【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ Happy ,Happy New Year! 第1話 ≫


PREV / NEXT / TOP
 
テレビではもうあとほんのちょっとで新年が訪れることを伝えていた。
あたしと匠くんはソファで二人、肩を並べて寄り添っていた。
麻耶さんはお友達とカウントダウンパーティに出掛けていて、今部屋にはあたしと匠くんの二人きりだった。あたし達も麻耶さんからパーティに誘われたけど、 モデルさんとか業界の人が集まるパーティらしく、そういう華やかかつ賑やかな場が大嫌いな匠くんはもちろん即座に断っていたし、あたしもそういうのは苦手 だったし匠くんと二人でいられる方が断然嬉しかったのでお断りしたのだ。
更に麻耶さんはパーティが明けてから、そのまま仲良しのお友達(あたしと匠くんが面識のある栞さんも一緒らしい)と箱根の温泉に出掛け、年明けの4日まで帰って来ないっていうことだった。
そういう訳で、匠くんと出逢った記念すべき年の終わりと、そしてあたしと匠くん二人の関係も二年目を迎えることになる新しい年の訪れを、あたしは今匠くん と二人きりで過ごしていた。(麻耶さんが出がけに「年末年始を萌奈美ちゃんと二人っきりで過ごせてよかったでしょ。兄思いの妹に感謝してよね」って匠くん に言っていた。匠くんは「何、恩着せがましく言ってんだ」って一蹴していたけど・・・でも、あたしはものすごく嬉しくて、実のところ胸の中でやったー!っ て快哉を叫んでいた。)
今年の紅白歌合戦も先程白組が勝利を迎えて終わっていた。できれば去年の紅白を匠くんと一緒に見たかったなあ、って思ったりした。だって去年の紅白にはミ スチルが出てたんだもん。去年の紅白は家族みんなで見てたんだけど、中でもミスチルの「GIFT」に感動したのを覚えている。ミスチルへの思い入れが断然 違う今、匠くんと一緒に見たらもっともっとすごく感動しちゃうだろうなあ、ってあたしは思い浮かべていた。
民放各局は賑やかな感じでカウントダウンをしているけれど、厳かな雰囲気が新年を迎えるのに似つかわしい感じがして、NHKのゆく年くる年をつけていた。
「もうすぐ2009年も終わっちゃうね」
あたしは匠くんの肩に頭を載せて、この一年を感慨深く思い返していた。
思えば今年はあたしの人生をひっくり返すような、ものすごい激動(?)の一年だった。匠くんと出逢い、匠くんと想いを通わせ、匠くんと将来を誓い合い、匠 くんと一緒に暮らすようになった・・・まさにあたしの人生の転機みたいな出来事が矢継ぎ早に起きた年だった。そして、とーっても幸せな一年だった。思い出 すだけで、胸が甘く温かい気持ちでいっぱいに満たされてしまう位、ものすごく素敵な年だった。そして匠くんと一緒に二人で生きていく新しい年も、絶対に素 晴らしくて幸せな日々がやってくるのがあたしには分かっている。
「うん」
匠くんは頷いた。何だかその短い一言に匠くんの気持ちがぎゅうぎゅうに詰め込まれているような、そんな感じに聞こえた。匠くんもあたしと同じ気持ちでいるんだって分かった。
「何だかすごい一年だったね。それですっごく素敵で幸せな一年だったよね」
甘えるように言った。
「そうだね、本当に。僕もそう思ってる。萌奈美と出会えて最高に幸せな年だったよ」
匠くんはあたしの髪に口づけをしながら答えた。すごくくすぐったくて甘い気持ちに胸を浸されて肩を竦めた。
「新しい年も幸せな年になるよね?」
そんなこと聞かなくても分かってるのに、匠くんにもっと甘く囁いて欲しくて聞き返した。
「もちろん」即座に匠くんが答えた。
「萌奈美と一緒に、今年や来年だけじゃなくて、その次の年もそのまた次の年も、これから先ずっと、最高に幸せな毎日を二人で生きてくんだ」
匠くんの言葉はあたしの心を温かく潤してくれた。全身がぽかぽかとした陽だまりのような幸福に包まれる。
「絶対だよ。ずっとずっと二人で一緒に生きてくんだからね」
確かめるように言いながら匠くんに抱きついた。
匠くんはあたしを抱き止めて、優しく頭を撫でてくれた。
「うん。絶対に。約束するよ」
あたしは匠くんの返事に胸がいっぱいになって言葉が出て来なくて、匠くんの胸に顔を埋めながら強く頷いた。
