【
FRAG-ILE-MENT 】
≪ Sweet Room ≫
あたし達は買い物に出掛けた。食器とか色々お揃いに
したいけど、それは今度都内まで出掛けてお洒落なお店で探すことにして、今夜の夕食の買い出しをすることにした。匠くんが「記念すべき一日目だからお祝い
して外食にしようか」とも言ったけど、記念すべき一日目だからこそ、匠くんのためにお料理を作りたいって思った。
近くのスーパーに行って食材を選んだ。用意してきた食材リストのメモを片手に、あたしがうろうろと店内を回る後ろから、匠くんがカートを押してついて来る
様子は、まるで新婚の二人みたいな感じがして、スーパーを回っているだけでもすごく楽しかった。すごくうきうきして心が弾んだ。
沢山の食材を抱えて部屋に戻ったら、麻耶さんが帰宅していた。
「いらっしゃい。萌奈美ちゃん」
麻耶さんはそう言ってあたしを抱き締めてくれた。あたしが来たのを心から喜んでくれてるのが分かって、あたしもすごく嬉しかった。
「今日からよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
お互いに改まって挨拶を交わした。
「萌奈美ちゃんとの共同生活を記念してケーキ買って来たから後で食べようね」
有名な洋菓子店の箱を掲げて麻耶さんが言った。
あたし一人で大丈夫です、って何回も言ったのに、麻耶さんはいいからいいから手伝うよ、って言って、あたしと並んでキッチンに立ってくれた。
「普段は料理なんて滅多にしないんだけどね」
内緒話みたいに言って麻耶さんは小さく舌を出した。
あたしは麻耶さんの視線が少し気になりながらも夕食作りを進めた。
「萌奈美ちゃん、手際いいねえ」
感心したように麻耶さんが褒めてくれた。料理するのは大好きだし家にいた時もママの手伝いしたり、休みの日なんかにはみんなのご飯を作ったりして、よくキッチンに立っていたから多少自信はあるんだけれど、面と向かって褒められるとちょっと面映かった。
それから麻耶さんはリビングの匠くんに向かって「いいお嫁さん貰ったねえ」って大声で言った。“お嫁さん”って言われて、顔が熱くなった。
匠くんもどぎまぎしていた。大体匠くんはさっきから落ち着かない様子でうろうろしていた。今はソファに座ってテレビのニュースを見ているけど、でも何か上の空って感じでちっとも頭に入っていないようだった。
麻耶さんと二人でちょっとお洒落にテーブルを飾りつけた。テーブルクロスを敷き、花を飾り(お花はケーキと一緒に麻耶さんがお祝いにって買ってきてくれた)、ちょっと気取って麻耶さんが以前に買い込んでおいたっていうシャンパンを氷の入ったバケツに寝かせて。
料理は麻耶さんお気に入りの、イタリア製の分厚くて可愛い絵柄の大皿に盛り付けてテーブルに並べた。
シーザーサラダ、カプレーゼ、パスタを二種、ペンネ・アラビアータ、ボンゴレ・ビアンコ、夏野菜のソテーのマスタードソースかけ、チキンの香草焼き。
匠くんはテーブルに並んだ料理に目を瞠った。
「すごくない、これ」
ちょっと照れて答えた。
「麻耶さんにも手伝ってもらったんだ」
「あたしは盛り付けとか材料切ったりとか、ちょこっとだけね。料理は萌奈美ちゃんが全部一人で作ったんだよ」
すかさず麻耶さんがそう言った。
気恥ずかしくなって急かすように言った。
「温かいうちに早く食べて」
「いただきます」匠くんと麻耶さんが声を合わせた。
大皿に盛ったペンネ・アラビアータを三人分に取り分けて差し出す。
「ありがとう」って言って匠くんと麻耶さんは受け取った。
他の料理を取り分けながら、匠くんがパスタを口に運ぶのをそっと伺った。
「美味しい」
一口食べて匠くんは幸せそうに笑って料理を褒めてくれた。
ほっとすると共に、匠くんの言葉ですごく胸が温かくなった。ささやかな幸せって言うけど、こういうことなんだなっていう実感があった。
「よかった」
嬉しくてにっこり笑い返した。
「ほんと、美味しい」
麻耶さんも褒めてくれた。
あたしは「ありがとう」ってお礼を言った。
お祝いにシャンパンを開けた。
「萌奈美ちゃんは未成年だから舐める程度ね」麻耶さんはウインクして、あたしにもほんのちょっぴりグラスに注いでくれた。
生まれて初めて飲んだけれどシャンパンはとても甘くて美味しかった。
「美味しい」目を瞬いて感想を言ったら、「お、萌奈美ちゃん結構いけるクチかも」って麻耶さんが笑った。
すかさず匠くんに「お替りは無しだからね」って釘を刺されてしまった。はーい、分かってますよーだ。
夕食はとても楽しい時間だった。麻耶さんは話上手で、沢山楽しい話を聞かせてくれた。
「萌奈美ちゃん、嬉しそうに聞いてくれるから話し甲斐があるわ。匠くんなんて「へえ」とか「ふうん」とか気の無い相槌ばっかりなんだから」
麻耶さんは嬉しそうだった。
槍玉に挙げられた匠くんは憮然とした顔で言い返した。。
「悪かったな。良かったじゃないか、楽しく聞いてくれる相手が出来て」
「ほーんと。これからは萌奈美ちゃんに話聞いてもらうことにしようっと」
麻耶さんが言ったので、あたしは「はい。あたしでよければ喜んで聞き役になります」って笑って答えた。
あたしの言葉に、麻耶さんは大袈裟に感動していた。
