【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ Friends ≫


PREV / NEXT / TOP
 
お昼は冷やご飯があったので炒飯を作って、二人で一緒に食べた。
「簡単な料理でごめんね」
気になって言ったら、匠くんは「全然。とっても美味しいよ」って答えてくれた。
「お昼なんて、今迄はいつも大抵一人だったんで残り物を適当に食べるか、コンビニ行くか、それか面倒な時は食べなかったりとかだったからさ。作ってくれる人がいて、一緒に食べてくれる人がいるなんてすごく嬉しいよ」匠くんは笑った。
そう言ってくれて嬉しかったけど、でも、そうすると二学期が始まったら、また匠くんのお昼は同じ状況に逆戻りしてしまうってことだよね。
今迄も時々自分でお弁当を作って持って行ってたけど、二学期からは毎日お弁当を作ることにしようって決めた。自分の分とそれから匠くんの分と。お弁当を作っておけば匠くんもきちんとお昼ご飯を食べてくれるだろうから。
午後は匠くんはまたお仕事をして、あたしは文化祭で発行する部誌に載せる小説の執筆をした。
昼食を食べている時に匠くんが3時位で切り上げて、少し早めに出掛けて大宮で買い物でもしようって言っていて、3時になって匠くんが仕事部屋から出てきて出掛ける支度を始めた。あたしも服を着替えた。
今夜は誉田さんや冨澤先生も一緒なので、匠くんは多分お酒を飲むだろうからって電車で行くことにした。
マンションから外へ出たら、もう4時に近いっていうのに、相変わらず陽射しは強く暑かった。少し外を歩いただけですぐに汗ばんで来る。夜になっても涼しく なる気配はなさそうだった。マンションから駅に直結しているデッキを歩いていると、ビル風なのか風は吹いているけど、涼しくないどころか熱風に近かった。
匠くんもあたしも「あっちー」「あっついねー」ってぼやきながら、それでもしっかり手は繋いでだらだらと歩いた。
武蔵浦和で埼京線の下り電車に乗って大宮へ向かった。
大宮駅の改札を出たら東口と西口を結ぶ広い通路は行き交う人で混雑していて、余計に暑苦しさを覚えずにいられなかった。大宮って何でこんなに人が多いんだろう、って来る度にいつも思ってしまう。人の多さに少し気持ちがげんなりした。
匠くんが元気のないあたしに気付いて「どうしたの?」って聞いたので、「何でこんなに人が多いんだろうね?何か人混み見るだけで疲れちゃう」って答えたら、呆れられてしまった。
「萌奈美ってほんとに十代の若者?」
そりゃそうだけどさあ。あたしは口を尖らせた。
あたし達はアルシェ、丸井、そごう、ヨドバシカメラとぶらついて、ソニックシティ方面へ歩いた。
今夜はソニックシティビルの隣のシーノ大宮っていうビルの2階にある「梟(ふくろう)」っていうお店で会うことになっていた。誉田さんの予約したお店だった。
誉田さんは大宮にあるコンピューター関係の会社に勤めていて、大宮周辺のお店を良く知ってるって結香が話してて、それで誉田さんに幹事をお願いすることに なったのだ。誉田さん自身も(結香が言うところでは)人当たりがよくて世話好きな性格なので、喜んで引き受けてくれたらしい。参加メンバーに未成年者が5 名もいるので、食事も美味しいお店を誉田さんが選んでくれたらしかった。
集合時刻の午後7時まではまだ1時間弱あって、あたし達はソニックシティビルの中の「タリーズ」に入って時間調整をした。あたしはハニーミルクラテ、匠くんはカフェモカのコールドを注文した。
隣に旅行用品のお店があったのでそう話したら、匠くんが思い出したように言った。
