【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ Cherish ≫


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何でこんなに怖がっているんだろう?
怖がることなんて全然ないって、そんなの自分でもすごくよく分かってる筈なのに。それなのに、頭では分かっているのに気持ちが萎縮してしまって、自分でもどうしようもなくて、泣き出したいほどもどかしかった。思うようにならない自分の気持ちが口惜しくて、悲しかった。
初めての時だってこんなに不安になったりしなかった。ううん、不安はあったかも知れないけど、怯えてなんかいなかった。
だけど、今の自分はすごく怯えてる。大好きな匠くんの腕の中にいるのに、一番安心できる居場所のはずなのに、身を竦ませて怯えてるあたしがいた。そのことがどれだけ匠くんを傷つけているか、痛いほど分かっているのに。

泣いたりしたらもっと匠くんを傷つける。
分かっているのに悔しくて、堪えられなくて涙が滲んだ。そんな自分が嫌で、だけど止められなくて、ぐちゃぐちゃになった気持ちの中で涙が頬を伝うのを感じた。
匠くんはあたしの頬の濡れた後を拭いながら、少し淋しそうな、そして今のあたしには痛いくらいに優しい目をして、囁いた。
「焦らなくていいから」
また涙が零れて、あたしの頬に触れていた匠くんの指を濡らした。
「どうして?あたし、すごく思ってるのに。匠くんと触れ合いたいって、すごく思ってるんだよ。なのに、何でなの?」
どうにもならない苛立ちを、あたしは匠くんにぶつけてしまっていた。一端溢れ出した感情は留めることが出来なくなって、あたしは激しく顔を歪めて泣きじゃくった。
匠くんがあたしを強く抱き締めた。あたしの気持ちは分かってるからって伝えるみたいに、強く抱き締められた。あたしは匠くんの胸に顔を埋めて泣き続けた。

もう傷は痛まないはずだった。退院して二週間経って、慎重になった匠くんがあたしの逸る気持ちを制して、もうちょっと様子を見てからって言って、それから また二週間も待って、あたしが病院に運び込まれたときから考えれば二ヶ月もの間、あたしと匠くんはセックスしていなかった。毎晩眠るときには一緒のベッド で匠くんに抱き締められていたし、二人でいる時には匠くんが優しくあたしの髪や頬に触れたり、キスだって毎日何回もしていた。そういう風には触れ合ってい たけれど、でもやっぱり何か物足りない感じは埋まらなかった。匠くんと身体を重ねてひとつになって、二人ぴったりと同じ瞬間を感じ合うあの感覚は他に代え 難いものだった。何たって健全な若者なんだもん、身体の方が我慢できないような感じだった。ベッドに入ってぎゅって身体をくっ付け合っていると、自分の身 体の芯が熱くなってくるのが分かったし、匠くんの昂ぶりがあたしの太腿に当たるのが分かった。匠くんだって随分我慢してるみたいだった。
匠くんが我慢してるのが可哀相で、あたしはセックスできなくても手や口でしてあげようって思ったんだけど、匠くんが「そういうのは嫌だ」って怒ったように 言って、それから「僕は萌奈美とひとつになって、一緒に気持ちよくなりたいんだ」って言った。匠くんの気持ちがすごく嬉しくて、ちょっと泣いて、あたしと 匠くんはしっかり抱き合ってそのまま眠りについた。
それからはあたしも匠くんも、あたしの身体がこれでもう絶対大丈夫っていうくらいに傷がよくなったら、そうしたらセックスしようって心の中で決めて、二人して熱くなる身体を何とか宥め透かしてやり過ごしながら、その日を待つことにしたのだった。
そして退院して一ヶ月が過ぎて、あたしと匠くんはどちらからともなくもういい頃だって思って、丁度麻耶さんが不在の夜、部屋の電気を消して一緒にベッドに 入ってお互いにぎゅって抱き締め合って、少し身体を離して匠くんが薄暗い闇の中であたしのことをじっと見つめて来て、あたしも熱いものを胸に感じながら匠 くんの瞳を真っ直ぐに見つめ返して、それで二人で同じ気持ちになったのだった。
匠くんに仄かに青白い薄闇の中で見つめられている時は、全然平気だった。あたしは胸に溢れるような熱い欲望を感じて、身体にはじんじんとしびれるような疼 きを覚えた。匠くんの手がパジャマの上から胸に触れた時ももどかしいほど切なくて、もっと強くあたしを感じさせて欲しいって思いながら身体をくねらせてい た。
それが、匠くんがパジャマの裾から手を差し入れようとした時だった。傷口には触れていなかったと思う。傷口の近くに触れられた途端、あたしの心は氷水を浴 びせられたように一瞬で冷え切って、思わず身体を強張らせた。咄嗟に口を噤んで悲鳴を上げるのを堪えたけど、あたしは喉の奥でひっ、と呻いた。自分に何が 起きたのかよく分からなかった。
匠くんがすぐにあたしの様子に気付いて、身体を離してあたしの顔を見た。突然身体を強張らせたあたしに匠くんは困惑していた。そしてあたしが怖がっている のを知って匠くんの表情は驚愕に変わっていった。怯えを映したあたしの目に匠くんの変貌はスローモーションのようにはっきりと焼き付いた。匠くんを激しく 傷つけた。その事実があたしの心に冷たい刃のように突き刺さった。
「・・・萌奈美?」
身体を竦ませたまま凍りついているあたしに、匠くんは擦れた声で問いかけた。その声に我に返って、あ、って漏らして身体の強張りを解いた。
「どうか、した?」
匠くんが聞いた。動揺しているのがはっきり分かった。
「わかんない」
小さく首を振りながらそれしか言うことができなかった。
本当に自分でも何があったのか分からなかった。ただ、あたしの心はさっきまでの熱情が一瞬にして消え去り、冷たく竦んだままだった。何でそんなことになったのか全然分からなかった。自分でも茫然としていた。
あたしのそんな様子を見て、匠くんはすぐに優しい声であたしに語りかけた。
「・・・少し性急過ぎたのかも。焦らないでもう少しゆっくり時間をかけよう」
匠くんはそう言って起こしていた身体をベッドに沈め、あたしの身体をそっと抱き寄せた。
匠くんの腕に抱かれながら、自分に問いかけていた。
性急過ぎた?本当にそうなの?
あたしは匠くんが肌に直接触れてくるまで、匠くんが与えてくれる官能を狂おしいまでに待っていたのを知っている。あの時あたしは怖がってなんかいなかった。不安なんかあたしの中の何処にもなくて、ただ熱い欲情をたぎらせていた。
性急過ぎてなんかいない。あたしは思った。じゃあどうして?どうしてあたしはあんなに怯えて身を竦ませたんだろう?その怯えは今も尚あたしの心に影を落としている。
匠くんに触れられるのを怖がっているなんて、そんなことある筈ないのに。
「萌奈美?」
匠くんの胸に顔を埋めて強くしがみ付いているあたしに、匠くんの優しい声が呼びかけた。
「今日はこのまま眠ろう」
自分に納得できなくて、匠くんのパジャマに顔を押し付けたまま強く頭を振った。
「萌奈美・・・」
優しい声があたしを宥めた。だけど素直に言うことを聞けなかった。
「やだ、そんなの。だって、変だよ。自分でおかしいって思ってるのに、どうして?こんなの、変だよ」
自分のことが分からなくて混乱して、子供のように強情を張っているあたしに、匠くんは顔を寄せて、とても優しく語りかけた。
「身体の傷は大丈夫になっても、或いは頭では大丈夫だってどんなに思っても、心は思うようにならないこともあるよ」
匠くんの唇があたしの髪にそっと触れた。
「人はそんなに何もかも割り切れたりしないよ。だから自分を責めたりしなくていいんだ」
匠くんはそう言ってくれて、でもあたしは自分が自分じゃないみたいで、悲しくて歯痒くて泣きじゃくった。肩を震わせているあたしの髪に匠くんは何度も優しく口づけをした。

