【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ Girly ≫


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突然、両手でがっしりと両頬を挟まれて顔が赤らむほどの至近距離から真剣な眼差しでまじまじと見つめられて、あたしはうろたえた。もしかして告白されるのかも、とさえ思った。
祐季ちゃんのことは好きだけど、でもそれは友達として好きなんであって、あたしには「そっち」の気はないし、第一あたしには匠くんっていう大切な人がいて・・・そんな言い訳の言葉を混乱する頭の中でぐるぐると巡らせた。
周りにいた結香、千帆、亜紀奈、春音の四人は、突然の思いもよらない光景に食事の手を止めてあたしと祐季ちゃんに見入っていた。何か面白いことが起こりそうだって好奇心に爛々と目を輝かせながら。
9月下旬のうららかな昼下がりのことだった。
あたし達は昼休みに開放されている屋上に上がってみんなで輪になってお昼ご飯を食べていた。よく晴れた青空がすごく高い気がした。日向にずっといると汗ば んできそうな陽気ではあったけれど、屋上には心地よい風が吹き抜けていて、あたし達は建物の影になった日陰を見つけて座り込んでいた。周りにはもう昼食を 食べ終えたのかフェンスにもたれて風に吹かれながら楽しそうに話していたり、あたし達と同じように日陰を見つけて昼食を広げている生徒達の姿があった。
「あ、あの、祐季ちゃん、あたし困るんだけど・・・」
弱弱しく抗おうとするあたしを遮って、祐季ちゃんは重々しく頷いて呟いた。
「やっぱり綺麗になったよね」
・・・は?
何のことかと目を点にしているあたしから手を離して、祐季ちゃんは腕組みをしてあたしのことをきっと睨みつけた。
その眼差しにびびりながら、どうやらあたしの思っていたこととは違う展開だと分かって少しほっとしていた。
「やっぱり萌奈美、綺麗になったよね」
祐季ちゃんはそう言った。何故だか少し口惜しそうなニュアンスに聞こえたのは気のせい?
「ねえ、そう思わない?」
祐季ちゃんはみんなに同意を求めるように問いかけた。
結香は一瞬、なんだつまらん、って言いたげな顔をしてから作った笑いを貼り付けて答えた。
「え、そう?光の加減とかでそう見えるだけなんじゃない?」
・・・何だか「そうそう」とは素直に頷けない結香の物言いだった。ムッとした視線を結香に向けた。
あたしの視線に気付いて結香は白々しく明後日の方を向いていた。
「うーん、そう言われればそうかも・・・」
とあたしへ視線を向けていた亜紀奈が、首を傾げながら自信なさげの様子ではあったけれど祐季ちゃんに同意を示した。
「そう思うでしょ?」
勢いづいて祐季ちゃんは言った。
まあ、綺麗になったって言われて悪い気はしなかった。そうかな?って嬉しくなった。もし祐季ちゃんが言うとおり綺麗になったんだとしたら、それは匠くんといるからに違いなかった。
あたしがそう思っていたのとまさに同時だった。祐季ちゃんが確信めいた口振りで問いかけてきた。
「萌奈美、男いるでしょ?」
それは問いかけっていうよりもはや断定に限りなく近かった。あんまり自信たっぷりに言い切られて狼狽せずにはいられなかった。
「な、突然、何言ってるのよ!」
こういう時あたしは全く融通の利かない性格だった。強張らせた笑いを貼り付けて否定したところで全然説得力に欠けていた。
救いを求めるように慌てて千帆と春音に目配せした。千帆も春音も等しく落胆して救いようもないっていう表情をしていた。
亜紀奈だけが祐季ちゃんの言葉に心底驚いた表情を見せていた。
「え?嘘!本当なの、萌奈美?」
亜紀奈に詰め寄られてきっぱりと「違う」とも言えず、曖昧に「ええと、その・・・」って口ごもるばかりだった。
あたしが匠くんと付き合ってることを祐季ちゃんと亜紀奈には未だに教えていなかった。打ち明けるタイミングを逃していたのもあるけど、亜紀奈はともかく、祐季ちゃんに知られるのは正直怖かった。
祐季ちゃんに悪意がないことはよく分かってる。100パーセント本人に悪気がないのは分かってるんだけど、よくも悪くも余りに気を回さな過ぎる性格だった。思ったことをそのまますぐ言ってしまって、傍で聞いていると心臓に悪いって思うことが都度都度あったりする。
顔立ちが可愛い上にものすごいキャンディ・ボイスで、その上歳の離れたお兄さんが三人いて唯一人の妹だったから猫っ可愛がりに育てられたこともあって根っ からの甘え上手と来たら、これはもう小悪魔要素100パーセントの女の子になるのは仕方のないことだって思った。男子からの絶大な人気は同性のあたし達か ら見てもまあ頷けるところだった。不思議なのは普通だったら祐季ちゃんみたいな女の子は、大抵同性からは敬遠されたり敵視されたりしそうなところだけど (一部にはそういう子もいるにはいるけれど)、意外と言っては祐季ちゃんに失礼だけれども男女問わずに友達が多かったりするのは、ふわふわした如何にも 「女の子」っていう外見からは想像つかないけど、結構サバサバした性格だったりするからだろうか?
