【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ Vegetable Party (3) ≫


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夕食会をスタートする前に、一度集まろう。萌奈美ちゃん達もリビングに来てくれる?九条さんが呼びに来て、あたし達はリビングに集まった。みんな席に着いていて、あたしは空いている匠くんの隣に、春音はあたしと冨澤先生の間に、紗希さんは丹生谷さんの隣にそれぞれ座った。
テーブルに着いたみんなの顔をそれとなく見回す。紗希さんにも沢山手伝ってもらって、春音と二人で腕によりをかけて作った料理を、これからみんなに振舞うことを思ってちょっと緊張してくる。
「始めに、主催者に挨拶してもらおうぜ」
九条さんが提案する。九条さんはこういうのに手馴れてて、仕切るのがとても上手かった。
「って訳で、萌奈美ちゃん一言よろしく」
九条さんに振られて焦りまくる。
「え、え?あたし?」
慄くあたしに、九条さんが如何にもって首を縦に振る。
「このパーティー発案したの萌奈美ちゃんでしょ?ってことは、萌奈美ちゃんが主催者になるんだからね」
そ、それは最初に言い出したのはあたし、かも知れないけどぉ・・・途方に暮れて匠くんに助けを求める。
匠くんは困ったように笑った。諦めて覚悟を決めたら?その瞳が語りかけてくる。
うううー。
「さ、萌奈美ちゃん、立って立って」
九条さんに促される。にこやかではあるけれど有無を言わせない、そんな九条さんの笑顔だった。
逃げられそうにもなくて、恐々と立ち上がる。だけどやっぱりみんなの前に一人で挨拶に立つなんて勇気が出なくて、隣に座る春音の腕を引っ張った。
「春音、一緒にお願い」
懇願するあたしに春音は、仕方ないなあ、とでも言いたげに口元に苦笑を浮べて、それでも一緒にみんなの前に立ってくれた。
隣に春音が佇んでくれて心強く感じられて、多少なりとも気持ちが落ち着いて、やっとの思いで覚悟を決めて口を開く。
「え、っと、みなさん、今日はあたしの我が儘にお付き合いいただき、集まってくださって、あの、ありがとうごさいます」
まずは集まってくれたみんなにお礼を言う。わーん。声が震えそうだよ。我ながら情けない。人前で話したり挨拶したり、こういうのって本当にダメだ。足は竦んじゃうし、頭が真っ白になって何喋っていいか、何を喋ってるのか、全然分からなくなってしまう。
落ち着いて、落ち着いて。緊張でまだ掴んだままでいる春音の手をぎゅうって握り締める。そんなあたしを励ますように、春音からもあたしの手を握り返してく れた。パニックを起こしそうな頭で、話すべきことを必死に整理する。泳ぐ視線で目の前に座っているみんなの顔を見回す。匠くんと視線が合う。心配そうな眼 差しで、それでも笑顔で“頑張れ”って頷いてくれた。硬い動きで小さく頷き返す。
「それから、あの、丹生谷さん、紗希さんには、ご迷惑をおかけしてしまってすみません。えっと、素敵なお家を会場としてお貸しいただいて、本当にありがとうございます」
紗希さん、丹生谷さんのお二人に感謝を伝えて、深々と頭を下げる。紗希さんも丹生谷さんも笑顔で頭を振って、迷惑なことなんて何もないって答えてくれた。
「えっと、今日のお料理は春音と一緒に、紗希さんにも沢山手伝ってもらって、三人で作りました」
隣に立ってくれている春音に寄り添い、繋ぎ合っている手を両手で包みこむ。春音は少しはにかむような笑顔を浮べた。それから紗希さんに感謝の視線を送る。紗希さんが温かい眼差しで頷いてくれた。
