【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ Vegetable Party (4) ≫


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千帆、結香、宮路先輩、誉田さん、冨澤先生が連れ立ってやって来て、あたしと春音を囲んでくれた。
今日はまだ千帆達とゆっくり話す機会がなかったので、彼女達の笑顔が見られて嬉しかった。
「萌奈美、春音、お疲れ様」
「料理、どれもすんごく美味しかったー」
千帆と結香に言われて、春音と笑顔を交わし合う。
「去年の正月にも萌奈美ちゃんの手料理食べさせてもらって美味かったけど、一段と腕上げてない?」
誉田さんがそんな嬉しいことを言ってくれる。
「愛する人のために毎日作ってるんだから、そりゃ上達するよねー」
すかさず結香が口を挟んでくる。もう、結香ったら、すぐそういう冷やかすようなこと言うんだから。オーバーな表現に気恥ずかしさを感じながら、眉間に皺を寄せて結香を睨みつける。
隣では恥ずかしいからか匠くんが聞こえない振りをしてる。
「でも、本当に美味しかったよ」
宮路先輩が素直な感想を聞かせてくれる。
「春音もこんなに料理上手なんだから、もっと食べさせてくれると嬉しいなあ」
「考えとく」
冨澤先生がリクエストするも、春音の返答はひたすら連れないものだった。どうしてそこで素直に、今度食べさせてあげるね、って言ってあげないのかなあ。本 当に春音、料理すっごく上手なんだから、もっと冨澤先生のために作ってあげて、冨澤先生を喜ばせてあげればいいのに。冨澤先生に対する春音の素っ気無い対 応には、毎度のことながら溜息が出てしまう。
「どの料理がよかった?」
折角だし、どのお料理が気に入ったか聞いてみた。
「えー、どれも美味しかったから、迷っちゃうけど・・・」
少し悩ましげに眉根を寄せて千帆は考え込んでしまった。
「スパゲッティーとスープは、やっぱりすっごく美味しかったし・・・アボカドが好きだから、アボカドとトマトのサラダよかったな。あと、ピクルス美味し かった。あたし、お酢の酸っぱさってあんまり得意じゃないんだけど、今日食べたピクルスはそんなにお酢が利いてなくって、その分レモンの酸味を利かせて あって、爽やかな感じですごく食べやすかった」
それから千帆に聞かれた。
「今度、自分ちでも作ってみたいな。レシピ教えてくれる?」
そんなに気に入ってくれたのが嬉しくって、「うん。もちろん」って満面の笑顔で頷いた。
「ロール白菜って面白いよね。ああ、成る程って思った。味もちょっと和風っていうのかな?」
そう!よくそこに気付いてくれました。宮路先輩の感想に相槌を打つ。ネットのレシピで見つけたんだけど、今の時期白菜が美味しいし、ロールキャベツならぬ ロール白菜なんて面白いかなって思った。しかも、レシピでは酒粕やしょうがを使って、白菜に合わせて味の方も和風にしてて、口に入れたときの意外さが際立 つんじゃないかなって思って、正に狙ってた通りの反応を宮路先輩が伝えてくれて、「やったー、大成功」って快哉を叫びたい気持ちになった。
「俺はチヂミと焼き鳥と、それから豚肉と大根のヤツ、美味かったな」
誉田さんは男の人らしい感想だった。やっぱりがっつりした感じのとか、こってりした味付けのが好きなんだ。全体的には野菜を沢山使った、あっさり目のメニューが多かったから、特に男性には濃い味の料理が好評だったみたい。
「あ、焼き鳥美味しかったよね。あたし、鳥の皮ってぶよぶよしてて割りと苦手なんだけど、今日のは大丈夫だった」
結香が誉田さんの感想に頷いて言った。
「簡単焼き鳥」は漫画に出てくるメニューで、皮付きで皮をカリッと香ばしく焼くのがポイントだった。焼き上がったところにレモンを絞って、レモンの風味であっさりと食べやすくしてあった。
「それとハッセルバックポテト。初めて食べたけど、あたし気に入っちゃった」
結香が言葉を続けた。ハッセルバックポテトはじゃがいもを丸ごと使ってあってボリュームが出るし、見た目にも楽しくって、今日のは特に挟む食材を増やして豪華にしたこともあって、特に人気が高かった。春音の労作だ。
「冨澤先生はどうでした?」
「うん。どれも美味しかったよ」
「そういう優等生的回答じゃ物足りません。春音だってそう思ってますよ」
春音を引き合いに出すあたしに、春音はちらっと視線を向けてきたけど、すぐに我関せずって感じでぷいっと視線を戻してしまった。素直じゃないなあ。冨澤先生からどれが好きだったか、聞きたくないのかなあ?