「絶対」も「約束」も、そのどちらも匠くんが口にすることを極度に避けている言葉だった。どんな簡単な約束だって100パーセント守れる保証なんてない。 絶対なんてない。その言葉を告げて自分が責任を負えるのか、いつも匠くんは自分に懐疑を抱いているから。でも今、匠くんはあたしにその言葉を告げてくれ た。匠くんは匠くんの全力を尽くしてその言葉を実行してくれるに違いなくて、それが分かってたまらなく嬉しかった。あたしもあたしの全てを賭けて、この先 の未来を匠くんと一緒に生きていこう、絶対に、って心の中で約束した。
「萌奈美、年が明けるよ」
匠くんの言葉にはっとしてテレビ画面に視線を向けた。
画面の左上の時刻表示が「11:59」から「0:00」に変わる瞬間を、じっと見つめていた。
テレビのアナウンサーが「あけましておめでとうございます」って挨拶を告げた。
「あけましておめでとう」
その声に、視線をテレビから離し匠くんへと向ける。
匠くんの笑顔が瞳に飛び込んできた。
釣られるようにあたしも顔を綻ばせて返事をした。
「あけましておめでとう」
それから神妙な気持ちで少し改まった口調で続けた。
「あの、今年もよろしくお願いします」
匠くんは優しい眼差しで微笑んだ。
「こちらこそ。よろしくお願いします」
視線がぶつかると何だかくすぐったくて嬉しくて、しがみ付くようにして匠くんの胸に顔を埋めた。
匠くんもぎゅうっとあたしを抱き締め返した。
あたしがそっと顔を上げたら、すぐ近くであたしを見つめる匠くんの視線とぶつかった。それでお互い通じ合った。
あたし達は高まる気持ちに促されるみたいに、引き寄せ合うように顔を近づけていった。そっと瞼を閉じた。
・・・あと、ほんの数ミリってところだった筈。
トゥルルルル!電話の呼び出し音がリビングに鳴り響き、どきっ、として目を開けてしまった。匠くんもどぎまぎしながら視線を泳がせた。あたし達二人はものすごく至近距離にあった顔を離した。
何なのよ、一体!?
心の中で叫んだ。真夜中のこんな時間に電話して来て!もうちょっとだったのに!すんごくいいムードだったのにっ!
電話の相手に不満をぶちまけたい心境になりながら、立ち上がったあたしはズンズンと荒い足取りで電話を取りに言った。匠くんはあたしの様子にちょっと呆気に取られているみたいだった。
電話の子機を取り、ディスプレーに表示されている番号を確かめると、すごく見覚えのある番号だった。・・・というかすんごくよく知ってる番号だった。それは他ならぬあたしの実家からの電話だった。
「もしもし?」
相手が分かったことで不満を隠しもせずに、憮然としながら問いかけた。
「・・・お姉ちゃん?」
一声聞いて分かった。声の主は聖玲奈だった。
「・・・あのね、こんな夜遅くに電話して来て迷惑だと思わないの?」
「・・・お姉ちゃん、何、不機嫌な声出してんの?」
お互い相手の話なんかまるで聞いてなかった。
「あのね、あたしが先に聞いてるの。こんな夜遅く電話して非常識でしょ?」
「あのね、大晦日なんだよ?今夜は日本中、大多数の人が起きてるんじゃない?非常識って言えば、この状況が既に非常識だと思うんだよね」
相変わらず口の減らない性格だった。あたしが無言でいると聖玲奈は淀みのない口調で言葉を続けた。
「せっかくこっちが新年迎えて速攻で「あけおめ」電話してあげてんのにさあ、何なのお姉ちゃんのその態度?」
「・・・別にくれなくても全然構わないんだけど・・・」
忌々しい気持ちで呟いた。
「お姉ちゃん、可愛くなーい。そんな可愛げのない性格でいると、匠さんに愛想尽かされちゃうかもよ」
聖玲奈はあたしの中の地雷を思いっきり踏んづけたのだった。
「大きなお世話よっ!そもそも、あんたの電話が邪魔してんだからねっ!分かってんのっ!?」
突然のあたしの剣幕に、それとなくあたしを見守っていた匠くんがぎょっとしているのを視界の端っこで捉えていた。
「ちょっとお、耳元で突然怒鳴らないでよぉ。耳が聞こえなくなるじゃない」
迷惑そうに聖玲奈が言い、あたしは心の中で更に怒鳴った。だから、誰のせいだって!
あたしが胸の中でムシャクシャとしていると、電話の向こうで「あんた達一体何やってんの?」ってママの声が聞こえてきた。
「知らないわよ。お姉ちゃんが勝手に怒ってんだから。多分、二人でお楽しみのところでも邪魔しちゃったんじゃない?」
聖玲奈がそう返事をするのが聞こえて、心の中で叫んでいた。聖玲奈!あんたってコはー!