それからまた時間をかけてあたし達は試みた。
でもあたしの中にはあの時の出来事が焼きついてしまっていて、またあの時みたいになったらどうしよう、って不安に苛(さいな)まれてしまい、あたしの心は 怯えて固く強張ってしまうのだった。自分自身に苛立ち、焦り、自分を責め、混乱した。暗い迷宮に迷い込んだかのように、光を見つけられなくて彷徨った。
そんなこと望んでいないのに、反射的に匠くんを拒絶してしまうことで、匠くんもあたしも深く傷ついていた。
いつしかあたしは匠くんとのそういう機会自体に怯えるようになっていた。また同じことを繰り返して匠くんを傷つけてしまうんじゃないか、そんな不安が先に 立って、匠くんと触れ合うこと、夜一緒のベッドに入ること、そういったこと自体に怯えるようになっていた。キスすることにさえあたしの中には躊躇いが生じ た。
あたしのその躊躇いや怯えは匠くんに伝わってしまい、また匠くんを傷つけているのも分かっていた。
それでも匠くんは我慢強くあたしのことを待っていてくれて、決して苛立ったり、怒ったり、あたしを非難したりしなかった。いつも変わらない優しさであたしを励ましてくれた。
このままじゃ匠くんはあたしのことを嫌いになってしまうかも知れない。そう思った。いつも怯えているようなあたしと匠くんは一緒にいたくないって思い始めていたりするんじゃないだろうか、そんな思いに苛まれ、自信がなくていつもびくびくしていた。
視線を合わせて、もし、匠くんのあたしを責める眼差しに遭遇してしまったらどうしようっていう怖れに、匠くんと目を合わせることさえ避けるようになり始めていた。

あたしの沈んだ様子を春音は敏感に感じ取っていた。
「何かあった?」
天気のいいお昼休み、いつものベンチにあたしを連れ出して春音が聞いた。
あたしは躊躇いながらも、匠くんに触れられることに対してあたしの中に生じてしまっている怖れや、あたしが匠くんとの間に感じ始めている隔たりを打ち明けた。
「ねえ、このままじゃ匠くんあたしから離れていっちゃうんじゃないかな?」
急きたてられるような気持ちになりながら春音に問いかけた。
春音は慎重に言葉を選ぶかのようにゆっくりと間をおいてから口を開いた。今のあたしにはその沈黙の時間は、あたしの焦る気持ちなどまるで心に留めていないかのように感じられるものだった。
「萌奈美は佳原さんを身体で繋ぎ止めているの?」
春音の問いかけにあたしはかっとなった。
「そんなことある訳ないじゃない!でも、このままじゃあたし達駄目になっちゃう気がして、怖くてたまらないの!」
あたしが発した悲鳴のような声に、近くのベンチにいた生徒達が一瞬あたし達の方を振り向いていた。視線を感じてあたしは俯き口を噤んだ。
沈黙が流れ、そして春音が静かな口調で言った。
「あたしには、萌奈美の方が佳原さんから離れていこうとしているように感じられるけど?」
春音の言葉はあたしを責めているようにしか思えず、あたしは怒りを感じながら吐き捨てるように春音に言った。
「もういい」
立ち上がり、春音を残して一人その場を立ち去った。春音はあたしを呼び止めようとはしなかった。そのことにあたしは恨むような感情を抱いた。

春音とも気まずくなって、暗い気持ちになりながら憂鬱な足取りで匠くんの待っているマンションへと帰った。
「ただいま」
消え入りそうな声で帰りを告げた。あたしの帰って来る頃合をはかってリビングにいた匠くんが玄関で出迎えてくれた。
「おかえり」
匠くんの優しい声がただ苦しく感じられ、視線も合わさないまま小さく「うん」って頷いて、すぐに自分の部屋に閉じこもった。
閉ざされた部屋の中で力なくしゃがみこんだ。匠くんから逃げるような自分自身の振る舞いがただ悲しくて、声を殺して泣きじゃくった。

