【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ E-sola ≫


PREV / NEXT / TOP

待ち遠しくて仕方なかった『Mr.Children DOME TOUR 2009 SUPERMARKET FANTASY IN TOKYO  DOME』ライブDVDの発売日がやって来て、当日は平日だったのでずっと前から何度も匠くんにお願いしておいて、その日の朝、家を出る時にも念を押すよ うに、匠くんに向かって言った。
「ちゃんと買って来ておいてね。それからあたしが帰ってくるまで絶対観ちゃダメだからね。一緒に観るんだから」
あたしがしつこく言うのを、苦笑交じりで匠くんは聞いている。
子供相手みたいに「はい、はい」って、ものすごく軽い調子で返事をする匠くんにあたしは口を尖らせた。そんなあたしを見て匠くんはまた仕方無さそうに苦笑した。それから扱い慣れた風に素早く顔を近づけて、匠くんはあたしの唇を塞いだ。
目を瞑る暇もなくて目を開けたまま固まっているあたしから離れて、笑いながら匠くんは言った。
「はい、約束」
うーっ。簡単に丸め込まれた感じでちょっと口惜しい気もしたけど、仕方なく学校に行くことにした。玄関で見送ってくれている匠くんを振り返って負け惜しみのように聞き返した。
「絶対約束だよ?」
「オッケー」
しつこく聞くあたしに匠くんは白旗を掲げるように小さく手を挙げて頷いた。そのまま手を振る匠くんにあたしも手を振り返した。
「行って来ます」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
いつもと変わらない匠くんの言葉を聞いて、ふんわりと柔らかな幸せに包まれる。心が軽くなって何だかそのままふわふわ宙に浮かべそうな気持ちになる。ずっとこんな風な幸せが永遠に続いたらいいなって、そう思わずにはいられなかった。

学校に行ってからもあたしは何処かそわそわと落ち着かない様子でいたみたいだった。あたしのそんな様子に気付いて、眉を顰めた春音に訊ねられた。
「何?どうかしたの?」
「えっ、何が?」
自分では全然そうと気付いていなかったあたしは、逆に春音に訊き返していた。
「朝からずっと何か上の空って感じ」
「えっ、そうだった?」
相変わらずの春音の鋭い観察力にびっくりして思わず確かめずにいられなかった。
一緒にいた千帆も全然気付いていなかったみたいで、「えっ、そうなの?」ってあたしと春音を交互に見ながらどちらにともなく聞き返した。
「心ここにあらずって感じ?」
頷いた春音はあたしの様子をそう評した。
すぐ態度に表れてしまう自分を、本当にあたしって成長ないなーって感じて溜息をついた。
それから春音と千帆に今日ミスチルのライブDVDの発売日で、あたしが学校に行ってる間に匠くんに買って来てくれるようお願いしていて、学校が終わったらすぐに帰って匠くんと一緒に観る約束をしてきたことを打ち明けた。
あたしの話に千帆は面白そうにくすくす笑っている。
「何よお?」
眉間に皺を寄せて訊き返した。
「あっ、ごめん」
不機嫌そうなあたしの様子に気付いて、慌てて千帆が謝った。
「えーっと、茶化すつもりじゃなくて、何かいいなあって思って。萌奈美と佳原さんってホント仲よくって、ちょっと羨ましいなあ」
千帆が少し口惜しそうな口振りでそんなことを言ったので、何だか気になってしまった。
宮路先輩はこの4月から大学に進学して、千帆と先輩は今までみたいに毎日のようには会うことができなくなってしまっていた。あたし達は二人のことが気掛か りではあったけど、千帆はあまり二人のことで不安とか悩みとかを打ち明けたりはして来なくて、でも絶対に心細かったり不安でたまらない気持ちでいたりする に違いなかった。ふとした時にその気持ちの端々が顔を覗かせることに、あたしも春音も結香も気が付いていた。
「千帆、大丈夫?」
遠慮がちにではあったけれど、でも気になって問いかけてしまった。
あたしの問いかけに千帆ははっとして、慌てたように笑顔を浮かべた。
「あ、ううん。違うよ。そういう意味じゃなくてね」
何処か取り繕うかのような千帆の言葉に少し淋しさを感じた。だけど千帆が自分からはあたし達にそのことで気持ちを打ち明けたり相談を求めたりしてこない以上、あたし達が厚かましく顔を突っ込むことはできなくて、それ以上は何も訊けなかった。
「・・・時に萌奈美」
少し重苦しい沈黙があたし達三人の上に広がりかけているのを感じていたあたしに春音が口を開いた。
「今日あたしの記憶では部活があったと思うんだけど、今しがた萌奈美、確か“学校終わったらすぐ帰って”とか言ってなかった?」
春音の言葉にぎくりとしないではいられなかった。妙な緊張が背筋を駆け抜けていった。
「えーと、あのね、それは、だから・・・」
必死で何か上手い言い訳はないかって考えた。