突然、電話の向こうで鈍い音が聞こえた。それから悲鳴のような声が。
「・・・いったーい、何すんのよー」
ふてくされたような聖玲奈の抗議の声が聞こえた。どうやらぶたれたらしい。
いい気味!ニンマリとしながら思わずあたしは心の中で呟いた。
「もうちょっと言葉を選びなさい。そんな言い方、十代の女の子がするんじゃないの」
ママの静かな怒りを含んだ声が聖玲奈に向けられているようだった。
それから「もしもし?」って問いかけて来る声が子機のスピーカーから飛び込んできた。
「え、ママ?」
突然ママが電話に出たのでびっくりして、上ずった声で聞き返した。
「そうよ」
ママは当然という口調で答えた。
「そっちは今何してんの?」
ママに聞かれ、少しうろたえてから答えた。
「えっと、匠くんと二人で「ゆく年くる年」観てた」
「あら、随分渋い選局ね」
・・・じゃあ、ママ達は一体何を観てるんだろう?そう思って聞いて見ると、ママはふふんと得意げな口調で告げた。
「『カウントダウンTVライブ』観てるわよ。EXILEも出てるし、それに東方神起も出るのよ!」
・・・ママは東方神起のファンだった。そもそもは韓流ドラマにハマり、それから韓国マニアになったのだった。ママに言わせると東方神起は歌もダンスもとっても上手で、日本のアイドルタレントなんてメじゃないのだそうだ。
そう言えば紅白歌合戦にも東方神起が出ていたのを思い出した。するとママは紅白歌合戦からカウントダウンTVライブと梯子をしているらしい。
・・・まあ、いいんだけど。
「・・・それで何か急用なの?こんな時間に電話かけてきて」
あたしは改めて聞き返した。暗に迷惑だというニュアンスを含ませながら。
それに対してママは如何にも心外そうに答えた。
「あら!・・・新しい年を迎えて、真っ先に愛する娘に新年の挨拶をしようと思って電話したのに何か問題でもある訳?」
・・・あたしは返す言葉を失っていた。流石は母娘だなあ・・・自分も娘の一人であることをすっかり棚に上げてあたしは思った。
「・・・それはどうも・・・あけましておめでとう」
十分皮肉っぽく言ったつもりだったけど、ママは微塵も察したようには感じられない声で答えた。
「いえいえ。あけましておめでとう」
気付くと匠くんが傍に来ていた。そして電話を代わろうとする仕草を見せた。
「あ、ママ、ちょっと匠くんに代わるね」
そう電話口で告げて子機を匠くんに渡した。
「もしもし?匠です。あけましておめでとうございます」
匠くんは随分と改まった声で挨拶を告げていた。やっぱり婚約者(・・・って言葉にすると、どうしても慣れなくて、未だにとても照れくさいのだけれど)の親に対してはそういうものなのかな?隣で聞いていてそんなことを思った。
少し耳を澄ますと、電話の向こうからは微かに「あ、匠さん?あけましておめでとうございます」って朗らかなママの声が聞こえた。
「今年もよろしくお願いします」
畏まった様子で頭を下げながら匠くんが言った。うちの親にそんな改まった挨拶なんかしなくても全然大丈夫なのに。そう思いながら匠くんを見ていた。
「は?・・・いえ、別に特に予定はありませんけど・・・ええ、大丈夫です」
匠くんが答える様子でママが何か言ってきたらしいことが分かって、気になって「何?」って匠くんに目で問いかけた。また何かとんでもないことを言い出したりしてないか、すっごく心配だった。
「あ、ちょっと待ってください」匠くんはそう言って子機を口元から外して、あたしの方に向き直った。
「お母さんが明日来ないかって」匠くんはあたしに言った。
あたしは目を丸くした。
「明日?」
聞き返すと匠くんは頷いた。よく分からなくて匠くんから子機を奪い取るようにして受け取った。
「もしもし?ママ、明日って、そっちに?」
電話の向こうに問い質すあたしの声は、不満げな響きが顕わなのが自分でも分かった。・・・だって、匠くんと二人っきりでゆっくり過ごせるつもりでいたのに、何でお正月の一日から実家に顔を出さなきゃいけないのかって思った。
「・・・萌奈美はご不満なのかしら?」
ママにはあたしの心中がバレバレで、皮肉っぽく聞かれてしまった。
「匠さんは何も予定はないから大丈夫だって言ってたけど?」
ううう・・・思わず匠くんに非難めいた視線を送った。匠くんはあたしの視線に気付いて焦りまくっている。
「せっかくのお正月なんだから、里帰りって言うには近過ぎるけど顔見せにいらっしゃい。そうでなくても萌奈美、滅多に来ないんだから」
ママは有無を言わせぬ口調でピシャリと言った。
・・・それは確かにママの言うとおり、あんまり顔を見せに行ってないけど・・・
「いいわね?ちゃんといらっしゃい」
あたしが口を尖らせていると、ママは念押しするように聞いてきた。そしてあたしの返事も待たずに「それじゃあ明日待ってるからね。おやすみ」って言って、一方的に電話を切ってしまったのだった。
