【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ Magic Time (3) ≫


PREV / NEXT / TOP
 
お昼を食べ終えてから、トゥモローランドにいて場所が近かったのもあって、夜のショーの「クラブ・モンスターズ・インク“笑いってクール”」の鑑賞エリア の抽選をしに行った。まだ開場したばかりで抽選会場のトゥモローランド・ホールは長蛇の列が出来ていた。開演30分前まで抽選はできるって話だけど、何だ か早く抽選した方が当選する確率が高いような気がして(みんなもそう思ってるからこんな長い列ができているのかな?)あたし達は列に並んで抽選をすること にした。
別に人数分のパスポートがあれば全員で並んでいることもないので、まだ当分時間がかかりそうだったし、「あたし抽選しておくから、みんな回ってくれば?」って聞いてみた。
匠くんも「うん。僕と萌奈美で並んでるから」って同意してくれた。
「でも、悪いし・・・」
誉田さんが遠慮がちに言うので、「あたしと匠くんはまた3泊4日でディズニーに来るから」って半分自慢げに答えた。
「そう言えばそうか」そう聞いて結香は、何だか納得した顔で頷いた。
「でも、いいの?」宮路先輩と二人で申し訳無さそうな眼差しであたしを見ながら千帆が聞いた。
「うん。もう全然OKだから、遠慮しないで行って来て」
笑顔で本心からそう答えた。
「そう?・・・じゃあ、お願いするね」安心したように千帆がほっとした顔を見せた。
あたしが頷き返すと「じゃあ、お言葉に甘えて。済みませんがお願いします」って、あたしと匠くんに交互に視線を送りながら宮路先輩がお礼を告げた。
「うん。でも、もしはずれたらごめん」
宮路先輩は匠くんの言葉に、屈託ない笑顔で「ええ、もちろんです」って応じた。
「春音達も遠慮しないで行って来て」
所在無さそうに立っている春音に向かって言った。
「萌奈美達こそ行って来れば?あたし並んでようか?」
「いいよ。春音、せっかく冨澤先生と来てるんだから楽しんで来なよ」
春音の申し出にそう返事をした。
「冨澤さんも、どうぞ行って来てください」匠くんがあたしの言葉を後押しするように冨澤先生に勧めた。
「・・・じゃあ、せっかくなので」
匠くんの言葉に冨澤先生もやっと折れてそう言った。
「春音、行こうよ」列をはずれて歩き出しかけていた結香が呼びかけた。
「春音、ホラ、行ってこよう」冨澤先生も春音の背中をポンと押すように軽く触れた。
「うん・・・」
春音は少し躊躇いながらも列を離れて、結香や千帆達と一緒に歩き出した。みるみる後ろ姿が小さくなっていき、やがて人混みに紛れて見えなくなった。
ぽっかりっていう感じで匠くんと二人きりになって、何だか少し甘い気持ちになって匠くんに腕を絡めて寄り添った。最初、匠くんは周囲の目が気になるのか、 ちょっとどぎまぎしていたけれど、あたしと目が合って“まあいいか”っていう感じで笑って、あたしの手を取って指を絡めた。みんなと一緒にいる時間はもち ろんとても楽しいんだけど、こうして匠くんと触れ合っているとやっぱりすごく幸せで、あたしの中がいっぱいに満たされている気持ちがした。
それからふと思い出して、少し迷ったけれど思い切って匠くんに話しかけた。
「匠くん」
あたしの呼びかけに、匠くんは柔らかい表情であたしを見た。少し緊張した。匠くんはこういうこと言われるの、ひょっとしたら嫌かも知れないって思って。で しゃばったことを言ってしまって煙たがられないかって。そう思うと少し不安を感じたけれど、あたしが匠くんを思っている気持ちと、匠くんがあたしを思って くれている気持ちを信じて、勇気を出して話した。
「あのね、ちょっとでしゃばったことを言ってるのかも知れないんだけど、誉田さんは匠くんともっと仲よくなりたいと思ってるんじゃないかなって、あたし、そう思うの」
あたしの話を聞いて、匠くんは意外だったみたいで目を丸くした。それきりしばらく匠くんは黙りこんだままだった。
「あの、匠くん、気を悪くした?」
不安になって思わず聞いてしまった。匠くんの顔色を窺うように下から覗き見た。
「・・・いや、別に。そんなことないよ」
匠くんが表情を緩めて答えてくれたので、ほっと安堵した。
「よく、分からないんだ。」
匠くんは困惑気味に呟いた。
「何ていうんだろう、そういう親しくなりたいって思う気持ちとか、相手がそう思ってることとか・・・それに気付いたとしても、どうすればいいのかって、よく分からないんだ」
何だか匠くんがすごく迷っているみたいに見えて、ぎゅっと身体を押し付けた。匠くんが不安に思う時には、あたしがこんなに傍にいるよって気付いて欲しかった。
匠くんはあたしを見て、少し笑った。
「ずるいんだよ、僕は。自分からは近づこうとしないで待ってばかりいる。相手の気持ちに気付いたとしても、自分からは動かないで、気付かない振りをして素知らぬ顔をしてて。相手が来てくれるのを待ってるんだ・・・萌奈美の時もそうだった」
それは違うよ、ってあたしは思った。
あの頃、あたしすごく不安だった。匠くんを好きだっていう、あたしのただの片思いなんじゃないかって思って、たまらなく不安な気持ちでいっぱいだった。で も、匠くんがすごく優しくしてくれて、あたしを温かく迎え入れてくれて、だからあたしは勇気を出せたんだよ。あたしが傍に行く度、匠くんは大好きな笑顔を 見せてくれて受け入れてくれたから、あたしはあんなに傍まで行くことができたんだから。あたしにものすごく勇気をくれたのは匠くんなんだから。だから、全 然素知らぬ顔なんかしてなかったし、自分は動かずに待ってたなんてこと全然なかったよ。
「あたし、匠くんのいいトコすごくいっぱい知ってるよ。絶対、匠くんよりずっと沢山あたしの方が知ってるって自信ある。だから、誉田さんが匠くんともっと仲良くなりたいって思うのは、すごくよく分かるの」
しがみつきそうな勢いで言い募るあたしに、匠くんはちょっとびっくりした表情だった。
「誉田さんは結香の彼氏だし、結香は仲のいい友達だから、誉田さんと匠くんが仲良しになってくれたら、あたしもすごく嬉しい」
そう伝えたら、匠くんは「うん」って頷いた。
「でもね、だから匠くんが特に何かしなきゃいけないとか、何か変えたりとか変わったりとか、そういう必要は全然ないって思う。あたしの知ってる普段の匠く んのままで、誉田さんと接していればそれでいいって思う。そうしてれば、誉田さんも匠くんが知ってるより沢山の匠くんのいいトコがすぐに分かって、それで いつの間にかすごく仲良くなれてるんじゃないかな」
匠くんはあたしが話し終えると、穏やかな声で「うん、分かった」って告げた。
「あの、生意気なこと言ってごめんね」
言い終えた今になって随分偉そうなことを言った気がして、少し気後れしながら付け加えた。
「そんなことないよ・・・ありがとう」
匠くんは指を絡めて繋いだままの手を、ぎゅっと強く握り締めてくれた。匠くんの温かい掌があたしの心まで包み込んでくれたみたいで、匠くんのお礼の言葉を聞きながら、陽だまりのようなぽかぽかと温もった気持ちになった。
「やっぱりすごいよ、萌奈美は」
ぽつりと匠くんが言ったので、不思議に思って匠くんを見返した。
「僕をがんじがらめに縛り付けているものを、いつも萌奈美は容易く解(ほど)いて導いてくれる。萌奈美の言葉が、声が、笑顔が、その温もりが、萌奈美の存在が、僕をいつも救ってくれてる。いつも思うんだ。萌奈美がいてくれて良かった」
匠くんはそっと密やかに、心の奥に秘めていた大切な秘密を打ち明けるように、少し照れるように視線を伏せて言った。
匠くんの言葉に、心がじんってなった。あたし自身は全然そんな風に感じたりすることなんてなかったけれど、でも。
「あたしが匠くんの傍にいることが匠くんの力になれているのなら、匠くんがそう思ってくれてるのなら、あたし、すごく嬉しい」
甘い気持ちに包まれながら、匠くんの肩にこつんって頭をもたせ掛けた。
匠くんのこんな気持ちを聞くことができて、とても嬉しかった。すごく幸せな気持ちになった。