「萌奈美ちゃん、ちょっと」
麻耶さんが声をかけて来た。匠くんは仕事の電話がかかって来て仕事部屋に行っていて、席をはずしていた時だった。
「あたしの部屋来ない?」って言われた。
戸惑いながら曖昧に頷いた。
麻耶さんの部屋に入ってあたしはベッドに腰掛けるよう促された。
あたしが座ると麻耶さんもあたしのすぐ横に腰を下ろした。
麻耶さんもあたしと匠くんのことを気付いているんだって感じた。すぐに、当たり前か、って思った。同じ部屋の中で一緒に生活していて、ろくに視線も合わせず言葉も交わさずにいれば誰だってすぐ気が付くに決まってる。
「もし嫌じゃなかったら何があったのか聞かせてくれる?」
麻耶さんは余計な前置きなど何も言わず、あたしを真っ直ぐに見つめながらそう問いかけてきた。そのきっぱりとした聞き方はむしろあたしの躊躇いを振り払い、あたしはこっくりと頷いてそれから話し始めた。
話しながら段々と気持ちが揺れ動いて、我慢できなくて泣きながら全てを打ち明けた。
話し終えても気持ちが昂ぶったまま、泣き止めずにずっとしゃくり上げていた。
麻耶さんは泣き止まないあたしを優しく抱き締めて慰めてくれた。
「難しいね。いったんそうなっちゃうと、どんなに頭で考えたって気持ちをすぐに変えたりすることなんてできないし・・・少しずつ時間をかけて、心を解(ほぐ)していくしかないのかな」
麻耶さんは戸惑ったように、あたしの心の痛みを感じ取っているかのような辛そうな声で言った。
麻耶さんにもどうしたらいいのか分からないみたいだった。
あたしはどうしたらいいんだろう?このまま匠くんから逃げるようにして、匠くんとすれ違っていくしかないの?こんなことであたし達は駄目になってしまうんだろうか?
麻耶さんの肩にもたれながら、悲しくてもどかしくて悔しくて、あたしはずっと涙を止められないままだった。

真っ赤に目を泣き腫らしたあたしが、麻耶さんに支えられるようにして麻耶さんの部屋から出ていくと、ダイニングテーブルに座っていた匠くんが気付いて立ち上がったのが目に映った。
「萌奈美」
匠くんの声にびくっと身を竦めた。麻耶さんがあたしの肩をきゅっと抱き締めてくれた。
「どうしたんだ?」
あたしの顔を見て匠くんは麻耶さんに問いかけた。
「ん、そんな大したことじゃないから。少し話してただけ」
麻耶さんは何でもないっていう風に軽い口振りで答えていた。麻耶さんの態度から察したのか、匠くんはそれ以上何も聞かなかった。

匠くんは少し仕事が残ってるから、あたしに先に寝ているように言った。
一人でベッドに入りながら、でも全然眠れなくて、真っ暗な部屋の中で目を開けたままぼんやりと暗い空間を見つめていた。
どうしたらいいんだろう、どうすればまた前みたいに匠くんと接することができるんだろう・・・ぼうっとぼやけた意識の中で、そんなことばかりぐるぐると同 じ場所をただ回っているみたいに繰り返し思いながら、物事を深く考えることができないまま、気持ちばかりが焦りともどかしさでじっとしていられずあたしを 急きたてた。

