【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ Always Together 第1話 ≫


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玄関で靴を脱いで廊下に上がった途端に抱き締められてキスをされた。
唐突だし強引だったのでびっくりして少し身体が竦(すく)んだ。でもすぐ身体の力を抜いて、あたしからも匠くんの背中に手を回した。
匠くんは先を急ぐようにあたしの唇を啄(つい)ばむように吸い、閉じたままのあたしの歯茎を舌でなぞった。あたしがおずおずと口を開くとすぐに舌を差し入れて来て口腔に舌を這わせた。遠慮がちに匠くんの舌に触れたら、匠くんは舌を絡めてあたしの舌を強く吸った。
今日のキスはとても官能的で淫らな感じがした。そう思ったらあたしの中の快感を求める気持ちが激しく昂ぶって、身体がかあっとなって奥の方が熱く疼いた。
匠くんも興奮しているみたいだった。服の上から胸やお尻に激しく手を這わせたので、慌てて匠くんに抗って身体を離そうとした。
「匠くん、待って」
唇を離して訴えた。
匠くんははっとして、身体を離してくれた。
「ごめん」
明らかに沈んだ声で匠くんは謝った。
「ううん、あの、違うの。嫌なんじゃなくて。服、皺になっちゃうから、だから」
慌てて説明した。
「服、脱ぐね」
そう言ってから自分の発言を急に恥ずかしく感じて俯いた。
ワンピースを脱いで借りたハンガーに吊るした。あたしが振り向かない内に、待ち切れないかのように匠くんが背後からあたしを抱き締めた。
「え?匠くん、ちょっと、どうしたの?」
いつもと様子の違う匠くんに戸惑いながら、あたしの首筋に顔を埋めている匠くんに問いかけた。
「分からない。すごく、萌奈美を抱きたい」
匠くんはあたしをきつく抱き締めながら、上ずった声で答えた。
抱きたい、っていう直截的な表現に恥ずかしさを感じながら、でもとても匠くんが愛しくて、ほんの少し匠くんのことを可愛いって思った。あたしをこんなに求めてくれていることが嬉しかった。
あたしの身体のあちこちを唇でなぞり舌を這わせる匠くんに、身悶えしながらあたしは急に気になり始めていた。
「あ、ねえ、匠くん。ちょっと待って。緊張したし、あたし汗かいてるから。あの、シャワー浴びて来る」
そう言って離れようとした。
「いやだ。待てない」
匠くんは離してくれなかった。
「僕も汗かいてる。このままでいい」とも言った。
背後霊のように後ろから抱きついている匠くんを引きずってバスルームへ逃げ込もうとしたけど、男の人の力には勝てる訳も無く、ほんの一歩か二歩進むのがやっとだった。
「匠くんは良くてもあたしは良くないの」
焦りながら呼びかけたけど、今日の匠くんは何故かとても強引だった。
「萌奈美の匂いがするから、このままの方がいい」
そんなことを言われて恥ずかしくてたまらなかった。
思わず「匠くん、やだ、ちょっと変態っぽい」とか「匠くん、やらしいおじさんみたい」って喚(わめ)いた。
匠くんは拗ねたような声で「いいよ、どうせ変態のおじさんだから」って呟いて、すばやくあたしを抱きかかえるとベッドへと運んで行った。あたしは失言を激しく後悔した。
あっと思う間もなくベッドに放り出され、匠くんが上から覆い被さって来た。
匠くんと視線が合ってどきりとした。
匠くんの瞳は思い詰めたようにあたしを見つめていた。あたしを激しく求めてくれているのがはっきりと分かった。身動きできずに固まっていた。
匠くんは激しく唇を重ねてきた。
「んっ・・・」
強引な感じに少しだけ抵抗感を覚えて目を閉じてしまったけれど、でも匠くんの熱い眼差しを思い浮かべて強張りを緩めた。入り込んで来た匠くんの舌にあたしから自分の舌を絡めて応えた。
