【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ Magic Time (2) ≫


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まだ目はしょぼしょぼして寝不足を訴えていたけど、頭の中はすっきりはっきり起きていた。
鳴り出した目覚ましを始めの1回目で止めると、張り切って匠くんを「もう起きる時間だよ」って起こして、さっさとベッドから抜け出した。夜型の癖がなかな か抜けない匠くんは、こんなまだ陽も昇らない時間に叩き起こされて、うー、って不満げな呻きを上げながら起き出していた。
ちょっとだけお腹に入れとこうって思って、フルーツグラノーラに牛乳をかけて食べた。匠くんはまだ頭の中が起きていないみたいで、絶対味わってなんかいない様子でスプーンを口へと運んでいた。
歯を磨いて、まだぐっすり寝ているに違いない麻耶さんに気が引けながら、ドライヤーを使って髪をセットした。
匠くんも歯を磨き顔を洗い終えて、やっと目が覚めたみたいだった。
二人とも着替え終わって、匠くんが目配せするようにあたしを見て「じゃあ、行こうか」って言った。弾む気持ちで「うん」って頷き返した。あんまり楽しそう なあたしの様子に、匠くんは少し苦笑を浮かべている。小さい子供みたいだけど、だって嬉しいんだもん。心の中で言い訳した。
玄関で靴を履いていたら、麻耶さんが見送りに起きてきてくれた。
「行ってらっしゃい」
「ごめんね。うるさかったでしょ?」
謝るあたしに、麻耶さんは笑ってううん、って首を振った。
「気をつけてね」
「うん。行って来ます」
麻耶さんに笑顔で答えた。麻耶さんも笑って小さく手を振った。
「じゃ、行って来るから」匠くんがバッグを肩にかけ、麻耶さんの方を向いて告げた。
「行ってらっしゃい。運転気をつけてね」
麻耶さんの言葉に匠くんは頷いて、玄関のドアを開けた。
朝の4時を少し回ったばかりで外はまだ薄暗かった。世界はひっそりと寝静まってて何だか特別な気がした。
エレベーターに乗るまで、麻耶さんは玄関に立って手を振ってあたし達を見送ってくれて、何度か振り向いて手を振り返した。

匠くんが運転するオデッセイはまだ夜の明けない中を与野に向かって走った。宮路先輩から教えられた住所へナビを頼りに向かうと、道路沿いのマンションの前で宮路先輩が待っていた。
ハザードランプを付けて車を寄せたら、宮路先輩が会釈しながら近づいて来た。
「おはようございます」
助手席から降りて挨拶した。
「おはよう」
宮路先輩はこんな早朝にも関わらず、ナイスな笑顔を見せてくれた。
あたし達は挨拶も早々に車に乗り込んだ。
宮路先輩は後ろの席に座りながら、運転席の匠くんへも会釈して挨拶を告げた。
「おはようございます。わざわざすみません」
匠くんは振り返って「おはよう」って短く答えた。そして車を発進させた。
それからあたし達は千帆の家のある北浦和へ向かった。
千帆の自宅は北浦和駅の西口からそれほど離れていない住宅街の一軒家だった。埼大通りを一本入った閑静な住宅街に、やはり千帆から教えられていた住所へと ナビの道案内で辿り着いて、携帯で千帆に電話をかけた。待ち構えていたかのようにすぐに千帆は電話に出て、元気な声で「おはよう、萌奈美」って告げてき た。
「おはよう。着いたよ」
あたしが到着したことを告げたら、「うん。今、出るね」って言い終わらないうちに、一軒の家の玄関扉が開いて千帆が姿を現した。千帆もあたし達の乗った車を見つけて、笑顔で手を振って来た。
小走りに駆けて来る千帆に、車を降りて後部座席のドアを開けて待っていた。
「おはよう」
にこにこ笑いながら千帆が改めて言う。
あたしも「おはよう」って笑顔で答えた。
開け放たれている後席のドアから顔を覗かせるようにして、宮路先輩も千帆に向かって「おはよう」って声をかけた。
千帆は宮路先輩と顔を合わせて、少しはにかむように「おはよう」って返事した。何だかほっこりとした空気が二人の間に感じられて、微笑ましく思った。
「さ、乗って」
自分の車でもないのに千帆を促した。千帆がうん、って頷いて乗るのを確かめてから、後部ドアを閉めた。
あたしが助手席に戻ると、千帆が匠くんにおはようございます、って挨拶していた。
匠くんは今度も心持ち振り返って「おはよう」って返事をしていた。あたしがシートベルトを締めたのを確認して、匠くんは車を発進させた。
車を走らせてすぐに千帆が車内に流れる曲に気が付いて口を開いた。
「これってディズニー?」
振り向いて少し得意げに「そう」って答えた。車内にはデジタルにアレンジされた「アンダー・ザ・シー」が流れていた。
宮路先輩も初めて気が付いたように「へえ、そうなんだ」って声を上げた。
「うん。『House Disney』ってCD。ディズニーの曲がハウス風にアレンジされてるの」
あたしはハウスなんてよく知りもしないのに後席の二人に説明した。以前、匠くんとタワーレコードに行ったときにたまたま見つけたんだけど、全然違う曲のよ うで新鮮で、すごく気に入っている。特に一曲目の『アンダー・ザ・シー』と『パイレーツ・オブ・カリビアン』『エレクトリカル・パレード』があたしのお気 に入りだ。匠くんがアマゾンで調べたら、同じコンセプトでロック調にアレンジされてたり、ブレイク・ビーツっていうの?そういう曲調にアレンジされたアル バムが出ていて、匠くんはまとめて数枚を注文して、今はオデッセイのオーディオのハードディスクに録音されている。
「すごい。おもしろーい」
千帆が曲を聴きながら目を丸くして驚いた声を上げた。宮路先輩も「うん」って相槌を打った。
「ねえ、今度CD貸してもらっていい?」
すっかり千帆は気に入ったようで、助手席のあたしへ身を乗り出しながら聞いた。
匠くんを見て「いい?」って聞いてみたら、匠くんはちらっとあたしへ視線を投げて「もちろん」って頷いた。
あたしがほっとしたのと同じタイミングで、千帆の「ありがとうございます」ってはしゃいだ声が聞こえた。
それからあたし達は車中でひとしきり、色んな曲調にアレンジされたディズニーソングを聞き続けた。
遠くの空が段々と白み始めている。薄暗かった街並みが、次第にその輪郭をくっきりと浮かび上がらせ始めていた。

武蔵浦和駅にはあたし達の方が先に到着した。東口のロータリーで車を停めて待っていたら、間もなく見覚えのあるミニバンがオデッセイの前に滑り込んで来て停車した。確かヴェルファイアっていう車だった。
車を降りて待っていたあたし達に、助手席の窓が下がり結香が顔を見せた。
「おっはよー」
相変わらず元気のいいお馴染みの結香の声だった。後席のスライドドアが開いて春音と冨澤先生が降りて来た。
「おはよう」
あたしが言うと、春音は静かに笑って「おはよう」って答えた。
冨澤先生も「おはよう」ってあたしに向かって言ったので、慌てて頭を下げながら「おはようございます」ってきちんとした挨拶をした。
見るとヴェルファイアから誉田さんが降りて来て匠くんへ声をかけていた。
「どーも。おはようございます」
匠くんも、おはようございます、って返事を返している。
「でもいい天気になってよかったね」
春音が空を見上げながら言った。あたしも同じように見上げて「うん」って相槌を打った。水彩絵の具の水色を薄く伸ばした感じの早朝の空に、透けるような雲がたなびくようにかかっていた。
「昨日はホントに雨上がるか心配で仕方なかった」
あたしがしみじみと言ったら千帆も頷き返してくれた。
「ホント。土砂降りだったもんね」
「あたしも。昨日は雨が気になって何にも手に付かなかった」
結香も頷きながらそう言った。
それを聞いてみんな同じ気持ちだったんだなって、何だか微笑ましい気持ちになった。それにしても、だからってほとんど一日中ずっとエッチしてたのは、いくら何でもあたし達くらいだろうなって思い出して、一人で顔を赤くした。
あたしの挙動不審な様子に鋭く気付いた春音と目が合ってしまった。
「どうかした?」
そう聞かれて、思いっきりたじろいでしまった。
「え、べ、別に。何にも」
あからさまにうろたえているあたしに、更に不審がる春音だった。千帆と結香もあたし達のやり取りに気付いて「ん?何?」って聞いてきた。
三人の視線を受けて慌てふためいた。まさか昨日のことなんて絶対もう口が裂けても言えないんだから。ひえー、どうしよう、って内心パニくっていた。
そこへ、「おーい、それじゃあ早いとこ出発しよう」って誉田さんが呼びかけてきた。
ほっ、助かった。一人密かに安堵した。
「うん。早く行かないと道混んじゃうかも知れないし、早い人達が大勢いて長い列ができちゃってるかも知れないし、急いだ方がいいよ」
取ってつけたように同意した。

匠くんの運転するオデッセイと誉田さんのヴェルファイアは、武蔵浦和駅前を出発して田島通りから大宮バイパスに入り、浦和南インターで首都高に乗った。首 都高は5時台でも結構車が走っていた。渋滞するほどでもなかったのでほっとした。東の空から金色の光が伸びて、柔らかく街に降り注いで新しい一日の始まり を知らせている。空に浮かぶ薄い雲が金色に染まり、とても綺麗な朝焼けの景色だった。
これから始まる素敵な一日に、誰もがわくわくと目を輝かせているように感じた。絶対、沢山の笑顔と笑い声の詰まった忘れられない夏の一日になるに違いなかった。

◆◆◆

二台の車は葛西インターで高速を降りると、間もなく東京ディズニーランドの駐車場へと到着した。既に何十台もの車が駐車場の入り口で長く列を成していて、その光景を見て車内でみんな一様に溜息を漏らさずにはいられなかった。
「ふわあ、もうこんなに待ってるんだ」
前に並ぶ数多のテールランプを見てげんなりとした様子で千帆が呟いた。
「ホント。当然ゲートの方にも長い列が出来てるんだろうね」
あたしも溜息をつきながら答えた。
「まあ、仕方ないよ」
宮路先輩がとりなすように笑いながら言った。
そりゃあ、そうなんだけど。でも、こっちも相当気合入れて早起きして来たんだけどなあ。上には上がいるというか。前に並ぶ車のみんなは一体何時に家を出て来たんだろう?