「なーんて優しいのかしら。愛想も気遣いもない匠くんの婚約者だなんて勿体無い位だわ。萌奈美ちゃん、早まってない?」
麻耶さんがあんまり真剣な眼差しで聞いたので、自信の無い声で「えーと、多分」って答えてしまった。
麻耶さんはあたしの両肩をがっしと掴んだ。「まだ遅くないんだからね!いい?よく考えてね!」って力説された。
勢いに呑まれて、思わず「はい」って頷いてしまっていた。
はっと気付いて匠くんの方を見たら、憮然とした顔の匠くんがこっちを見ていた。あ、まずい。
「そーだな。まだ遅くないから、考え直した方がいいかもね」
冷ややかな声だった。
「ご馳走様」
あたしが何か言う前に匠くんはそう言い、すっくと席を立って自分の前の食器を流しに下げ、さっさと仕事部屋に入ってしまった。
なんでこうなったのか頭がついていかなくて、呆然と冷たく閉ざされたドアを見つめていた。
「全く、大人げないんだから。」
呆れ果てたような麻耶さんの声が隣から聞こえ、横を向いた。
「萌奈美ちゃん、ほんと冗談抜きでよく考えたほうがいいかもよ。こっちが冗談で言ってんのに真に受けて、本気で臍(へそ)曲げるような大人げない相手とは」
麻耶さんは冗談には聞こえないような真剣な口振りで言葉を続けた。
「大体、無愛想だし、冷たいし、素直じゃないし、皮肉ばっかり言うし、ひねくれてるし、思い遣りないし、考えてみるといいトコなんて思いつかないし、実の
兄ながらそんなロクでもない男と、萌奈美ちゃんみたいに優しくて可愛くて性格のいいコが付き合うなんて何か間違ってる気がする。世の中にはもっと萌奈美
ちゃんに相応しいイイ男がいるんじゃない?」
果たして麻耶さんは本気で言ってるんだろうか?
立て板に水の如く匠くんの欠点をあげつらう麻耶さんの言葉をぼんやりと聞いていた。呆然自失でほとんど思考停止に陥っている頭の中では、匠くんが言った氷のように冷ややかな言葉が反響し続けていた。
機能の戻らない思考で僅かに、どうして?って思った。そう思ったら前触れもなく涙が溢れて来た。ぼろぼろと幾粒も零れ落ちていった。
「えっ?」
あたしが声も無く泣いているのに気付いて麻耶さんは激しく怯(ひる)んだようだった。
やっと感情が追いついて来て、ひっくひっくと嗚咽を漏らしながら泣くあたしに、麻耶さんはおろおろしている。
「えっ?えっ?萌奈美ちゃん、ちょっと大丈夫?」
「うっ、うえっ、匠くん、考え、直すって、ひっく、言ってた、うえっ」
泣きじゃくりながら喋った。
「あんなの本心な筈ないでしょう。ただのもののはずみで言っただけよ」
麻耶さんはまさかあたしが泣き出すなんて思ってもいなかったのか驚いている。
「でも、ひっく、匠くん、うえっ、怒っちゃった、うっ、うえっ」
一向に泣き止むことができなかった。匠くんに冷たい言葉を言われたことなんて今迄に一度だってなくて、ものすごくショックだった。
「だから、本気で怒ってる訳じゃないから。ちょっと臍曲げちゃっただけなんだから」
はーっ。途方に暮れたような麻耶さんの溜息が聞こえた。
「ごめんね。あたしが悪かったわ。いつも匠くんに意地悪言うの癖みたいになっちゃってんの。お互い売り言葉に買い言葉みたいなやり取りするの当たり前に
なってるから、ついいつものように振舞っちゃって。萌奈美ちゃんが匠くんの言葉でそんなにショック受けるなんて思ってなかったから。ホント、ごめんなさ
い」
麻耶さんはすごく反省してるみたいで、しきりに謝ってくれた。
それでもあたしはなかなか泣きやむことができなかった。麻耶さんは本気じゃないって言うけれど、もしも匠くんが本当に考え直してしまって、一緒に暮らすことも、婚約も、白紙に戻ってしまったらどうしよう。不安でたまらなかった。
「ちょっと待ってて」
麻耶さんからソファに座っているように言われた。いまだにぐすぐす鼻を鳴らしながら泣き止めずにいるあたしは頷いて大人しく従った。
麻耶さんが匠くんが閉じ籠っている部屋のドアをノックしていた。
「あたし。入るよ」中にいる匠くんに呼びかける声が聞こえ、ドアが開閉する音が響いた。
中でどんな話をしているのか気になりながら、ひっくひっくと嗚咽を堪えていた。
少ししてドアが開く音が聞こえ、麻耶さんがあたしを呼んだ。あたしは顔を上げた。
「匠くんの部屋に行ってみて」
麻耶さんは優しい声で言った。
「でも・・・」
あたしは不安だった。
「大丈夫だから」麻耶さんは笑うと、あたしの手を引っ張って立ち上がらせた。
そのまま匠くんのいる部屋の前まであたしを連れて行き、ドアをノックして「萌奈美ちゃんが入るから」って声をかけてからドアを開けた。
俯いたまま、恐くて顔を上げることができなかった。
「さあ」麻耶さんに背中を押されて、部屋に入った。
後ろでドアが閉まる音がして、あたしと匠くんの二人きりにされてしまった。緊張であたしは立ち竦んだ。
「萌奈美」
躊躇いがちの匠くんの声があたしを呼んだ。
恐る恐る顔を上げると、部屋の真ん中に匠くんが立っていた。
匠くんの顔を見て、やっと治まった涙がまたとめどもなく零れた。ぼろぼろ大粒の涙が頬を伝って流れ落ちたけど、拭うことも出来ずに立ち尽くしていた。
「うっく、ごめん、なさい」
泣きじゃくりながら途切れ途切れに謝った。
