【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ Astray (1) ≫


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喧騒の中にいるのに自分の周りだけがしんと静まり返っているような、そんな思いに捉われる。
まるであたし一人だけが厚いガラスの壁にぐるりと囲まれてしまっているみたいだった。
視線を上げれば笑いさざめく声と一緒に、幾つもの笑顔が視界に映り込んでくる。その筈なのに、賑やかな笑い声や楽しげな笑顔が、却って余計に孤独であることを助長してる気がした。
やっぱり断ればよかったな。後悔する気持ちが胸を過(よ)ぎる。
本当は全然気乗りしてなかったのに、みんなが口を揃えて行くって言うのを聞いて、そして悠(はるか)さんがあたしにも、行くでしょ?そう当然のように聞い てきて、はっきり断る勇気が持てなくて、もし行かないなんて答えたりしたら先輩の誘いを断る付き合いの悪い人間だとか、協調性のない性格だとか、そんな評 価をされたりしないか不安で、本当は行きたくもないのにずるずると一緒について来てしまってた。
自分のそんな優柔不断さにも苦い気持ちになる。
酔っ払ったりできれば難しく考えたりなんてしなくてよくなって、楽しい気持ちになって、もっと気軽に笑ったり喋ったりできるのかな?
そんな考えが頭を掠める。そう考えたからって、だけどやっぱりそんな風に振舞ったりなんて結局できないに決まってる。
両手で持ったままのグラスで揺らぐウーロン茶をじっと見つめてた。幾ら見続けたところで、何も変わったことなんて起きたりする筈もなかったけれど。
みんなはもう最初に座ったポジションなんて覚えていないかのように、自由気ままに席を移っては話す相手を変えている。何でそんなに話題が豊富なのか不思議 に思えるくらい、途切れることなくずっと喋り続けて笑い合っている。一人、最初に座った席から全然動かないまま、気まずい気持ちを胸の底に淀ませながら、 ぼんやりと後どれ位でお開きになるんだろうなんてことを、頭の片隅で考えていた。
「栞(しおり)ちゃーん、飲んでるー?」
突如として賑やかな声がかなりの至近距離で聞こえて、どきっとした直後に肩に手が回されて引き寄せられていた。突然触れられて思わず身体を強張らせた。
男の人があたしの表情を確認するかのように覗き込んで来る。きついコロンの香りで一瞬息が詰まりそうになる。
えーと、嘉納さん・・・だったっけ?最初に会った時に聞いた名前を、頭の中で必死に思い出す。だけど初対面で五人の相手から名乗られて、もう既に誰が誰だ か怪しい記憶しかなかった。かなりな至近距離で、はっきり言ってあたしのパーソナルエリアを激しく侵犯していて、初対面の相手にこんなに馴れ馴れしく接近 されて、正直肩に回された手を払いのけて飛び退きたい心境だった。或いはこの人にしたら初対面でこんな風に接近し合うのなんて、当たり前のことなのかも知 れない。初対面の女の子の肩に手を回したり、やたら親しげに顔を寄せ合って話したりするのなんて、もしかしたら日常的なコミュニケーションの一環なのかも 知れない。そう考えると無碍に振り払うこともできなくて、本当は嫌だなあって思いながら、例によって優柔不断な気持ちではっきりやめてくださいとも言え ず、引き攣ったような愛想笑いを振りまくことしか出来ずにいた。
「えっ、と、いえ、あたしお酒飲めないので・・・」
細々とした声で伝える。
相手の嘉納さん(でいいのかな?)は何て言ってるのかよく聞き取れなかったみたいで、小声で答えるあたしに、「え!?」って眉を顰めるような表情で一段と 顔を寄せてきた。相手の表情を見て気持ちが萎縮してしまう。あたしと話して、数分もたたないうちにシラけたり詰まんなそうな表情を浮かべたり、失敗したっ ていうような顔になったりするのを目にする度、あたしの気持ちは縮こまって後退りしてしまう。そして自分でもそうと分かるくらいに、おどおどした表情が顔 を覗かせる。
「あ、そうなんだー。じゃあさあ、お酒飲めないって女の子でも飲みやすい、甘くて口当たりのいいカクテル出す店俺知ってるからさー、二人で行ってみない?」
あたしの記憶が正しければ嘉納さんと思しき人は、そんな風に言ってきた。
尻込みする気持ちになりながら、一向に離してくれそうにない肩に回されたこの人の手を迷惑に感じていた。
こんな風に初対面でも相手にタッチしたり親密そうに顔寄せ合ったりするの、みんなは何でもないことなのかななんて思いながらも、だけどあたしはやっぱり迷惑に思わないではいられなかったし、嫌だった。
「ね、行こーよ」
今にも腰を浮かせそうな気配で、嘉納さん(仮)(もういちいち面倒くさくなってきたから「嘉納さん(仮)」でいいや)は再び誘ってくる。
「え、いえ・・・」
流石に嫌だって言わなくちゃって身構えた、その時だった。あたしの肩を抱いている嘉納さん(仮)の手を邪険に払い退けて、あたしの両肩にぽんっ、って手の平が置かれた。
