【 FR(L)AG-ILE-MENT 】 ≪ The Picture 第7話 ≫


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有名を馳せている市高の卒業生って言えば、J1浦和 レッズで活躍している堀内慎之介(ほりうち しんのすけ)選手、TBSの町聖香(まち せいか)アナ、そして今、目の前にいる佳原麻耶さんだった。殊に麻 耶さんは今売り出し中のモデルで、最近ではテレビCMなどにも出演してて、その知名度を上げていた。
うわー、すごい妹さんなんだ、って驚きを新たにした。
ここに友達がいればテンション上がりまくりのところだ。サインをねだらずにはいないだろうな。
一方で、麻耶さんは相変わらず何故かあたしを見て言葉を失っているようだった。未だに茫然自失といった感じで、あたしを見つめている麻耶さんの驚きは随分 大袈裟なものに感じられた。あたしとあの絵を見比べて十人中十人が目を丸くしたりびっくりしたりするけど、今の麻耶さんの驚きぶりは度を越しているように 思えた。
何がそこまで驚く理由なのか、あたしにはさっぱり分からないのだけれど。
「こんなことって本当にあるんですね」
麻耶さんのお友達がぽつりと呟いた。あたしはその言葉の意味がよく飲み込めずに彼女を見つめた。
「信じられないくらいそっくりなんだもの。麻耶さんがびっくりして声も出ない気持ち、よく分かる」
麻耶さんのお友達は、視線を向けているあたしに説明するように言った。
彼女の話は恐らくあたしと佳原さんの描いた絵がそっくりだってことを指してるんだと思うんだけど、でもどうしてこの人までそのことを知ってるんだろう?その点が分からなかった。
「あの・・・佳原さんの描いた絵をご存知なんですか?」
あたしが訊ねると、もちろんって感じで彼女は頷いた。
「匠さんの描いたイラストが載っている雑誌を麻耶さんに見せてもらったことあるし」
イラスト?雑誌?一体何のことなのか、彼女の言ってることがますます分からなかった。
「あの、すみません。イラストとか雑誌とかって何のことですか?」再び質問した。
「え?」
彼女は彼女で、あたしがどうしてそんな質問をするのか分からないって顔をした。
何だかちぐはぐな感じだった。
「もしかして、匠くんが何の仕事してるか知らないの?」
不意に麻耶さんに問いかけられた。そのことに少し面食らいながら頷き返した。
「え、っと、はい。知りません」
「匠くん、教えてあげなかったの?」
麻耶さんは呆れたような表情で佳原さんの方を向いた。
「・・・別に、そんな流れにもならなかったし」
佳原さんは相変わらずの素っ気無い返事だった。
佳原さんの仕事?って、一体、佳原さんは何のお仕事をしてるんだろう?
思っていたことが顔に出てしまっていたのか、麻耶さんのお友達が教えてくれた。
「匠さん、イラストレーターなのよ」
イラストレーター?そう聞いてあたしに分かったのはイラストレーターっていうのがイラストを描く人ってことぐらいだった。
「阿佐宮さん」
佳原さんのお仕事に考えを巡らせていたら佳原さんに名前を呼ばれた。
「帰りが遅くなるから」
話を打ち切るかのような佳原さんの口調だった。佳原さんの素っ気無い言い方にあたしは萎縮した。

エレベーターの中で麻耶さんのお友達と話を交わした。
彼女は間中栞(まなか しおり)さんっていって、麻耶さんと同じ事務所に所属しているモデルさんだった。栞さんはふんわりとした雰囲気の、いわゆる癒し 系っていうのかな?とっても愛らしい女性だった。同性で年下のあたしが見てもとても可愛くて、男性からの人気が高いだろうなって思った。
そして栞さんの話を聞いて、やっとさっきの栞さんの反応が理解できた。
佳原さんはプロのイラストレーターで、雑誌とかにイラストが掲載されているのだそうだ。小説のカバーや挿絵を描いたこともあるそうで、そんなすごい人だとは今の今まで全然知らなかった。
「すごい人だったんですね、佳原さんって」
「別に。大して売れてないし」
あたしが尊敬を込めた眼差しを送っても、佳原さんはぼそっと答えただけだった。
佳原さんの素っ気無い反応にしゅんとせずにはいられなかった。もっと佳原さんと打ち解けた感じでお話が出来るようにならないかな、って願ったけど、そんな兆しは一向に見えて来なかった。
栞さんは雑誌に載った佳原さんのイラストを見たことがあって、そのイラストにあたしにそっくりの女の子が描かれていて、今日現れたあたしを見てすごくびっ くりしたことを打ち明けてくれた。他にも佳原さんの描いたその少女のイラストを目にしていて、栞さんの話ではその少女は佳原さんの描くイラストのモチーフ のひとつになっているらしかった。あたしにそっくりなその少女が佳原さんの描く絵のモチーフのひとつになっていて、何度も佳原さんが描いているってことを 聞いて、何だか無性に胸がドキドキした。
狭いエレベーターの中であたしと栞さんの会話は佳原さんにも絶対聞こえていたはずだけど、佳原さんは全然関心なさそうで点滅しているエレベーターの階数表示をぼんやり眺めているだけだった。
あたしからも佳原さんとの縁について話した。
佳原さんが高校生の時に描いたあたしにそっくりな少女の絵が学校に残されてて、それを9年も経った今、他の誰でもなくあたしが見つけたっていう話に、栞さんはとても驚いて「すごい。何か偶然とは思えないね」って言った。
そう言ってくれるのが嬉しくて、笑顔で頷き返した。
ふと、こちらをじっと見ている麻耶さんの視線に気が付いた。さっきから何故なんだろうって不思議だった。