「このビルの中にパスポートセンターがあるんだよね、確か。この先だったかな。だからかな」
あたしはふうん、って頷いた。
「あたしまだ海外って行ったことないの。匠くんはある?」
「うん。2年前に。大学時代の友達とハワイに行ったよ。みんな社会人2年目位で多少余裕も出てきててさ、じゃあ行こうってことで」
「えー、そうなんだあ。ハワイってやっぱりいいの?」
興味津々で質問した。お正月とか芸能人がみんな行くけど、そんなにいい所なのか前から気になっていた。
「うん、まあ」匠くんは考えつつ頷いた。
「外国だけど大抵日本語通じるし、日本人多いし、安心感あるね」
それって良い点に挙がる理由なのかな?少々疑問だった。
「海の景色とかやっぱり開放感あるしね。僕達はオアフ島に殆ど滞在して、カウアイ島へオプションツアーで行った位だけどね」
「あ、カウアイ島って知ってる。『リロ・アンド・スティッチ』のリロ達が住んでる島なんだよね」
あたしは得意げな顔で教えた。
「へえ、そうなんだ」匠くんは初めて知った、っていう顔をした。
「シダの洞窟っていうところ見て、あと何とかっていう渓谷見て。カウアイって自然が多い島で、映画の『ジュラシック・パーク』や『アウト・ブレイク』の撮影のロケ地だったりしたんだよね」
「ふうん」
「あとはオアフで海水浴してショッピングしてたかな。女性陣はアウトレットとブランドショッピングが目当てだったらしいし」
ぴくり。匠くんの言葉に素早く反応していた。
「女の人も一緒に行ってたの?」
すかさず問い質す。
「え?うん、まあ・・・」
匠くんはあたしの目が険しくなっているのに気付いたのか、はっとした様子で口籠った。
「どういうメンバーだったの?」
更に追及した。
「いや、どういうって・・・だから、大学の時の同じゼミの友達で・・・」
匠くんは明らかに引いている様子だった。
「あ、萌奈美も会ったと思うんだけど、九条(くじょう)って奴さ、あいつが音頭取って、で、あいつと仲のいい女の子も一緒に行くことになって、僕はそんな親しくもなかったんだけど・・・」
妙に言い訳めいた説明だった。
「でも、旅行中は親しく買い物したり海水浴行ったりしてたんでしょ?」
「いや、そんな、親しくなんて、意外と男は男、女は女って別れてた感じだったし、九条が女の子と親しく話してたりしてただけで・・・」
なかなかあたしは納得せず、匠くんを厳しく追及し続けた。ハワイへ男女のグループで旅行なんて、みんな開放的な気分になったりするんじゃないかって思ったりした。中には一緒に行動するうちに恋心とか芽生えたりするかも知れないし。
疲労の色を浮かべ始めた匠くんが時計に視線を落とし、「あ、そろそろ行こうか」ってそそくさと立ち上がった。
時計を見たら確かに待ち合わせ時間が迫っていたので、尋問(?)はそこで打ち切りになった。

ソニックビルと隣のシーノ大宮とは二階がデッキで繋がっていて、インターネットサイトのぐるなびに載っていた地図のプリントアウトを片手に、あたしと匠くんはソニックビルからデッキを渡ってシーノ大宮センタープラザビル二階にある「梟」へ向かった。
お店はすぐに見つかり、あたし達は店内へと入った。店内は天井が高く開放感があって、間接照明でとってもお洒落だった。
入り口でお店の人に声を掛けられ、匠くんが「誉田で予約してると思うんですけど」って伝えた。
お店の人はレジのところで何か確認してすぐ戻ってきて、「誉田様、8名様でご予約でございますね。お待ちしておりました」ってにこやかな営業用スマイルを見せて、あたし達を店の奥へと案内して行った。