「どう?楽しんでる?栞ちゃん」
新たに両肩に置かれた誰かの手にびっくりして振り向いたら、後ろから覗き込むような感じで麻耶(まや)さんの笑顔が視界に飛び込んできた。
「あ、麻耶さん」
心の中で大きく安堵した。麻耶さんの楽しげな笑顔に釣られて、思わず笑顔が浮かんだ。
「栞ちゃんお酒飲めないんだから、無理強いしないでよ?」
視線を動かした麻耶さんは、浮かべていた笑顔をすっと引っ込めたかと思うと、やんわり抗議の色を浮かべてあたしの隣にいる嘉納さん(仮)に一瞥を投げかけた。
「いや、俺は別に・・・」
じろりと麻耶さんに睨まれて、嘉納さん(仮)は慌てたように言葉を濁した。
「栞ちゃん、トイレ一緒に付き合って」
麻耶さんに誘われて頷いて席を立った。
麻耶さんと並んで歩きながら、嘉納さん(仮)の強引な感じに辟易していたあたしは、それと分かるくらいはっきり胸を撫で下ろしていた。
「ありがとうございます、麻耶さん」
多分、麻耶さんは困ってるあたしを助けに、話に割って入ってきてくれたに違いなかった。
そう思ってお礼を告げるあたしに、麻耶さんは気楽な感じで、んーん、って頭を振った。
「あーゆー厚かましい男には、きっぱり迷惑だって言ってやんなきゃダメだよ」
注意する風でもなく優しい声で麻耶さんに言われた。
「二人きりになっちゃったら、それこそ何して来るか分かんなそーな奴っぽいからね、アイツ」
軽蔑するようなニュアンスの籠った声で、麻耶さんが続けた。
「栞ちゃん、人が好いからきっぱり断るの悪いって思っちゃうのかも知れないけど」
麻耶さんはそう言ってくれたけど、だけど別に人が好いからとかそんなんじゃない。ただはっきり自己主張できなくて、断固とした態度を相手に取ったり強く言ったりできなくて、自分でも嫌になるくらい優柔不断なだけに過ぎなかった。
「あわよくば女の子をお持ち帰りして、美味しく頂いちゃおうとかって魂胆の不届き者が、この業界に限らず巷には大勢いるんだから、気をつけるんだよ」
あたしのことを心配して言ってくれている麻耶さんに感謝する気持ちになりながら、そして嬉しく感じながら、はい、って頷き返した。

事務所に入ってすぐに麻耶さんに紹介された。事務所に行った初日、期待と興奮とそれからその二つを合わせたよりも大きく心を占める不安とでドキドキしていたあたしは、丁度事務所に来ていた麻耶さんと顔を合わせたのだった。
「こちら新しく入った間中栞(まなか しおり)さん。彼女もあたしが担当することになったから」
あたしを担当してくれることになったマネージャーの平井(ひらい)さんが、麻耶さんにあたしのことを紹介してくれた。
「初めまして、間中栞です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。佳原麻耶(かはら まや)です」
その時には麻耶さんはもうモデルとしてファッション誌に毎号のように顔を出していて、それを目にしていたあたしは、うわあ、すごい、って麻耶さん本人を前にして、ものすごく感激してしまった。
「多分、これから彼女と一緒に仕事組むことが多くなると思うんだ。なので、麻耶ちゃん、仲良くしてあげてね」
その場で平井さんはそう麻耶さんに話してて、事実、平井さんが麻耶さんとあたしの二人を掛け持ちでマネジメントをしているからなのか、麻耶さんと一緒の撮影現場になることがとても多かった。
初めて顔を合わせた場で、平井さんが麻耶さんに「彼女の面倒見てあげてね」ってお願いしてくれたこともあってか、新人のあたしを麻耶さんは何かと気に掛けてくれて、色々と教えてくれたり助けてくれた。
撮影の合間の休憩時間、スタッフの人達とお喋りしている輪にあたしも一緒に加わらせて話を振ってくれたり、スタッフやモデル仲間の飲み会に頻繁にあたしも 誘ってくれたり、本当に麻耶さんは優しくて親身になってくれた。どんなに感謝してもしきれないくらい、麻耶さんにはよくしてもらっている。正直言って人と 話すのが苦手で消極的なあたしが何とか今迄やってこれたのも、偏(ひとえ)に麻耶さんのお陰と言っても過言じゃなかった。

それにしても。
自分のことながら絶望的な気持ちになる。
どうしてこんなに変われないんだろう?いつまで経ったって、何歳になったって、嫌いな自分から何一つ全然少しも変われないまま、ただ徒に年齢ばかりを重ねてるだけ。
何度思ったことだろう?これをきっかけに変われるかも知れないなんて。
高校生になった時。大学生になった時。今のこの仕事に就いた時も。夢見るように期待して、目が覚めてただの夢だったことを虚しい気持ちと共に思い知る、目覚めた時のあの瞬間の砂を噛むような苦さと虚しさに捉われるばかりだった。
その度、もういい加減学習したらどうなの、って自分を嘲りたくなった。
環境が変われば自分が変われるなんて、そんな訳ないのに。自分が変わろうとしなければ変わることなんて出来ないのに。当たり前のことだった。
