【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ Happy ,Happy New Year! 第3話 ≫


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今日は一日、ベッドの中でこうして二人でいちゃい ちゃしながら過ごそうか、何度目かの行為の後で匠くんと睦まじく肌を触れ合わせながら休憩していて、そんなことを思い始めた丁度その時、ベッドサイドに置 いていた携帯が鳴った。お正月早々から誰だろう?まさかまた聖玲奈かママからじゃないでしょうね?そう思って電話を放っておくことにした。しばらく鳴り続 けていた携帯はやっと諦めたように鳴り止んだ。
ほっとして匠くんに擦り寄ろうとして、今度は違う呼び出し音が響いた。匠くんの携帯だった。
どうする?問うように匠くんに視線を向けたら、匠くんは黙ってあたしの身体を引き寄せた。放っておこうって言っているのが分かって、嬉しく思いながら匠くんの胸元に口づけした。
鳴り響くコール音など聞こえないかのように、毛布の中であたし達は繭の中の蛹みたいに身体をぴったりと密着させて、丸まって抱き締め合っていた。
そして少しの間鳴り続けていた匠くんの携帯も停止した。これでやっと静かになった。二人してそう思った。でも。
間を置かず、またあたしの携帯が鳴り出したのだった。これには流石にあたしも匠くんもびっくりした。そして心配になった。何か一大事でも起こって、すぐに連絡を取らなきゃならないってあたし達両方の携帯に電話して来てるのかも知れない。
匠くんに目で合図をして身体を離すと、ベッドから跳ね起きて携帯を取った。
「もしもし?」緊張した声で電話に出た。
「もしもし、萌奈美?ア・ハッピーニューイヤー!」
一瞬間違い電話なの?って思えるくらい陽気な声が耳に飛び込んで来た。
「・・・結香?」
一瞬思考停止に陥っていた頭を再起動させると、聞き覚えのある声に思い当たって問いかけた。
「ピンポーン!って、新年のご挨拶してくれないの?」
「・・・あけましておめでとう」
内心呆れながらそれでも新年の挨拶を返した。
「アレ?新年早々元気ないねー?何かあった?あっ、佳原さんとケンカしたとか?」
「別に、そんなことないけど・・・」
あたしの声の調子に、結香は脳天気にそんなことを言ってきたので少しイラッと来た。
「それで、どうしたの?」
「え?」
「だから、何か用事があるんじゃないの?」
ちょっとキツイ聞き方になったかな?言ってから少し気になった。
でもそんなあたしの心配は杞憂だった。答える結香の声はあっけらかんとしたものだった。
「あ、そうそう。あのさ、みんなで会って新年会やろうよ」
あたしは眉を顰めた。
「新年会?いつ?」
「今日これから」
「今日お?」
結香の返事に思わず素っ頓狂な声を上げた。あたしの声に驚いた匠くんが身体を起こして、何事?って問うような眼差しをこっちに向けていた。
「今日って、だって、誰が来るの?」
「えっとね、千帆にはさっき電話して家にいて今日大丈夫って返事もらった。宮路先輩もお正月家にいるって言ってたって千帆話してたから多分大丈夫じゃないかと思う。いま千帆に連絡とって貰ってる」
「そうなんだ」
「でさ、萌奈美と佳原さんは?来れる?」
「え?」ちらっと匠くんに視線を向けた。どうしようか?みんなと会えるのは素直に嬉しいって思ったけど、でもちょっと惜しい気持ちもあった。匠くんとの密やかな時間をもっと過ごしていたいのも確かだったから。
言い淀んでいたら結香が声を潜めた。
「あ、ひょっとして本当に佳原さんとケンカしてるとか?」
何でそうなるのよ?心の中で抗議した。
「してないから」口ではそう答えた。
「じゃあ大丈夫だよね?敦ちゃんも佳原さんと会いたがってるし」
そういうことか。あたしは納得した。新年会には誉田さんも来るらしい。どうやら新年会は夏にディズニーランドに行ったメンバーでということらしい。あれ以来あたし達はたまにみんなで顔を会わせるようになっていた。
と言うのも、千帆と宮路先輩のカップルを除いては、あたし、結香、春音の三人とも年上の人、それも9歳とか結構年の離れた人と付き合っていて(でもあたし にしても、結香にしても、そんな年の差なんて全然気にならないくらい相手のことが大好きだし、二人ラブラブなのだ。ただ春音に関しては・・・正直なところ よく分からない)、彼氏がいる他の友達とグループデートできるような感じじゃなかったし、春音に至っては自分の通っている高校の先生と付き合うっていうリ スキーな恋愛(・・・あたしから見るとあの二人の関係は果たして「恋愛」って言えるのかなって疑問に思うところも多々あるのだけれど、でも恋も愛も色んな 形があるっていうし・・・多分、恋愛なんだよね?)をしていて、学校には絶対秘密にしなくちゃいけないしね。それで似たような境遇(?)に親近感もあっ て、定期的にグループで顔を会わせるようになったのだ。
「ちょっと待って」
結香に断って携帯を口元からはずした。
「匠くん、結香からなんだけど、今日これからね、誉田さんとかみんなで会って新年会しようって」
匠くんの方を向いて伝えた。
「今日これから?」
匠くんも突然の話にびっくりした様子で繰り返した。
頷いて「どうかなあ?」って首を傾げて聞いてみた。
「いや、別にいいけど・・・」
匠くんは戸惑いながらも答えた。匠くんにそう言われてちょっと残念な気がした。
「じゃ、いいの?」
確かめるように聞き返したら、匠くんは「いいよ」って頷いた。
