【 FR(L)AG-ILE-MENT 】 ≪ Splash 第2話 ≫


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「萌奈美達って、まだ最後まで行ってないの?」
明後日のプールの待ち合わせ時間とかを決めている最中に、結香が突然そんなことを聞いてきた。
「何よ、突然」
突然の上あまりにあからさまだったので、恥ずかしくてちょっと怒ったように言い返してしまった。
あたしの声の調子に気付いて結香は一言「ごめん」って謝ってから、話を続けた。
「だってさ、萌奈美、毎日のように佳原さんの部屋行ってて、殆ど二人きりで何時間も一緒にいるんでしょ」
そうだよ、ってあたしは返答した。
「もうキスもしてて、お互い先に進むことに別に抵抗ある訳でもないんでしょ?それなのに、何で未だに最後まで行ってないのかなぁって、それ、却って不思議なんだけど」
そう改まって他人から指摘されると、そうかなって疑問が湧いてきた。
確かに匠くんの部屋で寄り添い合って映画のDVD見たり、ベッドに二人で寝転がって本読んだりして、合間に何度もキスしたり、そんな状況で普通は、そのまま、えー・・・その・・・SEX、しちゃったりするものなのかな。
それとあたしは、何となく泊まりがけでディズニーに出掛ける時がその時なのかなあって思い込んでもいた。
でも、結香の話によると初めてってかなり痛いし、少なくとも女の子の方は気持ちよくないし、それに初めての時って、終わった後も違和感があって気になった り、鈍い痛みがあったりして、それで一日中パークを歩き回るのはちょっと辛い感じだったりして、心から楽しめないかもよって脅された。それにホテルに一泊 するだけだったらそんなに気にしなくてもいいけど、何泊もするとなると初めてでシーツ血で汚しちゃったりしたらちょっと恥ずかしかったりしない?って指摘 された。
うーん、成る程。結香の言葉を聞いて考え込んでしまった。せっかく泊りがけでディズニーリゾート行くのに心から楽しめないんじゃ嫌だし、素敵な場所での初体験は嬉しいけど、かなり痛いんじゃ素敵な思い出にならないかもって思った。そんなことで急に悩み出していた。

そんな悩みが胸にひっかかっていたので、その夜匠くんと話している時はなんかぎくしゃくした感じになってしまったりした。
匠くんは途中で「どうかしたの?」って聞いて来たけど、あからさまに言うのは恥ずかしくて、誤魔化してしまった。こういうことって本当はちゃんと二人で解決することなんだとは思うんだけど。
電話を切る時、匠くんは「明後日、萌奈美の水着姿楽しみにしてる」って恥ずかしくも嬉しいことを囁いてくれて、電話を切ってから一人にやけてしまった。

◆◆◆

当日は朝からからっとした夏らしい青空が広がった。絶好のプール日和だった。
プールへは匠くんのオデッセイと、結香の彼氏の誉田さんが車を出してくれることに決まった。
8時にはもう仕度を終えて匠くんが迎えに来てくれるのを待っていた。
あまり飾らない普段着で出掛けることにした。レモンイエローのTシャツとモスグリーンのバミューダパンツにサンダルっていう格好。聖玲奈に借りた透明のビニール製のビーチバッグを肩にかけた。
「お、いかにも夏っぽいな」
リビングのソファで時間待ちしているあたしを見て、パパが笑いながら言った。
「プール行くから」ってあたしが答えると、
「いいねえ、青春だねえ」ってパパはよく分からないことを言っていた。
そこへ聖玲奈があたし達のやり取りに何それ?っていう視線を投げながら入って来た。寝起きの頭は寝癖でぐしゃぐしゃだった。こういう姿、聖玲奈のボーイフレンドに見せてあげたいものだって思った。
聖玲奈は恋愛に関しては常に用意周到、全く隙を見せないのだ。でもそういうものでもないんじゃないかなって、匠くんと付き合っていて最近あたしは思ってい る。お互い隙を見せ合って、油断して気を抜いた顔も見せて、そんな風な一緒の時間を過ごすことも大切なんじゃないのかなって思う。もちろん時々は気合を入 れた時間を過ごすのも大事だけど。
「お姉ちゃんが自分で選んだ割には、意外といい感じだったよ。水着」
聖玲奈にも買ってきた水着を着て見せたのだった。ちょっと意見が欲しくて。