「あの、一生懸命作ったお料理を、みなさんに楽しんでいただけたら、と、とても嬉しいです」
最後に噛んじゃった。挨拶としてはひどく短かったし何一つ気の利いたこともいえなかったけど、そう締めくくって一礼した。みんなの温かい拍手に包まれて、 それだけで胸が熱くなった。だけどまだこれからが本番。みんなに味わってもらってからじゃなきゃ、みんなの笑顔を見てからじゃなくちゃ、満面の笑みは浮べ られない。
「萌奈美さん、志嶋さん、ちょっと待って。乾杯だけ付き合って」
大慌てで席を立とうとするあたしと春音を、丹生谷さんが引き止める。
この日のために丹生谷さんがわざわざ用意してくれたシャンパンの栓が開けられる。細めのシャンパングラスに薄い黄金色の液体が注がれる。きめの細かい泡がグラスの中を立ち昇っていった。
「乾杯は丹生谷さんにお願いしますか」
またもや何気ない感じで九条さんが進行していく。誰にともなく問いかける九条さんに、異を唱える人はもちろん一人もいない。
丹生谷さんも敢えて断るまでもないって思ったのか、苦笑いを浮べつつグラスを手にした。
「えー、じゃあご指名がありましたので、乾杯の発声をさせていただきます」
畏まった言葉遣いではあるけれど、その声はちょっとおどけて軽い調子だった。
「今夜は萌奈美さんとそのお友達の志嶋さん、お二人のご尽力により夕食会を楽しむ運びとなりました。お二人が腕によりをかけて作ってくれた料理を心から、それと舌でもって楽しみたいと思います」
大勢の人の前でスピーチをする機会も多い丹生谷さんなので、こういうごく内輪の身近なメンバーでの挨拶ともなれば、肩の力の抜けた打ち解けた挨拶が実にスムーズに語られた。
「お二人への感謝の気持ちを込めて、みんなで乾杯したいと思います。みなさん、グラスをお持ちください」
丹生谷さんが一度言葉を切って、テーブルをぐるりと見回す。目の前のグラスをみんながそれぞれ手に取った。
「それでは、乾杯!」
丹生谷さんの一際大きな声に一瞬遅れて、みんなで乾杯を唱和した。テーブルの真ん中でみんなとグラスを合わせる。カチン、グラスの触れ合う澄んだ涼やかな音がリビングに響く。
グラスに口をつけると、シュワッっていう爽やかな涼感が弾け、フルーティーな甘味が口の中に広がった。少しトロピカルフルーツの風味を舌に感じる。甘くてとても美味しかった。
「美味しい」
「うん」
あんまり美味しくて匠くんに伝えた。匠くんも笑顔で頷いてくれた。
「若いお嬢さんも多いので、今日は口当たりのいい甘いシャンパンを選んだんだ」
あたしの感想が向かいに座る丹生谷さんの耳にも届いたみたいで、嬉しそうな顔で教えてくれた。
「流石は若い女性の好みをよく分かってらっしゃる」
すかさず華奈さんが言う。何か含みを感じさせる物言いだった。
「あら、そうなの、俊哉さん?」
華奈さんの発言に紗希さんが反応して、丹生谷さんに疑惑の視線を向ける。問いかける声が何処か冷ややかな響きに聞こえた。
「いや、とんでもない言い掛かりだよ」
丹生谷さんには珍しく少し動揺した様子で、華奈さんの発言を否定した。それから困りきった顔を華奈さんに向けた。
「華奈さん、勘弁してよ」
丹生谷さんも紗希さんには全く頭が上がらないみたい。いつも落ち着きを失わない丹生谷さんの滅多に見られない姿に、みんなで笑ってしまった。

急いでキッチンに戻って、温かいお料理を出す準備に入る。
春音は温め直したひよこ豆のスープをお皿に盛っている。漫画では塩味だったけど、スパゲッティーも塩味なので、春音と相談してスープはトマト味に変えてみた。