「あたしが、ひっく、悪かったから、うえっ、考え直すなんて、うっ、言うの、うっ、やだ、そんなの、うえっ、絶対っ、うっ、やだっ」
駄々をこねる小さい子供みたいにぶんぶん頭を振った。
「いや、こっちこそ、ごめん。僕の方こそ大人気なかった。麻耶に怒られた。本気にして萌奈美がずっと泣いてるって」
匠くんの気落ちした弱弱しい声が耳に届く。
「本当にごめん。こんなことで萌奈美を泣かせて。不安にさせてごめん」
匠くんが後悔してるのが分かった。顔を上げたいのに泣きじゃくってぐしゃぐしゃになった顔を上げられず、何か言いたいのに嗚咽が止まらず何も答えられなかった。
「こんな些細なことで怒って、萌奈美のこと泣かせて、悲しませて、萌奈美のこと幸せにするって約束したのに、全然守れなくて、本当にごめん」
何度も匠くんはごめん、って謝り続けた。
あたしも泣きながら匠くんに謝った。
「違うよ、うっ、あたしが、子供だから、ひっく、いけないの、うえっ、あたしの、うっ、方こそ、うっ、ごめんなさい」
「僕が悪かった。僕の方こそごめん」
匠くんが近づいて来る気配を感じた。
固まったみたいに立ったままでいるあたしの前で匠くんは止まった。そっと匠くんの手が髪に触れて引き寄せられた。引き寄せられるままに匠くんの胸に顔を埋めた。
優しい温もりを頬に感じてあたしの目からまた涙が零れ落ちた。ぽろぽろと落ちる涙が匠くんのシャツを濡らした。
「こんなんじゃ萌奈美の婚約者として失格で、萌奈美を幸せにするなんて全然無理なんじゃないかって、本当に考え直した方がいいのかもって思うよ」
そんなこと聞きたくなかった。
「やだっ。絶対いやっ。匠くんと離れるのなんて絶対いやっ!あたし匠くんと一緒にいたい!別れるなんて絶対やだっ!」
あたしは匠くんにしがみ付いて叫んだ。
匠くんが優しく髪を撫でた。
「うん。僕も萌奈美と離れたくないよ」
え、と顔を上げて匠くんを見た。
匠くんは「出来れば話を最後まで聞いて欲しいんだけど」ってちょっと困ったように笑った。
目に涙を溜めたままぽかんとして、こっくり頷いた。
匠くんは可笑しそうに話を続けた。
「だからね、考え直した方がいいのかもって思ったりもするけど、でもやっぱり萌奈美と一緒にいたいんだ。萌奈美と離れるなんて考えられない。萌奈美がいない生活なんてもう考えられない。すごく、ものすごく、絶対的に、僕には萌奈美が必要なんだ」
瞬きするのも忘れて匠くんを見つめているあたしの目に浮かんだ涙を拭いながら、匠くんは締めくくった。
「って、言いたかったんだけど」
顔を赤くして自分の慌て者ぶりを恥じた。あんまり恥ずかしくて目を合わせられずに俯きかけた。匠くんがあたしの顎に指を当て、俯きかけた顔を上げさせた。
「だから、ごめん。詰まらないことで怒ったり、臍曲げたり、大人気なくて。反省してる」
あたしの瞳をじっと見つめて、また匠くんは謝った。
「でも、萌奈美のことになると、何か些細なことでも気になるっていうか、ついムキになっちゃうというか、なんだよ。普段大抵のことはもっと軽く受け流せてる筈なのにさ」
匠くんの言わんとしていることが気になった。
「それって・・・」
つまり?
匠くんは照れたように笑って白状した。
「それって、萌奈美の事がたまらなく好きで、無茶苦茶大好きで、それで冷静に振舞えなくなっちゃうんだって、自分では分析してるんだけど?」
唖然とした。それから少し癪に障った。もおっ、匠くんってば、ずるい。思わず笑った。
そんなこと言われちゃったら、すっごく嬉しくて幸せで、もう笑顔しか出来ないじゃない。あれだけ泣いて叫んで大騒ぎして一体何だったのって感じだよ。
「匠くん、ずるい」
ちょっと口を尖らせた。
「ん?」
匠くんの瞳がどうして、っていうようにあたしを覗き込んだ。
「匠くん、他の人には何時だって素っ気無いし、愛想ないし、優しくしないのに、何であたしにはすごく優しくて、いつも笑ってくれて、素敵な言葉を囁いてくれるの?あたし、匠くんといるだけで簡単に幸せになれちゃうんだよ」
あたしは何時だって匠くんの一言一言でいとも簡単に一喜一憂してしまう。匠くんが他の人にそうするように、あたしにも素っ気無い言葉とか愛想のない言葉を
当たり前のように言ってくれてれば、あたしはそれを平然と聞き流せるはずなのに、匠くんはあたしにはいつも優しくてあたしのことを気遣ってくれて、そんな
匠くんしか知らなくて、ふとした時に少しでも匠くんに素っ気無くされたりすれば絶望的なまでに悲しくなってしまう。どっちが本当の匠くんなの?あたしは分
からなくなってしまう。
「だから、それはつまり、萌奈美を大好きで、とても大切で、愛しているから、でしょ」
匠くんは照れもせず、当然のように言ってのけた。
「匠くんて、やっぱ、ずるい」
拗ねるように言った。でもほんとは全然拗ねてなんかいなかった。ほんとは全然反対で、すごく嬉しくてすごく幸せで、すごく満ち足りた気持ちだった。
匠くんの首に腕を回して匠くんを引き寄せた。そして背伸びをした。
あたしだって匠くんが大好きで、とても大切で、愛してるんだよって、伝わればいいなって思いながら、あたしからキスをした。
◆◆◆
仲直りした匠くんとあたしが部屋から出ていくと、麻耶さんは缶ビールを片手にテレビのニュースを見ていた。