ブラの縁から匠くんの手が差し込まれ、あたしの胸を揉んだ。匠くんの手の平が触れている部分はかあっと熱を帯び、じんじんとした甘美な快感を伝えて来た。
そのままブラをずらされ、剥き出しにされた胸を匠くんは揉みしだいた。乳房は匠くんの手の中でひしゃげ、その形を様々に歪めた。ぞくぞくとした快感が絶え間なくあたしの背筋を立ち上っていく。
「やっ・・・は、あっ・・・」
切れ切れの吐息を漏らした。
匠くんの唇はあたしの耳、うなじ、首筋を辿り、鎖骨へと下って行った。強い快感の予感に身を震わせた。
ちゅっ、とわざとらしく音を立てて、匠くんはあたしの乳首を吸った。
「ひっ、あっ!」
電気ショックのような強い快感に鋭く喘ぎ、びくんと身体を波打たせた。
ちゅっちゅっと匠くんは何度も乳首を吸い、舌で硬く尖った乳首を転がした。
「あっ、あっ、あっ、」
連続して襲ってくる快感に短い喘ぎを上げ続けた。
気持ちよかった。匠くんの愛撫に身悶えしながら、あたしの意識は快楽に染まり、霞がかかったように朦朧となりつつあった。
匠くんの右手が更にあたしの下半身へと伸び、ショーツの裾から潜り込み繁みへと触れた。あたしのそこは熱くぬめり、溢れ出した蜜で下着をぐっしょりと濡らしていた。
匠くんの指がぬめりを纏わりつけるように繁みを撫でた。それだけで鈍い快感が訪れ、あたしの中はひくついた。待ちきれなくて思わず「ああっ」って呻きが漏れた。
ぬぶっ、ていう感じで匠くんの指があたしの中に突き立てられた。敏感な中をぬるぬると擦られ、激しく身体を仰け反らせた。
「ひああっ!」
喉の奥から絡まったような喘ぎ声が上がる。匠くんの指はあたしの中で軽く「くの字」に曲げられ、素早く出たり入ったりを繰り返した。愛液に塗(まみ)れぬるぬるとぬめった匠くんの指はあたしの内側を擦り、立て続けの強烈な快感にびくびくと身体が跳ねた。
匠くんは更に左手であたしのクリトリスの包皮を押し開き、顔をあたしの股間に埋め、膨らんだクリトリスに舌で小刻みに振動を加えた。
「あ、ひっ!」
抑えようも無く激しく喘いだ。
「ああああっ!」
膣襞を擦り立てられ、クリトリスを嘗め回されて叫ぶように喘ぎ続けた。
匠くんはあたしが恥ずかしげも無く上げ続ける激しい喘ぎ声に急き立てられるように、あたしの膣を掻き回しクリトリスを激しくねぶった。
がくがくと身体を躍らせながら狂おしいほどの快楽に染まるあたしの身体の奥底から、急激にせり上がってくる塊を感じた。
「あっ、ひあっ!あっ、やあっ!ダメっ!もう、匠っ、くんっ!もうっ、ダメなのお!いっ、くうっ!イッちゃううっ!」
自分の口から放たれ続ける淫猥な喘ぎ声に耳朶を打たれ、羞恥と共に激しい欲情を感じて昂ぶりながら、めくるめく頂(いただき)へと舞い上げられた。
「やああっ!イクうっ!!アッ!アアアアアッ!!」
一際激しく絶叫して、がくがくと全身をわななかせながら激しい絶頂に貫かれた。
匠くんの指と舌が駄目押しの快楽を与えようと、滅茶苦茶な速さであたしの快感の中心を刺激し続けた。
声にならない喘ぎを喉の奥で放って、硬直した身体をぶるぶると震わせ続けた。何度も何度も津波のような絶頂が繰り返しあたしの身体を襲った。
がくり、とあたしの身体はスイッチを切られ電気の供給が断たれた機械のようにベッドに沈んだ。時々思い出したように身体のあちこちがひくついた。
口を閉じることも瞬(まばた)きをすることも忘れて、茫然自失で身体を投げ出していた。すさまじい快感の余韻に身動きひとつ出来ずにいた。酸欠気味の肺が酸素を求め、胸だけが大きく上下を繰り返していた。
しばらくぼんやりとした意識の中で、匠くんがあたしをしっかりと抱き締めてくれている感覚だけははっきりと感じ取ることができた。