携帯を口元に戻して返答した。
「もしもし、結香?匠くん、いいって。あたし達も大丈夫だよ」
「よかったあ」
電話の向こうから嬉しそうな結香の弾んだ声が届いた。その様子を嬉しく感じながら、「ま、いいか」って胸の中で思った。
「それでね」結香は言葉を続けた。
「萌奈美、春音に電話してくれる?あと春音から冨澤先生にも連絡して聞いて貰ってくれる?」
「うん、いいよ。わかった」
二つ返事で引き受けて、じゃあまた後で電話するね、って言って電話を終えた。
電話を切ったあたしは匠くんに謝った。
「ごめんね、急に」
「いや、全然。誉田さんとかと会うのは嫌じゃないし」
そう匠くんは答えた。
ちょっとがっかりしながら正直な気持ちを伝えた。
「でも、ちょっとね、残念な気もしてるの、本当は」
あたしの告白に匠くんは意外そうな顔をしてあたしのことを見つめた。
「だって、今日は匠くんとずっとベッドの中にいようかなあってそう思ってたから」
少し恥ずかしくも感じたけど、素直な気持ちをありのままに打ち明けた。
匠くんは少し驚いたような表情を浮かべたけど、すぐに優しい笑顔を見せてくれた。
「そうだね・・・確かに、少し残念だな。僕も」
言いながら匠くんはすっと手を伸ばしてあたしのことを抱き寄せた。素直に匠くんに寄り添った。素肌が触れ合って匠くんの温もりを感じた。
「じゃあ、また今度、そうやって過ごそう」
「今度っていつ?」
匠くんがそう言ってくれてとても嬉しかったけど、じれったい気持ちになって聞き返した。
匠くんはあたしの顔を見返してくすり、と笑った。きっと今あたしは、我が儘を言って「また今度ね」って親に言われて、不満げに「今度っていつ?」って聞き返す子供と同じ顔をしているんだった。
「そうだな、次に麻耶が丸一日不在の時、で、どう?」
匠くんは答えた。あたしはちょっと思案した。麻耶さんは仕事の関係で割合頻繁に朝早く出かけてその日は帰って来なかったりするので、その日は近々訪れるに違いないって思った。そう考えて頷いた。
「じゃあ、約束だよ」
匠くんの顔の前に小指を立てた。
「うん」匠くんは返事をしてあたしの小指に自分の小指を絡ませた。そして「指きりげんまん、嘘ついたら・・・」そこまで言ってから首を傾げて「・・・どうしようか?」ってあたしに訊ねた。
うーん、って眉間に皺を寄せて真剣に考え込んだ。
そして熟慮の末「じっくり考えとくね」って返答した。
「あ、そう」匠くんは何だか肩透かしを食ったような顔をしていた。
あたしは「・・・そういうことで、指切った」って匠くんと結んでいた小指を切って締めくくった。
本当は胸の中で一瞬、匠くんが約束破ったら誰にも絶対邪魔されない所に二人きりで泊りに行って、それでその間中ずっと、ムニャムニャ・・・って思ったりし たんだけど、ちょっと恥ずかしいので言わないことにした。そんなこと考えるあたしってやっぱすごくエッチかも、って思えてきた。
一人そんなことを思って顔を赤くしていたら、匠くんに怪訝そうな顔をされた。
「どうかした?」
「ううん!何でもない!」
誤魔化すように笑って慌てて首を振った。

春音に電話をかけたら、春音も自宅にいて何の予定もないっていうことだった。
結香からの電話の用向きを話したら、春音は「うん、別にいいよ」って答えた。それであたしは冨澤先生も来られるか聞いてみてくれる?って訊ねた。
「いいよ。電話してみる。また後で電話するから」
「うん、ありがとう」
あたし達は一度電話を終えた。
さて、と。あたしと匠くんは急いで支度を始めた。まずシャワーを浴びなきゃ、って思った。匠くんに聞くとあたしに先に入っていいよって言うので、あたしの携帯に春音から電話がかかって来ると思うから話を聞いておいてくれる?ってお願いしておいた。
シャワーを終えてリビングに戻ったら、匠くんが春音から電話があって冨澤先生も来られるとの返事だったって教えてくれた。早速結香に電話をかけた。
「春音も冨澤先生も来られるって」
あたしが告げると結香は「ホント?よかった」って嬉しそうな声を上げた。
「それで何処に集まるの?大宮?」
そうあたしが訊ねたら、結香は少し言い淀んだ。
「そうなんだよねー。まだ二日だと結構、お店やってなかったりするんだよね」
結香は誉田さんが馴染みのお店に何件か電話してみたんだけどお休みだった、って打ち明けた。
「まあ、集まってからウロついて行き当たりばったりでやってるお店に入ってもいいんだけどね」
お気楽な感じで結香が言った。確かに最近ではお正月も元日や二日から開いているお店も結構あるし、それでもいいかも知れない。
そこでふと考えついた。
「結香、ちょっと待ってて貰っていい?」
「え?うん、いいけど?」
結香に断って電話を一旦切った。そしてバスルームに行ってシャワーを浴びている匠くんにドア越しに呼びかけた。
「匠くん!」
シャワーの音に負けないように大きな声を出した。
シャワーが止まりドアが細く開いた。髪の毛からぽたぽたと水滴を滴らせている匠くんが顔を覗かせた。
「何?」
「あのね、みんなのこと家(うち)に呼んじゃ駄目?」
「此処に?」
突然の話に少し匠くんは面食らったみたいだった。
「うん。お正月だし割りとお店やってないみたい。結香は大宮だったら開いてるお店もあるだろうから、集まってからお店探してもいいんじゃないかって言ってるけど、それだったら家に来ればゆっくり寛げるかなって思って」
あたしの説明を聞いて匠くんは少し思案していた。
・・・やっぱり駄目かな?匠くん、あんまり家に人が集まるの好きじゃないみたいだから、やっぱり嫌かな?