あたしは何を努力しただろう?変わりたいってただずっと願ってるだけで、新しい環境に足を踏み入れる度に、まるでそれで自動的に自分が変われるかのよう に、あたしの預かり知らぬ所で目に見えない力があたしを変えてくれるものと、浅はかに夢想してただけ。御伽噺によくあるように主人公のもとに魔法使いが現 れて、呪文ひとつで幸せをもたらしてくれるみたいに、誰かがあたしを変えてくれるんじゃないかって、ぼんやり憧れてただけだった。自分では何一つ努力もせ ず、ただ自分を変えてくれる何か、或いは誰かが訪れるのを待ち続けていただけだった。
周りを見回してみれば、何の苦も無くみんな易々とこなしているみたいに見えて、不思議だった。人と打ち解けること。親しくなること。それこそ知り合っても のの数分どころかほんの一瞬で、まるで古くからの知り合いででもあるかのように笑い合ったりすること。淀みなく流れるような会話を絶やさないこと。そうし たことを、いとも容易く世の中の大勢の人達は実現しているような気がした。それに引き換え、どうしてあたしにはそれが出来ないんだろう。
向いてないんじゃないかな。そんな気持ちになる。ファッションにはすごく関心があったし、大好きだし、だからモデルって職業に就けてすごくラッキーだっ たって、心からそう思う。だけど向き不向きで言ったら、自分なんて全然向いてないんじゃないかって思わないではいられない。何かにつけて迷わずにはいられ なかった。だけど迷ったところで何の取り得もないあたしが他に何をできるでもなくて、迷いながらただ漠然と日々をやり過ごしていくしかなかった。

夕方から降り出した雨は今はもう止んでいた。
一次会を終え一軒目のお店を出た所で輪を作ったみんなは、二次会どうする?って言い合ってて、あたしはもちろん行く気はなくて、近くの誰かが聞き止めてく れればなんて感じで、小声で「あたしはこれで・・・」って言いかけて、そしたら麻耶さんが「あたし、帰るね」ってきっぱりした声でみんなに言ったのだ。
大抵二次会にも顔を出すのが常だったので、ちょっと意外に思った。人気者の麻耶さんが行かないって聞いて、他のみんなは一様にがっかりした声を上げた。
「えーっ、何でー?行きましょうよお」「麻耶さんがいなきゃつまんない」
口々に誘いの声を掛けるみんなに、麻耶さんは申し訳なさそうな困ったような笑顔を浮かべた。
「ごめんねー。でも今日は帰るね」
そうみんなに告げた麻耶さんがあたしを見た。
「栞ちゃんも帰るんだよね?」
「あ、は、はいっ」
急に麻耶さんに聞かれて少し面食らいながら、こくこくと頭を上下に揺らした。
「じゃあ、途中まで一緒に帰ろっか」
そうあたしに言った麻耶さんはみんなに向き直って、「じゃ、今日はホントにごめんねー。また今度誘ってね。おやすみー」って言い残し、通りを歩き出した。
残念そうな視線を麻耶さんに送るみんなに、あたしも慌てて「おやすみなさい」って告げて、麻耶さんの後ろを追いかけた。
通りは今さっきまで降り続いていたらしい雨で濡れて、街の灯りを滲ませている。夜空にはまだどんよりとした厚い雨雲が広がっていて、いつまた降り出すかも知れなかった。
「麻耶さんが二次会行かないなんて珍しいですね」
麻耶さんの隣を歩きながら訊ねた。
「んー、そお?」自分ではそんなこともないのか、麻耶さんが首を傾げた。
「まあ、嫌いじゃないしねー。飲むのも騒ぐのも」
あたしには羨ましくてたまらないようなことを麻耶さんが言う。そんな風になれたらいいのにな。みんなで飲んでわいわい賑やかにするのを、心から楽しめたら どんなにいいだろう。どうしたらそんな風に楽しく思えるようになるんだろう。今までに何度となく繰り返し思ったことを、また性懲りもなく考えたりした。
ぽつりと頬が濡れた。電線から水滴でも落ちてきたのかな、なんて思って暗い夜空に視線を上げる。またぽつりと水滴が顔に当たる。
雨がまた降り出したみたいだった。
「ありゃ、また降り出した」
麻耶さんも隣で恨めしそうな視線を夜空に投げている。
駅への道を急ぎ足で歩いたけれど、すぐに雨足は激しさを増して来て、結構な降りになってしまった。路面を雨粒が激しく叩いている。
「少し雨宿りしてかない?」
傘を差していても濡れてきてしまう程の激しい降りに、諦め顔の麻耶さんが告げた。
麻耶さんと二人で過ごすことには何の苦痛も感じないでいられる。迷いもなく頷いた。
そこから程近い場所にある麻耶さんが知っているお店に、あたし達は足を向けた。
「ここね、落ち着けていい雰囲気なんだ」
雑居ビルの地下にあるお店に下りていく階段の前で麻耶さんが教えてくれた。頷いて麻耶さんの後について階段を下りて行った。
お店は麻耶さんが言っていたとおり、落ち着いた雰囲気の素敵なお店だった。照明を絞った店内はゆったりした時間が流れていて、リラックスできる空間だっ た。ちょっとあたしなんかにはお店の雰囲気が大人びていて、誰かに連れて来て貰うのでもなければ自分からはなかなか来れそうもなかった。麻耶さんがこうい うお店を知ってるっていうのも、ちょっとびっくりだった。麻耶さん、こんなお店に誰と来てるんだろう?