次第にはっきりとしてくる感覚が、あたしの足の付け根に当たる強張りの存在を感じていた。強張りにはいつの間にかコンドームが装着されているようだった。 いつの間に着けたんだろ?あたしがぼおっとしている間に着けたのかな?でも匠くんずっと抱き締めてくれてたと思うんだけど?ちょっと驚くと同時に、その素 早い動きに可笑しくなった。
「匠くん?」
あたしは呼びかけた。
「ん?」
匠くんはあたしを覗き込んだ。
「匠くんの、すごい辛そうだよ」
太ももを動かして、押し当てられている強張りを薄いゴム越しに擦った。
「うん」
匠くんは情けなさそうに笑った。少し引き攣るような笑いだった。
そんなに苦しくて辛いんだ。その笑顔を見て思った。
「ねえ?来て」
笑って匠くんを誘った。
「うん」
嬉しそうに頷いて、待ちかねていたように匠くんは覆い被さって来た。挿入する位置を確かめ、激しく勃起した自分のものに手を添えて、あたしの入り口に位置を定めた。
「入れるよ」
匠くんがあたしを見つめて囁いた。
あたしはこくりと頷いた。
愛液で濡れた陰唇に強く押し当てられる感触があり、硬く太いものが陰唇をぐぐっ押し広げてあたしの中に押し入って来た。その異物が侵入してくる違和感に思 わず呻いた。でも痛みはちっとも感じなかった。あたしの膣を押し広げながら、匠くんの硬く屹立したものはずぶずぶっていう感じで奥へ奥へと突き進んで行っ た。
「あっ、はあ、ああっ」
膣を押し広げられ、その内側の襞をずるずるときつく擦り立てられる感覚に酔った。
匠くんは歯を食いしばるように硬い表情で腰を押し進めた。匠くんへ手を差し伸べ、匠くんを抱き締めた。
あたしが強く抱き締めると同時に、匠くんもあたしを抱き締め、一際強く腰を突き出した。身体の奥に匠くんのものが突き当たるのが感じられた。
匠くんのものが全てあたしの中に埋(うず)まったのが分かった。
「ああっ」
匠くんを包み込んでるっていう感覚に、溜息のように切ない喘ぎが唇から零れた。
匠くんの口からも喘ぐような吐息が漏れた。
あたし達はしばらく深く繋がったまま抱き合った。匠くんの強張りがあたしの中でびくんびくんって弾んだ。その度に膣壁がぐいぐいと押し上げられ、あたしは快感に悶えた。
匠くんとぴったり寄り添って密着している身体が気持ちよかった。身体の奥深くでひとつに繋がりながら、身体全体を密着させて触れ合わせていることに深い充足感を覚えた。
匠くんが囁いた
「動くよ」
匠くんの言葉にあたしは頷き返した。
匠くんの腰が引かれ、それに合わせて匠くんの強張りが膣襞を擦りながら引き抜かれる。そしてペニスの張り出した辺りがあたしの膣口まで下がったかと感じた瞬間、今度は一息に怒張したものが突き入れられ、あたしの奥深くを匠くんの先端が抉る。
「あぐうっ」
身体の奥を突き上げられ、苦しげに喘いだ。
匠くんはリズミカルにその動きを繰り返した。匠くんの強張りがあたしの中から引き抜かれ、突き入れられる度に、あたしは激しい快感にわななき、泣き叫ぶように喘いだ。
匠くんの腰の動きは速度を増して、匠くんの硬いペニスがあたしの熱くぬかるんだ膣を責め立てた。あたしと匠くんの繋がった部分からはペニスが出入りを繰り 返す度に、耳を覆いたくなるような淫らな音が放たれている。その扇情的な響きを耳にして、羞恥に身悶えながらも激しく興奮し、全身をぶるぶると震わせた。
屹立したものが突き入れられる度に押し出された愛液が、あたしと匠くんの股間をべっとりと濡らし、膣内でペニスに掻き回され白く泡立っていた。
激しく出入りするペニスに敏感な粘膜を擦り立てられながら、再び身体の奥からぞわぞわと膨れ上がってくる昂ぶりを感じ取っていた。
ああっ!あっ、いいっ!匠、くんっ!いいっ、のっ!ひうっ、すごいッ、気持ちっ、いっ!あふうっ、あッ、くうッ!やああ!イッ、クウ!もう、すぐッ、イッちゃううッ!