佳原さんの部屋は26階建ての15階にあった。充分いい景色だった。南に面したリビングの窓からは、遠くに明かりの灯った新宿副都心の高層ビル群が見えた。
部屋は85平米の4LDKってことだった。インテリアもお洒落で、まるで広告で見かけるモデルルームのようだった。
リビングダイニングは白を基調にしていて、ダイニングと一続きになっているキッチンはアイランドカウンターが設えられていた。ダイニングにはトップコート の白いダイニングテーブル、リビングには多分40型以上ありそうな大画面の液晶テレビが置いてあった。L字型の赤いソファがとてもいいアクセントになって いる。間接照明がとってもお洒落なムードだった。
「すごおい。モデルルームみたい」
目を丸くしてそう言ったら、佳原さんは素っ気無い声で全部麻耶さんのコーディネートだって説明してくれた。
それにしても麻耶さんって、モデルをしててすごく綺麗で、ファッションはもとよりインテリアのセンスもすごくお洒落で、ただただ尊敬の眼差しだった。

「それじゃ、行こうか」
佳原さんに促された。実を言えばもう少しお部屋を見たかったところだったので、ちょっと残念って内心思った。
それでも表向きは「はい」って返事をして玄関に向かおうとしたら、麻耶さんに声をかけられた。
「あのさ、よかったら萌奈美ちゃんも一緒に夕飯でもどう?」
佳原さんが振り返って、眉を顰(ひそ)めた。
「遅くなったら家の人が心配するだろ」
うちの親はそんなにうるさくないんだけどな、って内心思っていたら、麻耶さんが更に言った。
「まだ7時前なんだし、そんなに遅くなる訳でもないんだから電話しとけば大丈夫でしょ。ね?」って、あたしを見て聞いた。
ご迷惑じゃないのかな、って少し気が引けるところもあったけど、折角誘ってくれてるんだし、そう思って頷き返した。
「あ、はい。大丈夫です」
「でも、迷惑じゃない?」
佳原さんに聞き返された。
どうなんだろう?佳原さんはあたしと一緒に夕飯を食べるのは、どっちかっていえば迷惑に感じてるのかな?
「え、あの、そんなことは・・・」
佳原さんの真意が分からないので返事を濁す。
麻耶さんがまた助け舟を出してくれた。
「あのね、匠くん、そんな風に聞かれたら却って大丈夫だって言い辛くなっちゃうじゃない」
そしてあたしを見て同意を求めた。
「ね?大丈夫よね?」
こう言われたら、やはり「いいえ」とは言い辛い。
「はい。大丈夫です」
佳原さんの表情を伺いながら答えた。
佳原さんは余り冴えない表情をしていた。やっぱり迷惑なのかな?内心、ちょっと落胆していた。

麻耶さんは「着替えてくるから、ソファに座って待っててくれる」って告げて一旦自室に入った。栞さんも「じゃあ、あたしも」って言って一緒に麻耶さんの部屋に入って行った。
二人がいなくなってしまって途端に話題がなくなってしまった。佳原さんと二人きりで沈黙が続いた。
ソファから立ち上がって、思い切って聞いてみた。
「あの、佳原さん、イラストのお仕事されてるんですよね?」
佳原さんはちょっと怪訝そうな表情で「そうだけど?」って頷いた。
「あの、・・・もしご迷惑じゃなければ、お仕事されてるお部屋って見せてもらえませんか?」
なんか、ここ数日のあたしは自分ながらに驚きなのだけれど、すごく積極的だし(あたしにしてみれば)大胆だった。普段のあたしはとてもこんな風に積極的にはなれないのに。どうしてなのか自分でも不思議だった。

