ。食べる楽しみがないなんて人生をどれだけ損してい ることだろう、とか思っちゃう。あたしがそういうことを口にすると、決まって匠くんはさもありなん、って顔つきで口元が笑ってるんだよね。多分あたしのこ と、すっごい食いしん坊だって思ってるんだろうなあ、きっと。否定はしないけどね。
ふと視線を移したら、千帆と宮路先輩も二人でメニューを見て、何だかやけに口数少なかった。二人して考え込んでるようだった。そしてはっと思った。そっ か。あたしや結香や春音は社会人である匠くん、誉田さん、冨澤先生があたし達の分まで払ってくれて何の心配もいらないけど、大学生の宮路先輩はそうはいか ないのかも知れない。って言うか普通そうだよね。大抵の大学生はバイトとかやってて、自由になるお金はあたし達高校生と較べたら多いのかも知れないけど、 でもだからって使い放題ある筈もないし、千帆と先輩二人でだったらこういうお店なんてまず入らないのかも。
「鍋、食べない?」
そんなことを思って気になっていたら、匠くんに突然聞かれた。匠くんを見返したら特にあたしに聞いた風でもなくて、戸惑って返事できなかった。
「誉田さん、そっち決まった?」
返事が返ってこないのを気にした様子もなく、匠くんは今度は誉田さん達に訊ねた。
「え?うん、まあ・・・」
曖昧に頷く誉田さんに、匠くんは「取り合えず頼んでいいかな?」って断って、お店の人を視線で探して「すいません」って呼びかけた。
「お待たせしました」って言ってテーブルに来た店員さんに、匠くんは「牛すき焼き鍋7人前」って告げた。
まだ春音も千帆も宮路先輩も全然決められてないのにどうしたんだろうって、不思議に思っているあたしの目の前で、匠くんはメニューに書かれている料理を読 み上げ始める。ステーキサラダ、シャモロックのステーキ2人前、アボガドとベーコンのシーザーサラダ、串揚げ盛り合わせ3人前・・・えっ?ちょっと匠く ん・・・?「取り合えず」にしては品数が多過ぎる。匠くんそんなに食べるつもりなの?って、そんな訳ないし。唖然としているあたしに構わず匠くんは注文を 続ける。朝摘み野菜の冷製盛り合わせ2人前、静岡県産フルーツトマト2人前、砂肝の自家製ポン酢合え2人前。
「取り合えずそれで」って匠くんはメニューから顔を上げた。「あと他には、何かある?・・・誉田さん達は?」
目を丸くしていた誉田さんは問われて「あ、ああ・・・」って慌てたようにメニューに視線を落とす。誉田さんと結香も幾つかの料理を注文した。
「飲み物は何にする?」
また匠くんが聞く。本当にどうしちゃったんだろう?匠くん。大体こういう時って誉田さんが音頭取るのが常なのに。何だか強引な感じで匠くんらしくないし。
「萌奈美は?ウーロン茶でいい?」
内心戸惑いながら「うん・・・」って頷く。
「あたしもウーロン茶で」
春音が申告した。匠くんは頷き返して「宮路君達は?」って千帆達に問いかけた。
「僕達もウーロン茶でいいです」
「誉田さん達は?」
「俺はビールにしようかな。生、1つ」
「あたしはコーラ」
誉田さんと結香が店員さんにオーダーする。
「佳原さんは?飲まねーの?」
誉田さんに聞き返されて「今日はやめとく」って匠くんは答えて、ウーロン茶を追加した。
「みんなで好きなモン自由に頼めばよかったんじゃね?」
オーダーを聞き終えてお店の人がテーブルを離れてから、誉田さんが笑って軽い調子で匠くんに聞いた。
「みんなでつつけばいいんじゃない?」
逆に匠くんが聞き返した。
「まあ、そうっすけど」
誉田さんは少し苦笑気味に相槌を打った。いつにない匠くんの様子に誉田さんも少し戸惑っているみたいだった。
だけど今の匠くんの一言で分かった。いつもの匠くんらしくない振る舞い。でも違った。いつも通りの優しい匠くんだった。それといつも通りみんなの前では ちょっと素っ気無くて、それからすごく気持ちを表現するのが不器用なところ、いつもと変わらない、あたしの大好きな匠くんだった。