あたしと匠くんはそれから列に並んだまま随分長い時間待ち続け、やっとあたし達の抽選の順番が回ってきた。
空いている自動抽選機の前に立っていざ抽選となって、ものすごく緊張して来た。8人分のパスポートを預かっていて、みんなが夜のショーを鑑賞エリアで見ら れるかどうか、あたし達の肩にかかっているのだ。パスポートを読み取り装置にかける手が緊張で強張り、なかなかうまく読み取らせることができなかった。 やっと8人分のパスポートを読み取らせて、タッチパネルが1回目、2回目どちらの公演を選ぶかの選択画面になった。ここでも少し迷った。2回目の方がすっ かり暗くなってライティングが映えるような気がしたけれど、みんなそう考えて2回目の方で申し込んで当選の確率が低くなるんじゃないかとも思った。まだ1 回目の公演の方が当選する確率が高いかも知れないって、何となくだけど思った。・・・さて、どちらを選ぶべきか?ハムレットの如く、とまでは余りに大袈裟 だけれど、迷った。
「どっちにすればいい?」
決めかねて、縋るように匠くんを見た。あたしに聞かれて匠くんも少し困った顔をした。
「いや、どっちかな・・・」
「匠くんは1回目と2回目どっちがいいと思う?」
重ねてあたしが聞くと、匠くんはうーん、って唸った。
「・・・1回目にしてみる?」
匠くんがそう言った。
自分では決められなくて、うん、って頷いた。
「・・・じゃあ、1回目にするね」
確かめるように言った。そして心の中で、当たりますように、って力一杯念じながら1回目の公演を選んだ。
画面が“抽選中”の表示になって、固唾を飲んで見守った。そして・・・
画面は落選を表示した。如何にも残念っていうような音が機械から響いた。
ええーっ。がっくりと落ち込んだ。深い溜息をついた。
「・・・残念」
すっかり元気をなくしたあたしを、匠くんが取り成すように言って出口へと促した。
「・・・はずれちゃった」
匠くんに肩を抱かれながら、あたしは気落ちして呟いた。何だか泣きたい気持ちだった。
「・・・ごめん。僕が1回目って言ったから」
全然匠くんのせいなんかじゃないのに、匠くんはあたしの落ち込みぶりに思わずって感じで謝った。我に返って慌てて頭(かぶり)を振った。
「そんな、匠くんのせいじゃないよ。仕方ないよね。あたしこそごめんね、抽選にはずれたくらいでこんなに落ち込んだりして」
匠くんは優しく笑いながら、ううん、って首を振った。
「ちょっとみんなに申し訳ないけどね」
「うん。多分、みんなすごく楽しみにしてると思うから」
みんなのことを思うとちょっと気落ちして言った。匠くんは慰めるようにあたしの頭を引き寄せて「そうだね」って答えた。
すごく残念だったけど、やっぱり仕方ないことだった。匠くんに優しく慰められて、すぐに気を取り直した。まだまだこれから沢山楽しむんだから。そう思い直して春音に電話をかけた。
「今、何処にいるの?」
あたしが聞いたら、春音はみんなで「ウエスタンリバー鉄道」に乗ってるって答えた。注意して耳を澄ましてみると、確かに「ウエスタンリバー鉄道」の車内アナウンスの声が微かに聞こえていた。
「それでね・・・ごめん、抽選はずれちゃった」
申し訳なく思いながら伝えた。
「そっか、残念。みんなに伝えとくね」
春音は普段の声のまま答えた。それから「早くおいで。待ってるから」って言ってくれて、電話を終えた。
春音の言葉が嬉しくって、すごく気持ちが楽になった。
「みんなで『ウエスタンリバー鉄道』に乗ってるって」
携帯をしまいながら、見守るようにあたしのことを見つめていた匠くんに伝えた。
「じゃあ、僕達も早く行こう」そう言って匠くんはあたしの右手を取ると引っ張るように歩き出した。元気よく「うん」って答えて、繋いだ匠くんの左手を強く握り返した。人波を縫って、二人で走るようにアドベンチャーランドへと向かった。

◆◆◆

アドベンチャーランドで「ウエスタンリバー鉄道」を乗り終えたみんなと合流してから、あたし達は45分待ちで「ジャングルクルーズ」に乗った。
抽選にはずれてしまったことを謝るあたしと匠くんに、みんなは少しも気を悪くしたりせず、笑顔で「仕方ないよ」って言ってくれた。みんな怒ったり機嫌を悪 くしたりなんてこと絶対ないって分かってはいたけれど、がっかりするんじゃないかってやっぱり気掛かりだった。だからみんなが少しも気にしたりしないで笑 顔を見せてくれたので、ほっとした気持ちになった。安堵した顔で匠くんを振り返ったら、匠くんは微笑みを浮かべて頷いてくれた。
ジャングルクルーズはいつもながら滑りまくる船長さんのギャグが面白かった。船長さんの寒いギャグが滑る度に、誉田さんと結香の二人は船内で一際大きな声 で笑って注目を浴びていた。本当にノリのいい二人だなあって感心しつつ、その賑やかさがちょっと恥ずかしくもあって、出来れば無関係を装いたい気がした。
やがて川の上に突き出した木に巻きついている大きな蛇を見つけて、指差ししながら匠くんに小声で囁いた。
「あの蛇にミッキーの横顔があるんだよ」
「へえ?」匠くんはあたしの言葉に目を凝らして蛇に見入った。
「何処?」
さっぱり見つからないみたいで匠くんは蛇を凝視したまま聞き返した。
「ほら、あそこ。蛇の胴体のとこ」
匠くんに顔を寄せて声を潜めて言いながら、もう一度指を差した。
あたしの指差す先を視線で追って匠くんはじいっと注視した。そして、あっ、と小さく声を上げた。
「分かった?」
弾む声で聞いたら、匠くんは嬉しそうに頷いた。
「ほんとだ。すごいはっきりしたミッキーの横顔なんだ」
「ね?」
匠くんをびっくりさせることができて嬉しくて、得意げに笑った。
隣で春音と冨澤先生も同じことをしていて、だけど冨澤先生は一向に見つからないみたいだった。
「えーっ、何処だ?」
どんどんボートから遠ざかって行く蛇にまだ視線を注ぎながら、冨澤先生は降参したように聞き返した。
「・・・トロい」
見放すように冷ややかな声で春音が呟くのが聞こえた。

ウエスタンランドに移動して「ビッグサンダー・マウンテン」へ行ってみると、ファストパスはもう終わってしまっていて、スタンバイでは120分待ちだっ た。流石にあたし達は諦めて、「蒸気船マークトウェイン号」に30分待ちで乗ることにした。とっても大きな船だった。あたし達はみんなで船の最上部のデッ キ(テキサス・デッキっていう名前があるのだそうだ)に上がり、先頭に並んで手摺に掴まって船の進む先の風景を眺めた。途中カヌーとすれ違い、カヌーを漕 ぐ人達が手を振って来たのであたし達も手を振り返した。川中に浮かぶトム・ソーヤ島が目に入った。あたしもまだトム・ソーヤ島には行ったことがなかったけ ど、赤茶色の荒々しくゴツゴツした岩肌を見せる島の風貌は、「トム・ソーヤ島」っていう名前に相応しい、如何にも冒険の島っていう印象だった。
午後の陽射しがギラギラと照りつけてものすごく暑かったけれど、水上に吹く風はひんやりと涼やかでとても心地よかった。
あたし達はファストパスの時間になった「スプラッシュ・マウンテン」に乗ってから、ファンタジーランドに足を向けた。(「スプラッシュ・マウンテン」では 結香と誉田さんが丁度先頭に乗ることになって、二人とも大はしゃぎだった。それで最後の滝つぼへ落下するところでは、二人ともまともに水を被っていて、降 りてから二人を改めて見てみたら顔はびしょ濡れで、髪から水を滴(したた)らせていた。結香は化粧が落ちたー、って嘆いていた。)
ファンタジーランドでは「イッツ・ア・スモールワールド」に入った。混んでいても40分待ちと比較的待ち時間の少ない方だった。みんなで途切れることなく 他愛無いことを言い合いながら、少しずつ進んでは止まるスタンバイの列に身を任せていたら、何だかあっという間に待ち時間は過ぎ去っていった。あたし達は 目の前に止まったボートに乗り込み、スタッフの人が笑顔で手を振るのに笑いながら手を振り返した。そしてあたし達を乗せたボートは滑らかに動き出した。
ボートがアーチをくぐると、あたし達はお馴染みの歌が流れる可愛い人形達の世界へと入り込んだ。世界の様々な国の子供をイメージした人形達が賑やかに「小 さな世界」を歌う光景は、まるでおとぎ話の世界に迷い込んだかのようだった。見ているだけで微笑ましくて温かい気持ちになった。何回訪れても見る度にもの すごく幸せな気分になれて、やっぱりディズニーランドで絶対に欠かすことのできないアトラクションだなあって思った。
とても有名な話だけど、アトラクションの後の方で、くるくると踊っている子供達の中で一人の子がピノキオの人形を手に持っていて、そこにボートが差し掛かると、匠くんにその事を教えてあげた。
あたしと匠くんは顔を寄せ合って、くるくると踊り回っている子供達の中に、ピノキオの人形をぶら下げている子を探した。
「あっ、ほらっ、あの子っ」
小さく叫んで匠くんの前でその子供の人形を指差した。
あたしの指し示した方を眉を寄せてじっと凝視していた匠くんが、「あっ、いた」って呟いた。
あたし達の乗ったボートは見る間に踊り回る子供達の横を通り過ぎた。匠くんは後ろを振り返ってまだピノキオの人形を目で追って確認していた。
やがて匠くんは向き直って、あたしの方を見た。
「分かった?」
聞き返すあたしに、匠くんは嬉しそうな顔で「うん。分かった」って答えた。
何だか宝物を見つけた子供みたいに嬉しそうな顔をしている匠くんがちょっと可愛かった。でもそうも言えないので(みんなの前でそんなこと言ったりしたら、匠くんは絶対臍曲げちゃうに決まってるから)、「よかった」って笑顔で答えるだけにした。
子供達が合唱する「小さな世界」を聞きながらボートは子供の世界に別れを告げた。
ボートの発着場に戻ってボートから降り、優しい気持ちでみんな笑顔になりながら出口へと歩いた。
「この『イッツ・ア・スモールワールド』見る度に、何だかとっても幸せな気持ちになるの」
匠くんにそう話したら、匠くんも「うん、分かる」って答えてくれた。匠くんの言葉が嬉しくって、あたしから匠くんと手を繋いだ。

