【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ 永遠 ≫


PREV / NEXT / TOP
 
昇降口は長く伸びた校舎の陰になって薄暗かった。
9月も後半になってやっぱり夏は少しずつ遠のき始め、昼間はまだまだ夏の気配を色濃く残していて陽射しもぎらぎらと頑張っているのだけれど、こんな時刻になると急に秋が侵食してきたような思いに捉われる。夏が終わることを実感して少し淋しいような気持ちになる。
そんなことを考えていて、暗がりだったし人が近づいて来たのに全然気が付かずにいた。
「阿佐宮さん」
下駄箱で下足に履き替えようとしている所を不意に呼ばれて、少しびっくりしたし緊張した。
身構えるように声のした方を向いて目を凝らすと、ぼうっと人影が立っていた。
「あ、ごめん。びっくりさせちゃった?」
心配げに聞き返す声に少しほっとした。
立っていたのは隣のクラスの杉崎君だった。バスケ部で背が高くて多分180センチ以上あって、あたしは見上げるような感じで彼を見た。あんまり大きな影だったので、思いのほかびっくりしたのだった。
杉崎君は明るくて快活な性格で男女共に友達が多くて、バスケ部ではレギュラーで活躍していて、女の子に結構人気があることは知っていた。でもあたし達は別によく話す間柄でもなく、と言うより面と向かって話したことなんてなかったのであたしは不思議に思った。
「ううん。大丈夫。でも何か用?」
「あ・・・えっと、今帰りなんだ?」
「うん。部活終わって・・・」
あたしは答えながら、こんな話をするためにわざわざ杉崎君はあたしに声を掛けて来たんだろうかって思って、少し妙な感じがした。
「ああ、そうなんだ」
相槌を打つ杉崎君の笑顔は何だかぎこちなく見えた。
あたしは話題もなくて黙ったまま杉崎君を見ていた。
「阿佐宮さんさあ、感じ変わったよね」唐突な感じで杉崎君が言った。
「そう?」
「そう言われない?」
「うん・・・たまに、言われる、かな?・・・」
何で突然杉崎君がそんな話題を持ち出したのかさっぱり分からなくて、内心訝しく感じながら言葉を濁した。
「あ、やっぱり?俺のクラスでもさ、阿佐宮さん雰囲気変わったって話聞くよ」
「えっ?そーなの?」
隣のクラスであたしのことが話されてるなんて聞いて心底びっくりだった。一体誰がどんな話してるんだろう?急に不安になってきた。
「誰が言ってるの?」何だか腹立ちさえ感じて問い質した。
あたしの様子に杉崎君はぎくっとして、たじろいだみたいだった。慌てて弁解するように言った。
「いや・・・っていうか、悪い噂じゃなくってさ。最近、阿佐宮さん明るく快活になったって話なんだけど」
あたしのことをよく言ってるんだからそんな怒ることないって杉崎君は言いたいのかも知れないけど、でも知らないところで勝手な噂話されるのはやっぱり気持 ちのよいものじゃなかった。或いは、もしかして杉崎君はそういう話があるよってあたしに伝えるために話しかけて来たんだろうか?
何れにせよ、あたしとしては嬉しくも何ともなかった。
「そーなんだ。うん、分かった。あたし、友達待たせてるからもう行くね」
一方的に話を打ち切って立ち去ろうと思った。
「あ、いや!ちょっと待って!」
慌てたように彼が口を開いた。
言われてつい立ち止まってしまった。
「話、あるんだ」
振り向いたあたしを見て杉崎君は言った。何だか思い詰めたような感じが籠もっていて、あたしはちょっと警戒心を持った。できれば聞かない方がいいって感じたのだけれど、立ち止まってしまった以上聞かない訳にもいかなくて、少し後悔を覚えた。
あたしがまずいなあ、って思っていると、杉崎君は意を決したように顔を上げてあたしのことを見て、口を開いた。
「あの、俺、阿佐宮さんが好きなんだ。お、俺と付き合ってもらえないか?」
人って緊張すると怒ったような顔をするんだ、とあたしは杉崎君の言葉を聞きながらやけに冷静に思った。
とても真っ直ぐないい告白だって思った。高校生らしい、スポーツマンらしい、フェアプレイ精神に溢れた、青春ドラマみたいな。
でも出来れば杉崎君を好きな女の子に言ってあげて欲しかった。杉崎君を好きな女の子は少なくないと思う。
そんな事を考えて誤魔化そうとしていた。この困った状況について。
杉崎君はとてもいい人だと思ってるし、傷つけたくないのだけれど、でも曖昧な事を言っても何にもならない。曖昧な返事をして引き延ばしたって、後で余計傷つけるだけだと思う。
「あの、無理かな?」
色んなことを考えていて返事をしないあたしに、杉崎君はしびれを切らしたように問いかけた。何だか気の毒なほど弱弱しい口調だった。
あたしも意を決して答えることにした。勇気を出して告白してくれた相手に対して、自分も誤魔化さずに返事をするのが礼儀だと思った。
「あの、ごめんなさい。あたし付き合ってる人いるの。だから、ごめんなさい」
あたしの答えを聞いて、杉崎君は目にも明らかに落胆した。がっくりと肩を落として、顔からは表情が消えてしまった。
杉崎君の様子を見てすごく胸が痛んだ。仕方ないのだとしても、人を傷つければ自分も痛みを負わないではいられなかった。
「ごめんなさい」
思わずまた謝っていた。杉崎君ははっと我に返ったようだった。
「いや、そんな謝らないでよ。・・・そうなんだ。じゃ仕方ないよね」
杉崎君は弱弱しく笑った。無理に作り笑いをしているのは明らかで、それはあたしを気遣ってのことだって分かって、どういう顔をすればいいかあたしは分からなかった。
「うん。分かった。話聞いてくれてありがと。じゃ、さよなら」
杉崎君は一方的に喋って、くるりと背を向けると暗い校舎の中へと走り去ってしまった。
あたしは何の言葉もかけることが出来ないで、痛ましい背中をただ見送っていた。