「こちらでございます」案内された席には、既に幹事役の誉田さんと結香、千帆、宮路先輩が到着していた。
「あ、どうも。お疲れ様です」
現れたあたし達に、誉田さんは人懐こい笑顔を浮かべて社会人らしい挨拶をした。
「どうも」
「こんばんは」
匠くんとあたしは挨拶を返した。結香、千帆、宮路先輩とも口々に挨拶を交わしてあたし達は席に着いた。
お店を見回しながら「素敵なお店ですね」って感想を言った。
千帆が「ほんとだよねー」って同意した。
「なかなかいいでしょ」誉田さんは嬉しそうな顔をした。
「このビルの上の方に市の公共施設が入ってるんだけど、知り合いがそこに勤めてて、前にここを教えて貰ったんですよ。結構気に入ってて時々来るんです」誉田さんは説明してくれた。
公共施設?あたし達が聞くと、誉田さんは図書館と公民館とあと生涯学習振興センターっていう施設があることを教えてくれた。誉田さんの知り合いの人は、そ の中の生涯学習振興センターっていうところに勤めているとのことだった。でも生涯学習振興センター(それにしても長くて覚えにくそうな名前だ・・・どうし て市役所とかってこういう長ったらしくて何だかよく分からない名称を付けるんだろう。)って何をするところなのかあたし達にはさっぱりピンと来なかった。 まあ別にいいんだけれど。
「冨澤先生達はまだ?」
匠くんが聞いた。春音と冨澤先生がまだ来ていなかった。
結香の携帯に春音からのメールがあったらしく、こちらを見て答えた。
「二人一緒みたいだけど、少し遅れるかもって」
「じゃあ、佳原さんと阿佐宮さんも来た事ですし、始めてましょうか?」誉田さんが提案した。
あたし、結香、千帆、宮路先輩の未成年者四名はソフトドリンクを頼み、匠くんと誉田さんは「とりあえず」って言いながら生ビールの中ジョッキを注文した。(何で大人ってよく、「とりあえず」ビールを頼むんだろう?あたしには不思議だった。今度匠くんに聞いてみよう。)
飲み物が運ばれて来て、あたし達はそれぞれグラスやジョッキを持ち、「では、みなさんお疲れー」っていう誉田さんの音頭で手に持ったグラス、ジョッキを合 わせてカチンと鳴らした。(しつこいとは思うけど、何で大人は乾杯するとき「お疲れさま」とか言うんだろう?殊(こと)にこの場合、別にあたし達は疲れて もいないのに。)
誉田さんはぐいっとジョッキを上げ、半分近くまでを一気に飲んだ。「くあーっ。美味い!」って大きな声を上げる。どうやら誉田さんはお酒好きのようだった。
匠くんは乾杯した後ほんの一口二口飲んでジョッキを置いていた。匠くんはお酒を飲めなくはないけど余り好きではないみたいだった。(そう言えば、部屋の冷蔵庫で冷やしてある缶ビールや納戸にしまってある缶ビールの箱は、全部麻耶さんのものらしい。)
料理のコースが決まっているみたいで、飲み物が運ばれて来ると同時に料理が運ばれ始めた。小鉢、サラダに始まり、魚のカルパッチョ、豚肉の味噌漬け串焼き・・・
「どんどん食べてねー」誉田さんがあたし達に向かって言った。
始まって15分位過ぎた頃、春音と冨澤先生が到着した。
冨澤先生は「どうもすみません」ってしきりに恐縮していた。誉田さんが立ち上がって「いいから、いいから。ささ、どうぞ席について」って空いていた席に二人を着席させた。
「春音」
斜め向かいの席に着いた春音に声をかけた。
春音は頷いて「遅れてごめんね」って言ったので、あたしはううん、って頭(かぶり)を振った。
「飲み物は何がいいすか?」
誉田さんが飲み物のメニューを渡して聞いた。ホントにまめで世話好きな人だなあ、ってあたしは感心した。
「誉田さんてすごいまめで細やかで親切ないい人だね」結香に小声で伝えた。
