【 FRAG-ILE-MENT 】 ≪ The Picture 第12話 ≫


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毎日のように佳原さんの部屋を訪れた。
佳原さんと色んな話をして、佳原さんに色んなことを聞いて、色んなことを教えてもらった。

ミスチルのアルバムを全部聞いた。
アルバムを順に聞きながら、ミスチルの音楽が時間と共に変わってきているのが分かった。その変化はあたしにはとても好ましく感じられるものだった。中に は、昔のミスチルの方がよかったっていう人もいるけど、確かにかつてのミスチルが表現していたもの、今の彼らでは表現できなくなってしまったもの、失われ てしまったものもあるって思う。でも、今のミスチルは、今のあたし達に寄り添ってくれている、一緒に同じ方向に同じ歩みで進んでくれてるってあたしには感 じられた。それはとてもあたしを勇気付けてくれた。そして、とても嬉しく思った。

好きになったミスチルの曲を佳原さんに伝えた。佳原さんが好きな曲も教えてもらった。
「くるみ」はあたし達二人とも大好きな曲だ。
「声」「少年」「終末のコンフィデンスソング」「旅立ちの唄」「GIFT」「HANABI」「もっと」「SUNRISE」「ポケット カスタネット」「彩 り」「ひびき」「ほころび」「Another Story」「Worlds end」「CANDY」「僕らの音」「靴ひも」「Sign」「and I  love you」「PADDLE」「花言葉」「掌」「天頂バス」「タガタメ」「HERO」「Any」「蘇生」「youthful days」「君が好 き」「優しい歌」「つよがり」「CENTER OF UNIVERSE」「Surrender」「Hallelujah」「ロードムービー」「NOT  FOUND」「I’ll be」(佳原さんもあたしもシングルよりアルバムのアレンジの方が好きだった)「simple」「ラララ」「終わりなき旅」 「Image」「ALIVE」「ボレロ」「EveryThing」「Tomorrow never knows」「花-Memento Mori-」 「DISCOVERY」「Dance Dance Dance」「Cross Road」「Over」「抱きしめたい」「LOVE」「my  life」・・・もう数え切れない位。
「名もなき詩」は佳原さんが特別好きな曲だって教えてもらった。言わずと知れたミスチルを代表する名曲だ。佳原さんに聞いてから何回も聴き返した。うん、ホント、名曲だって思った。
それから、あたしも佳原さんも「口笛」がすごく好きだった。「手をつないで 僕らの今が 途切れないように」って、すごくその情景が目に浮かんで、気持ちが温かくなってそれからほんの少し切なくなる。いつか、佳原さんとそんな気持ちを分かち合えたらなって思う。

村上春樹さんの小説もまだ読んでいなかったのも結構あって、佳原さんに貸してもらって殆どを読み終えた。
それに佳原さんは小説だけじゃなくて、評論とか批評とかの本も沢山読んでいて、あと文学に限らず、イラストレーターっていう仕事をしてるから美術に関心あ るのは当然だけど、他にも民俗学とか文化人類学、哲学、西洋史っていったジャンルにも関心が高くて、そういった関係の本も佳原さんの本棚には並んでいた。
あたしはそういう本は今まで全然読んだことがなかったけど、それでもってちょっと純粋さに欠けるけど佳原さんが好きなものは何でも知りたいって思ってたか ら、佳原さんにあたしでも読み易そうな本を聞いてみた。それで佳原さんに勧められて本田和子さんっていう人の『少女浮遊』と藤井貞和さんって人の『物語の 結婚』っていう本を借りて読んでみたらとても面白かった。あと佳原さんは高山宏さんっていう人の本が好きで、あたしも『アリス狩り』『メデューサの知』 『テクスト世紀末』っていう三冊を貸してもらって読んだらすごく面白くて一気に読んでしまった。文章が独特で、読み始めはちょっと馴染めない感じがしてた んだけど、読み進めていくうちにぐんぐん惹き込まれていって、愛読者の人達の間では「高山節」って呼ばれてるその語り口に、すっかりあたしも魅了されてし まった。
佳原さんと出会ってから読書の幅がすっごく広がったって自分でも感じていた。