大体、祐季ちゃんみたいなコがあたしや春音と仲良しだっていうのが、一緒にいてもいまひとつ腑に落ちないところだった。あたしも春音も千帆も学校では目立 たない、地味なタイプだと思うのだ。(もっとも、春音はある意味目立ってるとも言えるけど・・・って言ったら春音にぶたれた。)学校には(こう言っては失 礼だけど)もっとケバい・・・もとい、学校にもばっちりメイクして来るような感じの外見が派手目なコ達のグループがあって、どっちかって言うとそっちのグ ループのコと一緒にいる方が誰の目から見てもしっくり来ると思うのは、決してあたしだけじゃないはずで、事実そういうことを不思議そうに聞かれたりするこ とがあるのだった。(他のクラスの割と仲のいい子から「なんで萌奈美、桂木さんと仲いいの?」って意外そうに聞かれて、あたしも、どうしてと聞かれて も・・・って思ったものだった。)でも、当の祐季ちゃんは彼女達とは距離を置きたいと思っているようで、前に「疲れるのよねー、あのコ達といると」って 言っているのを耳にしたことがあった。聞いたあたしは不思議な気がしたんだけど。祐季ちゃんといると十分疲れることの多いあたしとしては「ふーん、祐季 ちゃんが疲れるって、一体どういう感じなんだろう・・・」って思ったものだった。
本当のところは、祐季ちゃんは滅茶苦茶体育会系でさっぱりしている性格の亜紀奈と、その対照的なキャラクターが却って気が合うのか仲がよくって、それで亜 紀奈があたし達とよく一緒にいるものだから、自ずと祐季ちゃんも一緒にいることになってるんじゃないかなって思う。(バリバリ体育会系の亜紀奈が根っから の文化系のあたしや千帆と仲がいいのも謎といえば謎ではあるけれど・・・)
それと結香の存在も大きいと思う。結香もあたし達といつも一緒にいるのが不思議なくらい明るくて活発な性格で、活動的なところは結香と亜紀奈はよく気が合 うようだった。・・・こう考えてみるとあたし達って周りから見ると意外な顔合わせのグループだったりするのかな?と改めて思ったりした。
話が大分反れた気がするけれど、祐季ちゃんについて、だった。
そんな感じの祐季ちゃんなんだけど、困ったことに噂好きでしかも恋バナ好きと来ている。しょっちゅう何組の誰くんと誰さんが怪しい、とか目を輝かせて話し ている。であれば、もしあたしが匠くんと付き合ってるなんて事実が祐季ちゃんの耳に入ってしまった日には、何処で誰に伝わってしまうか分かったものじゃな かった。それから話が何処でどう漏れて、万が一でも学校にあたしと匠くんが同棲してるなんてバレたりすればとんでもないことになってしまう。それだけはな んとしても避けなきゃならなかった。なので、あたしは(春音、千帆、結香の三人も激しく同意してくれたけど)祐季ちゃんには絶対にバレないようにしようと 心に決めたのだった。
その決意が今や、嵐で決壊寸前の堤防さながらの状態となっていた。
(どうしよう?・・・)
弱りきった顔であたしが半ば諦めかけた、その時だった。
「祐季には教えられない」
きっぱりとした声が答えた。もちろんあたしであるはずがなかった。
あたしは声の主へ視線を向けた。千帆、結香、亜紀奈も等しく。
祐季ちゃんも明らかに憮然とした顔を春音へ向けていた。
「どういうこと?何であたしには教えられないのよ?」
怒ってる。声を聞いて分かった。
怒りを向けられても春音は動じなかった。
「祐季に教えると周りに言いふらされるから」
春音は思っていても決して面と向かっては言えないことを、少しも躊躇ったりせずに静かな声で答えた。
ただ、そう言われて冷静でいられる人は多分いない。
「ひっどーい!!何それ、どういう意味!?」
恐らくみんなが等しく予想したとおりに、祐季ちゃんは声を荒げて春音に食ってかかった。
「別に言ったとおりの意味。だって、そうでしょう?祐季、いつも誰と誰が怪しいだの、誰と誰が付き合い出しただのって、面白そうに周りに言いふらしてるじゃない」
祐季ちゃんとは対照的に、春音は表情も変えずにやたら落ち着いた声のまま話を続けていた。