カウンターの端に二人で並んで腰を下ろした。
「いらっしゃい」
ハンカチで雨の滴を拭っていたら、カウンターの中のパシッと決めたバーテンダースタイルの男性が、あたし達の前まで来てタオルを渡してくれた。
「ありがと」
「あ、ありがとうございます」
麻耶さんがお礼を告げて受け取ったので、あたしも麻耶さんに倣うようにした。
「どういたしまして。雨、結構降ってるんだ」
「ついさっきまで止んでたんだけどね。帰ろうと思って歩き出した途端、このザマ」
雨に濡れた服をタオルで拭いながら、麻耶さんが忌々しげに文句を言う。
「それは災難でした。だけど俺にとっては幸運の雨ってトコかな」
にこやかに微笑んでカウンターの中の男性は、あたし達の前にコースターを置いた。
「何が?」麻耶さんが意味不明って表情を浮べる。
「こうして麻耶さんを連れて来てくれたんだから、土砂降りに感謝したいくらいだよ」
バーテンダーの男性は、見知った感じで麻耶さんの名前を口にした。
「はいはい」
一方、麻耶さんは全然気にする素振りも見せず、軽く受け流す感じの相槌を打った。
こんな風に打ち解けた雰囲気で話し合ってるこの男性は、麻耶さんとどんな関係の人なんだろう?何だか二人がとても親しい関係に思われて、急に気になりだしていた。
「彼女お酒弱いから、何か飲みやすいのをお願いします。あたしはソルティードッグで」
麻耶さんがオーダーを伝えた。
「初めてお見えですよね?」
「はい」
聞かれて、頷き返す。
「彼女、間中栞ちゃん。同じ事務所なの」
麻耶さんが紹介してくれて、ぺこりと会釈した。
「陣内(じんない)です。よろしく」
口元に笑みを浮かべた陣内さんは微かに頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いします」
慌てて頭を下げ返した。
陣内さんはすぐにカウンターの中央に戻ってカクテルを作り始めた。幾つかのボトルの液体を測るように入れて、鮮やかな手つきでシェーカーを振り出す。テレ ビドラマなんかで見覚えのある光景を、直(じか)に目にするのは実は初めてのことだった。そのことにちょっと感動しながら、陣内さんの手つきにしばし見と れていた。
「ん?」
視線を遮るように麻耶さんがあたしの顔を覗き込んできた。男性に見とれていたのが急に恥ずかしく感じられた。
「じ、陣内さんってカッコいいですね?」
顔が真っ赤になってるのが、自分でもはっきり分かった。誤魔化そうとして言い訳めいたことを口走っていた。
「んー、まーねー」曖昧に頷く麻耶さんはちらりと上目遣いで、シェーカーからグラスに出来上がったカクテルを注いでいる陣内さんに視線を投げた。
「多分、自分でもカッコいいとか思ってンじゃない?けっこー陣内さん目当ての女のコの客もいるみたいだしね」
「そ、そうなんですか・・・」
不審げに陣内さんを評する麻耶さんに、どんな返事を返していいかよく分からなくて、曖昧に相槌を打った。
「まあ、まさかとは思うけど、今まで栞ちゃんの男の趣味って聞いたこともなかったから、念のための忠告ね。万が一にもあんな水商売の男にのぼせ上がらないように気をつけなきゃダメよ」
「そ、それはもう、そんなことは絶対にありませんから、安心してください」
ぴしりとした口調で諭され、そんなつもりは毛頭なかったので、こくこくと頷き返した。
「お待たせしました」
そこへ二つのカクテルを作り終えた陣内さんがやって来て、あたし達のコースターに綺麗な色の液体で満たされたグラスを置いた。
「何の話?」
柔和な笑顔を浮かべて陣内さんが話に加わってきた。
「何が?」
「俺の話してたでしょ?今」
牽制するような視線で見上げる麻耶さんに、にこやかに応えながら陣内さんが再度聞き返す。
「あのさー、女のコが全員自分の話をしてるとか、自惚れてない?」
「そんなことは露ほども。ひどい誤解です、麻耶さんの」
刺々しい声の麻耶さんに対し、陣内さんは涼しい顔を少しも崩さずにいる。
「あっそ。じゃあ教えてあげるけど、栞ちゃんに確認してたトコ。陣内さんのことは1ミクロンも気に掛けてないってさ」
麻耶さんの説明は大分曲解されてるような気がしないでもなかったけど、間違ってもいなかったので異議を唱えることはしなかった。
「ひどいなー。そんなさー、まるで存在を完全無視したかのような言い方されると、傷つくんだけど」
嘆くように言ってから、陣内さんはふと気付いたかのように表情を明るくした。
「でも、これで麻耶さんも一安心ですね」