肩を落としているあたしの頭を匠くんの手が伸びてきてぽんぽんって撫でた。運転席の方を見たら、匠くんが横目であたしを見て笑っていた。柔らかい瞳の色だった。
まあまあ、一日長いんだからもっとのんびりしたら?さしずめ言葉にしたらそんなような感じだったりするのかな?多分。それであたしも何だか柔らかい気持ちになって、ふっと気が楽になった。あたしも匠くんに笑い返した。
駐車場料金所のブースで駐車料金を支払うため、車の列はのろのろとしか進まずにじれったい感じではあったけれど、焦っても仕方ないのは確かなので、あたし 達は前方に並ぶ車のナンバーを見ながら「あ、あれ名古屋ナンバーだ」「あっちは大阪だよ」「新潟もいる」などと全国各地から訪れていることに驚いて目を丸 くしたり、車内でディズニーの曲を聴いたりしながら暇を潰した。

やっと駐車場の料金所ブースまで辿り着いて係員の人に駐車料金を支払うと、誘導係のスタッフの指示に従って車を走らせた。既に駐車場には結構な数の車が停 車していて、この車に乗っていた人達がそのままパークのゲートに並んで長い列を作っているだろうことを考えると、急に気が焦り出してしまった。匠くんが指 定された場所にオデッセイを駐車しエンジンを切ると、みんな即座に車を降りた。誉田さんのヴェルファイアはと言うと、数台離れたところに駐車していた。向 こうも駐車し終えるや否やみんなが車から降りてきた。
結香達と合流してあたし達は人の列の流れに乗って、ディズニーランドの入場ゲートへと足早に向かった。早歩きしながらだんだんと胸がドキドキして来るのを 感じた。いつもディズニーに来るとそうなんだけど、入場ゲートへ向かう途中、次第に何だか緊張して来てドキドキしてしまう。
夏休みとあって、やっぱり既に開園を待つ大勢の人で長い列が出来ていた。まだ開園まで2時間はあるのに。
うわあ、もうこんなに待ってる!そう思ったら、余計緊張して気が焦ってしまった。
あたし達は幾つも出来ている開園待ちの列の中で比較的まだ短そうな列を見つけてその最後尾に並んだ。用意して来たレジャーシートを広げるとみんな早速座り込んだ。
と、匠くんが立ったままで言った。
「じゃあ、チケットブースの方に並んで来るから」
「あ、じゃあパスポート代・・・」
誉田さんがそう言うのを、「後でいいよ。立て替えとくから」って匠くんは答えていた。
「すみません」って誉田さんと冨澤先生が揃って恐縮した感じで言うのに、匠くんは「いや」って軽く笑って応えた。
そして匠くんは踵を返してチケットブースの方に向かって歩き出した。慌てて立ち上がって匠くんに呼びかけた。
「匠くん、あたしも一緒に行くよ」
匠くんは振り返って「萌奈美はこっちで待ってていいよ」って言ったけれど、「ううん、一緒に行く」って駆け寄って匠くんの隣に並んだ。
座ってた方が楽でしょ?って匠くんは気遣って言ってくれたけど、あたしは匠くんと一緒の方がいいに決まってるから、「別に全然平気だよ」って言い張った。
「そう?」聞き返した匠くんは、すぐに笑って「じゃあ行こう」って言ってくれた。匠くんの左手があたしの方に差し出されている。
「うん」
嬉しくなって笑顔で頷いて、右手を伸ばし匠くんと手を繋いだ。今まで毎日のように匠くんと手を繋ぎ合って、もうそれは当たり前のことのようになっているん だけど、でもいつだって匠くんと手を繋ぐと嬉しくて幸せを感じて、うきうきとしてしまう。手を繋いでるだけで、もうたまらなくハッピーな気持ちになれてし まう。
チケットブースは開園1時間前になって開くので、こちらにもパスポートを購入する人達で列が出来ていた。あたしと匠くんは列の最後尾に並んだ。時計を見る とブースが開くまでまだ1時間近く待たなければならなかった。別にあたしは列待ちが好きな訳ではないし、匠くんはどっちかっていうと列待ちが嫌いな方だ。 でもディズニーに来ると2時間とか待つのが苦痛とは感じないでいられるのが不思議だった。普通に食べ物屋さんとかバーゲンセールとかで2時間待ちとか言わ れたら、絶対「ゲー」とかうんざりして思うのに、ディズニーでは2時間待つのなんて大したことじゃないって感じられてしまう。うーん、不思議だなあ。これ もディズニーマジックなのかな?
列に並び出して匠くんは繋いだ手をどうしようか逡巡しているみたいだった。でもあたしは繋いだ手をぎゅっと握り締めて離さず、列に並んでいても堂々と手を繋ぎ続けていた。
二人で仲良くイヤホンを一本ずつ分けてWALKMANでミスチルを聞きながら(もちろん自分のWALKMANも持って来てはいたけど)、顔を寄せ合うようにして色んなことを他愛無く喋っている内に時間は瞬く間に経っていった。
自分ではそんなにお喋りな方じゃないし、話題だってそれほど持ち合わせていないって思うんだけど、でも匠くんといると何だか話題が尽きることがなかった。 匠くんもそんなに自分から喋る方じゃないけど、あたしは匠くんにはほんのちょっとしたことでも話したかったし、匠くんはあたしのそれほど大して面白くもな い筈の話を飽きずに聞いていてくれた。あたしは匠くんのことをどんな些細なことでも聞きたかったし、匠くんがどんなことを思って、何を考えているのかひと つ残らず知りたかった。言葉を交わさなくてもただ手を繋いだり、寄り添ったり、もっと直接的に抱き合ったりしている時もすごく満たされて最高に幸せな時間 を一緒に過ごしていられて、それは二人にとって欠かすことのできない時間なのだけれど、それに負けないくらいに匠くんと些細なことを他愛無く話して過ごし ている時間も満ち足りた幸せな時間だった。どっちがどうとかじゃなくて、どちらも同じくらい大切な欠かせないことだった。
そうこうしていたらチケットブースがオープンする時刻になり、並んでいたチケットブース前の列が騒がしく動き始めた。
匠くんがみんなの分のパスポートを買って、あたし達はみんなが待っている入場待ちの列に戻った。
「お帰りー」
「ありがとうございました」
レジャーシートに腰を下ろすあたし達にみんなが声をかけた。あたしは持っていたパスポートとそれから一緒に貰ったガイドマップを、みんなに配った。
「じゃあこれ、パスポート代。結香の分も一緒で」そう言って誉田さんが匠くんにお金を渡した。冨澤先生も「春音と二人分でお願いします」って言って渡していた。
あたしもいつも匠くんに奢ってもらっちゃってるんだけど、こういう時社会人の彼氏だと気前いいなあって思うのだ。
一方、男性陣でただ一人の学生である宮路先輩はちょっと肩身が狭そうだった。「じゃあ、これ」って言いながら千帆とそれぞれ別々にお金を出していた。やっ ぱりこういうのって男の人としては気になるものなのかな?彼女の前ではいい所を見せたいっていうか、気前のいい所を見せたかったりするのかな?でも千帆 だったらそんなの全然気にしないコだから大丈夫なんだけどな。みんなの様子を見ながら、そんなことを思ったりしていた。
もちろんあたしだって匠くんがお金を持っていなくたって全然構わないんだから。お金がなくても、幾らだって二人で満ち足りた幸せな時間を過ごすことはできるもの。
みんなガイドマップと一緒に受け取ったショースケジュールが載っているリーフレットを広げながら、楽しそうに相談を始めている。今日はどういう風にディズ ニーランドを攻略しようか?まずは攻略法を練ることが重要だった。特に夏休み中ってこともあって驚くほどの入場者数が予想されるから、パークの隅々まで隈 なく全部楽しむのは多分無理だろうな。なので、夏休みならではのプログラムを楽しむことをメインに置いて、それを中心に一日のスケジュールを組んでいくこ とにした。
あたし、千帆、結香の三人でああだ、こうだ言いながら攻略法を検討した。春音とその他の男性陣たちはこの場にあっては出る幕がなく、あたし達が真剣に論じ合っているのを、後ろからふんふん、と神妙な顔で聞き入っていた。
「やっぱり、まずは『クール・ザ・ヒート』でしょ?」
結香が熱っぽく主張した。あたしと千帆はうんうんって頷いた。
「あたし、スティッチが見たいなあ」
あたしは願うように言った。「クール・ザ・ヒート」は一日何回か公演されていて、その都度出てくるディズニーキャラが違うのだ。順番が決まっている訳でもないので、誰と会えるかはその時のお楽しみだった。
「えーっ、あたしミッキーがいい」千帆が不満そうに漏らす。
もはやあたし達の頭の中ではテンションが上がりっぱなしだった。そんなあたし達の様子を、一様についていけない風な眼差しで見つめている男性陣の醒めた姿があった。もちろん春音もそっち側の立場に立っていたのは言うまでもなかった。