屋内の涼しい空間から一歩外に出て、再び息苦しくなるようなじっとりとした暑さが身体に纏わりついて来た。
そして、暑さはまだ全然和らぐ兆しも見せはしないのに、午後の太陽はしっかりと西へ傾きつつあった。
傾いた陽射しの黄金色の光にきらきらと照らされながら、夕方の何となく寂しい気配が辺りに漂い始めていた。
その寂しさは、賑やかな昼間の時間がもうすぐ終わろうとしていることを感じてのものなのかも知れなかった。
通路でレジャーシートを敷いて座っている人達の姿が目に止まって、ショースケジュールの載っているリーフレットを開いてみた。あと30分程でデイ・パレー ド「ジュビレーション!」が始まるのが分かって、あたし達はアドベンチャーランドの辺りでまだ二列目の空いているスペースを見つけ、レジャーシートを広げ て腰を下ろし、パレードが始まるのを待つことにした。
「ジュビレーション!」は去年の25周年を記念して始まったパレードで、あたしも去年家族みんなで来たときに一回見たことがあるだけだった。でも25周年 記念だけあって、すごくファンタジックでスペクタクルなパレードだったことをよく覚えている。特にあたしはピーターパンのフロートがすごく印象に残ってい た。フロートの上でゴンドラが激しく前後に揺れていて、すごくダイナミックなのだ。その他のどのフロートもとってもカラフルで目を瞠るほど素敵だったり、 すごかったり。夜の「エレクトリカルパレード」は光溢れるフロートが幻想的でロマンチックだけど、「ジュビレーション!」はとっても賑やかで豪華絢爛って いった感じのパレードだった。
「冷たいものでも買いに行かない?」
誉田さんが聞いて、みんなが同意した。確かアイスクリームワゴンが近くに出てたはず。あと「フレッシュフルーツオアシス」ってワゴンでカットフルーツとか も売ってるし。それとショースケジュールのリーフレットの裏面に今のシーズンのグッズとかフードメニューとかが載っていて、この近くの「ペコスビル・カ フェ」でクールアップルパイ、バナナムース&レモンティーゼリーっていう冷たいフードメニューが販売されていた。みんなそれぞれ何がいいか挙手を取った 後、あたしと春音、結香と千帆で二組に別れてアイスクリームとフルーツを買ってくることにした。
匠くんが「一緒に行こうか?」って言ってくれたけど、春音と二人で持って来れるから大丈夫、って答えて、あたしは春音と連れ立ってフルーツワゴンへと向かった。
この暑さの中、冷たいメニューは大人気で結構長い列が出来ていた。あたし達はパレードの開始時間が気になりながら列に並んだ。
「春音、楽しんでる?」
春音と二人っきりになった機会に訊ねた。
「楽しんでるよ。どうして?」
春音は素っ気無く答えて聞き返した。
「ん、どうかなあって思って。春音、賑やかな所あんまり好きじゃないし」
あたしがそう説明したら、春音は少し心外そうな表情を浮かべた。
「確かに賑やかなとこも人混みも好きじゃないけどね。でも、あたしにだって普通の17歳の部分が少しはあるんだけど?」
春音の言葉にあたしは曖昧に頷いた。
「あたしだってディズニーランドは特別だったりするよ。来るとわくわくするし、この雰囲気だけで楽しくなってきたりするんだよね」
そう春音に言われて少し反省した。そうだよね。春音だって普通の17歳の女の子だよね。幾ら普段醒めてる感じだったりしても、あたし達と同じようにウキウ キしたり、ワクワクしたりドキドキしたりするよね。それでも、って同時に思った。春音さえもワクワクさせたり、ここだけは特別だって言わせるディズニーラ ンドってやっぱりすごいなあ、って感心していた。やっぱり誰にとっても夢と魔法の王国なんだよね。改めて思った。
「うん、ごめん。そうだよね」
素直に謝った。
「ううん。別に謝んなくてもいいんだけど。ただ萌奈美は、あたしをちょっとすごく大人って見過ぎてるっていうか、特別だと思ってるとこがある感じがするか ら。あたしは自分ではそんなに萌奈美や結香達と違わないって思ってるんだけど。それは確かに学校の同年代のみんなよりは醒めてるし、偏屈だって自覚はある けどさ」
醒めてるって部分についてはあたしも同意せざるを得なかったけど。
「偏屈だなんて、そんなことない」
強い口調で春音の言葉に訂正を求めた。
春音は周囲の意見に阿(おもね)ったりしなくて、とても強い意志の持ち主だけど、だけどそれは偏屈なんかじゃない。いつだってしっかりとした自分の意見を持っていて、安易に周りに迎合したりしなくて、背筋の伸びた凛としたその姿勢を、いつもとても尊敬している。
「あたしはいつも春音の言葉にはっとしたり、思ってもいなかったことに気付かされてる。確かに春音の言葉は厳しいことも多いけど、でもそれだけにすごくあ たしにとって意味があったり深かったり、考えさせられたり、指標になったりしてる。いつだってあたしのことを真剣に考えてくれてて、本当にあたしのためを 思って意見を言ってくれる。こんな友達は他にいないって、心からそう思ってる。そう言っちゃうと千帆と結香に悪いかなって少し気が引けるけど。千帆も結香 も大切な友達だから。それから二人も、いつもあたしのことを大切に思ってくれてるから。それでも春音は、あたしの「腹心の友」だって思う。アンにとっての ダイアナみたいな」
いつも春音に対して思ってる本当の気持ち、ありのままの気持ちを、真っ直ぐに春音に伝えた。春音が「特別」だって分かって欲しくて。
「春音はあたしにとって、やっぱり「特別」だよ」
春音は最初面映そうだった。だけど嬉しそうに微笑んで、あたしの言葉を受け止めてくれた。
「ありがと、萌奈美。他の誰よりも萌奈美からそう言って貰えて、本当にすごく嬉しい。あたしにとっても萌奈美は「特別」よ」
春音からの言葉が心から嬉しかった。にっこり笑って頷いた。
あ、だけど。ふと頭に浮かんだことがあった。
「あと、冨澤先生のことも、もう少し「特別」に扱ってあげたら?」
なんたって恋人なんでしょ?そう言いたかった。普段の春音の冨澤先生への仕打ちは、目にする度に憐れに思われて仕方なかった。
そしたら春音はちょっとしらけたような表情を浮べた。
「「特別」扱いしてるわよ。何か言いつける度、嬉しそうに、はい、はい、って従ってるもの」
それは確かにそうかも知れない。だけど「特別」の方向性がちょっと、いや、大分違ってるんじゃないかって思えた。それとも春音と冨澤先生の場合はそれでいいのかな?人間関係、特に恋愛って奥が深いって考えさせられた。よく言うものね、“色んな愛の形がある”って。