あたしの抗議に、冨澤先生は困ったように苦笑を浮べた。
「そうだなあ。スパゲッティーはホント、店で食べるような感じで美味しかったな。あとは個人的には、れんこんのとかブロッコリーのとか、ナムルだっけ?良かったな」
冨澤先生はお酒のおつまみ的なのを気に入ってくれたみたいだった。それぞれ「れんこんのきんぴら」「ブロッコリーのペペロンチーノ」「にんじんと大豆もや しの二種のナムル」ってお料理で、「れんこんのきんぴら」は『花きゃべつひよこまめ』に出てきた、後の二つは春音とネットで探して作ることにしたお料理 だった。九条さんや誉田さんはお酒好きだし、漫画の中で「れんこんのきんぴら」を作ったリカさんが、「酒の肴にも合うでしょう?」って聞いて、みんなが 「合う、合う!」って喜んでる一コマがあって、あたしもお酒が進むようなお料理を最初に出したいなって思ったのだ。冨澤先生の他にも、リビングに料理を 持って行った時に、お酒を飲みながら、れんこんのきんぴらや、ブロッコリーのペペロンチーノ、あとレタスのオイスター炒めとか、「これ美味しいね!」「酒 にメチャクチャ合うなあ」って竹井さんや漆原さんの声が聞けて、これも狙いバッチリですっごく嬉しかった。
みんなの感想が聞けて大満足のあたしだったけど、まだもう一人、肝心の相手からの感想を貰ってなかった。
ちらり。横目で隣にいる匠くんの様子を窺う。匠くんは向かいに座る丹生谷さんに赤ワインを注いでいる。今日はみんなのために腕を振るったのはそれはもちろ んそうなんだけど、それでみんなからの喜びの声が聞けてもちろんたまらなく嬉しいんだけど、でもやっぱり一番待ち遠しく思ってるのは、匠くんの言葉なんだ よ。ちゃんと気付いてくれてる?小さな願いを胸の中で呟く。
そんなあたしの様子を、あたしの向かいに座る紗希さんが気付いて、口元を綻ばせる。紗希さんに微笑まれて頬が熱くなる。
「佳原さん、萌奈美ちゃんがお話があるみたいよ」
「え?」
匠くんがあたしを見る。
「何?萌奈美」
紗希さんと丹生谷さんに話を聞かれてるのが少し気に掛かりはした。だけど匠くんへの気持ちを誰に隠す必要もない。誰がいたって誰が聞いてたって、匠くんを想う気持ちのままに行動すればいい。
「今日のお料理、匠くんはどれが一番美味しかった?」
「へ?」
間の抜けた声が匠くんの口から漏れる。
「まだ、匠くんから聞かせてもらってないもの」
少し不満げな顔で告げる。みんなは、これがよかった、これが美味しかったって、色んな感想聞かせてくれてるのに。
匠くんが人前でそういうこと言うの苦手だって、「美味しい」とか「好き」とか、自分の感情を込めた言葉を告げるのを嫌がってるの、よく分かってる。だけど それでも聞かせて欲しくなる。みんなが聞いてるこういう場面で、他の人にだったら絶対言わない言葉も、あたしのためにだったら言ってくれる匠くんを見せて 欲しくてたまらなくなる。あたしへの想いを伝えて欲しくて我慢できなくなる。
匠くんから片時も視線を離さなかった。
こういう時の匠くんはさながら針のむしろに座らされているかのよう。落ち着きなく居たたまれない素振りで、ここから逃げ出したくて仕方なさそうだった。
だけど逃げないで、伝えて?