それから「クール・ザ・ヒート」を待っている間、ファストパスを取ってくることにして、どのアトラクションにするかで迷った。「プーさんのハニーハント」 はいつもファストパスが早くになくなってしまう人気アトラクションだけど、やっぱり今回は春に新しくオープンした「モンスターズ・インク ライド&ゴー シーク!」を取るべき、っていう意見で一致した。
インパ(インパークのことね)してからの計画を練っている内に、あっという間に開園時間が迫って来た。スタッフの人の掛け声で、それまでレジャーシートに 座っていた人達が一斉に立ち上がるお馴染みの光景が広がる。レジャーシートを折り畳んで、入場の準備を始める。あたし達も周りの人達に遅れじと立ち上がっ てレジャーシートを畳んだ。ゲートに向かう列を作っている人達のざわめきが大きくなり、騒然とした雰囲気が感じられた。
匠くんと手を繋ぎながら、いよいよ開園に向けて緊張が高まり出していた。この開園までのあと少しの時間はいつも、何だかひどくドキドキして気分が高揚してくるのを抑えられないでいる。
興奮して知らず匠くんの手を強く握り締めていたら、匠くんが笑っていた。匠くんが可笑しそうにしている様子で、はっと我に返った。照れ隠しみたいに「何だ か緊張しちゃうね」って言ってみた。匠くんの目は笑っていたけど、「そうだね」って同意してくれた。ふと見回したら思ったとおり、結香、千帆、宮路先輩は あたしと同様に、わくわくと期待を膨らませて落ち着かない様子だった。春音は流石、周りで大勢の人達がテンション上がりまくりのこの状況にあっても落ち着 き払っていて、むしろ冨澤先生の方がそわそわしている風だったのには思わず吹いてしまった。何だか本当にいいコンビだなあ、あの二人って。そう思えた。あ れ?でも、コンビでいいんだっけ?ふと首を傾げてしまった。
不意に前方が更に騒然といった感じになった。
ミッキー達が開園のご挨拶に姿を現したんだった。前方で口々に「ミッキー」「ミニー」って呼びかける声が聞こえる。
並んでいる列の位置からではどう背伸びしたところで見えやしないのは分かってるけど、でもじっとしてられなくて、爪先立ちになってぴょんぴょんジャンプしながら、口惜しそうに「ミッキー、見たーい」ってぼやいた。
「匠くんは見えるの?」
隣で背伸びしている匠くんに聞いた。
「いや・・・ミッキーの耳の先が辛うじて・・・」
と匠くんは大して興奮した風でもなく言った。ちぇっ。匠くんとは今のこの気持ちは共有できないって分かった。
あたしは千帆の方を向いて、「ミッキー見たいよお」って嘆いた。千帆も「見たーい、くやしー」って口惜しがっている。
周囲からは匠くんと宮路先輩、更には春音まで、みんなの呆れ果てたような視線が注がれていた。
そして更に数分後、じれているあたしに時計を確かめた匠くんが「もう開園するよ」って言った直後に、前方の人の列が動いた。
押されるように列が前方へじりじりって感じで流れて行く。匠くんや誉田さん達男性陣が、あたし達女子を庇うように背後に回って壁のようになってくれながら、列が動いていくのに従ってじわじわとゲートに近づいて行った。
遂にあたし達がゲートをくぐる番になったんだけど、気持ちが逸ってパスポートをゲートのスリットに差し込むのも手間取ってしまった。ゲートのチェックランプが赤から緑に変わって、もどかしげにバーを回転させてゲートをくぐった。
先にゲートをくぐって待っていた千帆達に合流すると、後ろにいる匠くん達がゲートを抜けて来るのを待った。
匠くん達男性陣も全員が入園し終えて、あたし達は事前に打ち合わせていた通りに、二組に別れて園内を進んだ。入園ゲートをくぐってすぐのエントランスでは プーさん達と一緒に写真を撮ろうと長い列が出来始めていて、それを横目で羨ましげに見ながら、匠くんとしっかり手を繋いでパーク内を急ぎ足で進んでいっ た。
あたしと匠くん、春音と冨澤先生の四人は「クール・ザ・ヒート」の場所取りをする為シンデレラ城前に急いだ。一方の結香、千帆、誉田さん、宮路先輩の四人 はあたし達の分のパスポートも持って、「モンスターズ・インク ライド&ゴーシーク!」のファストパスを取りに向かった。
朝一番の開園直後でもぞろぞろと続く大勢の人の列を目にして逸る気持ちでやきもきしながら、ワールド・バザールを抜けミッキーとミスター・ウォルト・ディズニーの銅像を横目に通過して、シンデレラ城前へと向かって行った。
シンデレラ城前のキャッスル・フォアコート・ステージでは、朝一回だけおこなわれる「ディズニーキッズ・サマーアドベンチャー」プログラムの「リズムサイ ズ」に参加する子供達と、その保護者達が大勢座っていた。「クール・ザ・ヒート」を観る人達はシンデレラ城向かって右側のキャッスル・フォアコート・ス テージへの入口辺りで待つよう係の人に誘導されていた。あたし達四人は横に長く広がった列の、前から三列目位に加わった。取り合えず早い順番のようでほっ と胸を撫で下ろした。
「これなら前の方で見られそう?」
匠くんがきょろきょろと周りを見回して位置を確かめながら聞いた。
「うん。多分」あたしは頷いた。
「それにしても、こりゃ待ってるのも大変だね」
冨澤先生が既にギラギラとした陽射しを注いでいる太陽を見上げて、早くも弱音を吐くように言った。
そう、一回目の「クール・ザ・ヒート」が始まるまで、まだ二時間以上あった。午前中でまだ本格的に気温が上がり始まる前とは言え、日陰なんて見当たらない シンデレラ城前で、真夏の太陽の真下二時間以上待ち続けなければならない。真夏のディズニーランドはなかなかに過酷なのだった。ファストパスを取った後で こちらにやって来る結香達とも交代しながら待つことにしていた。
差し当たって少しでも暑さを凌ぐため、匠くんが持ってくれているバッグから用意してきた団扇を取り出した。一本を「はい」って匠くんに渡した。匠くんは「サンキュー」って言って受け取ると、すぐにバタバタ仰ぎ出した。
春音達にも持ってくるよう伝えておいたので、あたしを見て早速春音と冨澤先生も取り出していた。
それからあたしは日焼け止めを取り出して、念入りに剥き出しの肌に塗り始めた。出かけるときにも塗ってきたけど、こまめに塗っておかないとすぐ赤くなって、後で大変なことになるので用心するようにしていた。襟首の辺りは匠くんにお願いして塗ってもらった。
塗り終わって匠くんから日焼け止めの容器を返してもらいながら、ふと見ると冨澤先生が羨ましそうな眼差しをあたし達に送っていた。
「仲いいんだねえ」
冨澤先生は感心するように、それから羨むように言った。あたしと匠くんはきょとんとして冨澤先生の顔を見返した。
えーと。こういうのって付き合ってる二人だったら当たり前だと思っていたんだけど。少なくともあたしと匠くんの間では、日常的に当たり前のことなんだけど。世間的には違うのかな?或いは春音と冨澤先生の間では違うのかも知れない、などとあたしは思った。
「何か不満でも?」
この暑さの中、ひやりとした呟きが聞こえた。冨澤先生は凍りついたように身を硬くして「いいえ。そんな滅相もない」って、慌てて頭を振っていた。
「どうしても塗りたいって言うんなら塗らせてあげてもいいけど?」
上から目線な発言に、冨澤先生は畏まった様子で「は、はい。謹んでやらせていただきます」って答えたのだった。・・・そんな女王様と下僕じゃないんだから、何もそこまで下手にならなくても・・・冨澤先生が憐れに思えてしまった。
そんなことをしていたら携帯が鳴った。画面表示を見ると結香からだった。
「もしもし?」
「もしもし、萌奈美?『ライド&ゴーシーク!』ファストパス取れたよー」
「ホント?ありがとう」
結香のはしゃいだ声に、あたしの声も弾んだ。
「これからそっち行くから」って言う結香に、
「じゃあ、シンデレラ城前向かって右側の方に出来てる列にいるから。前から三列目位。まだそんな大して並んでないからすぐ分かると思うけど」って今自分達のいる場所を説明した。
「うん、わかった」
「それから、来る途中でペットボトルとポップコーン買って来てもらっていい?」
あたしがお願いすると、結香は「OK」って応じて電話を切った。二手に分かれる際、持参してきた空のポップコーンバケットを結香に預けておいたのだ。
携帯を閉じながら、ファストパスが取れたことを匠くん達に知らせた。