「何であたしが一安心するのよ?」
「またまたー。ホントは俺のことがすごく気になってる癖に」
「だから!何であたしが陣内さんのこと気に掛けてることになってるのよ?どういう思考回路してんの?」
猛然と抗議する麻耶さんに陣内さんは、「照れない、照れない」って茶々を入れた。
「ホント、素直じゃないなー、麻耶さん。でも、そんなツンデレの麻耶さんもカワイイけどね」
「バッカじゃない。頭ン中、お花畑でも咲き乱れてんじゃないの?」
さらりと何の衒いもなく言い放つ陣内さんに、付き合いきれないって顔で麻耶さんが肩を竦める。
何となく分かった。こういうのは麻耶さんと陣内さんの社交辞令みたいなものなのだ。その証拠に陣内さんの口調は楽しげだし、麻耶さんも心から怒ってはいない風だった。
すみません。離れた席から声が上がる。はい、ただいま。瞬時に仕事の顔に戻った陣内さんが、あたし達の前から離れて行った。
「ホント軽薄なんだから」
後姿を睨みつけて忌々しげに漏らす麻耶さんの横顔を盗み見ながら、本当のところはどうなんだろう、って思いを巡らせた。あんな風に気の置けない会話を交し 合えるのは、気が合う証拠なんじゃないかなって思えた。男女の機微には全く自信のないあたしだったけど、麻耶さんと陣内さんの二人だったら、お似合いなん じゃないかな。今まで麻耶さんから付き合ってる男性(ひと)の話とか聞いたことはないけど、同性のあたしでも素敵だと思える麻耶さんに恋人がいるのなんて 当たり前だし、何の不思議もなかった。
あまり立ち入ったことを聞いたら迷惑かななんて気が引けて、麻耶さんに陣内さんを実の所どう思っているのか聞くことも出来ず、陣内さんが作ってくれたカクテルに口を付けた。オレンジ色のその液体は甘くて、お酒が苦手なあたしでも美味しいって感じられた。
「美味しいです」
そう麻耶さんに告げると、麻耶さんはにっこりと笑顔を浮べた。
「それはよかった。あんな女たらしだけど、カクテルを作らせたら腕はいいんだよね。それと客のオーダーにもきっちり応えるしね。アルコールは殆ど入ってないと思うから、安心して飲んで大丈夫だよ」
自分が作ったものででもあるかのように言う麻耶さんの言葉からは、陣内さんの仕事に対する信頼が感じられた。
それからお店には立て続けに何組かのお客さんが訪れて、忙しく立ち回る陣内さんは、なかなかあたし達のところに来る暇を作れないようだった。

頭上で空気が動いて、はっとして顔を上げた。すぐ隣で麻耶さんがあたしの頭の上に手を伸ばしていた。
「え、あの、麻耶さん、何か?」
「いや、栞ちゃんの頭上の空間が歪んでたから。何か今にもブラックホールが出現して来そうだったよ」
冗談ともつかない口調で麻耶さんに言われた。しっかり見抜かれてて恥ずかしくて顔が赤らむ。
「何か悩み事?よければ相談に乗るよ。だからって適切なアドバイスが出来るかどうかは分かんないから、そこんトコはあんまり期待しないでね」
すごく気楽な雰囲気で麻耶さんが言ってくれた。麻耶さんにこんな風に言ってもらえると、本当にそれだけで胸の痞えがすっと溶けて気持ちが楽になる。するすると言葉が出てきて、胸の内を打ち明けられそうな気持ちになる。
「ありがとうございます」
いつも思うけど麻耶さんってこういう風に、相手の気持ちを和ませるの上手だなあ。ほんの少しだっていいから、麻耶さんのこういう所を見習って自分も変われればいいのに。麻耶さんみたくなれたらいいな、なんてつい憧れてしまう。
本当に麻耶さんって素敵だ。麻耶さんがいるだけでその場の空間がぱっと明るくなって、華やいだ雰囲気に包まれる。明るくて陽気でユーモアもあって、人を笑 わせたり楽しませるのが得意で、一緒にいると誰だって自然と顔が綻んできちゃう。社交的でフレンドリーで、それこそ初対面だとしたって麻耶さんと会ったそ の瞬間に、心の垣根なんてぽーんって取っ払って、打ち解けた仲になれそうな気がする。その上、さりげなく人を気遣ったり相手の気持ちを思い遣ったりするの がすごく上手で、優しくて思いやりに溢れている。
どうしたらこんなに素敵な人になれるんだろう。羨望と憧れの入り混じった気持ちで思う。だけどあんまり素敵過ぎて、絶対自分には無理だって思えて、どんな に努力してみても麻耶さんの足元にだって及ばない気もして、少し嫉妬を感じてしまったり、我が身を振り返って落ち込んだりもしてしまう。
麻耶さんだったら迷ったりしないんだろうな。毎日生き生きとしていて、モデルって仕事に自信と誇りを持ってるんだろうな。
