【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ Cheers! ~ほろ酔い女子は今宵もそぞろ歩く (5) ≫

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オーダーから少しして飲み物が運ばれて来て、テーブルの上には各自頼んだお酒が並びました。
あたしはシンガポール・スリング。
下館さんは楽しみは後に取って置くそうで、まずは生ビールから入りました。あたしも後でご相伴に与って、幾つか日本酒を味見しようと思います。
笹野さんはビッグアップルっていうカクテルをオーダー。笹野さんもカクテル好きらしく、気が合う予感がします。
飯高さんはアルコール軽めのファジーネーブルを頼んでいます。飲み物を選ぶ時も飯高さんは、笹野さんに顔を寄せて意見を聞いてました。仲いいですねっ。
生ビールは下館さんの他に高来さんも頼んでいました。所謂「取り敢えず、生」派のようです。
小柳さんはグラスでイタリアンワインを注文。ワインの品揃えも多いので、こちらも後で幾つか味わいたいと思います。
初島さんもカクテル派でしょうか、ミモザっていうカクテルをオーダーしました。
飲み物が届き、小柳さんが再度音頭を取ります。
「じゃ飲み物が来たし、折角なので乾杯しましょうか」
視線でみんなに問う小柳さんに、同意を示して小さく頷き返します。みんなから同意を得られて小柳さんも満足げに一つ頷きます。
それから、んー、と視線を宙に向け小さく唸りました。
「では、飯高さん、笹野さん、ご両人のご婚約と、並びに本日このメンバーでお近づきになれたことを祝して、乾杯!」
なかなかによい乾杯理由だと思います。小柳さんって進行役得意ですね。ちょっと心の中で感心します。
小柳さんに続いて、一同多少控えめな声で乾杯を唱えます。
こうして飲み会がスタートしました。
間もなく注文した料理も順次運ばれて来て、特に決まった流れもなく好き好きにお喋りしながら、美味しいお酒と料理に舌鼓を打ちました。