予想していた以上の暑さだった。まだ9時前だっていうのに、陽射しに照らされた肌はじりじり焼けるようだった。麦わら帽子を被った中は熱気が籠もって、頭 の中が溶け出して来そうな気がした。額から頬へ伝って流れる汗を何度も何度も拭った。ぼうっとしそうなあたしの隣からばたばたと騒々しい音と共に風が吹い て来て、多少なりとも心地良かった。視線を向けたら、匠くんがあたしに向けて団扇を勢いよく扇いでくれていた。帽子も被らず(匠くんは帽子が嫌いなのだそ うだ)直射日光を頭のてっぺんから浴びている匠くんも相当に暑いはずなのに。見ると匠くんの顔にも汗が伝っている。
「ありがとう」
少しでも元気な笑顔を浮かべてお礼を言った。匠くんは軽く頭を振って、「それにしても暑いね」って笑った。うん、って頷き返した。隣では冨澤先生も春音に 団扇を扇ぎ続けていた。やっぱり冨澤先生優しいなあ、って一瞬微笑ましく思ったんだけど、どうも何となくその様子があたし達と似て非なる感じに見えるのは 気のせいかな?・・・何とはなしに冨澤先生がやたら必死な感じに見えた・・・気がした。
それから程なく結香、千帆、誉田さん、宮路先輩の四人が来て合流した。
「はい、ポップコーン」
結香は言いながらポップコーンバケットとペットボトルを渡してきた。受け取るあたしの隣で、匠くんが財布からお金を出していた。
「幾らだっけ?」って聞く匠くんに、
「ポップコーンが500円でペットボトルが200円だったかな?」ってちょっと自信なく答えた。
千円札を出して渡す匠くんに、誉田さんは「ああ、いいっすよ、これ位」って遠慮している。
「でも、分かんなくなっちゃうから」
そう言って匠くんは誉田さんに千円札を手渡した。
「そっすか・・・」仕方なしにって感じで受け取った誉田さんは、財布を出してお釣りを渡した。
誉田さんは少し詰まらなそうっていうか、匠くんのことを水くさいって感じてるのかも知れなかった。きっと、誉田さんはもっと匠くんと気の置けない仲になり たいのかも。これくらいだったら貸し借りとか考えない位の付き合いをしたいって思ってるのかも。何となくそう思った。多分そうだ、って思いながら、匠くん の事を好きになってくれている誉田さんを嬉しく感じていた。
でも匠くんはそういうところ、あたし以外の人には(あたしのことは、もう手離しでって言えるくらいに、すごく懐の深いところまで迎え入れてくれるのに。そ してそのことはあたしをものすごく嬉しくさせるのだけれど。)意外ときっちり線を引いてしまう性格だから、後でそれとなく匠くんにそのことを伝えてあげよ うって思った。決してあたしと結香の繋がりからだけじゃなく、匠くんと誉田さんが親しくなって仲良しになってくれれば嬉しいなって思った。
「何ニヤニヤしてんの?暑さで頭やられた?」
あたしがにっこりしながら匠くんと誉田さんを見ていたら、結香がそんな失礼なことを言った。
このヤロー!って思いながら、「違う!」って言い返した。(・・・最近何だか自分がすごく感情的な性格になった気がする。おまけに口まで悪くなって来たような感じがするのは・・・多分気のせいだよね?)
忌々しく思いつつペットボトルの蓋を開け、ごくごくと飲んだ。冷たい液体が喉を通っていくのがこの上なく気持ちよかった。
生き返ったような気分になりながら、「はいっ」って匠くんにペットボトルを渡した。「ありがと」って言って受け取った匠くんは、あたしと同じようにごくご くとペットボトルを飲んだ。見上げて見ていたら、突き出した喉仏が動くのが何だかセクシーな感じがして、思わずちょっとドキッとした。
心の中が上ずっているのを気付かれないように誤魔化しながら、何事もないように匠くんからボトルを受け取った。蓋を閉めてバッグにしまおうとして、丁度あ たしの方を見ていた千帆と宮路先輩の二人と目が合った。二人とも何だか照れたような顔をして目を丸くしている。何でだ?見ると千帆と宮路先輩はそれぞれ別 々にポットボトルを手にしているのに気が付いた。どうやら考えるに、あたしと匠くんがみんなの前で照れもせず、ペットボトルを回し飲みしているのが意外な 感じがするんだろうか?でも、あたしからしてみればキスは愚か・・・エッチだって済ませている千帆達がそんなこと気にする方が意外な感じがするんだけ ど?・・・うーん、考え方は人それぞれ違うってことなのかなあ?まあ、いいんだけどね。
あたし達がまだ並んでるから、結香達回って来て、って結香達に伝えた。朝一だったら「ホーンテッド・マンション」とか「イッツ・スモールワールド」とか、 ほとんど待ち時間無しで乗れる筈だから。誉田さんが「何だったら女のコ達だけで行って来たら?俺達待ってるから」って言ってくれて、もちろん女のコ同士で も楽しいとは思ったけれど、せっかくみんなカップルなんだし、あたしは匠くんと一緒に行動したいなって思った。結香や千帆も同感だったらしく、女子三人の 主張でカップル同士で行動することになった。唯一人、春音だけは本当にどっちでも構わなそうだった。
結香、千帆、誉田さん、宮路先輩の四人が先にパークを回りに行った。
「じゃあ、行って来るねー」笑顔で手を振る結香達に手を振り返して見送った。
さて、しばらくはまた暑さとの戦いだ。胸の中で気を引き締め直した。ぱたぱたと団扇を扇いだ。
「萌奈美、志嶋さんと日傘買ってくれば?」
周りを見ていた匠くんがあたしへ向き直って言った。
「日傘?」
「うん。ほら、あの人が差してるのディズニーのでしょ?どっかで売ってるんじゃない?」
そう言いながら匠くんが指差す方を見たら、確かに小さな白いミッキーマークがついた黒い折り畳みの日傘を差している女性がいて、辺りを見ると他にも色違いで黒いミッキーマークのついたベージュの同じ形の日傘を差している人もいた。
「待ってる間、日傘差してれば結構違うんじゃないかな?」
匠くんは言いながら財布から一万円札を出してあたしに差し出した。
「いいの?」
躊躇いがちに聞くあたしに、匠くんはうん、って頷いて「買って来たら一緒に入らせて」って笑った。
うん。頷いて、もちろん、って心の中で呟いた。立ち上がって春音に「一緒に行こう」って誘った。
多分ワールドバザールの何処かにあるんじゃないかなって思って、春音と連れ立ってワールドバザールに向かった。
最初エンポーリオに入って、朝でまだ買い物客の殆どいない空いた店内で、レジ係の人に日傘のことを聞いたら、売ってるお店の場所を教えてくれて、あたし達 はそのお店へ行って折り畳みの日傘を買った。色違いで二本買うことにした。黒地に白いミッキーマークが刺繍されているのと、ベージュの地に黒いミッキー マークが刺繍されているのと。これならパークの中だけじゃなくて普段使いもできそうなのでそれも良かった。
色違いの二本を手にしたあたしに、春音が「二本買うの?」って不思議そうに聞いた。
「うん」当然っていう感じで頷いた。
少し訝しみながらも特にそれ以上聞いてこない春音を後にして、レジに二本の日傘を出した。
「あの、すみません、すぐ使うのでタグはずして貰えますか?」
レジの人に伝えた。笑顔で応じてレジのスタッフの人ははさみでタグを切ってくれた。
お店を出て一本を「はい」って春音に渡した。
「え?」
戸惑う春音に、「あたし、匠くんと一緒に差すから、春音と冨澤先生で使って」って伝えた。
「でも・・・」
「あたしと匠くんが差してたら、すぐ冨澤先生も買って来ようって言うでしょ?」
匠くんもあたしにお金を渡した時、二本買ってくるようにってつもりだったに違いなかった。だから「一緒に入らせて」ってわざわざ言ったんだと思う。あたしと匠くんで一緒に差したら春音は入れないから当然もう一本必要になるし。
「じゃあ、お金・・・」って言う春音に、分かりきった感じで「冨澤先生に貰うから大丈夫」って当然のような顔をして言った。
春音もあたしの言葉に苦笑して、すぐ「そうだね」って答えた。そしてあたし達はくすくす笑い合った。
結香達が戻って来た時のことを考えて四本買って来ようかとも思ったけど、使ってたのを交代の時に渡せばいいかとも思ったし、必要を感じたら結香達も買いに行くだろうしって思って、自分達の分だけ買うことにした。
戻る途中、ガゼボに立ち寄ってかき氷(シェイプアイスって言うのだそうだ)を買った。春音は抹茶あずきミルク味とパイナップル味を買っていた。あたしはストロベリー味を買った。
「ひとつしか買わないの?」
「うん」
不思議そうに春音に聞かれたので、真顔で頷いた。そしたら春音はくすっと笑った。
「本当に仲いいね。萌奈美と佳原さんて」