子機を充電器に戻しながら匠くんに言った。
「・・・明日、向こうに顔見せに来なさい、だって」
「ああ、うん。そう」
あたしの声が無愛想だったからだろうか、匠くんはやけに神妙そうな素振りで頷いた。もうっ!って思った。
「匠くん、何で予定ないって言っちゃったの?」
「え、だって、予定なかったし・・・」
思わずあたしが問い質すと、匠くんはうろたえて答えた。
それはそうだけど・・・でも、あたしはやっぱりちょっと不満で、素直になれなかった。
「・・・お正月、匠くんとのんびり二人っきりでいられるって思ってたのに・・・」
未練がましくあたしが呟いたら、匠くんは反省した様子で「ああ、そっか・・・ごめん」って謝った。実のところ、あたしのやつ当たり以外の何物でもないの に。心の中では自分でもそう分かってて、だけど素直になれなくて。不機嫌な気持ちを宥められないまま、むすっとした顔でソファに戻った。
「萌奈美、ホントにごめん」
ソファに座ってテレビ画面を睨みつけているあたしを、匠くんが後ろから抱き締めた。匠くんの唇が髪に触れる。
「萌奈美の気持ちに気付かなくてごめん。僕が悪かった」
匠くんは一方的に謝り続けている。こういう時、いつも匠くんは全面的に自分が悪かったって謝ってくれる。本当はあたしがいけない事の方が絶対に多いのに。 匠くんが甘やかしてくれるから、あたしはいつも素直に謝れなくてつい意地を張ってしまう。そんな自分がひどく子供に思えて、いつも後ですごく後悔してしま う。
「ごめん、萌奈美、この通り。お願いだから機嫌直してくれないかな?」
髪に口づけしていた匠くんの唇があたしの耳元に移動してきて囁いた。ぞくりとして背筋を震わせた。
もう!匠くんってば、ずるい!心の中で不満げに呟いた。結局、いつだって子供をあやすような感じで、匠くんに丸め込まれちゃうんだから!
「・・・もういいよ」
ぶっきらぼうに答えた。いつだって匠くんが先に降参しているように見えて、本当に降参するのはあたしの方なんだから。
「ん?もう怒ってない?」
匠くんは後ろからあたしの顔を覗き込みながら聞いた。
「もう怒ってないよ」
あたしがそう言うと、匠くんはほっとした様子で「よかった」って笑った。そしてあたしのうなじに顔を寄せた。
「・・・でも、匠くん、あたしのこと子供扱いしてない?」
癪に障ってそう聞き返した。
「えっ」匠くんは慌てて顔を上げてもう一度あたしの顔を覗き込んで「そんなことある訳ないよ」って焦ったように笑った。
何だか作り笑いめいた感じの笑顔に、探るような目つきで匠くんの顔をじっと見つめた。
「本当に?」って問い質した。
匠くんは一瞬たじろいだみたいだったけど、すぐに気を取り直して優しい眼差しであたしを見返した。
「本当に」匠くんは頷いた。
「子供相手にこんなことしない」
匠くんはそう言ってあたしの唇にキスをした。不意打ちのような口づけに胸がドキドキした。
匠くんは後ろからあたしを抱き締めた姿勢のままでキスを続けた。匠くんの舌があたしの口を割って入って来てあたしの舌を絡め取った。身体の芯が熱く火照り 出すのを感じた。匠くんの舌に応えるようにあたしも舌を絡めながら、頭の片隅で何だかやっぱり子供扱いされて上手く誤魔化されたような気がしたけれど、も うすっかりどうでもいい気持ちになって、匠くんとのキスに没頭していった。

◆◆◆

翌朝は二人して大寝坊だった。
麻耶さんがいないのをいいことにいっぱい愛し合って、二人で疲れきって眠りに就いて(初夢も見ずにぐっすりと眠り込んで)目が覚めた時は午前11時に近かった。
あたし達は慌てて起き出して、替わりばんこにシャワーを浴びて大急ぎで支度を済ませた。
その時になって、あたしは重大なことに気が付いた。
「匠くん!匠くんのお父さんとお母さんに新年のご挨拶してない!」
あたしがものすごく焦って言ったのに、匠くんは全然呑気な顔をしていた。
「ああ・・・別に大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないよ!あたしが匠くんのお父さんやお母さんに、世間知らずで常識を知らないコだって思われちゃうんだからねっ」
抗議するように匠くんに言い寄り、早く匠くん家に電話して、ってせがんだ。匠くんはあたしの剣幕に渋々っていう感じで電話をしてくれた。
「ああ、もしもし?匠。うん、あけましておめでとう。今年もよろしく」
どきどきしながら匠くんのすぐ隣で電話の子機から漏れる声に耳をそばだてていた。
「え、うん・・・麻耶が今友達と旅行行っててさ、戻ってきたら一緒に顔見せに行くから」
どうやらお正月なのに顔を見せに来ないのかって聞かれているみたいだった。やっぱり。あたしは思った。今日電話しておいてよかった。新年になって連絡もよこさないのかって思われてたかも知れなかった。
匠くんが「ちょっと待って」って言った。
視線をこちらに向けて匠くんは子機を差し出した。緊張の面持ちで受け取った。