安易に考えて匠くんに聞いてみたものの、少し不安になり出していた。匠くんが嫌だったらどうしよう、匠くんが人を呼んだりするの好きじゃないって知ってる 癖に、そんなこと言い出すあたしのことを匠くんはどう思うだろう?あたしのこと、もしかしたらムッと来てたり、イラッと思ったりしてるかも知れない。あた しは心配になった。
「あの、匠くん・・・」
前言を撤回しようかって思って、呼びかけた。
「ああ、うん・・・」
考え込んでいた匠くんは、あたしの呼びかけに答えて視線を向けた。
「うん、いいけど?」
軽い口調で匠くんは言った。
「え?」諦めようかって思っていたので、意外な返答に間の抜けた返事をしてしまった。
「いいよ、って・・・いいの?」
恐る恐る、っていう感じで確かめた。
「うん。いいよ。」
あたしの反応に不思議そうな顔をしながら匠くんはもう一度答えた。
「本当にいいの?」
「え、何で?本当にいいよ」
「でも、匠くん本当は嫌じゃない?」
あたしがしつこく聞き返すので匠くんは怪訝そうだった。
「え、嫌じゃないけど?どうして?」
匠くんに逆に聞き返されて、不安を感じながら匠くんの様子を伺うように上目遣いで見つめた。
「だって・・・匠くん、家に人が集まるの好きじゃないのに、あたしよく考えもせずにみんなを家に呼ぼうとして、匠くん本当は怒ってない?」
不安そうな声で訊ねるあたしに、匠くんはなんだ、って顔を綻ばせた。
「いや、まあ、確かにね。そんなに家に大勢人が集まったりするの好きじゃないけど」
匠くんがそう言うのを聞いて、やっぱりって思い、更に不安が募った。
「でも、大丈夫だよ。あのさ、いつも麻耶が呼ぶような騒々しい連中ははっきり言って嫌なんだけど、萌奈美の友達とか誉田さんや冨澤さんだったら嫌じゃないから。全然、構わないよ」
「本当?」
まだ不安そうに訊ねるあたしに、匠くんは呆れたような困ったような顔を浮かべて苦笑した。
「本当は嫌なのに無理していいよ、なんて言わないよ」
そう話して匠くんは目を細めて優しく微笑んで付け加えた。
「萌奈美に嘘ついたりしないよ」
匠くんにそう言われてやっと安心した。
「よかった」
「急いでシャワー浴びちゃうからさ、みんなが来る前に買出しに行って来よう」
そう告げる匠くんの様子は言葉どおり嫌々って感じなんか少しもなくって、むしろ楽しそうに感じられた。心から安心した気持ちになりながら、うん、って頷いた。
「あたし、掃除機かけとくね」
閉じるドアに呼びかけると、あたしは弾む心でリビングに戻った。結香に電話をし直して、家(うち)に集まらない?って聞いてみた。
「え?佳原さんの部屋に?」
思いがけない提案だったらしく結香は驚いた声で聞き返した。
「うん。匠くんもいいって言ってくれてるから。どっかお店探して入るより家に集まった方がゆっくりできるし寛げるんじゃない?」
「・・・でも、いいの?迷惑じゃない?」
結香が遠慮がちに聞いてきたので、即座に「全然」って答えた。
「あたしも匠くんも歓迎するよ。みんなが来てくれるとすっごく嬉しい」
あたしの言葉を聞いて結香も安心したみたいだった。それじゃあ、お言葉に甘えてそうしようっと、って弾む声で結香は言った。2時に集合ということになった。
「武蔵浦和駅出たらすぐ近くだから。多分分かると思うけど、一応駅に着いたら電話くれる?道案内するね」
「うん、分かった。じゃあ、千帆にはあたしから連絡するから春音に連絡してくれる?」
「いいよ。あ、それから、食べ物はみんなの持ち寄りってことでお願いね」
あたしがそう言ったら、結香は笑いながら応じた。
「そんなのモチロンだよ」
結香との電話を終えて、今度は春音に電話した。春音に、家(うち)に集まって新年会をすることになったからって伝えたら、春音はちょっと驚いたみたいだった。
「そうなんだ」
「うん。だから冨澤先生にも伝えてくれる?」
春音はわかった、って言い、それから「でも、いいの?」って聞いてきた。
「うん。匠くんも全然構わないって言ってくれたよ。もちろんあたしも大歓迎だから」
弾んだ声であたしが言うと、春音も納得したみたいだった。
「あ、それから当店はお食事お飲み物はお客様の持ち込みとなっておりますのでよろしくお願いします」
おどけた口調であたしが言ったら、春音は和んだ声で答えた。
「OK。冨澤に気の利いたもの買って来るよう伝えとく」
いえ、別にそんな高いもの買って来なくてもいいんですけど・・・春音の口振りに少し心配になった。冨澤先生のお財布は大丈夫かな?