「スープ持って行くね」
トレイにスープ皿を載せた春音が声をかけた。
「うん、よろしく。ごめんね」
運ぶのを手伝いたかったけど、今、手が離せなかった。謝るあたしに、春音は小さく笑い返してキッチンを出て行った。
あたしはみんなにアツアツを食べてもらいたくて、フライパンでほうれん草とチーズのチヂミを焼いている真っ最中だった。チーズを載せた面をカリカリになるまでよく焼くのがポイントなんだよね。
「萌奈美ー、スープ運ぶの手伝うよー」
声に振り返ったら、戻って来た春音の後に続いて、結香と千帆、千晴さん、恵美さん、浅緋さんが入って来た。
テーブルの上に用意してある、スープをよそったお皿をみんなで持って行ってくれる。
「ありがとう、結香、千帆、千晴さん。恵美さん、浅緋さん、手伝っていただいてすみません」
感謝とお詫びを口にした。
「ううん、全然。料理を手伝うのはちょっと手が出ないけど、運ぶのくらいだったら幾らでも言ってね」
恵美さんが軽い調子で応じてくれる。
「うん、あたしも。こんな美味しいお料理作るの、あたしにはちょっと無理」
浅緋さんが料理を褒めてくれて、少し面映くなる。
「いえ、そんなこと・・・」
「もう、みんなで絶賛してるよ。あたしはレモンピクルスとレタスのオイスター炒め、あとポテトサラダがすごく美味しかった」
「うん。ポテトサラダ、よく食べるのとちょっと違ってて一風変わった風味だけど、美味しいよね」
美味しいって言ってくれて、お料理を楽しんでもらえて、嬉しくなる。
チヂミの焼き加減に注意を払いつつ、恵美さんと浅緋さんと少しお喋りした。
「あのポテトサラダ、実は漫画に載ってるレシピなんですけど、味付けにコンソメと野菜ジュースを使ってるんです」
こっそりと隠し味を打ち明ける。
「えっ?野菜ジュース?」恵美さんがちょっと驚いた声を上げる。
「全然気がつかなかった」浅緋さんもびっくりしている。
「使ってるって言っても隠し味程度ですし」
「そうなんだ」
「だから、あたしのオリジナルっていう訳じゃないんです」
「それでもレシピがあるからって、必ずしも美味しく出来るって訳でもないでしょ。こんなに美味しい料理が作れるなんて、阿佐宮さんもお友達の志嶋さんもすごいよね」
感心した声で恵美さんに言ってもらえて、気恥ずかしくはあったけどとても嬉しく感じた。
「本当。あたし料理って苦手だから、羨ましいな」
浅緋さんも頷きながら言ってくれた。
「あたし、ハッセルバックポテトが美味しかった」
恵美さんが言ってくれた感想に頷いて、「あれは春音が頑張って、殆ど一人で作ってくれたんです」って教えた。
「お友達と二人でお店開けそうじゃない?」
あんまり誉めそやされて、ちょっとくすぐったくなる。お店開くなんてとてもそんなレベルじゃないけど、でも春音と二人で食べ物屋さんが出来たら素敵かも。ちょっと夢見心地に思った。

チヂミは焼けたそばから、出来立て熱々をテーブルへ持って行く。
「これも持って行っていいの?」
キッチンとリビングを往復して運んでくれている千帆達に聞かれて、頷き返す。
「うん。ほうれん草とチーズのチヂミ。このタレをつけて食べてね」
付けダレには胡麻油、酢、醤油、砂糖に加え、韓国の粉唐辛子を入れてある。
「あと3枚焼くんだけど、熱々を食べて欲しいから焼き上がったのから持って行ってくれる?」
「うん、わかった」
千帆達と入れ違いに、リビングから春音が戻って来た。休む間もなくシンクに溜まってた洗い物を片付けてしまった。本当に春音はよく気が回るし手際がいい。