昨年の秋、文化祭を終えてあたし達の一つ上の三年の先輩がたが引退して、文芸部の新しい部長、副部長を決めることになって、前部長の“ゆかりん”こと山根紫(やまね ゆかり)先輩の推薦もあって春音が副部長の座に就いたのだった。
因みに新部長には聖原夏季(きよはら なつき)ちゃんがなった。夏季ちゃんはその苗字をもじって一部ファンの男子生徒の間で「聖(セイント)夏季」とか 「聖天使(セイント・エンジェル)」とか呼ばれたりしているとの祐季ちゃんの情報で、本当にいつもにこにこしていて、その笑顔に接しているだけですごく和 やかで穏やかな気持ちにしてくれるコだった。一年の時から同じ文芸部にいるあたしも、未だに夏季ちゃんが笑顔じゃない時の顔を見た記憶がなかった。春音な んか「アイツは寝てる時も笑ってるに違いない」って絶対の自信(何処からその自信が湧いて来るのかあたしには分かんないけど)を持って断言してい た。・・・それじゃ変な人か妖怪だよ。夏季ちゃん可哀相・・・。
夏季ちゃんと春音が新しい部長と副部長になって、二人の対照的なキャラクターを評して、いつの間にか「太陽と北風」「光の天使と暗黒の魔女」とか呼ばれる ようになっていた。これも祐季ちゃんから聞いた話なんだけど。その話を祐季ちゃんから聞いた時、それって春音に対してあんまりなんじゃないかって憤慨し て、そんな呼び名を考えて広めた張本人を見つけ出して文句を言ってやりたい気持ちだった。
あたしがそう言ってぷりぷりしていたら、当の春音本人は至って涼しい顔で「仇名なんていちいち気にしてたら疲れちゃうよ」ってまるっきり他人事のように言って、却ってあたしの方が宥められてしまった。春音のあまりに達観した発言を聞いて、あたしは呆れる気持ちだった。
それと、これは絶対誰かの陰謀に違いないってあたしは今も確信してるんだけど、どういう訳かあたしまで部の監事にさせられてしまったのだった。あの時のこ とを思い出すとまるで手品か何かのようだった。あれよあれよって言う間に話が進んで、あたしが異議を唱える間もなく決まってしまい、部員の前に立った新し い役員メンバーの一員にあたしも混ざっていたのだ。
その日あたしは帰ってから匠くん相手に憤慨してまくし立てたものだった。絶対陰謀だ!絶対おかしい!納得いかない!云々。
あたしの剣幕に匠くんは辟易しながら慰めの言葉をかけてくれた。匠くんにどんなに言ったところで、学校の部活動のことをどうにかできる訳じゃないのに。後 になって落ち着いてからよくよく思い返してみて、正に八つ当たりに他ならなくて、反省と後悔でいっぱいになりながら匠くんに謝った。それなのに匠くんは理 不尽な怒りの矛先を向けられたことをちっとも怒ってなくて、笑顔で言った。
「それで萌奈美の気持ちが少しでも晴れたり、不満が和らぐんだったら、好きなだけ僕に文句や不満をぶつけて構わないよ。僕がどうにかできることだったら協 力するし、今みたいなことだと僕は聞いてるだけしかできないけど、それでも萌奈美の気持ちがちょっとだって軽くなるんだったら、僕が聞いてることは無駄 じゃないってことでしょ?」
匠くんの言葉を聞いていて、何だか匠くんが両手を大きく広げてあたしを呼んでいるような感じがして、匠くんにぶつかるように抱きついた。匠くんの両手があたしをしっかりと抱き締めてくれた。
さんざん匠くんに文句を言ったことが恥ずかしくて、八つ当たりしたことを後悔して、匠くんに悪くて、謝りたくなって、胸いっぱいにこみ上げる気持ちが揺れて視界を滲ませた。
「ごめんなさい」
涙声で匠くんに謝った。
「謝らなくていいんだってば。僕にだったら幾らだって八つ当たりしていいんだから」
匠くんの大きな愛に包まれているのを感じて、匠くんに回した手に力を込めてぎゅうっと強く抱きついた。

副部長になってからの春音は、こと部活に関しては厳格そのものだった。その厳格さでは前・山根部長を凌ぐんじゃないかって部員のみんなは密かに囁き合っていた。
そしてその厳格さはあたしに対しても容赦がなかった。
自分の迂闊さを激しく後悔した。春音の前で部活をサボるなんて言おうものなら、どんなことになるかは火を見るより明らかだった。
春音の静かな威圧感にビビリながら、あたしは半ば無駄とは思いつつも抵抗を試みた。
「だって、匠くんに学校終わったら急いで帰るから一緒に観ようねって約束してきたんだもん」
匠くんとの約束を殊更強調して言った。
けれども春音は全く意に介さなかった。
「そんなの電話すればいいでしょ。部活があるの忘れてたって」
このおーっ!それでもあたしの「腹心の友」(『赤毛のアン』)なの!?口にこそ出さなかったけど春音へ向けた眼差しで訴えた。
「そんな恨めしそうな視線で睨んだってダメだからね」
うーっ。少しの温情もない親友の言葉に歯軋りしたい気分だった。
いいもん。そっちがその気ならあたしだって学校終わったら絶対速攻で帰ってやるんだから。胸の内であたしは密かに固く決意した。
ただ、難点はあたしと春音が同じクラスっていうことだった。なかなか春音の監視を掻い潜って逃亡を図るのは難しいと予想された。何かいいアイデアはないものかな?
「何考えてんの?」
沈黙しているあたしの考えを見透かすように春音が問い質した。
「えっ、ううん、別に」
作り笑いを浮かべて慌てて頭(かぶり)を振った。
「まあ、萌奈美の考えてることくらい簡単に想像つくけどね」
冷ややかな視線を注ぎながら春音は言った。あたしの頭の中なんて全部お見通し、って言われてるような気がした。
おのれーっ。どんなことをしてでも帰ってみせるんだから!あたしはふつふつと闘志を湧き立たせていた。

