【 FR(L)AG-ILE-MENT 】 ≪ Splash 第1話 ≫


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「プール?」
匠くんが聞き返した。ちゃんと聞こえてたと思うんだけど。
グラスに残っていたレモンスカッシュを飲み干した。口の中で炭酸の爽快感がさっと広がり、後にはレモンの酸味とはちみつの甘さが残った。
夏休みの昼下がり。今日は部活もなく、昼間から匠くんの部屋でまったりと過ごしていた。あまり高校生らしくないけど。元気溌剌っていう感じではないけれど。でもこれはこれで、なかなかのんびりとした幸せに満ちていて居心地よかった。
「そう」
匠くんに向かって頷く。
「何でプール?」
未だに匠くんは要領を得ないといった面持ちで質問を繰り返した。
「春音と千帆と結香とでプールに行くことになって、みんな彼氏を誘うことになったの」あたしは説明した。
「何で?」
匠くんは眉根を寄せた。
何で?それこそ、あたしが何で?って聞きたかった。これ以上何の説明が必要だろう。
「そういうことになったから」
実も蓋もない返答をした。これは決定事項だってことを理解してもらうように。
匠くんは難しい顔を見せた。
「嫌なの?」
匠くんの瞳を覗き込む。
「いや・・・別に嫌って訳でも・・・」
匠くんの返事は歯切れが悪かった。
「匠くんが嫌なら断るけど」
ちょっと残念そうなフリを演じて呟いた。
「いや、嫌って訳じゃ・・・」
匠くんは少し困った顔で言い訳した。どっちなんだろう、一体?
「いいの?嫌なの?」
二択を持ち出して問い詰めた。匠くんは天を仰いだ。匠くんの諦めるサインだ。
「いや、いいけど」
ほとんど無理やり言わされたって感じだった。
満足してにんまりと微笑んだ。
「じゃ、決定ね」
「うう」
匠くんは唸るように返事をした。
少しして、ミスチルを聞きながら、二人でベッドに寝転んでいた。
本棚にあった画集を眺めていて、思い出したように聞いた。
「匠くん、プール嫌いなの?」
すぐ隣に寝転がっていた匠くんは、唐突に聞かれて面食らったみたいだった。
「いや、さっきも言ったけど、別に嫌じゃないよ。ただ、余りプールとか行かないからさ。ほら、余りアウトドアな方でもアクティブな方でもないし・・・いや、かなり、か?」
ああ、そういうことか。あたしは納得した。
でも、それはあたしも同じだった。
あたしも今までは別にプールに行きたいなんて思ったりしなかった。中学の授業でプールに入ったのが最後で、高校生になってからはプールに行ってなかった。市高にはプールがないので学校の授業でも入ってないし。
そうなんだけど、やっぱり夏休みだし恋人同士でプールとかいいかなあって思っていた。でも二人きりでプールに行こうって誘うのはちょっと恥ずかしい感じが して、それで千帆達と話していたら皆で彼氏同伴で行こうっていうことになったのだった。匠くんに水着姿とか見せたいって密かに思ってたし。
「でも、せっかく夏休みなんだし、一度くらいプール行くのもいいかなあって皆で話したんだ。ね、いいでしょ?行こう?」
そして結香に伝授された殺し文句を口にした。
「水着姿、匠くんに見て欲しいし」
男だったらまずこれで十中八九落ちるね。自信満々に結香はそう言っていた。
あたしのその言葉に、匠くんは目を瞠ってあたしの顔を見た。
そして「うん・・・」って複雑な表情で答えた。なんか嬉しそうな、にやけてしまいそうになるのを我慢して口元を引き締めているような感じだった。
匠くんも十中八九の中の一人だったみたい。思わず噴き出しそうになって慌てて堪えた。

◆◆◆

匠くんの部屋を訪ねると、インターフォンに麻耶さんが出た。
「匠くんねーちょっと買い物に出てる。すぐ帰ってくるって言ってたから、萌奈美ちゃんに出すお菓子でも買いに行ったんだと思う。どうぞ、入ってて」