「ちょっとお節介過ぎるし、でしゃばり過ぎなんだよねえ」結香はそう答えてたけど、でもその実、嬉しそうな顔をしてた。
春音と冨澤先生の飲み物が運ばれてきたところで、誉田さんが改まった口調で言った。
「えー、では皆さんお揃いになったので、改めてですね、佳原さんと阿佐宮さんの婚約をお祝いして乾杯したいと思います」
あたしも匠くんも面食らった。この間マックで確かに結香がそんなこと言ってたけど、てっきり冗談だと思ってた。だから、匠くんにもそんな話があるって一言 も伝えてなかった。みんなから冷やかし混じりのお祝いを告げられて、あたしも匠くんも気恥ずかしくて二人して顔を赤くしていた。
「全く、この間プール行った時にはそんな話億尾にも出さなかった癖に、憎いっすねえ、佳原さん」
誉田さんが匠くんを冷やかした。
「いや、別に秘密にしてた訳じゃないんだけど・・・」
匠くんは困ったように弁解した。
本当に秘密にしてた訳でも何でもなくて、あの時はまだ婚約だとかそんな話はそもそも全く存在してなかったんだよね。あの後急転直下で話が進んで(っていう か、あたしが話を進めたその張本人なんだけど)結婚とか婚約とかっていう話になったのだ。それに今夜はもうひとつみんなに報告しなきゃいけない事があっ た。
「まあ、とにかくおめでとうございます」
既に3杯目になるジョッキを掲げて、誉田さんが「では、みなさん」って乾杯の音頭を取ろうとするのを、匠くんが制した。
「実は、今日はもう一つ話しておきたい事があって」
話を遮られてジョッキを宙に浮かせたまま誉田さんが不思議そうに聞き返した。
「何すか、話しておきたい事って?」
結香が突然声を上げた。
「まさか、赤ちゃんできたとか?」
結香の言葉に千帆も、春音も、冨澤先生も、宮路先輩も驚愕の表情のまま固まってしまった。言っていい冗談と悪い冗談があるだろう!あたしは胸の中で叫んだ。
「違います!!」
怒りを含んだ声で否定した。
「・・・じゃあ何なの?」
あたしの剣幕にびびりながら結香が聞き返した。
こめかみを抑えて匠くんは答えた。
「今、僕達一緒に暮らしてるんだ」
「え!?」みんな申し合わせたように一斉に驚きの声を上げた。
「一緒に暮らしてるって、何時から?」
春音が聞いた。
「えっと、昨日から」
あたしはおずおずと答えた。
「何それえ?」
結香は信じられないって顔で目を丸くしている。
「ついこの間、あたし達四人で会った時には、婚約したって話しかしてなかったよね?」
千帆もびっくりしているようだった。
「うん。あの時には一緒に住むとか、そんなつもりまだ全然なくて・・・一昨日、決めたの」消え入るような声で打ち明けた。
「何それえ?」
結香がさっきと全く同じ言葉を繰り返した。
「ほんと信じらんない。展開超早過ぎ。一昨日決めたってどういうこと、それ?」呆れたように呟いた。
結香が言うのも無理はなかった。本当にここ一、二週間ばかりで婚約、同棲と自分でも信じられないような急展開だったのだから。っていうか、匠くんと出会ってからの二ヶ月余りがドミノ倒しのような急展開の連続だった。
「よく萌奈美のパパとママに許してもらえたね」
千帆が感心したように呟いた。
「うん。匠くんと一緒にいたいって泣きながら打ち明けて、パパもママも呆れたみたいだったけど、許してもらえた」
その時の事を思い出すと、パパとママの驚いたそして唖然とした顔が浮かんで来て、あたしは恥ずかしさを覚えつつ告白した。
「なんかさ、阿佐宮さんて思ってた印象と大分違うなあ」
宮路先輩に言われた。
「以前はもっと控え目っていうか、内気で大人しい性格かと思ってた」