「何か、向いてないんじゃないかな、なんて思えて」
「んー?」
ぽつりと零した。問いかける視線を麻耶さんが送って来る。
「モデルって仕事、あたしなんかには向いてないのかも」
「どうしてそう思うの?」
「え、だって・・・」
少し言い淀んでから、おずおずと続きを口にした。
「あたしなんか全然ぱっとしないし、未だにカメラに撮られるのも慣れないし、雰囲気にも馴染めてないし・・・」
事務所にはもう何人もあたしの後に新人のモデルのコが入って来てて、彼女達の方が事務所にもこの業界にもカメラに撮られるのにも、よっぽど馴染んでるように見える。
「んー、向いてるか向いてないかは、何とも言えないかなあ?人それぞれだしねー」
少し距離を置くような口振りだった。そう感じて、はっとした。仕事なのに甘えてる、そう思われたのかも知れない。
「自分では向いてないって思っても、必要とされてるってこともあるんじゃないのかな?」
麻耶さんに厳しいことを言われるんじゃないか、緊張して強張った表情で身構えていたら、麻耶さんから、栞ちゃんはどう思う?そう問いかけるような微笑みを投げかけられた。
いつも優しく接してくれる麻耶さんに、甘えきった愚痴を零したことを叱られるんじゃないかって不安になってたあたしは、少し拍子抜けしてしまった。
あたしのぽかんと呆けた顔を見て、麻耶さんはふふって笑って更に顔を綻ばせた。
「あたしと栞ちゃんとはタイプから何から全然違うじゃん?悠さんとだって違うし、桃花(ももか)ちゃんとも歌鈴(かりん)ちゃんとも違う。あのさ、ファッ ション雑誌を見てくれてる人達って、色んな人がいると思うんだよね。様々な層の人達だったり、性格だってスタイルだって、千差万別で、好みだって十人十色 だろうし」
麻耶さんの言葉に相槌を返す。そんなあたしを見て、じゃあ続きを話すねって感じで麻耶さんも小さく頷いた。
「だから、そんな色んな人達がいれば、あたしみたいなタイプの着る服を参考にしたい人もいれば、あたしみたいなタイプじゃないし、っていう人達もいて、栞ちゃんのようなコが似合うファッションを見習いたいっていうコ達もいると思うんだよね」
ああ、それはそうかも知れない。麻耶さんの話に心の中で頷く。
「少なくともあたしは、栞ちゃんには栞ちゃんにしか出せない雰囲気があるって、思う。他の誰にも出せない空気を、栞ちゃんは生み出してる。雰囲気とか、空気とか、カラーとか、栞ちゃんの周囲に、栞ちゃんにしか生み出せないそういうものがあるって、あたしは思ってるから」
あたしのこんな言葉じゃ、栞ちゃんが自信を持つのに全然足りないかな?麻耶さんから問いかけられる。
髪を揺らして首を振った。そんなことない。麻耶さんにそんな風に言ってもらえて、すごく勇気付けられた。
麻耶さんはとても温かい微笑みであたしを包んでくれた。
「まあ、少なくとも」すぐに、麻耶さんは少しくだけた口調になって話を続けた。
「あたしの口先だけの、何の根拠もない話じゃ全然保証にもなってないだろうけど、栞ちゃんが自分自身ではこの仕事に向いてないって感じてはいても、平井さ んや事務所は必要って判断してくれてるんじゃないかなあ。だからこそ仕事の話が入ってくるんだろうし、そのことは紛れもない事実、でしょ?」
同意を求める麻耶さんの視線に頷き返す。
「取り合えずは、周囲から必要とされてて与えられる仕事に全力で取り組んでみてはどうかしら?そこから気付いたり見えてくるものがあるんじゃないかな」
麻耶さんは自分では“口先だけの何の根拠もない話”なんて言うけれど、そんなこと全然ない。麻耶さんの言葉は揺れ動く気持ちを落ち着かせてくれて、迷ってた自分の前に道筋を示してくれる。そう思いながら頷いた。
「なあんて、偉そうに言ってるけど、あたしも同じだかんね?」
おどけた調子で麻耶さんは締めくくった。言った後で麻耶さんは、にっこり、って言うよりは、にかっ、て感じで笑って、あたしを笑わせた。
声を上げて笑いながら、「はい」って頷いた。
麻耶さんも今の仕事に、何の迷いも不安も戸惑いも感じないで続けられてる訳じゃないんだ。そう教えてくれた。そのことがもっとあたしを勇気付けてくれた。

頭が取り立てていい訳じゃなかったし、運動は大の苦手だった。生真面目と言えば聞こえはいいけど実態としては小心者なだけで、学校では周囲を気にしつつ取 りあえずはこつこつと勉強はしていたので、大体学年でも上の下くらいの成績はキープできてたと思う。高校は県内で一応名門っていわれる女子高に進めたし、 大学も指定校推薦で早々に進路を決めることができた。