股間をずんずんと突き上げられる度に背筋を立ち上る激烈な快感に、全身を悶えさせながら激しく惑乱し、髪を振り乱して泣き叫んだ。
匠くんは荒い息を吐きながら盛んに腰を振り立てた。匠くんも限界が近いみたいだった。
匠くんが唐突にペニスを引き抜いた。
もう達する寸前だったあたしは悲鳴を上げた。
「あ、やあっ、匠くんっ、抜いちゃダメェ!」
匠くんは素早くあたしの太ももを抱え込み、あたしの身体をくの字に曲げるような姿勢にすると、再び硬く屹立したペニスをひくつく中へと突き入れた。
今までで一番、あたしの身体の奥深い部分まで匠くんの硬く屹立したもので抉られている感じがした。奥深くを突き上げられる感覚に、あたしは苦しげに喘いだ。
匠くんはペニスを大きく引き抜く動きを止め、奥に突き入れたままで更に奥深くを激しく突き上げるように腰を動かした。膣の奥深くをずんずんと突き上げられ、その振動を感じながら、とうとう激しい絶頂に達した。
あッ、ああっ、ひあッ、いっ、くうッ、イクうッ、あ!あ!アアアアア-ッ!
更なる高みへ誘おうとするかのような、駄目押しの激しい突き上げに膣の奥を抉られながら、絶頂に達したままのあたしは更なる絶頂に押し上げられた。
ぐうっと身体を弓なりに反らしたまま、わなわなと震えていた。
その時匠くんが低く呻いた。
うあっ、イクッ!
膣を深々と刺し貫いているペニスが、突然びくびくと暴れ出す。匠くんの強張りの先端が激しく爆ぜ、コンドームの中でびゅるびゅると精液を噴出しているよう だった。絶頂に遠のく意識の中で、匠くんのものが何度も何度もひくつき、大量の精液を吐き出し続けているのを膣の奥で感じていた。
やがて大量の白濁した粘液の噴出を終えた匠くんは、がっくりと力を抜いてあたしの上に倒れ込んだ。
脱力した匠くんの身体を抱き締め、まだ膣の奥に収まったままの匠くんのものが痙攣するようにひくひくと蠢くのを膣の奥で感じながら、あたしはうっとりと目を閉じて快楽の余韻に浸った。
匠くんとのセックスはいつもとても満ち足りていた。意識も理性も吹き飛んでしまうような激しい官能に身悶え、気が狂いそうなほどの激しい絶頂に身体を貫か れるのは、怖れさえ感じるほどに甘美で魅惑に満ちたものだった。そして激しく達したあとの、潮が引いたような静けさの中に満ちる充足感もまた愛おしかっ た。

「萌奈美・・・」
匠くんがあたしの上に圧し掛かっていた身体を起こし、あたしを見つめた。
背中に回していた手を匠くんの首に巻きつけた。
匠くんは嬉しそうな顔で言った。
「すっげえ、気持ちよかった」
匠くんにしてはちょっとラフで単純な表現が何だか可笑しかった。
だけど匠くんが言った単純明快な表現を、とても嬉しく感じた。あたしも恥ずかしかったけど同じように答えた。
「あたしも、すごく気持ちよかった」
匠くんはにこりとしてから真面目な口調で告げた。
「愛してる」
あたしは目を瞠った。
匠くんのそんなにストレートな告白を聞いたのは初めてのような気がした。
誰もが口にする、ありふれて月並みで単純なその言葉は、でも匠くんの口から告げられると、これ以上ないくらいに、あたしを幸せにしてくれる。
匠くんが言えばそれはあたしにとっては至上の愛の言葉になるんだ。
幸せの余りふにゃんと緩んだ笑顔を繕えぬまま、同じように「愛してる」って答えた。

そしてあたし達はキスをした。お互いへの尽きない愛を伝えようとするかのように、お互いの唇を啄(つい)ばみ、舌で歯茎をなぞり、開いた口に舌を差し入れ口蓋を舐め回した。うねうねと蠢く舌を淫らに絡め合い強く吸い合った。長い間キスを続けた。
キスの間あたし達はお互いの身体のあちこちに触れ手を這わせた。頬、首筋やうなじ、わき腹や太もも、足の付け根の当たり、お尻、肝心な部分には決して触れず、ソフトで微妙なタッチを繰り返した。
そうしている内にあたしも匠くんも再び昂ぶり、欲情し、激しく求め始める。
