【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ Vegetable Party (2) ≫


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キッチンを覗いた丹生谷さんが紗希さんに声をかけた。
「紗希、昼食はどうしようか?」
壁に掛かっている時計を見たら、既にお昼を回っている。
とてもじゃないけど余裕がなくて、お昼までなんて手が回らなかった。キッチンだって食材で溢れてて、お昼の仕度をするスペースなんてないし。
「店屋物でも取ろうか?」
あたし達の顔色を見て取って、丹生谷さんが提案した。
「そうね」
紗希さんも頷いた。
「お昼はあっさりめの物がいいんじゃないかしら?」
「じゃあ、蕎麦でいいかな?」
思案顔の紗希さんの意見を取り入れて、丹生谷さんが再び提案してくる。
「萌奈美ちゃん達はお蕎麦でいい?」
紗希さんに聞かれて、「はい、もちろんです」って返事をするあたしに同意するように春音も頷いた。
それから少し経ってお蕎麦が届いたので、一休みしてお昼ご飯を食べることにした。
リビングに行ったら麻耶さんと華奈さんはもう食べ始めていた。テーブルの上には、既に何本ものプルタブの開いたお酒の缶が並んでいる。
「萌奈美ちゃん、お先ー」
リビングに入って来たあたし達に、早くもご機嫌な様子の麻耶さんの声が届いた。
「麻耶さん、あんまり飲み過ぎて、せっかく作ったお料理食べられないなんてことにならないでね」
麻耶さんがお酒に強いって知ってるけど、頑張って作るお料理なんだからみんなに食べて欲しいし、酔っ払って食べて貰えなかったりしたら、悲しくなってしまう。
「うん、大丈夫。ちゃんとセーブして飲んでるもん。萌奈美ちゃん達の料理が本日のメインだって、しっかり心得てるからさ」
それを聞いて、ほっとする。
テーブルに置かれているたぬきうどんを手元に寄せる。丼にかけられているラップをはずし、お蕎麦屋さんの割り箸を割って、付いてきた七味唐辛子もかけた。
「いただきます」
隣で春音の折り目正しい声が聞こえた。春音はお蕎麦を頼んでいて、大きな油揚げが載っている。よくお汁(つゆ)を吸ってふっくらしてて美味しそう。
匠くんはあたし達が来るのを待っててくれて、ラップをはずした丼の中身はけんちんうどんだった。
あたしも匠くんもお蕎麦よりおうどんの方が好き。お蕎麦も美味しいけど、どっちが好きって聞かれたら、ついついおうどんを選んじゃう。こういうところ、あたしと匠くんと示し合わせたみたいに好みが一致してて、そういう一つ一つを知る度に嬉しくなる。
「いただきます」あたしと匠くんも声を揃えて食べ始める。
「匠くん、味見させて」
丹生谷さん達の目が気にならない訳じゃなかったけど、人目を気にしていつも通り振舞わないのも変に思えて、匠くんと味見し合うことにした。
「う、うん・・・」
自分の丼を差し出すあたしに、匠くんはやっぱり丹生谷さん達の視線が気になって仕方なさそうで、躊躇いがちにではあったけどけんちんうどんの丼をあたしの 前へ置いてくれた。具沢山のおうどんは見た目にも美味しそうだった。里芋、こんにゃく、大根、お豆腐を一口ずつ味見させてもらう。それからお汁も。普通の 出汁とはちょっと違う、ごま油の風味がほのかに効いたお汁が、とっても美味しかった。
満足して丼を匠くんに返した。匠くんも味見を済ませたたぬきうどんの丼を戻してくれた。
「とっても美味しい。匠くんは?たぬきうどん、美味しい?」
「え、うん・・・美味しいよ」
相変わらず匠くんはあたし以外の人の前だと気恥ずかしいのか、頷く声はやけに小声だった。ちらりと視線を巡らせたら、丹生谷さんと紗希さんが匠くんに気を遣って、遠慮がちに口元を綻ばせている。
「きつね蕎麦も美味しいよ。味見する?」
春音に聞かれて、せっかくだし、って思って春音とも味見し合った。そうしたら、麻耶さんからも「じゃあ、あたしにも味見させて」って言われて、続けて華奈 さんが「次、あたしと」って言ってきて、ついには紗希さんにまで「萌奈美ちゃん、あたしとも味見し合いましょうよ」って器を差し出されて、結局丹生谷さん 以外のみんなと味見し合ってしまった。