麻耶さんに言われ、開いたオートロックを潜(くぐ)り、エレベーターで匠くんの部屋の階まで上がる。玄関のチャイムのスイッチを押すと麻耶さんがにこやかに出迎えてくれた。
「いらっしゃい」
「こんにちは。いつもお邪魔してすみません」
「んーん。ちっとも」
リビングに案内されながら麻耶さんに言われた。
「もういっそのこと、萌奈美ちゃん、この部屋住んじゃえば?こんなにしょっちゅう来てるんだから。そっちの方が早くない?」
麻耶さんの冗談にあたしはたちまち顔を真っ赤にして硬直してしまった。気の利いた冗談ひとつ返せないで。
「ありゃ、ちょっと冗談きつ過ぎた?ごめんね」
麻耶さんはあたしの様子に目を丸くして慌てて謝った。
「い、いえ。こちらこそ、冗談なのに、すみません」
「あはは、純情なのね、萌奈美ちゃん」って笑い飛ばしながら麻耶さんは言った。
「でも、丸っきり冗談て訳でもないのよ。まぁ、10パーセント位は実はそう思ってたりして」麻耶さんはニヤリと笑った。
へ?あたしは再び顔を赤くした。
麻耶さんに連れられて匠くんの仕事部屋兼自室に入った。匠くんの許可もないのにいいのかなあって思いつつ、いつもの座り慣れたベッドの端に腰掛けた。
麻耶さんが匠くんのスケッチブックを取り出して開いた。
あたしとそっくりな少女の様々な表情が描かれている。でも、ふとした違和感を覚えた。それは最近描かれたスケッチだった。あの少女には間違いなかった。でも、何故だか違うように感じる。何でだろう?
ぱらぱらと麻耶さんがページをめくるのを横から覗き込んでいた。
「ねえ、最近、匠くんのスケッチ見てる?」
麻耶さんが聞いた。
「え?いいえ・・・」
「あのさ、気が付かない?」
少し含みのある言い方だった。麻耶さんは何か気付いているみたいだ。
スケッチブックに描かれた女の子に目を落としながら、麻耶さんは言葉を続けた。
「彼女、ちょっと変わってきてるの。分からない?」
変わってきてる?あたしはじっとスケッチブックを凝視した。
「以前のこのコは優しい眼差しで微笑んでたり、静かな微笑みを口元に浮かべてたり、或いは硬い能面のような表情だったり、何処か静的で硬質な印象があったんだけど」
言われてみれば確かにそうだって思った。
「でも最近のスケッチブックの中の彼女は、もっと人間くさい感じなのよね。大きな口開けて笑ってたり、寂しそうな顔したり、少し怒ったような顔したり、笑ってる顔が多いけど、すごく色んな笑い方してる。表情が豊かっていうかね」
心の中で頷いていた。
「それともうひとつ。最近スケッチブックの中、顔のアップばっかりなんだよね」
言われてみればそうかも。あたしも不思議に思った。
そして、麻耶さんは真相を解き明かした名探偵のような得意そうな顔をした。
「つまり、このスケッチブックに描かれているのは、萌奈美ちゃんなのよ」
え?麻耶さんの言葉に目を瞬いた。
「というか、この少女はどんどん萌奈美ちゃんと同化してるって言った方が正しいかな」
この少女とあたしが同化してる?
「匠くんの中でね。多分。毎日萌奈美ちゃんと一緒にいて、匠くんの空想の少女はどんどん萌奈美ちゃんによって肉付けされていって、萌奈美ちゃんと同化してるんだと思う。だから、こんなに豊かな表情をするようになったんじゃないかな」
そう麻耶さんは言って「それに」って言葉を続けた。
「顔のアップばっかりなのは、萌奈美ちゃんの身体を想像しちゃうからじゃないかな」
あたしはまた驚いた。あたしの・・・身体?
「この少女が萌奈美ちゃんと同化していけば、その身体も萌奈美ちゃんの身体を描くことになるでしょ。服を着ていたとしたってその下の、骨格や身体のライ ン、胸の膨らみやお尻をイメージしない訳にいかないんじゃないかな。それで、匠くんは、萌奈美ちゃんの裸をイメージするのが不純なことのように思えて、そ れを避けようとして顔のアップばっかり描いてるんじゃないかな」
そうなの?匠くんの中であの少女はあたしと同化して、匠くんはあたしを描いてるの?