毎晩のように電話で話した。学校が終わってから佳原さんの部屋を訪れて沢山話しても、それでも全然話し足りなかった。ほんの数時間前まで会ってたのに、声が聞きたくて電話をかけた。佳原さんとなら何時間だって話していたかった。ずっと声を聞いていたかった。

佳原さんと過ごす時間はとても充実してて、幸せな気持ちでいっぱいだった。
でもその一方で、あたしの中で切なさが抑え切れないくらい膨れ上がってるのも事実だった。
一緒に過ごす時間が増えるほど、むしろ、もっともっと佳原さんのことが好きになって、もっともっと恋しくて焦がれる気持ちでいっぱいになって、溢れ出して抑え切れなくなった。もっと苦しくなった。

◆◆◆

「ねえ、あたしどうしたらいい?」
思い余って、春音に助けを求めた。
思い詰めた表情を浮かべたあたしを見つめ返して春音は呆れ顔だった。
「どうするもこうするも、それだけ分かり易い行動とってたらこれ以上することもないと思うけど」
確かに、毎日のように佳原さんに会いに行ってて、毎晩何十分も電話で話してれば、誰が見たってこれ以上ない位にバレバレだった。
佳原さんにだって絶対バレてるに違いないって思う。
けれど。あたしの気持ちなんてバレバレのはずなのに、佳原さんの態度からはあたしが自信を持てるほどには佳原さんの気持ちが明確には伝わってこなくて、佳 原さんがすごく優しかったり、時々照れたりどぎまぎしているとことか見ると、きっとそうなんじゃないかなって思ったりするけど、でも、やっぱりちょっと自 信がなくて、肝心な、決定的な一言をなかなか言い出せないでいた。状況的には悪くないって思えるし、少しずつ佳原さんとの距離を縮められてるんじゃないか なって自分では感じてて、それなりにあたしと佳原さんの二人の関係は進展してるように思えるんだけど、実際のところどうなんだろう?
あたしは今まで佳原さんと一緒に過ごしたことや、話したことを思い返してみた。
夜電話で話してて、「明日もきてくれるのかな、って思って」って思わずポロッと口から零れ落ちたって感じで佳原さんが言ったことがあった。それを聞いても のすごくびっくりして、だけどとっても嬉しくって、それでもって携帯の向こうからは自分で言ったその言葉に何だかちょっとうろたえてるような感じの佳原さ んの様子が伝わってきたりした。
それとか、毎日のように佳原さんの部屋にお邪魔してて、佳原さんが仕事が忙しかった時があって、それが分かってあたし迷惑かけてるんじゃないかなって心苦しくなって、思わずそう佳原さんに訊ねたあたしに佳原さんは言ってくれた。
「どんなに忙しくても・・・阿佐宮さんと会っていたかったんだ」って。躊躇いがちに。
あの時、あとほんの少しの勇気が足りなくて、佳原さんの言葉の真意を確かめられずに終わってしまった。