リビングに入って来たあたし達を目に留めて、「お二人さん、仲直りできた?」って聞いてきた。
「お陰さまで」
匠くんは照れてるのか素っ気無く答えた。
「ありがとう、麻耶さん」
笑顔でお礼を言った。
「どういたしまして。同居人が喧嘩してたんじゃ気まずいからね」って当然のように答えた。
「それにしても、あたしも反省しました。萌奈美ちゃんがあんなに純真だとは流石に予想を超えてました。これからは言動に気をつけます」
宣誓するように手を挙げ、麻耶さんは誓いを立てた。
自分の子どもっぽさが恥ずかしくてたまらなかった。
「いえ、あたしが、子供なんです。あんなことで泣いて・・・」
「ま、何はともあれ仲直りできてよかったよかった。同居一日にして破綻なんてちょっと帰るに帰れないもんね、萌奈美ちゃんとしたって」
麻耶さんは恐ろしいことを平然と言った。本当に少しは反省してくれてるのか、首を傾げたくなった。
この性格は誰かと似ている・・・って考えていて、はたと思い当たった。
他でもない、妹の聖玲奈に似ているんだった。あたしは密かに麻耶さんの言動には警戒を怠らないようにしようって心に決めた。
「じゃあ、仲直りも済んだところでお祝いに買ってきたケーキ食べようか?生ものだから早く食べた方がいいし」
麻耶さんはそう言って、いそいそとキッチンへ立って行った。冷蔵庫からケーキの箱を取り出している。
「あたし、飲み物用意してくるね」
匠くんに言って、あたしも飲み物を用意する手伝いをしようとキッチンに行った。
麻耶さんが買ってきてくれたのはカフェ・コムサのタルトだった。ここのタルトはフルーツが沢山載っていて、生クリームもしつこくなくて、とても美味しいのだ。阿佐宮家でも大人気のお店だった。
あたしはマンゴーといちじくのタルト、匠くんは洋ナシのタルト、麻耶さんはストロベリー、ブルーベリー、ラズベリーの三種のベリーが載ったタルトをそれぞれ選んだ。
一口食べてその美味しさが口中に広がり、あたしは幸せでふにゃっと相好を崩した。
「萌奈美ちゃん、幸せそうに食べるのね」
麻耶さんがあたしの顔を見て言った。
はっと我に返って、顔を赤くした。
「あ、すごく美味しくて」
麻耶さんは嬉しそうに笑った。
「そんなに幸せな顔して食べて貰えると買ってきた甲斐があったわ」
あたしと麻耶さんはお互いのタルトを味見し合って、「こっちも美味しいね」ってまた笑顔になった。
ふと見ると匠くんは一人黙々と食べている。
「匠くん、美味しい?」
あたしが聞いたら、匠くんは、うっ、とうろたえてから、仕方なさそうに「美味しいよ」って答えた。
「味見させてね」って言って、匠くんのお皿にフォークを伸ばした。
うん、洋ナシのタルトも美味しかった。あたしはにっこり笑った。
「匠くんも味見してみて」
お返しにあたしのお皿を匠くんの方に差し出した。
「う、うん」匠くんは何だか躊躇した様子で、あたしのお皿に手を伸ばして味見をした。
「美味しい?」
あたしが聞くと、匠くんは素っ気無い声で「うん。美味しい」って答えた。何だかずっと素っ気無い感じだった。
いつもはもっと笑って「美味しい」って答えてくれるのに。ちょっと不満に思った。
ふと麻耶さんを見ると何故か目を丸くしていた。あたしが不思議そうにしていたら、麻耶さんはククッと笑いを漏らした。
匠くんが憮然として「何だよ?」って聞き返した。
麻耶さんはもう笑いを我慢できずに、くっくっと笑いながら「だって・・・」と苦しげに言った。
「二人の時はいつもそうなの?」
笑いを堪えながら麻耶さんが聞いた。
二人の時は?よく意味が分からなくて、きょとんと麻耶さんを見返した。
「だから、二人でケーキ食べたりする時は味見し合うの?」
麻耶さんの質問に、あたしは当たり前のように頷いた。
「うん。そうだよ」って返事をして、匠くんに「ねえ?」って同意を求めた。
匠くんは何故か恥ずかしそうに「ま、まあ・・・」って曖昧な感じで答えた。
麻耶さんが忍び笑いを漏らし続けている理由が分からなくて聞き返した。
「何が可笑しいの?」
また麻耶さんは「だって・・・」って言った。
「匠くんがケーキを味見し合ってる姿なんて、すごい意外というか・・・」
未だにくっくっと笑いながら麻耶さんはその理由を教えてくれた。
あたしには不思議だった。そんなに変かなあ、匠くんがケーキを味見し合ったりするのって。全然可笑しくなかった。
苦しげに引き攣った笑いを漏らし続けてる麻耶さんが目に余ったのか、匠くんが「おい、いい加減にしろよ」って睨みつけた。
「そうだよ。全然変じゃないよ」
あたしも麻耶さんに抗議した。
麻耶さんはあんまり苦しかったのか、目に涙を溜めていた。
「いやー、すごい。萌奈美ちゃん。萌奈美ちゃんがいるとホント、匠くんの意外な一面が見れるというか、驚き」
麻耶さんは心底驚いているようだった。けど、何だか匠くんのことを茶化しているようで面白くなかった。
「全然意外でも何でもないし、驚くことでもないと思う」
ちょっと不機嫌な声で答えた。
「あ、ごめん。別に怒らせるつもりじゃないんだけど。ただちょっとね、意外だったというか。長年匠くんを見てきた立場からしてみるとね」
あたしが不機嫌そうにしているのを察して、麻耶さんは反省したのか態度を改めて真顔で謝った。
「別に怒ってないけど・・・」