「全部美味しかった」
匠くんは許しを請うようにあたしを見た。
「じゃ、ダメ?」
物足りない眼差しを送るあたしに気付いて、匠くんは困った表情を浮べる。
「だって、どれが一番かとか決められないよ。萌奈美の作る料理は全部美味しいから」
あ、その言葉はちょっと嬉しいかも。
順位を付けるのは難しいんだったら、じゃあ匠くんはどれが気に入ったかを聞くことにしようっと。
「それじゃあね、匠くんはどのお料理が気に入った?」
質問し直すあたしに、またもや匠くんは困窮したみたいだった。眉間に皺を刻んで悩ましげな顔をした。
それから匠くんはあたしの方に屈んで、小声で耳打ちした。
「難問だから時間もらっていい?ゆっくり考えて後で答えるからさ、それで許して」
うーん。みんなの前で聞かせて欲しい気持ちもあるけど、あんまり困らせても可哀相だから、ここは匠くんの要求を聞いてあげることにしようかな。
「じゃあ、後でちゃんと聞かせてね」
あたしも匠くんの耳元で囁き返して瞳を覗くと、匠くんは頷いた。
「サンキュー」もう一度顔を寄せて匠くんが耳打ちする。
そして更に声を潜めて匠くんは囁いた。
「明日帰ったら、目一杯お礼するからさ」
その含みのある響きにドキッとした。顔が離れる時、匠くんの瞳が悪戯っぽい光を放つ。もう、こんなトコで何てこと言うの、匠くん?顔を赤くしながら抗議の視線を送った。
「内緒話なんて怪しい」
紗希さんに探るような視線で見つめられる。
更に顔を真っ赤にして、わたわたしてしまった。
後でちゃんと約束通り、匠くんはどのお料理がお気に入りだったかを教えてくれた。花きゃべつスパゲッティーとひよこ豆スープを、匠くんはまずベタ褒めして くれた。パスタは匠くんの大好物で、あたしもパスタを作る時は一層気合が入ってしまう。匠くんに美味しいって言って欲しくって。それに匠くんはミネスト ローネとかポトフとか、あたしが作るスープやシチューも大好物で、ひよこ豆のスープも匠くん気に入ってくれるだろうなって、ちょっと予想はしてた。この二 つは漫画に出てくるお料理でもあるんだけど、作りながらまず誰よりも匠くんへの愛を込めて、匠くんの喜ぶ顔を思い描いて気持ちを注いだ。その気持ちがお料 理を通して匠くんにも目一杯伝わったのが、匠くんの言葉から分かった。
他にも匠くんは今日披露した料理の一つ一つに愛が溢れるコメントを言ってくれて、ふわふわの雲の上でぽかぽかのお日様に照らされてるみたいに、あたしを温かくて幸せな気持ちにしてくれた。

◆◆◆

「萌奈美ちゃん、紹介するね」
改まった声で栞さんに呼び掛けられて、慌てて背筋を伸ばした。
向き直ると栞さんの隣に男性が座っている。目が合って少し緊張を覚えた。
「今日、萌奈美ちゃんずっと忙しかったからまだ紹介できてなかったんだけど、こちら壱原彰(いちはら あきら)さんです」
ちょっとはにかんだ顔で栞さんは隣にいる男の人を紹介してくれた。
「壱原です。どうも」
栞さんの紹介を受けて、壱原さんは自分でも名前を名乗って頭を下げた。
「あっ、初めまして。阿佐宮萌奈美です」
慌てて自己紹介し返してぺこりとお辞儀をする。
「え、っと・・・栞さんとお付き合いしてる方、っていうことでいいんでしょうか?」
多分栞さんからは恥ずかしがって、なかなか関係を明かしてくれないって思って、あたしから聞いてしまうことにした。
予想してた通り、栞さんは真っ赤になって恥ずかしがっている。壱原さんも困った顔で栞さんへと視線を投げた。
「ええと、あの、うん、と・・・そうです」
しきりに言いよどみながら、それでも栞さんは頷いてくれた。恥ずかしがりながら、栞さんがちらりと壱原さんを見て、壱原さんも照れた様子で栞さんを見返す。二人のそんなやり取りが微笑ましかった。
壱原さんのことは今日既にちらちらと見かけてて、一目見た印象ではすごく意外に思ったものだった。栞さんのお相手としては、想像してたタイプとは大分かけ 離れているように感じた。栞さんの恋人だったら、もっと小ざっぱりしたスマートな感じの人なのかなって勝手に思ってて、だけど壱原さんは口髭を生やして て、フレームの太い黒縁眼鏡をしてて、こう言っては何だけどちょっとモッサリしてる感じ?あたしにとって大好きな、憧れの人でもある栞さんの恋人ってこと で、少し偏見が入ってるかも知れない。格好も雰囲気も普通の会社員って感じじゃなくって、もしかしたらモデルをしてる栞さんと近い業界の人、例えばスタイ リストさんとかヘアメイクさんなのかも知れないって思った。
それにしても、今こうして改めて壱原さんと面と向かってみて、何だか見覚えのある顔立ちなのが気になっていた。名前も聞き覚えがある気がする。何処でだっただろう?