あたしの気持ちはこの胸から溢れ出してしまいそうなくらい佳原さんへ向かってて、もうどうしようもなく我慢できなくなって、思わず佳原さんの気持ちを確か めてしまった時もあった。それでも、佳原さんがあたしのことを、あたしが佳原さんを好きなのと同じように好きでいてくれてるのか直接確かめるのが怖くて、 いつも佳原さんが躊躇うように言葉を濁してしまって、思ってることや感じてることをあたしに話してくれないのは、あたしがまだ子供だからで、だから佳原さ んは本当の気持ちとか、何もあたしには言ってくれないんじゃないかって、あたしは佳原さんを責めてしまった。あの時、佳原さんは、もう少し時間をもらえな いかな?って、待っていて欲しいって言ってくれた。
あたしのことを子供だなんて少しも思ってない、そう佳原さんは言ってくれた。
いつも、もう何度も、阿佐宮さんは僕を支えてくれてるよ、って佳原さんが言ってくれた。
佳原さんの言葉を聞いて、あたしはなかなか簡単に明かしてくれない佳原さんの気持ちの端っこを、やっと掴まえることができたって感じることができた。
そんな場面のひとつひとつを思い出してみてあたしは、多分、ううん、かなりの確率でそうなんじゃないかなっていう予感を持てた。佳原さんの気持ちがあたしと同じなんじゃないかなって予感。
あたしが一人佳原さんとの思い出を頭の中で思い返していると、春音が不意打ちのように言った。
「それより萌奈美、あんた佳原さんとこ日参してて、部活相当サボッてるじゃん。そろそろヤバいと思うんだけど」
ギクリ。
春音はあたしも気にはなりながらも敢えて考えないようにしていた問題を衝いて来た。
「それは言わないで!」
「言わないでって、逃げてても状況は悪化するばっかりだよ、キミ」
ううっ。思わず恨めしげな視線を春音に向ける。春音の言うことは正論ではあるけど、時に人は正論を素直に受け入れることができないこともあるのだ。人は理屈のみで生きるにあらず。
春音はあたしのそんな視線を一顧だにせず、迷惑そうに払いのけながら無情に言い放った。
「あのね、あたしに腹をたてるのはお門違いだからね」
そうは言いながらも、親友の悩みは無碍にも出来なかったのか、やれやれ、っていった面持ちで付け加えた。
「まあ、そんだけ連日連夜、萌奈美から訪問やら電話を受けて、佳原さんが迷惑がってないなら、それって可能性大ってことなんじゃない?」
第三者からの見解にあたしは大いに勇気付けられた。やっぱり?そう思うよね?
「このまま部活をサボリ続けられても困るし、ここはひとつそろそろ想いの程を告白してみたら?」
やや投げ遣りにも聞こえる口調が少し気になったけど、人からそう言われて自分の中で告白に向けて急激に気持ちが高まり始めていた。
よーし!あたしは決心した。今日こそ、佳原さんに打ち明けるんだ。やるぞ!
「うん、決めた!あたし告白する!!」
そう宣言して、ぐっと拳を握り締めた。
「あ、そう。頑張ってね」
答える春音の口調がどうでもよさそうなニュアンスに聞こえたのは気のせいかな?
だけど、既に一人盛り上がってしまっていたあたしは、そんなこといちいち気にしてなかった。
猪突猛進、視野狭窄。その時のあたしの姿を見て、春音はそんな言葉を思い浮かべたことを後で聞かされた。