匠くんも千帆と宮路先輩の二人の様子に気付いて、二人が注文するのに気後れしてるのが分かって、だからあんな風にちょっと強引な感じで注文したんだ、絶対。
みんなに隠れてテーブルの下でシャツの裾を引っ張る。不思議そうに顔を向ける匠くんに、にっこり微笑んだ。大好きって心の中で伝えながら。
料理が運ばれて来て、あたしは料理を取り分けてみんなにサーブしていった。春音も運ばれて来た別の料理を取り皿に取り分けて配ってくれた。そんな春音の様 子を見て、どうやら春音も匠くんの意図に気がついたらしくて、相変わらず春音の鋭さに感心すると共に、ちょっと悔しいな、とも思ってしまった。だってそれ だけ匠くんの気持ちを分かってるってことでしょ?(春音にしてみれば、別に匠くんに限ったことじゃないのかも知れないけど・・・。)あたし以外の誰かが匠 くんの気持ちに敏感だなんて、すごくヤだ。許せない。そんな気持ちになってしまう。
あたしが心穏やかでいられないのを知る由もなく、お料理が並ぶテーブルを囲んで、みんな和やかに話しては且つ食べていた。
大分遅れて冨澤先生が到着した。ファイヤーストームの火の始末や生徒の追い出しの確認、校舎の鍵閉めを先生方で手分けして済ませて、やっと解散になったの だそうだ。その後先生達は自由参加で打ち上げに出掛けたらしい。冨澤先生も誘われて断るのに苦労したみたい。先約があるからって必死に断って逃げて来 た、って先生は疲れた顔で言った。
「まあ、お疲れってことで、冨澤さん、もちろん飲みますよね?」
お酒を飲んでいるのが自分一人だけで少し肩身を狭く感じてたのか、誉田さんは当然のように冨澤先生にお酒を勧めた。
「モチロンいただきます」
二つ返事で頷く冨澤先生に、嬉しそうな顔で誉田さんはお店の人に声を掛けた。冨澤先生の分と、あと自分のおかわりの二人分のビールを注文して、メニューを開いて料理の追加オーダーもした。
「冨澤さん、何食べたい?」
誉田さんに聞かれて冨澤先生は「お任せします」って即答した。それで誉田さんは冨澤先生が食べる用に津軽鶏の唐揚げ、冷しゃぶサラダ、地養豚の角煮、シャ モロック地鶏のスモークチキンを注文して、そろそろお肉はいいかなって思ってたあたし達には、特選贅沢おにぎり三種(すじこ、鮭、ねぎ味噌)と肉巻きおに ぎりを頼んでくれた。
ビールが運ばれて来て、誉田さんと冨澤先生は二人で「お疲れ」って言って乾杯をした。
ぐいっとジョッキを仰いで冨澤先生は「いやー、美味いっ」って感激した声で言った。
「一仕事の後のビールは格別だなー」
「同感、同感」
誉田さんがそう言ってジョッキを仰いだ。
「敦ちゃん、一仕事も何もそもそも働いてないじゃん」
呆れ顔で結香がツッコミを入れた。まさに絶妙のタイミングで、あたし達はみんなで大笑いしてしまった。

「今年の後夜祭も先生達の演奏あったの?」
宮路先輩が千帆に聞いた。
「うん。演奏したよ。植村先生とかギター弾いてて滅茶苦茶意外だった」
確かに。植村先生って色白でひょろっとしてて、昭和初期の小説家(?)って感じで、あんな風にエレキギターを演奏したりなんて想像もつかなかった。
「ああ。すっごい上手いのな」
そのことを知ってる様子の宮路先輩が頷き返した。
「あと、葺玖嶋先生はボーカルしてて女の子達に超騒がれてたし」
「あの人、絶対女子にモテてるって自覚あってやってるよな」
「あたしはそういうトコ嫌だなあ」
宮路先輩の発言に千帆が眉を顰めて答えた。心の中で千帆に同意する。気さくで人気のある先生だけど、どっちかっていうとあたしはちょっと苦手だった。
「えーっ、何でえ?カッコいいじゃん、葺玖嶋先生」
結香が異論を唱えた。あ、ここにも一人ミーハーが。大体、誉田さんが隣にいるのに、他の男の人をカッコいいとか言って問題ないのかな?あたしがそう思って 見てても、笑顔の誉田さんは別に気にした風もなく、相変わらずって感じの視線を結香に向けている。こういうやり取りは、結香と誉田さんの二人にとってはい つものことみたい。
「それから何と、今年はスペシャルサプライズゲストで麻耶さんが歌ったんだよ」