「もしもし?あけましておめでとうございます。あの、萌奈美です」
この場に聖玲奈がいたら絶対「何、猫撫で声出してんの?」って突っ込みを入れてくるに違いないくらい、よそ行きの声で挨拶をした。だって、可愛らしいフィアンセだって思われたいんだもん。
「萌奈美さん?あけましておめでとう。今年もよろしくね」
子機からはお母さんの朗らかな声が響いた。あたしは慌ててお辞儀を返した。見えないのに。匠くんはあたしの様子を見て、くすりと笑っていた。
「こちらこそ今年もよろしくお願いします」
「匠にもね、お正月来ないの?って聞いたとこなんだけどね。顔見せに来てくれるんでしょ?」
お母様、その質問は既に確定事項だと思われます。とはもちろん言えなかったので、慌てて言い訳めいた答えを返した。
「あ、はい。もちろんです。えっと、麻耶さんがいま出掛けちゃってて4日まで帰って来ないので、5日にお邪魔させていただきます」
「本当?別にみんな一緒じゃなくてもいいけどね。じゃあ、分かった。5日ね?楽しみに待ってるから」
釘を指すようなお母さんのお言葉だった。ちょっとヒヤリとしながら、やっぱり何処の家(うち)も、家を出ている子供が帰って来るのは楽しみなものなのかな?って改めて思っていた。
「はい。必ず」
お母さんの期待の籠もった気持ちが分かったので、あたしは力強く返事をした。
それから「ちょっとお待ちください」って断って匠くんに子機を返した。
「じゃ、5日に行くから。うん。じゃあ」
匠くんはそう告げて電話を終え、子機をリビングのカウンターの上に置かれている充電器に戻した。そしてあたしにちろりと視線を向けた。
「・・・5日に行く訳ね」
匠くんの確認するような問いかけに、あたしは作り笑いを浮かべながら頷いた。
「え、だって、匠くんのお母さん、楽しみにしてたし。でしょ?」
昨日は匠くんがあたしに確認しないまま、あたしの実家に行くことになった成り行きにあたしは臍を曲げてた癖に、昨夜のことはすっかり棚に上げて匠くんに同意を求めた。
匠くんは不満げだったのはただのポーズだったみたいで、はあ、って大きく息を吐くと「はいはい」って仕方無さそうに頷いた。

それからあたし達はお雑煮、おせち料理は愚か何一つ口にしないまま、大慌てであたしの実家に向かった。お酒を飲まされるかも知れないので車は止めて電車で行くことにした。年末年始の運行ダイヤの電車はじれったい位になかなか来なかった。
ようやく実家に着いたのは午後2時に近かった。
実家だっていうのにドキドキしながらチャイムのスイッチを押した。すぐに中から「はーい」って声が聞こえて来て、玄関の鍵が外れる音が響いてドアが開いた。
「あ、お姉ちゃん。いらっしゃい」
開いたドアから聖玲奈が顔を覗かせて言った。それから聖玲奈は匠くんの姿を認めてあ、と思ったらしく、少し改まった顔をした。
「あけましておめでとうございます」
意外にも聖玲奈が畏まって挨拶をしたのでちょっとびっくりした。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
義理の妹(・・・実際はまだ結婚してないけど)相手に匠くんは礼儀正しく挨拶を返した。そう言えばあたし自身は、すっかり聖玲奈に新年の挨拶を告げるタイミングを逃してしまっていた。そしてすぐに、姉妹なんだし、ま、いいか、って思うことにした。
「どうぞ、みんな待ってるよ。早く上がって上がって」
聖玲奈はそう言ってドアを開け放してあたし達を迎え入れてくれた。あたしと匠くんは「お邪魔します」って言いながら玄関を上がった。
「あけましておめでとう」
リビングに入るとソファに顔を揃えているみんなに挨拶を告げた。
振り返ったパパもママも香乃音も、ぱっと顔を輝かせた。
「あけましておめでとう。いらっしゃい」
パパは破顔しながら立ち上がってあたし達の方へとやって来た。
あたしの後ろに続いていた匠くんも、慌てて頭を下げながら「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」って挨拶を告げた。
「おめでとうございます。こちらこそよろしくお願いします。さあ、どうぞ」
パパはにこにこしながらあたし達をソファへと促した。
ソファへ行くと、ママと香乃音が笑顔で迎えてくれた。
「あけましておめでとー」
香乃音が元気よく言った。
「あけましておめでとう」「あけましておめでとうございます」
あたしと匠くんも挨拶を返した。・・・中学生の香乃音に対しても匠くんはすごく礼儀正しかった。
「随分遅かったのね」
あたしと目が合ったママがすかさず言った。
「そうかな?」
首を傾げながらとぼけるように返事をした。
でも匠くんは「すみません」って恐縮したように頭を下げた。・・・何だかママに対して匠くんはいつもやたらと低姿勢な感じに見えるんだけど、あたしの気のせいかな?