佳原さんに電話して今日もお邪魔することを伝えた。電話しながらあたしは今日告白する事を思ってどきどきしていた。声が上ずりそうになるのを必死で堪(こ ら)え、何とか平静を保って電話を終えた。放課後になるのを待ち切れない思いで過ごし、帰りのホームルームが終わるが早いか、教室から駆け出ようとした。
教室を飛び出そうとするあたしの行く手を遮る人物がいた。その人物の顔を見るや、あたしの顔から血の気が引いていった。
「阿佐宮さん、今日こそは逃がさないからね」
そう言ってあたしの前に仁王立ちしたのは、文芸部長の山根紫(やまね ゆかり)先輩、通称・ゆかりんだった。
げげっ、よりにもよってこんな日に!あたしは思わず一歩後じさっていた。
「ぶ、部長、こんにちは」引き攣った笑いを浮かべる。
「阿佐宮さん、あなた何日部活サボってると思ってるの?二年がそんなことでは一年生に示しがつかないじゃない」
・・・ああ、部長様は静かにご立腹遊ばされている。
「す、すみません。あの、すごく申し訳ないって思ってます。でも、すごく大切な用事があって、それで・・・」
言い訳して時間を稼ぎながら、周囲に目を配って逃げ道を探した。
「釈明はこれからゆっくり聞かせてもらうわ。大人しく従うことね」
生徒会副会長を務める、その有無を言わせぬ圧倒的な迫力を前にして、あたしは絶望感に目の前が真っ暗になった。部長の後ろに控えていた文芸部の先輩二人が無言であたしの方へ歩み寄って来る。今のあたしはさしずめ、逮捕、連行されようとしている逃亡犯といった状況だった。
その時だった。
「まあまあ、部長。そう固い事言わずに」
そう言って後ろから部長を羽交い絞めにしたのは春音だった。
がっちり押さえ込まれ、冷静沈着を誇る生徒会副会長も慌てふためいた様子だった。
「こ、こらっ、志嶋さん!離しなさい!」
今にもあたしを取り押さえようとしていた先輩二人も、その部長の様子を見て一瞬うろたえていた。
茫然と春音を見つめるあたしに向かって、春音は目で合図を送ってきた。
あたしも視線で頷いて教室の出入り口へ駆け出した。
でも。
「阿佐宮さん!待ちなさい!逃がさないで!」
あたしの行動に気付いて部長が鋭い声で制止を命じた。最後の言葉は二人の先輩に向かって告げられたものだった。
部長の声に我に返った先輩達があたしの往く手を塞ごうとする。
「春音、他人(ひと)のクラス来て何やってんの?」のほほんとした声が投げかけられた。
目を丸くした結香が、丁度あたしと先輩の間に割って入ったのだった。
その好機を逃さず、あたしは素早く踵を返して後ろの扉へと走った。
「あっ!萌奈美!」
「待ちなさい!」
慌てた様子で先輩達が呼びかけてきたけど、構わずにダッシュした。
「ちょっと!そこどいて!」
「何するんですか!危ないじゃない!」
「いいから!どいて!」
背後で言い争う声が聞こえた。先輩と結香の声だった。
教室を出るとき一瞬立ち止まって振り向いた。、あたしを追って来ようとする先輩に立ち塞がる格好で言い合っている結香の姿が映った。結香の隣で千帆も先輩 達の往く手を遮っていた。そしてその向こうではもがく部長を尚も羽交い絞めにしている春音がいた。その春音と視線が合った。春音の眼差しが頷く。千帆もあ たしを見て、笑顔で小さくVサインを作った。
春音も千帆もあたしのために一肌脱いでくれたのだった。(結香だけは恐らく本当にたまたま行きがかって巻き込まれただけなんじゃないかって思う。)
あたしは二人に笑顔で頷き返して、一心に昇降口へと走った。体育の時間でもこんなに必死になって走ったりしたことないって思うくらい、もう無我夢中でひたすら走った。途中、あたしが血相変えて走ってくるのを見た他の生徒がぎょっとして慌てて飛び退いていた。
追っ手から逃れるように市高通りを猛ダッシュで駆け抜け、北浦和駅の改札を通りホームへ駆け下りると、丁度タイミングよく到着した上り電車に飛び乗った。
学校から殆ど走り詰めで、ハンカチで拭っても後から後から流れ落ちてくる汗はしばらく引くことがなかった。
ドア付近の手摺にもたれてぜえぜえ荒い息をついているあたしの姿を、何事かって感じで周りの乗客の人達が怪訝そうな顔つきで見ていた。