聖玲奈の言う「いい感じ」っていうのはもちろん、男の人目線でセクシーだったり、露出度が高くての「いい感じ」っていうことだった。聖玲奈は今迄のあたし だったらてっきりワンピースか若しくはタンキニタイプの出来るだけ肌の出ている部分の少ない水着を買ってくるものと思っていたみたいだった。あたしだっ て、彼氏に見せる水着はそれなりに彼氏を誘惑しちゃうようなのを着るつもりなんだから。
「えへへ、これで匠くんを誘惑しちゃうんだから」パパがいなくなったのを確かめてから悪戯っぽくあたしが言ったら、聖玲奈はそんな事をあたしが言うなんて思ってもいなかったみたいで目を丸くしていた。
「萌奈美ちゃんいいなあ」
豊島園プールに行くのを知って、香乃音が羨ましそうな顔をした。今の台詞を聞かれなかったかすごく焦った。
「こ、今度一緒に行こうね」
適当な返事をしておいた。
「ほんとにー?夏休み中に絶対だよ」
香乃音はかなり疑わしげな眼差しであたしを見ている。
「ほ、ほんと。絶対」うろたえながら調子を合わせることにした。
「じゃあ、約束だからね」って指切りまでさせられてしまった。・・・貴重な夏休みの一日が費えることになったのを激しく後悔した。
時計を見たら約束の時間になろうとしていたので、あたしは立ち上がってダイニングにいるママに「じゃあ行ってきます」って告げて、玄関へ向かった。
「気を付けていってらっしゃい」
ママがダイニングから出て来て玄関で見送ってくれた。
「はーい、行ってきまーす」
安心させるように元気よく返事をして玄関を出た。
閉まるドア越しに、見送りに出て来てくれたママと聖玲奈と香乃音の三人がにこやかに手を振ってくれていた。
自宅から少し離れた通り沿いで匠くんと待ち合わせていて、その場所に着くと匠くんがもう待っていた。
「おはよう。ごめんね、遅くなって」
車を見つけて小走りに駆け寄った。
「おはよう。僕も今来たばっかりだから」
朝から陽射しが強いからか匠くんはサングラスをかけていた。ちょっとカッコいい。(もちろんいつもカッコいいんだけど、一段とカッコよかった。)思わず胸が高鳴った。
「じゃあ行こうか」
匠くんの言葉にどきどきする気持ちのまま慌てて頷いて助手席に乗り込んだ。

武蔵浦和駅前で他のみんなと待ち合わせていた。あたし達が一番乗りだった。
駅の東側のロータリーで車を停めて待っていると、駅の方から千帆と宮路先輩が仲良く階段を下りてきた。
「千帆!」
あたしが呼びかけて手を振ったら、気が付いた千帆も笑って手を振り返した。
あたしと千帆はいつも学校でするように「おはよう」って挨拶を交わした。
それから千帆の隣に立つ宮路先輩に「おはようございます」って頭を下げた。
「おはよう」
そう言う宮路先輩は何だか少し慣れない感じだった。学校以外の場所で会うのに少し違和感を感じてるのかも。
「おはようございます。萌奈美の友達の櫻崎千帆(さくらざき ちほ)です」
千帆はあたしの後ろにいる匠くんを見て、挨拶を告げて頭を下げた。
「どうも。佳原匠です」
匠くんも軽くお辞儀を返して言った。そして宮路先輩へも視線を向けて会釈した。
「初めまして。宮路融(みやじ とおる)です」
「一学年先輩で千帆の彼氏」あたしは補足した。
「匠くんとは後輩だね」って付け加えた。
「あ、そうなんですか?」
宮路先輩は話の接ぎ穂を得て、笑って聞き返した。
「ええ。匠くんも市高の卒業生なんです」間に立ってあたしは説明した。
「まあ、よろしく」
匠くんは大人びた挨拶をした。
そんな匠くんの様子を見て、内心可笑しくて笑いそうになってしまった。自分のことはすっかり棚に上げて、不器用だなあって思ったりした。
宮路先輩も「はあ」って曖昧な返事をしていた。
それから少し経ってロータリーにミニバンが一台やって来た。ちょっと厳(いか)つい感じの車だった。
「お、ヴェルファイア」
匠くんが目を細めて呟いた。
その車は匠くんのオデッセイの前の空いていたスペースに停車した。助手席の窓が下り、笑顔の結香が顔を見せた。
「おっはよー。待ったー?」
「すいません、遅くなりました」
運転席から男性が降りて来て、あたし達に向かって申し訳なさそうに頭を下げた。ちょっと見外見は今風だけど、感じの良さそうな人に見えた。この人が結香の彼氏なのかな?