怒ったって言われて、ばつの悪い気持ちで否定した。
「あのさ、ほんとに萌奈美ちゃんといると匠くん、全然違うっていうか、萌奈美ちゃんが匠くんのことこんなに変えちゃうんだなあって、すごいと思うよ」
麻耶さんはあたしに賛辞を贈ってくれているようだった。
「うん、ほんと、萌奈美ちゃんってすごい」
感嘆した様子で麻耶さんは繰り返した。
あたしが匠くんを変えているって言われてもよく分からなかったし、別に匠くんを変えるつもりなんて全然なくて、ちょっと複雑な気持ちだった。
だから、ありがとうなんて言えなかったし、ちょっと微妙な気持ちのままタルトを口に運んだ。匠くんも余り面白くなさそうな顔をして食べている。何だか微妙な空気が流れていた。
せっかくのカフェ・コムサのタルトなのにちょっと勿体無かった。
◆◆◆
お風呂が沸いたことを音声メッセージが知らせた。
「お先にどうぞ」麻耶さんが言った。
「匠くん、先入って」
あたしが匠くんに言うと、匠くんが「萌奈美、いいから先入って来なよ」って言って、お互いに譲り合った。
そこへ麻耶さんが「一緒に入れば?」って冗談ともつかずに真顔で言うので、あたしも匠くんも二人して真っ赤になってしまった。
「ば、馬鹿か、お前」匠くんがひどくうろたえた声で怒った。
「一緒に入ったことないの?」懲りずに聞く麻耶さんを、匠くんは「そういう問題じゃない!」って一喝していた。
ほんとに麻耶さんって・・・つくづく聖玲奈とよく似ている性格を再確認し、麻耶さんに対する警戒レベルを引き上げることにした。
結局お風呂は匠くん、あたし、麻耶さんっていう順で入ることに決まった。麻耶さんは小一時間もお風呂に入っているってことなので一番最後に入ることになった。その方が気兼ねせずに済んで麻耶さんも気が楽なのだそうだ。
「あたしの仕事は身体が資本なんだから、時間をかけて磨く必要があるのよ」
麻耶さんはその必要性について主張した。あたしはそれを聞きながら、モデルっていう仕事もただ綺麗なだけでできるものじゃなくて、日々自分を磨かないといけない大変な職業なんだなあって感心したのだった。
あたしがお風呂から上がると、匠くんが客用布団を和室の押入れから引っ張り出していた。
それを匠くんの寝室に運ぼうとしていたのであたしも手伝った。
匠くんは寝室に客用布団を運び入れて、今度は自分のベッドの布団を剥がし始めた。
「匠くんどうするの?」
不思議に思ってあたしは聞いた。
「萌奈美、このベッドで寝て。僕は和室で布団敷いて寝るから」匠くんは剥がした布団を丸めて運び出そうとしながら答えた。
ええっ?主の匠くんを追い出して、居候のあたしがベッドを占領するなんてとんでもなかった。
「え、駄目だよそんなの!あたしが布団で寝るから!」
そう言って匠くんの手から布団を奪おうと引っ張った。
「いいから」匠くんが引っ張り返すので、あたしは「駄目だってば!」って力一杯引っ張った。
「何してんの?」
二人で布団を巡って綱引きをしていたら、お風呂に入りに部屋から出て来た麻耶さんに見咎められた。
「いや、その・・・」
匠くんはばつが悪そうに口籠った。
「匠くんがね、あたしにベッドで寝るようにって、それで自分は和室で寝るって言うの」
あたしは訴えた。
あたしの話を聞いた麻耶さんはどうでもよさそうな顔だった。
「別に一緒に寝ればいーじゃん」
そう言い残して麻耶さんは「やれやれ」って呆れた口調で呟きながら浴室へと姿を消した。
あたし達は布団の両端を握り締めながら顔を見合わせた。
「えっと、どうしよっか」
匠くんに問いかけた。
匠くんは「うん」って頷いて口籠った。
あたしは匠くんと一緒の布団で眠りたかった。別にやましいところがあるでもなし、婚約者なんだから一緒に寝たって何の問題もないよね。(・・・世間的には問題ありかも。)
別にエッチするつもりもないし。(・・・いや、あるかも)・・・とにかく。あたしは匠くんの息遣いを傍(そば)で感じながら、匠くんの体温に包まれながら、匠くんと一緒に眠りに就きたかった。
「一緒に寝ようよ」
気恥ずかしさに、ちょっと照れながら匠くんに伝えた。
匠くんが躊躇しているので、「ね?」ってその瞳を覗きこんで問いかけた。
少し頬を赤くしながら、匠くんは困ったように「うん」って頷いた。
それから(麻耶さんが宣言していたとおり)小一時間して麻耶さんがお風呂から出て来た時、あたしと匠くんはぴったりと寄り添ってソファに座り、ケーブルテレビで『CSI:マイアミ』の放送を観ていた。
麻耶さんは頭にバスタオルを巻いた姿で、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しコップに注いで飲みながらあたし達に聞いて来た。
「結論は出たの、お二人さん?」
そう聞きながら、麻耶さんは大方の予想がついているらしくやけにニヤニヤしていた。
匠くんはまた冷やかされるのは御免って感じで黙ってテレビを観続けている。
匠くんが答えてくれないので、あたしが代わりに答えなければならなかった。
「一緒にベッドで寝ることにしました」
そう答える自分の声が嬉しそうなのが自分でも分かった。
「それは良かったね」
麻耶さんはあたしに微笑んだ。やっぱりあたしが喜んでるのが分かってしまったみたいだった。ちょっと恥ずかしくて顔が火照った。