知らない内にベッドの中でうとうととしていたみたいだった。気が付くとしんとした闇が深さを増していて、時間が経っているのが感じられた。ベッドの中はあたし一人のままだった。
匠くんはまだ仕事してるのかな?そう思って時間を確かめると午前2時を回っていた。
もともと匠くんは夜型で、あたしが一緒に暮らすようになる前は夜遅くに仕事をしているのが常だったらしい。でもあたしが来てからはあたしと一緒にベッドに 入るようになったので、昼間仕事をするようになっていた。それがまだ起きて仕事をしている、そんなことさえ今のあたしと匠くんの隔たりを知らしめているみ たいに感じられた。匠くんの気持ちが離れていってしまっている証みたいに思えて、きゅっと胸が詰まった。
そっと部屋を出た。匠くんの仕事部屋の様子を伺うつもりだった。
電気の消えた真っ暗なリビングダイニングで、ダイニングテーブルにひっそりと座っている人影に気付いた。最初真っ黒なシルエットにぎくりとして息を呑んだ。
じっと凝視しているとそれは匠くんだった。
匠くんは背中を向けたままじっと身じろぎもしなくて、あたしは最初座ったまま眠ってしまっているのかと思った。
どうしようか迷った末、勇気を出して声をかけた。
「匠くん?」
突然のあたしの声に匠くんは心底びっくりしたみたいで、ひっそりとした部屋の中でガタンって大きな音を立てて立ち上がって、こちらを振り向いた。
「萌奈美・・・?」
薄闇の中でびっくりした匠くんが大きく見開いた目であたしのことを見ている。
「どう、したの?」
匠くんと向かい合っている状況に急に緊張し始めながら、おずおずと訊ねた。
「いや・・・萌奈美こそどうしたの、こんな時間に?眠れないの?」
匠くんは心配そうな声で聞き返した。
「ううん・・・うとうとしてて、目が覚めたら匠くんがいなかったから、まだ仕事してるのかなって気になって」
「ああ・・・そっか、ごめん」
匠くんは申し訳無さそうに謝った。いつもと変わらずとても優しかった。胸がきゅっ、と締め付けられる気持ちがした。
「こんなとこで、どうしたの?」
気になって問いかけた。
「・・・少し考え事してただけだよ。もう寝よう」
何でもないっていうような口調でそう言って、匠くんはあたしを寝室へと促した。匠くんが何を考えていたのかすごく気になって、それは多分あたしのことなんだと思ったけれど問い質すことができなくて、躊躇いをリビングに残しながらベッドへと戻った。
匠くんと二人でベッドに横になって、薄暗い闇の中で匠くんのことをじっと見つめた。匠くんもあたしの方を見ていた。
こんなに近くにいる二人なのに、何だかすごく遠くに離れている気がした。ほんの少し手を伸ばせば簡単に触れ合えるはずなのに。切なさに視界が滲んだ。
「萌奈美」
不意に匠くんがあたしを呼んだ。
あたしは返事が出来なくて、切なさに胸を震わせながら匠くんを見つめ続けていた。そして匠くんは言った。
「・・・萌奈美、しばらく家に戻ってみたらどうかな?」
匠くんは穏やかな声でそう言った。でもあたしの心は匠くんのその言葉に押し潰されそうだった。
「・・・どう、して?」
震える声で聞き返した。絶望を感じた。匠くんはあたしを嫌いになったんだ。あたしと別れたいと思ってるんだ。それしか考えられなかった。
「萌奈美、辛そうだから。僕といることが却って萌奈美を苦しめているみたいだから、少し時間を置いた方がいいのかも知れないって思う」
匠くんの言葉をあたしは信じなかった。
「嘘!あたしのこと嫌いになったんでしょ?だから、一緒にいたくないから、帰れって言うんでしょ!?」
あたしの中に膨れ上がった猜疑心をぶちまけるように匠くんに言葉をぶつけた。
匠くんはあたしの言ったことが思いも寄らなかったみたいに、驚いた顔であたしを見つめ返していた。
「こんなあたし匠くん嫌いでしょ?匠くんから逃げてばかりいて、匠くんを避けて、いつも俯いて、暗くて、鬱陶しいあたしなんか、匠くん嫌いになったよね?」
心の奥底にわだかまっていた疑念が激しく溢れ出していた。泣きじゃくりながら、ずっと思っていてだけど聞けなかったこと、絶対に聞いちゃいけないって思っていたことを匠くんに問いかけていた。
「そんなことある訳ないだろ?」
匠くんがあたしの肩を抱いて、強い口調であたしの言葉を押し留めた。匠くんは苦しそうな顔をしていた。
「嘘・・・」
それでもあたしは匠くんの言葉を否定しようとした。
「嘘なんかじゃない!」
匠くんが声を荒げて、びくっと身体を竦ませた。
匠くんはすぐに穏やかな口調に戻り、少し悲しそうに言葉を続けた。
「嘘なんかじゃないよ。そんなことあるはずないだろ?僕が萌奈美を嫌いになったりする訳ない。僕には萌奈美しかいない。知ってるだろう」
匠くんは少し怒ったような、淋しそうな顔をしながらあたしの瞳をじっと覗き込んだ。
涙で滲んだ目で、切なさを募らせている匠くんの眼差しを見返していた。
「・・・萌奈美が教えてくれたんだよ?もしかしたら忘れちゃってる?」
そう匠くんは優しくあたしに問いかけた。
忘れてる?何のことだろうと思って目を瞬いた。涙の粒が頬を伝った。
あたしが何のことかっていう様子で目を丸くしているのを見て、匠くんは顔を綻ばせた。
とても優しくて、とても温かくて、あたしをふわっと包み込んでくれる眼差しがあたしのことを見つめていた。はっ、とした。何かがあたしの中でシグナルを送っていた。何かとても大切なことを思い出せそうな気がした。
「萌奈美が僕に教えてくれたんだよ」
匠くんは繰り返し言った。少し可笑しそうに。なんでそんな大事なこと忘れちゃったの?って匠くんの瞳があたしに語りかけていた。
「萌奈美がずっと僕の傍にいてくれるってこと。僕と萌奈美がずっとずっと一緒にいられるってこと。この先の長い未来を、僕達は二人で一緒に生きていくんだ、って萌奈美がそう言ったんだよ?忘れちゃったの?」
何度も目を瞬いた。目の縁に溜まっていた涙が最後の雫となってぽつりとこぼれた。
あたしの様子に匠くんが小さく、くっと喉を鳴らした。そして微笑みながらあたしに語りかけた。
「こんなことで僕達は駄目になったりしない。離れ離れになったりしない。そう知ってる。そう萌奈美が教えてくれたから」
何だか信じられなかった。今まであたしの視界を覆い隠していた深い霧がさあっと晴れていくみたいに、あたしの中が明るい光で照らされて隅々までくっきりとクリアに見渡せるように、ほんの一瞬で全てが変わっていた。
匠くんの言うとおりだ。あたしは知っているのに。ずっと匠くんの傍にいること。ずっとずっと匠くんと一緒にいること。この先のものすごく長い時間を、あた しと匠くんはずっと二人で一緒に生きていくこと。あたしが誰よりもよく知っているはずなのに。あたしの中の何かが強くそう教えてくれていたのに。
それなのに、どうしてこんなにも簡単に見失ってしまうんだろう。忘れてしまうんだろう。何よりも忘れちゃいけないことのはずなのに。なのに、ふとした些細なきっかけで、どうしてこんなにも容易く忘れてしまうんだろう。
「大丈夫だから」
あたしが愕然とした思いに一人囚われていたら、匠くんがあたしに囁きかけた。あたしは我に返って匠くんを見返した。