面と向かって言われてちょっと気恥ずかしい気もしたけど、もう一度あたしは頷いた。
「いいよ。すっごく」
自信満々の笑顔で答えた。
春音は突っ込みを入れてくるかと思ったら、何だかとても優しい眼差しであたしを見ていた。
暑さで匠くん達の所へ戻る途中で見る見る氷は溶け出して来て、あたしも春音も人波で溢れた通路を焦りながら小走りで駆けていった。
戻ったら少し列は後ろに伸びていて、あたし達は「すみません」って座っている人達に断りながら匠くん達の座っている所へと戻った。
「ただいま」って声をかけたら、匠くんと冨澤先生は揃って振り返った。
「お帰り」
顔を上げた匠くんと冨澤先生は、二人とも早くも疲れた顔をしていた。炎天下の中で待ってるのって疲れるもんね。
「はい」って言いながら匠くんにシェイプアイスを渡した。
匠くんは目を輝かせて「ありがとう」って受け取った。
春音も冨澤先生に二つとも手渡して自分も座り込んでから、パイナップル味の方を受け取ってた。早速スプーンでシャリシャリと山盛りの氷を崩して口に運び始めた。
匠くんの隣に寄り添うように座り込んで、黒い方の日傘を差して匠くんも傘の下に入れるように傾けた。匠くんは「持つよ」って言ってくれて日傘に手を伸ばし、代わりに自分が持っているシェイプアイスをあたしに差し出した。
「ありがとう」
日傘を匠くんに手渡して、シェイプアイスを受け取った。少し溶けかかって来ている氷をスプーンで掬って匠くんの口元へ差し出す。すぐに口を開けて首を伸ば す匠くんの口へとスプーンを運んだ。ぱくりと食べた匠くんは「うん、美味しい」って言ってあたしに笑顔を見せた。あたしも笑いながら頷いて自分でも一口食 べた。キンとした冷やっこさが口中に広がった。
「ストロベリー味でよかった?」
あたしが今更のように聞いたら、匠くんは「うん。全然」って笑って答えた。
あたしも笑顔で「よかった」って言って、また匠くんの口へとスプーンを運んだ。
日傘で陽射しを避けながらかき氷を食べていたら、大分身体が楽になった気がした。身体に籠もった熱気が氷を飲み込む度、すーっと引いていくようだった。あたしは匠くんと自分の口に、一口ずつかわりばんこに苺味の氷を載せたスプーンを運び続けた。
何だか春音のもの言いたげな視線を感じたけれど、知らんぷりを決め込んだ。
シェイプアイスを食べていたら「リズムサイズ」が始まり、キャッスル・フォアコート・ステージに現れたミッキー、ミニー達と一緒に大勢の子供達が体操やダ ンスをしていた。途中でミッキー達が子供達に向けてホースでミストを噴射して、子供達はきゃあきゃあ歓声を上げながら浴びていて、すごく気持ち良さそう だった。最後の方ではミッキー達を先頭に子供達が幾つもの列を作り、電車ごっこのようなことをしていた。子供達は大好きなミッキー達と一緒に身体を動かせ て本当に嬉しそうで、見ているだけで微笑ましくてハッピーな気持ちになった。まだ全然先の話だけど、子供が生まれたら匠くんとあたしと子供と、家族みんな でディズニーに来たいなって思った。それで子供はもちろんすっごく愛しいに決まってるけれど、子供が生まれてからも匠くんとずっとラブラブでいたいなって 思った。日本だと何故だか子供が生まれるとお父さんお母さんっていう感じになっちゃって、それは多分「家族」になってしまうからなのかもって思うんだけ ど、恋人だった時のような或いは結婚したての頃のような、ときめくような甘い感じがなくなっちゃうのが常みたいな雰囲気だけど、結婚して子供が生まれても 匠くんとずっとラブラブなままでいたいな。なあんて、まだまだずっと先の、夢みたいなお話ではあるんだけどね。
「リズムサイズ」が終わって、子供とその保護者達がスタッフの誘導でキャッスル・フォアコート・ステージから退出すると、こちらもスタッフの指示で立ち上 がって移動が始まった。スタッフの誘導で何列かごとに区切って移動するようになっていて、我先に走り出していくような混乱もなく、落ち着いて場所取りをす ることができた。あたし達はほぼシンデレラ城真正面の前から二列目に陣取った。荷物を広く置いて結香達の分のスペースも怠りなく確保した。ただしステージ のすぐ前は小学生以下の子供しか入れないキッズエリアになっていて、一般鑑賞エリアはキッズエリアの後ろに設けられていたけど、それでもこの位置だったら 十分ステージから近いし、ずぶ濡れになること間違いなしだった。
あたし達がシンデレラ城前のいいポジションを無事に確保できて、ほっとして座っていたら携帯が鳴った。
「もしもし?」
「あ、あたし。今シンデレラ城前に戻って来たんだけど、萌奈美達何処にいるの?」
それを聞いて辺りを見回しながら説明した。
「えっとね、お城のほとんどまん前の、前から二列目のトコにいる」
「わかったー」
通話を続けながらきょろきょろ見回していたら、すぐにこちらへと向かって来る結香達の姿を見つけて手を振った。
結香もすぐ気が付いて手を振り返した。
結香達は一列目で腰を下ろしている人達に「すみませーん」って言いながら、人と人の間を跨ぐようにして、あたし達が二列目でキープしているスペースに入って来た。
「ただいま」
結香が元気な声で言った。うーん、結香はこの暑さも全然へっちゃらみたい。流石はテニス部。テニス部はこの暑い夏休み中も、学校のテニスコートで毎日のように練習で走り回ってるらしい。
「お帰り」
「お待たせ。交代するよ」
誉田さんが言った。
「じゃあ、これ」
匠くんが持っていた日傘を差し出した。
「あ、すみません。持って来てたんすか?」
誉田さんが受け取りながら匠くんに訊ねた。
「いや、買って来た」匠くんが答える。
「あ、そーなんすか。どうも、すみません」
恐縮した様子の誉田さんに、匠くんは「いや」って笑い返してた。
あたしは千帆と結香に「ガゼボでかき氷売ってるよ」って教えておいた。
「ホント?じゃあ買いに行こうか?」
結香が千帆と顔を合わせて頷き合っている。
あたしと匠くん、春音、冨澤先生は戻って来た結香達と入れ替わりに、パークを回りに出掛けた。
「じゃあ、悪いけどよろしく」
「行ってきまーす」
あたし達四人は口々に告げた。結香達はひらひらと手を振って見送ってくれた。
さて、どうしようか?
シンデレラ城前を抜け出すと、立ち止まって丸くなって四人で顔を見合わせた。
「じゃあ、どうする?」
冨澤先生が視線を巡らせた。
「始まる30分位前には戻って来た方がいいと思います」
あたしがそう言うと、匠くんが腕時計を見て言った。
「それじゃあ40分てところかな、見て回れるのは」
うーん、40分か。移動時間も考えるとそんな遠くまでは行けないな。
「待ち時間が少なくて済みそうなアトラクションって言うと、『イッツ・スモールワールド』とか『ホーンテッド・マンション』、時間もまだ早いから『カリブの海賊』『ジャングルクルーズ』『ウエスタンリバー鉄道』辺りはそんな待たなくて済むかも」
考えつつあたしは言った。
「『カリブの海賊』なんかいいんじゃない?ここから近いし」春音が提案した。
「『ジャングルクルーズ』もそんな離れてないよ」あたしも言った。
「『カリブの海賊』なら屋内だから涼しいんじゃない?」
匠くんの言葉にみんな「なるほど」っていう顔をした。その指摘が決定打になって、あたし達は全員一致で「カリブの海賊」に入ることにした。
予想通り午前10時前のこの時間帯には、それ程スタンバイの列は出来ていなかった。入り口に表示されている待ち時間は15分になっている。あたし達は四人 揃って建物の中に入った。建物の中に入ると射すような陽射しから逃れることができて、みんなでほっとした。中は冷房が効いてひんやりとしていて生き返った 心地だった。
15分はあっという間って感じで経って、すぐにあたし達はボートの乗り場に辿り着いた。
キャストの人に指示された番号の乗り場に立って待っていたら、すぐに人を乗せたボートが滑り込んで来た。ボートに乗っていた人達はあたし達とは反対側に降りて、空になったボートにキャストの人の指示する声で乗り込んだ。あたしと匠くんが先頭になった。
キャストの人に手を振られて見送られる中、ボートは動き出した。すぐにボートは真っ暗闇に包まれ、水の流れる音だけが聞こえた。真っ暗な中でボートが前方 にがくんって傾いた。そう思った瞬間、ひゅっと落下する感覚に包まれた。わっ!と思って匠くんにしがみ付くと、後ろの方で女性の「きゃあっ!」って怯える 声が複数上がった。落下した距離はほんのちょっとだったけど、真っ暗闇の中で落ちるのはちょっとびっくりだった。