「何かいいテはないものかなぁ?」
休み時間に春音の目を盗んで、一緒にトイレに行こうって誘って教室から千帆を連れ出したあたしは助けを求めた。
千帆は困ったような顔であたしを見返した。
「そんなこと言って部活サボって帰ったりしたら、後で春音と気まずくなっちゃうんじゃない?」
千帆からはとても常識的な答えが返ってきた。千帆にしてみればあたしと春音のどっちの肩を持つのも躊躇われてしまうみたいだった。
「だって春音の方から挑発して来たんだから。あたしが何をしたってどうせ無駄な悪あがきなんだから諦めなさいって言わんばかりの顔してさ」
ムキになってあたしは答えた。・・・あたしが勝手に誇張し過ぎてるところも少しはあるかも知れなかったけど。今更後には引けないもん。
「そうかなあ?」
千帆もあたしの言葉を大袈裟過ぎるって思ってるのか、困ったように笑いながら首を傾げた。
とにかく!売られた喧嘩は買う!その時のあたしはそんな心境で闘志を燃やしていたのだった。
「ね、お願い。あたしに協力して」
縋るように両手を合わせてお願いした。
「えーっ・・・本当に?・・・もう、しょうがないなあ・・・」
あたしの懇願に千帆は渋々といった様子で首を縦に振ってくれた。それでも、後でポツリと「あたしが春音に睨まれちゃうかも知れないじゃない」って零していたけれど。ゴメン、千帆。あたしはもう一度心の中で千帆に向かって手を合わせて謝った。

そして放課後。
帰りのホームルームが終わって、かねて打ち合わせておいた手筈どおりに千帆には春音に話しかけてもらった。
春音がこちらを見ていないことを確認して、鞄を肩にかけ、そーっと教室のドアへと向かった。その途中目が合った仲良しのクラスメイトの子があたしに声をか けてこようとするのを、あたしは唇の前に人差し指を立てるジェスチャーで制止した。彼女は訝しい視線を送ってきたけれど、あたしの言いたいことは分かった みたいで開きかけた口を閉じてくれた。あたしが小さく手を振るジェスチャーで“さよなら”のメッセージを送ると、彼女も同じように手を振り返してくれた。
ドアまであと数メートル。いける!あたしは確信した。気持ちに余裕が生じたあたしは、そっと振り返って春音と千帆の様子を確かめようとした。向こうを向い ている春音越しに千帆の顔が確認できたあたしは、心の中で千帆に“ありがと!”って感謝を告げた。そして教室のドアへ向き直ろうとした。
次の瞬間、あたしは凍りついた。
不意に春音がくるりと振り向いたのだ。その眼差しは真っ直ぐにドア近くに立っているあたしを捉えた。
でも、どうして?千帆はあたしのことをちらっとも見たりしなかった。それなのにどうしてこんな計ったようなタイミングで春音は振り返ったんだろう?そのことがあたしには大きな疑問だった。
文字通りフリーズしているあたしを見て、春音は“やれやれ”っていった感じで苦笑いを浮かべた。
「萌奈美、帰るんだったら声くらいかけていきなよね」
ドア付近に立つあたしに聞こえるように、声を張って春音は告げた。
てっきり副部長の職に徹する春音に、無情にも部室へと強制連行されるものと絶望感と共に覚悟していたあたしは、春音の言葉に耳を疑った。
未だに固まり続けているあたしに、春音は今度は柔らかい笑みを浮かべて言葉を続けた。
「急いで帰るんじゃなかったの?そんなトコでいつまでも突っ立ってていいの?」
やっと我に返ったあたしは春音の言ったことを理解した。段々と胸が踊りだすのが分かった。
「ありがと!春音、千帆」
「また明日」千帆はにっこり笑って小さく手を振った。
「バイ!」春音も手を掲げた。
「うん!また明日。バイバイ!」
二人に向かって手を振ると、弾む気持ちで教室を飛び出した。
もう、春音ったら口ではあんなこと言ってた癖に、あたしが帰るのしっかり許してくれてんじゃない!
春音に文句を言ってやりたい気持ちだった。もちろん笑顔で、感謝を込めて。流石はあたしの「腹心の友」だよね!

◆◆◆

「ただいまあっ!」
玄関のドアを開けるのと同時に、大きな声で帰宅を告げた。
「お帰り」
逸る気持ちで玄関からリビングへの廊下をほとんど駆け足で通り抜けると、のんびりとした声と共に匠くんが姿を見せた。
「買って来てくれた?」
匠くんの顔を見るや否やあたしがそう聞いたので、匠くんは呆れたように笑いながら頷いた。
「着替えてくるからDVDセットしといて」
自分の部屋へ向かいながら匠くんにそうお願いした。
急ぐあたしの背中に向かって匠くんの苦笑交じりの「はい、はい」っていう声が届いた。
部屋着に着替えたあたしは飲み物とお菓子を用意してる匠くんを手伝うと、二人で匠くんの部屋に入った。カーテンを半分くらい閉めて少し薄暗くした部屋で、ベッドを背もたれにして並んでフローリングに直に座り、あたしは匠くんの腕に両手を絡ませてぴったりと寄り添った。
匠くんが笑う気配がして、匠くんの肩にもたれているあたしの髪にそっと唇が触れた。
それから匠くんは空いている方の手でリモコンを操作した。二人で何も映っていないテレビ画面を見入っていると少ししてDVDの再生が始まった。
期待で胸がドキドキしてきて、視線は画面から離さずに抱え込んだ匠くんの腕にぎゅうっとしがみついた。匠くんがもう一度あたしの髪に口づけした。