・・・もし、そうだとしたら、匠くんに描かれるのちっとも嫌じゃないよ。皆に裸見られたりとかはヤだけど、匠くんのモデルなら幾らだって平気だよ。
不意に玄関のドアの鍵を開ける音が響いた。あたしと麻耶さんはその音を聞いてはっとしたけど、慌てて部屋を出るにはタイミングを逃していた。リビングに人が入ってくる気配がして、その気配はあたし達がいる部屋の前まで近づいて来て、扉が開いた。
「・・・何してんの、二人で?」
匠くんは別に怒ってはいなかった。ちょっと怪訝そうな顔だった。
「ん、ちょっとね。萌奈美ちゃんと二人で匠くんのスケッチブック見てたの」
麻耶さんは軽い口調で答えた。
あたしはでも複雑な表情を浮かべたまま、適当な答えを口にできなかった。

匠くんはラズベリーの紅茶と買ってきた洋菓子を自室に運んで来た。
麻耶さんが出て行った匠くんの部屋であたしと匠くんは過ごしてる。
匠くんが買ってきてくれたフルーツケーキはちょっと洋酒が効いていて、ほのかに苦味があって、それがドライフルーツの甘みとよく合っていて美味しかった。
変に意識してしまって、上手く言葉が出てこなかった。妙な沈黙が流れてしまっていた。
匠くんはタイミングを計るように紅茶に口を付けて、またすぐにカップを置いた。
「どうかした?」
深さを測るような問いかけだった。
「え、うん・・・」
どう言っていいかわからず、口ごもった。
「スケッチブック、気が付いた?」
意外と軽い調子の問いかけに、はっとして匠くんを見た。
「・・・もう、気が付いたよね。スケッチブックに描いてあるの」
「え、と・・・これって、あたし?」
おずおずと聞いた。
「うん。そう」
匠くんは俯いた視線で足元を見ながら答えた。
「いつの間にか・・・ええと、自分でもいつからそうなったのかはっきり分からないんだけど。いつの間にか、僕の中で彼女を描くと、萌奈美を描いてた」
匠くんの口からあたしを描いてるって告げられて、一瞬胸がどきっとした。
「彼女は、今はもう僕の中では萌奈美と区別がつかなくなってる。彼女を描き始めて、僕は萌奈美を描いてる。萌奈美の泣いた顔、怒った顔、大きな口を開けて 楽しそうに笑ってる顔、頬を膨らませて拗ねてる顔、微笑んでる顔、恥ずかしそうに笑ってる顔、幸せそうな顔。すべて萌奈美を描いてる」
そう話す匠くんは、すこし照れながら、でも嬉しそうな眼差しであたしを見つめた。
麻耶さんが話していたことが気になったのでそれを確かめることにした。
「あの、スケッチブック、顔ばっかり描いてあるでしょ?それって・・・」
あたしの問いかけに匠くんは返事に詰まった様子だった。その顔がみるみる赤くなっていく。
「麻耶さんが言ってたけど、あたしの身体を想像しちゃうから、だから顔のアップばっかりになっちゃうの?」
ちょっと信じられないようにも思えた。
でも匠くんは紅潮した強張った顔で、言葉に詰まってしまっていた。
もどかしかった。匠くんはいつも、沢山のあたしを描いてくれていた。あたしのことを想って。あたしだって、いつも、ずっと、匠くんのことばかり考えてるよ。匠くんを想ってるよ。匠くんに負けないくらい、匠くんと同じくらい。
「あの、あたしちっとも恥ずかしくないよ。匠くんが描いてくれるの、すごく嬉しい」
まくし立てるように言った。
「匠くんが、あたしを想って描いてくれるの、とても嬉しいの。あのね、もし、モデルが必要ならあたし、モデルやるの全然嫌じゃないよ。喜んでモデルするから。匠くんが描いてくれるなら、あの、ヌ、ヌードだって大丈夫だよ」
真っ赤になりながらそう打ち明けた。匠くんは目を瞬(しばた)いた。
それから匠くんは突然噴出し声を上げて笑った。
緊張していたあたしはちょっと拍子抜けした。
「ありがとう」
少しして、笑い終えた匠くんが言った。
その言葉はすごく素直にあたしの胸に届いた。あたしは安らかな気持ちで頷いた。

匠くんはその後、思案顔で呟いた。
「うーん、萌奈美がそう言ってくれるんだから、せっかくだからヌードモデルお願いしようかなあ」
え?あれは、でも、あの、言葉の綾っていうか、なんて言うか・・・もちろん匠くんにどうしてもってお願いされれば、嫌とは言えないって分かってるけど・・・どうしよう?