「だから、祐季には教えられないって言ってるの」
春音の指摘は祐季ちゃんにも身に覚えがあることだったので、言葉に詰まっていた。でも瞳は一層憤怒を宿して激しく春音を睨んでいた。
「あの、祐季ちゃん、ごめん。あの、あたし、何かみんなに知られたりしたら嫌だったし、恥ずかしいし、だから・・・」
あたしのことで春音が矢面に立っている状況が心苦しくて、あたしはしどろもどろで口を挟んだ。でも、それはあたしも祐季ちゃんには教えられないって思ってたってことを明かしているに他ならなかった。
「ふーん。萌奈美もそう思ってたんだ」
拗ねたように祐季ちゃんに言われ、言葉に詰まった。
「春音と萌奈美だけじゃないよ」
結香の硬い声が割って入った。
祐季ちゃんのきつい眼差しが結香へと向けられる。
「あたしだって、多分、千帆だってそう思ってた」
結香は祐季ちゃんの眼差しに少しも臆すことなく、真っ直ぐ祐季ちゃんを見返して言った。
結香の言葉に、千帆も硬い表情で頷いていた。
亜紀奈だけがどうしていいのか分からずにひどく落ち着かない様子だった。
何だか対立するような状況になってしまって、気まずさと重苦しさがあたし達の間に流れていた。
「つまり、みんながあたしのことをそう思ってたっていうことなんだ」
重苦しい沈黙を破って祐季ちゃんが硬い声で呟いた。
「みんな、あたしのことをそれ位の付き合いとして見てたんだ」
祐季ちゃんの言葉にあたし達は何も言えなかった。それ位の付き合いの「友達」として祐季ちゃんのことを見ていたっていう、後ろめたい気持ちが胸の内に広がった。
でも春音だけは違ってた。怯(ひる)むことなく祐季ちゃんに問いかけた。
「じゃあ、祐季は?祐季は萌奈美をどれ位の付き合いで見てたの?萌奈美のことは噂にしようとは思わなかった?」
春音の指摘に祐季ちゃんは唇を噛んだ。
また重い沈黙が流れた。
「・・・ごめん」
あたしはやっと一言搾り出すように言った。春音の指摘が当たっていたとしても、祐季ちゃんを傷つけてしまったことには変わりないって思った。
「祐季ちゃんの言うとおり、祐季ちゃんに話したら他の人に言いふらされるって思ってた。だから黙ってた・・・ごめんなさい」
あたしは頭を下げた。拗ねたような怒ったような表情のまま、祐季ちゃんは視線を合わそうともせず押し黙ったままだった。
「本当に、ごめんなさい」もう一度謝った。
「いいよ、もう」
拗ねた声で祐季ちゃんが言った。
はっとして視線を上げ祐季ちゃんを見た。
仏頂面の祐季ちゃんは、ひどく言いにくそうに言葉を続けた。
「確かにね、春音の言うことも当たってるんだ。多分、聞いてたら言いふらしてた。あたしも萌奈美のことを、今迄さんざん噂を流してた他のコ達と同じように見てたんだ。だから、仕方ないよね」
そう言う祐季ちゃんはそれでもやっぱり面白くなさそうだった。・・・それは当然、仕方ないけれど。
「それに教えてもらってなかったのが、あたし一人だけじゃなかったんでまだ少しは救いがあったし」
「あ、そうだ!何であたしも教えてもらえなかった訳?」
祐季ちゃんの言葉にはっとして亜紀奈が口を挟んだ。
えーと・・・あたしは返答に困った。亜紀奈に教えてなかったのは何となくというか、大抵いつも亜紀奈は祐季ちゃんと一緒のことが多かったので話すタイミングを逃してしまってたというか・・・特に深い理由はなかった。本当にただ何となく言いそびれてしまっていたのだ。
「分かったから。萌奈美のことは絶対に誰にもバラしたりしない。バラして萌奈美達みんなから白い目で見られて一緒にいられなくなっちゃったら、あたしだって困るし」
祐季ちゃんは仕方ないというように肩を竦めた。
でもここで簡単に引き下がらないところがやっぱり祐季ちゃんだった。
「だから萌奈美のカレのこと聞かせて!」
好奇心で瞳孔を目一杯大きくしながら嬉々として祐季ちゃんはあたしにそう言った。
がくっ。あたしはずっこけそうになり、春音はやれやれという顔つきをしていた。結香と千帆は呆れ返った表情だった。一人亜紀奈だけがきょとんとしていた。