イントロは今までDVDで観て来たミスチルのライブに通じる象徴的な映像が流れて、イントロの部分だけで、しかもライブDVDの映像でこれだけワクワクし てきちゃうんだから、実際にライブ会場にいたらきっとものすごい興奮に包まれちゃうんだろうなって感じて、ライブに行けた人達をちょっぴり羨ましく思っ た。
それからピアノの音だけで殆ど無伴奏で歌う桜井さんの声がとても胸に迫る「声」でライブは幕を開けた。

以前に何処かで桜井さんがこの「DOME TOUR」について語っている記事を読んだことがあって、その中でツアータイトルに「SURERMARKET  FANTASY」ってつけているけど、アルバムにはこだわらず演奏したい曲を選曲したっていうようなことを桜井さんが言っていたのを覚えているんだけど、 その通りでかなり多彩な選曲になっているように感じられた。「ラヴコネクション」とか「ロードムービー」「ALIVE」「LOVEはじめました」 「Monster」「CANDY」「Drawing」っていうような、ライブではあまり演奏されないような曲が多い感じがして、少し意外な選曲だっていう 印象をあたしは受けた。
少し辛口なことを言えば、そのせいか全体的に散漫な感じでライブにまとまりが欠けているような感じがちょっとした。
でも敢えてコンセプトなんか気にしないでその時演奏したい曲を選んだっていうことなら、それはそれで気負いのない最近のミスチルらしいって気もするし、何 より色んなものがぎっしり詰め込まれてる「SUPERMARKET」にぴったりだとも思った。そういう意味ではまとまりに欠けてるように感じられる選曲 は、逆に「SUPERMARKET FANTASY」のコンセプトを見事に反映してるってことなんだけど。
真相がどちらなのかは分からないけれど(或いはあたしの読みは全くはずれてるのかも知れないけれど)、気負いのない結果の選曲なんだとしても、はたまた実 はすごくコンセプチュアルな選曲なんだとしても、どっちにしてもミスチルらしい気がするし、うーん、すごい、って感じられた。
あたし的には大好きな「CANDY」「Simple」を歌ってくれたのがすごく嬉しかったし、「名もなき詩」をオリジナルに近いアレンジで聞けてそれも嬉 しかった。あと、CMで流れていて一部分だけ知っていた「365日」が初めてフルで聞けたのもメチャメチャ嬉しかった。すごくいい歌、すごく素敵なラブソ ングだった。ミスチルのラブソングの中でも結構あたしの中で上位ランクに入るくらい好きになりそうだった。個人的には「しるし」よりも「365日」の方が いいって思った。
それと「and I love you」がアルバムのバージョンよりちょっとロックっぽいアレンジな気がして、あっ、こういう感じもいいなって思った。
観終わってもう胸がいっぱいで、それだけにやっぱりライブに行きたい!ってものすごく思った。いつもミスチルのライブDVDを観るたびにものすごく感動し て幸せで心が満たされて、でもこのライブを直にこの眼で観てこの耳で聴いてこの身体で感じられたらって思いが巡って、ほんのちょっぴり淋しいような心残り なような気持ちを何処かで感じた。匠くんと「いつかミスチルのライブ行きたいね」って言い合って、二人の叶えたい夢の一つになっていた。ミスチルのライブ には本当にすごく行きたいのだけれど、でもその一方で二人でいつかいけたらいいねって約束して夢見てるのも、とっても甘い幸せに満ちていて、だからライブ にはとっても行きたいけど、だけど匠くんと二人でずっと同じ夢を見て甘い幸せに浸っていたいとも思ってしまうのだった。うーん、悩ましい。

