【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ Cheers! ~ほろ酔い女子は今宵もそぞろ歩く (4) ≫

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それから数週間後の金曜の夜。
集った人数は当初考えていた倍に膨れ上がって七名。
「どういう面子なの?これ」
あたしの隣に座る下館さんが、皆を代弁するように疑問を発しました。確かに最初に言い出したあたしでも、意外に思う参加者がいたりしますが。でも、かく言う下館さんのことも、なんでこの席にいるんだろうって疑問を抱いてる人がいるんじゃないかなあと、あたしは推測しております。
場所はお任せしてたんですけど、飯高さん、笹野さん、高来さんの三人で相談し合って決めたそうです。因みにお酒と料理の両方が楽しめるお店をコンセプトに選んだとのこと。ふむふむ。いいんじゃないでしょうか。
それでお集まりの顔ぶれについてなんですが、初対面同士の方もいるようです。そう言うあたしも全くの初対面の方がお一人。笹野さんとは直接お話したことこそまだないものの、お姿は既に何回か拝見してますので、あたし的にはあまり初対面って印象はありません。
「まあまあ、初対面の人もいるようなので、まずは改めて自己紹介から始めましょうよ」
この中で最年長らしく、笹野さんの右隣に座っている女性が率先して仕切り役を引き受けてくださいました。
「皮切りにまずはあたしから。小柳珠栄(こやなぎ たまえ)って言います。総務課で笹野さんの隣に座っている縁で、今夜は参加させてもらいました」
成る程。そういう関係なんですね。疑問が一つ解けました。それと小柳さんとはあたし前に一度お会いしてるんですよね。あの時あたし泣いてたので、今夜こうしてお会いしててちょっと恥ずかしいんですけど。でもあの時は泣いてるあたしを心配してくださって、お世話になったんですよね。後で改めてあの時のお礼を言おうと思います。
「以下時計回りで順番に。という訳で笹野さん」
小柳さんがそう言って、左隣に座る笹野さんにバトンタッチします。
「あっ、はい」
お鉢が回って来た笹野さんですが、回って来た順番が早かったからか、ちょっとワタワタしています。
「笹野恵美です。えーっと…」
名前を名乗ったその後、何を話していいか頭の中でまとまらない様子。
「既にみんなご存じのことと思うけど、飯高さんのフィアンセね」
思案中のままなかなか喋り出せない笹野さんを見かねてか、小柳さんが後を継ぎます。
「あっ、はい。この度、飯高さんと婚約しました」
小柳さんの紹介を受けて、笹野さんは恥ずかしげにぺこりと小さくお辞儀をしました。
「お二人のご婚約を祝しまして、はい、一同拍手ーっ」
小柳さんの掛け声に釣られて、みんなでパチパチと拍手しました。控えめながら上がった拍手の音に周囲のテーブルのお客さんは何事?という顔付きでこちらのテーブルを振り返ります。自分が原因で注目を浴びることになって、笹野さんと飯高さんは恥ずかしそうに小さくなっています。
「えーお次、そのお隣ですけど、飯高さんはまさか知らない人いないと思うんで、今更自己紹介する必要ないからスキップね」
小柳さんの独断で飯高さんの自己紹介は省略されてしまいました。まあおっしゃってることは確かにその通りなんですけど。飛ばされた当の飯高さんはちょっと複雑な顔してます。分かるけど納得し難い、みたいな。
「えー、高来章司(たかき しょうじ)です。営業部で飯高さんの後輩です」
飯高さんの様子を気にしつつ、隣の高来さんが自己紹介を始めます。
「飯高さんは俺にとって心から尊敬する先輩ですし、笹野さんとも親しくさせていただいてて、お二人の婚約は本当に自分のことのように嬉しく思います。飯高さん、笹野さん、本当におめでとうございます」
「ありがとうございます」
真摯な口調で気持ちを伝える高来さんに、飯高さんはちょっと照れくさそうです。高来さんのお祝いの口上に、笹野さんも頭を下げてお礼を返します。それにしてもこういう時にしっかりと気持ちを伝えられる高来さん、カッコいいですね。周りの若手女性社員の間で結構人気があるって聞くんですが、成る程それも頷けます。
次に挨拶したのは高来さんの隣に座っている女性。この方とは本当に初対面です。
「初島翠(はつしま みどり)、恵美の同期です」
あー、そうなんですね。笹野さんのご友人なんですね。同期とのことですが、察するところお二人は親友の間柄なんでしょうね、きっと。
「あと、隣にいる章司とは恋人同士です」
えっ!照れるでもなく淡々と高来さんとの仲を公表した初島さんに、ビックリして危うく大きな声を上げてしまいそうになりました。きっとあたし以外にも驚いた人がいる筈です。
そーですか、高来さんやっぱり彼女いたんですねー。そういえばいるって聞いたことあった気もします。もしかしたら聞き流してたかも知れません。
同期の山部さんや坂入さんから、高来さんを交えての飲み会の開催を所望されてたんですが、残念!二人とも失恋決定です。(決して喜んだりしてませんよ。)