先生から見れば目立たないけれど、真面目で堅実な手のかからない、扱いやすい生徒だったんじゃないかって思う。そして恐らくは特徴のない、印象に残らない生徒だっただろう。卒業してしまえば数年で、そんな生徒いたかな、なんて忘れ去られてしまうような、そんな生徒。
周囲の評価も真面目で通ってた。後は取り立てて何の取り柄もない、平凡を絵に描いたような学生時代だった。多くはなかったけど、それなりには仲のいい友達 もいた。ただ、じゃあ何でも心置きなく打ち明けられるような親友って呼べる程の関係を築けた友達がいたかって言うと、それは分からない。
高校時代の友人にしても、大学時代の友人にしても、今でも年賀状を送り合ったりはしてるけど、年に1回も会うこともなかった。モデルになった当初こそ周り に人が増えたり、連絡をくれる旧友が増えたりして、すごい、羨ましい、って賛辞を贈られたりしたけど、それって実は枕詞で、その後決まって、有名なモデル の人に会わせてとか、撮影の見学に行かせてとか、芸能人と会える?とか、そんなお願いや質問が続いた。
それだって間もなくすぐに下火になった。何故って、人見知りで人と親しくなるのが苦手なあたしが、他のモデルのコや業界の人達と広く知り合いになることがなかったから。
すっかり学生時代の友達とは違う道を歩んでる、そう感じられた。だけど、じゃあ今の毎日があたしの人生かって聞かれて、それにも違和感を感じる。この間の パーティーみたいな席で、自分がひどく場違いな場所にいる気持ちになる。他のみんなは楽しそうに笑いさざめいているのに、あたし一人だけ間違ってそこに迷 い込んでしまったような招かれざる客、そんな風に感じられてしまう。
何処にあたしの居場所はあるんだろう?あたしの居場所?あたしに相応しい場所、あたしがいるべき場所なんて、あるんだろうか?何処かに?何処に?そんな疑問がここ一、二年、ずっと頭の片隅に居座り続けている。

◆◆◆

麻耶さんの姿が見えないなって思っていたら、廊下を曲がった人目につかないところで電話をしていた。何だかすごく楽しそうな笑顔を浮べている。いつも明る く笑ってる麻耶さんだけど、あんなに嬉しそうな笑顔はあまり目にした覚えがなかった。つい気になって、悪いって思いながらも麻耶さんの様子を遠目に観察し てしまった。
驚かずにはいられなかった。嬉しそうに笑っていたかと思ったら、口を尖らせたり、そうかと思えばまた零れそうな笑顔を見せたり、くるくると目まぐるしく表情が変わる、こんな麻耶さんは今までみたことがなかった。
麻耶さんにこんなに魅力的な表情を浮かべさせる相手は一体誰なんだろう?気になって仕方なかった。電話で話してる相手は麻耶さんの大好きな人なのかも。そう思って、はっとした。もしかしたら電話の相手は麻耶さんにとって大切な、掛け替えのない人だったりして。
そう思えても全然不思議じゃない麻耶さんの素振りだった。すごく可愛くて魅力的な、女性らしさ、ううん、むしろ少女みたいな無邪気さとあどけなさを今の麻耶さんは湛えていた。
麻耶さんが笑顔の裡に電話を終えた。あっ、まずいって思ったけど手遅れだった。視線を上げた麻耶さんとばっちり目が合ってしまった。あたしの今の格好は曲がり角から顔だけ出して、誰がどう見たって覗き見のような真似であるのは、今更言い訳のしようもなかった。
あたしを見て麻耶さんはちょっと目を瞠ったけれど、すぐにはにかんだ笑顔を浮べた。
「あれ、どったの?栞ちゃん」
その声には少しも咎めるようなニュアンスは感じられなかった。だけどあたしの方は、あんな振る舞いをしてしまって気まずくて仕方なかった。
「あ、あの、ごめんなさい。麻耶さんの姿が見えなかったから探してて・・・」
「あ、そーだったんだ。ごめんね」
「いいえ、あたしの方こそ、ほんとにすみませんでした。あんな立ち聞きみたいなことして・・・」
思いも寄らず先に麻耶さんに謝られてしまって、慌てて謝り返した。
「んーん。それこそ栞ちゃんが謝るようなことは、全然なーんにもないよ。廊下で電話してたのはあたしの方なんだから。それに聞かれて困るような話してた訳でもないしね」
そうフォローしてくれる麻耶さんは、あたしのよく知ってるいつもの麻耶さんだった。飄々としててサバサバしてて。さっきまでの初々しさやあどけなさを湛えた何処か少女を思わせる面影は、もう大切にしまわれてしまった。あんな表情を麻耶さんはどんな相手に見せるんだろう?