「まあ、とりあえず二人とも座って。匠君、どうぞ座ってください」
パパがそう言って、匠くんが「あ、はい。ありがとうございます」って言いながらソファに座ったので、あたしも匠くんの隣に座った。
聖玲奈もあたし達の後から戻ってきて腰を下ろしたので、あたしは改めて顔を揃えた家族みんなを見回してみて、何だかみんなとても嬉しそうに笑っているのが 不思議だった。そして、ひょっとしたらあたしの顔が見れて嬉しいのかな?って思った。もしそうだとしたら今迄滅多に帰って来なくて悪かったかなってちょっ と反省した。
「二人はお屠蘇はもう飲んだ?」
パパが聞いてきて、あたしも匠くんも起きてから何も口にしていなかったけどそうも言えないので、匠くんが言いづらそうに「いえ・・・」って答えた。
「じゃあ良かった」
パパは嬉しそうに笑った。
ウチでは元日にお屠蘇を飲むのが毎年のお正月の決まりになっていて、テーブルの上に出されていた漆塗りのお屠蘇用の杯(さかずき)セットの三段重ねになっている杯を二つ取って、パパはあたしと匠くんに手渡した。
「まあ一杯どうぞ」って言いながらパパは匠くんの杯にお屠蘇を注いで、匠くんは恐縮した様子で「ありがとうございます」って頭を下げた。それから「はい、萌奈美も」って言って、パパはあたしの杯にもお屠蘇を注いでくれて、あたしも「ありがとう」ってお礼を言った。
匠くんはパパがあたしの杯にお屠蘇を注ぎ終わってから、「いただきます」って断って杯に口をつけた。
「いただきます」あたしも匠くんに合わせてお屠蘇を飲んだ。毎年飲んでていつも思うことだけど、独特の味といい香りといい、やっぱり美味しいとは感じられ なかった。もっともパパが言うところでは、そもそもは長寿の効果があるものとしてお正月をお祝いする縁起のよい飲み物なのだそうで、味とかは二の次ってい うことだった。ちらっと隣の匠くんの様子を横目で伺うと、匠くんも神妙そうな顔をしていて、決して美味しいっていう感じではなさそうだったのがちょっと可 笑しかった。
「二人ともお雑煮食べる?」
ママがあたし達に聞いてきて、お腹が空いていたあたしは即座に「食べる!」っていう言葉が喉まで出かかったけど、一応匠くんに、どうする?って問うように 視線を向けた。匠くんもどうしようか?っていうような視線をあたしに返してきて、恐らく内心はあたしと同じ気持ちなんじゃないかなって思えたので、ママの 方に向き直って「うん。食べる」って答えた。
「じゃあ用意してくるわね。それまでお節でも摘んでて」
ママはそう言って聖玲奈に「二人にお箸と小皿を出してあげて」って告げてから、リビングを出てキッチンへと入って行った。立ち上がったママに匠くんが恐縮 した様子で「どうもすみません」ってまた頭を下げた。あたしの家に来ると匠くんはやたらと恐縮していて、いつもの匠くんと全然違っていて、それはあたしの ことを考えて、あたしの家族にすごく気を遣ってくれているのかも知れないけれど、でもあたしとしては実のところ、匠くんにそんなに気を配ったりして欲しく なかった。何だか他人行儀な感じがして、あたしはもっと普段の匠くんのままであたしのパパやママと接して欲しいって思ったりした。うちのパパとママだった ら、それで気を悪くするようなことは絶対ないって、あたしは思っていた。
そうは言っても、じゃああたしが匠くんのお父さんとお母さんに他人行儀な感じじゃなく接することができるのか聞かれたら、正直なところどうかな?って思っ てしまうので、そう考えると相手の家族に必要以上に気を配ってしまうのはお互い様というか、多分に致し方ないことなのかも知れない。
そんなことを考えていたら聖玲奈がお節の取り皿とお正月用のお箸をあたしと匠くんに持ってきてくれて、とりあえず考え事は脇に退けておいて、まずはぺこぺ このお腹を満たすことにした。多分匠くんは自分からはなかなか手を伸ばしづらいだろうなって思ったから、「匠くん、お節取って上げるね」って言って匠くん のお皿に重箱に詰められているお節料理を載せていった。栗きんとん、伊達巻、紅白かまぼこ、昆布巻き、田作り、黒豆などでいっぱいになった取り皿を匠くん の前に置いた。
「ありがとう」匠くんはあたしに向かって笑顔で言い、パパを見て「いただきます」って言った。
「どうぞ召し上がれ。家(うち)のお節はほとんど樹里亜(じゅりあ)さんの手作りなんですよ」
パパは得意満面の笑顔で答えた。
「あ、そうなんですか。すごいですね」
匠くんは驚いた顔で改めてお皿に載ったお節料理をしげしげと見てから伊達巻を口に運んだ。
「ええ。とても美味しいです」
匠くんが味わってから言うと、パパは更に嬉しそうな顔になって「そうでしょう?」って相槌を打った。