春音にも武蔵浦和駅に着いたら道案内するから電話して、って伝えて電話を終えた。
それからあたしは掃除機を運んで来ると、大急ぎで部屋の掃除を始めた。

手早く掃除機をかけ終えて、あたしは身支度をした。生乾きの髪にドライヤーをかけてセットして、ほんのちょっとだけお化粧した。
匠くんと一緒に暮らすようになってから麻耶さんがメイクの仕方を色々と教えてくれたので、あたしもそれなりにメイクできるようになって来た。「萌奈美ちゃ んはやっぱりナチュラルな方が似合うね」って麻耶さんが言って、すごく簡単にナチュラルメイクの仕方を教わった。ファンデーションやチークを薄く塗った り、浮いた感じのしない色合いのピンクのルージュを塗ったりとか、それ位。
シャワーを終えた匠くんも髭を剃ったり髪を乾かして髪型を整えていた。匠くんの無精ひげもすっかり見慣れたものになって、二日位髭を剃らなかったりして、 無精ひげを伸ばした匠くんも何だかちょっとアダルトというかワイルドというかそんな印象で、あたしはそんな匠くんも悪くないなって思ってる。前に麻耶さん と話しててどんな脈絡でだったか忘れたけどあたしがそう言ったら、匙を投げるような感じで麻耶さんは「つまりは何だっていいんでしょ。恋は盲目ってホント だよね」って呆れ返っていた。

支度を済ませたあたし達は武蔵浦和駅の下にあるマルエツに出掛けた。お酒のおつまみだとかお菓子だとか2リットルのペットボトルだとかで買い物カゴをいっぱいにした。
出来合いばっかりだとちょっと寂しい感じがしたので、ブルスケッタとか手の掛からないのをちょこっと作ろうって思って、トマト、フランスパン、バジルを 買った。オリーブオイルとにんにくは家にあるし。野菜売り場を眺めながらそんなことを考えていて、ふと思い付いてあたしの後ろについてカートを押してくれ ている匠くんを振り返った。
「匠くん、アラビアータ食べたい?」
「え、でも萌奈美、面倒くさくない?」
「匠くんが食べたいかどうか聞いてるの。匠くんは食べたい?」
あたしが聞き返すと、匠くんはあたしの強い態度に気圧されたように目をぱちくりしていたけど、素直にうん、って頷いた。
「食べたい」
匠くんの返事ににっこりと笑った。
「うん、じゃあ作るね」
改めてアラビアータの材料を求めてくるりと踵を返した。匠くんもあたしを追って慌ててカートをUターンさせた。
あたしも匠くんもイタリアンが好きで、中でも匠くんはペンネ・アラビアータが大好きだった。アラビアータを食べてる時の匠くんは(あたしの作った料理を食 べてる時はいつでも嬉しそうにしてくれて、必ず「美味しい」って褒めてくれるけど、いつにも増して)すごく嬉しそうな顔をするので見ていてあたしもとって も嬉しくなる。
「ありがとう」
後ろからそっと声が聞こえた。振り返って、ううん、って笑顔で答えた。

買出しを終えて部屋に戻り、料理の下ごしらえだけしておくことにした。匠くんも何か手伝おうか?って言ってくれたので、使い終わったボールや菜ばしやお皿を洗ってもらった。
料理の下ごしらえを済ませて、お客さま用にグラスとか取り皿とかを濯いで拭いておいたりしている内に瞬く間に時間が過ぎていった。
ダイニングテーブルの上に置いてあった携帯が鳴った。リビングに掛けてある時計を見たらもう2時になるところだった。結香からだって思った。
「もしもし?」
電話に出ると思ったとおり結香の声が答えた。
「萌奈美?今、千帆達と一緒に武蔵浦和の改札出たトコにいるんだけど」
「じゃあねえ、改札出て右手に進んで。そのまま歩行者デッキになってて、道路を渡って向かいにある大きなビルの方に行けるから。LAMZAタワーって表示のあるビルの間をずっと抜けて、デッキを右の方に行くとマンションの方に来れるから」
あたしがかいつまんで道順を教えると、結香は少し自信のなさそうな声で返事をした。
「えーと、通話このままにしといていい?分かんなくなったら聞くから」
「うん、分かった」
それから結香と通話した状態のままで、結香が「あ、LAMZAタワーってあった。ここ抜けてくのね?」って聞き返すのに「うん。LAMZAタワーを右手の方に抜けていけるから。真っ直ぐ奥まで進んで」ってアドバイスした。
「突き当たり来たよ。これを右ね?」
「うん。隣のビルに渡っていけるようになってるでしょ?」
「ああ、分かった。うん」
どうやらマンション棟までは辿り着けたみたいだった。あたしは携帯で住居者用のエントランスへと誘導した。
ピンポーンってチャイムが鳴った。インターホンの受話器を取ったら、モニターの画面にエントランスにいる結香達の姿が映った。
「いらっしゃい」
インターホンの受話器を通して告げて、エントランスのオートロックを解除した。
程なくしてチャイムが二回鳴り、玄関から鳴らされたのが分かった。
あたしと匠くんは玄関に行って鍵を開けた。