「そんなに待ってませんよ」匠くんが落ち着いた声で答えた。
「えっと、紹介するね」
車から降りてきてみんなの間に入って結香が告げた。
「彼、誉田敦史(ほんだ あつし)。社会人でIT会社に勤めてるの」
誉田さんは結香に紹介されて「よろしく」って頭を下げた。
顔を上げた誉田さんは結香に小声で「呼び捨てにするなよ」って抗議していたけれど、結香は聞く耳持たずといった風に完全無視していた。
「こちらが友達の櫻崎千帆ちゃん。茶道部員で見た通りのおしとやかな女の子なの」
結香からおしとやかと紹介されて千帆はやや照れた感じで慌ててお辞儀をした。
「櫻崎です。初めまして」
「おしとやかな女の子が結香の友達っていうのがちょっと腑に落ちないんだけど」誉田さんは真面目な顔で茶々を入れた。
うっさいわねぇ、って結香がすかさず肘鉄を食らわした。うーん、この二人っていつもこんな風なんだろうなって分かるようなやり取りだった。あたし達は二人のコントのようなやり取りが可笑しくてくすくす笑った。
「えー、で、こちらが宮路先輩。先輩、下の名前、融(とおる)でしたっけ?」
訊ねた結香に宮路先輩は笑って頷いた。
「あたし達の一コ上の先輩で放送部の部長さん。それで千帆の彼氏」
そう紹介されて宮路先輩は改めて誉田さんに頭を下げた。
「それからこちらが友達の阿佐宮萌奈美(あさみや もなみ)ちゃん。」
結香に紹介されて、自分でも名前を告げてお辞儀をした。
「初めまして。阿佐宮萌奈美です」
「どうも」
誉田さんは人懐こそうな笑顔で答えた。あ、この人ならすぐ打ち解けられるかも、ってそんな笑顔だった。
結香が紹介を終えて、ちらりと匠くんへ視線を向けた。
はたと気が付いて、慌てて匠くんを紹介した。
「え、と、こちら佳原匠くんです」
「どうも。佳原です」
あたしの紹介を受けて、匠くんは結香達に軽く会釈した。
「阿佐宮さんの彼氏?」
誉田さんが今更のように聞いて来たのであたしが答えようとしたら、それより早く匠くんが口を開いた。
「ええ、まあ」
それを聞いて、思いっきり不満を感じて匠くんを振り返った。
何でもっとはっきり「そうです」って答えてくれないのかな。「ええ、まあ」ってどういうこと?匠くんにそう問い質したい気持ちが喉まで出掛かった。
匠くんの返事に誉田さんも拍子抜けしたように目を丸くしていた。
「ところで、まだ一組来てないわね」
思い出したように結香が周囲を見回しながら言った。
結香の言うとおり春音と冨澤先生がまだ到着していなかった。
「ひょっとして来られないのかな」
心配そうな顔で千帆が呟いた。あたしももしかしたらって懸念を感じていた。
やっぱり、女子生徒と先生がその生徒の友達と一緒のグループデートに参加するなんて普通だったら引いちゃうかも、って内心心配だった。地元じゃないとは言え、若者が集まるプールなんて誰か知り合いに見られてバレる可能性だって高い気がするし・・・
そんなことを考えてあたしも千帆も胸の中で、もしかしたら来ないかもって思い始めていた。
「あ!」
不意に結香が頓狂な声を上げた。結香の見ている方に視線を向けたら、駅からの階段を降りてくる春音と冨澤先生の姿があった。
二人の姿を見てあたしと千帆は揃ってほっと安堵していた。
「遅くなってごめんなさい」
あたし達の前へ来るなり、春音が謝った。
「ううん、そんなに待ってないよ」
みんな少し戸惑っていたので、あたしが取り合えずそう答えた。
「どうも。冨澤です」
春音の後ろから一歩歩み出て先生が名乗った。
あたし、千帆、結香、それに宮路先輩は条件反射の如く「おはようございます」って大きな声で挨拶して頭を下げた。
「おはよう」
答える冨澤先生は苦笑混じりだった。
匠くんと誉田さんの二人は呆気に取られたようにあたし達の揃い過ぎた動作を見ていた。
それから春音は面倒くさそうに先生を紹介した。
「彼、冨澤優(とみざわ まさる)さん。えー、皆さんの多くはご存知かとは思うけど、市高の先生をしてます。宮路先輩とは放送部の部長、顧問の間柄でよくご存知ですよね」
そう説明されて冨澤先生と宮路先輩は少し気まずそうに視線を交わした。
「で、まあ、余り大きな声では言えませんが、あたしと先生は付き合ってます」