「えっ!?」
結香の言葉に匠くんが驚きの声を上げた。当然前もって匠くんが麻耶さんに聞かされている筈もなくて。思わず上げてしまった大きな声でみんなの注目を浴びた 匠くんは、憮然とした声で「何やってんだ、あのバカ」って忌々しげに漏らした。そうは言っても麻耶さんが登場して生徒みんな盛り上がってたし、大成功では あったんだよね。だから、「生徒みんなすごく盛り上がってたよ」って言い添えておくことにした。それでも匠くんとしてはやっぱり面白くなさそうで、憮然と したまま何も答えてくれなかった。
「フォークダンス踊ったんでしょ?」
誉田さんがあたし達を見回して聞いた。何で知ってるんだろって一瞬思ったけど、恐らくあたし達を待ってる間にでも宮路先輩から聞いたのかも。毎年恒例の後夜祭の目玉だもんね。
「いいなあ、俺もフォークダンスしてえ」
羨ましそうに誉田さんが呟く。
「男女で手繋いでフォークダンスなんて、嬉し恥ずかしだよなー。いいよなー。青春だよなー」
誉田さんの横で結香が白い目を向ける。
「何言ってんの。バカじゃないの。オジンくさい」
冷ややかに言う結香に、誉田さんが言い返した。
「いいじゃないかよー。この歳になるとフォークダンスやる機会なんてまずねーし、手繋いでドキドキとかっていうシチュエーション、何て言うの、如何にも高校ならではってゆーか、十代ならではって感じで、いいじゃん。この歳になってみると結構羨ましかったりするんだよ」
意外にもムキになって言う誉田さんに、結香も「ふうん」って改まった感じで相槌を打った。
成る程。そんなもんなのかな?あたしも誉田さんの発言を、思いもかけない気持ちで聞いていた。いつか、何年も経って、高校生だった頃の自分を懐かしく、羨 ましく思う日が来たりするのかな?だとしたら、最高に楽しかった今日の文化祭や後夜祭を始めとして、市高で素敵な思い出を数え切れないくらい作ることがで きて本当によかったって思いながら、嬉しくなった。
「まあね、確かにねー、楽しかったしねー」
結香が納得したように答えた。うん。あたしも結香に頷く。
「萌奈美も楽しかったんだ?フォークダンス」
不意に匠くんが聞いた。
「え?うん」
何でかな、って思いつつ頷き返す。
ふーん。そう相槌を打つ匠くんの声が何だか冷ややかに聞こえて気になった。そう言えば、駅前で待ち合わせてた時も何だか少し余所余所しかった感じだったのを思い出す。
不思議に思って匠くんを見る。一瞬あたしと目が合って、匠くんはすぐにふいっと視線を逸らしてしまった。ひゅうっ。心の中に冷たい風が吹き抜ける。な、何でえ?訳が分からなかった。
助けを求めて視線をさ迷わせる。春音と視線がぶつかった。仕方ないなあ。そんな感じに春音の眼は笑っている。
「マイムマイムとジェンカ、楽しかったよね」
そう!そうなのっ!
そういうことなんだからねっ、匠くんっ!男子とのフォークダンスが楽しかったんじゃ絶対なくて、みんなで踊れて楽しかったって、そう言いたいんだからね。匠くんを見つめ首をぶんぶん縦に振って強調した。
「そーいえばさあ、萌奈美、オクラホマミキサーの時、杉崎君と楽しそうに踊ってたよねー」
何てこと言うのよーっ、結香のバカーッ!心の中で叫ばずにはいられなかった。あたしを見つめる匠くんの眼差しが穏やかになりかけたと思ったその途端、瞬時にしてまたブリザードッ!北極を覆う氷のように冷ややかなものに戻った。
「コロブチカでも織田島先生と何か楽しそうに話してたし」
結香の不用意な言葉が更なる追い討ちをかけた。
「ねえねえ、何話してたの?」
無邪気に聞いてくる結香を恨めしげな視線で睨み返す。どーしてくれんのよーっ!せっかく春音が救いの手を差し伸べようとしてくれてたのにーっ。微かな期待 を込めて春音に視線を移したら、春音はもう匙を投げたと言わんばかりに、取り皿に載った料理をぱくついていた。ああ、無情・・・。