玄関のドアを開けて、あたしは「ようこそ、いらっしゃいました」って告げた。
「お招きどうもありがとうございまーす」
「どーも。あけましておめでとー」
「萌奈美、あけましておめでとう」
「新年おめでとうございます」
開いた途端に言葉の洪水が押し寄せてあたしは溺れそうになった。慌てて「あっ、はいっ。あけましておめでとうございます」って誰にともなく挨拶をして頭を下げた。
ワンテンポ後から匠くんがみんなに向けて「あけましておめでとうございます。今年もよろしく」って言った。タイミングを見計らったみたいな絶妙さだった。みんなが声を揃えて「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」って頭を下げていた。
匠くんの間の取り方に感心しながら、ドアを大きく開け放して「どうぞ、上がってください」ってみんなを招き入れた。
「お邪魔しまーす」
誉田さんが元気よく挨拶しながら靴を脱いで上がると、続いて他のみんなも口々に「お邪魔しまーす」って言いながら部屋の廊下を上がっていった。ドアを抑えているあたしに、千帆がにこっと笑いかけてきた。
「萌奈美、あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「あけましておめでとう。こちらこそよろしくね」
「それから今日は呼んでくれてありがとう。お邪魔します」
「うん。遠慮しないで寛いでね」
「ありがとう」
あたし達は笑い合って言葉を交わした。
千帆が玄関を上がって行くのを見送ると、玄関口に春音が最後まで残っていた。
「あけましておめでとう」
春音に笑いかけた。
「おめでとう。今年もよろしく」
ちょっと素っ気無いような挨拶。でもそれだけで通じ合えてる。
「こちらこそ今年もよろしくね」
何だか嬉しくなってにこにこ笑いながら答えた。
あたしに釣られたのか、春音もちょっと顔を綻ばせた。
「どうぞ、早く上がって」
あたしは春音を促した。
「うん、お邪魔します」
春音はちよっと照れてるのか、俯いて小声で言って靴を脱いだ。
あたしも玄関の鍵を閉めて、ぱたぱたと小走りでみんなを追いかけてリビングに入った。
「ふーん、ここが萌奈美と佳原さんの愛の巣かあ」
結香が部屋の中をまじまじと眺め回しながら、恥ずかしげもなく呟いた。って言うか、むしろこっちの方が恥ずかしいっつーの!
「でも駅近だし、部屋広いし、すごいっすね」
誉田さんが感心しながら言った。
「いや、賃貸だし、それも妹の事務所が大分出してくれてるんで。僕一人の収入じゃとてもとても」
匠くんは面映そうに説明していた。
「でもすごーい。お洒落な部屋でドラマみたい」
千帆が目を輝かせて部屋の中を見回している。
「インテリアも全部麻耶さんが見立てたんだよ。麻耶さんてほんと、すっごくセンスいいんだよ」
あたしは説明した。
「妹さん、モデルやってるんですよね?今日、いないんですよね?残念だなあ。一度お目にかかりたいなあ」
うっかり口を滑らせた誉田さんが結香にすごい視線でギロリと睨まれて、みんなの失笑を買っていた。
「こんな部屋で暮らせて萌奈美いいなあ。すごい素敵」
千帆があたしを見てうっとりと憧れるように言ったので、あたしは「うん」って頷いた。本当にこんな素敵な部屋で匠くんと一緒に暮らせてものすごく幸せだ し、麻耶さんと一緒に暮らすのもとても楽しかったから。改めて考えてみて何だかとても信じられなくて夢のような毎日に思えた。
「あたしも結婚したらこんなマンションで暮らしたいなあ」
夢見るように千帆が言って、宮路先輩が何だか慌てふためいていた。千帆と宮路先輩の間では、そんな話はさすがにまだ遥か遠い先のお話なんだろうなあ、多分。
って、まだあたしと匠くんも結婚してないんだけどね。もっとも、すっかりみんなの間では事実上そう受け止められているみたいだった。

みんないろいろと持ち寄って来てくれて、ドーナツ、ケーキ、スナック菓子、お酒のおつまみの類、缶チューハイ、シャンパン、ワイン、ビール、ウーロン茶、海苔巻き、巻き寿司、お稲荷さん、おにぎり等々、それだけでテーブルの上は一杯になってしまった。
とりあえずケーキ類とワインは冷蔵庫にしまっておくことにして、スナック菓子を何種類か大皿に開けて並べたり、海苔巻きや巻き寿司をお皿に盛って出した。 それからまずは新年をお祝いしてシャンパンで乾杯をしようってことになった。あたし達未成年者もお祝いで一口だけってことでお許しを貰って乾杯に参加し た。誉田さんがシャンパンの栓を開けてみんなのグラスに注いでいった。昨日実家で飲んだのはブランシュだったけど、今日のはロゼだった。
みんなのグラスに注ぎ終わって誉田さんが咳払いをした。
「えー、新年を迎え、こうしてみんなで元気に顔を合わせることができて非常に嬉しく思います。昨年はプールに行ったり、ディズニーランドに行ったり、飲み 会、もとい食事会を開いたりしてとても楽しかったです。今年も昨年以上にみなさんと親睦を深められたら嬉しいなって思います」