そう話す春音より冨澤先生の方が気恥ずかしそうだったし所在なさ気だった。
それにしても、こうして二人並んで立って付き合っている事を本人から告げられても、未だに二人が恋人同士っていうのにはピンと来なかった。
「積もる話はあるかも知れないけど、取り合えず道が混む前に早いトコ出発しない?」
春音は冷静にそう提案した。

匠くんのオデッセイに匠くん、あたし、春音、冨澤先生が乗り、誉田さんのヴェルファイア(っていう車だって匠くんに教えてもらった。誉田さんは自分のじゃ なくて父親の車なんですって説明していた。それと誉田さんは匠くんのオデッセイをぐるりと眺めて、やっぱりオデッセイ、カッコイイっスね、って呟いてもい た。あたしはそれを聞いて、そうだよね、カッコいいよねって自慢したい気分だった。あたしの車でもないんだけど。)に誉田さん、結香、千帆、宮路先輩が乗 ることになった。
「先生、来ないかと心配しちゃいました」
あたしは助手席から後部座席の冨澤先生と春音を振り返って話しかけた。
「うん。春音から話をされた時は、正直どうしようか悩んだんだけどね。あんまり大っぴらにデートしてると何処で誰の目に留まるか分からないし」
冨澤先生は苦笑しながら答えた。
「でも、せっかくの夏休みだしね。春音にも普通の高校生らしいデートも楽しませてあげたいなあと思ったし」
「こういう間柄だと、どうしても普段人目を忍ぶ付き合いしかできないもんね」
春音は横から口を挟んだ。
「うん、そうだね」
そう答える冨澤先生は少し申し訳なさそうだった。
「佳原さんは、阿佐宮さんとどういうトコに出掛けるんですか?」
冨澤先生は歳の近い匠くんに話しかけた。
「いや、別に普通ですよ。映画観に行ったり、水族館とか動物園とか、遊園地とか。近場だと近所の図書館行ったり、大きな公園でのんびりしたり、あとは部屋でDVD観たりとか」
「へえー、何かすごく恋人同士らしい過ごし方ですねえ」
そう言う冨澤先生は少し羨ましそうな感じだった。
「そうなんですか?」
匠くんは正面を向いたまま、ちょっと首を傾げた。
「萌奈美と佳原さん、8月にディズニーリゾートに泊りがけで行くんだよ」
春音が何気なさそうに教えた。
あたしは内心ひやっとしていた。生徒が彼氏と泊りがけで出掛けるって先生が聞いて一体どうなんだろう?
「へえー。そうなんだ」
先生は素直に感心している。がくっ。それって先生たる人の反応としてはどうなの?
「ディズニーシーのミラコスタにも泊まるんだって。すごいよね」
そう話す春音に、冨澤先生はふと気がついたように「春音、ディズニーとか好きだったっけ?」って聞き返した。
「んー、別に特別って程でもないけど。でも嫌いじゃないよ。やっぱり行くとテンション上がるし、ミッキーとか観るとすごーいとか思うし」
「そうだったんだ」
春音の返事を聞いて冨澤先生は意外そうだった。
「じゃあ、今度、僕達も行こうか?」先生が提案した。
「連れてってくれるの?」
春音が聞き返したら、冨澤先生はくしゃっと笑った。
「もちろん」
「なら、行く」
春音は大して嬉しくもなさそうに答えた。
二人のやり取りを聞きながら、でも春音が本心ではすごく喜んで楽しみにしていることが分かって微笑ましかった。
この二人が付き合っていることにやっと少し納得できる気持ちになった。

思ったより豊島園に向かう車中での会話は途切れることもなくてほっとした。
途中千帆に電話をかけたら、向こうはこちらより会話が盛り上がっているみたいだった。電話越しに誉田さんらしき笑い声が響いている。結香は人見知りしない し、誉田さんも打ち解けやすい性格みたいだし、宮路先輩も親しみやすい性格なので、話が途切れないらしい。よかったって思った。
「冨澤先生は夏休みの予定は?」
匠くんが社交辞令的な話題を振った。
「いやー、意外と休めないんですよね。補習とかあるし、当番で出なきゃいけない日もあるし。それに放送部の部員が熱心で、部活が結構入ってるんですよ」ちょっとぼやき混じりの返事だった。
「あ、千帆も言ってた。放送部の部活が多くて、宮路先輩と二人で出掛けられる日が全然ないって、冨澤先生のこと恨みがましく言ってましたよ」