ライブDVDを観終わって、感じたことを匠くんに伝えたくてあたしの気持ちはうずうずしていた。
匠くんにあたしの感じたことを知って欲しいって、強い気持ちで感じていた。二人で同じ気持ちを分かち合っているのを知りたかった。それは本当はDVDを観 ている間中、ずっと寄り添って触れ合っていた時に伝わっていて、あたしも匠くんも分かっているんだけど、でもやっぱりちゃんと言葉にして伝え合い、分かち 合いたいって思うんだ。
言わなくても分かること、伝わっていることでも、言葉にして声で伝えるってすごく大切で重要なことだって、匠くんと出会って、匠くんを好きになって、あたしは知った。
あたしはお喋りな方じゃないし話すのも上手じゃない。自分の気持ちを伝えるのを苦手だって昔からずっと感じ続けてきた。
以前のあたしは気持ちを言葉にして伝えるのを苦痛に感じていた。伝えているその途中で言葉が見つからなくなって口を噤んでしまって、あたしもあたしの話を 聞いていた相手のコも途方に暮れてしまって。気まずい気持ちになって、その度、話さなければよかったって後悔の気持ちであたしはいつもいっぱいになった。
春音にだってあたしの気持ちがどこまで届いているんだろうって、心の何処かで疑ってしまう。疑いながら、それでいてあたしは春音や千帆にいつも甘えてし まってた。春音ならあたしの言いたいことを汲み取ってくれる。思いやりのある千帆はきっとあたしの気持ちを察してくれる。そんな言い訳を自分にして、自分 で伝えようとする努力を以前のあたしは放棄してしまってた。そんなの絶対無理だって初めから諦めてしまってた。
言葉は「事の端」に過ぎないって何かで読んだことがあった。言葉が全て伝えられるなんて、そんなこときっと有り得ない。
でも、言葉で伝えようとすることを諦めちゃいけないって、今のあたしは思ってる。言葉が持っている力、声が持っている力を信じようって思ってる。匠くんがそれを気付かせてくれた。
今でも苦手なのは変わってない。でも匠くんにはすごくあたしの気持ちを伝えたいって思う。あたしを知って欲しいって思う。匠くんに伝えたいって気持ちであたしの中はいっぱいで、ぎゅうぎゅうになっていて、ぱん!って弾けて溢れ出しそうだった。
言わなくても匠くんは知ってる、匠くんは分かってるって、あたしの中の何かがそのことを知ってる。それでも、言葉が足りなくても、上手く言葉が出てこなく ても、ぴったりな言葉が見つからなくても、話してる途中で言葉を見失ってしまっても、回りくどい話になってしまっても、あたしの声で匠くんに伝えたい、知 らせたいっていつもすごく思ってる。
そして匠くんはいつだって、あたしのちっとも筋道のたっていない、同じところを行ったり来たりしていたり、ひどく蛇行していたりする話を、少しも面倒がらずにきちんと耳を傾けて聞いてくれる。

一度匠くんに訊ねたことがあった。本当は匠くんはあたしの分かりにくい話を迷惑がっていないか気になって。
「匠くん、あたしの話ってちっとも言いたいことがはっきりしてないし、順序立てて話せてないし、聞いてて嫌じゃない?あたしが話すの、迷惑じゃない?」
「全然。ちっとも。嫌でも迷惑でもないし、萌奈美が思ってること、感じてること、考えてることを話してくれるのが僕にはすごく嬉しいんだ」
不安そうな顔でいるあたしに、匠くんはとても優しく笑い返してくれた。
「だけど、あたし自分でも話してるうちに自分が何を言いたかったのか、何を言おうとしてたのかわかんなくなっちゃうくらいで、結局話が尻切れとんぼになっちゃったりするし。すぐ言葉が出てこなくなって話が途切れちゃうし。ごめんね、話するのが下手で」
自分で言っていて落ち込んだ気持ちになった。
「そんなの僕だって話するの下手だし苦手だし、おあいこだよ。萌奈美に謝られたら僕も謝らなくちゃいけなくなっちゃうよ」
俯いていたあたしは匠くんにそっと引き寄せられた。
「それに萌奈美は考えてることとか感じてることを、なるべく感じていることそのまま、考えてることそのままに、出来るだけ少しも欠いたりしないで僕に伝え ようって思ってくれてるんじゃない?感じてること、思ってることを、出来る限りその全てをそっくりそのまま、まるごと僕に知らせたい、伝えたいって願って るんじゃないかな。それはすごく難しいことではあるけれど、その願いは普通に考えたらほとんど不可能に近いものなのかも知れないけど」
匠くんの言葉を聞きながら、はっとするものを感じてあたしは顔を上げた。真っ直ぐにあたしを見つめている匠くんと視線がぶつかった。
「感じたこと、思ったこと、考えたこと。そういうのって決して理路整然としてるものじゃないって思わない?モザイクみたいにすごく色んな断片が寄せ集まっ ていたり、時には相反するものが同時に混在していたりぶつかり合っていたり、確固とした固定的なものじゃなくて、ふわふわして安定していなくて不定形だっ たり流動的だったり、気持ちとか感情っていうのはそういうものなんじゃないかって思うんだ。そういう不安定で不確定なものを的確に言い表そうとしたり整然 と伝えようとすれば、それは皮肉にも、感じたり思ったりしたことをありのまま、まるごと伝えようとすることから遠く隔たっていってしまうんじゃないかな。 言葉を選ぶこと、削ぎ落とすこと、言い換えること、簡素化したり要約すること、それは相手に正確に伝えたいって願いながら、実はその願いからどんどん離れ てしまってるんじゃないかって気がする」
あたしは匠くんの瞳に引き込まれていた。匠くんの瞳が湛える深遠さに茫然と見惚れていた。
その瞳がふっと柔らかさを帯びた。
「だから僕は思うんだ。萌奈美が気にしているようなこと、萌奈美が自分では欠点だって感じてること、それは萌奈美が心の中で思ったこと、感じたことを出来 るだけ有りのままそっくりまるごと僕に伝えようとしてくれている、萌奈美の誠実さの表れなんじゃないかな。とても困難で不可能に近いことだとしても、萌奈 美は諦めたりせず、それをずっと試みてくれているんだって僕は感じる。それを僕はすごく嬉しく思うし、僕も萌奈美の気持ちに応えたいって思うんだ」
そう言って匠くんは一度言葉を切った。少し照れくさそうな表情が浮かんで、言葉を続けようかどうしようか逡巡しているように見えた。一瞬視線があたしからはずれて泳いだけれど、またすぐにあたしのことを見つめ直した。
「・・・それで、そんな萌奈美がたまらなく愛しいんだ」
匠くんの言葉を聞いて、ほとんど考える間もなく、匠くんの身体に手を回して匠くんを抱き締めた。
あたしの胸を熱いものが満たした。目頭が熱くなって視界が滲んだ。零れ落ちそうになるのを必死に堪えて匠くんの胸に顔を埋めた。
言葉ってすごいって今のあたしは思う。だって匠くんが告げる言葉はこんなにあたしの心を揺さぶって、温かい気持ちにしてくれて、たまらないくらい嬉しい気持ちにさせてくれる。ものすごい幸せであたしを包み込んでくれる。
あたしも匠くんの言葉に、匠くんの声に、匠くんの気持ちに応えたいって、強く強く思う。