そんなこんなで三時間余りが瞬く間に経ち、あたし達は大満足でお店を出た。この後どうする?って声が上がったけど、今日一日文化祭で動き回って疲れてもい たし、それに何よりあたし達四人は制服だったので、高校生が制服姿で夜遅くまで遊び歩いてたらマズイだろうって言われて、今夜はこれで解散することに落ち 着いた。正直あたしは昨日遅かったし今朝も早起きだったので、そろそろ睡魔に襲われ始めてて、内心ほっとしていた。ちゃんと彼氏は彼女を自宅まで送り届け ること、って誉田さんが告げ、さよならを交わしてあたし達は大宮駅の改札でそれぞれの方向に別れた。匠くんと二人きりになって大宮駅の構内を埼京線のホー ムへと向かいながら、急に淋しさが胸に募って来た。楽しかった夏祭りが終わって真っ暗な夜道を帰る時にこみ上げて来るような、やるせない淋しさ。最後の市 高祭が幕を閉じた事実が、不意に強く胸に迫った。悲しみに捉われて匠くんの温もりを求めて手を伸ばした。匠くんの手を握った。
ん?匠くんが振り向く。心もとない気持ちで匠くんを見上げる。最後の市高祭、終わっちゃった。小さく呟く。うん。匠くんが頷いた。だけど。優しく匠くんの声が響く。萌奈美の思い出の中に大切に刻まれてるよ。じんっ、って温もりが伝わった。そう。本当にそうだ。
うんっ。
頷いて、匠くんの腕にしがみつくように身体を摺り寄せた。匠くんの温もりに直に触れたくて、少しでも沢山触れていたくて。匠くんの手があたしの手をきゅっと握り返してくれた。

-postscript-
マンションに帰って匠くんにそおっと訊ねた。
「匠くん、まだ気にしてる?」
匠くんは何のこと?って不思議そうな顔をした。
「・・・後夜祭のフォークダンス」
躊躇いつつ告げる。匠くんはやっと分かったって顔をした。
「・・・別に」
そう言いつつ何処か素っ気無い感じだよ。
「でも機嫌悪い?」
しつこく聞くあたしに匠くんは小さな溜息を漏らした。ちょっと不安になる。
「・・・違うんだ」
ぽつりと匠くんが答える。匠くんの返事の意味が分からなくて、匠くんの瞳をじっと見つめた。
「萌奈美に怒ってるとかって訳じゃなくて」
何だか言いにくそうに匠くんは言葉を継いだ。
「些細なことで機嫌を悪くしてる自分が嫌なんだ」
そして匠くんはまた溜息を吐いた。
どういうこと?ちゃんと言葉にしてくれないと分かんないよ。匠くんの正面に立って、真っ直ぐ匠くんの瞳を覗き込んでそうメッセージを送る。
匠くんは何だかひどく気まずげな表情であたしを見た。
「萌奈美が、誰か他の男と手を繋いでたって聞いただけで、すごく嫉妬したんだ。楽しそうにしてたなんて聞いて、もう我慢できないくらい激しい嫉妬に駆られ てた。どうにもならないほど、萌奈美を独占したくて、誰にも触れさせたくなくて、僕のものだって知らしめたくて、たまらない気持ちでいるんだ。恐ろしいく らい傲慢に、萌奈美は僕だけのものだって思ってて、それを萌奈美に刻み付けたくて仕方ない自分がいる。そんな自分が嫌なんだ」
匠くんの言葉が切なかった。そんな風に自分を責めたりしなくていいのに。切なくて、そして嬉しかった。あたしは匠くんのものなんだから。そんなのもうとっ くに決まってるのに。あたしの全てを匠くんに曝け出したかった。あたしの存在の全て、あたしの細胞の隅々まで全部匠くんのもので、そのことを匠くんに見せ てあげられたらいいのに。ほんの少しだって匠くんなしではいられないんだってこと、目に見えるよう示せたらいいのに。とてももどかしかった。
「あたしだってそうだよ」
ぎゅうって匠くんを抱き締めながら告げる。
「匠くんはあたしのものなんだからって、あたしだっていつもずっと思ってるし、それにね、あたしは匠くんのものなんだよ。そんなの決まってるでしょ?」
今更何言ってんの?って言い添えるように小さく首を傾げて匠くんの瞳に微笑みかける。
匠くんの両腕があたしの身体を強く包み込んだ。応えるようにあたしも匠くんを抱き締めている手に力を込めた。そっと匠くんの耳元に囁く。
ねえ、仲良くしちゃおうか?
身体を離した匠くんが目を丸くしてあたしを見返す。あ、その顔。ちょっと呆れてる?