あたしも匠くんとパパのやり取りを見ながら小皿に取った栗きんとんを一口食べて、うん、美味しい、って心の中で呟いた。
パパが言うとおり、阿佐宮家のお節料理は毎年ママが腕によりをかけて作っていて、年末の30日、31日の二日間は、ママはほとんどお節料理作りに終始するのが常だった。あたし達子供も毎年のように下ごしらえとか手伝わされていたし。
あたしは隣でお節料理を味わっている匠くんをこっそり盗み見ながら、あたしもママに教わって来年はお節料理を作ってみようかなって思った。今迄も毎年のよ うに手伝ってはいたけど下ごしらえだけだったし、ちゃんとした手順とかは知らないので今度きちんとママに聞いておいて、絶対来年は家(って言うのはもちろ ん匠くんのマンションのことね)でもお正月に手作りのお節料理を出そうって、密かに心の中で決心した。それで匠くんに「すごい」「美味しい」って笑って 言ってもらえたら嬉しいなって思った。
それから少ししてママがお雑煮を運んで来てくれて、あたしも匠くんもお雑煮とお節料理でお腹いっぱいになってしまった。
食べ終わってから少し心配になった。お正月っていつもついつい食べ過ぎちゃうんだよね。それでお正月明けは大抵2、3キロ体重が増えてて愕然とするのだ。 でも今年は絶対そんなことになりたくなかった。絶対に匠くんに「ちょっと太った?」なんて聞かれないようにしなくちゃ!(もっとも匠くんは気を遣って、例 えそうは思っても絶対口に出したりしないかも知れないけど。でもそうだとしたら尚更自分で注意して万が一にも太らないようにしなくちゃ!だった)
テレビでは何時間にも渡ってお笑い番組が放送されていて、どのチャンネルを回しても似たようなバラエティ番組ばっかりだった。・・・どうしてお正月ってお 笑い番組ばっかり放送されてるんだろう?って、いつもあたしは素朴な疑問を抱いている。おめでたい感じがするからなのかな?それがお正月のおめでたさと マッチするんだろうか?よく分からなかった。
見るともなくテレビ画面に映し出される番組を眺めながら小休止していた匠くんが、不意に「あ!」って声を上げた。あたしも他のみんなも一様に匠くんの方を向いた。
みんなの視線を受けて焦りながら、匠くんは自分の横に脱いでおいたダッフルコートの内ポケットに手を入れて探っていた。
「あの、すっかり渡すの遅れちゃってごめんね。聖玲奈ちゃんと香乃音ちゃんにお年玉・・・」
匠くんはコートの内ポケットから取り出したポチ袋を二人に差し出した。
聖玲奈と香乃音は途端に顔を綻ばせた。二人してわあっ!って歓声を上げると「ありがとうございます!」って元気な声でお礼を言って受け取った。
「どうもすみません。ありがとうございます」「気を遣わせちゃってごめんなさい」パパとママが口々に匠くんに告げて、匠くんが「いえ、とんでもありませ ん。あの、ほんの気持ち程度ですから・・・」って却って恐縮した様子で頭を下げ返した。でも家を出てくるとき、あたしは匠くんから「妹さんにお年玉いくら ずつあげればいいかな?」って思案顔で聞かれて「気持ちでいいんだから」って答えたんだけど、匠くんが二つのポチ袋にそれぞれ五千円と一万円を入れていた のを、しっかり目にしていた。十分過ぎる金額だった。
聖玲奈が「もしかしたら貰えないのかって思って心配しちゃった」ってあっけらかんと言って、ママに「聖玲奈!」ってたしなめられていた。
「そうそう。僕も忘れるところだった」
そう言ってパパは立ち上がってそそくさとリビングを出て行った。何だろう?って思いながら見送った。
すぐにパパは戻って来て真っ直ぐにあたしのところに来ると、にこにことポチ袋をあたしの前に差し出した。
「はい、萌奈美。お年玉」
一瞬ぽかん、とした顔で差し出された袋を見つめていた。それからムーッと怒りがこみ上げて来て、あたしは俄かに険しい顔つきになった。眉間に皺が寄っているのが自分でも分かった。
「萌奈美?」
隣であたしを見ていた匠くんが、あたしの表情にはっとしてあたしの名を呼んだ。
「萌奈美、どうした?」
パパがきょとんとした眼差しで不思議そうにあたしを見下ろしている。パパに悪気がないのはもちろん分かってる。でも・・・
「あたし、いらないから」
あたしは不機嫌な声で答えた。
「え?どうして?」
「あたし、子供じゃないんだからね」
訳が分からないって顔をしているパパに向かって、怒って言った。あたしは匠くんの婚約者(フィアンセ)なんだから。もうお年玉をもらうような子供じゃないんだから。
「はあ?」
まだあたしの言うことが飲み込めていない様子のパパは、なんとも間の抜けた返事をした。
その時、堪えきれずにママがぷっ、と噴出した。パパもあたしもママの方を向いた。