「高来さんの彼女ねー」
下館さんが成る程成る程って頷いています。
それにしてもクールっていうんでしょうか。実に淡々としてて、むしろ高来さんの方が恋人って紹介されて照れてる感じです。どうなんでしょう。意外な組み合わせにも見えるし、お似合いなようにも思えるし。なかなかに奥深いものがありますね、男と女って。なーんて、男女交際未経験のあたしが、何を分かった風なことを言ってるんでしょうか。
さて、お次はあたしの隣に座る下館さんに順番が回ります。
「下館紗由理(しもだて さゆり)です。営業部で仙道さん、飯高さん、高来さんの同僚です。仙道さんが飯高さん達と飲みに行くって耳にして、今夜は参戦させてもらいました」
参戦って。別に対決しに来た訳じゃありませんよ。楽しく和気藹々とした飲み会なんですけど。その筈ですよね。大体、下館さんと飲み対決したって誰一人敵いませんから。そんなことしたら飲み会が終わった後には、この場の下館さん以外の全員が酩酊状態で倒れ伏す惨状が広がることでしょう。
「あはは、お手柔らかにお願いします」
やはり参戦という一言に不安を感じたのか、部署の飲み会で何度も下館さんの酒豪ぶりを目の当たりにしている飯高さんは、ご自身がお酒に弱いこともあって、戦々恐々とした様子で下館さんに手加減をお願いしています。
いよいよあたしの番となりました。
「仙道智華(せんどう ちか)です。飯高さん、高来さんとは同じ課で、お二人にはいつも大変お世話になっています」
奥様ではないけれど、それぞれ婚約者、恋人というご関係なので近いものがあるんじゃないだろうかと思い、普段お世話になっているお礼を笹野さん、初島さんに述べました。お二人とも感謝の内容に若干腑に落ちない感はあるものの、小さく会釈を返してくれます。ちょっと小首を傾げてますけど。
「飯高さん、笹野さん、この度はご婚約おめでとうございます」
それからお二人にお祝いの言葉を送りました。
「ありがとうございます」
飯高さんと笹野さん、声を揃えての返礼がお二人から届きます。
あたしを見る飯高さんの眼差しは、少々困惑してるように見えます。あたしがどういうつもりでお二人を祝福してるのか、判断に迷っているのかも知れないですね。
では、笹野さんはどうなんでしょうか。笹野さんはあたしが飯高さんに片想いしてたこと、あたしが飯高さんに告白したこと、ご存知なんでしょうか?そう思って笹野さんに視線を向けますが、笹野さんの瞳は穏やかさを映していて、そこには動揺や困惑は読み取れません。目が合った笹野さんから微笑みを返されました。何でしょう。ちょっと困ったようなそんな感じにも見える笹野さんの微笑みは、何だかあたしを許してくれているようにも思えました。
ああ、きっと笹野さんはあたしの気持ち知ってるんですね。だけど、あの頃とは少し違う今のあたしの気持ちを知って欲しくて、あたしからも笑顔を返しました。どうでしょう、笹野さんに理解してもらえたでしょうか?あたしの今の気持ち。
「一通り自己紹介も済んだので、飲み物オーダーしちゃおうか」
全員の自己紹介も終わり、小柳さんの言葉を切っ掛けにみんなでメニューを開きます。
和風をベースにした創作料理というこのお店は、飲み物も居酒屋での定番メニューから、日本酒を始め各種カクテル、ワイン、変わったところではタイの焼酎とかベトナムのワイン、アラックっていうスリランカの椰子から作られるお酒なんかもありました。お酒のラインナップが豊富ですね。あ、一緒にメニューを見ている下館さんの目が輝いています。
気を遣う必要のない顔ぶれということで、最初から各自好きなものを注文することにしました。併せて料理も注文します。創作料理と銘打っているだけあって、イタリアンやフレンチ、チャイニーズ、エスニック、様々な種類の料理を取り入れながら、何処か「和」を感じさせる、そんな料理がメニューに添えられた写真に写っています。あたしもメニューを見て気になる料理を二つ程お願いしましたが、飯高さんの笹野さんご愛用のお店とのことだったので、殆どお二人のお薦めでお任せすることにしました。
「いいんだけどね」
そう前置きしつつ、初島さんが危惧を口にします。
「二人に任せると料理の数が半端ないんだよね」
何でも高来さんを加えた四人で飲みに行って、テーブルに乗り切らない程の数の料理を注文することもしばしばなんだそうです。初島さんの発言を証するように隣で高来さんも苦笑しています。
「ちょっと、翠っ」
それは取りも直さず大食いであるということで、笹野さんにとっては大いに不名誉な情報であったようで、暴露した初島さんを声を潜めて叱責します。
今夜は七名もいるので、少々多く注文しても心配ないだろうとのことで、この点については問題なしとされました。成る程お二人のお気に入りのお店と聞いた通り、時折みんなの意見を聞きつつ、飯高さんと笹野さんは迷いなく注文を決めて行きます。

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