「次、どうしようか?」
手を止めた春音が聞いてくる。
「うん。後は火を使う料理ばっかりだから、二人一緒だとちょっとできないし、春音、少し休んでて」
お昼ご飯を食べてから殆ど休みなしでキッチンに立ちっ放しだったから、春音も絶対疲れてるはず。
「萌奈美一人に任せっきりにできないよ」
「うん。でも、ずっと休みなしで疲れたでしょ?」
「そんなこと言ったら、萌奈美だって同じじゃない」
春音は不服そうだった。自分一人だけ休んでなんていられない。そう思ってるのかも知れない。
「あたしはだって、今回のこと言い出した張本人だし」
「水くさいよ、萌奈美。そういうの無しだからね」
言い方こそ強い調子ではあったけど、春音の言いたいことはちゃんと伝わった。単なる手伝いのつもりなんか全然なくって、今日の食事会をあたしと二人で一緒に主催してる、そう思ってくれてるんだった。
「うん。ありがとう」
顔を綻ばせて感謝を伝えた。
分かればよろしい。そんな面持ちで春音は頷いた。
チヂミを残り3枚焼き上げて、続いて「れんこんと牛肉の甘辛炒め」を作った。
お酒を取りにキッチンに来た華奈さん、麻耶さん、恵美さんがチヂミが大好評だったことを知らせてくれた。
「チーズの部分がカリカリで香ばしくて美味しかったあ」
「あのタレもピリ辛でよかったよ」
「お酒にすごく合ってましたよね」
「うん。酒飲みの男共に大人気だったよ」
三人の話を聞いていて、すごく励みになった。
「男性陣だけじゃなくって、麻耶さん、華奈さんも、ですよね」
恵美さんがちらりと二人に視線を投げながら指摘する。恵美さんとは今回会うのが二度目なんだけど、こういうところはとっても茶目っ気のある女性みたい。暗に麻耶さんと華奈さんを飲兵衛だってからかっている。
「あー、そーゆーこと言うか」
「そう言いながら、恵美ちゃんだって結構な飲みっぷりじゃないのさー?」
「そうそう。人のこと、とやかく言える立場じゃ決してないよねー」
どうやら恵美さんも割りとお酒に強いらしい。飯高さんはお酒弱い筈だけど、それは別に問題にならないのかな?
二人からの反撃を受けて、恵美さんは「わーっ、ごめんなさーい」って白旗を掲げた。
三人のやり取りに声を上げて笑ってしまった。
みんなに楽しんでもらえてる様子が伝わって来て、春音と笑いながら目と目で頷き合った。

食べ終わって空いたお皿を匠くんが持って来てくれた。
「あっ、ありがとう」
「いや、別に・・・」
言葉少なに匠くんは汚れたお皿をシンクに置いた。
「置いておいてください。後で洗いますから」
丁度出来上がった「れんこんと牛肉の甘辛炒め」を三枚の大皿に盛り付けながら春音が伝えた。
「いや・・・二人共ずっと料理して忙しいんだし、これ位洗っとくよ」
「えっ、いいよ」
「いいから」
あたしが断ろうとすると、匠くんはちょっと強い口調で言い張って洗い始めてしまった。
ぽかんと見つめているあたしに、春音が「これ持って行くね」って言って、出来上がったお料理を運んで行った。
「あ、うん」
キッチンから出て行く春音の後姿を見送る。
思いがけず匠くんと二人っきりになった。もしかしたら春音は気を利かせてくれたのかも。あたしと匠くん、二人だけにしてくれたのかも知れない。
「ずっと料理作ってて、全然食べてないだろ?」
お皿を洗いながら匠くんが問いかけてくる。
「うん。でも、あと二品作ったら全部作り終えるから、そうしたらあたし達もリビングに行けるよ」
「白菜と豚肉の細切り炒め」に取り掛かりつつ、匠くんの背中に向かって答える。
少し沈黙が流れた。