とても打ちひしがれた気持ちで、重い足取りで昇降口を出て春音の待つ校門へと向かった。
人の好意を断るのは、もちろん断られる方がまず誰よりも辛くて悲しいのだと思うのだけれど、断る方にしてもとても辛くて大きな痛みを受けるんだって思った。
恋をして初めてそのことに気付いた。それまであたしは人を傷つける痛みなんて知らなかったんだと思う。それを思い出すと、なんて鈍感で無神経な人間だったんだろうって怒りさえ覚える。
あたしはもしかしたら今迄にも無自覚に誰かを傷つけてきたのかも知れない。そのことを考えると恐くなった。

「萌奈美」
沈んだ思いに捉われながらぼんやりと歩いていたあたしは、春音の呼び声に我に返った。
「あ、ごめん。待たせちゃったね」
どうにか笑ってみせた。でも春音はそんなあたしを容易に見抜いてしまう。
「どうかした?」
春音に聞かれてあたしは迷った。あたしの胸の中にだけしまっておくのが杉崎君に対しての礼儀だとも思ったけれど、でも春音には全部どんなことも包み隠さず打ち明けたいって思った。春音とはそういう関係でいたいと思った。
春音だったら有りのままにあたしの言葉を受け止めてくれると思って、昇降口の出来事を打ち明けた。
「ふうん」
何かを推し量るかのような春音の呟きにどきっとしていた。春音が何て言うか不安を感じていた。
「萌奈美は自分の気持ちを正直に伝えたんだから、萌奈美は間違ってないよ」
そう春音が言ってくれて心の中で安堵した。春音が「間違ってない」って言ってくれて嬉しかった。
「でも、萌奈美がコクられたのって前にもあったよね。一年の時」
思い出したように春音が言った。
そう言われてみればそんな気もした。
陽の暮れかかった薄暗闇に染まりつつある市高通りを、駅に向かって春音と並んで歩いていた。
この時刻になるとこの通りにも下校する市高生の姿はぽつりぽつりとしかいなくて、今もあたし達のかなり前方を二人組のセーラー服の小さな後ろ姿が歩いてい るくらいだった。知ってる誰かに話を聞かれる心配もなさそうだったので、歩きながらあたし達は話していた。多少声を潜めはしたけれど。
あたしは春音にそう言われても困ったように頷くしかなかった。出来れば余り思い出したくないことだった。

