【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ Astray (5) ≫


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しばらく忙しい日が続いた。三週間くらい仕事続きで休みがなくって、ちょっと息切れしかかってた。仕事が忙しいのは有り難い話ではあるんだけど、流石に休みなしだと疲れが身体に蓄積されてくるように感じられた。
やっと明日、明後日は待望のお休み、しかも二連休が訪れるってあって、前日の仕事中はやけに気持ちがウキウキしてしまった。そんな折、麻耶さんから声を掛けられた。
「栞ちゃん、明日の予定入ってる?」
「え?いいえ、特に何も・・・」
部屋の掃除も此処の所ちゃんと出来てなかったし、明日はのんびり家で過ごそうかな、くらいに思っていたあたしは、麻耶さんの質問に首を横に振った。
「もしよかったら、明日集まりがあるんだけど、栞ちゃんも来ない?」
そう誘われた。
詳しく聞いたら、明日の集まりはちょっと人数が多めなのだという。大人数での集まりが苦手なあたしは、少し躊躇してしまった。あたしの反応を見て麻耶さん はすかさず、明日は九条さん達も来ること、それと匠さんが親しくしているイラストレーターの人達も来るって情報を伝えて来た。
「丹生谷(にぶたに)さんってイラストレーターがいて、その人も来る予定なんだけど、匠くん、丹生谷さんを尊敬してて、いつもと違った匠くんの様子が見ら れるかもよ。あと、御厨華奈(みくりや はな)さんってイラストレーターの人が面白い人でね、一度栞ちゃんに紹介したいなって思ってもいるんだ」
そんな耳寄りな情報で巧みに麻耶さんは、尻込みしてるあたしの関心を惹こうとしてくる。
うーん、どうしようかなあ・・・。人数の多い席は苦手だし、出来れば遠慮したいのが正直なところなんだけど、でも九条さんや飯高さんが来るって聞いて、また会いたいなって思ったし、匠さんが尊敬してるっていうイラストレーターの方にも会ってみたかった。
こういう時のあたしは本当に優柔不断で、迷いに迷った挙句、やっと参加することを決心した。こんなことに一々決心が必要だなんて、大袈裟もいいトコなんだけど。
麻耶さんに参加させてもらうことを伝えたら、明日は桃花(ももか)さんと歌鈴(かりん)さんにも声を掛けてあるって教えられた。それを聞いて、二人共事務所で仲が良かったので、ホッとしていた。
「全く、あたしはコンパニオン派遣業を営んでるんでも何でもないっつーの」
どうやら麻耶さんは女のコを連れて来てってお願いされたらしく、ぶつぶつと小声で愚痴を零した。
あたしにはコンパニオン役なんて絶対務まらない。そう思って麻耶さんに伝えたら、麻耶さんは「あ、いいの、いいの。別にそういうつもりで誘ってる訳じゃないから。余計な気、遣わせてゴメンね」って謝られてしまった。
「女の子連れて来てとは言われてるけど、桃花ちゃんも歌鈴ちゃんも栞ちゃんも、みんなに紹介したいなって思うから声掛けたんだから。普通にゲストとして参 加しに来てね。まあ、特段何もしなくたってあたしも含めて四人がいるだけで、集まりに花を添えること間違いなし、だしね」
麻耶さんはそう言ってあたしに軽くウインクしてみせた。

翌日の集まりは夕方からだったので、午前中は久しぶりに念入りに部屋の掃除をして、家でのんびり昼食を食べてからゆっくりと出掛けた。午後の1時過ぎに駅 に向かうバスは空いていて、あたしは座席に座ってぼんやり外を眺めた。穏やかな午後の陽射しが窓から差し込んで暖かくて気持ちよかった。何だかホントに久 しぶりに、ほっと心和む時間を持ててる気がした。
お店は新宿だったので、新宿駅の東口の改札を出たところで麻耶さん、桃花さん、歌鈴さんと待ち合わせて、四人でお店へと向かった。