酒宴が進み、みんなの飲み物のオーダーもそれなりの数を重ねた頃。
あたしは幾つかのカクテルを楽しんだ後、下館さんが日本酒にチェンジするのを切っ掛けに、自分も日本酒を注文しました。
あたしが日本酒を注文するのを見て、小柳さん、笹野さん、初島さんが声を揃えて「意外」と口にしました。
「仙道さん日本酒飲むんだ」
「あ、はい」
「えー、何かそんな感じに見えない」
初見の方からはまず言われるんですよねー、これ。「お酒が強そうには見えない」とか。
「飲む種類なんかは割りと限られるんですけど」
何回となく聞かされた感想に、苦笑を返しつつ補足します。
「どういうこと?」
「甘めで、口当たりのいいスッキリした味わいのものが好きなんですよね。だから、あんまり辛口なのとか本格的なのは飲まないんです」
「はー、そうなんだ」
問われて説明するあたしに、小柳さんが相槌を打ちます。
このお店のドリンクメニューには、客がチョイスしやすいように全部のお酒に短い説明が添えられていて、今注文した「幻」っていう日本酒も、「甘口、フルーティーな味わいの甘さ、すっきりとしていて普段日本酒を飲まない人や女性に人気!」ってあって、まさにあたしの好みにドンピシャ!の一品でした。あと、「十四代」ってお酒では「マスカットやメロンのような芳醇な香り」だとか、「福錦 Fu.」っていうのには「もはやスイーツ!とにかく甘い、日本酒を敬遠してた女性も一口飲んでビックリ!」なんて書かれてて、女心を絶妙に擽ってきます。憎いですね。気になるコメントに釣られてオーダーを繰り返していたら、気付いた時には大変なことに。そんな事態に陥ってしまいそうです。と言いつつも、今紹介した二つは後で注文する予定でいるんですけど。
「それなりに量飲んでもあんまり酔っぱらったりはしないので、アルコール耐性は結構あるみたいです」
「それはスゴイと思う」
「見かけによらないよねー」
初島さん、笹野さんからも感想を頂きました。
「よく言われます」
「だろうね」
肯定するあたしに、初島さんがさもありなん、と言いたげに頷きます。
「仙道さんみたいなコって、大抵お酒弱いってのがセオリーよね」
小柳さんの見解に、笹野さんも何度もうんうん、って首を縦に振ります。
有りがちですよね。度数の低いカクテル一杯で顔赤くしちゃうようなタイプの女の子。
「あたし、アルコール弱いんですー、って頬赤らめて、酔ってるのを出汁にして意中の男性に“か弱いアピール”するんですよね。知ってます」
あたしには無理ですけど。飲んでもさっぱり顔赤くなりませんもん、残念ながら。
あたしの発言に三人とも目を丸くしています。
そして、初島さんがアハハって声を上げて笑いました。
「仙道さん、ホント見ためと違うのね。いいと思うよ」
笹野さんも、うん、って頷いて、
「あたしも。好感度上がった」
そう言ってくれました。
あ、そうなんですね。ありがとうございます。
お二人の中であたしの好感度が上がったらしく、嬉しく思いました。
「カクテル一杯で顔赤くなっちゃうって、それ飯高さんじゃん」
下館さんが、横から話に加わってきました。
「ホントだ」
「乙女か!」
笹野さんと初島さんがケタケタ笑い合っています。まだ見た目そんな感じには見えませんが、思ったよりお二人酔いが回ってるんでしょうか。
からかわれた飯高さんは「何だよー」って弱々しく抗議しています。ただでさえ男性が女性三人に囲まれて口で勝てるとは思えませんが、酔っぱらってる女性が相手となれば勝機は限りなくゼロに等しいでしょう。
飯高さんは一杯目のファジーネーブルこそ飲み干していましたが、二杯目に頼んだカシスソーダは三分の一を残したまま、笹野さんの助言に従い今はノンアルコールのカクテルを飲んでいます。確かにこの中で一番飲んでないにも関わらず顔真っ赤ですね。乙女ですか。
あたしが頼んだ日本酒がテーブルに届いて、一口飲んで期待したとおりの美味しさに満足げな笑顔を浮かべるのを見て、笹野さんから問われました。
「美味しい?」
「はい。美味しいです」
間髪入れぬ返答に、笹野さんも食指を動かされたみたいです。
「味見してみます?」
「する」
聞いてみれば二つ返事で首を縦に振る笹野さん。
あたしから江戸切子のグラスを受け取り、口を付けた笹野さんは驚きに目を瞬かせました。
「ホント。甘くて飲みやすくて美味しい!」
好意溢れるコメントを頂きました。
これ迄笹野さんは日本酒とはあまり縁がなかったそうです。そう言うあたしだって、下館さんの教えあってのことではありますけど。
「あたしも味見させてもらっていい?」
笹野さんが絶賛するのを聞いて、初島さんも気になったのか、味見を乞われました。
もちろん、どうぞどうぞ。日本酒好きが増えてくれるのはあたしとしても無類の喜び。喜んでグラスを回します。
「ホントだ。美味しいわね」
味見した初島さんからも好感触の反応が返ってきました。
二人にも気に入ってもらえてよかったです。
「あたしも下館さんに教えてもらうまでは、日本酒を全然口にしたことなかったんです」
ここぞとばかりに師匠である下館さんの素晴らしさを喧伝します。
「下館さん、お酒に強いだけじゃなく、すごく詳しいんですよ。どういうお酒が飲みたいか希望を言うと、期待した通りのお酒が飲めるお店に連れてってくれるんです。今までも色んなお店に連れて行ってもらってて、自分がどんなお酒が好きなのか、自分の好きなタイプのお酒にはどんなものがあるか知ることができましたし、お酒の楽しさを沢山教えてもらいました」
口角泡を飛ばすかの如く熱弁を奮うあたしに、笹野さん、初島さんはちょっと引いてるみたいです。
「そ、そう」
「スゴイね…」
そう、下館さんはすごいんです。
「はい!あたしにとっての師匠です」
そうですよね!力強く下館さんを見て同意を求めれば、下館さんも若干引いてるご様子。あれ?
「ま、まーね…」
アハハ。笑ってる口元が幾分引き攣ってるようにも見えます。あれえ?
ま、まあ、気を取り直して。
「もし良かったら、笹野さん達も下館さんに師事されてみてはどうでしょう?」
下館塾にお二人を勧誘してみます。
「決して無理に飲ませたりとかはないですし、とても楽しくお酒を飲めるんですよ」
ですよね?って下館さんを見ると、下館さんは、うむ、という感じで重々しく頷き返します。
「お酒が好きだったら一緒に飲みに行ってみない?自慢じゃないけど、お酒に関してはちょっと自信あるの」
おお、頼もしいお言葉。流石は我が師匠です。
「面白そうかも」
「うん」
段々と乗り気になってきたらしいお二人。
よし!いいですね。新たな門下生を迎えて、下館塾はますます充実ですね。下館さんの教えの下、お酒の奥深い世界を知るため、これから共に手を携えて邁進して参ろうじゃありませんか。
一人胸の内で熱く盛り上がるあたしでした。
笹野さんは結構お酒が好きなのだそうですが、飯高さんはあの通りアルコールはからっきしなので、お酒を楽しめる知り合いが増えて嬉しい、そう心境を語ってくれました。あたしも一緒にお酒を飲みに行く知己を得ることができ、大変嬉しく思います。
あたしが先刻思っていた通り、笹野さんはカクテル好きだそうです。お酒はそこそこ飲める方だと思う、とのことでした。やっぱり気が合いそうですね、あたし達。もっと沢山の種類のカクテルを飲んでみたり、あとさっき飲んで美味しかったので日本酒と、それからワインも見識を広げたいと思っているそうです。いいんじゃないでしょうか。
笹野さんが話してくれた抱負はあたしと重なる部分が多く、あたしにとっては願ってもない同好の士の加入です。ワインはあたしも手を伸ばしたいと此処最近思っていたところでして。まさに好機到来。共に杯を傾けながら、お酒について心ゆくまで語り合いたいですね。

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