訝しい面持ちでいるあたしを前に、栞さんと壱原さんは少し苦笑したみたいだった。
「まだ気付かないみたい」
「そうだね」
栞さんと壱原さんのやり取りに、クエスチョンマークが頭の中に浮かぶ。
「あの・・・?」
遠慮がちに問いかけたら、栞さんはくすくす笑いながら教えてくれた。
「えーっとね、こちらイチさん、って言ったら分かるかな?」
は?イチさん?そう改めて紹介されてもすぐには分からず、まじまじと壱原さんの顔を見つめる。壱原さんはじっと見つめられて、居心地悪そうに眼鏡を直す仕草をした。
「まだ分かんないかな?んーっと、じゃあね、『RhymeDrive』って言ったら流石に分かるでしょ?」
えっ?栞さんの発言に驚きを隠せなかった。「RhymeDrive」?・・・「RhymeDrive」のイチさん!?
「えっ!?」
思わず大きな声を上げてしまった。盛大に驚きの表情を浮べるあたしを見て、栞さんが可笑しそうに笑う。
「改めまして、『RhymeDrive』のイチです」
苦笑交じりの笑顔で、壱原さんは再度そう名乗った。
えええーっ!?そう本人から聞かされても何だかすぐには信じられなかった。
「ほ、本当?」
「本当」
呆然とした顔で聞き返すあたしに、可笑しくって仕方ないって表情の栞さんが頷く。
「正真正銘、本人です」
壱原さんも保証するように頷く。だからって本人から言われて「はい、そうですか」って納得できるものでもないんだけど。
えええ、でもスゴーイ!栞さんのお相手が「RhymeDrive」のイチさんだなんて!
まだ驚きの表情を引っ込められないまま、この事実に大興奮していた。
一体どういうきっかけだったんだろう?いつから付き合ってるんだろう?幾つもの疑問が頭の中を駆け回っている。
「RhymeDrive」の曲は麻耶さんに教えてもらって、あたしもファンだった。すっごく元気が出て励まされる曲ばっかりで、聴いてると頑張ろう!って前向きな気持ちになれて、ファイトが湧いてくるんだよね。
「びっくりした?」
栞さんに聞かれて、まだ半ば呆然としながら「はい」って首を縦に振った。
「何だか、信じられないです」
あたしの返事を聞いて、栞さんがうふふって忍び笑いを漏らした。
「確かにそうだよね。あたしだって信じられないもん」
栞さんは自分でも信じられないことのように思ってるらしかった。まさか自分がラップをしてる人と付き合ったりするなんて、知り合う前は夢にも思わなかった。そう栞さんが照れながら聞かせてくれた。
「俺も、まさかモデルの人と付き合うことになるとは思ってもみなかった」
お返しとばかりにイチさんが呟く。二人が視線を交わして、また小さく微笑み合う。
そんな光景を目にして、柔らかい気持ちになる。浮ついた感じじゃなく、穏やかでさりげない二人の様子に、本当に上手くいってるんだなって容易に想像できた。とても幸せな恋愛を栞さんがしているって感じられて、自分のことみたいに喜ばしかった。
「今夜は本当にご馳走様でした。萌奈美ちゃんと志嶋さんのお料理、とっても美味しかった。二人共、本当に料理上手だね」
「うん。スッゲー美味かった。ホント、ご馳走様」
栞さんとイチさん、二人からお礼を伝えられてちょっぴり面映くもあったけど、とっても嬉しくてにっこり微笑んだ。くだけたイチさんの口調に、イチさんの方 からすごく距離を縮めてくれたように感じて、親近感を覚えた。その調子が如何にも「RhymeDrive」のイチさんそのものだった。

千晴さんと会うのは久しぶりだった。
「萌奈美、さっぱりテニスしに来ないんだもん」
そう言う千晴さんは、ほぼ毎回参加しているのだそうだ。カラオケが大好きなのは以前一緒に行ったことがあって知ってたけど、身体を動かすのも大好きみたいで、そう聞いて納得だった。いつも元気いっぱいだもんね。
「だって、受験だったから」