あたしの慌てる様子が可笑しかったのか、匠くんはくすくすと笑った。
え?もしかして、冗談?
「あーっ!冗談なの!?」
大声を上げた。
ついに我慢しきれなくなって匠くんは爆笑した。
「ちょっとお!匠くん!!」
いざとなればヌードも辞さないつもりで決心をしていたのがとても恥ずかしくなり、真っ赤な顔で匠くんに飛びかかった。
匠くんは笑ったままで「たんま、たんま」って叫んだけど、倒れこんだ匠くんの上にぎゅうっと体重をかけて乗っかった。
ヌードモデルはともかく、それからあたしは時々匠くんのモデルをするようになった。もちろん着衣で。
最初は恥ずかしくてなかなか視線が定まらなくて、そわそわしてしまったり、身体をつい動かしてしまったりしたけど、段々と慣れてきて匠くんがあたしの全身 をくまなく見つめているのを心地よく感じるようになっていた。この分ならいずれヌードモデルをするのもそんなに難しくないかも知れないって思ったりして、 慌ててその考えを打ち消した。

◆◆◆

今日は匠くんと水着を買いに都内に出掛けて来ていた。
来週、みんなで豊島園のプールに行くので(結局なんだかんだでプールにみんなで行くことが成立した。)その水着を選びに来たのだ。
中学の時のスクール水着以外持っていなかったので、まる二年ぶりに水着を着ることになってかなり不安だった。匠くんも中学以来プールには行ってなくて、実に14年振りだそうだ。
新宿の伊勢丹で水着の特設売り場が出来ていてそれを見に来ていた。
色とりどりの水着をとっかえひっかえ、ためつすがめつ見較べながら、どれがいいだろうって途方に暮れていた。あんまり沢山あり過ぎて訳がわからなくなりかけていた。
一応基本的なコンセプトは決めてあった。流行りとしてはビキニタイプだし、ワンピースだと大人し過ぎそうな気がしたし、なにしろ匠くんに見せるためにプー ルに行くようなものなので、ちょっとは匠くんをドキッとさせるようなのを着るつもりだった。ということでセパレートを買うつもりだった。あとはデザインと か、色合いとかなんだけど。ボーダー、ストライプ、ドット、花柄、白、どれが似合うかなあって迷ってしまう。スタイルに自信なんてないし。パレオ付きだと お尻のラインが隠せていいかなあって思うんだけど、高校生位だと却って大人っぽい感じが似合わないかも知れないなんて思ったりもした。えーん、どうしよ う。
そんな風に迷っていたら、匠くんが薄いパステルカラーのチェック地のビキニタイプなんかどうかなって薦めてくれた。見るとうん、優しい色合いで好みだっ た。ビキニタイプだけどスカートが付いていてそんなにお尻のライン丸見えって感じでもなくて、デザインも可愛いし。・・・それに匠くんも気に入ってるみた いだし。あたしに似合うって見つけてくれたんだもんね。
「これ試着してみるね」
店員さんに断って匠くんお勧めの水着を試着してみる。試着を終え、カーテンから頭だけ出し、すぐそばで所在無げに佇んでいる匠くんを呼んだ。
「どう?」
匠くんも閉めたカーテン越しに頭だけ試着室の中に突っ込んで、まじまじとあたしの水着姿を見た。何かプールや海じゃないところで水着姿になるのってすごく恥ずかしい気がする。よくグラビアモデルの人とか平気だなあ。慣れなのかなあ。
「うん。いいんじゃない?」
匠くんは何度かあたしの上から下まで視線を往復してから言った。
いいんじゃないっていう言い方はちょっとひっかかるなあ。
って思ってたら、「すごく可愛いよ」ってはにかんだ笑顔で言ってくれた。
え?突然だったのでどきっとしてしまった。
「に、似合ってる?」
一応聞いてみる。
「うん。よく似合ってるし、可愛いよ。スカート付けてると可愛いし、取ると結構色っぽいかも。」ってスカート取った時の姿も見せていたので匠くんはそれについてもコメントしてくれた