ママはくすくすと可笑しそうに笑いながら、あたしとパパに交互に視線を向けた。
「公煕(こうき)さん、萌奈美はね、自分は匠さんっていう大切な婚約者がいるれっきとしたレディで、もうお年玉をもらうような小さな子供じゃないって言いたいみたいよ」
ママは腑に落ちない表情を浮かべているパパに分かるように噛み砕いて説明した。そして、ね?って確認するようにあたしに目配せした。
あたしはむすっとしながら、無言でこっくりと頷いた。
「はあ、そう・・・なんだ・・・」
まだ納得できていないようでパパは曖昧な返事をしていた。
「お姉ちゃんいらないならあたしが貰っとこうか?」
嬉々としながら手を出しかけた聖玲奈の手の平を、ママが素早くパチンと叩(はた)いた。
「萌奈美、公煕さんも別にあなたを子供扱いしてる訳じゃないのよ」
ママが取り成すようにあたしに向かって言った。それはもちろんわかってるんだけど・・・
「あたしにとっても公煕さんにとっても、あなた達が成人してやがて結婚して誰かの奥さんになっても、愛しい子供であることには変わりないのよ。そのことは忘れないでね」
ママの言葉にあたしは神妙な顔で頷いた。
頷くあたしを見てママは安心したようににっこりと笑って、そしてパパに向かって言った。
「公煕さん、ここは萌奈美の顔を立ててあげましょうよ」
「うん、そうだね」
ママに言われてパパもやっと納得した面持ちで頷いた。
「うん。萌奈美の気持ちをよく考えもしなかったパパが悪かった。ごめんよ」
謝るパパにあたしは慌てて頭(かぶり)を振った。
「ううん!あたしの方こそごめんなさい・・・」
折角のパパの気持ちを台無しにしてしまって、すごく居たたまれない気持ちになった。
でもパパは全然気にしていないかのように笑って「いや、いいんだよ」って言ってくれた。あたしはもう一度心の中で謝った。パパ、ごめんねって。

それからみんなでUNOをやったりトランプをしたりして過ごした。パパがお正月用に買って来たんだって言って、シャンパンと人数分のグラスを抱えて来て、あたし達子供にも注いでくれた。みんなでグラスを掲げてカチリとグラスとグラスを合わせると「乾杯」って声を揃えた。
シャンパンは甘口で、お酒が今はまだ苦手なあたしでも美味しく感じられた。
「美味しい」
思わず呟いたら「うん」って匠くんが相槌を打った。匠くんと目を合わせて二人で笑い合った。
「お替りー」
聖玲奈が空になったグラスをパパに差し出すと、パパは心得たように今度はなみなみとグラスに注いだ。それから匠くんの方を向いて、「匠君もどうですか?」ってボトルを差し出した。
「あ、はい。どうも」
匠くんは曖昧に頷きながらそれでもグラスを差し出した。匠くんは別にお酒に弱くもないけど、だからと言ってお酒が好きな訳でもないみたいで、家では一滴も 口にしない。(麻耶さんが一人で飲み出して、匠くんに「一緒に飲む?」って聞いても、匠くんは即座に「いい」って拒否している。因みに麻耶さんはあたしに も聞いてきて、あたしが断る前に匠くんが「未成年に酒を勧めるなっ!」って怒って言うのだった。)別に断ってもいいのに、ってあたしは隣で思って見ていた んだけど、もちろんパパはそこら辺の空気を読むようなことはできなくて、匠くんのグラスににこにこ笑いながらシャンパンを注いでいた。パパが嬉しそうにお 酒を注ぐ様子を見ていて、パパはひょっとして家(うち)には娘しかいないから、匠くんのことを息子ができたみたいで嬉しく感じてるのかなって思ったりし た。よく聞くもんね。息子が大きくなったら一緒に晩酌したりするのが父親の夢だったりするとかって。(でも、もしそうだとしたらパパには可哀相だけど、匠 くんはお酒好きじゃないからその夢は叶わないだろうなって思った。あたしとしては匠くんがお酒が好きじゃなくて、どっちかって言うとその方が嬉しいので全 然構わないんだけど・・・)

席を立ったママがあたしのところに来て、あたしの肩をつついた。顔を上げたあたしにママは一緒に来て、っていう仕草をした。あたしは首を傾げながらも立ち 上がった。パパと話していた匠くんがチラッとあたしのことを見たので、ちょっと行って来るねって伝えるつもりで軽く笑い返した。ママの後ろについてリビン グを出てから、ママに問いかけた。
「何?」
振り向いたママが意味ありげに笑い返した。
「せっかくのお正月なんだし、ちょっと匠さんのことびっくりさせちゃわない?」
ママの言葉に、あたしはさっぱり分からなくて首を傾げた。
「まあ、いいから。一緒にいらっしゃい」
ママはそう言って、訝しむあたしを奥の和室へと連れて行った。
 


PREV / NEXT / TOP

inserted by FC2 system