新宿の街は夜に向けて、行き交う人の姿が増えつつあるように見えた。多くの人が行き交う雑踏を縫うように歩いた。
テナントビルの3階でエレベーターを降りるとすぐお店の入口になっていて、「本日貸切」のプレートが掛かっているのが目に入った。
入口のすぐ脇で、男性二人が立ち話をしていた。
「あ、洲崎(すざき)さん」
麻耶さんがその内の一人の人の顔を見るなり声を上げた。
声を掛けられた男性は、あたし達の方を見て笑顔を浮べた。
「やあ、麻耶さん。久しぶり」
こちらへと一歩歩み寄りながら、その男性は麻耶さんに話しかけて来た。
「ホント、お久しぶりです。お元気でした?」
「まあね」
麻耶さんと洲崎さんって男性は親しげに話し始めた。
「誰か待ってるんですか?」
「実は、麻耶さんが来るのをね」
麻耶さんが不思議そうに訊ねたら、洲崎さんは照れもせずに真顔で答えた。(真相は今回初参加の知り合いの人が来るのを待っていたのだそうだ。)
「またまたー」
麻耶さんは笑いながら洲崎さんの返事を軽く受け流した。
「全然真に受けてくれないんだな」
「だって、“らしく”ないしー」
心外そうな顔をする洲崎さんに、麻耶さんは小さく肩を竦めた。
「ちぇっ、信用ないなー」
拗ねるように洲崎さんが愚痴を漏らすと、麻耶さんは「ふふっ」って笑った。
「お連れの素敵なお嬢さん達とはまた後ほど、ゆっくりとご挨拶させてもらうよ」
気を取り直して洲崎さんが告げ、麻耶さんも「ええ」って頷いた。
「じゃ、また後で」
そう言って麻耶さんは洲崎さんの前を通り過ぎた。
あたし達も麻耶さんの後に付いてお店の中へと進んだ。洲崎さんともう一名の男性の前を通り過ぎる時に、小さく会釈した。洲崎さんも口元を緩めて軽く会釈を返してくれた。
「麻耶さん、あの人誰ですか?」
洲崎さん達の前から離れて、桃花さんが前を歩く麻耶さんに聞いた。麻耶さんとの関係が気になったみたいだった。
「ん?洲崎さんって、グラフィックデザイナーしてる人」
しれっとした声で麻耶さんは答えた。あっさりと答える様子には、何も特別な関係は存在しないっていう主張が読み取れた。
グラフィックデザイナーっていうと、匠さんの知人なのかなって推測した。
「素敵な人ですね」
ちょっと気になってるのか、歌鈴さんが甘い声で言った。
「うーん?まあ、そーかなー?」
麻耶さんは小首を傾げてみせた。麻耶さんがどう思っているのかは、その様子からは察することは難しかった。
店内を奥へと進んでいったら、九条さん達の姿を見つけてほっとした。匠さんも九条さん達と一緒にいた。
「九条さん」
麻耶さんが声を掛けた。
こちらを向いた九条さんがあたし達を認めて笑顔になった。
「よっす」
「どーも」
麻耶さんと九条さんは笑い合ってくだけた挨拶を交わした。
飯高さん、竹井さん、漆原さんも口々に麻耶さんと挨拶を交わしていく。
九条さんの視線が動いて目が合った。
「こんばんは」
ぺこりと頭を下げた。
「おーっ、間中さんも来てくれたんだ。こんばんはー」
麻耶さんに向けるのとはまた違った、少し他所向きの笑顔を九条さんは浮べた。
「また、皆さんとお会いしたいなって、思ってましたから」
そう言ったら、「嬉しいこと言ってくれるねーっ」って、九条さんは大袈裟に感激した声を上げた。
「でも、そんな優しい言葉掛けられたりすると、竹井や漆原は女性に対する免疫ねーし、ころっと間中さんにホレちゃったりしちゃうから気をつけてね」
九条さんは本気とも冗談ともつかないことを言った。それはちょっと困るかなあ。ほんの少し心配な気がした。
飯高さん、竹井さん、漆原さんとも挨拶を交わした。三人ともあたしとの再会を心から喜んでくれていた。あたしの方は竹井さん、漆原さんのテンションの高さに、若干引き気味の姿勢にはなってしまったけど。
最後に匠さんに声を掛けた。