「だから僕達は一緒にいるんだ。僕が忘れてしまったら萌奈美が僕に思い出させてくれる。萌奈美が見失いそうになったら僕が萌奈美に教えてあげる。だから、何も心配したり不安に思ったりしなくていいんだ」
そうか。そうなんだ。心の中で匠くんの言葉に頷いていた。
そうなんだね。あたしも匠くんも、すごく大事なことを、ふとしたことで見失ったり忘れてしまったりして、でも見失っても忘れても二人で一緒にいれば、あた しが匠くんに、匠くんがあたしに、思い出させてあげて、思い出させてくれて、ずっと二人でそうやって大切なものを失くさずに忘れずに一緒に生きていくん だ。
こんなことで駄目になったりしない。あたしと匠くんは離れていったりしない。
そうあたしは知っていたんだった。今、思い出せた。
たまらなく嬉しくなって、あたしは喜びをぎゅうぎゅうに詰め込んだ声で匠くんの名前を呼んだ。
「匠くん・・・」
「思い出せた?」
訊ねる匠くんにあたしは頷いた。
「急がなくていいんだ。焦らなくていい。ゆっくりと少しずつ寄り添っていこう」
もう一度あたしはしっかりと頷いた。
そしてあたしの方から匠くんに寄り添った。そっと匠くんのパジャマの胸に顔を埋めた。匠くんの両腕が優しくあたしを包んだ。
微かな躊躇いも不安も、何処にももうなかった。とても安らかな穏やかな気持ちで匠くんの腕の中にいた。匠くんの腕の中の一番安心できるこの場所に、やっとあたしは戻って来れた。
匠くんのパジャマに顔を擦りつけ、匠くんの匂いを嗅いだ。ずっと今迄そうしてきたように。
あたしを抱き締める匠くんの腕に力が籠もり、強くあたしは抱き締められた。もう怖くなんかなかった。
匠くんの胸から顔を上げて匠くんを見つめた。匠くんもあたしのことを見つめていた。
自分の気持ちのままにあたしは匠くんへキスをした。唇を重ね合わせ、愛情を確かめ合った。
ずっともどかしくこんがらがったままだった匠くんへの気持ちがあたしを急きたてた。溢れ出す想いに衝き動かされてあたしは匠くんの唇を求めた。
もうほんの少しだって待っていられないって思った。ほんの僅かな隙間もなく匠くんと寄り添いたかった。たまらなく、そう思った。
絡め合っていた舌をやっと離して、あたし達は切なく息をついた。濡れた瞳で匠くんを見つめた。
心配そうな瞳であたしを見つめながら、匠くんは躊躇っていた。
「萌奈美、急がなくていいんだよ」
あたしは首を振った。
「平気だから。あたし、本当に匠くんが、欲しいの」
喘ぐように訴えた。自分の言い方があんまり直截的だったので、言ってから少し焦った。恥ずかしさを誤魔化すように、また自分の唇を匠くんの唇へ押し付けていった。
言葉にならない気持ちをぶつけるみたいに激しく唇を重ね舌を絡めた。お互いの口蓋を舐め回し、口の中を啜った。
あたしの気持ちが躊躇っていないことを知った匠くんも熱くあたしを求め始めた。深く舌を差し入れて来てあたしの口の中の隅々まで舌を這わせ、あたしの舌をねぶり、ねっとりと絡めて強く吸った。それだけであたしは熱く溶けてしまいそうだった。
匠くんの手がパジャマの上からあたしの胸を掴んだ。揉みしだき、こねられた。パジャマの上からの少し物足りないような刺激がぴりぴりとあたしの官能を痺れさせた。
匠くんの舌が首筋を擽るのに熱く悶えながら、匠くんの手がパジャマの裾をめくり上げようとしている気配を感じていた。一瞬、快感に溶け出している脳裏に緊張が走る。
あの時の記憶がフラッシュバックしそうになる。
だけど目を閉じたまま深く息を吐き、静かに思考を断ち切る。余計なことは考えなくていいんだ。何も考えず、匠くんに身を委ねていていいんだ。匠くんが与えてくれる快感に身を任せていればいいんだから。
あたしの身体がゆっくりとほぐれていく。
あたしの胸が匠くんの熱い掌の中に直に包まれた。あたしの乳房を匠くんは荒々しく揉みしだいた。乳房は押し潰され不定形に形を変えた。固く尖った部分を指 で挟まれ擦り立てられた。匠くんに触れられている部分から、びりびりと強い快感が立ち昇り、あたしは熱い息をつきながら身を悶えさせた。堪えようもなく切 ない喘ぎが開いたままの口から漏れていく。
匠くんは左手は胸を揉みながら、右手をあたしの下腹部へと動かした。パジャマのズボンの中へと忍ばせ、あたしの熱くぬかるんだ部分を下着の上からなぞっ た。今迄とは比べ物にならない強い快感に息を呑んだ。びくりと腰が浮く。びっしょりと濡れた下着の上から匠くんの指は、あたしの形に沿って指を辿らせた。 もどかしいほどゆっくりとなぞられて、腰を浮かせながら熱い息を漏らした。
何度か下着の上からその部分をなぞって、匠くんの右手は下着の中へと潜った。思わず息が詰まった。繁みを優しく掻き分けながら、匠くんの指は洪水のような 愛液にぬめったあたしの秘められた部分に到達した。愛液をまとわりつかせたぬるぬるの指に直に入り口をなぞられて、一際高い声で喘ぎながら腰を躍らせた。 あたしの腰から力が抜かれるのを見計らって、匠くんは入り口にあてがったままの指を中へと差し入れて来た。中指は根元まで熱いぬめりの中に沈み込んだ。
「や、あっ!」
がくんと身体を仰け反らせながら甲高く啼いた。
あたしの反応を確かめながら、匠くんは差し入れた中指をゆっくりと動かし始めた。ぬるぬると内側を擦り立てられて、頭を振ってその快感を受け止めた。媚びを含んだような甘い喘ぎ声が漏れるのを抑えられなかった。
「ああっ、やあっ、くふんっ、た、くみくんっ、あはあっ、ダメえ、すごいのっ、すぐっダメんなっちゃうっ!」
どんどん昂ぶり続ける快感にぞくぞくと心を打ち震わせながら、切なげに訴えた。すぐに達してしまいそうだった。
それでも匠くんはあたしの訴えに耳を貸さず、突き入れた指を動かし続けた。そんなに早い動きではなくゆっくりとじわじわとした動きで襞を擦り上げた。そし て時折、根元まで沈め深く突き入れた。その度にびくんと身体を仰け反らせ、甲高い喘ぎを放った。ずきずきとした快感が背筋を通って頭へと突き抜けていく。 熱くぼやけた思考でもう持たないって思った。
泣きながら匠くんに懇願した。
「あふっ、ダメっ!もうっ、イッちゃう、うくっ、お願いっ!匠くんのっ、入れてっ欲しいのっ!あっ、繋がって、あっ、一緒にっ、イキたいっ!」
匠くんのもので深くまで貫かれて、繋がって結ばれたまま、一緒に辿り着きたかった。
匠くんは熱く霞んだあたしの瞳を覗き込みながら頷いた。
「萌奈美の、身体が見たい」
快楽に溺れながら、匠くんの言葉を聞いてはっとした。匠くんの瞳はとても真剣だった。
真っ直ぐに匠くんの眼差しを受け止めながら、頷いた。
大丈夫だから。何も心配しないで、安心して匠くんに身を任せていればいいから。そう自分自身に言い聞かせた。
あたしのしっかりとした眼差しを確かめた匠くんは、小さくあたしに頷いて、あたしのパジャマのボタンをはずしていった。パジャマの前が開かれた。匠くんが パジャマを脱がせるのをあたしは身体を浮かせて手伝った。上を脱がせると匠くんはパジャマのズボンに手をかけた。ズボンと下着を一緒に掴んで匠くんは一遍 に下着まで取り去った。匠くんが脱がせ易いようあたしも腰を浮かせた。