匠くんとのセックスは悦楽の虜になったみたいに、その欲望は尽きることを知らず、ひたすら激しく快楽を求め続けた。素肌の身体を擦りつけ、濃密なキスを交わし、お互いの身体に触り、愛撫し、高まると挿入し、絶頂を迎え、果てると身体を密着させたまま休息した。
あたしと匠くんはお互いの身体の隅々まで愛し合った。あたしが上になって匠くんの上で激しく腰を振り立て、匠くんの屹立したものを根元まで飲み込み、ぬ めった膣でしごき上げた。匠くんの時に切なげな、時に苦しげな表情を見下ろしながら激しく欲情して、より一層激しく淫らに腰を振り続けた。或いはうつ伏せ になったあたしの後ろから匠くんがペニスを突き入れ、あたしは深く突き刺さるペニスに膣の奥を抉られ、シーツに顔を押し当てながら激しく悩乱した。匠くん と向かい合って繋がり、お互いの欲情した顔を見つめ合い二人共激しい興奮を覚え、あたしは匠くんにしがみ付きながら達した。他にも様々な体位で交わり続け た。こんなに色んな交わり方があることをあたしは初めて知った。
何度あたしは達し、何度匠くんが果てたか分からなくなる位愛し合った。

◆◆◆

二人してうとうとしてしまい、目が覚めたら部屋はすっかり薄暗い闇に包まれていた。
しまった、って思った。
匠くんと愛し合ってると、もう他のことなんて全部どうでもよくなってしまうほどのめり込んでしまう。
時刻を確認したら午後8時を回っていた。暗澹たる気持ちで深く溜息をついた。
よく寝ている匠くんを起こすのは可哀相だったけど、仕方なく匠くんを起こした。
無理矢理起こされてぼんやりしている匠くんに、途方に暮れた声で告げた。
「匠くん、またやっちゃった」
匠くんも次第に意識がはっきりしてきて、え?って目を瞬(しばた)いた。
「今、何時?」
あたしは時計を示した。
「8時過ぎたところ」
「あちゃー」
匠くんは頭を抱えた。
「どうしよう?」
縋りつくような気持ちで聞いた。
「とりあえず萌奈美の家に電話しないと」
匠くんが力ない声で言った。そうだよねえ。気乗りしない気持ちで携帯を開いた。
匠くんが僕が話そうか?って言ってくれたのを、大丈夫だよ、って制して、家に電話をかけた。
「はい。阿佐宮です」
電話に出たのは聖玲奈だった。
「あ、聖玲奈?あたし」
内心どきどきしながら話しかけた。
「あれ、お姉ちゃん。まだ佳原さんの実家?」
聖玲奈はあっけらかんとした声で聞いてきた。
「ううん。匠くんの実家からはもう帰って来てるの。あのね、今、匠くんのマンション」
冷汗をかきながら打ち明けた。
「なんだ、そうなの?んで、こんな遅くなるまで何してんの?」
聖玲奈が早速「口撃」を仕掛けて来た。そんなの分かりきってる癖に。
「え、うん、ちょっと。それでママいる?」
聖玲奈の問いかけを無視して用件を言う。
ちょっと待って、って言って聖玲奈は電話口から離れた。電話の向こうから「ママー。電話ー」って聖玲奈が大声で呼んでいる声が響いた。
電話の向こうで「誰?」って訊ねるママの声が聞こえ、「お姉ちゃん」って聖玲奈が答えていた。
「もしもし?」
受話器を取ったママの声が響いた。
「ママ?あたし」
心臓をバクバクさせながら伝えた。
「萌奈美。随分遅いのね。まだ佳原さんのご実家にいるの?」
ママが少しきつい口調で訊ねてきた。こんな遅くなるまで電話しなかったのを怒ってるようだった。
「ううん。匠くんの実家からはもう帰って来てるんだけど・・・」口を濁すように曖昧に返事を返した。
「じゃあ、何処にいるの?もしかして佳原さんの部屋?」
ママにはばればれだった。
「・・・そう」
消え入りそうな声で答えた。
ママは電話の向こうでひとつ溜息をついた。
「・・・それで、電話して来たのはどういう話でなのかしら?」
おおよそ予測がついてるらしい口調でママは聞いてきた。
あたしは内心びくびくしながら話した。
「えっと、夜になるまで電話しなくてごめんなさい」
まず謝った。