「こんばんは」
おずおずと挨拶をするあたしに、匠さんからはお決まりのような、「どうも」って一言が返ってきただけだった。相変わらずの素っ気無い態度ではあったけれ ど、あたしの方でもこれで何度目かの経験になる訳で、そんな匠さんの反応にも順応しつつあるっていうか、当たり前のものとして受け止められるようになって きていた。愛想のない言葉に対し、心持ち微笑む余裕さえ持てるようになった。
「麻耶ちゃん、お二人紹介してよ」
九条さんが麻耶さんに声を掛けた。
「あ、ゴメーン」すっかり話し込んでいた麻耶さんが慌てて、桃花さんと歌鈴さんの二人を九条さん達に紹介した。
にこやかに自己紹介を交し合う九条さん達に加わることなく、匠さんはその場を一歩も動こうとしなかった。
「あの、桃花さん達と話さないんですか?」
遠慮がちに問いかけた。
「別に」
まるで関心なさげな顔だった。成り行きで匠さんと二人並んで、桃花さんと歌鈴さんが九条さん達と早くも賑やかに笑い合う様子を、ぼおっと眺めていた。いつ も思うことだけど、たった今初対面の挨拶を交わしたばかりなのに、どうしてそんなに心から楽しそうに笑い合ってお喋りできるのか、あたしには大きな謎だっ た。
「相変わらずの愛想のなさよねー」
呆れたって感じの声が投げかけられて、声のした方に顔を向けた。
目を丸くして匠さんを見つめている女性がいた。
「何がですか?」
不服そうに匠さんが言う。
「今の世の中、愛嬌のない男なんて見向きもされないわよ」
「別に構いませんが」
「可愛げないわねー。折角、人が親切心から言ってあげてるっていうのに」
「別に頼んでませんし」
「あのねー、年長者の忠告は有り難く拝聴しとくものだと思うわよ」
「そう言いながら、年長者への敬意を払ってる姿を見た記憶がないんですが」
「失礼ね」
「事実を言ったまでです」
驚きを隠せなかった。今まで殆ど一言だけしか話してるのを見たことのない匠さんが、こんなに長々と会話を続けたりするなんて。匠さんの話し方から察するところ、敬意を持っている相手のようだった。
一体、誰なんだろう?大きな疑問を抱きつつ目を瞠っていたら、その女性はあたしに向かってにっこりと笑いかけてきた。
ファニーフェイスっていうのかな。美人とはちょっと違うけど、強く惹きつけられてしまう、すごく個性的で魅力的な顔立ちをしていた。
「初めまして。御厨華奈っていうの。佳原君の同業者」
「初めまして。間中栞です」
自分も名前を告げてお辞儀をしながら、ちらちらと様子を窺った。この人が麻耶さんの話してた御厨さん・・・。
「お名前は麻耶ちゃんからよく聞いてるわ。麻耶ちゃん、貴女のこと、モデル仲間で一番心を許してる友達だって話してた」
御厨さんの話にびっくりしつつ、すごく嬉しくなった。麻耶さんがあたしのことを、そんな風に言ってくれてるのを知って。
「麻耶ちゃんが是非紹介したいって話してたから、会えるの楽しみにしてたの。やっとお会い出来て嬉しいわ。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
改めて頭を下げながら、会うのを楽しみにしてたなんて言われて、胸の中で気後れを感じてしまっていた。楽しみにされる程面白みのある人間でもなければ、どんな魅力がある訳でもなかった。すぐに御厨さんをがっかりさせてしまうんじゃないかって、密かに心配になった。
「あっちで話さない?」空いてるテーブル席を指し示して御厨さんに誘われた。
「え、はい・・・」躊躇う気持ちが胸の中にあって、はっきりしない態度を御厨さんに返した。麻耶さんの姿を視線で探した。九条さん達と桃花さん、歌鈴さんを交えて盛り上がっている。こちらに来てもらうのは無理そうだった。
視線が彷徨って、匠さんに目が留まった。ぼんやりと何をするでもなく佇んでいる。周りのことになんて何の関心もないって感じだった。