不満顔の千晴さんに言い訳する。
「そう言うけど、結香は結構参加してたよ」
千晴さんが不審げに指摘した。
結香も誉田さんと一緒に割りと頻繁に参加してるらしく、千晴さんとも何度も顔を合わせてて、もうすっかり大の仲良しになっているらしかった。千晴さんの呼び方にもそれが窺えた。
「結香は指定校推薦だったんです」
結香とあたしの立場の違いを説明した。指定校推薦は一般受験ほど受験勉強が大変って訳じゃなくって、合否が決まるのも遥かに早かった。結香も12月になる前には進路が決まっていた。
「じゃあ、次からは萌奈美も参加するんだね?」
問い詰められて返答に窮した。でも、今はまだ寒いし。そんなことを言おうものなら、千晴さんに「怠け者」とか言われちゃいそうな気がした。
なかなか答えないあたしに、千晴さんが疑いの眼差しを向けてくる。
マズイって思って、慌てて作り笑いを浮べる。
「あっ、でも3月の合宿には参加する予定です。千晴さんは参加するんですか?」
あたしが聞いたら千晴さんはぱっと顔を輝かせた。
「うん、もちろん!楽しみだよね!」
「はい。あたしも楽しみです」
上手く話の矛先を変えられたことに内心喜びつつ、千晴さんに相槌を返す。
「千晴さん、テニスも得意そうですね」
「うーん。得意っていうか、好きだけどね。スポーツは苦手じゃないし」
少し謙遜気味に千晴さんが言う。
「いいなあ。あたしはスポーツは大の苦手です。テニスも全然下手だし」
千晴さんが羨ましくて仕方なかった。
「だけど、萌奈美はこんなに料理上手じゃん。あたしは料理全然出来ないから、逆に萌奈美が羨ましいけど」
そういうものかな?誰にだって得手不得手があるってことなのかも知れない。千晴さんの言葉にそんなことを思う。
だけど待てよ。麻耶さんはどうなの?麻耶さんに苦手だったり不得意なものなんてあるんだろうか?そう考えても一向に思い浮かばず、改めて麻耶さんのすごさを思い知らされたような気がした。つくづく、スーパーウーマンだよねえ、麻耶さん。
「何話してんの?」
千晴さんと二人して顔を上げたら、竹井さんと飯高さんと恵美さんが連れ立って傍に立っていた。
「あ、竹井さん。3月に行く合宿旅行のこと。楽しみだなあって萌奈美と話してたんです」
「ああ。もう来月だもんな」
竹井さんが嬉しそうな声で言って、その場に腰を下ろして話に加わって来た。竹井さんの登場にちょっとドキッとした。もしかしたら千晴さんの傍に来たかったのかな?飯高さんと恵美さんの二人も、竹井さんに付き合う感じでその場に座った。
「恵美さんも行くんですか?」
「うん。そのつもり」
あたしの問いかけに恵美さんが頷く。
「恵美さんはテニスの方はどうなんですか?」
「大して上手くないわよ。千晴ちゃんにはもう全然敵わないもの」
恵美さんもテニス会に参加していて、千晴さんとは既に手合わせ済のようだった。
「千晴さん、結香とはどっちが上手なんですか?」
結香は市高ではテニス部で、しかもレギュラーだったから相当上手だ。
「蒼井さんも上手よね」
恵美さんが感想を漏らす。
「なんてったって、少し前までテニス部のレギュラーメンバーでしたから。大学でもテニス部に入るつもりみたいですし」
あたしの説明を聞いて納得した顔で恵美さんが頷く。
「いい勝負なんじゃないか?千晴ちゃんと結香ちゃん」
竹井さんは相当な実力者だ。あたし達の中では一番上手い九条さんに次ぐくらいの実力を持っている。その竹井さんが言うんだから、確かなことに違いない。結 香と肩を並べるなんて、あたしが予想した以上に千晴さんのテニスの腕はすごいらしい。ちょっと二人の対戦を見たくなった。結香の負けず嫌いな性格はよく知 るところだし、千晴さんも熱くなる性格のように見えるし、何だか白熱した試合になりそうだった。
竹井さんに「いい勝負」って言われて、千晴さんは少し得意げな感じだった。