ボートはまたゆるやかな流れに乗って進み出した。不意に、冷たっ!って思った。突然、顔に細かい水滴が当たって来たからだった。壁にはシルエットで風雨に 打たれながら筏(いかだ)を漕ぐ海賊の姿が映っていた。顔に当たったのはその雨粒だった。そして周囲は荒れ果てた地に打ち捨てられて骸骨となった、海賊達 の骸(むくろ)が晒されていた。中には骸骨になってもお酒を壜でらっぱ飲みしている海賊の幽霊もいて、でも骸骨だからお酒はどぼどぼと骨だけの身体の中を 流れ落ちていくだけだった。
やがて前方に不気味なデヴィ・ジョーンズの顔が浮かび上がった。煙る霧に映像を映写して浮かび上がらせる仕掛けに、匠くんが興味深そうに見入っている。
霧のカーテンを抜けるとボートは、ぽっかりとした天井が高くて暗くてだだっ広い空間へと出た。ボートの進む先には巨大な海賊船と要塞がボートを挟むように聳え、大砲を撃ち合っていた。ボートが進む先の海面に流れ弾の砲弾が落ちて幾つもの水柱を立てた。
そこを抜けると海賊達で賑わう街へとボートは入って行った。酒壜をあおっている海賊の姿や、攫ってきた女性達をせりにかけていたりといった光景が広がる中 をボートは進んだ。あたし達はキャプテン・ジャック・スパロウの姿を探した。映画の「パイレーツ・オブ・カリビアン」ヒット後にリニューアルした「カリブ の海賊」には、何箇所かでキャプテン・ジャック・スパロウの姿が見られるのだ。いた!樽の中に隠れてこっそりと辺りを窺いながら顔を出すジャックを見つけ た。
ボートは海賊が街を襲っている場面(海賊が女性を捕まえようと追っかけている中で一人、箒を振り上げた肝っ玉おかみさん風の女の人に、逆に追いかけられて いる海賊がいて笑えるのだ)や、牢屋に入れられている海賊達が牢の鍵を咥えている犬を必死になって呼び寄せようとしているユーモラスな場面を進んでいっ た。最後に安楽椅子に悠々と座っているジャックの姿があった。
ボートは最初の乗り場に戻り、あたし達はボートが停まると、乗ったのとは反対の側に上がって、四人で笑って顔を見合わせながら出口へと進んだ。建物から出たら降り注ぐ陽射しが眩しくて一瞬視界が奪われた。眩しすぎる明るさに思わず目を細める。
外へ一歩出た途端、中にいた時には忘れていた息が詰まりそうな暑さが身体に纏わり付いて来た。でもこのじりじりと身体を焦がす暑さが夏だ、って感じられ た。今迄は特に夏が好きな訳でもなくて、むっとする蒸し暑さに閉口していたけれど、匠くんといると何だか夏がすごく楽しくて愛しい季節に感じられた。匠く んと手を繋いでぎらぎらと焼ける太陽の下を、汗だくになりながらはしゃぎ回りたかった。でもそれは夏に限らないのかも知れない、とも思った。匠くんと一緒 なら、いつの季節も大好きだって感じるのかも知れない。春も秋も冬も、いつだって。
シンデレラ城前に戻ったら、びっくりする程の人ですっかり後ろの方まで埋め尽くされていた。あたし達は焦りながら急いで結香達が待っている場所に戻った。
「ただいま」
声をかけたら結香達は日傘を上げてあたし達の姿を認めて笑顔になった。
「お帰りー」
あたし達は先頭に座っている人達の間を「すみません」って断りながら抜けて、結香達が置いていた荷物をどかしてくれて出来た空きスペースに腰を下ろした。
「すっかり人でいっぱいになっちゃったんだね。後ろまでいっぱいだよ」
千帆の隣に座り込みながら話しかけた。
千帆は「そうだね」って頷いてから「あ、これありがとう」って持っていた日傘を返そうとした。
「いいよ。始まるまでもう少しだし、そのまま使ってて」
「そう?いいの?」
聞き返す千帆に、あたしは「うん」って頷いた。
千帆は日傘を自分と宮路先輩の頭上に戻しながら言った。
「あたしも後で買って来よう」
「うん。日陰にいるだけで大分違うよね」
千帆と話していて風が吹いて来るのに気が付いた。横を向くと匠くんが団扇であたしを扇いでくれていた。
嬉しくて「ありがと」って伝えたら、匠くんは軽く笑顔になって頷いた。
それにしてもなんという暑さ!まだ午前中なのに軽く30度は超えていそうだった。お願い、もうこれ以上暑くならないで、って祈りたくなった。
そんなこんなで余りの暑さに辟易としていたけれど、それでも時間は開演15分前になろうとしていた。
キャストの人が座っているゲストに立ち上がるよう指示を告げた。辺りがざわめきに包まれながら一斉に立ち上がった。あたし達も一緒になって立ち上がった。
キッズエリアは子供達で一杯だった。暑い中、強い日射しが照りつける日向で待たされ続けていて可哀相って思ったけれど、子供達はそんなこと全然へっちゃらみたいで、みんな元気な顔で楽しそうに笑っている。
また時間が進んで10分を切ろうとしていた。あたし達はバッグの中から携帯用の小さく畳んであるレインコートとビーチサンダル、大きなビニール袋を取り出 した。「クール・ザ・ヒート」のずぶ濡れエリアの濡れ方はハンパじゃないので、濡らしたくない荷物はしっかりビニール袋に入れた。靴も塗れてもすぐ乾く ビーチサンダルに履き替えた。それから半透明の簡易レインコートを着込んだ。周囲でもずぶ濡れ対策をしている人達が大勢いて、結構同じようなレインコート を着込んでいる人達の姿もあった。もちろんずぶ濡れになるのがお目当てで、着ている服そのままの格好で待ち構えている人達も沢山いて、むしろそっちの人の 方が多いくらいだった。
この暑さの中、通気性の悪いレインコートを着込んで、忽ちの内に身体中から汗が噴き出して来る。汗で濡れた素肌にレインコートが張り付く感触が気持ち悪かった。我慢大会のようなことになって心の中で悲鳴を上げながら、早く始まって欲しいって思った。
「萌奈美、大丈夫?」
あたしの様子を気にする匠くんの顔にも汗が光っていた。
「なんとか。あー、もう早く始まって!って感じ」
匠くんを安心させるつもりで、暑いのを我慢しておどけて見せた。
匠くんは「ほんと、そうだね」って笑って頷いた。
やがて、奇妙な音が聞こえて来て、続いて音楽が流れ出した。わっ、と歓声が上がる。あたしも思わず身を乗り出した。始まった!
暢気にグーフィーが登場し、また歓声が上がる。ステージ上を確認するグーフィーをからかうように、ステージの床からぴゅーっと水が噴き出し始める。
そしてグーフィーがくしゃみをした途端だった。
シンデレラ城から巨大な水しぶきが空高く上がり、あたし達の頭上へと降り注いで来た。歓声とも悲鳴ともつかないどよめきが上がる。
ステージ上からはシャワーのような水が噴き出して、ステージ前のキッズエリアにいた子供達はもとより、あたし達にも降りかかって来た。結香も千帆もきゃあきゃあ騒いでいる。もちろんあたしも笑いながら、降りかかる水しぶきに悲鳴を上げていた。
アップテンポな曲調に変わり、英語でアナウンスが流れる。そしてステージに現れたのは・・・
思わず歓声を上げた。
「スティッチだ!」
ステージ上を指して匠くんに言った。やったあ!見たかったスティッチが登場して、あたしのテンションは上がりまくった。
スティッチは3人のダンサーを引き連れて、ハワイアンな曲調でゆったりとフラダンスなんか踊り始めた。でもスティッチが大人しくなんかしていられるはずが なくて、段々と曲のテンポも速くなって、悪乗りするスティッチは遂にはステージ上をあっちこっち右往左往のハチャメチャぶりで、それに連れて噴き出す水も 勢いを増し、最後にはシンデレラ城全体から大砲のような激しい水柱が上がり、シンデレラ城前を水びたしにした。大粒の水しぶきが頭上から降り注いで来て、 みんな「わーっ」「きゃーっ」って騒ぎまくっている。
ステージ上のスティッチ達の悪戯はエスカレートする一方で、消防車に付いてるようなホースを持ったスティッチは、ゲストへ向かって放水し始めた。まさに火 事の時の放水作業のようなすさまじさでホースから水が撒かれ、ずぶ濡れエリアにいたあたし達は、まさにその呼び方のとおり頭っからずぶ濡れ状態だった。レ インコートで防いでいるとは言っても、顔はびしょ濡れで前髪は濡れて額に貼りついている。膝下くらいまでしかないレインコートの下はもちろん濡れまくり だった。中にはレインコートも着ないでずぶ濡れになっている人達もいるけど、あの人達この後どうするんだろう?着替えでも持って来てるのか、それともこの まま着続けて自然に乾くのを待つんだろうか?特に女の子なんてキャミとかTシャツとか薄着でずぶ濡れになって下着が透けて見えちゃったりして困んないんだ ろうか?ふと余計な心配を抱いた。