「ありがとう、萌奈美」
控えめな声で告げられた。とても簡素な一言。だけど、みんなの気持ちを代表するみたいに、すごく温もりの籠った感謝の言葉だった。
「ううん。あたしも楽しんでるし、みんながお料理美味しいって言ってくれてて、喜んでくれてるって聞かせてもらって、すごく嬉しく感じてるよ」
嬉しさを噛み締めながら明るい声で伝える。
「今日のパーティー、開いてよかったって心からそう思ってる」
食器を濯ぐ水音が止まった。
「うん」
あたしの気持ちをしっかりと受け止めてくれているのが、その匠くんの頷く声で分かった。ずっと忙しかった一日の中で生まれた二人きりの時間が愛しくて、何だか甘えたい気持ちになった。
「ねえ?」
「ん?」
「ご褒美、欲しいな」
甘える声でおねだりする。
「え?」
目を丸くする匠くんに、態度で示すことにする。ん!って言って顔を上に向け目を閉じた。
匠くんが小さく苦笑を漏らしたような気がした。
目を閉じて待つこと数秒。すぐ近くに気配を感じて、そして唇に優しく触れる感触。
触れ合った部分から幸せがじんわりと広がってあたしを包み込む。思わず頬が緩む。
匠くんと交わすキスは、あたしの心を優しく温めてくれて、ふっくら膨らませて元気いっぱいにしてくれる。疲れなんて吹き飛ばして、へっちゃら!って気分にしてくれる。
唇が離れて、そっと瞼を開く。すごく近い距離で匠くんと見つめ合って、微笑みを交わす。
ありがと。どういたしまして。
目と目でそんな気持ちを伝え合い、くすくすと笑い合う。
「あと少し、頑張って」
匠くんの温かい眼差しに頷き返す。
「早くおいで。待ってるから」
「うん」
匠くんに励ましてもらって、元気な声で答えた。
タイミングを見計らったように、春音がリビングから戻って来た。
匠くんがぱっと身体を離す。そんなに慌てる素振りしなくたっていいのに。春音にしたって、あたし達がひっついてる光景なんて、とっくに見慣れてるに違いないし。
「じゃあ、リビングに戻ってるから」
「うん」
わざとらしさ見え見えのことを言って、匠くんはそそくさとキッチンを退散して行った。
匠くんを見送った視線をちらりと春音に移す。何も変わらぬ態度で、春音はアイランドカウンターの上を整理している。絶対春音、あたし達のやり取りが一段落 するの待ってたよねえ。ひょっとしたら匠くんとキスしてるトコ、春音に見られてたかも。そう思ったけど、平然と作業を続ける春音を見て、あたしも気にしな いことにした。

「白菜と豚肉の細切り炒め」を仕上げながら、奥のコンロで大きなお鍋を火にかけて、ぐらぐらとお湯を沸かす。いよいよ本日のメイン、「花きゃべつのスパゲッティー」に取り掛かる。
パスタを茹でるお湯で先にカリフラワーとさやえんどうを軽く茹でておく。その間に「白菜と豚肉の細切り炒め」を完成させてフライパンを空ける。
盛り付けたお皿を春音が運んで行ってくれる。
フライパンでオリーブオイルを熱して、にんにくのみじん切り、玉ねぎのスライス、ベーコンを炒める。漫画では冷凍のシーフードを使ってたけど、今日は豪華 に生のシーフードを使った。先に下処理しておいた海老、イカ、タコ、あさり、ムール貝をフライパンに加えて炒める。ドライトマト、ニンジン、ズッキーニ、 パプリカ、茹でたカリフラワーとさやえんどうも加えて炒める。炒めてる間に茹でておいたスパゲッティーをフライパンに加える。塩で味を調え、乾燥パセリ、 乾燥バジル、黒胡椒を振って完成。結構具沢山のパスタになった。これならお腹にも溜まって、男性陣にも満足してもらえるんじゃないかな?