「ああ、確かに僕もそういう印象持ってたな」
冨澤先生も同意するように言った。
そう言われても自分ではよく分からなくて、あたしは困ったような顔で曖昧に首を傾げるしかなかった。
「あたしは今の萌奈美、好きだよ」
春音が唐突に言った。驚いて春音の方を向いた。春音がそんな事言うなんて意外な感じがした。
「あ、あたしもそうだな」結香が相槌を打った。
「なんか生き生きしてるっていうか、本当に嬉しそうに笑うし、幸せそうな顔するし」
「それに綺麗になったよね、萌奈美」千帆は頷いて言った。
え?そ、そうかな?面と向かってそう言われて恥ずかしくてあたしは顔を赤くした。
「うん。そうそう。輝いてるっていうか、きらきらしてるっていうか。恋してるとやっぱり女の子って綺麗になるもんなんだよねえ」
結香がそんなことを言うものだから、あたしの顔は更に赤くなった。
結香の発言を聞いて、千帆が呆れたように問い返した。
「結香、何かそれまるっきり他人事みたいに聞こえるけど。結香は恋してない訳?」
千帆の突っ込みに結香は顔を赤くして言い返した。
「なっ、何を失礼な。あたしだってきっちり恋してるわよ」
「きっちりって何かそれ表現おかしくない?」
春音が冷静に指摘した。
「うっ、うるさいわねっ」
「どうですか?恋人としては結香、綺麗になったと思います?」結香の抗議を完全に無視して、春音は誉田さんに聞いた。
誉田さんは突然話を振られて少し慌てていた。
「え?いや、隣同士だしなあ。毎日のように顔合わせてるから何とも・・・」
正直に答えて結香に睨まれることになった。
「何ですって?」
「あ、いや、えっと・・・」
結香に怒りの視線を向けられ、慌てて視線を反らして誉田さんは言い淀んでいた。そしてあからさまに話題を変えた。
「あ、そうそう。だから、まあ、つまり、要は佳原さんと阿佐宮さんの幸せを祝して乾杯ってことで」
余りに苦しい話の振り方だった。
「何が“つまり”なんだか」
冷ややかに結香が言い返した。
「まあ、でもいいんじゃない。佳原さんと阿佐宮さんの幸せを祝してっていうのは本当にその通りなんだし」
冨澤先生がとりなすように口を挟んだ。
「そうそう」
助かったとばかりに誉田さんはぶんぶんと頭を縦に振って頷いた。
「では、皆さんグラスをお持ちいただいて」先を急ぐように告げると、誉田さんは自らジョッキを掲げた。
「改めまして、佳原さん、阿佐宮さんご両人の幸せを祝して」
誉田さんは一旦言葉を切って、皆がグラスを手にしたのを確認して続けた。
「乾杯!」
続いてみんなが唱和した。
「乾杯!」
あたしも匠くんも気恥ずかしさを感じながら、皆と一緒にグラスを合わせた。カチンっていう澄んだ音が響いた。
あたしは恥ずかしいのを堪えて、大きな声で乾杯に際して考えていた言葉を狙いすましたタイミングで告げた。
「みんなの幸せを祝して!」
みんなの注目が集まってたまらなく恥ずかしかったけど、無理矢理にっこり笑ってグラスを掲げた。
あたしの気持ちを察してくれたのか誉田さんが応じるように繰り返す。
「みんなの幸せを祝して!」
みんな笑顔になって、またグラスを合わせた。再び澄んだ音が響き渡った。

あたしは結香や千帆の質問攻めに遭うことになった。
匠くんのご両親に挨拶に行った時のこととか、匠くんとの同居生活はどうかとか、恥ずかしいような話まで遠慮もなく聞いてくる二人に、顔を赤くしてどぎまぎしながら答えた。
ふと見ると誉田さんが匠くんに話しかけていた。
「佳原さん、あんまり先走りし過ぎないでくださいよお」
言い募るような話し振りにこっそり聞き耳を立てた。
「先走るって何ですか?」
話が飲み込めなくて匠くんが聞き返した。