これだけずぶ濡れになると却って爽快な気分になるというもので、みんな弾けたように喜んでいる。あたしも匠くんも笑顔で歓声を上げまくった。他のみんなも同様だった。
やがてエンディングとなり、スティッチ達はステージの向こうへと帰って行った。最後にグーフィーが戻っていく途中でゲストの方を振り返りお辞儀をした。み んな拍手を送ったり声援を送ったりして名残を惜しんでいた。音楽が鳴り止み、ショーの終わりを告げるアナウンスが流れ始めて、周囲はぞろぞろと散り始め た。
あたしは匠くんと顔を見合わせた。二人とも顔はびしょ濡れ、濡れてべったりとわかめみたいに額に張り付いた前髪からは水滴がぽたぽたと落ち、全身濡れ鼠の状態を確認して笑い合った。すごく爽快な気分だった。
「あー、すごかったねー」
言いながら結香が寄ってきた。見ると結香も同じように濡れ鼠の状態だった。
「うん。でもすっごく楽しかった」
弾む声で答えた。みんなを見たらぽたぽたと水滴を垂らしている。冨澤先生はズボンの裾を捲くるのを忘れてしまって、レインコートで隠れていなかったジーン ズの脛から下はぐしょぐしょになっていた。しかめ面の先生は、ぐしょ濡れのジーンズをひどく気持ち悪く感じているみたいだった。
ひとしきりみんなで笑い合ってから、あたし達は大分人の捌けたシンデレラ城前を移動した。濡れていないベンチを探して、そこで濡れた顔や髪の毛をタオルで 拭いたり、バッグを入れていたビニール袋の水滴を拭き取ったり、レインコートの水気を切ってから畳んだりした。濡れたビーチサンダルもビニールに入れ元の 靴やサンダルに履き替えた。後始末を終えるとあたし達はファストパスの時刻になった「モンスターズインク ライド&ゴーシーク!」に向かった。
今年の4月にオープンしたばかりのこのアトラクションは、あたしも初体験でとっても楽しみだった。
ファストパス入口でパスをキャストの人に見せ、印字された時間帯を確認してもらうと奥に進んだ。スタンバイの長い列の横をすいすいと進んで、すぐに乗り場まで到着することができた。
あたし達はそれぞれ二人で乗ることにして、最初にあたしと匠くんが乗り込んだ。アトラクションはセキュリティトラムという乗り物に乗って進みながら、隠れ んぼをしているブーやモンスター達を、ビークルに付いているフラッシュライトで照らして見つけていくっていう内容だった。
あたしと匠くんはフラッシュライトを手にすると周囲を照らし始めた。色んなところにモンスターが隠れていて、見つけたっと思って照らすと隠れてしまい、他 の場所で別のモンスターが顔を覗かせていたりして、なかなか上手く見つけられなかった。モンスター達はみんなユーモラスで見ていて楽しくて、あと映画に出 てくる悪いモンスター(名前知らない)がブウをひどい目に合わせようとしてつけ回しながら、それと知らないマイクやサリーにひどい目に合わされて、お終い にはプレス機にかけられて四角くされてしまうのが可笑しかった。
最後にモンスターのロズがトラムに乗っている内の誰かに向かって声を掛けてくるのにびっくりした。
とってもユーモラスでほんわかした気持ちにさせてくれるアトラクションだった。
「モンスターズインク ライド&ゴーシーク!」を乗り終えたあたし達は、さて、どうしようかって相談し合った。午前11時を回っていたので少し早いけどお昼にしようってことになった。朝ごはんもちゃんと食べてなかったし。
「ファストパス取って来とかない?」
結香が提案した。確かに食べる前にファストパスを取って来ておいた方が、時間を有効に使えると思った。
「じゃあ、俺取ってきますよ」
宮路先輩が申し出た。
「みんな、テーブル確保して待っててください」
「でも、いいんですか?」結香が少し気に掛けて聞き返した。
「うん。それで何のファストパス取ってくればいいかな?」
みんなでうーん、って考え込んだ。「プーさんのハニーハント」は多分もうファストパスの発券終わっちゃってるだろうし・・・「バズのアストロ・ブラスター」とか?「ビッグサンダー・マウンテン」も乗りたいし・・・と思っていたら、千帆が口を開いた。
「『スプラッシュ・マウンテン』は?あたし、あれに乗りたい」
「スプラッシュ・マウンテン」も定番だよね。夏だし、最後、あのバッシャーン!て落ちた時の水しぶきが気持ち良さそう。
「いーね。『スプラッシュ』。夏だしね」
誉田さんがあたしが考えていたのと同じようなことを言った。
それで「スプラッシュ・マウンテン」にすることに決まった。ちょっとここトゥモローランドからだと離れてるけど・・・いいのかな?
「ここからだとちょっと離れてるけど・・・」
あたしは気になっておずおずと口を挟んだ。
「大丈夫だよ」
宮路先輩は屈託なく言って、みんなのパスポートを集めた。
「じゃ、ちょっと行って来ます」
と行きかけた宮路先輩に、千帆が声を掛けた。
「あたしも一緒に行く」
宮路先輩はきょとんとした顔で振り返った。
「え、いいよ。暑いし、みんなと待っててよ」
「ううん。一緒に行くから」
躊躇うような宮路先輩に千帆は言い募った。
そしてあたし達の方を向いて「二人で行って来るね」、そう言って歩き出した。
「千帆!」
慌てて宮路先輩が追いかけていこうとして、一度振り返り「それじゃ、ちょっと行って来ます」って告げた。
「うん。よろしく。戻ってきたら電話頂戴」
誉田さんが手を掲げて感謝を示しながら返事をした。
宮路先輩はすぐに千帆に追いついて、笑い合いながら二人仲良く並んで歩いて行った。
仲睦まじい二人の後姿を見ながら、あたしと匠くんのことを何だかんだ冷やかす癖に、千帆と宮路先輩だって負けないくらいラブラブじゃん、って思った。
二人を見送るとトゥモローランドにある「プラザ・レストラン」に入った。
店内は結構混んでいたけれど、まだお昼前だったせいかぽつりぽつりと空いているテーブルが見つかった。あたし達は二つ並んで空いているテーブルを見つけて、テーブル同士を寄せ合った。
「あー、涼しいー」
結香がどすんと椅子に腰を下ろして嬉しそうに言った。
「マジ生き返る」
結香の隣で誉田さんも同じような感じで、どっかりと椅子に座りながら言った。
何だか似た者同士というか、ぴったりと息が合っていて、何だか可笑しかった。お似合いの二人だった。
「やっぱ、夏だからカーッと暑い方が“らしくて”いいんだけどさ、でもやっぱ暑いものは暑いよね」
誉田さんがぼやくように言った。あたしもその気持ちはよく分かる気がした。
ふと春音のことが気になって視線を向けた。春音は暑さ寒さなんて感じないかのように平然とした様子だった。あたしの視線に気が付いた春音が眉を顰めた。
「何?」
「ううん。春音はあんまり暑そうじゃないなって思って」
あたしが言ったら誉田さんが目を丸くした。
「え?春音ちゃん、この天気で暑くないの?」
信じられないように聞いた。
「まあ、そんなには」
春音は落ち着き払った声で答えた。って、どういう身体の構造してんの?そう思わずにはいられなかった。
「春音って、本当に人間?」
結香がみんなの気持ちを代弁するように聞いた。春音はむっとしながら心外そうに答えた。
「失礼ね。あたしを何だと思ってんの?」
「いや、冷血動物か、アンドロイドか、エイリアンか」
結香はまんざら冗談でもなさそうに言った。・・・冷血動物ってカエルとかトカゲのことだと思うんだけど?(別名、変温動物ともいう。)
「冷血動物じゃないけど、低体温体質ではあるかも」
冨澤先生が暢気そうに口を挟んだ。
「春音、平熱が人並みはずれて低いんだよね。よく体温計で計れなかったりするし。いつもひんやりしてて今の季節には人間アイスノンみたいで触れてて気持ちいいんだけど、冬場はちょっと辛いものがあるなあ」
・・・春音、あんたは『動物のお医者さん』の菱沼さんか?(匠くんの本棚にあるコミックスで、とっても面白くって大好き。チョビもすっごく可愛いよね)・・・って先生、その発言はちょっとマズイのでは・・・
にこにこと笑っていた先生が突如「いてっ」と叫んで顔をしかめた。蹲(うずくま)って足を擦(さす)っている。恨めしそうな視線で横にいる春音を見上げる。一方の春音は何食わぬ顔でしれっとしていた。どうも向こう脛辺りを春音に蹴っ飛ばされたらしかった。
誉田さんがそんな二人を見て、くっくっと押し殺した笑いを漏らしている。
この二人もそれなりにお似合いって言えるのかな?
とそう考えて、あたしと匠くんは?って思った。あたしと匠くんは周りから見てお似合いの二人なのかな?