い、色っぽい?自分じゃよく分かんないけど、匠くんがそう思ってくれるんなら結構いいかも。トップもリボンが付いてるから可愛い印象だけど、意外と胸の谷 間が見えて刺激的かも。さっきも何度か匠くんの視線が困った感じでチラチラ胸元を見ていたのを感じたし。誘惑できちゃうかな?って内心思ったりした。
あたしも試着してみて良かったのでこの水着を買おうって思った。試着室を出て値段を見たら三点セットで25,680円だった。うーん、ちょっと予算オーバーだった・・・
迷っているあたしに店員さんが「如何ですか?」って聞いてきて、もうちょっと考えますって言おうとしたところに、「これでお願いします」って匠くんが店員さんに答えてしまった。
「はい。畏まりました」にこやかな笑顔を浮かべた店員さんは、水着をあたしの手から受け取りレジへと持っていってしまった。
「匠くん!」
困って匠くんに呼びかけたけど、匠くんは笑顔で振り返っただけだった。いつもの通り「いいから」って告げて。
レジへ向かった匠くんは店員さんにカードを差し出した。店員さんから渡されたレシートにサインをして、さっさと会計を済ませてしまった。
「お待たせいたしました」
袋に詰められた水着があたしの胸元へ差し出された。戸惑いながらそれを受け取り、レジの前を離れた。
匠くんと並んで歩きながら呼びかけた。
「匠くん。これ・・・」
「ん、僕からプレゼント」
「だって、いつも匠くんに出して貰ってばっかりだし。悪いよ」
「その水着、萌奈美によく似合ってたし、萌奈美に着て欲しいと思ったんだ」
匠くんはこういうときとても真っ直ぐに気持ちを伝えてくる。そんな風に告げられると無碍(むげ)にできなくなってしまう。困って口を噤(つぐ)んだ。
そんなあたしを見て匠くんが修正案を提示した。
「じゃあ、足りない分を僕が出したってことでどうかな?」
顔を上げて匠くんを見た。
「萌奈美の持ってる分を僕が貰って、その分は萌奈美が自分で出したってことで、足りなかった分だけ僕が出したことにするのはどうかな?」
「・・・匠くんはそれでいいの?」
まだ素直に匠くんの好意に甘えられなくて聞き返した。
「僕は萌奈美にプレゼントのつもりだったんだけど、そもそも萌奈美が喜んでくれないんじゃ意味無いからね」
「そんな、喜ばないなんてことない」
匠くんに言われて、躊躇いながら答えた。
匠くんは不意に向き直って、顎に手を当ててあたしの顔を上向かせた。すごい至近距離から匠くんにまじまじと見つめられた。
「でも、こんなに冴えない表情してる。僕はもっと萌奈美に笑って欲しいな」
匠くんは優しく微笑みながら言った。
「うん・・・」
ちょっと無理に笑って頷く。
「駄目かな?」
匠くんはあたしの顔を覗き込んで首を傾げる。匠くんは本当に優しい。あたしのことをいつも一番に思ってくれる。ふんわりと幸せな気持ちになる。
「ううん。じゃあ、足りない分は匠くんに出して貰うことにするね。ありがとう」
今度は心からの笑顔で匠くんを見た。
「すごく嬉しい」
「うん。気に入ってくれてよかった」
匠くんもほっとした笑顔を浮かべた。
匠くんが選んでくれた水着を大切に抱き締めた。
「早く、萌奈美がその水着着たところ飽きるまで見たいなあ。って絶対飽きないけどね」
匠くんは軽い口調でそんなことを言った。
もう、って笑いながら、あんまり嫌らしい目で見てたら警備員の人にあの人痴漢ですって言いつけるからね、って冗談交じりに警告した。
「付き合ってるのに」
匠くんが心外そうに言ったので、「恋人同士だって嫌がることはしちゃ駄目なんだから」ってぴしゃりと言っておいた。言ってから可笑しくて、笑ってしまった。匠くんもあたしに釣られて笑い出した。
プールに行く日がいい天気になりますようにって二人でお願いしておいた。
 


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