千帆の話を思い出してあたしは口を挟んだ。
「それって僕のせいじゃないよ。部員達で予定立てたんだから。とんだ濡れ衣だよ」
あたしの話を聞いた冨澤先生は心外そうにぼやいた。
言い方に如何にも心外な感じがよく表れていて、声を上げて笑ってしまった。
「阿佐宮さんさあ、あとで櫻崎さんの誤解、解いといてよ」
冨澤先生に懇願されてしまった。
あたしの「はあい、わかりましたあ」って気のない返事に、バックミラーの中の先生が疑わしい視線を助手席に送って来た。
「じゃあ、先生と二人で何処か行く予定ないの?」
先生の視線には気付かない振りをして、春音に質問した。
春音はんー、って唸った。
「まあ、日帰りで行く位かなー」
関心なさそうに話す春音の視線は流れていく景色を追っていた。
「そうなんですか?先生」
冨澤先生にも聞いてみた。
「うん、僕は出掛けたいと思ってるんだけど、彼女があまり乗り気じゃないんだよね。遠出とか好きじゃないみたいだし」
苦笑しながらそう先生は答えていたけれど、でもあたしはちょっと疑問を感じた。
そうかな?春音は乗り気じゃないのかな?気にはなったけど、あまり二人のことに口を挟むのもでしゃばり過ぎのような気がしたのでそれ以上聞くのは止めておいた。春音は相変わらず退屈そうに流れていく景色を車窓からぼんやり眺めていた。

渋滞に嵌(はま)ることもなくあたし達の乗った車は豊島園に到着した。
あたし達八人は、浮き輪を抱えた家族連れや若い男女のグループに混じって、プールのある方へと園内を進んだ。
豊島園プールはウォータースライダーがスゴイらしかった。何種類かのスライダーがあって結構楽しいらしい。あと、波のプールっていうのもあるのだそうだ。
男女で更衣室前で別れて、水着に着替えたらまた同じ場所で待ち合わせすることにした。
春音は一人すたすたと女子更衣室へと入って行ってしまったけど、あたしと千帆と結香は男子更衣室に向かう男性陣にそれぞれ「じゃあね」って言って手を振っ た。男性陣もまちまちに手を振り返してくれた。匠くんは多少恥ずかしそうに小さく手を掲げてて、誉田さんはにこやかにとても自然に手を振り返した。宮路先 輩は爽やかな感じだった。千帆の方がむしろ恥ずかしがってる感じだった。男性陣の中で一人冨澤先生は少し寂しそうだった。・・・春音ももうちょっと愛想良 くしてあげたらいいんじゃないのかな、って心配になった。
後で匠くんに聞いた話だと、男子更衣室に入ってから誉田さんが哀れむ感じで冨澤先生に慰めの声をかけたのだそうだ。
「冨澤先生、ちょっとツライっすね。春音ちゃんてすごいクールなんですね」
冨澤先生は「あはは」って苦笑いを浮かべながら相当へこんでたみたいだけど、「いや、でも本当はとても優しくて気持ちの温かいコなんですよ」って春音を弁護したんだって。うん。冨澤先生、春音のこと分かってるよね。あたしは冨澤先生を見直した。
それと先生はこうも言っていたそうだ。「あの、先生っていうのはやめにしませんか。そう呼ばれると、なんか、こういうトコに来てても、どうしても肩書きから離れられない感じがして・・・春音とも、なんか、カップルって感じで振舞えない気がして」
それを聞いて、匠くんも誉田さんも宮路先輩も二人に対して意識してカップルとして接しようって決めたのだそうだ。
誉田さんは先生に言ったらしい。
「じゃあ、先生、じゃなくて、冨澤さんも、志嶋さんにしっかり彼氏として接してあげてくださいよ。俺たちできる限りフォローしますから」
匠くんも宮路先輩も誉田さんの言葉に頷いたそうだ。
とまあ、男子更衣室ではこんな密約が交わされてたってことを、着替え終わって合流してから教えられて、あたし達も春音と冨澤先生の名付けてラブラブカップ ル大作戦に協力させられることになった。(ところで、この作戦名って誰がつけたの?って、あんまりベタなネーミングだったので聞いたら、誉田さんが命名し たとのことだった。)
女子更衣室はやたらと混んでいた。多少人が少ないロッカーエリアであたし達四人はそそくさと着替えた。
お互いどんな水着かやっぱり気になった。着替え終わってちらちらと三人の水着を確認すると、みんなそれぞれ似合っていた。