麻耶さんは鴨南蛮蕎麦、華奈さんはてんぷら蕎麦、紗希さんが山かけ蕎麦をそれぞれ頼んでいて、どれもとっても美味しかった。
「俊哉さん、あたしのも味見してみる?」
紗希さんは丹生谷さんにも持ちかけて、丹生谷さんも嬉しそうに頷いて「うん、じゃあ、お返しにどうぞ」って自分のを紗希さんの方へと差し出してて、とっても仲睦まじいお二人だった。
「何だか、こういうのって楽しいわね」
紗希さんにそう思ってもらえて嬉しかったけど、またあたしに対する食いしん坊のイメージが定着してしまったんじゃないかって、少しだけ心配になった。そん なことを思って匠くんを見たら、匠くんもあたしの方を見ていて、二人で視線を交わした。あたしは“ちょっと困ったなあ”って感じで、匠くんは“まあ、仕方 ないね”っていう風に、苦笑し合った。
自分で頼んだたぬきうどんも、もちろん美味しかった。出前だけど、割りとコシのあるしっかりしたおうどんだった。
「おうどん、コシがあって美味しいですね。あ、もちろん、お蕎麦も美味しかったです」
驚きの声を上げたら、紗希さんが嬉しそうな顔で頷いた。
「そうなの。あたしも俊哉さんも、ここのお蕎麦とおうどん大好きなのよ。お店にしかないメニューもあって、時々俊哉さんとお店にも食べに行ったりもしてるの」
ねえ?って紗希さんが丹生谷さんに呼び掛けて、丹生谷さんが、うん、って相槌を返す。
今はどっちかって言うとコシのあるおうどんの方が主流な感じで、もちろん美味しくて大好きなんだけど、ちょっと煮込んだようなくたくたのおうどんもあたし は好き。阿佐宮家でお蕎麦やおうどんの出前を頼むお店は決まってて、それでもって出前を頼むってなると必ずって言っていい程、あたしは「肉鍋うどん」を頼 んだものだった。黒い鉄鍋にお肉やお野菜が具沢山に入ってて、煮込んであっておうどんがくたくたになってて美味しいの。それからお麩が入ってて、そのお麩 がおうどんのお汁をたっぷり吸い込んで、口に入れるとじゅわーってお汁が口いっぱいに広がって、あの味が大好きだったなあ。
とても楽しいお昼のひと時だったけど、この後待っている作業の数々を考えるとのんびりともしていられなかった。食べ終えて早々に丼を片付け、キッチンに戻った。

腹ごしらえも済ませて、いよいよエンジン全開でお料理に取り掛かった。
茹で上がったジャガイモの皮を剥いて、大きなボウルに入れる。一度に入りきらないので何回かに分けることにする。リビングの匠くんに声を掛けて、ボウルに 入れたジャガイモを潰してもらった。あんまり潰し過ぎても食感がなくなっちゃうので、少しジャガイモのゴロゴロ感が残るようにお願いした。大量のジャガイ モをポテトマッシャーで潰してくれて、大変だったんじゃないかなって思うのに、匠くんは最後まで文句一つ言わずに手伝ってくれた。終わってからも「あとは 何すればいい?」って聞いてきてくれて、すっごく感謝しながら、「ありがとう、取り合えずは大丈夫。リビングでお休みしてて。また、何かあったらお手伝い よろしくね」って答えた。匠くんは快く頷いてくれた。
キッチンから出て行く匠くんと笑顔を交わす。見送る背中に、何だか冷やかすような視線を複数感じたけど、気にしないで作業に戻ることにした。
ひよこ豆は前日の夜から水に浸して戻しておいた。ひよこ豆って実はお料理に使うのは初めてで、食べるのも前にインドカレーのお店に行った時にひよこ豆のカレーがあって、その時に食べたことがあるくらい。初めて使う食材って上手く調理できるか、ちょっとドキドキする。
「一風変わってて面白いお料理よね」
「実は漫画に載ってたんです」
紗希さんに聞かれて答える。
「漫画?」
「はい。篠有紀子さんっていう方の漫画なんですけど、その中に花きゃべつのスパゲッティーとひよこまめのスープが出てきて、この間読み返してて、何だか作りたくなって」
「ふうん。そうなんだ」