それから三人で番組が終わるまでテレビを観た。
麻耶さんはデルコのファンだった。セクシーで、浅黒い肌が魅力的ってあたしに教えてくれた。
「あの厚い胸板と引き締まったお尻がたまらなくセクシーなのよねえ」って話すのを聞きながら、あたしはやっぱり大人の女性は男性への着眼点が違うんだなあっていう感想を持った。
麻耶さんに登場人物で誰が好きか聞かれたけど、迂闊な事を言ってまた匠くんがヤキモチ焼いたりすると困るので慎重に考えた。カリーがセクシーでカッコいいし、それでいて気さくだし、優しくて思いやりがあって女性としては憧れるって言っておいた。
深夜0時に近かったのであたし達はおやすみを言って、それぞれ自室に入った。
匠くんの寝室であたしはベッドに腰掛けた。匠くんはどうするのかな、って考えていると、匠くんが「もう寝る?」って聞いた。
自宅では12時前にはベッドに入っていたので「うん」って頷いた。
「匠くんは?」
匠くんが深夜に仕事をしているのは知っていた。でも一人で眠りに就くのは少し寂しかった。
「ん、じゃあ、寝ようか」
匠くんが答えたので、一応聞き返した。
「仕事はいいの?」
「まあね」って言う匠くんに、「本当に?無理にあたしに付き合ってくれなくてもいいからね」って念押しした。
「本当に大丈夫」
匠くんは笑った。
やっとあたしも笑顔になれた。やっぱり一緒の方が嬉しかった。
あたしと匠くんは「おやすみ」って言って並んでベッドに入った。匠くんがリモコンで部屋の照明を消して寝室は暗闇に包まれた。
布団の中で匠くんの方を向いて目を凝らしていたら暗闇に目が慣れて来て、暗闇の中で匠くんもこっちを向いているのが分かった。
「おいで」匠くんが手を広げたのであたしは匠くんにぴったりと寄り添った。匠くんに包(くる)まれるように抱き締められながら、匠くんに頭を預けて目を瞑った。
匠くんの温もりが心地よかった。自然と笑顔になった。
太股に当たる硬い感触に気が付いた。目を開けて匠くんを見た。匠くんは目を閉じている。
「匠くん」
囁くように声をかけた。
「ん?」
匠くんは目を閉じたまま短く聞き返した。
「匠くんの硬くなってるよ」
「ごめん」匠くんは謝って、目を開けた。
「萌奈美を抱き締めて、萌奈美の香りを嗅いだら、収まらなくなっちゃって」
別に謝ることはないんだけど。男の人だったら当たり前の生理現象だもんね。匠くんがあたしに魅力を感じてくれている証拠なんだから、あたしとしては嬉しいし。
「どうする?エッチする?」あたしは聞いてみた。
「いいよ。麻耶もいるし」
匠くんは遠慮するように答えた。
確かに、ってあたしも思った。麻耶さんはエッチを禁止してなかったけど、初日からでは節操がないようにも思えた。大きな声出して聞こえちゃっても恥ずかしいし。
「じゃあ、あたしがしてあげようか?」って提案した。我ながら少し大胆だった。
匠くんは困ったような顔であたしを見つめた。それから突然あたしを強く抱き締めて、ちょっと怒ったような強い声で言った。
「いいから。このまま眠ろう」
少し反省しながら、匠くんの言う通り眠ることにして目を瞑った。
匠くんの強張りはその存在を主張するようにあたしの身体に当たっていた。
あたしと匠くんは心の奥でくすぶるような仄(ほの)かな情欲を感じつつ、そのくすぶりが燃え上がらないように気を紛らしながら、やがてお互いの温もりの中で深い満ち足りた眠りに落ちていった。
◆◆◆
目が覚めて、一瞬此処は何処だろうって考え込んでしまった。
まだ寝ぼけて混濁してる意識が少しずつはっきりして来て、隣でまだぐっすり眠っている匠くんの寝顔を見つめた。
すぐに幸せがこみ上げて来た。今日からはずっとこんな幸せを感じながら朝を迎えることができるんだって思ったら、喜びで胸がいっぱいになった。
匠くんの目を覚まさないように注意しながら身を捩って時刻を確認したら、もうすぐ午前7時になるところだった。
いつもなら起きるところだけど、今日はまだベッドに入ったまま匠くんの寝顔を見ていることにした。ずっと見ていても見飽きなかった。
と、昨夜に続いてまた下腹部に当たっている感触に気が付いて少しびっくりした。
え?匠くんまだ眠ってるよね?ほんとはもう目が覚めていて寝た振りをしているんじゃないかって、匠くんの寝顔をまじまじと見つめて確認してみた。間違いない、確かに匠くんはまだ眠ってる。
寝てても男の人のって大きくなるものなんだ。初めて知った事実だった。そして疑問が生じた。ひょっとして一晩中大きいままだったのかな?もしそうだとした
ら何だか可哀相な気がした。一晩中我慢してたってことだよね。それから不思議に思った。本人はぐっすり眠っているのに、あそこだけ大きくなっているなん
て、それが何だか別の意思を持ったものであるかのように感じられた。
男の人の身体の不思議に感嘆した。
同時にあたしの中でむくむくと悪戯心が湧いて来た。
匠くんの大きくなったものをパジャマのズボンの上からそっと握り、擦(さす)ってみた。匠くんのものはびくん、って大きく跳ねた。その起きている時と変わ
らない反応にびっくりした。確認したら匠くんは相変わらず眠ったままだ。ほんとにそこだけが別の生き物みたいだって思った。