誉田さんの言葉に小さく頷いた。このメンバーでもっと仲良くなれたらいいなって本当に心から思った。
「それでは、新しい年を祝しまして、僭越ながら乾杯の音頭を取らせていただきます」
誉田さんの何だか職場の宴会のような言い回しが面白くて、あたし達高校生はくすくす笑ってしまった。
「それではみなさん御唱和お願いします。かんぱーい!」
あたし達は笑いながら、誉田さんに続けて声を揃えて「かんぱーい!」って唱えた。カチン、とグラスの触れ合う涼やかな音が響いた。
ピンク色のシャンパンは昨日飲んだ白のシャンパンよりは少し酸味が強くて甘みが少なかった。ちょっと渋みがあるような感じだった。あたしには美味しいとは言い難かったけれど、でも楽しい気分に釣られて何となく飲めてしまった。
グラスを置いて席を立ってキッチンに行き、持って来てくれた何種類かのチーズを切ってクラッカーの上に乗せてお皿に並べた。
「萌奈美、あたし達も手伝うよ」
千帆と春音がキッチンに来て言ってくれた。
あたしが「うん、大丈夫だよ」って答えたら、「遠慮しないで言ってよ」って千帆が心外そうに言うので、チーズを切るのをお願いすることにした。
「あたしも手伝うよ」って春音も言ってくれた。
せっかくの好意なのでありがたく申し出を受けることにして、春音にはフランスパンを切ってバターを塗り、にんにくを擦り付ける作業をしてもらった。
「にんにくを塗り終わったら、オーブンで焼いてくれる?オーブンもう温めてあるから」
あたしがお願いしたら、春音は「OK」って答えた。春音はさりげなく料理も上手だったりする。かと言って頻繁に冨澤先生に手料理をご馳走してあげてる訳で もないみたい。不思議に思って「何で?」って聞いたら、「別に誰かに食べさせるつもりで料理する訳じゃないから」って春音は答えて、「人に頼らずに自分一 人で何でも出来るようになりたいから覚えただけ」って付け加えた。なんだかちょっと淋しい理由じゃないかな?あたしがそう聞き返しても、春音は「別に」っ て少しも気にしていない顔で答えていたけど。
ブルスケッタは春音に任せることにして、アラビアータにとりかかった。もうソースの方は作ってあったので、ペンネを茹でて温め直したソースと絡めればいいだけだった。
大きな鍋でお湯をぐつぐつと煮立てていると、春音がソースの匂いを嗅いで、それからペンネの袋がキッチンに出ているのを見て「ペンネ・アラビアータ?」って聞いた。
「うん。そう」
あたしは頷いた。
「匠くんが大好きなんだ」
「ふーん」
聞かれてもいないのにあたしが理由を言ったら、春音はあまり興味なさそうに相槌を打った。あたしは匠くんの好きな料理を作るの楽しいけどなあ。それであた しの作った料理を匠くんが嬉しそうに食べてくれるとすごく嬉しいし幸せだけどなあ。春音はそういう気持ちになったりしないのかなあ?
お湯が煮立ったので塩を適量入れ、グラムを計ったペンネを入れた。
「そうやってるトコ、まるで新妻って感じだね」
キッチンに来て冷蔵庫から缶チューハイとお茶のペットボトルのお替りを出している結香が、あたしをまじまじと見て言った。
「えっ」
突然言われてどぎまぎした。それはまあエプロン着けてるしね、そう言ってもらえて嬉しい気持ちもあるけど、でも面と向かって言われるとちょっと恥ずかしかった。
「そ、そう?」
落ち着かない気持ちで聞き返した。
「うん。若奥様って感じで初々しくて可愛いよ」
結香は冷やかしって感じでもなく言って、冷蔵庫を閉めて缶チューハイとペットボトルを抱えながらリビングに戻っていった。
あたしはあんなこと言われて嬉しくて、内心、えへへ、ってにやけていた。
「パスタ、茹で過ぎないようにね」
浮かれた様子のあたしに春音が冷ややかに釘を刺した。

ペンネ・アラビアータとブルスケッタを一緒のタイミングで完成させて、それぞれ大皿に載せてリビングのテーブルに運んだ。
「よかったら味見してください」
テーブルに大皿と取り皿を置きながらあたしが言うと、「すげー、萌奈美ちゃんが作ったの?ありがとー」って誉田さんが大袈裟に感激して見せた。
「佳原さんの大好物なんだって」
春音がブルスケッタの載ったお皿を置きながらしれっとした声で言った。
「あ、そーなんだあ」
すかさず結香が感心するように匠くんへ視線を向けた。釣られるように誉田さんも冨澤先生も匠くんの方を見た。匠くんは照れて見る見る顔を赤くしていた。
もおっ、春音の意地悪っ!みんなには気付かれないように春音を睨んだ。春音はあたしの視線に気付いても涼しい顔だった。
いーもん!どうせ冷やかされちゃうんだったら、気にしないもんっ!心の中で開き直って取り皿にアラビアータを取り分けると、真っ先に匠くんに差し出した。
「はいっ、匠くん」
どうだ!っていうつもりでにっこりと笑顔を作った。