市高に入学してしばらく経った頃、6月の終わりか7月頃だった。廊下で突然男子に呼び止められたことがあった。全然知らないクラスの男子生徒だった。詰襟に着けているバッジの色で同学年だって分かった。突然呼び止められてあたしはびくついていた。
男の子と話すのははっきり言って苦手で、中学の時もあまり男子と話した覚えがなかった。他の女の子と一緒にグループの中であれば別に平気だったけど、それでもあたしから男の子に話しかけたということはなかったように思う。
だから市高に入って唐突に見も知らぬ男子から話しかけられる事態に遭遇したあたしはひどく戸惑った。ひょっとしてイジメかもって思った。
その男子生徒はぶっきらぼうな感じで突然呼び止めて、見るとなんだか恐い顔してこっちを睨むように見ていて、あたしは思わずその場を走って逃げ出してい た。その後、また待ち伏せされていた時なんか、あたしは恐怖に慄いたものだった。今思い返すとその時あたしを呼び止めた男子は、さっきの杉崎君のように緊 張していたんだと思う。でも当時のあたしはそんなこと分かるはずもなかった。
完全に怯えているあたしにその男子は「誰か好きなヤツがいるか」とか「俺と付き合ってくれないか」とか聞いて来たのだった。でもあたしはもうただ早くその 場から逃げ出したくて、何も考えないで「駄目です、できません、ごめんなさい」と一方的にまくし立てて、猛ダッシュでその場を走り去ったのだった。
こんな地味で内気で人からは暗い性格に見えるに違いないあたしに、声を掛けてくる物好きな(としか言えない)男子がいるなんて夢にも思わなかった。
その後あたしは思った。何で付き合いたいとか思うんだろう?その気持ちがさっぱり分からなくて、そんな思いを寄せられることに迷惑を感じていた。大体、好 きって何?ろくに会ったことも話したこともないのに好きになったりするってどういうこと?そんなの思い込みか気のせいなんじゃないの?半ば憤りさえ感じな がらそう思った。