「あと、今日作るお料理はネットで探したのもあるんですけど」
ベジタブルパーティーも漫画の中で出てきたアイデアだったことも打ち明けた。
「篠有紀子さんって、知らないわ」
確かに(こう言っては篠さんに大変失礼だけど)それ程メジャーな方じゃないかも知れない。
「えっと、匠くんがファンで、あたしも匠くんの本棚にあるのを読んで、ファンになったんです」
「あら、佳原さん、女性漫画家の漫画読んだりするんだ」
意外って感じの声を紗希さんが上げる。
「あ、えっ、と、はい・・・」
何だかマズかったかも。匠くんのいないところで、匠くんの意外な一面を明かしてしまうような話の流れになってしまって、ちょっとバツの悪い感じがした。
「あ、今のはちょっと偏見のある感想だったわね」
気まずげな表情を浮べるあたしに気付いて、紗希さんが前言を撤回した。
「あたしも、俊哉さんの読む男性作家の漫画、読んだりするわよ」
そう紗希さんが明かした。
「え、丹生谷さんと紗希さんも漫画読むんですか?」
思わず聞き返してしまった。
目を丸くするあたしに、紗希さんが顔を綻ばせる。
「うん。意外?」
「え、少し・・・何、読むんですか?」
「色々読むわよ。『バガボンド』とか『ワンピース』とか、大好き」
他にも紗希さんはあたしの知らない漫画のタイトルを幾つか挙げた。すらすらタイトルが出てくるところをみると、本当によく読んでるみたい。
えええー、何か意外ーっ。紗希さん、漫画なんて全然読んだりしなさそうなのに。紗希さんだったら何ていうか、名作文学とかそういうの読んでそうな感じがして。
あんまりびっくりした顔をあたしは浮べてたみたいで、紗希さんはくすくす笑っている。
「もう、そんなに意外かなあ?」
「あ、ごめんなさいっ」紗希さんに失礼だったかも。慌てて謝る。
「ううん。いいんだけどね、全然」
紗希さんは全然気を悪くすることもなく、笑い返してくれた。
「女性漫画家では、羽海野チカさんの作品が好き」
紗希さんが教えてくれる。作品は読んだことないけど、名前はあたしも聞いたことがあった。
「それで、ベジタブルパーティーの話が出てくる漫画って?」
興味が湧いたのか紗希さんに聞かれた。
「えっと、『花きゃべつひよこまめ』っていうんですけど、ほのぼのコメディーっていうのかな。すっごく面白いんです」
紗希さんも読んでくれたら嬉しいなって思って、ちょっと売り込む感じでアピールする。
「篠さんの作品だと、他に『高天原に神留坐す(たかまのはらにかむづまります)』って、神社が舞台で社務所で働いてる女性が主人公のお話なんかもお勧めです」
「神社が舞台って、面白そう」
紗希さんの反応に嬉しくなる。
「そうなんですっ。漫画を通して神社の祭事とかにちょっと興味が湧いたりして、勉強にもなって、あ、もちろん漫画もものすごく面白いんですよ」
ここぞとばかりに強調する。
「良かったら今度お貸しします」
本当はあたしのじゃなくて匠くんのなんだけど。
「あら、じゃあ是非借りようかしら」
嬉しそうな紗希さんに、あたしも笑顔で頷き返す。
「お二人とも、お話は一段落しました?」
静かな声で呼び掛けられて、ハッとする。
「口を動かすのはいいんですけど、出来れば手も動かしてもらえませんか。時間がないもので」
一人黙々と作業を進める春音の指摘に、あたし達は慌てふためいた。
「あ、あら、ごめんなさい」
「ごっ、ごめんっ!春音っ」
二人で必死に謝ったけど、春音は無言のまま作業の手を休めず、返事もしてくれなかった。静かに怒ってる。わーっ、非常にマズイよーっ。春音の信頼を取り戻すべく、夢中で作業に没頭した。

◆◆◆

ポテトサラダは完成して、今冷蔵庫で冷やしている。(丹生谷さん家って大きな冷蔵庫が二つもあるんだよ。何かスゴイ。)他にも冷めても大丈夫なお料理は既 に何品か完成して、味を馴染ませている最中だった。温かい食べ物は出す前に火を通したり、温め直したり出来るように用意しておく。
時間は既に午後5時を回っていた。みんなが集まるまで、もう一時間もない。フル回転で調理しなくっちゃ!