「あのね、こんなトコで話して誰に聞かれるか分かんないでしょ?放課後、学校出てからにしなさいよ」
春音がぴしゃりと言って、祐季ちゃんは渋々と頷いた。

放課後になると同時に、手薬煉(てぐすね)を引いていたかのように祐季ちゃんが忍び寄って来てあたしを急かした。すぐに呆れたような表情を浮かべた結香、 千帆、亜紀奈も集まって来て、外堀を埋められたかのようにあたしは逃げ場を失った。諦め顔のあたしは祐季ちゃんに引きずられるようにして教室を出た。ぞろ ぞろと結香達が後に続いた。祐季ちゃんは春音のクラスの前に行くと教室を覗き込んだ。
「春音、行くよ!」
突然名前を呼ばれて春音はぽかんという顔をしていた。教室の中の生徒達は何事かと祐季ちゃんの方を振り返った。祐季ちゃんに腕を抱きかかえられていたあたしは、みんなの注目を浴びて恥ずかしくて逃げ出したい気持ちになった。
あたし達は学校を出ると駅の方へと向かった。東口だと市高の生徒に会うかも知れないと思って、駅を越えて西口のミスドに入った。お店に入って市高の制服姿がいないかきょろきょろと周囲に気を配った。ドーナツを買って席に着いてからも常に周囲に注意を払った。
そしてあたしは匠くんとの馴れ初めから告白し、付き合うことになって現在に至るまでを、ひとしきり喋らされることになった。婚約していることも話したし、 同棲していることは流石に言おうかどうしようか少し迷ったけれど、結局打ち明けた。あたしは祐季ちゃんを信じることにした。いつも一緒にいる友達を信用で きなくちゃ寂しいと思ったから。
あたしの話を聞き終えた祐季ちゃんは、好奇心を満たされる喜びを遥かに通り越して、もはやとても信じられないって表情を浮かべていた。しばらく言葉を失っ ていたみたいで口をぽかんと開けたままだった。それは亜紀奈にしても同じだったようで、二人揃えたようにこれ以上ないという驚きの表情を浮かべたまましば らくの間固まっていた。
やっと祐季ちゃんは口を動かした。
「何だか嘘みたい。すごい意外というか驚き。萌奈美がそんなことになるなんて、萌奈美の口から聞いた今でも、何か信じられない」
それは今迄もうさんざんみんなから言われまくりました。あたしが自分から一方的に男の人を好きになるなんて、とか、あたしがそんな大胆な行動を取るなん て、とか、意外だとか、信じられないとか、等等・・・でもあんまり言われるもんだから自分では首を捻りたくなる。そんなに意外だったり、あたしらしくな かったりするのかなあ?むしろ自分としては匠くんといる時が何だかすごく素直な自分でいられる気がしているんだけれど。
でも、まあ、そういうものかも知れない。自分で思う自分と人が見ている自分とでは違っていて当然だろうし、あたしも知らない自分っていう側面もあるだろう し。あたしには見えないけれどみんなからは見えているあたしとかね。確かに匠くんと一緒にいると自分でも驚くような自分が顔を覗かせる時がある。匠くんと 一緒だったら怖いものなんて何もない、何だって乗り越えていけちゃうっていう気持ちが湧いてくる。匠くんにはびっくりする位大胆になれるあたしがいるし。 でもそういう自分でも知らなかった自分の一面に出会えるとすごく嬉しくなる。匠くんといるとそういうあたしに沢山出会える。今迄も。多分、これからもずっ と。
「いい?このことは絶対内緒だからね」
春音が釘を刺すように祐季ちゃんに向かって念を押した。
「亜紀奈も分かってるね?」
春音に訊かれ、「もちろん」って亜紀奈は頷いた。
「もし、万が一学校にバレたりしたら、萌奈美学校にいられなくなっちゃうんだからね?」
「分かってるってば。こんだけ極秘な話だったら却ってうっかり口を滑らせたりなんて絶対ないよ」
祐季ちゃんも事の重大さに緊張した面持ちで答えた。亜紀奈も同意見のようで祐季ちゃんの言葉に頷いた。
「あたしのこと信用して全部話してくれた萌奈美を裏切るようなことは絶対にしないから」