時間はちょっとかかったけど何とかパレード開始の時間までに間に合って、大急ぎでみんなが待ってる場所まで戻った。
「お待たせーっ」
まだまだ暑い中、大急ぎで小走りに戻って来たので、到着した途端ほっとして大きく息をついた。一緒に走って来た隣の春音はというと大して暑くもなさそうで、やけに涼しい顔をしている。流石だ。結香と千帆は既に戻って来ていた。
「お疲れー」「ありがとー」
オーダーされた物を注文した人に手渡し、靴を脱いでレジャーシートに座った。
風が流れてきて火照った肌を撫でて気持ちよかった。視線を巡らせたら匠くんが団扇を扇いでくれていた。
「お疲れ様」
「ううん。ありがと、匠くん」
匠くんの優しさで、暑さの疲れなんて吹っ飛んじゃいそうな気がした。
匠くんが持っててくれてたカップフルーツを渡してくれて、早速口に運んだ。乾いた喉を瑞々しいフルーツが癒してくれた。
「匠くんも食べて」そう言って匠くんに渡す。匠くんもカップの中に入っているプラスチック製の爪楊枝でパイナップルを刺して口に運んだ。
「うん、美味しい」満足そうに言う匠くんに笑顔で頷いた。匠くんが喜んでくれて嬉しかった。
結香達が買って来たクールアップルパイとミッキーの形をしたアイスバーも味見させて貰って、冷たくってとっても美味しかった。
食べ終えるのと殆ど同時に音楽が鳴り始める。続いてナレーションが流れる。最初の数秒で興奮でぞくぞくして、真夏にも関わらず鳥肌が立った。
最初はミニーちゃんのフロートだった。可愛い!普段あまり見ないプリンセスの衣装を着ていて、すごく豪華でエレガントだった。大きな声で呼びかけて手を 振った。同じフロートには妖精も乗っていて、パレードを見ているゲストに魔法をかけていく。続いてプリンセスのフロートがやって来る。「美女と野獣」のプ リンセス・ベル、眠れる森の美女のオーロラ姫、続くフロートに「ポカホンタス」のヒロイン、ポカホンタス。彼女はあまり今までディズニーのショーやパレー ドで見たことのなかったキャラクターだ。あっ、そのフロートの後ろにはプーさん、ティガー、イーヨー、ピグレットが乗ってる!ティガーってばしっぽで木に ぶら下がってびょーんびょーんってジャンプしてる。おもしろーい。コミカルなティガーに笑ってしまった。
その後に続いて来たのがキリンを模したカートだった。すごく趣向を凝らしていて目を瞠った。続くダンサーの人達はシマウマやガゼルっていったアフリカの動 物の格好をしていた。すぐに「ライオン・キング」だって分かった。音楽がアフリカ調の賑やかな曲に変わる。サイが歩いてきた。あれってどうやって人、入っ てるんだろって思うような斬新さだった。ここの動物のパレードのくだりは、ディズニーのパレードで初めて見るようなアイデアのものばかりで注目に値した。 そしてライオン・キングのシンバの乗るフロートがやって来た。フロートの先頭に立つシンバ、可愛い。そのフロートの後ろに乗ってるのは「ジャングルブッ ク」のモーグリかな?
続いて来たフロートを見てテンションが上がった。スティッチだあ!わーん!可愛いー!もう夢中で手を振ったら、なんと!スティッチもこっちを見て手を振り 返してくれた。もう最高に幸せ!匠くんにお願いしてスティッチの写真をいっぱい撮ってもらった。一緒に乗ってるリロも可愛い。バックに流れるのは、もう大 好きな「アロハ・エ・コモ・マイ」だった。ノリノリで手拍子を叩いた。
スティッチのフロートが離れて行ってしまってちょっと残念がっていたら、後からピーターパンのフロートがやって来た。去年初めて見た時にすごく感動したフ ロートだった。フロートの上で海賊船を模したゴンドラが前後に揺れ動いている中にピーターパンと海賊が乗っていて、すごくダイナミックなフロートだった。 今日が「ジュビレーション!」初体験の千帆も「すごーい」って驚いている。
ピーターパンのフロートが通過して行き、ふわふわと風に流れて白いものが漂ってきた。なんだろ?って不思議がっていたらシャボン玉だった。続いてやって来 たピノキオのフロートから蒔かれてて、パレードを見ているゲストからワッと興奮する声が上がった。元気いっぱいに踊るピノキオを見て、あたしも元気を貰っ た。そのフロートにくっ付いてダンボと三匹の子豚が乗るフロートが繋がってた。ダンサーもピノキオをイメージした人形の格好だったり、ダンボをイメージし たピエロの格好だったり、とっても賑やかで楽しいフロートだった。
続いて来たダンサーに嬉しくなった。まっ黄色の防護服を全身に纏っているのは、「モンスターズ・インク」のCDA(子供汚染防疫局)の消毒部隊だった。続 くフロートが「モンスターズ・インク」のだって、もう分かった。フロートの上のマイクとサリーにぶんぶん手を振った。続くダンサーのコスチュームでまたも や何のフロートか分かってしまった。白地にライトグリーンとパープルの色使い、っていえばもうすぐに分かる。「トイストーリー」のバズ・ライトイヤーのユ ニフォームだ。あっ、リトル・グリーン・メンのちっちゃなフロートも来る!やあん、可愛いっ!
バズとウッディ、カッコイー!こんなに大好きなキャラクターばっかりやって来て、自分のテンションが壊れかかってる気がした。「Mr.インクレディブル」 のMr. インクレディブルとMrs.インクレディブルの二人も、そのフロートの後ろをカートに乗って軽快に走り回っていた。
その後にやって来たのはディズニーランド内のアトラクションのイメージを衣装にして身を包んだダンサー達だった。そしてミッキーの声が聞こえて来た。パ レードはいよいよクライマックス、ミッキー達の乗るフロートが到着した。フロートの一番高いところにミッキー、その下にドナルドとデイジー、プルートー、 グーフィー。フロートの後ろにはティンカー・ベルもいた。あっ、最後尾にはチップ&デール、それにクラリス。すっかり忘れてたっ。もう怒涛の如くディズ ニーキャラクターが目に焼きついて、頭の中がパニックになりそうだった。
25周年記念って冠するだけあって、本当に豪華で趣向を凝らしてて、見ごたえのあるパレードだった。しばらく興奮が収まらなかった。
結香、千帆を始めとして、みんな「ジュビレーション!」を今日初めて観たらしくって、終わってから口々に自分が好きになったフロートを教え合って盛り上 がっていた。話に加わりこそしていなかったけど、春音も満足そうな笑顔を浮べてた。と、あたしが見ているのに気付いた春音と視線が合った。「何?」とか言 われるかな、なんて思ったけど、パレードの余韻が残っててすごく幸せだったので、笑顔で「楽しかったね」って伝えた。春音もやっぱりパレードを観た効果な のか、素直に「うん」って笑い返してくれた。流石はディズニーマジック。春音まで虜にしちゃうんだから。
匠くんがレジャーシートを畳んでくれてて、あたしも急いで手伝った。
「ありがと、匠くん」
「ん、いや」
匠くんともこの幸せを分かち合いたかった。
「パレードとっても楽しくって面白くって、すごく興奮しちゃった」
「萌奈美、スティッチのフロートですごくテンション上がってたね」
「知ってたの!?」匠くんにしっかり見られてた。写真いっぱい撮ってたから全然気付いてないって思ってたのにい。恥ずかしー。
「そりゃあね、萌奈美のこといつも見てるから。気付かない筈ないし」なんて匠くんが言う。うわあ、嬉し恥ずかしだよ、それって。顔を赤らめながらそれでも嬉しくって、ついつい顔がニヤけてしまった。
「さあ、それじゃーどうすっかなー」
「そーだねー、何処行こうかー?」
何だかわざとらしい誉田さんと結香のやり取りが聞こえてきた。べっつにいーよねえ?恋人同士なんだから、嬉し恥ずかしな真似してたってさ?開き直るつもりで心の中で誰にともなく問いかけた。