気持ちが逸って足元がフワフワしてる。手を組んで静かに深呼吸する。一回、二回。テンションは高めに、でも落ち着いて冷静に。自分に暗示をかけるみたいに言い聞かす。
春音は今、手間のかかる八ッセルバックポテトを作ってくれていた。ジャガイモに薄く切り込みを入れて、切り込みの一つ一つにローレルやベーコン、チーズ、 コンビーフ、シーチキン、玉葱、パプリカ、トマト、ズッキーニ、ビーツのスライス等々を挟んでいく。時間が迫ってる中でこういう細かい作業をする時も決し て慌てず焦らず、落ち着いて一つ一つをきっちり進められるなんて、流石は春音。
紗希さんもロール白菜を巻く作業を引き受けてくれていた。ひよこ豆のスープはあともうひと煮込みっていうところ。
「萌奈美」
5時半までもうあと少しって時、匠くんがキッチンに顔を覗かせた。
「誉田さん達を迎えに行って来る」
「うん、ありがとう。気を付けてね」
振り返って笑顔で感謝を伝える。結香達は丹生谷さん家を訪問するの初めてだから、匠くんが吉祥寺駅まで迎えに行ってくれることになっていた。そういえば栞 さんとも駅で待ち合わせしてる筈だけど、麻耶さんは行かないのかな?そう思ってすぐ、麻耶さんのことだからお酒の缶片手に、「匠くん、よろしくねー!」っ て一言で済ませたに違いないって思い直した。
笑顔で頷く匠くんに「行ってらっしゃい」って手を振る。
「行って来ます」匠くんは紗希さんと春音を気にしつつ、ちょっとはにかみながら小さく手を振り返してくれた。匠くんのはにかんだ顔を見る度、愛しくていつも胸がきゅうんってなる。
「こらこら、浸ってる時間ないよ」
また春音に注意されてしまった。

絶えず時計を気にしつつ、時間に追われながらキッチンを忙しなく動き回った。
後は出す直前に火を通したり調理するものばかりで、あたし達は最初に出すお料理の盛り付けに入った。
「expossession」の人達を集めてのパーティーではよく立食にするのだそうだけど、今夜はリビングにラグを敷いて座ってのパーティーにしたこと を紗希さんから聞いていた。あたしも座っての方が落ち着けるし大賛成だった。会場のセッティングは丹生谷さんと麻耶さんと華奈さんが引き受けてくれて、既 にラグを敷いてその上にローテーブルが繋いで置かれている。座布団代わりの色とりどりのクッションも置いてあった。
あたしと紗希さんがグラスや食器を運んで行ったら、用意してくれれば自分達が運ぶから、って麻耶さんが言ってくれた。
「リビングの方のセッティングはあたし達に任せといて。萌奈美ちゃんはお料理の方、準備万端ヨロシク!」
麻耶さんにウインクされて、うん!って力一杯頷いた。
チャイムが鳴って、もう誰か見えたのかなって焦ってたら、お花屋さんが来たって丹生谷さんが教えてくれた。テーブルに飾るお花を紗希さんが頼んでくれてて、そんなことにまで気を遣ってもらって、丹生谷さんと紗希さんへの恐縮と感謝の両方の気持ちで胸が一杯になった。
リビングのセッティングは麻耶さん達に全部お任せすることにしたので、お花も飾られてどんな風になってるのか、楽しみでワクワクと心が躍った。
再びチャイムが鳴った。丹生谷さんが玄関に向かい、すぐに賑やかな声がキッチンにまで響いて来た。
「お邪魔しまーす!」重なるように告げられる大きな声に、キッチンにいても九条さん達が到着したんだって分かった。廊下を歩く音が近づいて来て、ドアの方から大きな声で呼び掛けられた。
「萌奈美ちゃん、こんばんは!」
火を扱っていたので、一瞬顔だけ振り向いて「こんばんはっ」って挨拶を返す。
「紗希さん、どうもお邪魔します!」
「いらっしゃいませ。どうぞゆっくりして行ってね」」