ちらっと隣に座っている匠くんに視線を向けた。
すぐに匠くんが気が付き、何?って感じで首を傾げた。あたしはううん、何でもない、って返事をするように慌てて頭(かぶり)を振った。
「何、二人でこっそりアイコンタクトしてんのよ?」
結香があたし達を見咎めて、問い詰めるかのように聞いてきた。そんな、アイコンタクトだなんて、そんなレベルの高いことしてないんですけど・・・。なんてことを思っていたら、結香の言葉でみんながこっちを向いて、忽ちあたしは恥ずかしさで下を向いた。
そんな感じであたし達は絶えず笑い声を上げながら話し続けていた。やっぱり結香と誉田さんがムードメーカーになって、和気藹々とした雰囲気を作り出していた。と、あたしの携帯が鳴った。画面表示を見ると千帆からだった。
「もしもし、千帆?」
問いかけると二人とも今戻ってきて、「モンスターズインク ライド&ゴーシーク!」の前にいるってことだった。
「モンスターズインクのすぐ前にある、『プラザ・レストラン』にいるから」
あたしはそう説明して入り口の方を注意して見ていたら、少しして千帆と宮路先輩が入って来るのが見えた。
「入り口から右手の奥の方の席」
そう言いながら、入り口の二人に向かって手を振った。きょろきょろと辺りを見回していた二人は、すぐに手を振っているあたしに気が付いて、笑顔になってこっちへと進んで来た。
「お帰りなさい」「ご苦労様」「ありがとね」
あたし達は二人にお礼の言葉を伝えた。
「ただいま」
二人とも炎天下を歩いて来て火照って赤い顔をしていた。座りながら汗を拭った。
「本当に暑い中ご苦労様でした」
冨澤先生が二人の労をねぎらって告げた。何だか引率の先生みたいな感じだった。
「さて、と。じゃあ、みんな揃ったところで何食べようか?」
誉田さんが待ち侘びていたように口を開いた。如何にもお腹が空いてるっていった様子だった。そう言うあたしもお腹ぺこぺこだった。
「レジの前で電話掛けてどんなメニューがあるか知らせるよ」
そう言いながら匠くんが立ち上がった。
「あ、一人じゃ持ちきれないだろうから、一緒に行くよ」
あたしも匠くんに続いて立ち上がった。すると春音も「あたしも持ってくるの手伝うから」って言って席を立った。
春音とあたしは視線を合わせて笑うと、匠くんの後ろを追いかけた。
「ありがと。よろしくね」
結香の声が背中に届いて、振り返って、ううん、って笑顔で首を振った。
レジ前には結構列が出来ていた。あたし達は揃って売り場の上方に掛けられているメニューを見上げた。
うーん、お腹ぺこぺこだから、どれも美味しそうで迷ってしまう。携帯で結香に電話した。
結香が出るとメニューを読み上げた。少しして向こうの意見がまとまったみたいで、結香の声が伝えて来た。
「えーと、ポークカレーボールを2つ、焼肉ナムルボウル2つ、鶏そぼろごはんプレート1つ・・・」
あたしが結香が伝える注文を復唱すると、気を利かせてペンとメモを持って来ていた春音がそれを書き留めていった。
「・・・グローブシェイプ・チキンパオ1つ、野菜サラダ5つ、コーラ2つ、ウーロン茶3つね。うん、分かった」
聞き終えて電話を切った。さて、あたし達は何にしようか?改めてメニューを見上げた。
「匠くんは何にする?」
「うーん・・・ポークカレーボールにしようかな」
匠くんもメニューを見上げながら答えた。そっか、匠くんはカレーか・・・
「春音は?」
春音にも聞いてみた。
「あたし、鶏そぼろごはんプレートと野菜サラダ」
すぐ様春音は答えた。春音は選ぶのがいつも早くて、すぐにぱっぱっと決めてしまう。あたしは反対に迷ってなかなか決められない方だった。
「えー、何にしようかな・・・」
迷ってメニューをずーっと見上げ続けるあたしを、匠くんがくっくっと笑って見ている。
「食べたいものを選べばいいじゃん」
「えーっ、だってどれも美味しそうなんだもん」
匠くんに言われて困り果てたように答えた。するとまた匠くんに笑われてしまった。
「カレーは僕の食べさせてあげるよ」
「鶏そぼろごはんプレートはあたしのを味見させてあげる」
匠くんと春音が続けざまに言った。カレーと鶏そぼろは味見させてもらえることになった。そうすると・・・あたしは思案して、焼肉ナムルボウルにすることにした。
「あと、野菜サラダも」あたしは付け加えた。ディズニーランドでは野菜がなかなか摂れないので、ちゃんと食べておかないと。
「飲み物は?」春音に聞かれて「ウーロン茶」って答えた。
「萌奈美、チキンパオ半分食べる?」
匠くんにそう聞かれて、元気よく「うん、食べる」って答えた。
「志嶋さんも食べる?」
「いえ。あたしはいいです」
匠くんと春音でやり取りするのを、そう言えば今まであまり聞いたことなかったな、って思った。何となくよそよそしいというか、・・・匠くんと春音だとそう なっちゃうのかな?二人とも少し他人と距離を置きたがるトコあるから・・・二人が話すのを見てそう思った。匠くんと春音の二人きりだったりしたら、ずーっ と話さないままでいそうだった。
「あと、マイク・和ゾウスキ食べるかな?」匠くんが思案顔で聞いてきた。
そうなんだよね。ちょっと気になってはいたのだった。マイク・和ゾウスキっていうのは「モンスターズ・インク」に出てくるマイクってモンスターの形に似せた和スイーツなのだ。
「4つ位買ってってみれば?みんな一口ずつ位食べるんじゃない?」
あたしが言ったら、匠くんは「そうだね」って頷いて、そうすることに決めたみたいだった。
買うものが決まって、あたし達はレジ待ちの列に並んだ。
匠くんは書き留めたメモを春音から受け取った。
レジの両側に人が並んで、交互に注文を聞くようになっていた。やっとあたし達の順番になって、匠くんはメモを見ながら注文を伝えた。合計金額を聞くと結構 な金額だった。人数も8人もいるからなんだけど、ディズニーに来ると、食べ物とか割合値段高くて結構お金かかっちゃうんだよね。
支払いを済ませると先に進んで、カウンターにレシートを提示した。カウンターの向こうではオーダーされたものをトレイに載せていく配膳係のスタッフの人 が、忙しげに立ち働いていた。忙しなく立ち回るスタッフの人達を見ていると、あたし達の前に置かれたトレイに次々と注文した料理が載せられていった。8人 分の注文は当然ながらトレイ1枚に載るはずもなく、トレイが3枚用意されていた。
そして注文したものを全部載せ終えて、スタッフの人が「お待たせしました。お気をつけてお運びください」って言ってトレイを差し出した。
あたし達3人はそれぞれトレイを抱えて、みんなが待つテーブルへと戻った。
「お待たせー」
そう言ってテーブルにトレイを置いたら、みんなお腹がペコペコだったらしくテーブル上に置かれた料理を見るや、「わあっ」って声を上げて笑顔になった。
トレイからそれぞれ注文した料理を取ると、みんな待ちかねたように「いただきまーす」って言って食べ始めた。
「美味いっ!」
誉田さんが顔を綻ばせて大袈裟なまでに感想を述べた。
「大袈裟なんだから」
結香が呆れるように笑いながら指摘した。
「いや、本当にすっげえ美味いんだって。もう腹ペコで死にそうだったからさ、こういう時って本当メチャクチャ美味く感じるよね」
「だから、それが大袈裟なんだってば」
誉田さんの返答にすかさず結香がツッコミを入れる。二人の軽妙なやり取りが可笑しくって、あたし達はくすくす笑った。
みんなの視線に、結香は少し顔を赤くしてあたし達を見回した。
「何よ?」
「ううん。いつもながら本当にいいコンビだなーって」
笑いながら千帆がみんなを代表して答えた。
「コンビって、お笑い芸人じゃないんだから」
結香は不満げに抗議した。
でも結香のあまりに上手い例えに、却ってみんな噴出してしまった。二人のテンポのいいやり取りは、端から見ていると確かにお笑いを見てるようでもあったから。
「意外といいかも」
笑いが止まらないといった様子の千帆が苦しそうに言った。
「ところでこの緑色のは何?」
冨澤先生が不思議なものを見る眼差しで、トレイの上のマイク・和ゾウスキを見ながら聞いた。
「それはマイク・和ゾウスキって言って、『モンスターズ・インク』に出てくるマイクっていうモンスターに似せた、和菓子風のデザートなんです」
あたしが説明すると、春音が補足するように言った。
「ほら、さっきのアトラクションの中で、緑色の一つ目の丸っこいモンスターいたの覚えてない?」
「ああ、そういえば。ふーん。言われてみれば確かに似てる」
「四つ買ってきたから、みんなで一口ずつ味見してください」
そう言ったら、結香が「やったー。萌奈美、愛してる」って嬉しそうに声を上げた。あたしは苦笑して応えた。
それから、自分の焼肉ナムルボウルを匠くんの前に差し出して言った。
「匠くん、味見してみて。その代わりに匠くんのカレーも味見させてね」
「ああ、うん・・・どうぞ」
匠くんは少し気恥ずかしそうに答えて、あたしの方へポークカレーボールを渡してくれた。
「いただきまーす」
ほくほくとした笑顔で、匠くんのポークカレーボールを味見した。“だし”の効いた和風味で美味しかった。
「うん、美味しい」
あたしがそう伝えたら、匠くんも「萌奈美のも美味しいよ」って言ってくれて、あたし達はそれぞれが持っていた食べ物をまた交換した。
「ちぇーっ、やっと涼しくなったってのに、やってらんないなー」
誉田さんがわざとらしくTシャツの襟をバタバタと扇ぎながらぼやいた。千帆や宮路先輩がくすくすと笑っていた。
「何だよ?」
匠くんは自分とあたしのことだって気付いて、ムッとした顔で訊ねた。
「いやー、お熱いなーと思って」
誉田さんがからかうような声で、ニヤニヤしながら答えた。結香も面白そうな視線でこっちを見ていて、思わず顔を赤くした。匠くんも狼狽して恥ずかしそうな、それでその恥ずかしさを隠そうとするみたいに怒ったような顔をしていた。
「先輩もあたしの味見する?」
千帆がくすくす笑って自分のを宮路先輩に示しながら聞いて、一方の宮路先輩はどぎまぎとした素振りで、「いや、いいよ」って焦って答えていた。
春音までが面白そうに薄く微笑みを浮かべてあたし達を見ていた。
もう!みんな、意地悪なんだから!匠くんと二人で顔を赤くしながら、心の中で文句を言った。
みんなが冷やかすかのような空気の中で、あたしと匠くんは知らん振りを決め込んで黙々と食べ続けた。
ご飯を食べ終えてから、マイク・和ゾウスキを匠くんと半分こして食べた。皮がもちっとしていて柔らかくて、中の餡子も甘過ぎず程よい甘さでとっても美味し かった。どうして甘いもの食べるとこんなに幸せな気持ちになれるんだろうって思うくらいに、さっきの事なんかすっかり忘れて自然と顔が笑っていた。
 


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