あたしが匠さんを見ていたら、御厨さんは匠さんにも声をかけた。
「佳原君も一緒においでよ」
「いや、僕は別に・・・」
「いいから、おいで」
断ろうとする匠さんの袖をむんずと掴んで、御厨さんは強引に引っ張って行った。
「栞ちゃんも、こっち」
振り向いた御厨さんに呼ばれて、慌てて「はいっ」って返事をして後に従った。
匠さんは何だか頭の上がらない感じで、渋々と御厨さんの示した席に着いた。匠さんをこんな風に強引に従わせるなんて、正直びっくりだった。麻耶さん、九条 さん達の他にも匠さんにこんな態度で接する人がいるなんて、不本意そうな顔を浮べつつそれでも大人しく座っている匠さんの姿を見ながら、世の中には色んな 人がいるって改めて思った。
どういう成り行きなのか、あたしと匠さん、それから初対面の御厨さんっていう一風変わった顔ぶれでテーブルを囲むことになって、何だか落ち着かなかった。
「此処、いいかな?」
声を掛けられて視線を上げた。
にこやかな微笑みを浮べた男性が、あたし達の囲むテーブルを見下ろしていた。40過ぎくらいだろうか?だけどお洒落な雰囲気で、ちっとも“おじさん”って感じはしなかった。
「どーぞ」御厨さんがぞんざいな感じで応じる。
「どうも」って一言お礼を言って、その男性は空いていた椅子に腰を下ろした。
「こ、こんばんは」
男性と視線が合った匠さんは慌てた感じで挨拶を告げ、軽く頭まで下げた。どことなくいつもの愛想のなさが影を潜め、こころなしかフレンドリーささえ漂わせてる気がした。
「こんばんは」
匠さんに笑顔で挨拶を返したその男性は、あたしへと視線を移した。
「こちらの素敵なお嬢さんは?」
「麻耶ちゃんのモデルのお友達」
男性の問いかけに御厨さんが答えた。
「初めまして。丹生谷(にぶたに)です。お見知りおきを」
内ポケットから名刺入れを取り出した丹生谷さんは、慣れた仕草で名刺を一枚差し出してくれた。穏やかでとても物腰の柔らかい印象だった。
ちょっと畏まって名刺を受け取った。貰った名刺をまじまじと見つめた。丹生谷俊哉(にぶたに としや)さん、グラフィックデザイナー&イラストレーターって肩書きが名刺には記されていた。
「初めまして。間中栞と申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
年上の方に丁寧な挨拶をされて、少し緊張しつつあたしも自己紹介した。
この人が丹生谷さん。匠さんが尊敬してるイラストレーター・・・。そう思って見れば、匠さんは心持ち緊張してるみたいだった。匠さんがそんな態度を見せるのも驚きだった。
「ただ喋ってるのも何だし、何か頼もうか?」
丹生谷さんが御厨さんと匠さんに視線を投げながら問いかけた。
「勝手に頼んじゃって大丈夫なんですか?」
匠さんが聞き返す。確かに開始とかどうなってるんだろう?きょろきょろと店内を見回す。まだ誰かが音頭を取る気配もなく、みんな立ったり座ったり好き好きに輪を作って喋り合っている。
「別に構わないんじゃない?貸切なんだし。勝手にやってても」
一向に気にしない感じで御厨さんが答える。
「ねえ、ちょっと」
御厨さんは近くを通りかかった店員に声を掛けた。
「飲み物って何があるの?」
そう御厨さんが聞いて、お店の人はメニューを持ってきてくれた。
「何飲む?」
受け取ったメニューを開いて、御厨さんはみんなに見えるようにテーブルに置いた。
「僕はギネス」丹生谷さんはいち早くオーダーを決めた。
「僕も同じもので」
「あたしは、そーだなー・・・ブルームーンにしようっと」
やっぱり決めるのが一番最後になってしまった。
「・・・別に、無理してアルコール飲まなくてもいいんじゃないの?」
メニューを凝視していたら、匠さんに声を掛けられた。もしかして助け舟を出してくれたのかな?