落ち着きのある紗希さんの声が応える。
「駅で匠と会ったよ」
「あ、はい。あたしの友達と、それと栞さんとも駅で待ち合わせしてるんです。丹生谷さんちまでの道順知らないから」
ガスレンジの上のフライパンから注意を離さず説明する。
「そーみたいね。匠も言ってた。一緒に待ってるかって聞いたら、“邪魔くさいからさっさと行け”って追っ払われたんだぜ」
冗談めかして九条さんが言う。
もう。匠くんがそんなことする筈ない・・・かな?九条さん達に対して匠くんがどういう言動を取るのか、ちょっと自信が持てなかった。
キッチンの中の状況を見て取った九条さんから、「萌奈美ちゃん、後でまたゆっくりね」って言われた。
「はーいっ」
もう顔を向ける余裕もなく、大きな声で返事をした。
リビングから九条さん達と麻耶さんが挨拶を交わす賑やかな声が聞こえて来る。うわあ、とうとう来ちゃった。否が応でも緊張が高まっちゃうよっ。胸がドキドキ高鳴るのを抑えられなかった。
「これ、九条君達からの手土産。食後のデザートだそうだよ」
丹生谷さんが大きな紙袋を掲げて見せてくれた。
「わあっ、嬉しい!」
紗希さんと二人で歓声を上げる。
冷蔵庫入れとくね。丹生谷さんがそう言って、スイーツの入った箱を冷蔵庫にしまった。

6時少し前、豚肉と大根を煮込んでいる時にチャイムが鳴った。誰かまた到着したみたい。
すっかりお出迎えは丹生谷さんの担当になってて、リビングから玄関に向かう丹生谷さんのスリッパの音が廊下を通り過ぎた。
喋っている声は遠めに聞こえて来るけれど、さっきの九条さん達みたいに大きな声じゃなくて、誰が訪れたのかまではキッチンの中からは分からなかった。
誰が来たんだろうって気に掛けつつ、火を止めて完成したお鍋の中身を器に盛り付けてた。
「こんばんは」
ドアの方から呼び掛けられて顔を向ける。
顔を覗かせるように、天根さんと浅緋さんが立っていた。
「あ、こんばんは。天根さん、浅緋さん」
盛り付けの手を止めて、お辞儀をする。
「奥様、お久しぶりです」
天根さんは紗希さんとも面識があるらしく、紗希さんにも声を掛けて会釈した。
「本当、お久しぶりです」
「今日はお招きいただいてありがとうございます」
「いいえ、今日の夕食会の企画から調理まで、全部萌奈美ちゃんとお友達が頑張ってくれたんですよ。あたしと俊哉さんは場所を提供しただけで」
「ふふっ。楽しみ」
天根さんが小さく笑うのが聞こえた。天根さんの口に合うかな?天根さんって見るからに仕事ができるキャリアウーマンって感じで、それだけに美味しい物沢山食べてそうで、舌も肥えてそうな気がして、ちょっと不安に思わないでもない。
「萌奈美ちゃん、お久しぶりです」
タイミングがやっと掴めたって感じで、笑顔の浅緋さんが挨拶してくれた。
「お久しぶりです」
本当に久しぶりの再会で、嬉しくてあたしも笑い返す。
「これ、お祝い、って言うのかな?天根さんとあたしからです」
浅緋さんが豪華な花束を手渡してくれた。
「わあっ!綺麗!ありがとうございます」
抱えるほどの大きくて華やかな花束を受け取って、でも、どうしようって思って紗希さんを見る。
「せっかくいただいたんだから、これも華奈さん達にテーブルに飾ってもらいましょうか?」
紗希さんの名案にあたしも頷く。
「花瓶、用意してくるわね」
あたしから花束を受け取って、紗希さんは一度キッチンから出て行った。
積もる話は山程あるけれど、もう一刻の猶予もなくって、浅緋さんと天根さんにも「また後で」って伝える。二人共快く頷いてくれた。
まだ来てないのは千帆達、それから栞さんと栞さんのお相手の二組。もう吉祥寺駅には着いてこちらに向かってるところかな?