あの頃のあたしは相手の気持ちを慮(おもんばか)る余裕なんかなくて、ただ迷惑だと感じていた。
あたしはろくに相手の話も聞かないまま一方的に断って逃げ出して、後に一人取り残された相手をどんなに傷つけてしまったかなんて全然顧みることなんかなかった。
一方的なのは人の都合も気持ちも考えずに告白して来る相手の方だ、告白して来る方が悪いんだ、ってあの頃のあたしは決め付けていた。告白することの勇気も不安も知らずに。
今では少しは相手の気持ちを思い遣ることができるようになったんじゃないかって思う。
あたしには匠くんがいて、あたしは匠くんが大好きで、だから仕方のないことなのだけれど、今、杉崎君の胸を軋(きし)ませているだろう痛みを思うと、自分も痛みを覚えないではいられなかった。
あたしがそんな気持ちを打ち明けると、春音は「仕方ないよ」って返事をした。
「あたしも萌奈美も誰かを傷つけず生きていくことなんて出来ないんだと思う。多かれ少なかれ、いつも何処かで誰かを傷つけているのかも知れない。それこそ自覚のないままに」
春音が視線を落として話す言葉を、あたしは春音の横顔を見つめて聞いていた。
「人と人との関係って、傷付け合うことこそがその本質でさえあるのかも知れない、そんな風に思わずにいられない時があるわ」
その春音の言葉に、あたしの中で不意にミスチルの歌詞が浮かんだ。
“生きて行くことの意味は 争い合う事に いつかすり変わってく”
何だか口惜しかった。
そんなのが本質だなんて認めたくなかった。認められなかった。
あたしと春音の間にある「何か」、あたしと匠くんの間にある「何か」は、そんなものじゃないって思った。
でも、あたしが何か言おうとしても、言葉は単なるありふれて使い古された決まり文句以外のものではなくて、陳腐なキレイごと以外の何物でもなくて、それが悲しくて口惜しかった。
ただ、それでもあたしはこのまま話し終えることは出来ないって感じていた。何の根拠も確信もなくても、まとまりもなく漠然としたままではあっても、あたし の中のぼんやりとしていて、だけど確かに感じられる願いにも似た思いを、その感じているままにその感触を出来るだけ損なわないように伝えられたらいいって 思いながら、少しずつ言葉を手繰った。
「違う、そうじゃないってあたしは思う。どんなにそう見えるようでも、そう感じられたとしても、それが本質だなんて容易く決めちゃ駄目なんだと思う」
あたしが喋り出したことに、春音ははっとしたようにあたしの方を向いた。
「そう認めてしまうのが当然のように感じられて、それを否定することの方が何倍も困難で不可能なように思えても、その誘惑に負けちゃ駄目なんだって思う。 どんなに微かでも些細なものであっても、そうじゃないって感じられる出来事とか場面とか機会とか、ううん、そんなはっきりしてなくても、もっと曖昧であや ふやな“何か”・・・一瞬の感覚のようなものであっても、それを自分が確かに感じられたのなら、その自分の感覚を信じるべきだと思う。その存在を信じるべ きだと思う」
あたしは春音を見つめた。
あたしはそれを、例えば庄司薫さんの『赤頭巾ちゃん気をつけて』や、よしもとばななさんの『キッチン』や『TUGUMI』や、その他の多くの作品や、ミスチルの歌や、篠有紀子さんの漫画や、他にも沢山の大切な本や音楽や映画から受け取った。
何より、あたしは春音といてそれを感じたし、匠くんと二人でいてそれを強く感じたんだよ。だから、あたしは信じてる。
そしてあたしは書くことで、あたしの信じてる思いを伝えられればいいなって思ってる。とても形にしにくくて、言葉にしにくくて、伝えにくくて、曖昧であや ふやなそれを、曖昧さやあやふやさをそのまままるごと伝えられないかなって思う。そうするのにあたしは“書くこと”、より厳密に言えば“物語を書くこと” で果たせないかなって思ってる。それがあたしが物語を書く理由だった。
あたしを見つめ返す春音の瞳の色が柔らかさを帯びたように見えた。春音から感じられる雰囲気もふっと穏やかなものに変わったような気がした。
「そうだね。萌奈美の言うとおりだと思う」
春音は微笑みながら答えた。
あたしは春音にちゃんとあたしの気持ちが伝わったようだったので、ほっと安堵した。