これで全ての料理を作り終えた。
達成感に包まれながら春音と笑顔を交わし合う。
「やったー!」
春音に抱き付いて歓声を上げた。
「うん。やり遂げたね」
あたしを抱き止めてくれた春音からも、実感の籠る声が聞こえた。
「温かい内に早く食べてもらおう」
あたしの身体を離して春音が言う。「うん」って笑顔で頷き返した。
深さのある大皿に盛った山盛りのスパゲッティーと、お揃いになっている取り皿をリビングに持って行く。
「お待たせしましたあ」
元気に声を掛けてリビングに入った。
おーっ。九条さんや誉田さんから歓声が上がる。
テーブルに大皿を置いて、取り皿にスパゲッティーを取り分けていく。
「本日最後のメニュー、花きゃべつスパゲッティーです」
スパゲッティーを盛ったお皿を順に配っていきながら、料理の説明をする。
「花きゃべつ?」
初めて聞く名前に千晴さんが繰り返す。他にも同じように不思議そうな顔をしてる人達が大勢いた。
「カリフラワーのことを、別名『花きゃべつ』って言うそうなんです」
「へえ、そーなんだ。初めて知ったあ」
千晴さんが感心した顔で相槌を打つ。
「彩りも綺麗で具沢山のスパゲッティーねえ」
「本当。美味しそう」
配られたお皿の上のスパゲッティーを眺めながら、天根さんと浅緋さんの漏らした感想が届いて嬉しくなる。
「萌奈美はウーロン茶でいい?」
グラスとペットボトルのウーロン茶を取りながら、匠くんが聞いてくれる。
「あ、うんっ。ありがとう」
春音と自分の分のスパゲッティーを取り終えて、あたしもテーブルに腰を落ち着ける。
「萌奈美ちゃんも春音ちゃんも、ゴメン。二人共食べない内に、結構完食しちゃったモンもあって」
申し訳なさそうな顔をした誉田さんに謝られて、慌てて頭を振った。作ったお料理を完食してもらえるなんて、作った方にとっては喜ばしいことこの上ない。
「ううん、ちっとも。あたしも春音も味見してるし、家で試作した時にいっぱい食べてますから」
「えーっ、試作なんてしてたんだあ?」
あたしが打ち明けたら、華奈さんが驚いた声を上げた。
「うん。だって、初めて作るお料理ばっかりだったから、ちょっと不安だったし」
大袈裟に驚かれてちょっと気恥ずかしくなって、言い訳めいた感じで説明した。
「スゴイなー」
「うん。なかなか出来ないよねー」
みんなからしきりに感心されて、少し居心地が悪く感じる。だから、そんなに大袈裟に言わなくていいのに。あたしにしてみれば、お料理作るの好きだし、みんなに振舞うからには美味しいお料理を出したかったし、ただそれだけのことで別に大したことでも何でもない。
「そんなことないです」
小声で消極的に主張する。
「あたしも萌奈美も、みんなに美味しいって喜んでもらえたら嬉しいから」
隣から素っ気無い声が上がって、思わず顔を上げた。そう言いながら、嬉しさなんて片鱗も感じられない無表情な声色だった。
あたしが春音を見たら、春音は小さく笑った。そうだよね?春音の笑顔が問いかけている。
うんっ。春音が代わりに伝えてくれた気持ちの通りだった。顔を綻ばせて頷いた。
みんなも笑顔になってくれて、「それじゃー、萌奈美ちゃんと志嶋さんの真心の籠ったスパゲッティーをいただきますか」っていう九条さんの一言が合図になって、みんなで花きゃべつスパゲッティーを口に運んだ。
「美味いっ」
竹井さんが口に入れるや否や喜びの声を上げる。ホントに味わってくれてるのか怪しいくらいの素早さだった。
「ホント、美味しー」
応じるみたいに千晴さんも大きな声を上げた。やっぱりこうして見ると、息の合った二人に思えてならない。
「シーフード美味いなあ」
漆原さんの嬉しそうな声が届く。
「レシピでは冷凍のを使うって書いてあったんですけど、春音と相談して生のシーフード使ったんです」
「やっぱり味が違うなあ」
あたしの説明を聞いて、漆原さんはしきりに感心して頷いている。海老やイカにも炒める前に一つ一つ下味を付けたりしてひと手間加えていたので、味が違うって言ってもらえてたまらなく嬉しかった。
花きゃべつスパゲッティーは大好評だった。みんなの口から直に感想を聞けて、とても嬉しかったし頑張った甲斐があった。
全部の料理を無事作り終えることが出来て、やっとホッとした気持ちになった。それからはすっかり肩の力を抜いてリラックスして、匠くんの隣でお料理を味わった。
みんなが賑やかに歓談している中、匠くんとそっと視線を交わした。ご苦労様。匠くんの優しい笑顔からそんな労いの言葉が聞こえる。ううん。満面の笑顔で頭を振った。あたしもすごく嬉しかったし、こうしてみんなの笑顔に囲まれて幸せだった。
 


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