「それでね・・・」恐る恐る本題に入った。
「えっと、今日、匠くんの部屋に泊まっちゃ、ダメ?」
おずおずとご機嫌を探るように聞いてみた。
電話の向こうでまたひとつ大きな溜息が聞こえた。
「萌奈美、あなたねえ」
呆れたような怒ったようなママの口調だった。
ママの口調にあたしはしゅんとした。だけど、それでも匠くんと一緒にいたかった。その気持ちを抑えられなかった。
「ごめんなさい、ママ。あの、本当に。あたしのこと、だらしないって怒ってるよね?ママのこと、悲しませて、怒らせてごめんなさい。でも、でも、やっぱり匠くんと一緒にいたいの。どうしようもないの。我慢できないの」
必死の思いで話した。
「まったく、あなたって子は。そんなに聞き分けがない子だとは知らなかったわよ」
「うん。ごめんね。でも、ダメなの。あたし、抑えられないの。匠くんと一緒にいたいって気持ちが膨れ上がって、溢れ出て、手が付けられなくて、もうどうしようもないの」
悲痛な気持ちを吐露するように訴えた。
「だから、お願い。匠くんと一緒にいさせて」
そうお願いした。
「・・・もう、どうなっちゃうのかしらね。萌奈美は。自分の気持ちを持て余しちゃってるんじゃない?すこし心配だわ、ママは。そんなに強く佳原さんを愛すること、求めることが、時に萌奈美自身を深く悲しませたり、傷つけたりすることがあるんじゃないかって不安だわ」
ママはとても心配そうな声で言った。
あたしも自分が抱く想いのあまりの強さ、一途さに自分で不安になるときがある。でも、それでもどうしようもないくらい匠くんが好きで、匠くんを愛していて、匠くんを求めてしまう。
「・・・何だかとても二年後まで待てそうにないように思えるけど。そんな状態じゃ」
ママがぽつりと呟いて、あたしはぎくりと身を竦ませた。
その通りだった。
心の中では本当のところ二年後まで待つつもりなんか全然なかった。そんなに待っていたら気が変になってしまうんじゃないかって感じていた。
あたしが身を固くし沈黙したままでいると、ママに「仕方ないわね。わかったから。今日は佳原さんの部屋に泊まってくるのね」って確認された。
「佳原さんのご実家の話は、帰って来てからちゃんと詳しく聞かせてね」
そう告げる口調は、もういつものママに戻っていた。
「うん」
少し沈んだ気持ちで答えた。
「佳原さんによろしくね」
そしてママは軽い口調で、じゃあ、って言った。
「うん。あの、ママ、ありがとう」
あたしが慌ててそう伝えると、ママの方から電話を切り、通話が途絶えた。
自己嫌悪に陥りそうな気分になりながら携帯を閉じた。
「怒られちゃった?」
匠くんが心配そうな顔をしていた。
「ううん。呆れられたけど」
作り笑いを浮かべて答えた。
「やっぱり帰った方がいいかな」
匠くんが言った。
その方がいいことはもちろん分かってる。あたしも匠くんも。でも、気持ちがそれに従おうとしなかった。
強い磁石が引き付け合うように、あたしと匠くんは自分でもどうしようもない位に一緒にいることを求めてしまう。運命なんていう気安い結論に納得しようとは 思わないけれど、でももうずっと以前から決められていることのように、あたし達は強く惹かれ合い、一緒になること、一つになることを盲目的なまでに願って しまうのだった。それがどうしてなのかなんて、そんなことどうでもよかった。
「匠くんと一緒にいたいよ」
俯いて呟いた。
ぎゅっと抱き締められた。
「僕だってそうだよ」
耳元で匠くんが言った。
こういうの「溺れる」っていうのかな、って自問しながら、それでもいいって思っていた。
抱き締められながらあたしは匠くんの体温を感じ、匠くんの匂いを嗅いだ。
気持ちの一方では匠くんから離れられなくなっている自分を駄目だなって思いながらも、心が満たされるのを感じていた。

◆◆◆

翌日の夕方、匠くんに送って貰って、大袈裟ではなく身を裂かれるような悲しみを引きずりながら帰宅した。
「ただいま」