あたしは祐季ちゃんの言葉に響く真剣さに、嬉しさを覚えて頷いた。

「でもね、綺麗になったっていうのは本当にそう思うんだ」
話し終えて何だか気が楽になってほっとしていたあたしに、祐季ちゃんは改まった感じで言った。
「うん、あたしもそう思う」千帆も頷いた。
「確かに」結香が腕組をしながら、うんうんって頷いた。
え?みんなに言われて気恥ずかしくなって顔を赤らめた。
「やっぱり恋してると女の子って綺麗になるよね」って千帆が言うと、
「うん。幸せだったら尚更だよね。毎日一緒にいられるんだから、そりゃあ毎日が幸せいっぱいで綺麗にもなるでしょうよ」
結香が意地悪げに付け加えた。
ううー。あたしは完全にみんなの冷やかしのネタにされてる。
「そうだよね。何か輝いてるっていうか、キラキラ眩しい感じなんだよね。笑ってる顔なんてほんとドキッとする位可愛いし」
祐季ちゃんの誉めそやす言葉にますます恥ずかしくなって、何だか居心地が悪く感じられてきていた。
「実はさ、男子の間でここんとこ萌奈美の株、急上昇してるんだよね」
祐季ちゃんがとっておきの話題を提供する時の得意げな顔で話し始めた。あたしの株って何だろう?
「男子の裏ランキングっていうかさ。そのランキングで萌奈美、密かに急上昇中なんだよね」
「そんなのあるんだ」感心したように結香が言った。
祐季ちゃんは面白そうに頷いた。
「萌奈美、今上位に食い込みそうなくらい人気あるよ」
祐季ちゃんにそう言われてもさっぱりピンと来なかった。
「多分恋してて綺麗になったのと、親しみやすい雰囲気になったからじゃないかな」
祐季ちゃんがそう推測すると、千帆も同感というように頷いて言った。
「うん。前はあんまり感情を表に出そうとしないトコあったけど、最近は色んな顔見せるようになったよね。怒ったとことか前は見せたりしなかったのに見せるようになったし、本当に嬉しそうに笑うし。そういうとこ、すごく親近感があって今の方が打ち解けてるって思える」
「あたしも今の萌奈美ってすごく好きだな。」
今度は亜紀奈が口を開いた。
「もちろん前から優しかったし、物静かで穏やかって感じがしてて、でもちょっと距離を置かれてるって感じがあったけど、今はすごく近くに感じるようになったな」
みんなから口々に言われてすごく気恥ずかしかったけど、でもすごく嬉しくもあった。あたしもみんなを身近に感じられて。
「ありがと。そう言ってもらえてすごく嬉しい」
照れながら、でも素直な気持ちでみんなにそう伝えた。みんなもにこにことしていた。
以前の自分だったら恥ずかしがるだけで、こんなこと口にできなかった。ちゃんと言葉にして伝えるってことが大切だと分かってても臆病になって言えずにい た。それを、今のあたしはちゃんと伝えることができて、そんな自分がすごく嬉しかった。匠くんと出会って、匠くんと一緒にいるようになって、あたしはそう することができるようになれたんだ。匠くんといると、あたしはあたしがなりたいって思うあたしに近づいていけてる気がした。匠くんがいつも傍にいてくれる から、それができるんだ。匠くんを大好きなあたしのことが、あたしは大好きだった。
あたしの顔をじっと見ていた祐季ちゃんが聞いた。
「そんなに素敵なの?萌奈美のカレ」
「え?」
急にそんなことを聞かれて狼狽した。
「だって、そんな幸せそうな顔してるんだもん。よっぽど素敵な人な訳?」
あたしはよっぽど幸せそうな顔をしていたらしかった。思わず赤面してしまう。
でもそんな質問言わずもがなだった。
「結香達は会ったことあるの?萌奈美のカレ氏」
祐季ちゃんに聞かれて結香、春音、千帆の三人は頷いた。
「どうなの?みんなから見てもそんなに素敵なカレ氏?」
すると三人は微妙な顔をした。
「・・・まあ、萌奈美のこと、とっても愛してて大切にしてるっていうのはすごく分かるかな」
結香が言った。
「うん。優しそうな人だよね」
千帆も当たり障りのないようなことを言っている。
あたしは自然、眉を顰めた。どうして?どうしてみんな一言、「素敵な人だよ」って言わないの?