「栞ちゃん、お酒ダメなの?」
匠さんの発言を耳にして御厨さんから質問された。
「えっと、メチャクチャ弱いんです。すぐ酔ってきちゃって、気分悪くなっちゃったり。味も美味しく感じられなくて」
御厨さんをシラケさせてしまわないか心配に思いながら、苦笑いを浮べた。
「全然ダメなの?」
「お酒が殆ど入ってないカクテルとかならまだ・・・ビールだとコップ一杯も飲めないです」
「佳原君の言うとおり、無理して飲む必要は全然ありませんよ」
丹生谷さんは気遣いの感じられる優しい笑顔で言ってくれた。
「ありがとうございます」丹生谷さんに感謝を告げた。
「飲めたらいいなあ、とは思うんです。みんなが楽しそうに飲んでるのを見てると。一人だけ飲まないでいるのも、みんなをシラケさせちゃったら申し訳ないなあって思いますし」
「変に気を遣わなきゃいけない相手と、無理して飲む必要もありませんよ」
そう丹生谷さんに優しく諭された。口調はすごく優しかったけど、もっと自分をしっかり持ちなさいって言われてる気がして、ちょっと居住まいを正した。
「もちろん、栞さんが飲みたいんだったら、無理のない範囲で飲んでも全然構わないんですよ」
丹生谷さんはそう付け加えた。
神妙な面持ちで丹生谷さんの言葉に耳を傾けた。あくまで微笑を絶やさず、穏やかな話し方ではあったけれど、丹生谷さんの言葉はあたしにひしひしと伝わっ た。その場の雰囲気や流れに変に気を回したり、他の人の顔色を窺うんじゃなくて、自分のことを考えて、自分でどうすべきかをよく判断して行動すべきです よ。そう丹生谷さんに、やんわりと注意されてるように感じた。まだ会って数分しか経ってないのに、優柔不断でどっちつかずのはっきりしない性格をしっかり 見抜かれてる。自己嫌悪で落ち込みたくなった。
「だったら栞ちゃん、佳原君と飲むの打ってつけじゃない」
御厨さんが愉快そうに言う。
どういうことだろう?意味が分からなくて御厨さんを見返す。
「佳原君、飲んでても全然楽しそうじゃないでしょ?ぶすっとしてさあ、美味しいんだか美味しくないんだか、分かんないような顔でグラス傾けててさあ。そんな顔がすぐ目の前にいたら、お酒飲みたいって気分も消え失せちゃうんじゃない?」
果たして御厨さんは重たくなりかけた空気を和らげようとして冗談を言ったのか、或いは真剣そのものなのか、判断に迷った。
「どういう意味ですか?」
ひどく不愉快そうな表情を浮べて、匠さんは御厨さんを問い質した。
「あたしは、ただ客観的事実を述べたまでよ」
しれっとした顔で御厨さんは軽く受け流している。
何か御厨さんって・・・。ちょっと呆気に取られた。
匠さんも一筋縄でいかない性格だけど、匠さんの周りには妹の麻耶さんを始め、九条さん、竹井さんっていった友人からこの御厨さんまで、匠さんに引けを取ら ない人物が揃っているような気がした。匠さんは他人に対して無愛想で素っ気無くて無関心な態度を変えようとしないけれど、周りがそれを放っておいてくれな いっていうか、周囲が匠さんを強引に引っ張り回さずにおかないっていうか、そんな感じ。それはそれで、何だか絶妙なバランスが保たれてるような気がする。 面白いなあ、って思った。
「じゃあ、御厨さんも僕なんかと一緒に飲むのは、さぞかし面白みがないんじゃないですか?」
棘のある声で匠さんは御厨さんに皮肉を言った。
「あたしはほら、佳原君をおちょくるのが何よりの酒の肴だから」
にやり、と口元を曲げて御厨さんが言い返す。
「いい迷惑です」
「またまたー、ホントは構ってもらって嬉しー癖に」
「誤解もいいトコですね」
「もう、素直じゃないんだから。照れなくてもいいって」