「でも、ちょっと今ひとつサーブって苦手なんですよね。セカンドサービスになると途端に自信なくなっちゃうし」
少し弱気なところを見せて千晴さんが愚痴を零した。
「入れに行こうとすると、却って腕が振れてなくて安定しないんだよ。回転かけるようにすれば、むしろ思いっきり腕を振るほど安定性増すよ」
竹井さんがアドバイスする。
「スピンかけるのって難しくないですか?」
「まあ、練習はそれなりに必要だけどさ」
自信なさげな眼差しで竹井さんを見返す千晴さんだった。
「イメージとしてはボールの後ろ部分を下から擦り上げて打つ感じかな?あとは腕だけで回転をかけようとするよりは、ひざの曲げ伸ばしを生かして身体全体で回転をかけるつもりで打ったりね」
竹井さんはその場に立ち上がって、身振りを交えて千晴さんに説明した。
竹井さんを見上げた千晴さんが相槌を返す。
「千晴ちゃんバネがあるから、絶対上手く出来るようになるよ」
保証するような竹井さんの口振りに、千晴さんが嬉しそうな顔を見せる。
「俺、コーチするからさ、今度特訓しよう」
意気込みを見せて竹井さんが千晴さんを誘った。
「はいっ!竹井コーチ、よろしくお願いしますっ」
まるでスポ根もののようなノリで千晴さんが頭を下げた。
顔を上げた千晴さんが楽しそうに笑いかける。竹井さんも千晴さんに笑い返した。
あたしも釣られて笑顔になりながら、飯高さんと恵美さんが顔を合わせて笑っているのが目に留まる。その様子に、二人とも竹井さんの気持ちを知ってるんだなって分かった。陰ながら二人も竹井さんを応援してるんだった。
こう見てる限りでは竹井さんと千晴さん、二人息が合ってるように思う。ただ、ちょっと恋愛の甘い雰囲気が感じられないのはどうしてだろう?まだまだ竹井さんの頑張りは続くことになりそうだった。

そうそう。飯高さんと恵美さんは婚約したんだった。
「恵美さん、飯高さん、ご婚約おめでとうございます。なんて、大きくタイミングはずしちゃってますけど」
遅ればせながらお祝いの気持ちを伝える。
「ううん。ありがとう」
少し恥ずかしげな顔で恵美さんが笑う。飯高さんも照れたように笑っている。
「日取りとかもう決まったんですか?」
「ううん。具体的にはまだ全然。お互いの両親には挨拶は済ませたんだけど」
再来年の頭あたりにしようか、って二人で相談してて、今、式場の見学をしに行く予定を立てている最中なのだそうだ。
そんな恵美さんの左手の薬指には、眩い婚約指輪がキラキラと綺麗な光を放っている。
社内恋愛の飯高さんと恵美さんは、会社に二人が交際していることを公にした際、結構大変だったという。
「あたしの隣の席の先輩が社内の大の事情通でね、ずーっと隠してたから、飯高さんと交際してること打ち明けたら、結構叱られちゃった。水くさいって。最後には許して祝福してもらえたんだけどね」
苦笑を浮べつつ、恵美さんがその時あったエピソードを披露してくれた。
そういうものなんだ。感心しながら恵美さんの話に相槌を打った。
何より飯高さんは社内の有名人だそうで、別に女性社員にモテるってことではないけれど、それでも飯高さんが婚約したって話は、結構社内で評判を呼んだらし かった。恵美さんもそのお相手ってことで注目を浴びることになって、しばらくは随分と社内を歩くのが恥ずかしかったらしい。
あまりよく知らない社員の人からも「おめでとうございます」なんて言われたりして、恵美さんは戸惑いを隠せなかったそうだ。
「営業部の伸夫さんと同じ課の人から聞いたんだけど、あちこちの営業所から電話があって大変だったんだって。飯高さんへのお祝いの電話が掛かって来て」
ちょっと呆れるような顔で恵美さんは飯高さんを見た。
「ホント、伸夫さん、顔広いよねー。ほぼ全国の営業所にまで知られてるんだから」
間違いなくそれって賞賛じゃなくて呆れてるんですよね?