沈んだ声で帰宅を告げるあたしに、ママが呆れたような顔をした。
「なあに、佳原さんと別れ話でもして来たみたいなその暗い顔は?」
「佳原さんと喧嘩でもした?」
居合わせた聖玲奈に聞かれたけど、沈んだ気持ちで答える気力もないほどだった。
「それで佳原さんのご実家はどうだったの?」
ママは大分気になってたみたいで、早速訊ねて来た。
「うん・・・」
それにも浮かない返事をした。
ママが少し曇った表情を見せる。
「ひょっとして許して貰えなかったの?」
一から十まで詳しく話すのはとても億劫だった。
「そういう訳でもないけど・・・半分許して貰えて、半分許して貰えなかった」
「何それ?」
あたしの全く要領を得ない返答を聞いて、案の定ママは眉を寄せて訝しい顔をした。
仕方なく、匠くんのお母さんには許してもらえたこと、でも匠くんのお父さんを怒らせてしまって、お父さんには許してもらえなかったことをのろのろと説明した。
「そういう時は大人しく、はい、はい、って返事しとくもんよ」
絶対に大人しく聞いている筈がないであろうママは言った。
「そうだけど・・・」
あたしは口を尖らせた。
「まあ、仕方ないわね。佳原さんのお父さんの怒りが納まった頃に、もう一度お伺いして改めてお願いしてらっしゃい」
気楽な調子で言うママに、浮かない顔で頷き返した。

自分の部屋に入るとベッドに倒れ込んだ。身体の疲れもあるけど、何もかもが憂鬱に思えてかったるかった。
今さっきまで匠くんと一緒だった癖に、もうずっと会ってないような気がして寂しくて仕方なかった。
身体のあちこちが鈍い痛みを感じるほど激しいセックスをしたのに、もう身体の疼きを感じた。思い出すだけで身体の奥がじんと熱を帯び始める。切なくて堪らなかった。
あたしは一体どうしちゃったんだろう?匠くんと一緒にいないだけで、何か大きなものが欠けている気がした。この胸にぽっかり大きな穴が開いて、そこからしゅうしゅう空気が漏れていくみたいに、気持ちが漏れ出して空っぽになってしまいそうだった。
気が付かないうちに涙を零していた。
どうしようもなく匠くんに会いたかった。

携帯を掴んでいた。耳に押し当てて待った。
コール音が繰り返し耳朶を打つ。無機質で冷たくて素っ気無いコール音を嫌いだって思った。
「萌奈美?」
聞きたくてたまらなかった声があたしの名前を呼んだ。空っぽになりかけていた感情の漏出がぴたりと止まった。
「たくみ、くん・・・?」
途切れ途切れに名前を呼んだ。
あたしが涙声なのに気付いて、電話越しの声はびっくりしたみたいだった。
「萌奈美、泣いてるの?」
「だって、寂しいんだもん」
ぐすぐす鼻を鳴らしながら答えた。
溜息交じりに匠くんは笑った。
「困ったね」
「うん。すごく困ってる」
あたしは素直に認めた。
「どうしたらいい?」
自分ではもうどうしていいか分からなくて問いかけた。匠くんがあたしのこと攫(さら)ってくれたらいいのに、って思いながら。
「困ったね」
本当に困った口調の匠くんが繰り返した。
匠くんを困らせたくなかったけど、でも自分の気持ちをどうしようもなくて、どうしたらいいのか本当に分からなかった。
電話の向こうで「萌奈美ちゃんから?」って声が聞こえた。麻耶さんが帰って来てるみたいだった。
匠くんが携帯から顔を離して、ああ、うん、って答えた。
どうしたの?いや、ちょっと。電話の向こうの二人のやり取りが漏れて聞こえて来る。
「萌奈美ちゃん、どうしたの?」
携帯から突然はっきりと麻耶さんの声が聞こえた。
「え、麻耶さん・・・」
まさか麻耶さんが電話に出るって思ってなくって戸惑った。
「どうしたの?泣いてるの?」
麻耶さんが優しい声で訊ねる。
鼻声のまま自分の気持ちを打ち明けた。
「匠くんと一緒にいたいの。離れてると寂しくて哀しくて、もうどうしていいか分かんないの」
話しながらまた堰を切ったようにこみ上げてくる切なさに涙が零れる。堪(こら)えようとしたけど嗚咽が漏れてしまう。