匠くんの身体の下であたしは一糸纏わぬ身体を横たえていた。少し不安を感じた。傷跡を匠くんはどんな気持ちで見ているのか、気になった。
「匠くん・・・」
黙っているのが不安で、匠くんの名前を呼んだ。
匠くんはあたしの身体の隅々まで見つめながら、優しく頷いた。
「とっても綺麗だ」
匠くんの言葉を聞いて涙が出そうだった。
「傷跡、醜くない?気持ち悪くない?」
どうしても気になって、聞かずにいられなかった。
あたしの言葉に匠くんは頭を振った。
「醜くなんか全然ない。すごく綺麗だよ。萌奈美が嫌いだって思ってる傷跡さえ僕には愛しいよ。心からそう思う」
匠くんは温かく包み込むような笑顔をあたしに注ぎながら答えた。そして少し悪戯っぽい眼差しであたしを見下ろして付け加えた。
「多分、分かってると思うけど」
温かいものがこみ上げて来て、じんと胸が熱くて、涙が滲んでくるのを止められなかった。匠くんの言葉に包まれ、あたしの心は温かく潤っていった。
それから匠くんは我慢できないかのように、もう抑え切れないかのように言葉を続けた。
「ずっと恋しかった。この美しい身体に早く触れたくて、待ち遠しくて仕方なかった。萌奈美が欲しくて、早く二人で溶け合いたくてたまらなかった」
逸る気持ちに言葉が追いつかないかのように、匠くんは一息にそう言った。
匠くんの気持ちが痛いくらいにあたしに伝わって来た。胸が震えるような切なさを感じた。とても愛しくて、恋しくて、匠くんに両手を伸ばした。匠くんを迎え入れるように、誘(いざな)うように、匠くんの身体を抱き寄せた。
導かれるように、匠くんはゆっくりと身体を重ねて来た。
あたしの濡れて熱を帯びた入り口に、匠くんの硬くいきり立ったものが押し当てられる感触が生々しく伝わってきた。
いつもこの瞬間感じる。
自分を見失うほどの狂おしく凄まじい快楽への期待と、微かな怖れの入り混じった気持ち。あたしに覆い被さっている匠くんの全身から、あたしを激しく求めている匠くんの欲望が伝わって来てたまらなく愛しく思う。
胸を詰まらせながらそっと目を瞑り、匠くんの背中に腕を回してしっかりと匠くんを抱き締めた。
匠くんが身体を密着させて腰を突き出す。焼けるように熱い匠くんのものがあたしの身体をいっぱいに押し広げながら、侵入して来た。温かく十分に潤ったあたしの中は匠くんの太い強張りをスムーズに受け入れていた。
ぬるぬると敏感な粘膜を擦り立てられ、凄まじい快感に襲われて、悲鳴に近い喘ぎを漏らした。
理性を蕩けさせるような快感に酔いながら、ほんの微かに、匠くんのそれが何だかちょっと余所余所しいような、あたしの中にぴったりと馴染んでいないような 感じがあった。二ヶ月ぶりに身体を重ねているから?そのほんの微かな感じがもどかしくて、早く、設えられたように僅かな隙間もなく匠くんと繋がり合いた いって思った。あたしの膣が匠くんのペニスの形の隅々までを思い出して、一ミリの余りもなく匠くんを心地よく包み込み、きつく締め上げてくれればいいって 思った。
そう思いながら、もっと匠くんを深く導き入れようと匠くんを抱く手に力を込めた。
匠くんもあたしの気持ちに応えるように一層深く腰を突き入れて来て、匠くんの強張った先端はあたしの一番奥深くに達した。
身体の奥深くを匠くんの強張りの先端が突き上げる感覚に、身体を仰け反らせてよがった。
「あっ、くうっ!」
硬く瞼を閉じながら、身体の奥に打ち込まれるような重苦しい快感に喘いだ。
匠くんはあたしの中に硬く強張ったものを根元まで沈めたまま、動きを止めてじっとしていた。匠くんも目を閉じて敏感な器官から伝えられる快感の全て、その細部の隅々までを余すことなく確かめているみたいだった。
身体の一番奥まで深々と満たされながら、無意識に腰を捩(よ)じらせていた。もっと激しくあたしの中に匠くんのものを突き入れて欲しくてたまらなくなっ た。激しく匠くんの強張りを出し入れして、あたしの熱くどろどろに蕩けきっている粘膜を乱暴に擦り立てて欲しかった。もっともっと、熱く淀んでいる身体の 中心まで激しく突き上げて欲しかった。
自分から淫らに腰を小刻みに振っていた。快楽に濡れた眼差しで匠くんを見上げた。お願い、早く激しく突いて、って匠くんの瞳に媚びた。
匠くんとあたしの眼差しがぶつかった瞬間、匠くんの中で何かが堰を切ったかのように、匠くんは激しく腰を動かし始めた。
深く突き入れていたものを殆ど先端まで引き抜いてから、次の瞬間、一息にまた根元まで突き入れた。腰をすごい速さで振り立てながら、匠くんは恐いくらいに思い詰めた顔で、一心に硬く勃起したペニスを、あたしの熟したぬかるみへ突き立て続けた。
ぬめりを纏ったペニスにずるずると心地よく濡れた粘膜を擦り立てられて、甘い喘ぎを上げ続けた。膣の一番奥を抉られ、ずしんとした重い快感を立て続けに送 り込まれながら、頭を振り乱して惑乱した。開けっ放しの口から絶え間ないよがり声が漏れ続けた。余りの快感に声を上げていないと気がおかしくなりそうだっ た。
あたしの反応を見て、もっとあたしを夢中にさせようとして、匠くんは更に腰の動きを強めた。匠くんを奥深くに繋いで置きたくて両足を匠くんの腰に絡ませた。頭の片隅で自分の行為をいやらしく感じながら、もっと強い快楽に溺れたくて自然に身体が動いた。
腰を大きく動かすことを封じられて、匠くんはすぐに承知したようにあたしの中に根元までペニスを埋めたまま、膣の奥を抉るようにずんずんと腰を強く突き入 れるように動いた。身体の奥深く、どろどろとした欲望の塊が淀んだ場所を激しく突き上げられて、もう何も考えることができなくなるほどの快感を味わった。
息を整える間もなく続けざまに身体を貫く快感に、急速に高まっていった。あたしの中で予兆があった。めくるめく遥かな高みに押し上げる高波が、もうすぐそこまで迫って来ているのが分かった。
「あっ、はっ、あふっ、匠くんっ、もおっ、うくっ、ダメえっ!はっ、ああっ!やっ、あっ、イクっ!あんっ、イクう!あっ、イッちゃうっ」
差し迫ったあたしの声に、匠くんはダメ押しのようにより深くペニスを突きこんだまま腰をぶつけた。匠くんのいきり立ったものはまるで突き破ろうとするかの ような激しさで、あたしの膣の奥の突き当たった部分を何度も何度も抉った。匠くんの先端がずんずんとぶつかる感覚があたしの理性を焼き切った。思考は白い 閃光に包まれ、強く瞑った瞼の裏で青白い光が何度もスパークした。
「あーっ、あっ、やあっ、すごっ、いいっ・・・あんっ、ダメえ!ダメ、なのっ、イッちゃうっ!いやっ、あーっ、イクっ!あっ、あーっ、ああっ、あーっ、あっ、あああっ、ああああああああーっ!」
全身が仰け反りぶるぶると震えながら硬直した。匠くんと深く繋がったまま、身体の奥を匠くんの逞しいもので貫かれながら、至福と快楽を身体いっぱいに満たしながら絶頂した。意識がばらばらに砕け散って、ただ甘美な快楽に呑み込まれていった。
頭が真っ白になる直前、匠くんの切羽詰った苦しげな呻きが耳に届いた。
「ううっ!くっ、出るっ!」
薄れていく意識の中で、匠くんがあたしの中に根元までぴったりと納まったまま、びくびくとペニスをひくつかせながら激しく射精していることを嬉しく感じていた。