「えへへ。すっごく良かった」
匠くんにもたれて甘えながらあたしは告げた。匠くんに伝えたいことはそれこそ言い切れないくらい沢山あったけど、胸がいっぱいで何から伝えたらいいか分かんなくて、やっと口に出せた言葉はそれだけだった。
「うん」
あたしの髪を優しく梳きながら、一言だけ短く匠くんは答えた。だけど、その一言であたしと匠くんが同じくらい胸がいっぱいで、同じくらい感動して感激して いるのが伝わってきた。それを知ってとても嬉しくなった。嬉しさがこみ上げてきて、匠くんにあたしの中いっぱいに膨れ上がってる沢山の気持ちを話したいっ て願望があたしを急きたてた。
「あたし、「CANDY」と「Simple」を演奏してくれたのが嬉しかった。あと「365日」が聞けたのも。いい曲だね。かなり好きになっちゃった」
弾んだ声であたしがそう話したら、匠くんも嬉しそうな顔で頷いた。
「うん。僕も結構好きだな「365日」」
「早くCD出るといいね」匠くんも“結構好き”って言ってくれて、あたしの気持ちは更に弾んだ。
「あと、あたし「and I love you」が最後の方で演奏されたのがすっごく嬉しかった。オリジナルのとっても優しい雰囲気に満ちてる曲調も大好きだけど、ライブのちょっとスピード感のあるアレンジのもいいなって思った」
「and I love you」はミスチルの曲の中でもあたしが好きな曲の一位、二位を争うくらい大好きな曲だった。って、そうは言ってもミスチルの曲であたしのベスト1を選ぶとしたらすっごく難しいし悩ましいのだけれど。
「匠くんはどうだった?」
匠くんの気持ちも教えて欲しくて匠くんに聞いてみた。
「うん・・・「名もなき詩」を歌ってくれてやっぱり嬉しかったな。って、ワンパターンかな」
少し照れたように匠くんは答えた。
うん。そうだよね。
大好きなミスチルの曲の中でも、「名もなき詩」は匠くんにとって特別な位置にある曲だって知ってるから、心の中で頷いていた。
大好きな曲を歌ってくれたらやっぱり嬉しいし、ものすごく単純に“嬉しい”って思うその気持ちが単純なほど、とても素直で正直で強い思いなんじゃないのかなって感じた。だから、思ったことをそのまま匠くんに伝えた。
「ううん、そんなことないよ。大好きな曲を歌ってくれたら、すごく嬉しいよ。「and I love you」を歌ってくれたらあたしやっぱり単純に嬉しいし」
あたしがそう言ったら匠くんは笑顔になった。その笑顔が何だかとっても素直に嬉しい気持ちを伝えてくれている感じがして、あたしもすごく嬉しくなった。
「このライブの「名もなき詩」、オリジナルに近い感じじゃなかった?」
胸の中が温かい気持ちでいっぱいになりながら、あたしは聞いてみた。途端に匠くんがぱっと顔を輝かせた。
「あ、うん!そうそう!」
何年か前の年末の特番でフジテレビが放送した音楽番組にミスチルが出演していて、それを録画してたのを観せてもらったことがあって、「HERO」と「名も なき詩」を歌ってたんだけど、「Oh darlin」のところが「しるし」の「ダーリン ダーリン」のフレーズとダブって聞こえてちょっと違和感を感じた ことがあったり、『I love you』のライブツアーでギターの弾き語りっぽい感じで「名もなき詩」を歌ってるのを聞いて(それはそれでとっても良 かったんだけど)、ミスチル、或いは桜井さんの中で「名もなき詩」が変わっていってるのかなって感じがして、それは他の曲でも言えることなんだけど、特に 思い入れがある曲だとやっぱりオリジナルのアレンジで聞きたいって強く思ったりするんだよね。
匠くんが子どもみたいに屈託のない嬉しそうな顔をするのを見て、あたしも匠くんの気持ちがものすごくよく分かった。
それともう一つ、あたし知ってるんだ。
匠くんがこんなに素直な感情を表してくれるの、こんな子どもみたいな素直な笑顔を見せてくれるのあたしにだけだって。あたし、知ってる。
匠くんって人前ではすごく天邪鬼で皮肉屋で、すごく照れ屋で、すごく素直じゃなくて、でもあたしは、あたしだけは、本当の匠くんのそういう素直なところ 知ってるよ。匠くんの素直に笑った顔、知ってるよ。あたしにだけ匠くんが見せてくれるの、あたしちゃんと知ってるんだから。
こんな笑顔を見せてくれる匠くんがすごく可愛く思えて、すごく愛しくて、匠くんに手を伸ばして抱き締めた。
「も、萌奈美?」
慌てた声で問いかける匠くんをぎゅっと抱き締めながら、胸いっぱいに膨らんだ気持ちを目を瞑って伝えた。
「大好き」
その一言で匠くんにはあたしの気持ちが十分に伝わってた。
匠くんもあたしをぎゅうっと抱き締めてくれた。