「いや、笹野さん、大袈裟に言い過ぎ」
恥ずかしそうに飯高さんが訂正を求める。流石にからかわれてるって分かってるらしい。
「何か思ったより伸夫さんと結婚するのって大変そう」
前途に不安を感じるのか、少し憂鬱そうに恵美さんが溜息を吐いた。
「いや、そんなこと全然ないって!大丈夫だから!笹野さんは何も心配しなくて平気だから!」
激しく取り乱した飯高さんが言葉を重ねて恵美さんを宥めた。やっと婚約まで漕ぎ着けたのに、今更婚約解消にでもなったら堪らない。そんな心境が垣間見えるようだった。
「本当に?」
「本当に!」
「誓える?」
「誓います!」
恵美さんも本気で結婚を躊躇ってる訳じゃなくて、飯高さんをちょっと困らせたくなって、それで必死な姿を見せてくれる飯高さんに、甘い気持ちに浸って楽し んでいるだけだった。だけど飯高さんはそんな所まで気が回らずに、恵美さんが本気で迷っているんじゃないかって焦ってしまってて。飯高さんには悪いけど、 二人のやり取りを聞いてて笑い出しそうになるのを我慢できなかった。慌てて俯いて、何とか声を上げるのだけは堪えて、だけど肩が震えてしまうのはどうにも 隠せなかった。
何だか結婚してからの二人までが想像出来てしまう一幕だった。
「ところで萌奈美ちゃんはどうなの?」
飯高さんをからかうのは一段落ついたらしい様子の恵美さんに聞かれた。
「萌奈美ちゃんと佳原さんも婚約してるんでしょ?高校もいよいよ卒業なんだし、籍入れたりとか式挙げたりとか考えてないの?」
恵美さんの指摘に目が点になった(ような気がした)。そんなこと、全然考えもしなかった。そっか。そう言われればそうなんだ。
一昨年の夏休み、匠くんがプロポーズしてくれて、だけどその時はまだ二年近く先なんて、果てしなく遠いことのようにしか思えなかった。なのに、遥か遠い先 のことにしか思えなかった卒業の日が、すぐ目の前まで訪れているんだった。そう気付いて胸が一杯になった。感動?感慨?今この胸に迫る気持ちは何て言い表 せばいいんだろう?
あの夏に感じた逸る気持ちや焦燥が、この二年近い間に再びあたしの胸に湧き起こってくることはなかった。それは、匠くんと一緒に暮らしてるから。匠くんと片時も離れることなく寄り添って、触れ合っていられる今の生活があるから。
「うん。まだ全然考えてないんです。今、匠くんと暮らしてて、いつも一緒にいられるから、それで満足しちゃってるみたい」
あの時大騒ぎしてた自分や、周りのみんなを振り回して迷惑をかけてしまってたことを思い出して、ちょっぴり恥ずかしくなりながら打ち明けた。それにゲンキン過ぎる自分にも恥ずかしくなった。
「そうかあ。そうね。気持ちが落ち着いてるんなら、急ぐ必要はないものね」
納得した顔で呟く恵美さんに、笑顔を返した。
だけど結婚式って言葉を聞いたら、俄かに憧れる気持ちが芽生えた。結婚式。ウエディングドレス。誓いの言葉。考えるだけで胸がときめいてしまう。そうだよ ね。高校卒業したら、いつ結婚したっていいんだから。あたし達も再来年あたり結婚式あげちゃおうかな?そんなことを匠くんに相談してみようかなって気持ち になっていた。
 


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