「だからですね、佳原さん達にあんまり先を急がれちゃうと周りが大変なんですよお」泣きつくように誉田さんは言った。
「結香の奴、阿佐宮さんの婚約話聞いてすっかり憧れちゃって、自分達も婚約したいって言い出しちゃって」
「はあ」
匠くんは曖昧に頷き返した。
「おまけに結構豪華なエンゲージリング、プレゼントしたそうじゃないすか。写真見て結香も魅せられちゃって、エンゲージとまでは言わないけど指輪欲しいってねだるんすよ」
「そうなんですか」
「やっぱり、指輪って結構意味深じゃないすか。そういうのってやっぱ男としては特別な時にあげたいじゃないすか。セレブレイトな時に」
「はあ」
セレブレイトな時ってどういう時なんだろう?聞き耳を立てながら思った。匠くんも同じ気持ちらしく曖昧な返事をしている。
「だから俺、弱っちゃってるんですよ。気安く指輪なんかあげたくなくて」
「それは、ご迷惑をおかけすることになってすみません」
匠くんは一応って感じで謝った。でもあたしは少しカチンと来ていた。だって、匠くんが謝るようなことは何もないって思うもん。
「あたし達がどうしたって別にあたし達の勝手じゃないですか。婚約しようと何しようと」
二人の会話に割って入って誉田さんに反論した。
あたしが突然口を挟んだので、匠くんはぎょっとしたようだった。誉田さんも目を丸くしている。
「萌奈美、男同士の話に口を突っ込まない」匠くんがやんわりとあたしを制した。
不満げな顔で匠くんに抗議する。
「だって、聞いてたら匠くんが悪いみたいに聞こえたんだもん」
「あ、ごめん。そんなつもりじゃ全然なかったんだけど・・・阿佐宮さんにはそう聞こえたんだ。ごめんね」
あたしの言葉を聞いて、誉田さんは気が付いたように謝った。
「萌奈美、佳原さんの事になると、ほんとすぐムキになって我を忘れちゃうよね」
向かいの席から指摘されて視線を向けたら、春音が苦笑していた。
春音に図星を指されて、あたしは言葉に詰まって赤面した。気が付くと春音の隣で千帆と宮路先輩も笑いながらこっちを見ていた。
「だって」
拗ねたように口を尖らせた。
「だって、はいいから」
匠くんがそう言ってあたしの頭をぽん、って叩いた。叩いたって言っても手を載せた位な感じで全然痛くも何ともなかったけど、突然でびっくりして身を竦ませた。
あたしの顔を覗き込んで匠くんは言った。
「誉田さんは謝ってくれたんだから萌奈美も謝って」
匠くんの諭すような口調に、急に自分がすごく子供じみて感じられた。
沈んだ声で誉田さんに「ごめんなさい」って謝った。
すっかり元気を失くしたあたしを気遣うように、笑顔を浮かべた誉田さんはあたしに向かって言ってくれた。
「いや、全然。気にしてないよ。だから萌奈美ちゃんも気にしないでよ」
誉田さんはやっぱりすごくいい人だった。誉田さんを非難するような発言をしてしまったことを深く反省した。
匠くんに叱られてすっかり落ち込んで、しばらく元気を無くしていた。
みんなはそんなあたしを気にかけて、 殊更に和気あいあいとした雰囲気を作ろうとして話を盛り上げようとしているみたいだった。

少し経って思い出したように千帆がみんなに呼びかけた。
「そう言えば、今日ってそもそもディズニーランド行く日取り決めるつもりで会う約束したんだったよね。すっかり萌奈美と佳原さんの婚約祝いになっちゃったけど」
「ああ。そう言われれば確かに」
冨澤先生が頷いた。
「すっかり忘れるところだった」
誉田さんが笑いながら言った。
「じゃあ、早速決めちゃおうよ」結香が言って、みんなで都合が悪い日を確認し始めた。