その日一日ずうっと、すごく幸せな気持ちでいられた。
珍しく夕食時の早い時間に帰宅した麻耶さんにも、そんなあたしのうきうきとした様子はすぐ伝わったらしく、「何かいいことあった?」って訊かれてしまった。
「内緒」
笑ってあたしは答えた。
「あっ、可愛くなーい。教えなさいよお」
不満げに言って麻耶さんは素早くあたしの頭を押さえ込んだ。所謂ヘッドロックってヤツ?
「きゃーっ!匠くん、助けてー!」
あたしがはしゃいだ声で悲鳴を上げたら、麻耶さんは「早く白状しなさい」って言いながら、あたしの頭を(もちろん手加減した強さで)締め上げた。
「・・・何、やってんの?」
あたしと麻耶さんの様子を見た匠くんは呆れた口調で漏らした。
「あっ、匠くんっ。助けてー!」
言いながらあたしが匠くんに救いを求めて手を伸ばすと、それを阻止しようと麻耶さんはあたしの頭に回した腕にぎゅうっと力を込めた。
「さっさと白状しろっ」
「あっ、痛い!痛い!」
きゃあきゃあ言いながらじゃれあっている(?)あたし達に付き合いきれないらしくて、匠くんはさっさとリビングから出て行ってしまった。あっ、匠くん助けてくれないのー?ひっどーい!
「さあっ、吐けっ!吐くんだっ!」
麻耶さんは一向に止める気はないらしく、芝居がかった台詞を言いながら更にあたしを押さえ込み続けた。すっかりその気になってしまったのか、あたしの頭を締め上げている麻耶さんの腕の力が段々と強くなってきていた。・・・あのーっ、ちょっと、本気で痛いんだけど?

◆◆◆

「エソラ」はあたしの中ではちょっと不思議なというか、交錯したアンビバレンツな感情の湧き起こる曲だ。
ミスチルの中で好きな曲か訊かれたら、「うーん」って首を傾げてしまう。聴いていて、もう素直に気持ちが弾んでくる、すごく楽しい曲だとは思うのだ。で も、そのあまりに単純明快な曲の感じが、あたしの中にあるミスチルのイメージとちょっとズレを感じてしまって、あたしが心の中で「イエス」って頷こうとす るのにブレーキをかけてしまう。
でもその一方で、「エソラ」っていうのがとても不思議な言葉で、心の中でずっとひっかかっていて気になり続けていた。
そもそも「エソラ」って言葉はないし、その意味はどう突き詰めたって曖昧でしかないって思う。確か雑誌か何かのインタビューだったと思うんだけど、「綺麗 事」って言葉はうわべだけのことでいい意味として用いられないけれど、「事」を取った「綺麗」って言葉は意味が180度変わってポジティブな言葉になっ て、「絵空事」って言葉も“実際にはありもしない作り事”っていう否定的な意味合いだけど、「絵空事」から「事」を取ったらその意味するベクトルが反転す るんじゃないか、みたいなことを桜井さんは言っていたんだけど、それだけで「エソラ」っていう言葉の意味するところが全て明らかになる訳じゃないって、そ うあたしは思っている。
曲を作った桜井さん自身が明かしていても、「エソラ」って言葉が持つ不思議なイメージがそれで全く余地のない確定的で固定的なものになってしまったり、 くっきりとした明確な輪郭を作ってしまったりするんじゃなくって、その言葉がもつ響きには絶対に「星空」「夜空」「青空」「夕焼け空」っていうような空の 様々な美しさのイメージを内包していて、(ひょっとしたら「美空」って言葉のイメージも含んでいるのかも。「美空」って言葉自体も存在しないけれど、その 漢字の表象は直截的に“美しい空”を喚起させるし、それに多分、その固有名から音楽の豊饒性さえも喚起させずには置かないんじゃないだろうか?あたしは密 かにその連想されていくアナロジーの存在を確信していて、すごい、って思っている。)それとか「エソラ」のPVの、鮮やかな色彩の氾濫する美しく疾走感溢 れる映像が強く印象に残っていて、他にもライブの映像でこの曲をすごく楽しそうに演奏してるミスチルのみんなを観たりして、「エソラ」っていう言葉のその 意味するところは常に余白の部分が残っていて、その言葉が連想させるイメージや喚起される映像が寄り集まって、そういう様々な要素、幾つもの断片が渾然一 体になって、そしてある確かなベクトルを「エソラ」って言葉は強く示し始めるようにあたしは強く感じている。
そういう意味で「エソラ」は、あたしの心にとても不思議な印象を刻みつけている曲だった。
そう匠くんに話したら、匠くんも「エソラ」には何処かで素直に好きって頷けないものを感じてるって教えてくれた。
「ホントに?」
灯りを消した部屋のベッドの中で匠くんと吐息が感じられるほど顔を寄せ合って、暗闇に慣れてうっすらと見える匠くんの顔を見つめながら、あたしは潜めていた声を思わず弾ませて聞き返した。
「うん。何となくミスチルにしては躊躇っていうか留保っていうか、そういうのがなさ過ぎるって感じがするんだよね。萌奈美がさっき言った言葉で言えば、本当に“あまりに単純明快”過ぎるっていうか、ね」
匠くんはそして確かめるように一度言葉を切った。
「言い得てる感じがする。“あまりに単純明快”っていう萌奈美の表現」
匠くんにそう言ってもらえてとても嬉しかった。自分の気持ちをあまり上手に伝えられないっていつもそう感じていたから。ちょっと照れもしたけれど。
「そうかな?」
「うん」
「そう言ってくれると嬉しい」
甘い気持ちが胸いっぱいに広がって匠くんに身体を摺り寄せた。
ミスチルへの思いが匠くんと同じだって感じられて、匠くんととても気持ちが重なり合っているって分かってすごく嬉しかった。
匠くんとあたしは同じひとつの思いを共に抱いている、同じ気持ちを分かち合えてるって、匠くんと出会ってからずっと感じて来てて、もうちゃんとそのことを 分かっているんだけど、それでも匠くんとこうしてそれを確かめることができると、その度にとっても嬉しくて幸せな気持ちになる。
今まで他の誰ともこんな風に心がぴったり重なり合うなんて、気持ちが寄り添えるなんて感じられたりしたことなかった。なんて言うんだろう?求めたりしなく ても匠くんとあたしは二人そうなれてる。別に意識しなくても知らないうちにあたしと匠くんはそうなってて、ふとした時に、あっ!ていう感じでそのことに気 付く。そしてその度に、あっ!て少しびっくりしながら思う度に、あたしの心はとっても甘い幸せで満ち溢れる。こうして匠くんの体温に抱き締められているみ たく、あたしの全てをぽかぽかとした温かさで包み込んでくれる。