結香は明るい赤を基調とした花柄プリントのビキニタイプで、結構セクシーなデザインだったけど胸元にリボンが付いていたり、ボトムにフリルが付いていて可 愛らしさもある水着だった。何より結香の胸はあたし達女子の間でも定評があった。聞くところではEカップらしい。あたしは思わずごくりと生唾を飲み込ん だ。
春音は白と黒を基調にしたやっぱりビキニタイプで結構大人っぽかった。春音って結構胸とか大きかったんだ、って水着姿を見て初めて知った。うーん、大人っぽいし、セクシーだ。しばし見惚(みと)れてしまった。
あたしと千帆は溜息をついた。それから千帆がぽつりと零した。
「はあー、いいなあ、結香も春音もスタイル良くて」
「そうだね」あたしは同意した。
「でも、千帆の水着姿もすっごく可愛いよ」
あたしの言葉にも千帆の表情は浮かなかった。
そりゃあ、結香や春音と並んじゃうと胸とか貧弱な感じはあたしも千帆も否めないけど、別にミスコンに出場する訳でもないんだから。
魅惑的な結香の胸元や大人っぽくてセクシーな春音の水着姿に、もしかして匠くんが見とれちゃわないか、少しは不安がない訳ではないけれど、でもあたしは匠 くんがあたしを見ていてくれてればそれでいいんだもん。匠くんがあたしの水着姿を見て可愛いよ、似合ってるよって言ってくれて、魅力的に感じてくれて、そ れで匠くんの視線を釘付けにすることができれば、それでいいんだし。
千帆だって宮路先輩が千帆の水着姿を褒めてくれて、千帆のことだけを見てくれてればそれでいいんじゃないのかな。結香とも春音とも張り合う必要なんか何処にもないんだよね。っていうような話を千帆にしていたら、それを聞いていた結香と春音が「そうそう」って頷いた。
「大体、敦ちゃんとは今年もう何回かプール行っちゃってるから、今更あたしの水着姿に新鮮さ感じないだろうしさ。多分春音達の方に視線行っちゃうんだろうなあ」結香はちょっと不満そうな顔をして言った。
続いて春音も「冨澤もそういうの表(おもて)に出ないから水着着たところで張り合いないんだよね、そもそも裸見せたところで大して感動も興奮も欲情もしない感じなんだから」って面白くなさそうに言った。
何だか実も蓋もない春音の言葉だった。あのー、17歳の乙女の恥じらいもときめきも微塵もない言葉なんだけど・・・本当に冨澤先生の事好きなの?あたしはますます心配になった。
結香は千帆に向かって「宮路先輩は絶対セクシー系より可愛い系の方が好みだと思うよ、千帆、宮路先輩に水着姿見せんの初めてでしょ?千帆の水着姿すっごく可愛いから宮路先輩多分恥ずかしくて千帆の水着姿まともに見れないと思うなあ。何なら賭ける?」なんて話していた。
千帆も結香の言葉に元気を取り戻してくれて、あたし達は待ち合わせ場所に向かった。千帆にああは言ったけど、みんなの後を歩きながら心の中でどきどきしていた。匠くんはどんな反応するんだろう?

待ち合わせ場所に戻ったら男性陣はもう着替え終わって先に待っていた。
「お待ちー」
結香が元気よく声をかけた。男性陣が一斉に振り返る。
あたしは匠くんを見ていた。
振り返った匠くんはすぐにあたしを見つけて視線が止まった。
「お待たせ」匠くんに笑いかけた。
「ああ、うん」
匠くんはどぎまぎした感じで、あまりはっきりとあたしの方を見てくれなかった。あたしの水着姿見るの初めてじゃないのに。
結香と誉田さんは結香の話した通り、慣れた感じで自然に笑って話してる。
千帆と宮路先輩はいかにも高校生カップルらしく初々しい感じでお互い少し照れてるみたい。千帆の心配も取り越し苦労で宮路先輩は千帆以外を見ることもなくて、二人はいい感じだった。
春音と冨澤先生は特に会話もないようで、っていうか冨澤先生が何か言うのを春音が気のない様子で聞き流しているようだった。冨澤先生って打たれてもめげない性格なんだ。根性あるなあ。ちょっと涙ぐましい感じだった。
なんて、他の人達を気にしている場合じゃなかった。あたしは匠くんのハートをがっちり捕まえとかなきゃいけないんだから。心の中で一人気合を入れた。
 


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