めくるめく絶頂があたしの身体から潮が引くように遠ざかっていき、あたしは身体を弛緩させだらしなく手足を投げ出していた。全身がばらばらになりそうな快楽に揉みくちゃにされて、身動きもできずに放心していた。ただ荒い呼吸を繰り返す胸だけが激しく上下していた。
急速に昂ぶりが冷めていく身体に余韻のような疼きが残っていた。
匠くんも全身の力を使い果たしたかのように、あたしの身体に圧し掛かるようにして脱力していた。匠くんの重さを心地よく思った。
汗ばんでいる身体が愛しくて、幸せを感じながら匠くんの身体を抱き締めた。
まだあたしの中には匠くんの硬くいきり立ったままのものが根元までしっかりと納まっていて、あたしの膣は匠くんの熱いペニスを感じてひくつき、疼いた。あ たしの膣があたしの意志とは無関係に、匠くんの強張ったものを締め付けると、それに反応して匠くんのペニスはひくひくと脈打った。ひくつくペニスでまだ甘 美な快感の余韻をくすぶらせている膣襞を擦り立てられるたび、じんじんとした快感が湧き起こった。うっとりと感じながら切なく喘いだ。
気だるげに身体を投げ出していた匠くんが両腕で支えながら上半身を起こしてあたしのことを見下ろした。
あたしも匠くんのことを見上げた。匠くんはまだ荒い息をついていた。
すごく満ち足りた思いで匠くんに微笑んだ。匠くんも嬉しそうに目を細めた。何だか久しぶりで照れくさかった。はにかみながら伝えた。
「やっと、ひとつになれた」
「うん」匠くんも頷いた。
匠くんがあたしに顔を近づけて来て、目を閉じて匠くんの唇を迎えた。すぐに舌を絡め合った。ずっと喘ぎ続けていて乾いてひんやりとしたあたしの口の中を匠くんの温かい舌が這い回るのが気持ちよかった。
あれだけ激しく達したばかりなのに、深くキスを交わしているだけですぐにまた自分の中の欲情が首をもたげて来るのを感じた。匠くんも同じ気持ちだった。唇 を強く押し付け合い、舌を蠢かしてあたしの口中を隈なく舐め回しながら、あたしを貫いている硬く屹立したままのモノををぐいぐいと押し付けて来る。
一回なんかじゃ全然足りなかった。もっともっとあたし達は激しく身体を求め合い、深く繋がり合って、貪欲に二人だけの快楽を貪りたくてたまらなかった。
同じ気持ちに衝き動かされて、あたし達はすぐにまた激しく腰を振り立ててぶつけ合い、二人の敏感な器官を擦り合った。快楽の虜になってあたしは、羞恥心も 忘れ去っていやらしくよがり続けた。自分のものではないような艶かしい喘ぎがずっと響いていた。匠くんと入れ替わり上になって、自分から腰を振った。溶け てしまいそうなくらい気持ちよくて身体を起こしていられなくて、仰向けに横たわっている匠くんにぴったりと身体を重ねながら、腰だけを淫らに動かし続け た。出入りを繰り返す太くて硬いペニスが熱く濡れた粘膜をずるずると擦り上げる快感に、惑乱して頭を振った。
すぐ耳元で匠くんの荒い呼吸が聞こえ、それに混じって短く鋭い喘ぎが途切れ途切れに漏れてきて、あたしの感覚を煽り立てた。匠くんの身体にぶつけるように 腰を振った。匠くんが呻き、身体を仰け反らせる。深い喜びにあたしは包まれる。匠くんをこんなに感じさせているんだ。その思いがあたしの快感をより高めて いく。
快楽にふやけた顔を匠くんの汗ばんだ裸の胸に擦りつけた。あたしの身体を抱き締める匠くんの腕に力が籠もる。二人でたったひとつのことしか考えていなかっ た。もっと気持ちよくなりたい。もっと感じ合いたい。そして二人で深く繋がったまま、ぴったりと重なり合って少しのズレも許さずに同時に達したい。
あたしも匠くんもそのことだけしか頭になくて、狂ったように腰を打ちつけた。匠くんの上であたしはまるで下半身が別の意志を持ったものであるかのように腰を振り続け、匠くんがあたしの動きに合わせて下から腰を突き上げた。
ずんずんと硬いペニスで突き上げられて、膣の奥から頭の天辺へびりびりっていう電流のような強い快感が突き抜けていく。
快楽に全身を呑み込まれながら、あたしは切迫した喘ぎを上げていた。もう限界だった。
「あーっ、あっ!あっ、あんっ、イクっ!あっ、あっ、あーっ、やあっ、ああっ、ああ!あああっ、あああああああーっ!」
がくがくと全身をわななせながら、身体を仰け反らせて絶頂に達した。ぴん、と全身が弓なりに硬直したまま、ぶるぶると震えた。
口をだらしなく開けながら快感に蕩けた顔のまま動きを止め、最高の快楽にどっぷりと溺れた。ひくひくと膣が蠢動を繰り返していた。
あたしが絶頂に喘ぐのと同時に、匠くんも鋭く呻いていた。
蕩けるようにぬかるんだあたしの膣の奥深くに打ち付けられる匠くんの性器がびくびくと激しくひくついた。先端がぐうっと膨れるような感覚を、匠くんのもの をきつく締めあげている膣襞に感じた。途端にペニスが滅茶苦茶にのたうち、薄いゴムの膜越しにどくどくっと激しい勢いで射精しているのが分かった。何度も 匠くんのペニスはあたしの一番深い部分でびくん!びくん!って弾み、その度に大量の精液がスキンの中に吐き出されているのを感じ取った。
快感に痺れる意識の中で、匠くんの激しい射精を感じながら、もしもできることなら、あたしの膣で直に匠くんのペニスから放たれる精液を受け止めたいってぼんやり思った。あたしの膣奥にすごい勢いで浴びせかけられる精液を思い、ぞくぞくと背筋を震わせていた。
やがて匠くんの射精の勢いも弱まり、あたしの膣に締め付けられたままのペニスはひくひくと小刻みに震えて、絶頂の証を最後の一滴まで吐き出し終えたみたいだった。
匠くんは強張らせていた身体の力を抜いてベッドに沈み込んだ。あたしの頭の下で匠くんの胸が激しく上下動を繰り返し、荒い呼吸が聞こえていた。
目を瞑って快楽の余韻にうっとりと浸った。二人同時に激しい絶頂に至ることができて、ものすごく満ち足りた気持ちになった。それは間違いなく至福のひとときだった。
「萌奈美、大丈夫?」
呼吸を整えた匠くんが頭を上げてちょっと心配そうな眼差しであたしを仰ぎ見ていた。あたしは顔を上げて笑い返した。
「うん。大丈夫。すごい、気持ちよかった」
恥ずかしくて少し顔を赤くしながら、でも嬉しくて、とても幸せで、匠くんに伝えずにいられなくて口に出して言った。
匠くんも嬉しそうに笑い返した。
「うん、僕も。最高に気持ちよかった」
匠くんがそう言ってくれて、とても嬉しくて、はちみつみたいに甘くてとろりとした幸せに胸を満たされた。
そしてまた匠くんの胸に頭を載せた。匠くんの心臓の音がとくん、とくん、って聞こえた。
「このまま眠っちゃいたい」
甘えるように言った。匠くんと繋がったまま、素肌で匠くんと触れ合ったまま、眠りに就きたいって思った。
「いいよ」
匠くんはあたしの髪を撫でながら即座に答えた。
嬉しかったけど、でも重くないかな?って少し気になった。
あたしが胸の内で躊躇っていたら、匠くんはあたしを優しく抱き締めたままで大きく息を吐いて身体の力を抜いた。ゆったりとベッドに身体を預けた。
本気でこのまま眠りにつくらしい匠くんの様子に、あたしも匠くんに身体を預けて瞼を閉じた。
心地よい疲れが身体に纏わりつき、温かい匠くんの身体に安らぎながら、じきに穏やかな眠りに落ちていった。薄れゆく意識の中であたしは温かい暗闇に包み込まれていくのを感じた。