もっともっと匠くんと寄り添いたい、重なり合いたいって願ってる。この気持ちが尽きることなんてないって知ってる。怖いくらいに深い深いところで求めてる。匠くんの気持ちともっともっとひとつになりたいって。
いつだってミスチルの歌を聴いていて、桜井さんが書く詞を見ていてびっくりする。そこに思ってること、感じてることを見つけて。
「ねえ、匠くん?」
「ん?」
匠くんのパジャマに埋めていた顔を上げて、暗闇に目を凝らして匠くんの顔を見つめた。
「「365日」聴いてて、すごくびっくりしちゃった」
「どうして?」
「何で桜井さんてあんなに素敵な歌詞ばっかり書けるんだろうね?すごいよね」
聞き返す匠くんには答えないで、あたしが問いかけてばかりいるので匠くんは笑った。
「ホント、すごいよね」
「あたし、“君に触れたい 心にキスしたい 昨日よりも深い場所で君と出逢いたい”ってトコ、もうゾクゾクってなるくらい感動しちゃった」
「うん、いいよね。僕も好きだよ、そこ」
匠くんの言葉はあたしの胸をきゅっと抱き締めた。嬉しさが溢れる。
「“同じ気持ちでいてくれたらいいなぁ 針の穴に通すような願いを繋いで”ってトコも好きだな」
「あ、うん!」
DVDを一度全部観終えてからあたしと匠くんは「365日」を何回も聴き返して、二人とももう殆ど歌詞を覚えてしまっていた。
「って言うか、「エソラ」にあるけど、もう丸ごと“まるで僕らのための歌のようだ”って感じてたりするんだけど」
「ホントにそう!」
匠くんの話は本当にまさしく自分も感じてたことと一緒で、あたしは声を潜めるのも完全に忘れて大声を上げてしまった。
言ってから匠くんのギョッとした顔に気付いて、慌てて声のトーンを抑えた。
「ごめん。大きな声出しちゃった」
「いや、いいんだけど」
口元を押さえてるあたしを見て匠くんは苦笑しているみたいだった。
夜中に大声出して何事かって麻耶さんが慌てて起きてこないか心配だったけど、二人でしばらく息を潜めていたらどうやらその気配はなさそうであたしはほっとした。
改めてひそひそと匠くんに気持ちを伝えた。
「あたしもね、そう思ってたんだよ」
あたしがそう言ったら、匠くんは返事の代わりにあたしをそっと抱き寄せた。それだけで分かった。匠くんの気持ちが。
匠くんの温もりが伝わってくるみたいに、匠くんが嬉しいって思ってる気持ちがあたしの心にも伝わってきて、あたしも嬉しさでいっぱいになる。
身体を重ねるように、手を繋ぎ合っている時のように、あたしと匠くんはひとつに繋がり合っている。心の中のとても深い深い場所で。
匠くんのパジャマに顔を摺り寄せて匠くんの匂いを胸に吸い込んだ。
匠くんの温もりに包まれてまどろみに落ちていきながら、あたしの中で「365日」が遠く響いていた。まるで祈りのように。

“聞こえてくる 流れてくる
 君を巡る 想いのすべてよ
 どうか君に届け”
 

PREV / NEXT / TOP

inserted by FC2 system