誉田さんも冨澤先生も職場の人はお盆に休むので、まだ若手に入る二人としては却ってお盆に出勤して、お盆をずらした時期に休んだ方が都合がいいっていうことだった。
千帆が手帳を出してみんなの都合の悪い日をカレンダーに記入して調整した結果、ディズニーランドへ8月18日の火曜日に行くことに決まった。
車はまた匠くんのオデッセイと誉田さんがお父さん所有のヴェルファイアを出してくれることになった。始発電車が動き出す前に出発することになり、匠くんが 千帆と宮路先輩を迎えに行き、誉田さんが春音と冨澤先生を迎えに行くことになった。その後武蔵浦和駅で待ち合わせることにした。
まだ夜も明けきらない早朝にわざわざ迎えに来てもらうことを冨澤先生はとても恐縮して、誉田さんに何度もお礼を言っていた。春音も冨澤先生程ではないけれ どお礼を言っていた。って言うか冨澤先生って腰低過ぎ、ってあたしが内心思う位の冨澤先生の恐縮ぶりだった。却って誉田さんの方が、「いや、そんな大した ことじゃないっすから」って頭を掻きながらしきりに恐縮していた。
「佳原さんありがとうございます」
宮路先輩と千帆も匠くんに頭を下げた。
匠くんは「いや、大して離れてないし。気にしないで」って軽く応えていた。
千帆があたしにも「萌奈美、ありがとね」って言ったので、「別にあたしは乗ってるだけだもん」って笑い返した。匠くんが二人に快く応じてくれたのが何だかちょっと嬉しかった。

予約していた二時間はあたしが落ち込んだ事を除いて、とても楽しい内に過ぎてあたし達はお店を出た。
お会計を気にしていたら、未成年者は一人千円であとは匠くん、誉田さん、冨澤先生の三人で出し合ってくれた。
未成年者一同スポンサー三人に感謝して大きな声でお礼を言った。
夜9時を過ぎても大宮駅周辺はまだ大勢の人が行き交い、活気を呈していた。浦和とは大分違うんだなあって、この時間になっても一向に減らない人の多さにびっくりした。
大宮駅から歩いて15分位のところに住んでいる春音と、春音を送って行くっていうので冨澤先生の二人が駅前であたし達と別れた。
「気を付けてね」
「うん。今日は楽しかったね」別れ際にあたし達は言葉を交わした。
残りのみんなは駅の改札を抜けた構内で挨拶を交わした。
誉田さんが「じゃあ、今度のディズニーランド楽しみにしてます」って言って、あたし達もみんな頷いた。
上尾の結香と誉田さんが高崎線、北浦和の千帆、与野の宮路先輩の二人が京浜東北線、あたしと匠くんが埼京線と銘銘が乗る路線のホームへと別れた。
ホームで停車していた各駅停車の始発電車にあたし達は並んで座った。
二人きりになって、匠くんが済まなそうな口調で言った。
「さっきはごめん」
すぐには何のことか分からなくて、きょとんとして匠くんを見返した。
「さっき、萌奈美のこと怒ってごめん」匠くんは再び謝った。
匠くんの言っていることがやっと分かって、すぐに頭を振った。
「ううん。あたしこそごめんなさい」
それから少しあの時の気持ちが思い出されて俯いてしまった。
「あたし、すごく子供だよね。やっぱり」
匠くんがあたしの頭を抱き寄せた。あたしは匠くんの肩に頭を預けた。
「そんなことないよ」
匠くんはあたしの髪に口づけするように顔を寄せて囁いた。
匠くんにもたれながら、心が安らいでそっと目を閉じた。
目を瞑る時、向かいの席の離れたところに座っている背広姿のおじさん二人が、最近の若い連中はとでも言いたそうに横目でこちらを見ていたのに気が付いたけど、気にしないで匠くんの肩に頭を預けて匠くんと寄り添っていた。
 


PREV / NEXT / TOP

inserted by FC2 system