「あ、ヤバイ」
春音があたしを見てぽつりと呟いた。何がヤバイって?
あたしの睨みつける視線に気付いて結香と千帆がぎくりと気まずそうな顔をした。
「どしたの?」
みんなの様子に祐季ちゃんが暢気な声で問いかけた。
「何でよ?」
あたしは押し殺した声で訊ねた。あたしのいつにない低い声に祐季ちゃんはぎょっとしていた。
「何でみんな、匠くんのこと素敵な人だって言わないの?信じらんない!匠くん、すごい素敵だもん!すごく優しくて、すごくカッコよくて、いつもあたしのこ と想ってくれてて、すごくあたしのこと大切にしてくれて、すごくあたしのこと愛してくれてて、もう世界中で最高に素敵な人なんだから!」
一気にまくしたてるあたしに、祐季ちゃんは面食らいながら「どうどう」という感じで落ち着かせるジェスチャーをした。
「ちょっと、萌奈美、落ち着いて。急にどうしたの?」
「だって、みんな匠くんのこと、まるで素敵じゃないような言い方ばっかりするんだもん!」
我を忘れて力説した。
「あのね、匠くんは世界で一番素敵なんだからね!もう絶対!」
「・・・萌奈美、絶対怒りっぽくなったよね」
結香が小声で呟くと、諦め顔の春音も同意した。
「佳原さんのことになると特にね。見境がなくなるというか、自分を見失うというか・・・」
そこ、うるさいっ!ちゃんと聞いてんのかっ?
ひそひそ話しをしている結香と春音の二人を、あたしはギロリと睨みつけた。

あたしのかつて目にした事のない一面を見ることができて、祐季ちゃんは大層嬉しかったみたいで、ほくほくとした笑顔で帰っていったのだった。
あたしは帰りの電車の中で一人、まだむしゃくしゃした気持ちに納まりがつかないまま、胸の中で繰り返し呟いていた。
(もう絶対、匠くんはすっごく素敵なんだから!世界でいっちばん素敵なんだから!絶対、そうなんだからっ!)

「ただいまっ」
玄関のドアが閉まりきらない内に、とびきり元気のいい声で帰宅を告げた。
「お帰り」
匠くんがのそっと玄関に出迎えに来てくれる。いかにもたまたま居合わせてっていう感じを装って。でもちゃんとあたし知ってるんだから。あたしが帰ってくる 頃合になると匠くんはいつもリビングであたしが帰って来るの待っててくれて、必ず玄関で出迎えてくれてるんだって、知ってるんだから。
あたしはまだ勢いのついた気持ちのままだったので、靴を脱ぐのももどかしく脱いだ靴をお行儀悪く蹴り飛ばして匠くんに抱きついた。
あたしの勢いにびっくりしながらも匠くんはあたしをしっかりと抱き止めてくれた。
「どうしたの?」
「ううん、別に。ただ、匠くんに抱きつきたかったから。すっごく幸せなんだもん」
あたしの脈絡もなく的を射ない返事に苦笑しながらも匠くんはぎゅっと抱き締め返してくれた。匠くんと抱き締め合うといつだって、とっても温かい気持ちに満たされる。ぽかぽかと温かくてふんわりと優しい幸せに包まれる。
ミスチルの歌じゃないけどね。友達の評価はイマイチだって、誰がなんて言ったって、匠くんはもう最高なんだから。最高に素敵なんだから。
心の中で絶対の自信を持ってそう断言していた。
・・・一人鼻息を荒くしているあたしを、匠くんは不思議そうな顔で見ていた。


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