しゃくりあげているあたしに、麻耶さんのあっけらかんとした声が言った。
「こっち来ちゃえば?」
電話の向こうで匠くんが、はあっ?と奇妙な声を上げた。
あたしも胸の内でえっ?と漏らしていた。麻耶さんはいとも簡単なことのようにあたしを誘った。
お前いきなり何言ってんだよ!匠くんの叱責する声が聞こえる。
「だって、仕方ないんじゃないの?萌奈美ちゃん自分でも気持ちを抑えられないみたいだし」
麻耶さんは本気で言っているみたいだった。
「このままじゃ、萌奈美ちゃん何にも手がつかないんでしょ?」
麻耶さんが聞いてくる。
はい、って頷いた。
「このまま苦しくて何にも手がつけられないでいるより、こっち来て一緒にいる方が萌奈美ちゃんにはいいんだと思う」
麻耶さんは匠くんに話している。
でも、高校生の萌奈美が同棲してるっていうのが学校にでもバレたりすればやっぱり問題だろうし、最悪の場合退学ってことにもなりかねない。第一、萌奈美のお父さんとお母さんが許してくれる筈ないだろう。匠くんは懸念を口にしている。
「二人きりでなければまだいいんじゃない?あたしがいれば女二人だし、まだ多少は「世間」の抵抗感も少ないと思うけど」
麻耶さんが提案した。
「え?麻耶も一緒に住むの?」匠くんの聞き返す声が届いた。
「もちろん。此処追い出されたらあたし行くトコないし。匠くんにしてみれば可愛い萌奈美ちゃんと二人きりの、あまーい愛の巣生活がお望みなんだろうけど」
意地悪く麻耶さんは答えた。
「ば、馬鹿!そんなこと考えたりするか!」
抗議する匠くんの声は、だけどものすごく焦りまくっているように聞こえた。
「どう?萌奈美ちゃん。あたしの提案」
麻耶さんに聞かれた。
「え、でも、麻耶さんはいいんですか?」
思わず聞き返した。
「別に構わないわよ。あたし萌奈美ちゃん好きだし。萌奈美ちゃんと一緒の生活だったら楽しいだろうなって思うし」
あっけらかんとした返事だった。それから、あ、と思い出したように付け加えた。
「愛し合う二人だからエッチ禁止とは言わないけど、一応同居人に気を遣ってやってね」
麻耶さんは冷やかすように言った。
「バ、バカ!」電話の向こうで匠くんが激しくうろたえているのが分かった。
あたしも麻耶さんの言葉に一人で真っ赤になっていた。
「それで、お父さんとお母さんは説得できる?」
麻耶さんは改まった口調であたしに聞いた。
全然自信はなかったけど、でも麻耶さんの提案に縋るような気持ちだった。
「はい。説得してみます」
きっぱりと答えた。
「萌奈美?」
匠くんが麻耶さんから携帯を奪い取って電話に出た。(電話の向こうで「いい加減返せよっ!」「何よう、せっかく心配してあげてんのに」って言い合っているのが聞こえていた。)
「麻耶のふざけた提案は真に受けない方がいいと思う」
匠くんは慎重だった。
「誰のふざけた提案ですって?」
麻耶さんが大声で抗議するのが聞こえたけど、匠くんは気にするな、って言った。
「でも、名案だと思うんだけど」
あたしは麻耶さんのアイデアにすっかり乗り気になっていた。
「だけど・・・」
「あたしもう我慢できなくなってる。匠くんといつも一緒にいたい」そう打ち明けた。
匠くんは「そうだけど・・・」って同意してくれたけど、それでも躊躇っていた。
「だからパパとママにお願いしてみる。麻耶さんが言うとおり二人きりじゃなければ、パパもママもそんなに不安に思わないんじゃないかな」
「あの、あんまり無理しないで」
心配そうな声でやんわりと忠告された。
でもあたしはやる気満々だった。匠くんと一緒にいられるためなら何だってする覚悟だった。
「大丈夫。絶対、許してもらうから」
鼻息荒くそう答えた。
当たって砕けろの心境だった。それで砕けたら家出でも何でも辞さないつもりだった。
 


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