◆◆◆

ガスレンジの上では鍋いっぱいの沸騰した熱湯の中でペンネが踊っていた。
匠くんはパスタが大好きで、ペンネ・アラビアータとカルボナーラが特にお気に入りだった。
もうソースは出来上がっていて、後は茹でたペンネをソースと軽く和えれば完成だった。
ペンネが茹で上がるのをあたしはぼんやりと待っていた。
「お、今日はペンネ・アラビアータだ」
ぼんやりしていて匠くんがすぐ後ろに来ていたのに全然気付かなかった。びっくりして振り向くと肩越しに匠くんの顔が覗き込んでいて、その余りの近さにまたびっくりした。
「匠くん、脅かさないでよ」
あたしが言うと匠くんは「ぼんやりしてるからでしょ」って心外そうに答えた。
それはその通りだった。
あたしは素知らぬ振りで「もうすぐ出来るからね」って匠くんへ振り向いて伝えた。
「うん」って匠くんは頷いた。夕ご飯を心待ちにしているお腹ぺこぺこの子供みたいな笑顔で、可愛いなって思った。
「匠くん、アラビアータ好きだもんね」
笑いながら聞いた。
「うん」
匠くんは素直に答えて、
「でも一番の大好物は萌奈美だよ」って耳元で囁いて、あたしの耳たぶを軽く噛んだ。
突然であたしは「ひゃっ」と変な悲鳴を上げてしまった。首筋がぞくりとした。
「匠くん、変なことしないで!火かけてるんだから危ないじゃない!」
真っ赤になりながら、思わず怒った顔をして言った。
匠くんは全然気にも留めていない様子で、笑いながら「ごめん、ごめん」って全然反省の見られない声で謝った。
もう、とあたしは思いながらも、惚れた弱味で怒る気持ちも何処かに行ってしまった。
匠くんはあたしの肩に手を乗せて寄り添って立っていた。あたしは匠くんに寄りかかるようにしながら、急に愛しさがこみ上げて来て、訊ねた。
「ねえ、匠くん」
「ん?」
「あたし達は決してただ傷付け合うためにいるんじゃないよね?」
「それって、僕と萌奈美のこと?」
匠くんは思わぬ問いかけに少し驚いているみたいだった。
「ううん、あたしと匠くんってことじゃなくて、って言うか、あたしと匠くんも含めて、人と人とがってことなんだけど」
あたしの説明を聞いて、匠くんは少し考え込んでいた。
「うーん、難しいな」
匠くんはそう呟いた。
「自信を持って、絶対そんなことないって言えるほど、僕は色んなことを知ってもいないし分かってる訳でもないし・・・」
匠くんの声のトーンが低いのが気になった。あたしは匠くんに、違う、そんなことないって言って欲しいのに。
「そう思っている部分が自分の中に全くないとは言えない」
静かな口調で匠くんは言った。
匠くんの顔を確かめたくて振り返ろうとした。でも匠くんの両手が後ろからあたしを抱き締めて、あたしの髪に顔を埋めるように匠くんが頭をもたせかけて来て、振り返ることができなかった。
そして、くぐもった声で匠くんは話し続けた。
「でも、萌奈美と一緒にいるとそうじゃないって思える。萌奈美と二人なら僕達は傷付け合うために一緒にいるんじゃなくて、信じ合うために、分かり合うために一緒にいるんだって、そう信じられる」
匠くんの言葉にぎゅっ、と力強く抱き締められたように思った。匠くんの言葉に包まれてあたしはとても温かい気持ちになれた。
あたし達の中では、相反する思いがいつも鬩(せめ)ぎあっている。
人と人とが傷つけ合わずにいることなんかできない。それでも分かり合えるって信じたい。信じ合えるって思いたい。束の間であっても、一瞬であっても、それがとてもおぼろげで儚い思いであっても、そう感じる一瞬があるのなら間違いなくその思いは真実なんだと思う。
あたしは今この瞬間に匠くんの温もりにそう感じることができた。匠くんと一緒にいると、幾つものそういう瞬間が訪れる。
この思いを抱き締めたまま、あたしは、ずっと匠くんと一緒にいたい、一緒にいよう、って思った。
たまらない位に愛しくて、あたしを抱き締めている匠くんの腕に頬を寄せた。一瞬が永遠であればどんなにいいだろうと微かに思いながら。

「ところで」
あたしが一人甘い想いに浸っていると、匠くんが気の抜けた声で問いかけて来た。
「パスタはまだ大丈夫?」
匠くんの一言であたしは目の前の現実に引き戻された。
ガスレンジの火を慌てて止めた。少し茹で過ぎかも知れなかった。でも、ペンネは普通のスパゲッティほど茹で過ぎても支障は無いかもって思って、まだ少しは気が楽だった。
その日の夕飯のペンネ・アラビアータは、予想通り幾分柔らか過ぎた。もちろんあたしは何も言わなかったし、匠くんもそうなった原因の一端は自分にあること を承知していたので、その点について触れたりしなかった。ちょっとお世辞かも知れないって感じられるニュアンスで、「美味しいよ」とは言ってくれたけれ ど。
 


PREV / NEXT / TOP

inserted by FC2 system