もうちょっと後先を考えておくべきだった。
これから想いを打ち明けようっていうのに、さんざん走ったせいで大汗をかいてしまって、肌はベタベタ髪の毛はパサついて鏡に映る自分の姿にちょっとこれは・・・って絶句した。
武蔵浦和に到着し、駅のトイレで身なりを整えた。パウダーインの制汗シートでベタついた顔や首、腕を拭い、髪をとかして、リップクリームを付け直した。少しは気分的にサッパリしたし、まあこれで良しとしよう。贅沢を言ったところで急に可愛くなれる訳でもないし。
鏡の中の自分に向かって、心の中でよし!って気合を入れて、佳原さんの部屋に向かった。

マンションのエントランスで、すっかり慣れた操作で佳原さんの部屋番号を押して呼び出した。
「はい」
いつものように抑揚を欠いた佳原さんの声がインターフォン越しに聞こえた。
いつもだったらわくわくする気持ちで弾む声で訪問を告げるんだけど、今日は違ってた。心臓がバクバクと高鳴ってる。緊張を押し隠していつもの調子を心がけながらインターフォンに向かって話しかける。
「あの、こんにちは。阿佐宮です」
「ああ、いらっしゃい」
インターフォン越しに佳原さんは答え、エントランスから中へ入るオートロック式のドアを開錠してくれる。開いた扉を通り抜けエレベーターホールに向かった。
エレベーターに乗って、もう殆ど意識しないままに佳原さんの部屋の階のボタンを押す。
エレベーターが上昇する間、一人きりの空間で自分の心臓の鼓動が狭いエレベーターの中で反響して聞こえるような気がした。
気持ちを落ち着かせる猶予もなく、エレベーターは目的の階に到着した。震えそうな足取りで佳原さんの部屋に向かう。
玄関のインターフォンのボタンを押す。僅かな空白の時間が却ってあたしの気持ちを追い立てた。
ガチャリ。
玄関の鍵を開ける音が驚くほど大きく響いて、あたしは思わず身を竦ませた。
ドアがゆっくりと開き、佳原さんが顔を覗かせる。
「やあ。いらっしゃい」
心持ち笑顔を浮かべて佳原さんはあたしを招き入れてくれた。
この部屋を訪れるようになって、最初の頃は玄関で佳原さんはちょっと戸惑ったような困ったような顔をしていたけど、今は笑って出迎えてくれる。それだけあたしと佳原さんは打ち解けて親密になれたって考えてもいいんだろうか?きっとそうだ。そう思うことで自分を勇気付けた。
「こんにちは。お邪魔します」
引き攣っていないか不安になりながら、精一杯の笑顔を浮かべて佳原さんに挨拶をした。

いつものように佳原さんは、あたしをリビングのソファへと案内してくれて、あたしが座るのを見届けてからキッチンに飲み物を用意しに行った。
冷蔵庫を開け、飲み物をグラスに注ぐ佳原さんの後ろ姿を見つめながら、その光景がとても見慣れたものになっているのに気付いた。飲み物が入ったグラスを二 つと、それから冷蔵庫で冷やしてあったお菓子を載せたトレイを持って佳原さんは戻って来た。(あたしが佳原さんの部屋を訪れるようになって少ししてから、 佳原さんは飲み物と一緒にシュークリームとかプリンとかを出してくれる。それもスーパーで売ってるようなのじゃなくて、ちゃんと洋菓子店で買って来てくれ てるみたいだった。・・・佳原さんはいつもあたしが来る前に、買いに行ってくれてるのかな?それって間違いなく、あたしのために買いに行ってくれているに 違いないだろうし、そう考えるとたまらなく嬉しくなった。そしてちょっと自惚(うぬぼ)れた。あたしのためにいつも買いに行ってくれているんだとした ら、・・・きっとそうに違いないって思うんだけど・・・少なからずあたしの訪問を待ってくれている、あたしのことを好ましく思ってくれている証しなんじゃ ないかって。)
佳原さんがこちらを向いた途端、あたしは今まで佳原さんをじっと見つめてたのがバレないように、素早く視線を移動させた。
因みに今日のお菓子はフルーツタルトだった。佳原さんが買ってきてくれるお店の洋菓子はいつもとても美味しくて、待ち遠しい位に楽しみなんだけど、その一 方で毎日のようにこんなに甘いものばっかり食べてたらちょっと体重が気掛かりだった。そうは思っても、遠慮するのも悪いし何より美味しいので、結局いつも しっかりごちそうになってしまうんだけど。