この後どうするか、みんなで相談し合った。
やっぱりみんなの中で「エレクトリカルパレード」ははずせないらしく、これはほぼ全員一致(“ほぼ”っていうのは、若干一名はどちらでもよさそうな素振り だったからなんだけど・・・もちろん春音のことね)で観ることに決めた。そうするとそれまでの時間をどうするかっていうことになる訳なんだけど、「エレク トリカルパレード」が午後8時からで、パレードを観覧する場所を確保する時間も考慮に入れなきゃいけなかった。1時間前からはレジャーシートを敷けるよう になるし、他にも絶対「エレクトリカルパレード」ははずせないって思ってるゲストも大勢いる筈だから、安全策を取って早めに場所取りをしておくに越したこ とはなかった。遅くともパレード開始1時間半前くらいには、観覧する場所の確保に動いておいた方が良さそうだった。
ここで肝心な点を見落としていたことに、今になって気付いた。抽選にははずれてしまったけど、サマーナイトエンターテイメント「クラブ・モンスターズイン ク“笑いってクール”」を見逃してしまうのは勿体なかった。あたしと匠くんはこの後三泊四日で来る予定で、観覧エリアで観られるチャンスがあるけど、他の みんなはこの夏の間にまた来るかどうか分からないし(っていうより、来ない可能性の方が極めて高いって思えたし)、是非観て欲しかった。そう主張したらス ケジュールをどうするか聞かれた。確かにそこが悩みどころだった。「クラブ・モンスターズインク」の1回目公演が午後7時過ぎ、2回目は午後9時過ぎ、 「エレクトリカルパレード」が午後8時から。「エレクトリカル・パレード」、「クラブ・モンスターズインク」どちらを先に見ても次の開始時間まで1時間を 切ってしまっていて、観終わってから移動しても恐らくは人で埋まってしまってるんじゃないかって思えた。両方はやっぱり無理かな?そう思って諦めかけた。
黙ってた匠くんが思案顔で「萌奈美」ってあたしを呼んだ。諦め顔で視線を上げた。
「あのさ、よく分からないんだけど、シンデレラ城の両サイドの通路の辺りって観覧禁止エリアなの?」
匠くんの質問にちょっと考え込んだ。
「どうかなあ?フロートが入ってきたりとかがなければ、多分立ち見してもいいんだと思うんだけど・・・」
「クラブ・モンスターズインク」でフロートがパレードルートからシンデレラ城前に入って来るって情報は耳にしてなかった。ショーによってはパレードのよう にフロートがパークの通路を巡って来て、その後キャッスル・フォア・コートに入って来るってパターンのものもあった。昔やってたサマーウォータープログラ ムの「バズライトイヤーの夏の大作戦」とか、2007年のハロウィーンパレード「ホーンテッド・ロッキン・ストリート」とか。最初フロートでパレードして て、シンデレラ城前に来るとキャッスル・フォア・コートにフロートが入って来て停止してショー形式になるっていう、パレード&ショーっていうスタイルのエ ンターテイメントが昔はあったんだよね。(その頃は家族みんなで来てたのだ。)
「例えばさ、シンデレラ城左側を出てすぐの辺りだったら、シンデレラ城のところでやるショーも『エレクトリカルパレード』も、移動せずに観られるんじゃない?」
そう匠くんが提案した。なるほど。それだったらまず「クラブ・モンスターズインク」を観て、そのまま移動せずに「エレクトリカルパレード」を観ることも可能そうだった。あとはその場所が観覧禁止エリアになっていないかどうかの確認が必要だった。
あたし達は早速シンデレラ城向かって左を出てすぐの辺りに移動し、近くにいたキャストの人に、ここが「クラブ・モンスターズインク」と「エレクトリカルパ レード」の時間にはどういう風になっているのかを聞いてみることにした。キャストの人の話によると、キャッスルショーの時間帯にはこの場所は立ち見エリア になって、ショー終了後は「エレクトリカルパレード」を観るためにレジャーシートを敷いてもいいっていうことだった。また、「エレクトリカルパレード」終 了後は2回目のキャッスルショー観覧の立ち見エリアになるのだそうだ。
キャストの人の話を聞いて、あたし達はこの場所でキャッスルショーとパレードを観ることに決めた。ショーが始まるまではあと約2時間。ショー開始時間が近 づいてくるとこの辺りはショーを見ようとする人達で埋め尽くされてしまうことが予想されたので、45分位前にはみんな揃ってショー待ちをしていようってい うことになった。それまでの1時間余りをあたし達は交代で場所取りに残ることにして、冷房の効いた屋内に涼みに行ったり時間待ちの少ないアトラクションを 観に行ったりして時間を過ごした。因みにあたしは匠くんと春音と冨澤先生の四人で、「魅惑のチキルーム:スティッチ・プレゼンツ”アロハ・エ・コモ・マ イ!”」を観に行った。スタンバイエリアのあちこちにスティッチの足跡があったり、アトラクションの室内でもいたずらっ子のスティッチが四方の壁にいたず ら書きをしてたり、とっても楽しい雰囲気だった。アトラクションが始まってスティッチが登場して、ウクレレを弾く姿がとーっても可愛かった。

午後7時を過ぎて、シンデレラ城前の観覧エリアは抽選に当選した人達で埋め尽くされた。観覧エリアの外からその光景を遠目に見つつ、やっぱり当選したかっ たなあって心底羨ましく思った。観覧エリアのベンチに座る人達はみんな、あと15分足らずで始まるこの夏のランド一番の注目イベントに期待を膨らませ、笑 顔を零れさせている。
やがて少し経ってアナウンスが流れた。ショー開始にあたっての注意事項をゲストに伝えた後、間もなくショーが開始になることを告げた。
期待に胸が膨らむと同時にドキドキして落ち着かなかった。いつもディズニーのイベント開始直前はこういう気持ちになる。期待する余り、緊張で胸がドキドキ してしまう。幾つになっても変わらないのは、それだけあたしがディズニーを大好きだからなのか、それともいつまで経っても精神年齢が子供のままだからなの か。出来れば後者だとは考えたくなかった。
観覧エリアの特に前方の人達の動きが慌しくなった。携帯用のレインコートを着たり、荷物を濡れないようにビニール袋に入れたりしている。それもまた羨まし さを募らせる出来事だった。強い陽射しが照り付けて30度を超える気温だった日中と違って、夜のこの時間にずぶ濡れになったりすれば、着ている衣服が乾か ないんじゃないかって気がするし、身体が冷えて寒くなっちゃったりもすると思うけど、やっぱり夏のディズニーっていったら、ずぶ濡れになるのが醍醐味って いうものだよね。
そして遂に!っていう感じで、ジャジーなドラムのリズムがキャッスル・フォア・コートに流れ始めた。リズムに合わせてゲストの手拍子が生まれる。すぐにホーンセクションのサウンドが重なった。
うわあっ。この出だしの部分だけでもうゾクゾク来てしまった。
サウンドに合わせてシンデレラ城前のステージをきらびやかなスポットライトが照らす。そしてマイクとサリーの「ようこそ」って声がゲストを歓迎する。かっ こいいジャズサウンドに乗って、あたし達が見ているのとは反対側のサイドからダンサー達が現れ、その後ろからは小型のフロートに乗ったマイクとサリーがシ ンデレラ城前に姿を現した。(シンデレラ城向かって左に陣取ったのは正解だったみたい。あんな風にマイクとサリーがフロートに乗って入ってくるなんて、全 然知らなかった。)ほとんど真横からの眺めだったし、立ち見なので前に立つ人の頭の隙間から覗く形でしか見れなくて、決してショーを満喫できるとは言い難 かったけど、でも一番期待していたサマーナイトエンターテイメントの雰囲気はしっかり味わうことが出来た。結香と千帆も見づらい位置からの観覧っていうハ ンデなんて物ともしないで、満面の笑顔でシンデレラ城のステージに現れたマイクとサリーに手を振っている。
「みんなで盛り上がろうぜー」マイクがゲストに呼びかけた。うん。もちろん!胸の中で答えた。そして二人が声を合わせた掛け声で「クラブ・モンスターズインク」はスタートした。
音楽は一転、早いビートのダンサブルな曲調になり、ステージ上に男女のダンサーが現れ、踊り飛び跳ねた。続いてマイクとサリーが今夜のクラブパーティーに 招待しているモンスター界のスター達(ダジャレじゃないよ)を紹介した。このモンスター達がマイク、サリーに劣らぬ、実にユーモラスな風貌だった。モンス ター界一の美脚を誇るらしい「ミスター・レッグスマン」、双子の「ミス・スクリーム」(何かというと悲鳴のような叫び声(スクリーム)を上げるのだ)、甲 高い声で喋りまくる「ミス・マシンガントーク」、あんまり早口で何言ってるのか、さっぱり聞き取れないんだけどお。その後に現れたのが「ミスター&ミセ ス・アイボール」ラブラブなご夫婦モンスターらしい。サリーとマイクが「ラブラブでアツアツ」って冷やかすように言ったかと思ったら、マイクが「本当に熱 い!」って悲鳴を上げた。ステージ反対側からはその名も「ファイアー・モンスター」が登場した。これは波乱の予感たっぷり?続いて紹介されたのは、今日の 招待されたモンスターの目玉(サリーがこう言ったら、「え?俺のこと?」ってマイクがボケて、結香、千帆と三人で大受けしちゃった。)「モンスター・ガー ルズ」っていう、ゴージャスでグラマラスな美女(?)三人だった。ステージ上は紹介を受けたモンスター勢ぞろいで大盛り上がりだった。
音楽が一旦止み、観客から拍手が湧き起こる。ステージのライティングが転調したかと思うと、引き続いては「モンスター・ガールズ」のステージが展開され た。クライマックスでは三人のモンスター・ガールズが一人ずつくるりと振り向いたら、後ろ頭だと思われてたところにも顔があって、前後両方に顔のあるモン スターであったことが判明する。それでもって前と後ろの顔から発する声の高さが全然違ってて、最初はヘリウムでも吸ったような甲高い声をしてたのがくるり と振り向いてからは、よくゴスペルの女性歌手で聞くような声量たっぷりの堂々たる歌声に文字通り変貌を遂げた。後半はくるくる振り返るたびに、声のトーン がガラッと変化するのが面白くて仕方なかった。大喝采を浴びて「モンスター・ガールズ」のステージが終了した。マイクが「最高、最高」って賞賛するのに、 「最高っていえば、もっと最高のゲストが来てるんだよね?」ってサリーが誘い水のセリフを告げた。マイクも「グレイトなゲスト」って形容している。もちろ ん現れたのは世界最高のエンターテイナー、ミッキーその人(そのネズミ?)だった。
ミッキー!あたしも千帆も結香もテンション上がりまくりで、ぴょんぴょん飛び跳ねながら口々にミッキーの名前を呼んで手を振った。
「みんなで踊ろう!」ミッキーがみんなに呼びかけた。
ミッキーを中心にステージ上では、ダンサー達が一糸乱れぬダンスを踊り始めた。流石はミッキー。キレッキレッのダンスを披露してくれた。曲調が変わり、 ミッキーがステージ中段の左サイドに移動した。右サイドにはミニーが現れ、ミッキーと掛け合うようにヒップホップ系のダンスを踊った。その曲が終わったか と思うと、突然「ファイアー!」って掛け声と共にステージ上で幾つもの火柱が上がった。夜を照らし出す炎に観客から歓声とどよめきが入り混じる。「ファイ アー・モンスター」がステージ上に現れ、音楽は何年か前にヒットしたクラブ系の曲(後で誉田さんが知ってて「NIGHT OF FIRE」っていう曲だっ て教えてくれた)が流れた。曲に合わせてステージ上に炎が上がる。
大盛り上がりのステージに突然、サイレンの音が鳴り響いた。
「火事だあー!」
消防士の格好をしたドナルドが現れ、ステージの炎を火事と間違えて消火器を振り撒きだした。ドナルドと一緒に出てきたダンサーの人も放水用のホースを持っ ていて、ステージ上に放水を始めた。ミッキーが慌てて「違うよ、火事じゃないよ」ってドナルドの誤解を解こうとするけど、ドナルドは全然聞く耳持たず、ス テージの上は炎と水が入り乱れ大混乱に陥ってしまった。やっぱりドナルド、ディズニー一のトラブルメーカー。そこに暢気に現れたグーフィーが水浸しになっ たステージを一目見て、水道管が壊れたものと勘違い。ミッキーの必死の説明も虚しく、グーフィーが大きなくしゃみをした瞬間、シンデレラ城から盛大に水し ぶきが上がった。って、このくだり「クール・ザ・ヒート」そのまんま。今度はステージはまさに水道管が破裂したかのようなスプラッシュが絶え間なく上が り、しっちゃかめっちゃかになってしまった。
ステージ上を右往左往して逃げ惑うミッキー、ミニー、モンスター達。やがて開き直っちゃったのか、それともこの状況を楽しむことにしたのか、ステージの上 ではミッキー、ミニー、モンスター達によるダンスが繰り広げられる。テンポのいい曲に合わせて披露されるダンスに客席からは手拍子が湧き起こった。いよい よステージはクライマックス。メチャメチャになってしまったステージに文句をいう主催者のマイクだったけど、そんなことにはお構いなしに当のステージ上で は水しぶきと火柱が競争するかのように上がり、ミッキー達が踊っている。
そして、気を取り直したマイクがシンデレラ城前のベンチに座る観客に「さあ、みんなも一緒に踊ろう」って呼び掛け、ベンチに座っていた人達が一斉にその場 で立ち上がった。そこからはショーは最高潮、あたしでも耳にしたことのある超有名なアメリカンポップスのメドレーに合わせて、ミッキー達が楽しげに踊りま くった。途中、ステージ中央でミッキーとミニーが手と手を合わせてハートマークを作ってた。もう、ラブラブなんだからミッキーとミニーってば。二人共熱い ハグを交わした後、ミニーちゃんがミッキーにキスをした。あたしもミニーちゃんくらい堂々と、周囲の目なんかものともせず匠くんとラブラブでいたいなあ、 なんてちょっと思って、ミニーちゃんを見習おうって心密かに決意した。(春音から見れば、十分周囲の目なんかものともせずラブラブにしてるのかも知れな かったけど。あたしとしてはまだまだ、って思ってる。)
最後にはシンデレラ城から花火も上がって、大興奮の内にショーは終わりを迎えた。ミッキー達がステージ上段でキャラクター一同手を繋ぎ会って客席に一礼し た。メインテーマ曲が流れる中マイクとサリーが閉幕のトークをすると、ダンサーやモンスター達がステージの後ろに去っていき、ステージ上にはミッキー、ミ ニーちゃん、ドナルド、グーフィー、プルートーが残った。そして曲のラスト、最後の水しぶきが放たれてショーが終わった。ミッキー達もステージの向こうに 姿を消して、ショー終了のアナウンスが流れた。観覧エリアの観客が移動し始め、シンデレラ城前は騒然となった。あたし達がいる場所もシンデレラ城前から出 て来るお客さんと通路を行き交う人が入り混じって、結構な混乱ぶりだった。でもそんなのに負けてらんない。周囲でもそこかしこでこの場所を確保しようとレ ジャーシートを広げ始めている。この後の「エレクトリカルパレード」を観覧するため、一致協力してみんなにスペースを確保してもらいながらレジャーシート を広げた。広げ終わったシートの上にみんなで座り込んだ。
「あー、これで一安心」
落ち着いて「エレクトリカル・パレード」を観られることに安堵したのか、ホッとした声を結香が漏らした。
みんなも気持ちは同じなんだね。思わず結香の様子に笑顔が浮かんだ。
「でも、最高に面白かったね『クラブ・モンスターズインク』」
興奮の余韻が残ってるのか、高揚した様子で千帆が言った。
「うん。抽選にはずれた時は観るの諦めようかって思ったけど、観て正解だったなあ」
宮路先輩が千帆の言葉に頷いた。
「これも萌奈美ちゃんが絶対観た方がいいって、強く勧めてくれたおかげだね。ありがとね、萌奈美ちゃん」
誉田さんからお礼を告げられ、そんなことないです、って慌てて首を振った。
でも、みんなに楽しんで貰えてよかった。そう思えて笑顔が浮かんだ。