「萌奈美、疲れてるでしょ。眠いんじゃない?」
うん、まあ。それはそうなんだけど。でも、そういう気分になっちゃったんだもん。
「麻耶が帰って来るだろうし」
「麻耶さん、多分帰って来ないと思う」
匠くんの言葉にあたしは異議を唱えた。
「何でそう思うの?」
そう聞かれても答えられないんだけど。でも、お店で冨澤先生が「そう言えば」って思い出したように話してたんだよね。「麻耶さん、打ち上げに参加するみた いだったな。熱心に誘われてた」って。ふうん、って顔でみんな冨澤先生の言葉を聞いていた。先生達も久しぶりに懐かしい卒業生と会って、飲みながら色々話 したかったりするのかな、とかみんな思ったのかも知れない。麻耶さん誰とでも打ち解けて話せる性格だし、飲み会とか大好きで誘われれば嫌とは言わないし。 で、そこには当然織田島先生もいるんだろうし、後夜祭の時の様子を思い出してみて、多分打ち上げ(先生達の言い方では「反省会」なのだそうだ)が終わって から織田島先生と麻耶さん、二人きりになるんじゃないかなあって何となく思った。とは言え、匠くんは麻耶さんと織田島先生のことをまだ知らなくて、そのこ とを言う訳にはいかないので。
「女の勘」
気取って言ったら、匠くんはまるで何それ?って言いたげな顔であたしを見つめた。追求されても困るので、素早く匠くんの首に両腕を巻きつける。
「ね?大丈夫だよ、きっと」
背伸びして匠くんの唇を啄ばんだ。
自信ありげなあたしの様子に、匠くんは理由は分からないまま、それでもまあいいかって思ったみたいで、匠くんの口づけが熱を帯びた。激しく唇を求められて 身体が熱くなる。舌を絡め取られて口内を弄られる。呼吸が苦しくなってくぐもった喘ぎを漏らした。やっと唇を解放されて大きく息を吐いた。
「お風呂、入らなきゃ」
「うん・・・」
頷く匠くんの唇が首筋を伝う。濡れた舌でくすぐられて背筋が震える。悪寒のような快感が身体を駆け抜ける。身体の奥で熱い欲望が溶け出す。
もっと匠くんに触って欲しくて我慢できなくなりそうだった。一緒にお風呂に入ろうかなって思った。けど、そうしたら絶対エッチな気分を我慢できなくってお 風呂でしちゃうに決まってて、お風呂を出るのが遅くなっちゃうだろうなって思ったので我慢した。先にお風呂に入らせて貰って、胸の奥の昂ぶりを鎮めるつも りでてきぱきと身体を洗った。匠くん、出たよー。あたしが声を掛けたら、匠くんは腰掛けていたダイニングテーブルから立ち上がって、速い足取りであたしの 傍まで歩み寄って来た。すぐ出て来るから待ってて。抱き締められ耳元で囁かれた。匠くんの指があたしのお尻の形をなぞるように撫でる。唇が触れるか触れな いかの至近距離で囁かれて、ぞくりって身体が震えた。鎮まりかけていた情欲が瞬く間に目覚める。匠くんにほんの少し触れられるだけで、あたしの身体のス イッチは簡単にオンになってしまう。うん。早く、ね。熱い息遣いで匠くんに伝える。匠くんの瞳が頷いてバスルームへと向かう。離れていく身体が恋しくて仕 方なかった。絡めていた指の最後の一本が離れてしまう時、すごく淋しかった。ぽつんと一人残されたダイニングで、疼く身体を持て余した。テーブルの上のグ ラスに、冷たいジャスミンティーが注がれていた。匠くんが用意しておいてくれたものだった。喉が渇いているのに突然気付いた。まるで身体が感じている飢え を癒そうとするかのように、グラスを満たす冷えた液体を喉を鳴らして飲み干した。

視界がうっすらと明るかった。ぼやけた頭で考える。意識がくっきりして来て直に肌に触れる毛布の感触に気付く。
わっ!今の自分の状態を理解して焦った。毛布の下は全裸だった。隣でぐっすり眠っている匠くんももちろん同じ。昨日はエッチの後、パジャマも着ずにそのま ま眠ってしまったんだった。そう言えば一緒にイッて二人で脱力しているうちに、意識がフェードアウトしていったんだったっけ。何となくうっすらとした記憶 が残っている。
今は何時なんだろうって思って、ベッドサイドの目覚まし時計を確認する。午前6時半過ぎ。日曜日だからまだベッドでぐだぐだしててもよかった。そう思った ら匠くんの温もりに寄り添いながらまどろんでいたくなって、ぴとって身体をくっつけた。そしたら多分無意識のまま、匠くんの腕があたしの身体を抱き寄せ た。何だか眠っててもあたしを求めてくれているみたいで、嬉しくてあたしも匠くんの身体に手を回して、裸の胸に頬を摺り寄せた。直に伝わる温もりに心が安 らいだ。優しい温もりに包まれて瞼を閉じる。じきに再び穏やかな眠りに引き込まれていった。
 


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