「100パー、本音です」
心から迷惑がる匠さんと、そんなこととは露ほども思っていない御厨さんとの噛み合わない応酬が続いた。二人のちぐはぐなやり取りが面白くて、思わずくすくす笑ってしまった。
「下手なコントなんかより、二人のやり取り聞いてる方がよっぽど面白いでしょう?」
そう言いながら丹生谷さんも楽しげに笑っている。
「ホントですね」
笑いながら大きく頷いた。
「ちょっと、それってどーゆーことですか?人をお笑いコンビみたいに」
聞き捨てならないって顔で、御厨さんが丹生谷さんに聞き返した。当人はそんなつもりは全くないらしい。
「御厨さんはともかく、僕まで一緒にしないでください」
匠さんも丹生谷さんに抗議の声を上げた。
「ちょっとお!あたしはともかくって、どーゆー意味い?丹生谷さんも佳原君も、二人共失礼極まりないわよね」
御厨さんが憤慨して言う。ツボに入ってしまって、一人でくすくす笑っていた。
「そこっ、いつまでも笑ってるんじゃない!」
注意を受けて、「あっ、ごめんなさいっ」って慌てて謝ったけど、しっかり眼は笑ったままだったので、御厨さんに睨まれてしまった。
結局あたしは御厨さんと丹生谷さんにアドバイスを貰って、ピーチリキュールを使ったオリジナルカクテルを頼むことにした。オーダーする時にも御厨さんが、お酒弱い人が飲むからアルコール低めに、ってお店の人に伝えてくれた。
「大丈夫?無理してない?」
丹生谷さんが心配して言ってくれた。
「はい。大丈夫です。無理はしませんから」笑って答える。「酔っ払っちゃったら、麻耶さんトコに泊めてもらいます」ちょっとした軽口のつもりで付け加えた。
「それはそれで心配だな」
丹生谷さんが難しげな顔をした。
「どうしてですか?」
不思議に思って聞いたら、丹生谷さんは至極真面目な面持ちだった。
「だって佳原君もいるでしょう?」
「どういう意味ですか?」如何にも心外って顔で匠さんが抗議する。
「そーですよー」匠さんに同意を示すかのように御厨さんが頷く。
匠さんを弁護するのかなって思ったら、全然違ってた。
「佳原君にそんな度胸ある訳ないじゃないですか」
そんなことは言うまでもない。御厨さんはそう言いたげだった。
「そういうことを言ってるんじゃなくて・・・」
いい加減疲れた、って表情を浮べる匠さんだった。
そんな匠さんの反応が可笑しくて、また一人でくすくす笑ってしまった。そしたら匠さんにジロリと睨まれてしまって、慌てて神妙な顔に切り替えた。
オーダーした飲み物が運ばれて来て、四人で乾杯をした。匠さんは九条さん達気心の知れた親しい友人と一緒にいる時とはまた違ってて、尊敬する先輩を前にし てちょっと気を遣ってる感じで、愛想なさとか素っ気無さとかが影を潜めて、少し優しげな表情に見えた。言葉遣いも何気に丁寧だったし。
御厨さんも丹生谷さんも、とても楽しくて親しみ易い人達だった。二人ともすぐに好きになった。
御厨さんは多分に遠慮のない性格らしい。でも、裏表がなくて自分に正直で嘘のない印象があって、悪い感じはしなかった。ちょっと相手の気持ちを考えずズケ ズケ言い過ぎる時があるようだったけど、嫌味や皮肉に聞こえない得な性格をしているみたいだった。それも御厨さんの人柄故なのかも知れない。
丹生谷さんはすごく細やかな気遣いをしてくれる人で、あたしみたいな年下の人間にも、丁寧に接してくれて色々と気遣ってくれた。誰に対しても態度を変えない思い遣りに溢れた穏やかな人柄は、あたしも見習いたいって思える、すごく人間の出来ている大人の人って印象を持った。