「エレクトリカル・パレード」を見終わると午後9時近く、ランド内のレストランやフードショップは殆ど閉店になってしまうので、今の内に何か軽く食べてお こうって話して、パレードまであと30分くらいしかなかったけど、急いで千帆、春音と連れ立って「スウィートハート・カフェ」に行ってサンドイッチやペイ ストリーを買ってきた。注文を聞いてる暇はなかったので、適当に買ってくるねってみんなには断って独断で選んでくることにした。開始15分前に戻って来 て、みんなで慌ただしく食事した。慌ただしくはあったけど、とっても美味しかった。軽くしか食べなかったので帰ってからお腹空くかもってちょっと心配だっ た。帰ったら絶対12時近くだし、そんな深夜に何か口にするのはものすごく躊躇われるし。ううっ、空腹を我慢できるかなあ?自信ないー。
そうこうしてる内に、周囲の照明が消えた。その瞬間、胸がドキンってした。いよいよ始まる。一帯は殆ど暗闇に包まれてしまっている。ビデオカメラやデジタ ルカメラの液晶のバックライトや、光るグッズの赤や緑や黄色の色とりどりのライトが、そんな暗闇の中で点々と灯っていた。
そして何度聞いてもワクワクと胸が躍ってしまう、あの独特のイントロが流れた。
続いてデジタルボイスが「レディース&ジェントルメン、ボーイズ&ガールズ」ってゲストみんなに呼びかけた。「東京ディズニーランドプレゼンツ、エレクトリカルパレード・ドリームライツ」光と音のパレードの開幕を告げる。
隣に座ってる若い女性が「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ」って興奮気味に声を上げた。その気持ち、すごくよく分かる。このスタートの音楽とナレーションの部分、何度聞いてもゾクゾクしてくるものね。周囲から自然と手拍子が湧き起こる。あたし達もすぐに参加した。
先頭はピノキオを人間にしてくれた妖精、青く光り輝くブルーフェアリーが騎馬隊を率いてやって来た。ブルーフェアリーが魔法の粉をパレードの進路に振り撒 いて、光の魔法が顕われるっていうことなんだって。これは「ピーターパン」のアトラクションのスタンバイの最初の所で、ティンカーベルが魔法の粉を振り撒 いて、それでみんな空を飛べるようになるっていうのと同じだね。
続いてグーフィーの運転する光に彩られた機関車のフロートがやって来た。後ろにはミニーちゃんとミッキーも乗っている。
「ミッキー!ミニー!」
一際大きな声で結香がミッキーとミニーちゃんに呼びかけた。まさかその声が聞こえた訳でもないんだろうけど、ミッキーがあたし達の方を見て手を振ってくれた。メチャクチャ嬉しくって、千帆、結香と三人でぶんぶん手を振り返した。
ミッキーが「ドリームライツ、光の魔法だね」って告げる。本当、キラキラ眩く光るフロートが幻想的でこの上なく綺麗で、別の世界に来たみたいに思える。光の魔法、本当にそのとおりだった。
続いてはアリスがチェシャ猫のフロートに乗って登場した。チェシャ猫はニヤニヤ笑いだけ残して姿を消してしまうって原作通りに、笑っている口だけ残して、電飾が消え姿を消してしまい、通り過ぎた後にまた姿を現していた。
その後から来たのは光るてんとう虫としゃくとり虫とかたつむりだったんだけど、これって未だに何のキャラクターなのか分からない。どのディズニー作品に登場してるんだろ?
絢爛たる光のパレードが続いていく。きらめくフロートに乗ったディズニーのキャラクター達が次々とやって来て、通り過ぎて行った。
白雪姫と七人の小人。ピーターパンとウェンディ、フック船長もいる。「モンスターズインク」のマイクとサリー。サリーの背中にはブー(サリーと心通わせる 人間の女の子ね)が、モンスターの着ぐるみを着て乗っていた。プーさん、ピグレット、イーヨー、ティガー。「トイストーリー」のバズ、リトル・グリーン・ メン、ウッディ、ジェシー。「ファインディング・ニモ」のニモとクラッシュ。「美女と野獣」の燭台のルミエール、ベルとビーストが仲睦まじく踊っている。 シンデレラとガラスの靴を持った王子様。
そして、「小さな世界」の音楽が聞こえてきた。この曲が聞こえてくると少し淋しさを覚える。もうすぐ光の魔法が解けてしまうって知ってるから。光り輝く子 供達に扮したダンサーに先導されて蒸気船のフロートがやって来る。ドナルド、デイジー、三匹の子豚、その後からは飛行船のフロートに乗ったチップとデール も続いて来た。更にその後ろにはボートのフロートに乗ったメリーポピンズ、ピノキオとおじいさん。
その後からは!リロとスティッチがやって来た!やっぱりスティッチ大好き!いたずらっ子なところ、リロのことが大好きでちょっと淋しがり屋なところ、あのふわふわした柔らかくて丸っこいフォルムも。思いっきり、ぎゅう!って抱きついてみたいなあ。
最後に「エレクトリカルパレード・ドリームライツ」の提供を知らせるフロートが通過して、光のパレードは終わりを迎えた。
周囲は閉演までの残り時間を満喫しようと、先を急ぐように慌しくレジャーシートを畳んで移動を開始する人達でごった返している。あたし達もレジャーシート を大急ぎで片付けた。いつもこの慌しさにはちょっと残念な気持ちになる。あれだけきらびやかで綺麗で心奪われるパレードの余韻を、もうちょっと味わってい たいなって、少し思う。
もう何度となく観てるのにまた何回だって観たくなる。やっぱりランドに来たら「エレクトリカルパレード」を観ないと、何だか物足りないっていうか、心残り をしてるようなそんな風に感じる。それだけやっぱり「エレクトリカルパレード」は特別な、はディズニーランドの代名詞とも言える存在なんじゃないのかなっ て思う。
移動する人波からはずれて、みんなでこれからどうしようか相談した。閉園まであと1時間余り。「ビッグサンダー・マウンテン」や「スペース・マウンテン」 の大人気アトラクションは今から並ぼうとしても、60分以上の待ち時間になってしまってるかも知れなかった。そんなに待ち時間のかからなそうな「ホーン テッドマンション」とか「イッツ・ア・スモールワールド」、「カリブの海賊」とかにもう一度乗って来ようか?或いは「白雪姫と七人の小人」とか「ピノキオ の冒険」とか「ピーターパン空の旅」とか「スターツアーズ」なんかも意外と狙い目だったりする。あとはちょっと早いけどお土産を買いに行こうか?そう思っ て気にしてみると、ワールドバザールへ向かう人の波は増えつつあった。早めにお土産を買って、大混雑を避けて閉園前に帰路に就こうとしてるのかも知れな い。
いよいよ楽しかった長い一日に終わりが近づいて来ていて、みんなまだまだ楽しみたいことは山程あって、なかなか一つに決められずにいた。
それで誉田さんがみんなの意見の折衷案ってことで、アトラクションに一つ乗って、その後ワールドバザールにお土産を買いに行こうって提案して、みんなでそ れに賛成した。じゃあアトラクションは何に乗ろうか?ってことで、また意見が分かれそうだったんだけど、ランドらしいアトラクションで締めくくろうって意 見が出て、それだったら「カリブの海賊」か「ホーンテッドマンション」か「イッツ・ア・スモールワールド」のどれかにしようってことになった。さて、どれ にしよう?どれも捨て難いんだけど、あたしだったら「イッツ・ア・スモールワールド」かな?夢と楽しさと、それから温かさと優しさ溢れるディズニーランド をすごく象徴してるって、そんな気がする。
そしたら「『イッツ・ア・スモールワールド』がいいんじゃない?」って春音が呟いた。
「うん。あたしも『イッツ・ア・スモールワールド』がいい」
春音が同じ気持ちでいてくれたように感じられて、嬉しくて即座に同意した。
「いいんじゃない?」
誉田さんがまとめるようにみんなの顔をぐるりと見回して聞いた。みんなが笑顔で頷き返した。
春音に笑顔を向けたら、春音は照れ隠しのように眉間に皺を寄せた。
「昼間、冨澤がピノキオの人形見つけ損なってたからさ」だなんて、見え見えの言い訳を言った。何か微笑ましくて優しい気持ちになった。そしたらちょっと ムッとした顔で「何?」って問い返されてしまった。慌てて「ううん」って頭を振った。だけど顔が綻んでしまうのは我慢できなくて、春音にそっぽを向かれて しまった。もう、素直じゃないなあ。