前菜っていうか、酒の肴的なお料理を盛り付けたお皿を春音と二人でテーブルに運んで行った。22人も集まるから一つの器に盛り付けたんじゃみんなが手を伸 ばせないって思って、4つの器にそれぞれ分けて盛り付けた。リビングはもうすっかり準備オーケーで、テーブルの上には色とりどりの花々が飾られていて、素 敵なパーティー会場が完成していた。
「おーっ、美味そーっ!」
テーブルにお料理を置いていったら、九条さん達が歓声を上げた。まだお酒入ってない筈だけど、関係なくテンション高いなあ。その野太い声の迫力には未だに慣れなくて、すぐ傍で発せられるとちょっと腰が引けてしまう。
「萌奈美ちゃん、料理運ぶなら言ってね」
麻耶さんが腰を上げて言ってくれる。
「うん、ありがとう」
「あ、手伝う手伝う」
「あたしも手伝います」
千晴さんが元気な声で、飯高さんの彼女の恵美(めぐみ)さんも控えめな声で、申し出てくれた。
お料理を盛り付けた器を、麻耶さん、千晴さん、恵美さんに運んでもらう。
チャイムが鳴った。時間的に千帆達が到着したんじゃないかなって思った。
手の空いた紗希さんが玄関にお出迎えに行った。
廊下でリビングから来た丹生谷さんと言葉を交わす声が聞こえて、二人で玄関に向かったみたいだった。
すぐに玄関の方から何人もの人が喋る、賑やかな声が響いた。複数の声が廊下を近づいて来る。
「萌奈美、春音、来たよー」
結香の元気な声がキッチンに響いて顔を上げた
今、お料理の方は一段落して、後はテーブルに出す直前に火を通して仕上げるものばかり。春音と手を止めてキッチンの戸口に笑顔を向ける。
「いらっしゃいませ!なあんて、あたしんちじゃないんだけど」
おどけて答えて、みんなでくすくす笑い合った。
「ごめんね。二人に全部任せっきりで」
「ううん。全然。言い出したのはあたしなんだし、みんなは本当にただ食べるのを楽しんで行ってね」
申し訳なさそうな顔をする千帆に、笑って頭を振る。千帆はそういうのどうしても気になっちゃう性格だってよく知ってるから、気にしないでって言うのは無理 な注文かも知れないけど、でも本当にみんなをおもてなし出来るのはすごく喜ばしく感じてる。心から食事を楽しんでもらえればなって思う。
「もっとも、春音には大変な思いさせちゃったんだけど」
メニューを決める打ち合わせから試作会、今日の本番まで、春音には本当に全面的に協力してもらって力を貸してもらっちゃったし、大変なお世話をかけてしまった。どれだけ感謝しても感謝しきれない。
「あたしは萌奈美とメニュー考えたり、一緒に料理したり、すごく楽しかったよ。少しも大変なんかじゃなかった」
ちょっと面映そうな顔で春音が素直な気持ちを伝えてくれる。春音の言葉が嬉しくて胸が温かくなる。
「もう、あたし達もすぐ行けると思うから、先に座ってて」
そう伝えて、誉田さん達とも短く挨拶を交わして、リビングに行ってもらった。
みんなの後ろを少し遅れて歩き出す匠くんと親密な視線を交わす。先に行ってるよ。そんな感じで目配せする匠くんに、あたし達もすぐに行くね、って答えるみたいに小さく頷き返す。
 


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