「どうぞ」
飲み物のグラスとフルーツタルトをあたしの前に置いて、佳原さんは勧めてくれた。
「あ、ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をした。緊張で胸一杯だったけど喉はカラカラで、用意してくれた冷たい飲み物に手を伸ばした。
「いただきます」って告げて、口へと運んだ。
グラスの中身はレモネードだった。柑橘類のスッキリした酸味が口内に広がり、その後で砂糖の甘みがふっくらと幸せな気持ちにしてくれる。乾いた喉を冷たい液体が潤した。
じんわりと落ち着いて、一息つくことができた。考えてみたら、学校から北浦和駅までダッシュしたし、ここまで来る間もずっと緊張してて、喉が乾き切っているのも当たり前だった。
あたしがほっと一息ついた様子が、佳原さんにもはっきり分かったようだった。
「大丈夫?」少し気遣う感じで声をかけられた。
慌てて「はい、大丈夫です!」って場違いな位に大きい声で返事してしまった。
「もっと飲む?」
「え、いえ・・・はい、いただきます」
訊かれて、赤面しながらもおかわりをお願いしてしまった。・・・とても想いを打ち明けるようなムードになれる気がしなかった・・・嗚呼!神様!!

それからしばらくはいつも通りの他愛無い話をした。佳原さんに借りて今読んでいる本の感想とか、学校であった事とかを取りとめなく話した。そう言えば、と思い出して今日の帰りのことに触れた。
「今日、学校から帰ろうとするとき、部長に捕まりそうになっちゃいました」
「部長って?」
眉を顰(ひそ)めた佳原さんに訊き返された。
「あ、はい。あたしの入ってる文芸部の部長です。生徒会の副会長もしてるんです。しっかり者でとても頼りになるんですけど、一度彼女の逆鱗(げきりん)に 触れるとすっごく恐くて、とーっても威圧的で。みんなびびっちゃうんです。多分、佳原さんも会ったら納得すると思います。いかにも副会長っていう感じで」
「捕まりそうになったっていうのは?」
「最近部活に出てなかったから、放課後になったと思った途端、部長が教室に現れて。今日こそは部活に連れて行くってすごい剣幕で」
あたしは部長のその時の顔を思い浮かべつつ説明した。
「で、逃げられたの?」
「はい。仲のいい友達が助けてくれて、何とか無事逃げられました」
えへへ、と悪戯っぽい笑みを浮かべて答えた。
「だけど、部活出なくて大丈夫なの?」
佳原さんがちょっと心配気な顔をした。
「えーと、どうでしょう?」あたしは言葉を濁すと笑って誤魔化した。
佳原さんはますます心配になったみたいだった。
「今日は部活出た方がよかったんじゃないの?」
それは出来ない相談だった。折角決心したんだから。今日打ち明けるってそう決めたんだから。
その時になって、あたしは今まで無意識の内に視線を逸らしていた気持ちに改めて焦点を合わせた。そうだ、今日こそ打ち明けるんだ。そのために部長の包囲網を突破してまで来たんじゃない!これで告白しなかったら春音達のせっかくの好意が無駄に終わってしまう。
心の中で背筋を伸ばした。
「でも、今日は何が何でも佳原さんに会いに来るつもりだったんです」
急に緊張に襲われながら、真剣な声で告げる。
佳原さんは唐突にあたしの口調が変わったので、不思議そうだった。あたしは真っ直ぐに佳原さんの瞳を見つめた。
視線がぶつかった。
あたしの眼に浮かぶ只ならぬ緊張の色に気付き、佳原さんの瞳に動揺の色が浮かんだ。
佳原さんの動揺を読み取ってあたしの気持ちは激しく迷った。
どうしよう、やっぱり打ち明けない方がいいんだろうか?・・・迷いが生じる。
でも・・・佳原さんが出会ってから今日まで見せてくれた色んな仕草、色んな表情・・・(多分)あたしのためにお菓子を買って来てくれてる事、玄関で出迎え てくれる時のちょっと照れたような笑顔、毎晩のように電話で話している時の耳元で囁かれる優しい声・・・そのひとつひとつを思い浮かべて勇気を振り絞っ た。今日のお昼休みに春音が「可能性大なんじゃないの?」って言ってくれたのを思い出す。逃げ出したくなる気持ちを叱り飛ばして踏み止まった。


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