この時間の「イッツ・ア・スモールワールド」は殆ど待ち時間も掛からず、10分程度でボートに乗り込むことが出来た。
夜の「イッツ・ア・スモールワールド」は、屋内だから昼も夜も変わるはずないんだけど、それでも何処かもうすぐ終わりの時間を迎える淋しさを漂わせているように思えた。それだけにしっかり目に焼き付けておこうって思った。
この「イッツ・ア・スモールワールド」も、もう今まで何回となく観てきているけれど、観る度に優しくて温かい気持ちが胸一杯に広がる。
世界中の子供達が笑いさざめき踊り回る中で、「小さな世界」が途切れることなく歌われ続けている。この曲も大好きだった。
この歌詞に歌われている世界が本当に訪れればいいなって、いつもこの曲を聞いて思う。世界中の子供達がみんな笑顔で、歌ったり踊ったりすることが出来る、 そんな世界。そんなの夢だって、そう言ってしまうのは容易い。だけど、夢は見るものだし、叶えるものなんじゃないのかな?全ての夢が叶うとは思わないけれ ど、それでも、夢見なければそれが叶うことだってなくって、夢見ることから始まるんじゃないのかな?そうであれば夢見ることは、とても大切なことだって思 う。みんなが夢見れば、それだけその夢が実現することに近づくことが出来るんじゃない?
ボートの手すりに置かれている匠くんの手にそっと自分の手を重ねる。匠くんがあたしを見る。匠くんを見つめて微笑むと匠くんも優しく笑い返してくれた。
一人じゃ果てしないくらい遠くに見える夢も未来も、二人だったらずっと近くに感じられる。その夢や未来の実現に手を伸ばすことが出来る。そう思えた。匠くんがあたしの手を握り返してくれた。