御厨さんが匠さんをからかったり茶化したりして、匠さんが年上で尊敬する先輩の御厨さんに控えめに抗議したり文句を言ったり、丹生谷さんが時々絶妙なツッコミを入れて、三人のやり取りにずっとくすくす笑いっぱなしだった。
「何か楽しそーね」
声に振り向いたら、麻耶さんが立っていた。
「あ、麻耶さん」
「あたしが紹介するまでもなく、すっかり打ち解けてるみたいね」
「ええ、お二人ともすごく優しくて、親しく接してくださって」
あたしが微笑んだら、麻耶さんは嬉しそうに笑った。
「栞ちゃん、麻耶ちゃんが言ってたとおり、すごくいいコね」
御厨さんの感想に、麻耶さんは当然って顔で相槌を打った。
「あたしが保証したとおりだったでしょ?」
麻耶さんが保証してくれるのはとても嬉しいんだけど、あんまり事前にハードルを上げられると、自分の身の丈には合っていない高さに感じられて怖気づいてしまう。
立ち話を続けようとする麻耶さんに、丹生谷さんが席を立った。
「どうぞ、麻耶さん。僕は少し回って来ます」
そう告げて麻耶さんに席を譲った。
「いいんですか?すみません。じゃあ、お言葉に甘えて」
お礼を言って腰を下ろす麻耶さんに微笑み返して、丹生谷さんはテーブルを離れて行った。
丹生谷さんの後姿をそれとなく見送っていたら、ガタンと隣で椅子が動く音がした。
見ると匠さんも立ち上がりかけていた。
「ちょっと佳原君、ドコ行くのよ?」
御厨さんが問い詰める。
「・・・いえ、ちょっと」
歯切れの悪い返答をしつつ、匠さんは逃げるようにあたし達のテーブルを立ち去ってしまった。
「絶対、女三人に囲まれてるのが嫌で逃げ出したよね」
ぽかんと見つめていたら、御厨さんが自分の推理を披露した。
成る程、そーなんだ。納得しつつ、匠さんと話す機会が失われてしまって、少し残念だった。

程なくして、九条さんが始まりの挨拶に立って、今夜の会がスタートした。どうして九条さんが挨拶をしてるのか不思議な面持ちで見ていたら、今夜の集まりは九条さんの企画によるものであることを、麻耶さんから教えられた。
九条さんは人を集める企画が好きで、時々こんな風に色んな方面の知り合いに声を掛けては集まりを催しているっていう話だった。この席で割りと思いも寄らな かった繋がりが出来ることがあって、楽しみにしているメンバーも少なくないのだそうだ。九条さんもそういう参加した人同士の新しい繋がりが生まれるのを期 待して、出来るだけ沢山の人に声を掛けていて、その声掛けした人にも知り合いの人を誘ってくれるように依頼しているのだという。麻耶さんから誘われたのは そういう経緯(いきさつ)からだったんだって、改めて納得したあたしだった。
最初の挨拶が終わると、あとは特に決まった進行がある訳でもないらしくって、みんな立ったり座ったり入れ代わり立ち代り、顔ぶれを変えながら食べたり飲ん だり喋り合ったり、銘々が勝手気ままに楽しんでいる。純粋に集まりを楽しもう、交友の幅を広げようって今夜足を運んでる人もいれば、仕事に繋がる新たな人 脈を築きたいと思ってる人もいて、みんなそれぞれ様々な思惑を抱いてるらしかった。過去の集まりでカップルになったり、何組か結婚までゴールインを果たし た人達もいるのだそうだ。
人数が多い集まりには馴染めなくてついつい逃げ腰になってしまって、今も周囲の沢山の人達みたいに、新しい輪にどんどん参加していくような積極性は決して 持てずにいるあたしだったけど、今夜御厨さん、丹生谷さんの二人と知り合えたのは大きな収穫っていうか、とても幸せな出来事だった。それだけでも今夜参加 出来たことは、あたしにとってすごく大きな意味があった。
 


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