匠くんを起こさないように注意しながら、もう少ししっかりと握ってやや力を込めてしごいてみた。あたしの手の中でびくびくと弾み、匠くんの口からは軽い呻
きが漏れた。どきり、として手の動きを止め、匠くんを見守った。どうやら目を覚ますまでには至らなかったみたいで、匠くんの瞼は開かなかった。
ここで止めておけばよかったのに、つい調子に乗って悪戯を続行してしまった。
更にパジャマのズボンの前の開いたところから手を差し入れ、トランクスの中にも手を伸ばして匠くんのものを直に握った。匠くんの強張りは起きている時と変
わらない大きさで反り返っていた。熱くしっとりとして屹立したものを掌に包むと、しっかりと上下にしごき始めた。硬直したペニスはあたしの手の動きに絶え
ずびくびくと反応している。
そのうちに先端からぬるぬるした液体が滲み出し、あたしの手はそのぬめりに塗(まみ)れ、太い幹をしごく動きはなめらかになった。手を先端に移動させて人
差し指で膨らんだ先端の裏側をくすぐるように擦った。そうすると匠くんのペニスはより一層びくんびくん、って跳ね、まるで強い快感に喜んでいるように感じ
られた。
すっかりその行為に熱中してしまって、匠くんがしきりに呻いてもいつしか注意を払わなくなってしまっていた。
最初はちょっとした悪戯のはずだったのが、その行為に魅了され、今やあたしは匠くんを激しい絶頂に導くつもりだった。
「萌奈美?」
突然名前を呼ばれてぎくりとした。視線を上げるとぼんやりとした瞳であたしを見ている匠くんの顔があった。あんまり強い刺激で目が覚めてしまったのだ。
急に自分がものすごく淫らな事をしていたことに思い至って、激しい羞恥を覚えた。
「ご、ごめんなさい。あの、匠くんの大きくなってて、ちょっとだけ悪戯するつもりで・・・」
恥ずかしくなって赤い顔で言い訳しながら、匠くんの強張りから手を離した。
その瞬間、「萌奈美、止めないで」って匠くんが呻くようにあたしに頼んだ。
はっとして匠くんを見つめると、あたしを見る匠くんの瞳が熱く昂ぶった欲情を灯していた。匠くんの中の昂ぶりがもう引き返せない地点に来てしまっているのが分かった。
あたしは「うん」って頷いて、再び匠くんのペニスをしっかりと握り、強くしごき始めた。
強い快感に「くうっ」って呻き、匠くんはあたしにしがみ付いた。
匠くんをもっと強い快感へ導きたくて、布団を跳ね除けて、匠くんのズボンと下着を一気に引き下ろした。匠くんの強張りが勢いよくあたしの眼前でそそり立った。
右手で匠くんの反り返ったペニスを上下にしごき、左手で強張りの下の袋をそっと揉み擦った。
「あくうっ」匠くんが苦しげに喘ぎ、腰が踊った。
躊躇うことなく匠くんのぬらぬらとして血管の浮き立つペニスを咥えた。
「うっくう!」
濡れた口腔に包まれ、匠くんはより一層の強烈な快感に鋭く喘いで、身体を仰け反らせた。
唇でぬるぬると太く硬い幹をこすり、張り出した先端の裏側の一番敏感な部分を舌で突付き、舐め回した。
あたしの口の中で最大限になったペニスは、びくびくと激しく跳ね回った。唇で幹全体に摩擦を加えながら、その動きを早めて行った。
口の中で膨れ上がった先端を舌で舐め回し、先端の割れた部分に尖らせた舌先をこじ入れ、その裏側の部分を舐った。手で二つの袋をやさしく撫で擦り転がした。
匠くんの身体ががくがくと跳ねて、腹筋に力が籠もった。匠くんの限界が近いことを感じながら、より一層激しく口での愛撫を続けた。
ペニスは絶え間なくびくびくと激しくのたうち、口の中の先端が一瞬膨らんだような気がした。
「あう、イクッ!」
匠くんが鋭く叫んだ。
その刹那、あたしの口の中で大きく脈動したペニスが爆ぜ、その先端から鋭い射出が放たれた。喉の奥に詰まらせないように先端に舌を押し当てた。ぬめる舌で先端を舐め回して射精を促す。右手で幹の根元を強くしごき立て、左手で睾丸をやわやわとマッサージした。
匠くんのペニスは何度も何度も脈打ち、その度に激しい勢いで大量の精液をあたしの口の中に放った。
やがて匠くんを襲っていた快感は下降線を辿り、がっくりと全身の力が抜けるように匠くんの身体はベッドに沈み込んだ。最後の一滴まで射精を促そうと強張り
をしごき、陰嚢を揉み立てて、舌先で先端を擦った。まだ硬さを失わない匠くんのペニスは、匠くんが力を抜いた後もびくんびくんってひくつき続けている。
射精が収まったことを感じ取って、ペニスを咥えたまま、口中にいっぱいになった精液をごくりと飲み下した。その刺激で口の中のものはびくりと脈打った。精
液は濃厚でねっとりとして粘つき喉に絡みつくようで、喉を詰まらせそうになりながら、口内に溜まった粘液を何度かに分けて飲み込んだ。
口の中の精液を飲み干すと、唇でしごくようにして口の中のものを引き抜いた。まだそそり立ったままのペニスがびくびくと跳ねた。
匠くんの下腹部に埋めていた顔を上げて、ほおっと大きく息をついた。ずっと口いっぱいに大きくなった匠くんものを頬張り続けていたので呼吸が苦しかった。顔が火照って感じられた。
激しい快感に匠くんはぐったりと身を投げ出している。その様子に満足感を覚えた。匠くんをすごく気持ちよくさせてあげられて、激しい快感を与えることが出来て嬉しかったし誇らしかった。