◆◆◆

柔らかな明るさを瞼の向こう側に感じて目を覚ました。
目を開けると部屋はぼんやりと明るかった。締め切ってある遮光カーテンの向こうは、既に日が昇り明るくなっているみたいだった。
あたしは匠くんと抱き合ったままで、薄い毛布に包(くる)まっていた。
素肌で触れ合いながら、匠くんの体温を感じて幸せな気持ちになった。知らずにこにこと笑顔が零(こぼ)れてしまう。
下腹部に意識を向けてみたら、あたしと匠くんは夜が明けてもしっかり繋がったままだった。それを知ってまた嬉しくなる。
少しの隙間もなくあたしの中の奥深くまで完璧に匠くんに満たされていた昨日の夜を思い出す。
たまらない気持ちになって、早く匠くんに目を覚ましてもらいたいような、でもまだこのまま目を覚まさずにいて欲しいような、相反する気持ちを胸にひしめかせながら、安らかな寝息をたてている匠くんの寝顔をずっと見つめ続けた。

それから小一時間ほどして匠くんが目を覚まして、二人で毛布にくるまりながら少しの間睦言を囁き合い、じゃれ合うように肌を触れ合わせて思わず昂ぶりかけ た気持ちを何とかやり過ごして、二人とも胸の奥にわだかまった甘い疼きを持て余しながら、でもこの切ないじれったさが後の激しい快楽の添加剤になるって分 かってて、だから今は平気な振りして普通の顔でベッドから抜け出した。心の奥では今夜も濃密な暗闇の中で、二人が溶け合う時間が訪れるのを、共犯者みたい な気持ちで待ち遠しく思いながら。でも、もしかしたら夜が訪れるまでなんて待っていられないかもって、どきどきしながら。

あたしが上機嫌で朝食を用意していて、匠くんがダイニングテーブルでコーヒーを飲みながら、二人で他愛無い話しを延々と続けているところに麻耶さんが起きて来て、開口一番言った。
「・・・信じらんない」
麻耶さんは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。・・・何だかちょっと怒っているような?
麻耶さんの様子に微かに不安を覚えながら、フライパンを火から下ろし、出来上がったスクランブルエッグをお皿に移した。
「何だよ、いきなり」
匠くんが怪訝そうに聞き返した。
麻耶さんは呆れ果てた様子で言った。
「人が本気で心配してんのに、夜中に一体何やってんの?」
それを聞いた途端、あたしと匠くんはこれ以上ない位真っ赤になった。二人して周章狼狽した。
すっかり行為に夢中になって、麻耶さんがいるのも忘れて遠慮もなく恥ずかしい声を上げまくっていたことを思い出して、心の中で悲鳴を上げていた。ひえーって喚きながらベッドに潜り込みたかった。会わせる顔がないっていうのは恐らくこういうことを言うんだって思った。
「・・・もう二人の話を真に受けるのやめよう。こっちがバカ見るもん」
そう言って冷ややかな視線をあたしと匠くんに向けた。
あたしも匠くんも麻耶さんの言葉に深く反省した。
「・・・悪い」
「ごめんなさい」
二人して謝った。
麻耶さんは答えず、呆れたように肩を竦めると洗面所へと行ってしまった。ぽつりと一言言い残して。
「ま、よかったけどさ。仲直りできたみたいで」
あたしと匠くんは赤い顔をしたまま、ばつが悪そうにお互い顔を見合わせた。
それからあたしは麻耶さんには悪いって思いながらも、何だか幸せな気持ちになってにやけてしまった。
あたしに釣られて匠くんの目も笑っている。
二人してにやけていて、こんな所を麻耶さんに見つかったらまた何を言われるか分かったものじゃないって思いながら。


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