佳原さんはあたしのお願いに目を丸くしたけれど、殊更拒否する理由もなかったみたいで、渋々ながらっていう感じでいつもお仕事をしている部屋に案内してくれた。
部屋に入ってまたあたしは感嘆してしまった。ふわあ、って声が出そうになった。
佳原さんの仕事部屋は割りと小綺麗で、シンプルでシックな感じだった。大き目のデスクが2つ並べて置いてあって、1つにはパソコンが乗っていた。液晶モニ ターが何故か2つ置いてあった。それから普通キーボードが置いてある場所にはグレーの画板みたいなものが置いてあって、その横にキーボードがあった。画板 みたいなのはタブレットっていうものだって佳原さんが説明してくれた。パソコンで絵を描くための道具なのだそうだ。
佳原さんはコンピュータグラフィックスを中心に仕事をしているって教えてくれた。
もう1つの机には鉛筆とか手書き用の画材道具が置いてあって、アナログな絵はこちらの机で描いているそうだ。こちらの机にも閉じたノートパソコンが置いてあった。
部屋には幾つか絵も飾られていて、あたしは目を奪われた。
飾られている絵は学校で見つけた絵と同じ女の子だった。こちらの方が最近になって描かれたものみたいで、明らかに洗練されてて上手だったけど、間違いなく同じ女の子だった。とても綺麗な色使いの優しい雰囲気の絵だった。同じ女の子を描いた絵が何枚か飾られていた。
声もなく絵に見入ったまま固まっていたら、少しばつが悪そうに佳原さんが言った。
「ホント、偶然なんだけどね」
佳原さんにとってこの女の子は特別なんだ、って思った。
多分とっても嬉しそうな顔をしていたんじゃないかって思う。
「でも、こういう“偶然”って、普通、一般的には“運命”って言ったりしませんか?」
あたしにしてみればとっても意味深な事を言ったものだった。
佳原さんはびっくりした様にあたしの方を見て固まった。何となく少し顔が赤らんでる気がした。

次にあたしは本棚に魅せられた。壁の一面が本棚になっていて、ぎっしりと本が詰まっていた。
文庫やハードカバー、小説、画集、並んだ背表紙の題名を1つ1つ眺めていくと、とても興味を惹かれた。
小説はあたしもよく知っている作家、或いは見覚えのある名前の作家のものも並んでいた。村上春樹、よしもとばなな、瀬尾まいこ、川上弘美、三浦しおん、有 川浩、佐藤多佳子、角田光代、伊坂幸太郎、島本理生、小川洋子、恩田陸、梶尾真治、太宰治、三島由紀夫、稲垣足穂、ミヒャエル・エンデ、ダニエル・キイ ス、J・D・サリンジャー、カフカ、ドストエフスキー、ジェイムス・ジョイス、ヘンリー・ジェイムス、エドガー・アラン・ポー・・・
・・・よく知らない作家も沢山。島田雅彦、高橋源一郎、小林恭二、森見登美彦、庄司薫、イタロ・カルヴィーノ、ガルシア・マルケス、トマス・ピンチョン、ジョン・バース・・・
それから小説じゃないらしいハードカバーの本。小林康夫、高橋哲哉、宇波彰、豊崎光一、高山宏、藤井貞和、今福龍太、本田和子、ジャック・デリダ、フラン シス・イエイツ、グレゴリー・ベイトソン、ジュリア・クリステヴァ、ロラン・バルト、ジル・ドゥルーズ、ミッシェル・セール、ミシェル・フーコー、ピエー ル・クロソウスキー・・・
好奇心がうずうずしていた。ふと机の上に置かれている2冊の単行本に視線が止まった。村上春樹さんの最新刊『1Q84』だった。図書館ではずっと貸出中で、書店では売切れ状態だった。
「あ、『1Q84』。もう読みました?」
「いや、まだ。なかなか時間がなくて。もう読んだ?」
本の話になって佳原さんの表情が何となく少し和らいだ気がした。
「いいえ、あたしもまだ。図書館でもずっと貸出中で」
かと言って、お小遣いで単行本を2冊買うのは少しきつかったし、何より今現在売り切れで本屋さんに置いてないし。
あたしの言葉を聞いて、佳原さんは少し思案してから言った。
「よければ貸そうか?僕はまだしばらく読めそうにないから」
思ってもいない提案に、あたしは跳びはねんばかりだった。図書館で予約を入れていたけど、順番待ちで借りられるのはまだしばらくかかりそうだったから。
訊ねる声のトーンが上がった。
「本当ですか?でもいいんですか?」
佳原さんは肩を竦めるような仕草をした。
「うん。別に急がないから。ゆっくり読んでいいよ。好きなだけ借りてて」
佳原さんの申し出に甘えることにした。更にあたしは図々しいお願いをした。
「あの、他に佳原さんのお勧めの本ってありますか?もしよければ、それもお借りしてもいいですか?」
あたしの図々しいお願いに、佳原さんは「うーん、そーだなー」って腕組みをして本棚を前に考え込んだ。
そして佳原さんは本棚から何冊かの本を選んで、あたしに差し出した。
「この辺りは読んだことある?」
一冊一冊作者とタイトルを確認した。庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』、森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』、尾崎翠『第七官界彷徨』・・・どれもタイトルからして面白そうな本ばかりだった。
「いえ、読んだ事ありません」
「じゃあ、どうぞ。きっと楽しめると思うよ」
『1Q84』の二冊にその三冊を加え、佳原さんは小ぶりな紙の手提げ袋に本を入れてくれた。
「ありがとうございます」
本を貸して貰ったことももちろん嬉しかったけど、それだけじゃなくて、本を借りるっていうことはまた返しに来れる、そうしたらまた貸してもらって、また返しに来て・・・そういう風にこれからも佳原さんに会う機会が作れることが嬉しかった。


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