ぼんやりした眼差しをあたしに向けながら、匠くんはゆるゆると両手を広げた。導かれるようにあたしは匠くんの上に横たわって、その胸に頬を擦りつけた。
匠くんはあたしの髪を優しく撫でてくれた。あたしが匠くんの胸の上で顔を上げると、匠くんも穏やかにそれからちょっと照れた様子であたしを見つめていた。
「気持ちよかった?」
確かめたくなってつい聞いてしまった。
匠くんは少し照れていたけど、すぐ「すごく気持ちよかった」って素直に答えてくれた。
嬉しいのと気恥ずかしいのとで、匠くんの胸に強く頭を押し付けた。匠くんは分かっているように何度もあたしの髪を撫でてくれた。
◆◆◆
それから少しの間、あたし達はベッドの中で寄り添って囁くように話をした。なんだかとても優しい時間に感じられた。
時計が8時を示す頃になって、あたしと匠くんは仲良く起き出して顔を洗った。あたしはいそいそと朝食の仕度を始めた。
匠くんが新聞を取ってくるって言って部屋を出て行った。
朝からすっかりご機嫌で、鼻歌交じりでフライパンを操り目玉焼きを焼いていたら、「おはよう」って声を掛けられた。振り向いたら麻耶さんが起きて来ていた。
「おはようございます」笑って返事をすると、麻耶さんに「よく眠れた?」って聞かれた。
「はい。とっても」
そう答えたら麻耶さんは意外そうな顔をした。
そして「何だ、エッチしなかったのか」って詰まらなそうに呟いた。
エッチこそしなかったけど、ついさっきしていた事を思い浮かべて、激しく動揺した。
「な、な、な、何言ってるんですかっ、朝っぱらから!」
動揺を押し隠して叫ぶようにあたしは言った。
慌てるあたしの様子から、何かあったらしいことを読み取った麻耶さんは、にやりとした笑いを口元に浮かべた。それでまたうろたえて顔を赤くした。
「気をつけないとフライパン焦げるよ」とだけ指摘して、麻耶さんは満足そうにキッチンを出て行った。
麻耶さんの言葉に、あたふたとフライパンに載った目玉焼きの焼き加減を確かめた。
朝食の食卓には裏が少し焦げた目玉焼きが並ぶことになった。
出掛ける仕度を終えて麻耶さんがリビングに居るあたしと匠くんに声をかけた。
「あたし今日仕事遅くなるから、夕食いらないからね」
あたしは「はあい」って返事をした。
その後に匠くんが「僕と萌奈美も今夜友達と食事するんで夜出掛けるから」って答えた。
「匠くんと萌奈美ちゃん共通の友達?」
少し意外そうな顔で麻耶さんは聞き返した。
「そう」
匠くんは頷いて「萌奈美の方の友達繋がり」って説明した。
ふうん、って麻耶さんは頷いて、時間が迫っているのかそれ以上詳しく聞こうとせず、じゃあ行って来ます、って言って出掛けて行った。
麻耶さんを玄関先で見送ってしまうと部屋にはあたし達二人きりになった。
約束は午後7時からなので、出掛けるまでにはまだ大分時間があった。
さて、どうしようかな。あたしは考え込んだ。
そこへ申し訳なさそうな顔で匠くんが聞いて来た。
「悪いけど、ちょっと仕事してもいいかな?」
もちろん、って頷いた。「あたしに気兼ねしないでいいからね」そう匠くんに伝えた。
匠くんが仕事部屋に籠もってしまったので、邪魔しないようにって考え、あたしもダイニングテーブルで勉強に励むことにした。
二時間ほど過ぎたところで、息抜きにアイスティーを入れ、匠くんに持って行った。
ドアをノックして「どうぞ」って返事が聞こえたので、あたしは中へ入った。
パソコンのディスプレイに向かっていた匠くんが振り返った。
「あのね、アイスティー入れたから」
ありがとう。匠くんが笑ってお礼を言った。
おずおずと「あたしもこっちで休憩してもいい?」って聞いてみた。トレイにはアイスティーの入ったグラスが二つ載っていた。
「もちろん」匠くんが即座に答えてくれたので、ほっと安心して匠くんに近寄って行った。
間違って倒したりしないように、あたしはアイスティーを注いだグラスを作業用のサイドデスクの上に置いて、自分の分は手に持ったまま空いている椅子に腰掛けた。
「お仕事捗(はかど)ってる?」
あたしが聞くと、匠くんは「まあまあ」って返事をした。
匠くんの前の大きな液晶ディスプレイを見たら、まだ色の塗られていないラフなデッサン画が映し出されていた。
今どんなお仕事をしているのか質問したら、ティーン向けの小説雑誌の挿絵イラストを描いているところだって教えてくれた。来週中に全部でカラーイラストを6枚完成させなきゃならない、って匠くんは話した。
「それって大変なの?」イラストを描くペースがどれくらいなのか知らなくて聞き返した。
「まあ、順調に進めばそんな大変って程でもないんだけど、まだ描く場面とか構図とか固まってないし、編集からNGが出ることもあるし、どうだろうな」って首を傾げて匠くんは答えた。
「萌奈美は退屈してない?」
匠くんに心配そうな顔で聞かれたので、ううん、って首を振った。
「あたしも勉強してるし。全然大丈夫だよ」
それから少しだけお喋りをして、匠くんのお仕事に支障があるといけないって思って、部屋を退散することにした。
立ち上がりかけて「12時になったらお昼ご飯にしても大丈夫?」って訊ねた。
匠くんは頷いて「うん、大丈夫。ありがとう」って返事してくれた。
「頑張ってね」
匠くんに向かって屈み込んで、励ますつもりで唇にキスをした。