「あ、うん、ありがとう・・・」
匠くんは呆気に取られつつ、どぎまぎとしながらあたしの差し出したお皿を受け取った。
妙にみんなの注目を浴びて、何だかぎこちない感じで匠くんはペンネ・アラビアータをフォークに刺して口に運んだ。
笑顔のまま、でも内心緊張していた。いつも匠くんがあたしの作った料理の最初の一口を食べる時はどきどきしてしまう。それが匠くんの大好物だったら余計心配になる。匠くんは本当に美味しいって思ってくれるかな?って心配になる。
一口食べた匠くんの顔が緩んで笑顔が浮かんだ。幸せそうな笑顔だった。
「うん、美味しい」
良かった。匠くんのその一言でほっとして、そしてたまらなく嬉しくなる。あたしが匠くんをこんな風に幸せにしてあげられて、よかったって心から思える。ものすごく嬉しくて、匠くんににっこり笑い返した。
「へえ」意外そうな顔で誉田さんは感心したように声を漏らした。
「佳原さん、そういう顔するんですね」
指摘されて匠くんは少し眉間に皺を寄せた。
「そういう、ってどういうのだよ?」
抗議する口調で匠くんが言い返した。そしたら誉田さんは全然臆さずに答えた。
「いや、だから、なんて言うかな・・・美味しいもの食べられて幸せ、って感じ?」
「・・・悪いか。僕だって美味しいもの食べたら美味しいって顔くらいするし、幸せだと思ったりもするんだけど?」
言外に人をなんだと思ってるんだ?っていう抗議を含ませて匠くんは言い返した。
「あ、こりゃ失敬。いや、佳原さんてもっと何て言うの?ドライっていうかさ、あんまり感情とか表に出さないタイプで、美味しいとかそういうこと言わないもんかと思ってたので」
「ああ、でも、誉田さんが言うの何となく分かるな」
誉田さんの言葉に冨澤先生も同意を示して言った。
「そうかな?」
匠くんはちょっと戸惑った様子で言い淀んだ。思わずあたしは匠くんの味方をして口出ししていた。
「違うよ。みんながちゃんと匠くんをよく見てないんだよ。匠くんはいつも気持ちを伝えてくれるし、美味しいとか嬉しいってちゃんと口に出して言ってくれるよ」
あたしがそう言うと結香も千帆も宮路先輩も意外そうな顔だった。
・・・みんなは匠くんを誉田さんが言ったような感じで見てるのかな?ドライで、あんまり感情を表に出さないで、思ったことを口に出さなくて、無表情で無感情な人だって、そんな風に思ってるのかな?
そりゃあ、ちょっと・・・っていうか結構?人付き合い悪いところあるし、愛想悪いところもあるかも知れないけど・・・あるけど、さ。・・・でも、だからっ て匠くんが冷たくて優しくない人間だなんてことじゃないし、思いやりがない訳じゃないし、むしろ少し照れ屋さんで自分の感情を素直に表現することを躊躇っ てしまうところはあるけど、心の中にはすごく温かい優しさや思いやりがいっぱい詰まっているんだって、あたしはそういつも感じてる。
当の匠くんはというと、少し困ったような顔をしていた。ちょっと嬉しそうな、ちょっと照れくさそうな、そして少し言い過ぎだって言いたげな・・・
「そうなのかもね。萌奈美がやっぱり佳原さんにとってとても特別な存在なんじゃないかな?」
春音がちょっと面白そうに言った。
そうかな?何だかまだちょっと腑に落ちないところはあったものの、匠くんが自分からは反論したりしないで聞き流している様子でいるので、あたしもそれ以上言い返すようなことはしなかった。
それでも、あたしの中から思わず本心が零れ落ちた。
「別にいいんだ。あたしにだけ優しければ。他の誰にも優しくして欲しくないもの。あたしにはその方がいい」
あたしだけが匠くんにとって特別な存在であればいい。匠くんの優しさ、思いやりがあたしだけに向けられるものであればいい。他の誰かに向けられているのを 目にしてしまったら、きっとあたしは落ち着いてなんかいられなくなる。心の中できっと激しい嫉妬が渦巻いてしまうに違いないんだから。
「いいんじゃないのかな?」
ぽつりと千帆が言った。
「そういう萌奈美、恋してるって感じ。いいと思う」
つい言ってしまってから今になって気持ちのやり場に困っているあたしに千帆は笑いかけてくれた。
「そーだよねえ」
相槌を打って結香が口を開いた。
「こいつなんかさあ、誰にでも愛想いいもんだから困っちゃうよ。本当、人の気持ち少しは考えろっつーのよ」
隣に座る誉田さんを指して結香は悪態をついた。
「ちょっ、おいっ、こっちに飛び火してくんのかよっ」
突然槍玉に挙げられて誉田さんは目を白黒させていた。
「そもそもあたしっていう彼女がいるのに、敦っちゃん、誰彼構わず愛想振り撒き過ぎなんじゃないの?況して若い女に向かってさあ。前々からいつかきっちり言っとこうと思ってたんだけどさ」
「何も新年迎えたばかりのこの場で言わなくてもいーじゃん」
「新年を迎えて絶好の機会じゃないの。丁度いいじゃん。新年の誓いでさ、もうこれからは若い女には愛想振り撒きませんって。みんなの前で誓っといたら?」