「イッツ・ア・スモールワールド」を観終えたら閉園まであと30分に迫っていた。
結局冨澤先生はピノキオの人形を持つ子供を見つけられず、「どんだけトロいのよ」って春音から匙を投げられてしまってた。ボートを降りて見放すようにスタ スタ歩いて行ってしまう春音を追いかける冨澤先生の後姿を見送りながら、悪いとは思いながらみんなで苦笑を堪え切れなかった。
ワールドバザールはいよいよお土産を買おうとする人達でごった返していた。目的の方向へ歩いていくのにも四苦八苦するような有様だった。あたし達は「グラ ンドエンポーリアム」に入った。店内は買い物客で溢れ返ってて、とてもゆっくりお土産を選べる状況じゃなかったけれど、ここは頑張りどころだった。お土産 を買い終わったらお店の外で待ち合わせることにして、それぞれお土産選びに別れることにした。あたしは匠くんと二人で人を掻き分けながらお土産を物色して 回った。冷房はしっかり効いてるにも関わらず、あまりの人混みに汗が滲んできそうだった。隅から隅までゆっくりとって訳には行かなかったけれど、自分と聖 玲奈、香乃音、ママ、パパの分のお土産を買って(麻耶さんの分は匠くんにお任せした。選ぶのは一緒に選んだけどね)、「グランドエンポーリアム」の外に出 てみんなを待つことにした。春音と冨澤先生はもう既に買い終えて先に待っていた。
「春音、早いね」
「そう?」
返事をする春音の手には、お土産の入っている小ぶりなディズニーのビニール袋が下がっていた。春音のことだからそんなにお土産に頓着しないし、選ぶのに迷いもしないんだろうなって思った。よっぽど冨澤先生の方が大きなビニール袋を下げていた。
「それにしてもすごい混み具合だね」人混みの熱気に汗を拭いながら冨澤先生がぼやいた。
「この人混みもディズニーの恒例ですよ」
笑いながら言い返した。ディズニーに来たら人混みなんて当たり前なんだから、そんなのに辟易してらんないよ。
「そうなんですか?」
「そうらしいです」
冨澤先生が匠くんに聞き返して、匠くんは諦め顔で肩を竦めた。あたしと付き合ってたらこの状況を甘受する他ないって、半ば諦めてるのかも知れない。流石は匠くん、よく分かってる。
「この後、お菓子を買いに『コンフェクショナリー』に行こうと思ってるんだけど」
「ワールドバザール・コンフェクショナリー」はお菓子や食べ物ばかりを集めたショップで、お煎餅、クッキー、キャンディー、クランチチョコレートなどの定 番のお菓子から紅茶、インスタントヌードルなんかまで売っている。通りを挟んで「グランドエンポーリアム」の向かいにあった。
「行ってきていいよ。あたし、千帆達を待ってるから」
そう春音は言ってくれた。
「春音はお菓子買わないの?」
「んー、どうしようかな」
少し迷ってるみたいだった。やっぱりディズニーに来たら、グッズだけじゃなくてお菓子も買って帰りたくなっちゃうものね。
「僕が待ってるから春音、阿佐宮さん達と行ってきなよ。それでさ、悪いんだけど学校へのお土産選んで来てくれないかな?」
冨澤先生が春音にそう提案した。
「なーんで、あたしが学校の先生達へのお土産選ばなきゃいけないのよ?」
納得いかないって顔で春音が抗議する。
「あ、嫌?嫌ならいいよ」
冨澤先生は笑って前言を撤回した。ホント冨澤先生、春音のこと甘やかし過ぎてないかなあ?とは言え、春音がこんな風に我が儘言い放題なのは冨澤先生にだけだもんね。それだけ先生に心を許してるっていうか、心を開いてる証拠だよね。
「じゃあさ、もうすぐ千帆達も買い終わって出て来ると思うから、みんなで一緒に行こうよ」
そう提案して、春音は「ん、分かった」って頷いた。
春音と冨澤先生のやり取りを見ていた匠くんは苦笑を浮べている。内心呆れているのかも。その気持ちは分からないでもないけどね。
春音にはああ言ったものの、コンフェクショナリーにぞろぞろと入っていくお客さんの列を見ていて、それと刻々と過ぎていく時間も気になって、気持ちが逸っ た。閉園までいよいよあと10分を切っていた。ディズニーは閉園時間になっても大勢のお客さんがまだ買い物してたりして、閉園時間までに何がなんでも買い 物を終わらせなきゃっていう心配はないんだけど、(聞いた話では、USJは閉園時間になると速攻でお店とか閉まっちゃうらしいんだけど、ホント?)でも人 気のあるお菓子が売り切れになってしまったりしないか、その点が心配だった。
そうこうしていたら、やっと結香と千帆、宮路先輩、誉田さんが連れ立って出て来て、ほっとした。
「お待たせー」
お気に入りのグッズを手に入れてご満悦の結香が、意気揚々とした顔で告げた。
「遅くなっちゃってゴメンね。すんごい混みようだったね」
千帆が申し訳なさそうな顔をした。
「ううん。これから『コンフェクショナリー』にもお菓子を買いに行ってこようかと思ってるんだけど」
向かいの建物を指して説明した。
「あ、あたし達も行く!」結香が即座に賛成した。
そして今度はみんな揃って「ワールドバザール・コンフェクショナリー」に向かった。
お店に入るとこちらも大混雑だった。みんなとはまた買い物し終わったら建物の外で待ち合わせることにして店内で別れた。
入口近くに置かれている買い物カゴを取った。と、あたしの手にあった「グランドエンポーリオ」で買ったお土産の袋を、匠くんが手を伸ばしてきて持ってくれた。
「あ、ありがと」
「ん、いや」照れ隠しなのか匠くんは言葉少なに頷いた。こういう匠くんがいつも見せてくれる優しい気遣いがとっても嬉しかった。匠くんに大切に思われてるって実感して、ほっこり心が温かくなる。
群がるように見入っている他のお客さんの隙間から、陳列棚に並ぶお菓子を覗き込む。うーん、何を買おう?まず自分ち用でしょ。お煎餅とクッキーとクランチ チョコレートがいいかなあ?それから聖玲奈達用に一つでしょ。部活のみんなにも差し入れで持って行ったら喜ぶだろうな。あと麻耶さんにも小ぶりなのを何か 買ってこうかなあ?あっちこっちの棚を順番に見て行きながら、頭の中で色々と考えを巡らせた。
「匠くんは?誰かにお菓子買ってく?」後ろをついて来てる匠くんを振り返って聞いた。
「いや、僕は別に・・・」
匠くんは特にお菓子を買っていく必要はないみたいだった。九条さんや丹生谷さんとかいいのかなって少し思ったけど、次何時会うか分からないものね。食べ物だからあんまり間が空いてから渡すのもどうかって思うし。
ぐるぐる店内を回ってたら千帆と宮路先輩とばったり会って、「何にしたー?」「えー、迷うー」って悩ましい顔をしながらお互いの状況を確認し合った。匠くんと宮路先輩が顔を見合わせて、やれやれって感じで苦笑を浮べていた。
悩んだ末に自宅用に定番のお煎餅、クッキー、チョコレートクランチに加えて、匠くんのリクエストでカステラとラスク、麻耶さんにパッケージの絵柄がポップで可愛いクリームサンドクッキー、文芸部のみんなに数量が沢山入ってるお煎餅のセットを買った。
買い物を終えてコンフェクショナリーを出ると、もう閉園時間をとっくに過ぎてしまっていた。今度は結香達は先に買い物を終えて待っていてくれた。春音と冨 澤先生も一緒だった。冨澤先生は学校の先生へのお土産って言ってたので、結構数が必要そうで大振りな袋を下げていた。春音の手にはさっき「グランドエン ポーリオ」で買ったのと、今「コンフェクショナリー」で買ったお土産と、小ぶりなディズニーの袋が二つ下がっていた。何にも買わないのもどうかって思われ るから、みんなに付き合ってとりあえず買っておいた、さしずめそんな感じだろうか?
結香と誉田さんはそれぞれ両手に大きめの袋を下げていた。そういうあたし達だって結香に負けてなかったけど。やっぱりディズニーに来たら、ついついこれ位お土産買っちゃうよね。
それから間もなく千帆と宮路先輩が「コンフェクショナリー」から出て来た。
「ごめんねっ、いつも遅くなっちゃって」
本当に済まなそうな顔で千帆が謝った。宮路先輩も「すみません」って謝ってくれた。
「全然。大して待ってないよ」
結香が、気にしないでいいからって感じで千帆に答えた。
「さあて、んじゃーそろそろ帰るとしますか」
誉田さんが気合を入れるように言った。そう。ディズニーリゾートから帰る車で大混雑する中を抜けて、更に夜の首都高を走らなきゃいけない運転手の誉田さん と匠くんは、これからまだ大変な一仕事が残っているのだ。真夏の一日をディズニーランドで過ごして疲れている筈なのに、ほんと心苦しく思ってしまう。あた しなんか匠くんが運転する横で、気楽に座ってるだけだものね。変われるものなら変わってあげたいのはやまやまだけど、免許を持ってないあたしには到底無理 な話だった。
「運転変わりましょうか?」
冨澤先生も同じように申し訳なく感じたのか、そう誉田さんに申し出た。
「いやいや、大丈夫っす。ご心配なく」
誉田さんは疲れてない筈はないと思うのに、そんなこと全然感じさせない明るい笑顔で、冨澤先生の申し出を辞退した。本当に優しくていい人だね、誉田さんって。それから冨澤先生も。
パークを出る前にトイレを済ませ、あたし達はゲートを抜けてディズニーランドを後にした。
ゲートを抜ける時、千帆が「あー、いよいよディズニーランドともお別れだねー」って心から残念そうに、宮路先輩に今の気持ちを伝えた。
そんな千帆の気持ちを汲み取って宮路先輩が「また来よう」って言って、千帆は嬉しそうな笑顔で「うん」って頷き返した。
あたしも千帆と同じ気持ちだった。
ゲートをくぐる直前、後ろを振り返ってディズニーランドのエントランスを見上げた。
今日はこれでお別れだね。でも、すぐ何週間後かにまた来るからね。それまでバイバイ。
そっと胸の中でランドにしばしのさよならを伝えた。
「萌奈美」
名前を呼ばれて前に向き直ったら、匠くんがゲートをくぐる手前であたしを待っていてくれた。
笑顔で頷いて匠くんに駆け寄った。一緒にゲートを抜けた。
「荷物持つよ」
匠くんが手を差し出してあたしのお土産を持ってくれようとする。
「ううん、大丈夫。それより匠くんの方が、これからまだ長い時間運転しなくちゃいけなくて大変なんだから」
あたしがそう言ったら、匠くんは「別に大変でもないよ」って答えてくれた。あたしに気を遣わせまいとして、大したことじゃないっていう風なニュアンスでもって。そんな匠くんの優しさがすごく愛しかった。
「あの、本当にいつもありがとう、匠くん」深く感謝しながらお礼を伝えた。
うん、って匠くんは頷いた。
「萌奈美がそう言ってくれれば、もう疲れなんか吹き飛んじゃうから。元気100パーセント」
おどけるように言う匠くんに、顔が綻ぶ。
「さあ、帰ろう」
匠くんが手を差し伸べてくれる。
「うん」
嬉しさの溢れる声で答えて、匠くんと手を繋ぎ合った。
あたし達はランドからの緩やかな坂を下って、きらびやかに輝くディズニーランドホテルの横を通り、立体駐車場へと向かった。夜のランドの駐車場の出口付近では、帰路に就く車の赤いテールランプの長い列が伸びていた。
めちゃくちゃ楽しかったディズニーランドを後にして、最高の一日が終わってしまうぽつんとした淋しさが胸の中にあった。
だけどそれと一緒に、笑顔と笑い声で満ち溢れたディズニーランドでの楽しかった思い出が、きらきらときらめいてこの胸の中一杯に詰まっていた。
 


PREV / NEXT / TOP

inserted by FC2 system