「あ、麻耶さん、栞ちゃん、撮影再開します」
桃花さんがあたしと麻耶さんを呼びに来てくれた。
「はーい、今行くー」
明るい声で答えた麻耶さんは「さ、行こ。栞ちゃん」ってあたしを促した。頷いて麻耶さんの後に続いた。
その後の撮影の間もずっと、麻耶さんが電話していた相手のことが気になっていた。
いつだったか事務所の先輩達が話してたことを思い出していた。
「麻耶さんって交際してる人いるのかなあ?」
撮影現場での休憩中、同じ事務所の衿里香(えりか)さんと真貴(まき)さんが話してる中に、麻耶さんの名前が挙がって耳に止まった。
「さあ?どうなんだろ。でも、男がいるって聞いたことないねー」
「オープンな性格だけど、異性関係は秘密主義っぽいよねー」
そんな話が聞くともなしに耳に入って来た。噂話に耳をそばだてるなんてあまりお行儀がよくないとは思ったけど、麻耶さんのことを話してたので、ついつい聞き入ってしまった。
「栞ちゃんは知ってる?」
急に話を振られて、慌てて首を横に振った。
「そっかー。麻耶さんと仲のいい栞ちゃんが知らないんじゃ、ホントにいないのかなー、付き合ってる相手」
ふうん、麻耶さんの交際相手かあ。秘密主義、なのかな?
麻耶さんと割りと親しい間柄だと自分では信じてるんだけど、確かに麻耶さん本人からも付き合ってる男性がいるような話は、全然聞いた覚えがなかった。
決して男性からの人気がない訳じゃないって思う。気取らなくて飾らない性格が、男の人の目からは少し恋愛対象になりにくく見えたりするのかも知れないし、 作った感じの女性らしい振る舞いっていうのをしないし、普段の麻耶さんってどちらかっていうと颯爽としてて“ハンサム”なイメージが強いので、そういった 点で敬遠したがる男性も中にはいるのかも知れない。
麻耶さん本人は、男の人にモテた例(ためし)がない、なんて嘯(うそぶ)いてたけど。高校生の時なんか女子のファンクラブがあったんだよ。麻耶さんから嘆 く声で告白されたことがあった。高校では弓道部に入ってて、確かに麻耶さん背も高いし、弓道の道着を身に着けた姿はさぞかし凛々しかっただろうなって想像 できた。あたしも同じ高校だったらファンクラブに入ってたかも知れない。
麻耶さんって男性に引けを取らないっていうか、男勝りっていうか、確かにそんな一面はある。だけど女性らしさがない訳じゃない。ふとした時に見せる笑顔な んて、同性のあたしでもはっと見とれてしまうくらい、綺麗で素敵だ。それに茶目っ気だってすごくあって、とっても可愛くてチャーミングな女性なのを、あた しはよく知ってる。
先日お会いした陣内さんのことが頭を過ぎった。いい雰囲気なのを時折感じたりもしたし、話した印象では陣内さんは素敵な大人の男性だったので、麻耶さんに お似合いだとも思った。陣内さんの方は麻耶さんに対して満更でもない素振りを見せていたけど、ああいうお店でお客さんを相手にしている人だから、あたしみ たいな未熟な人間に真意なんて分かる筈もない。ただ、麻耶さんは全否定してたし、何となくだけど麻耶さんが言うとおりの関係なんだろうなって、そんな感じ がした。
陣内さんは少し大人の男性過ぎるのかも知れない。麻耶さんは場面に応じてエレガントに振舞ったり、スマートに振舞ったり、大人っぽく振舞ったり、そういう ところすごく器用で大人だなあって思う。でもそうじゃない、装っていない麻耶さんはあどけなくて無邪気な素顔を隠し持ってる。キュートなとこ、ラブリーな とこ、意外と子供っぽいところ。そうした部分に大人の寛容さと余裕で上手に応じてくれる男性をではなくて、そんな自分と同じ視線、意図してのものじゃなく て自然と同じ目線になってくれて、一緒に無邪気に楽しんだり、一緒に笑い転げてくれる、そういう男性を麻耶さんは待ち望んでるような気が、あたしにはし た。
ただそれはあくまであたしの勝手な推論でしかなくって、本当は麻耶さんがどんな男性を好きなのかは分からない。麻耶さんの好みっていうのも全然聞いたこと がなかった。あまり麻耶さんが男性について「カッコイイ」とか「素敵」とか「憧れる」とか話してるのを、耳にした覚えもなかった。(キアヌ・リーブスと ジョニー・デップは好きだって聞いたことがある。)やっぱり真貴さんが言うとおり、こと男性関係については徹底した秘密主義なんだろうか?
そう考えて、あたしにもそういう話や相談を何一つしてくれなくて秘密主義を貫いているのは、麻耶さんの中ではあたしはそれ程打ち解けた関係とは見做されていないのかも知れないなんて思えてきて、壁があるように感じられて少し淋しかった。
 


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