段々と夫婦(めおと)漫才の趣きに傾きつつある二人のやり取りに、ついあたしは顔を綻ばせてしまった。千帆と宮路先輩も面白そうに笑っている。
「そんなこと言ったら、付き合ってる筈なのに春音から優しさの片鱗さえ見せてもらえない僕の場合はどうなんだろ?」
絶妙のタイミングで冨澤先生がぽつりと漏らし、その途方に暮れたような面持ちに一同爆笑してしまった。ちょっと可哀相で笑っちゃ悪いなって心苦しくはあったけど、でもみんなに混じってあたしも声を上げて笑ってしまった。

冨澤先生が笑いを取って(本人はその気は全くなかったのかも知れなかったけど)一気に場が和んで、それからみんなで飲んで(あたし達未成年は主にジュース とかお茶でだったけど、念のため。それでも結香が「お正月だし、無礼講ってことで」って無理やりにこじつけてワインをせがんで、冨澤先生も匠くんも余りい い顔はしなかったけど少しだけならってことで、ワインを舐める程度飲ませて貰えたりもした)、食べて、笑って、楽しく過ごした。
ペアで対抗してWiiスポーツをやったり、マリオをしたりモンスターハンターをやったりした。あたしは実際の運動は苦手だけどWiiスポーツは意外に上手 いのだ。(ただの慣れだっていう話もあるけど・・・)それにマリオも実は匠くんより上手かったりする。(前に若さの差でしょ、って冗談で言ったら、匠くん は本気で落ち込んでしばらく拗ねて口を利いてくれなかったことがあって、あの時は本当に焦った。)モンスターハンターでは男性陣がやたらに対抗意識を燃や していて、男の人ってこういうの好きだなー、ってあたし達女の子一同はちょっと呆れてその白熱ぶりを冷ややかに眺めてたりした。
なんだかあっという間に時間が過ぎてしまって、気が付いたらすっかり外は暗くなって来ていた。時計を見るともう7時を回っていた。家(うち)は今夜も麻耶 さんは不在だし遅くなっても全然大丈夫だったし、結香ん家は誉田さんが一緒だって分かってるから多少遅くなっても大丈夫だろうけど、千帆や宮路先輩、春音 は遅くなると家の人が心配するだろうから、まだ去り難い空気が部屋には流れていて、みんな心の中で残念がってはいたけど、お開きにすることになった。
あたしと匠くんは駅の改札までみんなを見送った。
「じゃあみんな気をつけてね」
改札の手前でみんなに手を振りながら言った。
みんな振り返って手を振り返してくれた。
「じゃあね。今日は楽しかった」
「どうもお邪魔しました」
千帆と宮路先輩が仲良く並んで返事を返した。笑顔で頷いて手を振り続けた。
「萌奈美、今日はありがとうね」
結香が言ったので、あたしはうん、って頷いた。
「佳原さん、萌奈美ちゃん、どうもお邪魔しました。すっごく楽しかった。どうもね」
誉田さんが嬉しそうに笑ってあたし達二人に手を振った。
「またいつでも来てくださいね」
少なからず本当にそう思いながら返事をした。
「おっ、サンキュー。そんなこと言われたらみんなで入り浸っちゃうよ」
誉田さんが軽口を言って返して、匠くんも顔を和ませながら「本当に萌奈美の言うとおり、またいつでもどうぞ」って告げた。
その言葉を耳にしてあたしは隣の匠くんを伺い見た。匠くんはそんな口先だけの愛想を言うような性格じゃないし、匠くんも本心で言ってるんだって分かった。あたしと同じ気持ちでいてくれるのが分かって、とっても嬉しくなった。
「じゃあ絶対近いうちにまたお邪魔させてもらいますから」誉田さんも嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「おやすみ、萌奈美」
春音が控えめに言った。
「うん。おやすみ。帰り、気をつけてね」
あたしが手を振りながら言うと、春音は頷いて、ちょっとだけ手を上げて返事を返す仕草をした。
「佳原さん、阿佐宮さん、今日は楽しかった。ありがとうございました」
さりげなく春音の横に佇んでいる冨澤先生があたし達に挨拶した。
「こちらこそ楽しかったです」
「また志嶋さんとも来てください。帰り、気をつけて」
あたし達は二人でそれぞれ返事を返した。
お正月でいつもより行き交う人の少ない武蔵浦和駅の構内を、埼京線と武蔵野線のホームの二手に分かれて行くみんなの後姿を、あたし達二人はずっと見送り続けた。
やがてみんなの後姿が見えなくなって、匠くんがあたしの手を取って「さ、帰ろうか」って言った。みんなが帰ってしまってちょっと淋しい気分になっていたので、自分を元気づけるつもりでやたらと元気な声で「うん」って答えた。
お正月気分でひっそりとしている夜の空気を吸い込んで、あたしと匠くんは繋ぎ合った手を楽しげに振りながら、歩行者デッキを辿ってマンションへと戻った。
 


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